はてなキーワード: 花嫁とは
高2の長女をヤリ捨てする高3の先輩
そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、
まず重大な事実誤認が。
長女と先輩は母親のこと以前から付き合っているという設定です。
母親の死の真相にショックを受けた彼女が相談に来て泣いている肩をそっと抱いて・・・というのは
不誠実と言われればそれまでかもしれないが、そこまで非難されることでもないと思います。
そもそも長女の側にも、父親へのあてつけのために男に抱かれたいふしがあったわけだし。
長女はかなりのウザキャラで、父親を嫌悪し家から追い出すのはわかりますが、弟妹にも父親に会うことを禁じたわりには
世話をするわけでもなく、自分は面倒な家から逃げて男に走って朝帰り、弟妹と喧嘩をしては怒鳴り散らすありさま。
メンヘラ度合いも進行していき、先輩に一方的に悩みをぶつけたり、体目当てじゃないよねと問い詰めたり
うんざりした先輩が、じゃあそっちは俺の話を聞いてくれたことあるのかよというと、私のこと嫌いにならないでと泣き
最終的に駆け落ちを言いだして先輩をどんびきさせます。
先輩が女をとっかえひっかえするヤリチンかのような言われようですが、実際は部室で彼女が最近ヤバイという愚痴を後輩にしていたら
「じゃああたしと付き合っちゃいます?」という悪魔のささやきをうけてその気になっちゃっただけです。しかも長女乱入により未遂。
長女に目撃されて開き直れるほどワルでもなく、後日弁解に行き、精神の安定を取り戻した長女から
私は現実を忘れるために先輩に依存してただけでしたと、正式に別れを切り出されます。
よくもわるくも普通の気の弱い高校生という感じで、エキセントリックな登場人物が多いこのドラマでは1、2を争う普通の人だと思います。
苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームをゴミ箱に捨てて非行に走り出す。
そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。
ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。
これはあくまで命令を何事もなく完璧にこなすミタが癪にさわり、何か無茶な命令をということで行われたものであって
本当に服を脱ぎだした時のキョドりっぷりからみても本気でヤる気などまったくなかったのは明らかな描写だと思います。
のちにミタが自分の本心をわかってくれたことに感動して泣き、部員全員の前で謝ってバスケ部に戻ろうとするなど
これ以上なく素直でいい子に描かれてると思います。
力の誇示のために女をヤリ捨てる父の同僚
"父"との不倫が職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、
父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。
その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。
要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。
こいつはわかりやすい悪者で、常務の娘が本当に好きだった元恋人に結婚式に乗り込まれ花嫁を強奪されるという
わかりやすい天罰を受けます。追いかけて転ぶ時の転びっぷりは一見の価値あり。
セリフもいちいち過剰で非常に漫画チックなキャラですので、あまり男性嫌悪とつなげて考える人はいないんじゃないでしょうか。
どうでもいいけど、不倫女役の野波麻帆のエロ薄幸オーラがすさまじいので、あの境遇もさもありなんという感じで余り同情できません。
おのれの弱さを直視できず怒鳴り散らしてばかりの母方の祖父
娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。
死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、
頑固で分からず屋で怒ってばかりだけど、実は不器用なだけで愛情にあふれてて、一度たがが外れると急速にデレ化する。
まさにステレオタイプ中のステレオタイプ、THE頑固親父です。
ミタにつきまとって肉体関係を迫り、ミタの家族を殺した弟
ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。
弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。
ミタは愛する男性と結婚して息子をもうけ、幸せな暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。
それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。
ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。
焦点は一生笑うなといった夫の母親と罪の意識を感じ笑うことを捨てたミタであって
最近、3つの結婚式に出席したけど、うち二つは余興なしだったよ。
しかも余興なしの結婚式の方が、余興ありの結婚式よりものんびりしたムードがあって評判もよかった。
料理を美味しい物にして、生い立ちビデオor両親への手紙で、後は各テーブルに新郎新婦で挨拶まわりするのがいいと思う。
余興のあるなしよりも、新郎新婦が直接声をかけに来てくれたかのほうが、出席者にとっては重要だと思う。
2次会は三つともなかったなぁ。
ドレスだって、花嫁さんに「選ぶの大変だったでしょ?」って聞くと「選択肢が少なかったからあんまり迷えなかった」と残念そうに言われたよ。
動き出せばそれほど大変でもないんでない?
