はてなキーワード: 助教とは
http://anond.hatelabo.jp/20110710134838
http://anond.hatelabo.jp/20110709015539
http://anond.hatelabo.jp/20110710113156
勿論その点は責められて然るべき。ですがチェルノブイリと違って避難が迅速に行われた結果健康被害が回避できたことは無視できませんよ。
それは同心円での避難。あれだけの事故でただの「一律避難」さえさせない政府はさすがに先進国と言われる国では有り得ないのでは?
またチェルノブイリでの避難区域より高い放射線があるところでも、避難区域になっていない場所は結構ある。国土が狭く人口密度の高い日本ではチェルノブイリの様な非難をさせることは難しいとはかねがね指摘されていたけれど、全く検討されはしていなかったと思う(なんら準備されてなかった割には避難など良くやったとは思うけど、準備があればもっと上手く行ったはず)
しかしそうなった理由に、「ナイーブ系反原発派」があることを無視してはいけませんよ。
でも「ナイーブ系反原発派」はフランスにもいるのでは?というか世界中にいそうな気がする。
増田氏が上げた「今回の事故は「チェルノブイリより何倍もひどい」とのたまったヘレン・カルディコットさんは
日本の原発にだけ発言してフランスの原発では何もナイーブな事をいってないとは、私にはとうてい思えないけど。
フランスでだって「ナイーブ系」は騒いでいるでしょう。それでも仏政府は訓練をし、ヨード剤を各戸配布している。
「ナイーブ系反原発派」の存在を日本がそれをしなかった理由には出来ないと思う。
その通り。マスメディアが「原子力村」に乗っ取られていたのが嘘であるというよい証拠ですね。
私はマスメディアが乗っ取られているから「何も報道されない」などとは主張しない「反原発派」です。
事故前から私が見聞きしてきた「反原発派」は増田氏の主張とは違いまともな事をいう人々が大多数でした。
もう一度いいます。ナイーブ系の極端な主張をもって全ての反原発派の主張と表現するような、「極端な例の一般化」はやめませんか?
推進派の論法が「事実」として正しければ使っていけない理由などありません。
でも使用者側が規則を無視したり、危険を無視したら「使わせられない」ですよね。
更に言えば、政策として原発を推進するにあたり国も使用側の不正に荷担している状況を
非難することは当然だと思う。
小出助教の主張も、私がYouTubeでみた範囲では、今ある原発の構造上の問題も指摘しているけれど、
そもそもあなたの言っていることは「政府・東電の安全対策は『不十分』だった」という話で、それは実際正しいのだから「欠けていた部分」を批判すればいい。
そして更に、
http://anond.hatelabo.jp/20110709214635
で増田氏が書いている様に
技術的な主張として読む限り、実はこれは誤りではありません。
と考え、その点だけに誤りがないことを元に、それ以上の可能性を決して考える事をせず、当然やらなければならない措置さえとらない
原子力ムラの対応を、「『安全神話』に寄りかかったもの」と呼び、
そして増田氏が判りやすく書いたとおりの結果になった。
福島第一発電所1-4号機で「停止した原子炉の冷却」ができなかった理由は、やるべきことをやっていなかったからです。具体的には「非常用所内電源」を安全な場所に設置していなかったからです。
b:id:kmaebashi はてブ元に戻して 反原発派の一部がいっぱいデマを飛ばしているという点は同意(小出助教とかも)。脱原発の妨げにしかならないから、なんとかすべきと思う。 2011/07/10
これは全く同意します。反原発派にとってこそああいう人たちは有害なはずです。なぜ広瀬・小出・孫といったデマゴーグを泳がせて、むしろ利用しているのか本当に理解に苦しみます。
http://twitter.com/kmaebashi/status/89742947817488384
http://htn.to/kS9Xjr 原発は、『絶対安全はありえないから、多重防御で事実上ほぼ絶対の安全を保持する』というスタンスだったんじゃないの? その「5重の壁」が、「ただ停電しただけ」で、全部イカれてしまったのならこれをウソツキと呼ぶのに何のためらいがあろうかさ。
「だけ」ではないです。停電に加え、ディーゼル発電機および海水ポンプの故障、配電盤の故障と何重にも積み重なってます。そういう意味でここでも多重防護が破れてます。ただし、「津波」という一つの原因でこれが全て失われることは想定できたわけで、その対策を怠っていたのは「重大な過失」です。
いずれにせよ、「故意に騙していた」わけではないので「ウソツキ」というのは穏当さを欠くと思われます。
http://twitter.com/kmaebashi/status/89744059446464512
あと、もんじゅに関しては、「3トンの構造物を炉内に落っことした」時点で相当の異常事態でしょ。何度も引き抜きに失敗し、ちゃんと準備するのに10ヶ月もかかったんだから、「部品を炉内に落っことしたというだけ」などと言えたものじゃない。 http://htn.to/kS9Xjr
