はてなキーワード: 武装解除とは
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自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝〈上〉 - ネルソン マンデラ;
生きる技法 - 安冨 歩
ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡 - シルヴィア ナサー
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リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書) - 野田 智義
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日本を大切にする仕事――身のまわりから社会を変える10人の生きざま、働きざま - 山岡 淳一郎;
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製造業の現場バイヤーが教える だったら、世界一の購買部をつくってみろ! - 坂口 孝則
経済論戦は甦る - 竹森 俊平
キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)
昭和21(1946)年2月3日に、かつての、満州国通化省通化市で、日本人に対して一週間にわたって拷問と銃殺が行われ、あるいは凍死させられ、軍とは何のかかわりもない民間人2000人(一説には、数千人)が殺害された事件。
問題映像が「凛として愛」。公式サイト(http://www.hanadokei2010.com/rintositeai/index.php)が「愛国女性のつどい 花時計」http://www.hanadokei2010.com/。
通化事件(つうかじけん)とは1946年2月3日に中国共産党に占領されたかつての満州国通化省通化市で中華民国政府の要請に呼応した日本人の蜂起とその鎮圧後に行われた中国共産党軍と朝鮮人民義勇軍南満支隊(李紅光支隊)による日本人及び中国人に対する虐殺事件。日本人3000人が虐殺されたとされている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%8C%96%E4%BA%8B%E4%BB%B6
終戦後、無抵抗の日本人に対してこのような掠奪と暴行、殺戮が、中国人、朝鮮人によって行われたことは事実である。
「中国人や朝鮮人が一方的な被害者で、日本人が加害者だ」って誰が言ってるのだろう?歴史に携わる者たちの多くは、「日本人」と「日本軍」を切り分けているように思われる。こういうのを被害妄想というのではないのかい?
ベストアンサーに選ばれた回答
片や「通化事件」もポツダム宣言で日本は武装解除を約束していたにも関わらず、外地で
日本の恥をばら撒いて、ホント「新しい教科書系の人」は反日ですぅw
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1113616176
日本が一方的に虐殺された類の事件ではないらしい。ただ、「日本の恥をばら撒」く人たちがいる以上、ウェブ上で事実をはっきり提示する必要性があると思われる。
えーと、メリットよりは、アジアが不安定化した際のデメリットが多すぎるから占領するって事だな。
まずは、日本がどういったプロセスで丸腰になるかについてだが、
おそらく、アメリカ軍を撤退させて、自衛隊を解体して、海上保安庁、警視庁の武装解除という段階を踏む事になると仮定する。
だが、アメリカ軍の撤退を現状では自衛隊は良しとしないだろう。
となると、一時的にでもアメリカ軍が居なくとも自衛隊のみで単独防衛が可能である戦力まで自衛隊を増強する事とバーターにするしかない。
また、アメリカとも新たな軍事同盟を締結する必要があるだろう。
そのどれかが抜けてもアジアの不安定化は起こるので、アメリカはその阻止に動かざるをえない。
その後、自衛隊の解体になるが、自衛隊はこれも良しとはしないだろう。
今度は何をバーターにするかだが…、警察・海保の増強では自衛隊は首を縦には振らんだろう。空軍の代わりになる組織が無いしな。
特に取引材料が思いつかないし、国内軍だし、無理やり解散しても良いか?となると当然クーデターが起きるわな。
であれば、それを鎮圧する武装が必要。
そもそも、どんな理由で重武装させるのか。
…と、順序良く解体するにはそもそも無理があるんだよね。
なんで、いきなり、
米軍出て行け、自衛隊解散。海保と警察の重武装禁止と強行採決するなると、当然自衛隊、海保、警察、野党は反発してクーデター起すだろうし、
それすら凌駕するマジックがあったとして、突如日本から自衛隊、海保、警察の装備が消滅なんて事になったら、アメリカは一時占領して新しく政権を立て直すでしょ。
何が起きたのか確かめなきゃいけないし、日本の国土と国民を保護しなきゃならん。
米豪EUでの多国籍軍になるかもしれんがまずは米軍が動く事になるだろうね。
どうやっても、武装解除できないようになっとるんよ。
授与式での演説でオバマ大統領は、「平和を維持するためには戦争という手段が演じる役割もあるのだ」と述べ、アフガニスタン戦争を「正しい戦争」と位置づけた。その上で、今月1日に発表したアフガンへの米軍追加増派に関し、「米国民が直面している脅威を座視は出来ない。交渉でアル・カーイダを武装解除することは出来ないのだ」と語って戦争遂行の必要性を強調した。
ノーベル平和賞授賞式の場で「平和のための戦争」という古来、手垢のついたレトリック。空疎だ。
いくらノーベル平和賞がうさんくさいからと言っても、これはないんじゃないか?