コーディネーターの方に、「病気の親を呼ぶので、くつろいだ雰囲気で、短時間で終わらせたいです」って言うとスマートな演出を考えてくれそう。
http://d.hatena.ne.jp/islecape/20110801/yome
上の2つのエントリーなどで、有名ブログ「中国嫁日記」が差別的かどうかという話題が妙な盛り上がりを見せているようで。とはいえ、この手の議論の常として、互いに感情論を飛ばしあうだけの、ぐだぐだな結末になっているようですが。
少なくとも今回の議論に限り、ここまでぐだぐだになった原因は問題提起側、すなわち「嫁などという性差別的な言葉を使うとは何事か!」と言い出した側にあります。なにしろ、嫁という言葉を再三再四あげつらっておきながら、なぜ「嫁」という文字の使用に問題があるのか一度も説明していないのですから。
たったこれだけの「自分の感覚」をよりどころに、あれだけの長文を書き上げ挙句社会まで語ってしまうと言うのは、その壮大な構成力に賞賛を贈らせて頂くより他にありません。その果て、このブログ主さんは
しかしそれにしても、前述のTogetterの ものの役に立たなさはどうしたことでしょうか。「これが差別なんて、なにを考えているのか」という自身の感覚の披瀝や、「こういう人は他人を差別するために機先を制して自分が差別と言っているだけ」という主張に熱心な人が多いのですが、 …(途中略)… だいたい未来にむけて記録すべき思考の痕跡とも思えません。「当時」の大衆の程度を知る材料にはなりますかね。
と嘆いておられるのですが、そりゃ「嫁なんて言葉はけしからん!」という「自身の感覚の披瀝」に過ぎないtwitterに対して、客観的かつ論理的な反論を要求するのは無茶というものでしょう。自分が見えていない人間とはよくよく怖いもの無しのようです。
しかし折角なので、ここではその無茶への挑戦をしてみたいと思います。上のエントリーの中国嫁けしからん!嫁は差別!精神が疲れる!という切なる悲鳴に対して、どこまで客観的な「反論」をなし得るのでしょうか。単純化のために、ここでは内容については一切議論せず、「中国嫁日記」というネーミングの是非だけを考えましょう。
さて、客観的と言うからには、ここで「俺は嫁って別に差別的じゃないと思うけど」と張り合ってみても意味がないのは明らかです。ここで必要なのは中立的な第三者の視点であり、そして私の手元にはこれ以上は望み得ないくらいに客観的な視点があります。広辞苑と新漢語林。要するに辞書です。
広辞苑によると、嫁は
(1) 息子の妻
(3) 結婚の相手としての女。嫁した女。妻。
(4) 「嫁が君」(ネズミ)の略
とあります。二番目の意味から、まず中国嫁日記の嫁の使用法が間違ってはいないことが分かります。まだ新婚さんみたいですから。さらに漢語林を引くと、
とあります。恐らく、嫁という字が一部の人たちから忌み嫌われる理由の一部がここにあります。家の従属物的な意味合いを感じ取って、それが性差別であるという論法のようです。とりあえず事の是非は置いておいて、代替語についても調べておきましょう。
妻: かんざしに手をやり、髪を整え飾る女性のさまから、つまの意味を表す。
奥: 貴人の妻の称。貴人の居室。大切にすること。など多数の意味を持つ。室も同義。
婦: 女+帚。帚はほうきの意味。ほうきを持つ女性、家事に服する人の意味を表す。転じて、一家の主婦。一家の切り盛りをする女性。または子の妻。
細君: 細は小さい、かぼそいことを示す字。愚妻などと同じ謙譲表現。ただし、最近は細にこまやかという意味もあるせいか、他人の妻をいう語に用いられることが多い。
他にも連れ合いとか家内とかありますが、もう十分でしょう。妻というのはなかなかに色っぽい文字で、言葉自体には結婚関係を表す意味合いがないのが嫁との違いです。ちなみに、夫も大人が冠を付けている様をしめすだけの文字なので、夫妻という言葉は男女という言葉と解字上はあまり差がありません。一方で生活感が溢れまくっているのが婦の字で、家政婦や助産婦など、女性が多く働く職業にこの文字が使われるのも、事の是非はさておき自然と言えるでしょう。
奥・室は、元々家の神を祀る場所を意味したこともあって実にエレガントな言葉で、自分の配偶者を「奥さん」と呼称する人もいるようです。しかし、元は貴人の妻を表す表現である以上、日本語表現としては非常に据わりが悪い。そもそも、定義から言えば自分が貴人と言うことになってしまいます。配偶者は実に中立的ですが、3文字を費やした挙句に性別も分からないというのは、法律用語としては便利でも本のタイトルとしては問題外です。