勿論、「内部の」人たちにとっては「相当の異常事態」です。しかし、「外部の」人間が命の危険に怯えるようなことでは全くありません。もんじゅデマは「半径300kmに即死のリスク」というような馬鹿げた恐怖の煽動がその実態だったわけで、その観点からみれば現実に起こっていたことに比べデマの内容はまさに針小棒大であり、「だけ」と形容するにふさわしいものです。
元の記事を書いた者です。コメントありがとうございます。
これはちょっと違います。理系(少なくとも数物系で超大規模な実験設備を要しない分野)では業績は主に「査読付き国際誌に第一著者として掲載されること(一部分野では査読付き国内誌・査読付き国際学会もそれに準ずる扱い)」で数えます。分野にもよりますが、これが2-3本あることが博士を取る条件で、まともな研究者なら年に1-2本は継続して査読付き論文を国際誌に出しているはずです。この際、単著であるかどうかは重要でなく、第一著者であることだけが重視されます(実際、第一著者以外の人は指導教官とかチームのメンバーとかで、ほとんど謝辞に近いです)。まあいずれにしても学術的な業績は皆無に等しいといえるでしょう。
叮嚀なご指摘をありがとうございます。理系での1st authorやIFについては一応知っていたのですが、単著云々については完全に誤解でした。
論文の査読有無について言及しなかったのは、私がその掲載誌名を見ても査読が付くのか付かないのか、どのくらい権威と定評があるかよく分からないからでした。ただ、改めてCiNii 検索 - 今中哲二 での検索結果を見ると、何だか権威も定評もありそうにない掲載誌ばかりだなとは思います。
以上、ただの言い訳でした。他にも何か不適切な記述がありましたら、どうかご指摘ください。
というか、業績欄に査読付き論文がまったく載っていない研究グループのページなんて前代未聞もいいところで、この研究グループ自体が有り体に言えば「DQN飼い殺し用隔離病棟」であるいい証拠です。こんなのが「原子力村に干された悲劇のヒーロー」として扱われてるんだから噴飯ものもいいところですよ。
ちなみに、「福島原発で再臨界の疑いが濃厚に」と警鐘を鳴らして早野龍五に「そう判断するのは早計」と一蹴された小出裕章(京都大学原子炉実験所・助教、61歳)も、同じく原子力安全研究グループの一員です。やはりそういう人たちばかりが集まった研究グループなのでしょう。
http://anond.hatelabo.jp/20110409164209
よい記事ありがとう。ある程度の知識がある冷静な人ならわかることとはいえ、これだけまとめる労力は大変だったと思います。お疲れ様でした。ぜひ私からも知人・友人に紹介しましょう。
しかし一点だけ補足。
理系業界には疎いので断言は出来ないが、途中どこかの企業で研究していた形跡もなく、60歳の助教で単著なしというのは研究者としての実力をかなり疑わせる。
これはちょっと違います。理系(少なくとも数物系で超大規模な実験設備を要しない分野)では業績は主に「査読付き国際誌に第一著者として掲載されること(一部分野では査読付き国内誌・査読付き国際学会もそれに準ずる扱い)」で数えます。分野にもよりますが、これが2-3本あることが博士を取る条件で、まともな研究者なら年に1-2本は継続して査読付き論文を国際誌に出しているはずです。この際、単著であるかどうかは重要でなく、第一著者であることだけが重視されます(実際、第一著者以外の人は指導教官とかチームのメンバーとかで、ほとんど謝辞に近いです)。
まあいずれにしても学術的な業績は皆無に等しいといえるでしょう。というか、業績欄に査読付き論文がまったく載っていない研究グループのページなんて前代未聞もいいところで、この研究グループ自体が有り体に言えば「DQN飼い殺し用隔離病棟」であるいい証拠です。こんなのが「原子力村に干された悲劇のヒーロー」として扱われてるんだから噴飯ものもいいところですよ。
(http://anond.hatelabo.jp/20110409164209からの続き)
今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省等が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報が提供されることになっています。防災対策の基本は、信頼できる単一の情報を提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたいと思います。
不確実な情報で混乱させないように注意されたし、という日本気象学会から会員への呼び掛け。自粛要請ではない。
火山防災に携わってきた小山真人静岡大教授は、かつて雲仙岳の噴火で火砕流の危険を伝えることに失敗した経験をふまえ、「通知は『パニック神話』に侵されている。住民は複数の情報を得て、初めて安心したり、避難行動をしたりする。トップが情報統制を命じるのは、学会の自殺宣言に等しい」と話している。
マスメディアや一部の研究者、ネットユーザーはこれに猛反発した。
