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はてなキーワード: ニューアカとは

2024-09-04

VTuber学って本が岩波書店から出たんだな

ニューアカ時代アイドル評論ゼロ年代エロゲ評論アニメ評論もそうだけど、インテリ崩れオタク美少女コンテンツに耽溺する言い訳のために知性を浪費し続けるのはそろそろやめたほうがいいと思うんですが

2023-09-19

予定された学問破滅に向かって

いまたぶんアカデミック一般書(特に文系)の書籍刊行って確変状態にあるんだよな、具体的には2010ちょい前-2025年ぐらいのスパンで。それはもちろん団塊の世代が野に放たれたタイミングから暇になって本を読み出したり学び直ししだしたりしたタイミングに合わせてて、それに伴って出版も山のように復刊とか新訳とかを出した。はっきり言ってかなりこの期間の出版はすごいぶ厚い蓄積になっていると後から振り返って思われるだろうと思う。「ニューアカ」みたいなムーブメント以来のものだっただろう。

ニューアカそもそも団塊の世代が毛も生え揃って社会に出て稼ぎ始めたことで、本を買えるようになったのを当て込んでいた。俗に言うバブル経済だが同じことだ。流行り廃りの末にもう誰も見向きもしなくなったかと思ったが、いくつかのもの最近のそういう団塊老人の退職に合わせて復刊や文庫落ちが続出していった。

その結果どういうことになったか? 

Amazonレビュー意気揚々と見当違いの御高説を垂れる老人で溢れかえっている。

だいたい時代遅れの知見とどうでもいい思い出話の開陳だ。読む価値ほとんどない。レビュアーの年齢でフィルターできるようにしてほしい。何の役にも立たない。見たことある人も多いだろう。あれは結局、自分たちのほうが昔からこの著者のことを知っているという、そういう、単に昔から知っているというだけマウンティングに過ぎない。読書においてもっと大事なのは言うまでもなく、その本であれその著者のことをどれだけよく理解しているかであるなのだが、そういう面では頭が固まりすぎて新しい理解を取り入れて自分視点更新していけない老人たちは、新しい知見を単に自分の知っている話とか語彙だけでジャッジしてマウンティングして優位に立ったり評価したりしているポーズをしているだけなのだ。結局、そんな資格はもともとないのだ。

老人には本は読めない。新しいことを持ち出されても理解できない。そして、そういう老人たちの市場に当て込んでいるアカデミック出版業界も同じことだ。早晩、終わりが来る。

2020-11-15

ニューアカ世代は生きていて、その系譜の孫世代は今回の件で死んだ印象がある。

2020-09-24

初心者オススメ哲学書

哲学というと難解な用語と訳の分からないレトリックだらけの本をイメージする人が多いけどそんなこたぁない。なんならセンター試験の方がムズい、たぶん。

初心者といっても普段本を読まない人をここでは対象にする。本を読む人は偉いのでそのまま自分流に頑張って下さい。

まず、知識として学びたいなら哲学用語図鑑でいいと思う。パッと見れるし漫画チックだし。で、ここで気になった哲学者とかの本読めばいいいじゃん(完結)

で、それもめんどくせーという人間に向けて三冊。

パイドン-プラトン

やっぱりギリシャ哲学読まなきゃ始まらんでしょ!という方はこちら。対話形式で読めてプラトン流のソクラテスの考え(所謂イデアってやつ)が書かれてるぞ!でもやっぱりメノンの方がサッと読めるからメノンの方がいいかもしれんわ、選べ。

方法序説-デカルト

えっ、あの我思うゆえに我ありの本!?と思うであろう本書、デカルト自ら寓話だと思って読んでくれと言ってるので内容も難しくなく読めちゃう!なんてったって訳を除けば100頁もない!