普段から重たい鎧を着ている。
自宅では脱いでいるけど、一歩でも出るときは完全武装。
重たいけど、長年しょってるから慣れた。
色々な方法を試したけれど、これが一番身を守れる気がした。
ある時、いつものように着込んでいたら、
「それ重くないの?」と言われた。
「別に。」と答えた。
「お前がいいならいいけど」と言われた。
その人と一緒にいると楽しかった。兜からは顔があまり見えない。
そっと脱いでみた。
頭が軽くなった。その人は脱いだことに気付いたのだろうけど、
帰ろうと思い、兜をかぶろうとすると
「もういらないだろ」と言われた。
「え、でも」と戸惑う私
「じゃあ持ってくれば?」と言われたので手に持つことにした
最初はお互いそんなつもりはなかった。
私は異性と寝るのが久しぶりだったのでドキドキした
重装備の私を抱きしめてくれるけど、体温を感じられない
ちょっとさみしいな・・・と思いながら横になった
見上げると、「どうしたの?」という顔をされた
おそるおそる、少しずつ脱いでみた。こわかった。
ひとつ脱ぐごとに見上げると、「ん?」という顔。
いちいち抱きしめてくれた。
全部脱いで、抱きついてみた。
とってもあったかかった。
ほっとしていると、
「こっちのほうがいいよ」と言われた。
起きて、鎧を着込んでいると、「また着るの?」という顔で見られた。
また一緒に寝ることになった。
完全武装解除してみた。
「こっちのほうがいいな」と頭を撫でられた。
今ではもう素っ裸。
この人スゴイ。
欧米のミャンマー報道は「スーチー」偏向プリズムで目が腐乱している
アウンサン・スーチー女史だけが欧米にとってミャンマー報道の全て。
日本のマスコミの取材力も解析力も貧弱だが、欧米マスコミのそれも変わりばえしない。スーチー女史が民主化のシンボルというのは、盧武鉉が韓国民主化のシンボルだった、という嘘放送同様に悪質なデマゴギーに属する。
しかしスーチー問題はここでは論じない。詳しくは高山正之氏の『スーチー女史は善人か』(新潮社刊)を参照されたい。
ミャンマーを壟断しているのはたしかに軍人政権だが、社会構造は二重になっており、軍部より上位に仏教があり、国中いたるところパゴダばかり。敬虔なひとびと、穏和な性格、農業国家。倫理性が高い。それこそ欧米の植民地時代の悪辣非道な統治に比べると、ミャンマー国民の倫理の高さ、その潔さは比べようがないのではないか。
英国植民に狎れ、英国へ留学したスーチー女史には土着の思想も発想もない。東チモールのグスマンのごとし。或いはパキスタンのブッド元首相のごとき。
ミャンマーを一週間旅行したことがあるが、その穏やかな人々と風景ののどかさに、むしろ感動した。
さてミャンマーの北方地域から北東部にかけての山岳地帯は軍事政権も統治が及ばない無法地帯をかかえる。カチン族、カレン族、モン族が実効支配する地帯で、しかも麻薬栽培が盛ん。その無法地帯と国境を接するのは?