こうしてみると、本のタイトルとして使い物になりそうなのは嫁か妻かの2択と言うことになりそうです。この2つの文字が決定的に違うのは、嫁には「移動する」という概念が強く存在する点です。生家から夫の家へと。だからこそ、嫁に来る、嫁に行く、という表現はあっても、妻に来る、という表現はあり得ません。責任転嫁に嫁の字を当てるのも同じ理由からでしょう。中国嫁日記というのは、中国からやってきた奥さんが異文化の日本で楽しんだり悪戦苦闘したり、旦那さんと新婚生活をエンジョイするのを描く日記です。ならば、単純に中国人の配偶者であることしか意味しない中国妻よりも、「中国から来た嫁の日記」とするほうが遥かに適切でしょう。
もちろん、このように語を連ねずとも、常識的な日本語感覚を持つ人にとっては、中国嫁日記の方が据わりが良いというのは直感的に明らかなのですけれども。
さて、問題の差別性の有無についてですが、今回の騒動でひとつ明らかとなったのは、「嫁という言葉は差別的である」と思う人とそうでない人が両方存在すると言うことです。どちらかといえば、差別的と感じない人の方が多いようにも見えます。ここからは私個人の主観になりますが、嫁が嫁ぐ「家」の概念が過去数十年で大きく変わったためであるように思います。昔は女性の嫁ぐ先は夫の実家であり、夫の親兄弟との同居を意味しました。ここでの家は正に「夫の家」であり、「妻の家」にはなりえません。ついでに、義理の親兄弟の世話まで任されることも多かったわけで、妻にとってはなかなかにストレスのたまる環境であったことでしょう。この状況下で「嫁」という言葉にネガティブな意味合いが生まれるのは無理からぬ事かも知れません。
しかし、核家族化の定着すると、花嫁が嫁ぐ「家」には夫と妻の二人しかいません。この「家」を夫の家、と考えるのには無理があります - この「家」はふたりだけのものなのですから。多くの日本人にとって、この「家」に嫁として嫁ぐこと自体は、特にネガティブな意味を持たなくなって来ているように思います。もちろん、女性であるが故のディスアドバンテージがこれで消えたわけではないでしょう。しかし、それはもはや「嫁」であることのディスアドバンテージではなくなってしまったのです。
こう考えると、嫁にやたらと苦痛やら疲労やらを感じてしまう人たちは、非常に古い「家」の概念の持ち主なのかも知れません。運悪く嫁がこき使われる大家族に生まれてしまったとか、時代遅れのフェミニズムの教科書(そんなものがあるのかは知りませんが)にかぶれてしまったとか、そもそも核家族化が進む前に生まれたお年寄りであるとか。どちらにせよ、嫁の字を見ただけで辛い思いをするというのは、同情に値する境遇であることは間違いありません。嫁でこれなのですから、女に帚の婦を見た日には心臓発作でも起こしかねない。全国津々浦々の結婚式場で「新婦入場です」のアナウンスがかかるたびに、その言葉の差別性をこんこんと説き起こし説伏する。その果てにしか彼らの心の平穏はあり得ないのです。彼らフェミニストの想像を絶する試練の日々を、私は涙と共に見守りたいと思います。
僕は中学一年生、まだ12歳だった。いいことばかりではなかったはずだが、今振り返ってみると、毎日笑ってばかりいたことだけが思い出される。部活に熱中し、友達にも恵まれ、告白なんてできなかったけれど、小さな恋もしていた。楽しい日々だった。未来のことなんて考えもしなかったけれど、ただ明日も、その次の日も、今日のように、昨日のように、笑って生きていくのだと思っていた。
夏休みに入る前の週くらいに、小学校一年生の従姉妹がやってきて、夏の間中、うちに滞在することになった。
小さな従妹ははにかみ屋で、しばらくはもじもじしていたけれど、すぐにうちにも馴染んで、僕のことを「お兄ちゃん」と呼んで、まとわりつくようになった。僕の両親も、姉も、従妹を可愛がり、相手をしてやったが、そういう点では一番邪険な僕に特になついていたのが不思議だった。僕もそう意地悪な少年ではなかったと思うけれど、少年は少年なりに忙しかった。部活もあれば男同士の付き合いもあり、そうそう従妹の相手をしているわけにはいかなかった。
夏のある日、ふと空いた一日に、だらだらと寝転がってテレビでも見ていたら、暇ならば従妹を映画につれていけと母が僕に命じた。従妹は最近、公開されたばかりのアニメ映画「となりのトトロ」を見に行きたいのだという。たまたま僕以外の人の手がふさがっていて、まあ僕としても、いつもいつも愛想よく従妹に付き合っていたわけではないから、罪滅ぼしの気持ちもあって、従妹と二人、映画館に出かけた。
まだ、ジブリ映画が国民的な動員力を獲得する前のことだ。映画館はわりあい空いていて、お菓子を食べながら僕と従妹はトトロを見た。