共産党宣言-マルクス

おいお前マルクス主義者か?と思うのも待って欲しい。というのも第二次世界大戦後の哲学者というのは大抵は資本主義問題に直面せざるをえなくなっている。そこでやっぱりマルクスが与えた影響というのは大きすぎるわけで、重要古典でもあるわけです。だからこれからニューアカとか読んでみて~となるなら読んどくべきなんですなぁ。(いかんせん頁数が少ないのでいい)

と、紹介したけど結局は気になる哲学から読め。あと90分で分かる~とかそういうシリーズもいいとは思うけど原本も読むべき。まぁ、やっぱり頁数が少ないのは正義だよなぁ。

2019-01-30

anond:20190129111135

個人的ニューアカ風味に欠けてるなーというのが不満だったので、ちょっと添削してみました。いかがでしょう?

神経医学の、医学全般への漸進的な貢献は、敬虔さという態度変更を伴わない状態では、あらかじめ(つねに/すでに)構造化されうるものではない。

医療技術分野での最新の知見により近時あらためて問題提起されたこの<貢献>という主題が、なぜ現状のようにじゅうぶんに構造化されえないのか(あるいはまたそれが如実にあらわれてしまっているか)は、だから自明ことなのではないだろうか。

今日では歴史の地層に埋もれてしまった感もあるが、19世紀末にスウェーデンからアメリカへと活動の場を移したエリファット・フォン=ハシュヴァルツという精神科医哲学者がいる(とはいえ、当時はなかば詐欺師のような扱われ方をされていたようでもあるのだが)。彼女精神分析医として働きながら哲学神学領域にまで思索の幅を広げ、まるでのちの構造主義を予見するような理論Kalmia Theory提唱している。その思想はひじょうに複雑にして晦渋きわまりないものだが、暴力的単純化すれば、神経医学においてキリスト教認識論の軛から逃れ、世界多面的・多声的にとらえる・そのための方法とでもいうものだったらしい。

倫理がなぜ神経医学において重要なのかという問題は、これもまたいっけん自明に思えるかもしれないが、実はそう簡単な話ではない。簡単な例を挙げれば、経頭蓋磁気刺激法という術式は、磁気増幅器を使用するため被験者の神経パルス信号の異常をもたらす場合がある。しかしこれを即座に危険とみなせるかどうかもまた「時と場合によって」しか決定されえないのである。そしてその場の恣意的判断によってただ闇雲に積み重ねられ溢れかえっているこうしたミクロ事象をどう扱うかという問題は、当時の精神医学界の躓きの石であった。だがある日、その状況に待ったをかけた言わばコペルニクス的転回ともいえる現象観測されたのだった。

2018-07-29

ホテルニューアカオのサイトアクセスできない

www.i-akao.com/newakao/

503 BAD GATEWAY エラーとはニューアカオが借りているウェブサイトの共用サーバーアクセス過多のため

一時的サイトへのアクセス制限されているというエラーであり、アクセス数が減らない限りサイトは見ることができない。

まりアクセスする側のPCネットワーク回線問題ではない

共用サーバーは他のお客さんも契約している1つのサーバーを「間借り」している契約形態

「間借り」している他のお客さんにサイトが表示されないという迷惑を掛けないためにもアクセス数を制限している。

ホテルニューアカオのホームページは共用サーバーを借りて運営されているのだろう

2017-02-22

政治アニメに興味持つんじゃなかった…今はマイルドヤンキー尊敬

政治ばかり興味持ってる人間毒親親和性が高いということにも気づいた

アニメばかり興味持ってる人間機能不全家族育ちの親和性が高いということにも気づいた

24時間毎日毎日ニュースをチェックしては辛気臭いニュース感想をネチネチ言ってる父親のことが大嫌いだった

それなのにネットを始めた頃は政治に関心持ってしまった

政治をチェックせずにはいられなかった

本当に馬鹿だった

遊び人体育会系マイルドヤンキー批判する人間は間違いなく毒親の素質がある

日本深夜アニメなんかも本当に嫌いになった

あれらにはディズニーピクサーほど心理描写もないしX-MENなどアメコミのように疎外感持ってる人物描写ほとんどない

それからついでに現代思想だとか社会学だとかニューアカデミズムだとかそういうのも許せない

あんな本に比べたらONE PIECEハリー・ポッターの方がはるかにためになるね(苦笑)