また、気象学会の方針とは関係ないのだが、時を同じくして別の事実が発覚した。IAEAの要請により気象庁が放射性物質の拡散を連日予測していたが、国内には公表していなかったというもの。マスメディアなどはやはりこれを徹底非難した。
日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府の原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。
被ばく医療に詳しい長崎大学の長瀧重信名誉教授は「国は、どれぐらいの被ばくが予想され、どれぐらいの危険があるかをもっと公表し、住民と共に避難などの対策を決めるべきだ」と話すなど、今回のような予測データの公表の在り方を巡ってはさまざまな意見があり、今後検討の対象になりそうです。
本当にめちゃくちゃな話です。これは国民に対する裏切りであり、情報隠蔽と言われても仕方ないと思います。気象庁によれば「要望があれば公表したい」とのことなので、はやく公開して欲しいと思います。ていうか要望するに決まってますやん。
では、何故政府はこれを公表しなかったのか。
つまり、この予測は極めて精度の低く、しかも観測によって裏付けられていない机上の予測。原発から数千kmとか数万km離れた外国では参考になるかも知れないが、原発から1000km圏内の国内ではあまり参考にならないので公表しなかった、という。これは納得できる説明だと思われる。
例えば、東大教授の早野龍五はその1週間以上も前からprediction(予報)よりもpostdiction(検証)すべきだと主張している。
どこの誰だか分からないが、高エネルギー加速器物理が専門というbunogetoも同意見。
枝野官房長官は4日午後の記者会見で、「少なくとも隠す必要のない情報。誤解を生まない説明を付けて、公表すべきだった」と述べた。
政府は公表しなかったことを反省した、というだけ。枝野の説明とか、予測はあくまで予測なのだからあまり信用すべきでないという研究者の声も全然紹介されていない。
つまり、本来はさほど重要でない、というよりも誤解を招き易い情報を公表しなかっただけなのに「隠蔽」と批判され、何故公表しなかったのかをちゃんと説明し、それを支持する研究者もいるのに報道されない。こんなバカな話があるか。
というわけで、読売新聞の説明は不十分、というよりもミスリーディングで、これのために誤解が広まったようです。さて、読売新聞の記者はこれをどういうつもりで書いたのか。本当に意味を知らなかったのか、あるいはわざとやったのか。単に説明不足では済まないように思いますが、どうでしょうか。
日本の研究機関のシミュレーションがなかなか発表されないのは問題なのですが、だからといって外国のシミュレーションを見て「なんの目的で、どのように行なったか」を調べもせずに「大変だ大変だ」と大騒ぎするのも、まずいでしょう。それは結局「デマ」以外のなにものでもありません。これをなんの注釈もなく紹介したマスコミや「大変だ」と大騒ぎしたジャーナリストなどは、情報を読む能力がないだけでなく、「デマの発生源」にもなっているわけですから、反省してもらいたいものです。訂正なり反省なりがない限り、僕ならその人たちの言うことを今後信じませんね。
次の産経の記事も大同小異。
ドイツや英国、フランス、オーストリアなどの気象当局や原子力当局が、福島第1原発から放出された放射性物質の拡散状況を独自に予測、ホームページ上で公開し、注目を集めている。こうした背景には、1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で放射性物質が欧州に飛来し、飲料水や野菜などが汚染されたことがある。国際原子力機関(IAEA)からの要請を受け、日本の気象庁も放射性物質の拡散予測を行っているが「仮定の数値のため、予測精度が低い」として5日まで非公表にしてきたのとは対照的。インターネット上では「日本政府は頼りにできない。貴重な情報源だ」などと評価する声が多い。
読売と異なり、産経では日本政府が気象庁の予測を公開しなかった理由も紹介している。ただし、専門家の意見は紹介せず、「日本政府は頼りにできない」というネットユーザーの声を紹介。ド素人のネットユーザーからの評価なんてどうでもいいだろ、バカ。
政府や東電がより多くの情報を公表提供するだけならば、さほど問題はない。しかし、それを国民に周知させるマスメディアは、周知させるべき情報を精選しなければならない。
このようなときに、「学問」の本質が判っている学者はどういうふうに発言するでしょうか。「学問的に、わたくしの研究では100ミリシーベルトぐらいまでは大丈夫だと思います。しかし一部に、100ミリシーベルトを浴びると1000人の内に5人から10人の人がガン(過剰発がん)になるという結果もあります。もともと学問は、真実が判っているわけではないので、皆さんはできるだけ放射線に被曝しないように気をつけてください。学者は新しい知見があれば論文を出すことができますが、皆さんの健康は損なわれると元に戻ることはできません。従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。お役所も市民を守るのが役目ですから、法律に基づいた値で市民の健康を守ってください。」今、福島市で行われていること、学問的に言えば「人体実験」ということができます。つまり学問は「100ミリシーベルトだから大丈夫だ」ということを断定的にいう事ができないのですから、学者が自分の判断で勝手に被曝量を決めるということは、学問の本質に反することなのです。