ラピュタは好きだったが、トトロは子供向けだなあとその時の僕は思った。その一年か二年前に、休日の父をせかせて、ラピュタを見に行った僕だったのに、もうそろそろアニメの魔法を心からは信じないようになっていた。従妹の表情はスクリーンの変化に合わせてめまぐるしく変わり、どちらかというとそちらを見ていた方が面白かった。
トトロを見終わって、僕は従妹に聞いた。
「もう一本あるんだって。えーと、ひたれるの墓?暗そうな映画だなあ。どうする?もう帰る?」
「ううん、みたい。みていっていいでしょ?」
それは僕くらいの年齢の男の子と従妹くらいの年齢の女の子の話だった。作画が公開に間に合わなかったらしく、一部が描線のまま映し出されていた。普通に考えればジブリの黒歴史と言うか、前代未聞の汚点(なにしろ未完成品を映画館にかけておかねをとったのだから)と言ってもいいと思うのだが、そんなことは気にならないくらいに僕はその映画に引きずり込まれていた。
誰が想像するだろう。トトロの次に上映される映画が、あんな作品だなんて。
今この歳になって考える。なぜジブリはあの時、あの作品を作ったのだろうかと。ああいうテイストの作品はその後はジブリは作っていない。安心安全のジブリブランドだ。他のジブリの映画の好き嫌いを僕は即座に言える。一番好きなのはラピュタだ。でも火垂るの墓は。好きなのか嫌いなのか分からない。二度と見たいとは思わない。でも、場面の細部まで、あの夏のあの映画館のように、今でも頭の中で上映できる。
とにかく、火垂るの墓を見終わった後、僕たちは疲れ切っていた。そのまま映画館の座席にうずくまっていたかったけれど、そうもいかなかったので、僕は従妹をおぶって、またバスに乗って家に帰った。帰ってすぐに、飯も食べずに僕は寝た。
8月も終わるころに、従妹の父、つまり叔父が死んだ。末期のガンだった。叔母が看病に専念するため、従妹をうちに預けていたことをその時になって僕は初めて知ったが(叔父が入院していたのは知っていたがそんなに悪いとは聞いていなかった)、従妹は知っていたのだろうか。
葬儀の際中、従妹は僕を隣に置き、ずっと手を握っていた。たったふたりきりで生きようと思ったあの少年と女の子のように。
先日、三十路のその従妹がようやく結婚した。もう結婚しないのかと思っていたが、どこからか朴訥な年下の青年を見つけてきて、あれよというまに披露宴を開いていた。花嫁衣裳を盗み見に行った時、何を思ったか、僕の手を握って、従妹が言った。
「ねえ、お兄ちゃん、あの時、手を握ってくれていてありがとう」
あの時ってどの時?と僕は疑問に思ったが、野暮なことは言わずにうなづいていた。分かったふりをするのがいいことは人生にはいくらでもある。もちろん僕は彼女に幸せになって欲しいと思ったけれども、先のことはわからない。けれども生きていればとにかく人生は続いてゆく。それはどうであれ、おしまいになるよりはいいことなんだろう。
記憶はただ頭の中にだけあるのではない。夏のにおい。まぶたに焼付くような熱い色。いつか彼女は、夏の日に夕焼けを見ると、彼女をおぶったあの夏の僕の背中を思い出すと言った。体温や匂い。いろいろを。その中に彼女は、小さな女の子だった時の、あの日々の思い出を縫い付けている。笑ったり、泣いたり、どうしようもなくてたちすくんで、ただそばの人の手を握ったりしたあの日々のことを。
http://www.dailymotion.com/playlist/x1imx8_chubu2010_yyyyyyy-yyyyyyyyy#videoId=xgnjon
30分に圧縮した方が質は格段に上がったと思う。
・伝えたいことを盛り込むために、
「人が言うことでなく、行動で判断しろ」
のような、このストーリーなら必要不可欠なはずの核を見のがしている。
あとは「家族」って何だろうなってこと。
これについては臼井氏にしか作れなかったものと比べているわけで、
この監督に求めるのは苦かもしれない。
誰もが目を伏せていたことに、よく言及した。
そう、岡本太郎も言っていたね。
幸い、俺は一点の後ろめたさもない生き方をしているよ。
このご時世、主流の価値観から見たら価値を感じない者もいるだろう。
誰が何と言おうと、この生き方を続行していく。
俺たちの代から、きっと変わっていく。
明るい未来を。
俺は、プログラマーだ。
地方に転勤してきたはいいものの、知り合いもおらず、出会いもなく、それどころか転勤してきて2ヶ月目で
長期のデスマ状態だった俺は、つかの間の癒しを求めてサイトを見ていた。
3歳下の女の投稿があっていた。顔半分が隠されてはいたが、まあいわゆるデブギャルの写メも載っていて、
俺はそれにメールを送った。顔は可愛かった。金髪で、もちろんおっぱいもでかそうだった。