真面目系クズほどコミュ力馬鹿にし子供を不幸にする

これからラップ格闘技勉強もしたい

今最高にハマってるのはヒップホップblue herbnujabesDJクラッシュケンリックラマーとフライングロータス

あっ…ちょっとマニアックだったかな(苦笑)

2016-08-16

ネット文章を書いてあげるのが怖くなった

ちょっとふざけた感じのサイトを作っていた

ふざけると言ってもニューアカとかペダンチックな語りとかと学会みたいな「くだらないものをあえて知的ぶって語る」ノリの「こんなの真に受ける人いないよね」という感じの文章を書いていた。

そのうちサイトに書かれたことを本気にしだす人たちが出てきた

いや、こんなもんまともに読まなくていいよ、ただの衒学なんだし、本をちゃんと積んで読もうねと思ってたが、その頃はまだネットが閉じた空間だったからそんなに被害はなかった

ところがスマートフォンで一気にネットが開かれてしまうと本気に思ってしまう人たちがわんさか押し寄せて、しかtwitter受け売りを話し出すようになってしまった

しかに本だって誤解されるようなこともあるだろうと思うけど、そういう本を読んで基本的な土台を作ってから付け焼き刃に自分文章を使ってるんじゃなくて

ネット上の雑文だけをかき集めて自分の都合の良いパッチワークを作ってる感じが不気味だった

まりにも怖くなってそのサイトは閉鎖したしネットにそうした考察みたいなのを書くのが怖くなった

ちゃんとした論文とふざけた物言いチャンポンみたいな中間文の発表場所ネットがなれるんじゃないかと思ったけど

スマホ普及で大勢の目に強制的に触れられるようになってしまうとそうもいかなくなった

本当の意味での仲間内同人文やミニコミ誌的な閉鎖的な文化が復活したらいいんだけどもう無理みたいで心理的に落ち込んでいる

こんな感じの自分の思いをつらつら述べただけの感想文なら書けるんだけどもう「ちゃんとふざけた論考」が書けなくなるのかと思うと憂鬱になってくる

2016-05-17

蓮實の三島賞について

あくま個人的主観だけど、

どちらかというと「保守系」と言っていい論客が今回の受賞を言祝いでいるような印象がある。

(念のため言っておくと、僕はここでは保守という言葉ネガティブニュアンスをくっつけたいわけではない。

また、そうでない例があれば教えてほしい)

「もともと蓮實は保守貴族から…」と言われればそれまでだけど、

マスゴミ」的なものを嫌う(この会見での質問妥当ものであったかとは全く無関係)層にかつてのニューアカの一人が歓待されているのは興味深くうつった。

(驚きとともに、ある種の「お行儀のいいリベラル」を嫌うメンタリティがそっち方面継承されるんだという納得もある)

備忘録代わりにメモ

2016-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20160511000626

人工知能とか、チャットボットとか、VRとか、いろあろあるけど、楽しい感じはしつついまいちクワクしないなー、昔みたいに、と思ってしまうのは、全てなんだかんだ昔からあるものの焼き直し繰り返しパターンに見えてしまうからなんだろうなあ。。

90年代後半にインターネットがでてきてからweb2.0ぐらいのちょっとの間に語り尽くされたコンセプトの新しさを自分の中では超えることがない。ダイヤルアップテレホタイム個人サイトで感じたPCの大きな画面の向こうとの匿名コミュニケーション文化ダウナーな高揚感。

いや、この記事にいわれるまでもなく老害だってのはわかってる。その90年台後半の中途半端アングラ的新しさだってたぶんもっとからいる政治的時代を超えたヒッピー世代とかには新しくなかったようなきがする。おたくとかニューアカ世代ギリギリわかる人もいただろう。