通説では人体に危険がないとされている100ミリシーベルとの被曝でも、人体に有害だとする研究が一部にあるという。しかしだからと言って、
従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。
などと忠告することは完全に間違っている。100ミリシーベルとの被曝ならば人体に危険がないと証明することは、悪魔の証明に近い。考慮する必要のない可能性まで考慮していたら、人は何も出来なくなってしまう。
例えば、被災地で「外国人窃盗団」「雨当たれば被曝」などのデマが広がっているという。
では、これがデマだと証明することが出来るだろうか。「外国人窃盗団が横行しているが、警察が把握できていないだけかも知れない」「雨に当たれば被曝するが、現在の科学が観測できていないだけかも知れない」という可能性は決して皆無でない。しかしだからと言って、そのような皆無に近い可能性を警察や現代科学よりも信用するのは完全に間違っている。
これは原発事故についても同様だ。福島の原発が暴走して日本とブラジルを一つの穴で繋いでしまう可能性も、月が明日地球に落下する可能性と同じく決して皆無でない。しかしそのような考慮すべきでない可能性を、たとえ「可能性」としてでも発信したならば、異常な状況にあって判断力の低下している人たちは少なからず混乱するだろう。
いや、彼らが言っているのは可能性の話なので。原発の事故に関しては、必ず最悪の事態を想定して書いて、その上で現状はこうですよ、というのは正しい報道の仕方だと思います。日本のように「安心です、安全です。逃げなくていいです」って新聞やテレビが言っちゃ駄目ですよね。海外メディアの取り上げ方は、全然問題ないと思います。不安を煽るのではなくて「ここまでになる可能性はあります。ただし、現状はこういう状態なので、今は安心してください」とやればいいわけですから。
これも大いなる幻想によるものだ。毎日様々な事象について「これこれこういう可能性もあるが、しかしこれこれこういう理由により現在は安全だ」と報道しても、人々が正しく理解できるとは考え難い。
プレゼン用語に「take home message」というものがある。「これだけは覚えて帰って欲しい要点」の意味だ。そして結局のところ、国民が覚えて帰りたがっているのは、現在自分は安全かどうかということでしかない。その要点のみを強調し、必要でない情報を強調しないことは決して間違いでない。
【ベルリン=弓削雅人】国連の放射線影響科学委員会(事務局・ウィーン)のワイス委員長は6日、福島第1原発事故について「チェルノブイリ原発事故(1986年)と、米スリーマイル島原発事故(79年)の中間」との見解を示した。事故の国際評価では「レベル6(大事故)」に当たる。AP通信が伝えた。
ワイス委員長は「(第1原発事故は)チェルノブイリほど大規模ではないが、スリーマイルより深刻であることは確かだ」と述べた。チェルノブイリは「レベル7(深刻な事故)」と最悪の評価を受けている。
一方、第1原発が太平洋に面しているため、「放射性物質の大部分は希釈され、人体への影響は少ないだろう」と説明。事故の初期対応については「チェルノブイリの時とは大きく異なる」と指摘し、「妥当」と判断した。
マスコミは「福島は危険」「放射線は身体に悪影響」しか報道されていない節があります。
後付で「このレベルでは身体に害はありません」と言うだけ。パニックを抑えるなら言う順序が逆では?「放射線の数値が通常より若干高い値を示していますが、体に影響のある数値ではありません。各地の数値は~」と言うのが報道の仕事ではないのでしょうか?
「ただちに健康に影響を与えるものではない」-。野菜や飲料水などから基準(規制)値を超える放射性物質(放射能)が検出されたとき、枝野幸男官房長官が繰り返し使った言葉だ。この言葉に「ただちに影響がなくても、何年か後に影響が出るんだろう」と思った人も多いのではないか。実際は現在までに検出された値では将来的にも健康への影響はなく、「ただちに」という言葉を使ったことに疑問を投げかける専門家も少なくない。
政府は「ただちに影響ない」でなく「影響ない」と断言すべきだ、という他に類を見ない批判だ。しかし、もし「影響ない」と断言すれば、政府は将来における危険の可能性を隠蔽し偽りの安全を演出している、と批判されることになるだろう。問題は政府が「ただちに」を使うかどうかでなく、マスメディアがそれを「安全だ」と報道するかどうかでしかない。
横からだけど、正直、君がダメなんじゃなくて先生がダメな気がするなあ。研究者としてじゃなくて指導教官として、ね。
別の提案をする(Aがありますが、こういう問題がありますので、Bと組み合わせるといい結果が出そうです)→組み合わせただけ?