体重は言おうとしなかったが、Gカップであること、写メの顎の感じ、チラッと映った首もとの感じなどから、彼女はなかなかのデブなのではないかと思った。身長も170cmと高い。もしかしたら体重3桁行ってるんじゃないかと思うくらいの巨体だ。
丸い顔、たぷたぷの二の腕、巨大な胸、突き出した腹、踵を付けて立てないくらいの太い足にしか魅力を感じ無い。
デスマ真っ最中のつかの間の息抜きとして始めたメールだったが、いつの間にかはまっていった。彼女は同じ市の、車で30分くらいの所に住んでいた。
写メは、(デブ専の俺にとっては)滅茶苦茶可愛らしく見えたし、仕事(デザイン系)をひたむきに頑張る姿勢や、ギャル系の格好をしているわりには性格も柔らかく、思いやりのある優しい子だと感じた。そしてなにげに頭もよかった。とにかく、俺のタイプの女の子だったのだ。
彼女も俺を好いていてくれたように思う。よく、プリクラの画像や普段の写メなんかもくれた。たまには谷間なんかも。
メールをはじめて3ヶ月くらい経った頃から、彼女から言われるようになる。
「会いたいな」
「いつ終わるの?」
『来月には』
来月には、と言いながら半年が経った。彼女の誕生日も、クリスマスも、正月も、バレンタインも過ぎた。
俺はずっと泊まり込みで仕事をしていた。深夜に交わす彼女とのメールだけが支えだった。
本当は、会えたのだと思う。寝る時間を削れば。でも伸びきった髪を整える暇がなかったし、流行の服だって持っていない。
そんなくだらない理由で俺は、完全に仕事を終わらせるまではメル友でいたい、などと自分勝手なことを言った。
彼女は俺とのメールを辞めようとしなかった。ありがたいことだと思う。でも、たまに卑屈なメールも来た。
『違うよ、ぽっちゃりは大好きだよ』
「うそつき。でも、気を使ってくれてありがとう」
『嘘じゃないよ』
そんなことを不安に思う彼女が可愛くて仕方なかった。ころころとよく笑い、前向きで、美味しいものが大好きで。そんな彼女が愛しいと思うようになった。
だが、優しく、素直で、礼儀正しく、話も面白く、可愛くて、ぽっちゃり。そんな理想の女そのものの彼女にどんどん惹かれていったし、メールは心から楽しかった。
そして、俺たちは11ヶ月かかってプロジェクトを終わらせた。
スタート時から3人が減り、2人が入院し、1人が自殺未遂した地獄のプロジェクトだった。その夜、久々に家の風呂に入った後仕事が終わった、と彼女に言った。彼女は驚きながらも喜んでくれた。
ちょうど翌日はどちらも休みだ。初対面を果たそうではないかと言うと、彼女は言った。
「嬉しいなあ、やっとだね」
『待たせてごめんね』
「待っててよかった!でも、会ってがっかりするかも」
『どうして?まだ体型気にしてるの?』
「うん…」
本心だった。一刻も早く、その豊満な身体を抱きしめて、結婚を前提に付き合ってくれというつもりだった。
きっと婚約指輪は特注だ。入るウエディングドレスはないかもしれない。それでもきっと世界一かわいい花嫁になるだろう。
馬鹿らしいが、そんなことまで考えながら、待ち合わせ時間まで車を走らせた。勿論美容室にも行って、新しい服を着て。
待ち合わせ時間に着いたが、彼女らしき姿は見当たらない。電話をかけると、彼女が出た。
『着いたよ』
「私も着いてるよ」
『どこ?』
「ゴミ箱の横らへん」
そして同時に、俺は泣きそうになった。
神を呪いたくなった。
なんなんだ、それは。
細い首は。浮き出た鎖骨は。ベルトで絞めつけられた60cmもなさそうなウエストは。
スキニーに包まれた長い棒のような脚は。太ももの間の隙間は。
誰なんだ、このどう見てもBMI17程度の、痩せ型の女は。
『ねえ、やっぱりデブでいやだった?会いたくない?』
俺は、車種と車を止めている場所を教えた。声は震えていた。
彼女は、枯れ木のような脚を動かしてこちらに歩いて来ると、助手席の
彼女は泣きそうな顔をしていた。頬はこけている。
俺は何も言えなかった。
本当に俺が好きだったということ、自分の体型にどうしても
自信が持てなかったこと、だから会うまでに内緒でダイエットしてキレイになって
だが、相当無理な食事制限をしたため拒食症気味になってしまったこと。
『ちょっとはマシになったかな?」
とこっちを伺った彼女は、どこにでもいるキレイなお姉さんだった。
盛り上がる頬の肉も、たるんだ二重あごもそこにはなかった。
"美人でモデル体型の女の子とメル友だったが会ってみるとマツコ・デラックスだった"
その衝撃以上のものを覚えた。
何を話したのかも覚えていないが、気づけば俺は一人車を走らせていた。
もう、携帯は鳴らない。
このまとめブログ読んでみ。
長く付き合ったカップルでも簡単なきっかけで冷めていたりする。
「引いた瞬間、冷めた瞬間」