当時のおっさんはどう乗り越えたのかなと想像する。ピンとこない新しい文化を。若者同調できてインターネットの到来をワクワクできたひとたちもいたのだろうとおもう。でもやっぱりワクワクしきれずアナログな楽しみに拘泥した人もたくさんいただろう。

でも同調できなかったとしても、おじさん文化に軸足を置きつつ、自分たちにとってワクワクすることを追求しまくったおじさんが当時から今にかけていたはず。イメージ的には糸井重里とか大塚英志とか。

まあそんなかんじで、ワクワクしきれないときに、表面上同調してワクワクするふりをして内心ストレスためるより、また逆に諦めて懐古主義にはしるより、自分のなかのドキドポイントを追求し続けて自分感覚で新しいものを探しつづけることが自分精神衛生上よさそうだなあと思う次第。

2010-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20101227203133

言語学とかあの辺は、昔のポストモダンとかの中心だったみたいからねえ、よく知らんけど。

で、そういうものの結論として、「世の中の色んなものは色んな形で交わっている」みたいな(リゾーム?)こと言い出して、

「だから学問ごとのジャンルの壁を取っ払っちゃおう」みたいなことで、日本なら80年代ニューアカデミズムとか始めたんだけど、

けっきょく下火になってなあなあで終わっちゃってるしねえ。リベラルアーツとか。ソーカルさんに「とは言ってもお前ら専門外のことに首つっこんでわかった気になってるけどそれ全然理解できてないよ」って文系学者が無理して理系学者の使う方法で一生懸命作ったもののバカさを指摘されて、「やっぱだめかあ、、、」ってなっちゃったのもあるんだろうけどね。

とは言え、これからまだまだジャンルの違うとされてた学問が関連付けられていく余地はあるんだろうけどね。解剖学大脳生理学精神医学心理学とかさ。

2010-05-23

「この世代(=1982年生まれ)」にある何か

「suteacco 単なる偶然かもしれないが「この世代」にある何かをまじめに考えた人いるのだろうか。いるなら話を聞いてみたい。」

ネット右翼ルサンチマンだと感じるかもしれないけど。たんなる自伝(?)にすぎないかな。

幼稚園小学生……80年代バブル期バブル崩壊

実質的な「ゆとり教育」最盛期。否定する論者はほぼ皆無(むしろ、「ゆとり教育」という言葉が出たときには、反発する層が活発化し、かなりこの思想は相対化された)

・「競争」「勉強」「努力」を徹底的に否定される

・「平等」「個性」が一番重要だと叩き込まれる

ニューアカ左翼思想の全盛期、朝日新聞意見社会の主流。

住専問題だの、ノーパンしゃぶしゃぶだの、とりあえず政府官僚役人を叩きまくる風潮が強かった気がする。

特にそういうワイドショー視聴率が高かった。あと芸能人叩きもひどかった。「○○が付き合った」「別れた」どーのこーの。

・個人的には、すごく窮屈で息苦しい時代だった。子供ながら、建前的な正義(≒朝日新聞正義)に嫌気が差していた。でも、それが唯一の正義だとも思っていた。


中学生……1995年阪神大震災地下鉄オウム、そして「エヴァ

被災者はともかく、個人的には「(ほぼ)中二でエヴァ」が圧倒的影響力を持つ。

当時の中学校では同学年の男子は9割、女子でも5割程度は見た感触。(再放送時に録画したビデオテープの貸し回しが凄かった)

・高校や大学等で色んな人に聞いてみたが、この世代へのエヴァの影響力はものすごい。「エヴァなら全校生徒観ていた」と断言されたこともある。

もちろん、エヴァ時代の風潮を反映してつくられた作品である。

しかし、「この世代」にそれをダイレクトに、強烈に、過剰に伝える媒介を果たしたのが「エヴァ」だった。

それ以前の「建前の世界」を全て取り剥がして、「本音」を初めて自分たちにぶつけてくれた、と感じた。(今でも感じているよ)