「組み合わせただけ」で修論としては上出来だよ。「いい結果が出そう」という見通しすらなしに単にやってみただけの修論だってごく普通なんだから。学生がそこまで自分で言えるようになっただけで十分なのに、修士課程の学生に先生なにを求めてるんだろ。「組み合わせただけ」の上に何か積めるならそりゃ博論レベルと言っても過言ではない。
多分、教授は君が持ってきたネタの関連分野一筋に一生捧げてきたから、君の言うことがトリビアルなように錯覚しちゃってるんだろうね(本当は修論なんて、表面上の新規性さえあれば、トリビアルなネタでもいいはずなんだけど)。
そこで提案だけど、助教とかポスドクとかにこっそり相談してみたらどうだい?で、助教やポスドクが詳しくて教授があまり知らなさそうな分野のネタと、現在君が関心を持っている分野を「組み合わせ」てみる。そうすれば「組み合わせただけ」でも教授にはつまらなく見えなくなるよ。
要は、あんまりしがらみがない人に「単に相談に乗ってもらっているだけ」という形で、実質上、半分裏の指導教官みたいになってもらうわけ(ただ、このもくろみ自体はできるだけ伏せておくこと。助教やポスドクは立場が弱いので、教授に逆らうリスクを負わせてはいけない。あくまで、君が個人的に周りの人を質問攻めにした結果、その分野に詳しい人に相談に乗ってもらうことが多くなったという形にする。これ重要)。それで何とか乗り切れるんじゃないかなあ。
大学院で懸命に研究してたが就職活動が上手くいかず泣く泣く中小企業に就職した人も多いのではないだろうか。
僕もその一人です。そんな僕が化学系の中小企業に入社して2ヶ月経ったくらいの感想を書こうと思う。
まず、大学院では頭の回転の早い教授と助教、外国人の博士研究員、博士課程の生徒など、自分がどうやっても追いつけない様な頭の持ち主たちと研究をしていた。もちろん、後輩の学生も勉学に励み日に日にレベルを上げていった。そんな環境の中で、非常に高価な機器を使いつつ、自惚れかも知れないが世界最先端の研究をしていたと思う。
だけど、僕は就職活動でつまづき、同期生たちは日経225に入っている様な大企業に入社していった。僕の場合、リーマンショック云々より自分自身の準備不足が原因だとは思う。
で、とある中小企業に就職して2ヶ月経ったのだが、その企業の技術のレベルの低さ、設備の貧弱さに驚いた。
高校の化学すら理解してない人が技術の仕事を行っていて、彼らは無知と知りながら勉強をしない。論理的に実験を進めない。
そもそも、大学で高価な機器ばっか使っていたのだから仕方が無いとは思うが、設備は貧弱で日常業務に必要最低限の物しかない。ちょっとした分析をするにも外部に頼まなくてはならなくお金もかかり上司が許可しない。図書室は本が数冊しかなく、論文を見ることができない(自分としてはこれが一番ショックだった)。残業代は出ない。このままではヒット商品を生み出せないのは素人の目から見て明らかだと思う。
一方で隣の芝は青いのかもしれないが、とある大企業に行った友人の話によると、残業代は出ないが、機器は充実しており、論文はもちろん自由に読めて、レベルの高い人と研究を行っているとの事。あと、同期に女の子がいるのが羨ましい。
以上が僕が置かれている現状。この中で、僕は大学時代の友人たちと「差」ができてしまうのが怖い。
人と比べることがナンセンスだとは知っている。
相対的評価よりも絶対的評価の方が重要だと知っている。
知っているのだが、それでも怖いと思ってしまう。
さぁ、これからどうしよう。
どうなるだろう。
僕はこの企業を変えることが出来るのだろうか。
もすくわ、郷に入ったら郷に従うのだろうか。
社会心理学者「テレビゲームの主人公が白人男性ばかりなのは問題」
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=203
アメリカの社会心理学者がビデオゲームのキャラクターに関する研究を行い、ゲームの主人公が若い白人男性ばかりなのは問題だと指摘する論文を発表しました。
社会心理学者で南カリフォルニア大学の助教も務めるDmitri Williams氏は、全てのプラットフォームやレイティングを含む1年以内に発売された150作品のゲームを対象に、登場キャラクターの傾向を調査。その結果、成人の白人男性を主人公にしたゲームが多すぎることが分かったそうです。
氏の研究報告によると、特に分布が少ないのはヒスパニックやラテン系のキャラクターで、一部のゲームで確認できたものの、そのほとんどはノンプレイアブルの脇役であるとのこと。
“ラテン系の子供たちは白人の子供よりもたくさんゲームで遊んでいるのに、彼らは自身の人種でプレイすることができない。これは同一性形成において問題だ。(中略)皮肉なことに彼らがゲーム制作者になることも少ないので、この循環が断ち切れないでいる。”
女性、ネイティブ・アメリカン、子供、高齢者といった存在もゲーム中に登場する機会は少なく、プレイアブルキャラクターのうち女性キャラクターは全体の 10%という結果に。その一方、アフリカ系のキャラクターは現実と同じ割合でゲームに登場するものの、そのほとんどはスポーツゲームだったり、50 Cent Bulletproofのようなステレオタイプを助長するような描写が多いようです。