http://phlogiston.blog110.fc2.com/
唐揚げひとつでブチギレた女の話 http://phlogiston.blog110.fc2.com/blog-entry-668.html
ドラクエⅤで、花嫁にビアンカではなくフローラを選んだと聞いて冷めた http://phlogiston.blog110.fc2.com/blog-entry-3704.html
彼の方がテトリス下手くそだったので冷めた http://phlogiston.blog110.fc2.com/blog-entry-2121.html
デスノート読んでいる彼氏(33歳)に冷めた http://phlogiston.blog110.fc2.com/blog-entry-2364.html
正直、増田が冷めた理由の方がいくらかマシだと思うようなのもある。
「何でですか? 批判もありますが、被害者の気持ちを考慮すると…」
「いや、そういうことやないんや…やっぱり、ワシはあかんと思うのよ・・・」
「何がですか?」
「そりゃ死刑や。あんなんやってたら、みんなおかしくなるわぁ」
「おかしくって、具体的には?」
「死を国が与えるわけやろ? そりゃああかんわー。国は死を与えるって」
「はぁ…」
「いや、違うな・・・」
「は?」
「国が死を与えることが怖いんじゃないわ…何か、もっと別のことが怖いんやった」
「何ですか? その怖さって」
「はーっ!!思い出したわ! 国が怖いんじゃない! 存在が怖いんや!」
「存在?」
「Oh! 例えばチミ、数ヵ月後に死刑が執行される人間がいたとしよう。さてこの人は生きているといえるのか?」
「そりゃあ、現時点では生きているでしょう」
「しかし数ヵ月後には」
「……死んでいますね」
「そう。生きているが、しかし死ぬことが確定している。これにより、一緒にいるときも、「この人生きているけど、あと数ヵ月後には死んじゃうだよなぁ…」という惧れが生まれる。この惧れが重要!この惧れが、人間の根底の何かとても重要なところを揺さぶるんや! なんか、死刑囚と話していると、幽霊と話しているような気持ちになるんや!」
「そうや。だから、死刑が決まった死刑囚と、余命数ヶ月の花嫁というのは、存在的に捉えたら結構近しいものがあると、ワシは思うんや。だってそうやろ、どっちも死ぬことが決まってるんやから」
「命は大切なものだからとか、言わないんですね」
「『命は大切なもの』なんてあんた、今日日小学生でもいわへんで!みぃーんな現実と戦ってるんや! 子どもは勉強や仲間内の派閥で!主婦は怠慢や近所の奥さんと見栄を張り合ってるわ! 社会人はこの世を知り尽くした魑魅魍魎たちと生き残りをかけたサバイバルダンスや! どうなるかわかったもんやないわ。そんな時代にあんた、『命は大切なもの』て。あかんで、あんた。それはアカン…そんな発言したら、食い殺されるわ、社会ってやつに…あんたは生きてくれや・・・」
「Hey!おおきに!」
世の中にはいろんな女がいるなとしみじみ思う。
旦那がすげーイケメンなんだわマジで。モデルやってると言われても信じられるレベル。
でも、旦那は知らない。この二人は同期で結婚したんだが、結婚式に来ていた花嫁の上司と、この花嫁が現在進行形で不倫してることを。
やれ「1対1がベスト」だとか「二兎追えばどっちかは必ず捕まるもんだよ」だとか「最悪な男だったけど夜はそりゃぁ楽しかったよ」だとか。
どっかのコピペで妻が自分の上司と不倫していたことを知ってしまった旦那がいたが、きっと事実を知ったらこの旦那も気が狂うだろうな。
類は友を呼ぶというのは案外間違っていないもんで、同じような女がいる。
7:3で二番目が好きと言いながらも結婚するのは一番目という女。
でも、実際は二番目なんて言っていたのがまだかわいい方だった。この1年で何番目まで作ったのやら。
Ms.ビッチとでもいうべきか、これぞヤリマンビッチという女だった。
外見はそんな派手でいかにもって感じじゃないんだけどな。だからこそか。
「誰でもいいわけじゃない」とか「好奇心が旺盛なの」だとかなんかよくわかんないこと言ってた。
それでも一番目の彼氏はまったくそのことを知らず、今度この女と結婚する。哀れというか、幸せな人だ。
まあこいつらと仲が良かった俺も似たようなものかというと、俺の事はともかく。
大抵の女は理解しないであろう彼女たちの恋愛観を俺は好きだった。二人とも、単にもてまくるだけのほんとに色気がある良い女なんだと思ってた。
実際は本当にただのビッチだった。
後者の女はいつの間にか俺の友達ともヤッてて、この女のビッチぶりにマジギレした友達が別れる直前でカミングアウトしてきた。