中国です。
辺境地帯のゲリラは武装しており、独自の税金を取り立て、長年にわたって軍事政権と対峙してきた。
北東部はカチン族などの部族長らが指導権を握り、カチン民主戦線(NDA),シャン州軍(SSA),民主同盟軍(MNDAA),ワ州軍(UWSA)等、反政府では同じでも、ゲリラ間の統制はとれておらず、お互いがいがみあっている。いがみ合えばあうだけ、ミャンマー軍事政権としては分断統治がやりやすい。
しかし国際的孤立にくわえ、国内政情不安と民主化要求の板挟みにあって、ミャンマー軍幹部は、個別にこれらゲリラ頭目たちと会談しはじた。
年初から五月初旬にかけて密かに停戦を話し合ったが、長い戦闘による猜疑心が交錯したため交渉は難航し、結局、五月下旬になって破談におわっていたことが分かった(アジアタイムズ、5月29日号)。
▲停戦条件は信用できない
軍が提出したのは、ゲリラ側の武装解除とひきかえに、かれら戦闘員をミャンマー政府の『軍人』として政府軍へ参入し、給与を支払うことなどが条件だった。
とくにUWSAは、中国のテコ入れで対空砲、地対空ミサイル、190ミリ迫撃砲などで武装しており、軍部の出す条件はうっかり飲めないと踏んだ。
武装解除したあげく軍が急襲して殲滅させられた例を、カチン族らは見てきた。
UWSA軍は25000名。またワ州軍はカチン族の集団で武装兵士20000名を抱えると言われ、武装解除と自治が交換条件だが、やはり政府を信用しておらず、停戦交渉は決裂した。
これらの武器はどこから来たか
一方で、欧米が激しく非難するミャンマー軍事政権が制裁措置をもろともせずに存続する理由は最大の胴元が中国だからである。
国際的に孤立しても核武装を急ぎ、核実験を繰り返して平然としている北朝鮮も、結局は中国がテコ入れをしているからだ。
中国は国際社会の反対をよそに、堂々とミャンマー政府を支援してきた。
中国がミャンマー軍事政権への武器援助の交換として獲得したのは、インド洋アンダマン海沖合の無人島を二つ租借し中国海軍の観察基地としているほか、ミャンマー沖合の海底ガス油田開発権利をインドと競って獲得している。
中国雲南省とミャンマー南方の港湾とを結ぶハイウェイ建設、山岳での発電所建設を援助し、さらに沖合からミャンマーを南北に縦断するガス輸送パイプラインを中国が敷設する。
そうしてビジョンを持っていると同時に中国は反政府ゲリラ組織へのテコ入れを行うのである。第一はパイプラインを安全にまもるためには山岳ゲリラとの妥協が必要であり、第二に中国が最大支援国としての発言力をバックにミャンマー軍事政権を説得できるからだ。
▲ビルマ共産党に一時期テコ入れしたのも中国だったが。。。。。
一方、中国は1970年代から反政府ゲリラの肩入れしてきた。理由は彼らがビルマ共産党の流れを汲むからであり、また国境貿易の主体でもあり、麻薬の柱石地点でもある。
途中で中国はビルマ共産党の武装援助のテコ入れをやめる。理由はビルマ共産党は、とても組織的に脆弱で使い物にならないと判断したからである。
あたかもコミンテルンが辛亥革命直前から清朝の反政府組織にテコ入れし、孫文を日本から寝返らせて、周辺をソ連将校らが固め、さらに蒋介石、毛沢東の双方を援助した。西安事件を命令して蒋介石と毛沢東を共闘させるために国共内戦を終わらせ、抗日の統一戦線を組ませた。当時の中国共産党は山岳ゲリラの類い、スターリンの命令には逆らえず、また蒋介石も息子の蒋経国をモスクワに留学(という名の人質)にとられていた。
いま中国は、あたかもコミンテルンの謀略の現代版を実践するかのように、一方でミャンマー軍事政権に異常なテコ入れおこない、他方ではミャンマーの反政府ゲリラ組織にもテコ入れしてきたのだ。
山岳ゲリラの跳梁に悩まされるミャンマー現地民はタイの難民キャンプへ逃れており、これは国際的な人権問題。次の難題がそこにある。
OKOK。話は大変よく分かるし筋は通ってると思う。特に誤解はない。
そうすると、あなたと私の立場の違いは、国歌というのはどういう観点から誰が選ぶものなのか、そもそも何のためにあるのか、という点に関する認識の部分だと思う。
以下、三行でまとめ。
・そこで「開き直り」はあり得なくね? (あと最後に大事なこと言った!)