・小6か中1で酒鬼薔薇事件が起こった。多分同年齢だけど、当時はその社会的意義をよく理解できなかった。「同じ年なのにすごいなぁ」とか程度の感想しか出ない。

たぶん、あの子は僕らの中でもとりわけ世相の雰囲気に敏感だったのだと思う。単なる精神異常者ではなかった

……と大澤真幸京大教授セクハラにより引退、でも個人的にはまだ崇拝してる)の授業を受けて気づいた。


高校生

(・エロゲーの隆盛 『To Heart』 『ONE』 『加奈』など)

・『戦争論』(小林よしのり)の出版

・「2にちゃんねる」の登場、ネットの普及が進行

・「ネオ麦茶事件」・・・酒鬼薔薇よりネオ麦茶のほうがよっぽど親近感を持った。「あーあ、やっちゃったよ…」みたいな。

・世相の右傾化。今まで「正義」とされてきたことがことごとく否定される。個人的にも従来の「正義」には違和感を覚えいたので大きく賛同する。


☆分かりやすい図式でいえば、バブル崩壊ネットの進行によって価値相対化が起こり、虚無感が広がる。ニヒリズム化。

ターニングポイント1995年

これは今までもよく言われていたこと。

1982年生まれが特殊だとすれば、時代の変遷の影響を最も受けやすかった環境にいた、ということになるんだと思う。

2009-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20090228140441

その昔「ニューアカデミズム」というのがあってだな、まあ簡単に言えば学問ごとに閉じこもるのやめて他のもの(他の学問だけじゃなく社会も含む)と混ざっていきましょうって考えだったんだが、いつのまにかなかったことになってしまったな。

リベラルアーツ」なんてのにちょっとだけ残ってるくらいだけど。でも実際に今リベラルアーツやってるのなんてFランクばっかりだけどな。

http://blog.goo.ne.jp/268tkfpp5znlw/e/7f09e7dd47904e1657d5784ddcc4f6f2

↑この辺が分かりやすい。

ブルース・リーなんかは哲学専攻でその辺ちゃんとふまえてたから、格闘技の中(外)ですんごく高レベルな一種のリベラルアーツをやってるね。

ドゥルーズのリゾームなんかと並走してたんだろうな。この辺の人らはソーカルにボコボコにされたけど、内容はともかくソーカルが来たってだけである種の目標達成でもあるからねえ。

さらに言えば構造主義ベースでリゾームなんかがあるとすれば、その前段階には実存主義があったわけだけど、その教義(?)の一つとして「アンガジェマン」ってのがあって、文学者社会参加とかそういう訳し方されてるけど、その辺が回り回ってリゾームのルーツなわけだ。で、実存主義全盛時代、左翼運動の中心には文学者であるサルトルがいて、そういうのの影響をもろに受けてるから石原慎太郎政治家やってるわけだね。

2009-03-17

有村ニート階級から敵視されるという無矛盾

80年代ニューアカとか浅田彰とか,そういうところからずっと続く系譜だと思うのだけれど,日本観念東大OBにはあまりにも貧困が足りない。ついでにいうと迫害差別も足りない。私立中高一貫校から東大に進んで東京で生活していることについて,なんら屈託がない。だから社会の不満が×××に吸収されちゃうんだよ。

左翼が貧困労働者階級から敵視されるという矛盾

80年代ニューアカとか堤清二とか,そういうところからずっと続く系譜だと思うのだけれど,日本観念左翼にはあまりにも貧困が足りない。ついでにいうと迫害差別も足りない。私立中高一貫校から東大に進んで東京で生活していることについて,なんら屈託がない。だから社会の不満がネトウヨに吸収されちゃうんだよ。

 
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