俺には隠したままn番目として半年ほどこの女と付き合っていたらしいが、前日にヤッた男のチンコがどうだったとかフェラしながら話してきてキレたとかなんとか。
別にヤッてても構わなかったし笑顔で昨日勢いでヤッちゃってさーとか言われたら驚きつつも全然笑えたんだが、
どうもこのビッチは俺から見たら友達同士としてヤッてるその状況に興奮していたらしい。俺が何も知らないからヨカッタんだとか。
嫌悪と拒絶が襲ってきて、男からカミングアウトされた時点でこいつらとは縁を切った。
やっぱり、他人事として遠巻きから彼女たちの話を聞いているからこそ彼女たちと仲良くできたんだろう。
自分でもそれはわかっていたから、いざ自分の友達とこのビッチがやることやってた、って自分事になったときから冷静でいられなくなった。
散々俺と友達はまったく対象外、といっていたから、この女のおもしろ話に自分たちが巻き込まれるとは夢にも思っていなかったんだろうな。
疎遠になったからこんなこと書けるが、なかなかこんなビッチはいないだろうな。そう信じたい。
久々にこんな壮絶なの見た。
長らく会っていない、そして長い間つきあっていた僕の元恋人が花嫁衣装で、僕の前に現れた。何か伝えたいことがあるらしいが、僕には音声が聞こえない感じ。僕はとたんに逃げ出して、そこは病院のような学校のような建物で、僕はとっさに階段を下りていく。彼女も追いかけてきて、僕はあまりに驚きに、目が醒めた。
彼女はもう結婚しちゃったしこの国にすらいない。もう何年も前の話だから、僕だって彼女のことを思って泣いたり苦しい思いもしない。そりゃ、あれだけ愛し合った人だからもしどこかで出会ったとすれば、何かしらの感情はわき起こると思うけれど…でもさすがに、wedding dress で僕を訪ねてくる、というストーリーにはだいぶ参ったね。
なにかしらの暗示なのか、はたまた僕の中にある問題か…
どうにもわからないニュース。
http://www.asahi.com/national/update/0610/TKY201006090607.html
乳がんのため24歳で亡くなった女性を取材した番組「余命1カ月の花嫁」をきっかけに、TBSが展開している20~30代女性を対象にした乳がん検診を中止するよう求める要望書を、医師や患者ら38人が9日、同社に提出した。20~30代への乳がん検診の有効性に科学的根拠はなく、不必要な検査につながるなど不利益が大きいと指摘している。
要望書を提出したのは、中村清吾・昭和大教授や上野直人・米MDアンダーソンがんセンター教授ら、乳がん治療の第一線で活躍する医師のほか、がん経験者、患者支援団体のメンバーら。
「科学的根拠のない検診を、正しい情報を発信すべきテレビ局が行うことは倫理的に問題が大きい」として、検診の中止を含め活動の見直しを求めた。また検診を20~30代女性に限定している理由などを問う公開質問状も内容証明郵便で送った。
国は指針で、乳がん検診は40歳以上を対象に、マンモグラフィー(乳房X線撮影)検査と、医師が胸の状態を診る視触診の併用を推奨している。要望書は、20~30代女性への検診は、放射線被曝(ひばく)やストレスを増やし、がんを見逃す場合もあると指摘。メディアの役割は、異常を感じたら医療機関へ行くべきと呼びかけることだとした。
TBSは2008年から検診を実施。これまでに約7千人がマンモ検診を受けた。今年も、15日から舞台で上演されるのと連動し、東京や大阪などでエコー(超音波)検診を実施している。(岡崎明子)
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TBSのコメント 要望書で指摘されている点は、現在の医学界の基準的な考え方で、反論するところはない。ただ、40歳未満の乳がん罹患(りかん)者は年々増えており、あくまでも自己責任・自己負担で検査を受けることは意味があると考えている。
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はてブでは、TBS非難のブコメばかりだが、私見だが、TBSの主張にも一理あるのでは?
これは憶測だが、医学界でも「20代30代のマンモグラフィーは有用」という派と
「不用、むしろデメリット大」とする派に二分されていて、
「デメリット大派」が先走って抗議行動に走ってしまった、ということではないのか?
学会で意見が分かれている事案について、一方に肩入れしてしまったTBSも「ワキが甘い」が、
他方、朝日新聞を「味方」につけて、自説を正当だと権威付けようとする「デメリット大派」の
行動も感心できたものではないのでは?
推測だが、放射線科は「有用派」になっていて、それ以外(内科・外科)は
「不用派」になっていたりしていないか?