以上終わり。…とりあえず、暇が有れば以下を読んで欲しい。
国民主権の民主主義国家にあって、国歌を選ぶ主体が国民であることはまったく問題がないし(だからこそ国会で国旗国歌法が定められた以上アレが国歌であることを否定はしないけれど)、その際国民でない人には一票を(たとえ間接的であっても)投じることはできない、というのは実際その通りだ。でもそれは純手続き的な意味でそうであるに過ぎないのではないかな。国の「歌」というのは単に象徴として存在するだけではなく、事実様々な場面で歌わされるものでありそれによって国民の自覚を高め団結を強めるための道具であるわけだよね。神棚に飾ってあるだけでなく、事実使う、という。
従ってそれは、大げさに言えば日本という国の国民が持つ「国家観」に関わるものだと思うのだけれど、日本という国は、私の記憶が間違っていなければ、その憲法前文で「国際協調主義」を謳っておるね。
われらは,いづれの国家も,自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて,政治道徳の法則は,普遍的なものであり,この法則に従ふことは,自国の主権を維持し,他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
我々は日本人として『国家の名誉にかけ,全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓』っているはずだと思うんだ。その点から見て、
つまり諸外国の認識がヒトラー=天皇であるかどうかは関係ない話では?
国民が納得するかどうかと、諸外国が納得するかどうかというのは違う話ですし、諸外国が納得しないから国歌として不適格ってのも変な話です。
…と、これを「関係ない」で押し切ることが適切かどうか、私は日本という国家の『名誉にかけて』この主張はまずいんではないかと思うがどうだろう。
さらに言うなら、そういう国際協調を憲法で唱える国が、諸外国から旧戦争指導者とみなされる存在を讃える歌(そうじゃないという解釈は所詮詭弁だと思うね。戦前に教育を受けた人で『君』が天皇を指さないと考える人など一人もいないよ。歌を変えないが解釈だけ都合良く切り替わるなんという説は『味噌も糞も同じにする』ようなものだ。)を「国民統合の象徴」として用いる、というのは、はたして日本という国の『名誉』の問題として、どうなのかね。
もちろんこれは、根っこのところでは天皇制を存置したことと同じ問題ではある。そして、私は先に述べたようにそれが「充分にやむを得なかった」とも考えている。昭和20年のあの時点で、占領軍には天皇制を存置する以外の現実的な選択肢は無かったという考え方に説得力を感じるよ。だから日本人と占領軍はいわば「コソコソと」天皇制を続行した。君が代はその余録で残ったようなものだね。確実に言えるが、敗戦時に天皇制が廃止され天皇の戦争責任が追及されていれば「日の丸君が代」は廃止されていたんじゃないかね。その状況なら「過去を振り返るためにこれは残そう」などという案は一顧だにされなかったことは確実だ。(…ただし、天皇を訴追していれば、軍の武装解除は進まず、結果確実に内戦が勃発していたと思うがね。)
そして多分その事情は現在もなお変化が無いんだな。法制化された現時点でもまだ「君が代」は「コソコソと国歌らしい何か」として存在するのが唯一やむを得ない正しいあり方であり、いかなる開き直りの余地もそこには無い、と考える方が妥当だと思う。開き直った瞬間に、確実に二つ三つと戦後日本を貫いてきた論理が破綻するからね。
天皇制を存置させた以上、君が代をおいて別の国歌を作ることもできず、かといって君が代を大手振って歌うことにも矛盾が残り……というダブルバインドから、我々は免れ得ないんじゃないかな。
いずれにせよ、「過去をきちんと振り返る」ということはとても大事だし、戦争を振り返ることはとても大事だ。その発想には同意する。同じ意味で「(押しつけであろうが無かろうがいずれにせよ唯一の存在としての)日本国憲法を愛し守ってきた戦後60年の日本人」の歴史の重みもきちんと振り返るべき時期にきている気がするんだ。
私は胸チラ・ふくらみ観察学会の末端構成員・谷間アリ・ガトーである。
引き締まった体にも興味はあるが、ほどよく肉のついた胸のふくらみこそが我々の宝である。
この日を、この谷間アリ・ガトーは6ヶ月も待ったのだ!
急に訪れた春の陽気に、街ゆく女性たちは無防備な身体を晒している。
これは、年に一度きりの、またとない好機なのだ!!