尚、この研究の対象となったゲームには、人間が登場しないものや、キャラクターが画面上に表示されないファーストパーソンゲームは含まれていないとのことです。(ソース: Science Daily: Video Game Minority Report: Lots Of Players, Few Characters)
じゃあ「白人男性」並みに悪役や憎まれ役に割り当てられる事も受け入れてくれんとな。主人公や善玉が全員白人で、悪役一派が黒人メイン、なんて構成のゲームも平等に容認しないとバランスとれんだろ。
学部4年で配属して与えられたテーマは、いわゆるトンデモ系だった。
院生や助教に最初に言われたのは「僕・私は一切指導できないから」で、
別の棟にある小さな部屋に一日中閉じこもって、
(そこがそのテーマをする人の部屋だった)
やっとひとつの機器の電源の位置がわかる、なんて毎日だった。
どこに何があるかもわからない。
何かが切れても、どこに注文したらいいかわからない。
これとそれを、どう組めば測定できるのかわからない。
人との関わりが皆無な日々を送った。
それでも実験が進んでいなければ、非難されるもの。
本も読んだ。前任者と連絡をとった。
「この状態からこのテーマを大躍進させれば
すごいかっこいいな」と思っていた。
夏までは頑張った。
私には、そこが限界だった。意外に早かった。
テーマ変更を打診した。
助教が協力的だったのでありがたかった。
渋っていた教授はその内どうでもよくなったらしく諦めてくれた。
就活もしておらず、
「とりあえず、後悔しないように」と進学した。院への進学率は90%を越える学部だった。
9月からの研究では
まともな卒論にはならないだろうと思ったが
仕方ない、修士まで長い目で見て取り返そうとこの時は踏ん張るつもりでいた。
一通りの実験操作は当たり前のようにこなしていた。
そんな中で、一から十まで聞いてくる私。
一歩も二歩も遅れていた。
状況を察して丁寧に教えてくれる人もいたし
あからさまに面倒そうにする人もいたが、
「聞きたいけど迷惑になってしまう」
「嫌な顔をされたらどうしよう」
「みんなは一人でやっているのに…」
元々、気の弱い方だった。
ただでさえ操作が遅いのに、結果も伴わず、苦しい日々が続く。
追い込みを前に体を壊した時、助教の態度が急変する。
以来一度も口をきいていないから、わからないけれど、
テーマ変更の際の自分の尽力に、私が応えなかったから腹がたったのだろう。
「私が許可するまでラボには来ないように。指示は追ってする」と書かれていた。
目の前が、本当に真っ暗になった。
卒業者名簿に載った時には、安心よりも、意味がわからなかった。
大学最後の1年で、
同期は戻ってこないほうがいいという。
あれからも体を壊した人が何人かいる。
何もしたくないなんて許されないと思うのだけど、何もしたくない。
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/lifework/1242932887/
422 名前:332[] 投稿日:2009/06/05(金) 19:57:59
4年間で卒業した場合、最低限必要な学費の試算
<放送大学>
・入学料;22,000円
→合計;704,000円
http://www.u-air.ac.jp/hp/nyugaku/new/gakuhi.html
<中央大学>
・入学選考料 10,000円
・入学金 20,000円
・基本授業料 80,000円×4年=320,000円
・短期スクーリング 10,000円×15科目=150,000円
→合計;530,000円
http://www.tsukyo.chuo-u.ac.jp/entrance_guide/cost/to_graduate.html
<大阪学院大学>
・選考料;5,000円
・入学金;13,000円
・授業料;45,000円×4年=180,000円
・補助教材費;4,000円×4年=16,000円
・年間試験料;10,000円×4年=40,000円
・スクーリング受講料;4,000円×15科目=60,000円
・スクーリング参加申込手数料;1,500円×15科目=22,500円
→合計;336,500円
http://www.osaka-gu.ac.jp/tsushin/entrance/expend/index.html
現に通っても蹴ってる人はいるみたいだし。
共同研究とかもあり。COE関係があればいいんだけどねぇ。あれは限られるからなぁ。
アカデミックな分野に進みたいなら高専とかの非常勤やる方が自分のためになるし。給料は安いけど。
もちろんこういうのって簡単に見つからないけど、
見つけるように行動して、コネを作れば意外と見つかるものだし。
何よりダメなのは3年とか2年とかぬるま湯に浸かってしまうこと。
論文を適度に読んで、適度に書いて、3年目に適当な博士論文ってのが一番ダメ。
頑張らないと給料貰えないし、給料貰ったからには頑張らないといけないという立場になっておかないと。
というか、そういう癖を付けておかないと。
まぁ、任期付きの助教とかにはなれるだろうけど社会に出れなくなる。
そして任期が切れて大変なことになる。
「これが有名私大の職員の年収だ!」(d:id:daigaku-syokuin:20090531)という記事が200overのはてブを集めていて「私大職員給料もらいすぎ」論調が出てきているので有名じゃない私大職員の年収もあげてみたいと思う。