http://anond.hatelabo.jp/20100324210157
源氏物語に、そういう話があったなあ。
マンガにもあった。
生まれたときから「自分の嫁さんにする」と決めて、容姿も教養も立ち居振る舞いもものの考え方まで、自分好みに仕込んでいくわけだ。
もちろん、処女だぞ。赤ん坊なんだから。16歳になれば結婚出来るから、それまで、大事大事に育てればいい。
40歳まで必死でお金貯めて最高の生活が出来るよう準備を整え、孤児を引き取って育てれば、56歳で理想の花嫁を手に入れることが出来るわけだ。
「物心ついたときから、育ててくれてる相手」ってのは、無条件で愛情持つもんだから、元増田が、どれほどひどい性格だろうと何の問題もない。20年ほどの結婚生活で元増田は先に死んでしまうだろうけれど、そのころはまだ36歳なのだから、十分人生をやり直す時間があるので、非人道的というわけでもない。むしろ、生活に困っている赤ん坊を救うのだから、称賛されてもいいくらいだ。
マナー本・作法本は数多くあるけど、その多くは女性に向けて書かれたもので、男性向けのものは少ない。
そして、男性向けに書かれた本の大半はビジネスマナーを学ぶためのもので、たまに女性にモテるためのマナー本があるくらい。
なんだかんだいって「男性の活動の中心は仕事」という意識が強いから、
男性にとって日常生活でのマナーはさほど必要でないとみなされているのかもしれない。
……そういえば、駅や道端につばや痰を吐くのってもっぱら男性だしなあ。
まあ、人前で堂々とつばや痰を吐く人は男性の中でもかなり無作法な最低人間で、普通の男性はそんなことしないのかもしれないけど。
直接マナーを学ばなくても、茶道などの稽古事で間接的にマナーを学ぶことも多い。
そして、なんとなく、世間には「女性はマナーを身につけて、お淑やかにしているべきである」という風潮があるような気がする。
実際には電車の中で化粧をする女性とかいくらでもいるわけで、女性みんながマナーを守っているとは到底いえないのだけれど。
まあ、他の主演女優賞の映画みてないからなんともいえないんだけど。
個人的によかった去年公開された邦画は「ディアドクター」、「空気人形」、「愛のむきだし」あたりです。
「サマーウォーズ」はまだみてないよ。
みんとねー。
【受賞者一覧】
◆最優秀作品賞:『沈まぬ太陽』
◆最優秀アニメーション作品賞:『サマーウォーズ』(細田守監督)
◆最優秀主演女優賞:松たか子/『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』
◆最優秀照明賞:川辺隆之/『劒岳 点の記』
◆最優秀美術賞:種田陽平・矢内京子/『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』
岡田将生/『ホノカアボーイ』『僕の初恋をキミに捧ぐ』『重力ピエロ』
平愛梨/『20世紀少年<第2章>最後の希望』、『20世紀少年<最終章>ぼくらの旗』
◆最優秀外国作品賞:『グラン・トリノ』(配給:ワーナー・ブラザース映画)
◆協会特別賞:羽田澄子(記録映画作家)、帆苅幸雄(音響効果)、松下潔(背景)、松田孝(衣装)
◆会長特別賞:故 中岡源権(照明)、故 松林宗惠(監督)、故 村木与四郎(美術)
◆会長功労賞:三國連太郎、西田敏行/『釣りバカ日誌』シリーズ
◆話題賞作品部門:『アマルフィ 女神の報酬』
元彼女とは同い年で20から27歳まで付き合ってた。
一応お互いの親に紹介して、このまま結婚すると自分も思っていた。たぶん彼女も思っていたと思う。
25歳の時、彼女の親父さんが癌だということが判明し、彼女は看病のため地元へと帰っていき遠距離恋愛が始まった。
そしてある日彼女の親父さんがなくなった。
朝4時頃に泣きながら電話があった。
電話をきった後すぐ飛行機を予約し、彼女の地元へ向かい通夜と葬式の手伝いをした。
1回目は彼女の父親が癌だと判明した時、花嫁姿を見せてあげようとプロポーズした。
自分がいなくなった後の妻のことを考えたのだろう。
2回目は彼女の父親がなくなって1年たった頃だった。
俺はいった。「お母さんも一緒に東京に呼んで、三人で暮らそう。」
彼女の母親から「地元から離れることはできない。」と断られた。
まだ夫の死から立ち直ってはいなかった。
親の問題は何も解決はしてなかったけど、婚約指輪を買って彼女に話したいことがあるから地元にいくと電話した。
彼女はいった。「もう他に付き合ってる人がいるの。。いえなくてごめんね。。。」
3年が過ぎ、お互い30歳になっていた。
僕はいった。「旅行に行こうか?」
彼女はいった。「Hなしで友達としてね。」
1泊だけど楽しい旅行だった。本当に何も違和感のない旅行だった。
冗談をいいあって、素直に笑って、昔みたいにお酒を酌み交わした。お互い30歳だねと笑いあった。
帰りの飛行機の中、考えたら駄目なことだが、
「彼女の父親が癌にならなかったら、どうなっていたんだろう。」
と僕は考えていた。
こんなこと考えても何もならないし、誰も幸せにならないなんてわかってるけど考えていた。
それとももっと僕がうまくやっていれば他の道があったのだろうかと考えていた。
何かを得たのかもしれないが、どちらかといえば何かをまた失くしたのかもしれない。
これからも色々なものを引きずって僕は生活をしていくと思う。
色々な問題にぶつかって、色々な人と出会い、その中で何かを得て、何かをまた失うのだろう。
それでいいのかもしれない。
我ながら30歳で情けない男だと思う。
でもそれでいいのかもしれない。
とりあえずだ。