はてなキーワード: たくやとは
小学生の頃漢字の書き取りが苦手だった、全然覚えられなかった。
毎晩書き取り帳に書かれた漢字を指定された回数書き並べていたけどまるでダメ。
読む方は得意ですぐ読めるようになるんだけどとにかく書けないタイプ。
大人になった今になって思えば、やりかたと意欲だったんだなって。
そのせいか老化かは知らないが最近はじめたモーニングノート、まあ漢字が書けない書けない。
ので、書けなかった漢字を毎日書き取るようにしたんだけど、これが1日で全部頭に入ってくる。
元々覚えていたのを思い出してる故か、書き取りのやりかたがいいかは分からないが合わせてお手製している漢字テストでは抜けもなく、
それどころかテストを見るまでもなく書き取りした漢字を覚えているので意識してモーニングノート中に組み込んでいるくらい。
ノルマがなくて自分で好きにやってることと、我ながら適当な性格なので雑、言い方を変えれば自由な書き取りがプラスなのかも。
今は朝、B5の用紙に覚える熟語を並べて、朝昼晩と気が向いた時に好きな回数書き並べて、夜までに1枚埋めるようにしている。
昨日は「地震」「情報」「収集」「報告」「内容」「近況」「喜ぶ」「次第」を思い出した。
今日は「睡眠」「寝る」「浮かぶ」「熟す」「課題」「欲望」「途中」「効果」「薄い」「栄養」「曜日」「疑惑」を書き取りする。
前回 https://anond.hatelabo.jp/20211127063143
死にたい?生きたい?
もう 死にたい でも生きたい
なにもかも投げ捨てられなくても?
うん なにもかも投げ捨てられなくても
世界全体が壊せるとしても?
うん 世界全体が壊せるとしても
自分が嫌い?
自分が嫌い
自分のままで生きていたくない?
自分のままで生きていたくない
でも生きたい?
でも生きたい
公務員ごときの癖してそれなりに専門技術を身に着けて現場で働く人もいる。
ただやっぱり、そういうのってお互いに競争してる民間の方がクオリティが高いわけで減ってきている。
そのスタートがOBの圧力だったり役人の手回しだったのかはもう分からない。
そんな人達から回ってきた仕事をありがたくやらせていただく仕事をすることになった。
準公務員ってやつだな!
競争しているのでクオリティが高いとさっきは言ったが、これは単に同じ金をかけた場合の話であって、当然安い価格でやらせれば安い仕事しか出来ない。
もしも安い仕事しかできない業者お断りとなれば、本当にクオリティの高い会社が残っただろう。
だが、専門性が超高いのだけ製造業者とかに頼むから軽いメンテはクソ雑魚でええわとなっているのが現状らしい。
つまりは我々のような落ちこぼれを安く雇って安く使う会社だけが生き残ったというわけである。
競争入札を重んじる小さな政府を国民が望むってそういうことよね。
淡々と日々が過ぎる。
思ったよりも忙しかった。
役所と同じように自分たちの所も人が減ってきているし、老朽化に対して予算ぐりが追いついてない。
アタリマエのことが出来なくなっていく日々が行政のレベルで進行していっている。
その行政から回ってくるはした金と、「金がないからギリギリのメンテで耐えて」な発注書。
それに従って首の皮一枚を二枚に増やし、一枚が吹き飛んでも耐えられる程度にする。
この国は老人なのだと痛感させられる。
健康な新陳代謝と呼ぶにはあまりにも新しく生えてくる機能がなさすぎる。
延命処置の技術だけが発達していって、病人につなぐスパゲッティ装置のコスパがよくなっていくだけだ。
死にかけの老人が若者に蘇る手術の予定はない。
どうしようもない人生の行き詰まりの果てに、同じように人生が行き詰まった奴らが、行き詰まった国の現状を直視しながら目を逸らしながら仕事をする。
精神を削る魔物を見つめるように、視線を交差させないようにしながら細部を見ながら、見すぎないように、覚えようとして、それでいてすぐに忘れるように。
「公務員なんてのは雇用のセーフティネットなんだよ」と馬鹿にする声を前に聞いた気がする。
そのとおりだ。
その網にかかって私は今、いつか、あのベランダの屋上からコンクリートにぶつけるはずだった頭を今でも頭に乗せて生きている。
生活インフラの整備をしていると、人の目につかないような場所にフラリと行くことがある。
それはどこか薄汚くて、嫌な匂いがする。
町を生かすために必死に動いているのに、それを見ていると気が滅入ってくるようだ。
こんなものを縁の下に引いて動いている町で、キラキラと働いていると思っている人がいると思うと滑稽だ。
誰かが便所掃除をするから、汚物を日々ブラシで削り落としているから、汚物の匂いがこびりついた便所で用を足さずに住んでいる。
子供の頃読んだ図鑑で、食物連鎖は結局の所、腐葉土の中にいる微生物によって支えられていると読んだことがある。
なれたのだ。
これでいいのか。
分からない。
ただ、世の中のためを思うなら死ななきゃいけないような、生きてるだけで迷惑な人間と言われるほどの筋合いはないだろう。
どこかで税金泥棒じみたコスパの悪い働き方をしている自覚はある。
その原因は本物の公務員様からやってくる仕様のせいだが、面倒だから逆らう気にもなれない。
状況を改善するには今この界隈にいる人間よりも一回り有能な人がいるだろうが、こんな所に有能な人は転げ落ちては来ないだろうし、転げ落ちた時点で才能を使い切ったあとの出涸らしだろう。
コスパが悪いことを自覚しながら、それに自分で苛つきながら働くことと引き換えに、身分と給与を保証された腐った匂いのする微生物としてこの社会の下で蠢いていく。