ソースは2008年度春闘資料。2009年度版はもらった記憶はあるんだけどどっかいった。
今回はこの中のポイント年齢別年収のうち35歳職員(配偶者1・子2)・45歳職員(配偶者1・子2)・55歳職員(配偶者1・子1)のいずれも大卒職員を記述する。
いわゆる早慶上智・MARCH・関関同立以外は無名として扱っているので、自分の大学が入っていても怒らないでほしい。
| 大学名 | 35歳 | 45歳 | 55歳 |
|---|---|---|---|
| 関東学院 | 6,677,880 | 8,007,705 | 8,700,285 |
| 国士舘 | 8,124,176 | 9,575,120 | 10,141,208 |
| 東京経済 | 8,447,970 | 10,342,020 | 10,982,520 |
| 獨協 | 8,087,664 | 10,239,228 | 11,251,838 |
| 神奈川 | 8,055,600 | 10,244,400 | 11,166,000 |
| 大東文化 | 8,096,376 | 10,641,966 | 11,876,194 |
| 駒澤 | 8,917,960 | 11,666,160 | 13,116,700 |
| 明治薬科 | 7,019,204 | 8,809,156 | 9,379,004 |
| 工学院 | 7,368,980 | 9,105,280 | 10,095,150 |
| 東京工芸 | 7,665,462 | 9,217,546 | 9,603,126 |
駒澤がネ申です。(でもデリバティブで大赤字出しているんで、今年はどうなるかわかりませんが)
他の大学も世間一般の中小企業に比べたらいい方です。(あれ?私大職員の給料高くない!という主張をするはずが)
ICU(国際基督教大)とかは、知名度の割に年収は低かった気がするんですが、今回の資料には載っていませんでした。
ただ、お給料がいいから私大職員目指すというのは考え直した方がいいかもしれませんよ。
一般企業でしたら、給料特に賞与というのは日本やその企業の景気に左右されますが、大学の場合ほぼ固定です。
それがここにきて、あちこちの大学が一時金・期末勤勉手当(賞与)の切り下げにかかっています。
景気が回復したり、志願者増になったら元に戻るのならいいのでしょうが、それはないでしょう。
実際、バブル期に証券会社が2桁月分の賞与を出していた時も多くの大学は5か月とか6か月とかしか出していません。
理事会(経営者)は、給与引き下げは簡単に行いますが、引き上げ(あるいは戻す)はそう簡単には行いません。
欝・統合失調症などで休職したり辞めてしまう職員が多くいます。
終電続きで朝奥さんが起こしに行ったら冷たくなっていたということもありました。(これは肉体的要因も入ってきますが)
大学には教授や准教授がいます。彼らは教員ですが、何かと事務の仕事にも口を出してきます。
手伝ってくれるのならまだいいのですが、散々かき回した後の始末は職員がやらなくてはいけません。
そして少なくない教授が、職員を自分たちより一段階劣った人種と見ています。小間使いと勘違いしている人もいます。
彼らは職員より高い給料をもらい(45歳教授-職員の差が100万~200万程度なので議論の余地はありますが。あと、教員は研究費を給料とは別に使えます)、しかも博士号や博士課程満期退学という学歴を持っているからです。
パワハラまがいの事を行っても、よほどひどくなければ問題になりません。
なぜなら、彼らは自分の主張を教授会で思う存分主張することができるからです。教授会で決めたことを理事会が簡単には否定できません。
教授会で自分の主張を通し理事会に突き付けることができるので、組合活動に参加する必要もありません。
理事会の優越などというのは、お伽話か一部のレアケースです。
※そして、教授会に参加できない講師や助教、非常勤教員の給料は低く抑えられます。
国会待機で深夜まで待たされたり、膨大な資料を明日までに用意しろと言われる公務員の皆様には心より同情します。
最近はモンスターペアレント(モンペ)が大学にも進出しています。中高と違い親子揃ってモンスターということも珍しくありません。
ただこの点は、入学時にある程度フィルタ(ザルですが)を通しているので、市役所なんかよりはマシです。
公務員や大企業のホワイトカラーの皆さんは、土日祝日がお休みが基本です。刑務所もそうです。
でも、私大の場合はまだ多くの大学で土曜日は出勤日です。よくて隔週土休です。
はっきり申しあげまして、日曜だけですと寝て休んで1日が終わります。
勤勉手当を支給するのに、上司による評価を用いる大学もありますが、往々にしてみんな仲良く(5段階の)3とか、あるいは上司の主観(好き嫌い)です。
そもそも営業などと違って成果が数字に出ませんので、評価のしようがありません。
結果、問題を起こさなければ毎年昇給していきます。
基本、減点評価です。
冒険をせず、革新的な提案もせず、上から下りてきた仕事をこれまでと同じよ~にこなす人が無難に昇給します。
そして、「ExcelやAccessも使えず憶える気もなく、文科省に出す書類を書けるわけでもなく、一日の大半をネットサーフィンやお茶や世間話に費やしながら年収1千万というおじさん・おばさん」が生み出されます。
彼らは何か凄まじい業績を残して今の地位を得ているわけではありません。