つまりこうだ。観察対象は、完全武装している冬から、春を経て夏へと段階を経て武装解除を行う。
武装解除には、露出度を上げる服装解除と、冬の間に余ってしまった脂肪解除とがある。
しかるに服装解除は即時に行えるが、脂肪解除はすぐには解除できない。
かくして、服装だけ春の武装で、体は冬のままという、ほどよく肉の付いた胸のふくらみを観察するのにこれほどの好機はないのである。
の風刺・告発ムービー。
http://www.youtube.com/watch?v=JsfwEj6yqSA
デ・ビアスのあのCMの音楽にのせて「紛争ダイヤモンド」不買の呼びかけ。
ただ、ここで指摘されているRUF(革命統一戦線)は既に国連軍の介入などにより停戦武装解除が済んでいる。
数年前はFlashで流通していたのだが最近検索してもうまくヒットせず見ることができなくなっていた。(のでメモ)
婚約指輪がどうとかが一部話題になってるらしいのと中流富裕化の進む中国あたりからまた需要が逼迫して値上がりしているとかなんとかというDeBeersのお手盛り情報を受けて。
『A Diamond is Forever(ダイヤモンドは永遠の輝き)』はマーケティングの歴史の中で最も成功したスローガンである。このスローガンの目的は、受け取ったダイヤモンドを転売しないよう女性を説得し、中古品による市場価格の下落を防ぐことにある。この結果、ダイヤモンド市場からは競争が排除され、小売業者は高値でダイヤモンドを売ることが可能になった。またそれは、デビアスが大規模にダイヤモンドの流通を操作することを可能にした。
とのこと。
■増田よ。傲慢君の手懐け方。ヒョウの尻尾をつかんだら手を放すな。
http://anond.hatelabo.jp/20070414123341
に関連して
という発言があり、なるほどと。
そこまで直感したわけではないけれど、近いものを感じていた。
手懐けるということでいえば、「名を捨て実をとる」発想あるいは取引感覚というものがモノをいうと考えているからです。
正論ガチンコで勝とうとするひとは、正論に敗れることも覚悟しなければならないでしょうね。
自分の側に正義がある、というスタンスで挑むと、正義しか頼るものがなくなる。自分が絶対に正しいという姿勢を崩すことは武装解除丸裸になると同然だということになり、到底容認できない、と。結局、征服が最終ゴールイメージになる。
だから以下の記述は気にかかった。
アフリカ人はヒョウの尻尾をつかんだら、その肉を喰うまで手を放さないかもしれません。
私にも傲慢君と一悶着起こった時に、そのくらいのタフさが欲しい。
生きるか死ぬかの瀬戸際にきたら逃げてはいけないというのは恐らくそのとおりでしょう。
しかし、そもそも手懐けようという戦略のなかで、ヒョウの尻尾をつかむような戦い方をするべきかどうか。
けんか腰の暴れん坊を笑わせて懐柔して手下にまでしちゃうよ、強い人は。笑顔で。
そういうことですね。
一度暖かさを通り越して暑くなったのに、ここへきてまた寒くなってしまった。
我々にとって非常にゆゆしき事態である。
我々は胸チラ・ふくらみ観察学会である。
引き締まった体にも興味はあるが、ほどよく肉のついた胸のふくらみこそが我々の宝である。
だからこそ、冬から春を通り越して夏がやってきたのは非常に好機であった。
つまりこうだ。観察対象は、完全武装している冬から、春を経て夏へと段階を経て武装解除を行う。
武装解除は服装だけではなく、冬の間に怠けてしまった分の脂肪の量についても行われる。
服装の武装解除は即時に行えるが、脂肪の武装解除はそうはいかない。
服装だけ夏の武装で、体は冬のままという状況は通常では起こりえない好機なのである。
かくしてここ数日、我々は、だらしない冬の体を無防備にも晒す観察対象の貴重なシーンを
(特に花見の席などで)脳裏に焼き付けるべく活動を行ってきたのだ。
しかし、ここへ来て冬が戻ってきてしまった。
観察対象がふたたび冬の完全武装を行い、脂肪の武装解除の時間を与えてしまうことになる。
緊急事態である。