大きな失敗をしなかった、挑戦をしなかったから年月を重ねて今の地位にいるのです。
……つまらないでしょう?そんなの。
いわゆる仕事のできる人に仕事が集中します。でも見返りは残業代くらいしかありません。
人に仕事を投げる人、人をアテにするのが上手な人が最も得をします。
ああ、あと窓口に座っているのが職員の全てと思わないように。
窓口で学生対応をする人のほかにも、経理とか人事とか、広報とかの分野も職員の仕事です。
コンビニでもレジに立っている人の他に、本部に経理もあるし人事もあるし、マーケティングやっている社員もいますよね。それと一緒です。
(そして、大学でも窓口とかは非正規職員にシフトして、正規職員の採用を抑制しています。)
ついでに、地方の定員割れ起こしてるような大学だと、もっと低いです。専門学校とかも同様。
http://anond.hatelabo.jp/20090519230327
それを何となく助教に伝えて科研費用資料を作る。この過程で助教の精神が崩壊する。資料は抽象的でなんとなくそれっぽい絵とどこかで見たようなアルゴリズムにそれっぽい名前が付いてるだけの資料になる。本音をいうと「初音ミクを作る」と言われる方が楽だ。「教授がシステム全体を説明できない、今までにない新規性溢れる研究」を始めると、論文が通るとか以前にそもそも誰も修士すら取れない。
その資料でも何故か科研費は通る。「おもしろいですね」っていう展開になり、他の予算が付くことも。
決まってしまったので研究をしないといけないので、とりあえずD1とかM1に投げられる。分野ぐらいしか分からないのでいろいろサーベイしてみる。もちろん、サーベイ論文とか書ける以前のサーベイになる。(問題点って特にないよね、とか、教授の言ってるのはこれで実現されてるよね、とか)
研究が始まると、政治的なパワーバランスなどの都合により、今までのサーベイはゴミ箱に行くことに。「でも、英語読めるんだから簡単にできるはず」等と言われる。音声処理の研究だったはずがサーバの性能向上になったのに。(極端だけど研究分野変更はザラ。あまり大きな問題はない)
助教はまた初めと同じように教授とメールのやりとりをする。日を跨ぐと違うことを言うので出来るだけ素早くパワポの資料にしてメールする。なかなかまとまらないが、D1とM1はB4の卒論テーマを決める。何を作るかわからないが、とりあえず実装とか評価の妄想だけして日程表を作る。B4も卒論の目次を作る。
放っておくと壮大なシステム、壮大なアルゴリズム、壮大な社会的効果、テーマのバグ、労力の割に実現性に乏しいような話がブチ上がってくるので必死で止める。
(テーマのバグは実現するだけでベンチャーが大成功しそうな無茶な物のこと。例えば人間が何を考えているかを正確に把握して、それらからその人間が本当に欲しがってるものを広告表示するのとか。PCと脳が直結できないのを理解できてない)
助教はこの段階で死にそうになってる。一応存在する研究会の締め切りが迫ってくると当然毎日徹夜して論文を作成していくわけだが、なんど書き直しても「つまらない」「ここはこういうつもりじゃなかった」「字にすると面白そうに見えないから(システムの)名前考えて」「(仮の)評価が気にくわないから想定環境が~」「やっぱこうの方がいい」「昨日いいこと思いついた」等の必殺技に返り討ちにされる。評価をB4の学生に取って貰ってるときはメシをおごりながらまた再実験してもらう。論文の締め切りはもちろん守られない。その分のしわ寄せは、単に延期になる。
秋も終わってそろそろ冬になると、卒論や修論やD論がしっかりできあがって・・・いない。絶対。時間だけが無情にも過ぎるが未だに研究の方向性が定まらない。分からないところは逐一聞きながら実装する。運が悪いと何故聞かなかったと言われる。
年明けのX論提出期限ギリギリ。間に合わないことが確定的になってから評価をとりあえず削ってみる。最初からそれは無理と言い続けた評価軸を削るが教授は不満顔。最初からそんなことは無理ですよと毎度毎度言い続けているが変わらない。評価はアンケートでもいいとか言い出す。それで前も留年者を出しただろうに。やっぱり研究テーマがいまいちとかこの期に及んで言い出す。助教は必死で学生の面倒を見る。ていうか論文書いてたりする。みんな死にそうな顔をしているが激太りもしている。
卒論・修論・D論を出して糞論文と言われる。世間一般的に評価内容にミスがあればファーストオーサのせいにされて(こいつが教授の名前借りて全部やったんだから、と思われている)つまらなければ担当教員が批判される。
終わった頃には人数が減っている。そして新入生がやってくるw
これはなに?
苦しむ姿を目の前に、体罰や制裁を与え続けることができる
本部職員さん達の、心情や人間性にも恐怖を感じています。
どうして、長く信仰している人々が
普通の人以上に
人間性を失い
普通の人以上に
おぞましい行動が実行できうるのでしょうか?
どうしてですか?
宗教では、上の方は、人間性が、できていかなくなっているのでしょうか?
どうしてですか?
++先生だと、おわかりになりますか?
このテストは、助教師さんと世話人さんを除く一般信者さんのみを対象とされているようです。
何故、ですか?
私は、何をどうとらえていいかわかりません
今度、いつ、メールできるかわかりませんが、
今日も死にそうです。