私の人生にもこんな惨めな気持ちにならずに暮らせる可能性はドコかに合ったはずだ。
ただ、それを選んで幸せになれるだけの才能があると信じられなかったのだろう。
そして、実際ソレが正しくなる程度の才能しかなかったんだろ。
私は、自分に与えられた人生を社会に対して最低限ここまでは出してくれと願った価格よりは少しマシ値段では売り払えた。
もうこれで十分だ。
社会的な影響力のある芸能界への締めつけを強めている中国の習近平指導部は、インターネット上の芸能人の情報をさらに規制する新たな通知を出しました。「いびつな美意識」の助長を禁止することなどを盛り込んでいて、国民の美意識にまで統制が及んだ形です。
中国政府でインターネットの管理を行う当局は、23日、インターネット上の芸能人の情報をさらに規制する新たな通知を発表しました。
通知では「ここ数年、ネット上では娯楽化傾向や低俗な発信があとを絶たず、悪い文化が主流の価値観に影響を与えている」と指摘しています。
その上で「健全なネット環境を築く」として、ネット上の芸能人の情報について「いびつな美意識」のほか、ぜいたくや享楽、拝金主義といった「よくない価値観」を助長したり、芸能人のスキャンダルを広めたりすることを禁止するなどとしています。
「いびつな美意識」について、中国政府はこれまでに「女性っぽい男性」を例に挙げていて、中性的な外見の男性アイドルをもてはやす風潮などを問題視したものと見られます。
中国の習近平指導部はこのところ、社会的な影響力のある芸能界への規制を強めていますが統制は国民の美意識にまで及んだ形です。
いびつな美意識が、一例として人体のパーツの売買につながったりする。
もしくは投票という民主的な行為が、反政府につながる可能性も多いにある。
まだご存命なのか。あさだたくやさんは亡くなってもう何年になるかな。
最近フジファブリックの曲をきちんとYoutubeで聞いてみた。
そしてずっと聞いた音楽が頭の中で流れている。流れたまま消えない。
思ったことを書き出していれば消えるのだろうかと思いながら今タイピングをしている。
そして彼の死を考えながら、Youtubeで様々なカバー曲が有名シンガーによって公開されていたことを確認する。
彼は、私が26の時で彼が29歳の時に亡くなっている。
12年の前の話だ。
好みのジャンルではないのではあったが、影響力のあったアーティストがなくなったのだなという理解はあった。
曲のコメント欄を見ると様々な悼む声や称賛の声が立ち並んでいる。
40前を迎える私もその一人だ。
これは背景を知らないので持論でしかないが、
日々の自分の日常、自分の考えていることをリスナーに見せてきた。
それがいつしか大きな影響力を持った。
亡くなった今でも後出のバンドにも影響を与えている。
不明とのことだった。
彼は日々音楽のことを考え、その時も楽曲の作成にいそしんでいたことであろう。
私が何を言いたいのか。
何をいまさらと思うかもしれない。
明日学校に行く予定があったとしても、会社だとしても、髪を切りに行く予約を入れていたとしてもだ。
残った周りの人間の悲しむ顔や驚く顔も見ることもできない。
幽体離脱してウラメシユウスケの様にその後の状況を俯瞰することはできない。
こんなにも儚い素晴らしい音楽を伝えていても、突然死は訪れる。
生の世界に残った人たちは、記憶と現実のギャップに苦しみ、涙を流す。
でも彼には届いていない。残ったものとしては届いてほしいと願うばかりではあるが。
息絶えたら「無」しか残らない。
だから自分は何をしたらいいんだろうと、曲を聴きながら憂鬱としている。
何か大きな出来事を起こし、将来に残せるものを築くというのは稀有な存在だ。
多くの人間は、月曜から金曜学校や会社へ行き、パワハラを受けても通っていたり、いじめられていても通う。はたまた個人事業で仕事をしていて十分な収入を得られていても来月はどうなるかわからないというすっきりしない葛藤を抱えているものもいる。
死んだら「無」しか残らない。
いじめられたことでの苦しみ、上司に怒られて残ったくやしさ。日々生活することの不安、そこに垣間見せる楽しみもあった。
悪いことも楽しいこともすべて消える。一緒に消えるのは妻や家族、しばらく会っていない友人、良くしてくれた元上司。
でも私はダラダラ毎月の貯金や投資に勤しみ、何のために使うかわからない金の流れを確かめている。仕事はほどほどに、だましだまし繋いでいる。
その価値があるかどうかの是非ではない。
人生の生きがいが、この2択だとしても私は選べない。
今何か自分ができること。
ギターを弾くでもいい、ブログを書くでもいい。自分が何をしたいのか。
でも全く結論が出ない。
そして多分一生結論はない。
それでも考え続け歩いていく。
「今どきの成人男性で、生まれてから現在に至るまで、触ったビデオゲームが10タイトルあるかも怪しい」奴がいる。
俺のことだ。
じゃあ遊んだ数少ないタイトルを、例えば「マイクラが人生」みたくやり込んだとかもない。
とにかく得手不得手以前に、我ながら信じられないくらい、ゲーム経験が少ないのだ。
国産コンシューマゲーに限っても、ポケモン、マリカー、スマブラ、スプラ、DQ、FF、ゼルダ、信長の野望、三國志、グランツーリスモ、どう森、モンハン、MGS、ボンバーマン、桃鉄、パワプロ、ダビスタ、カービィ、スト2、KOF、リズ天、ぷよぷよ、みんゴルetc…
アーケードやPCゲー、海外ゲーやスマホゲーなどは推して知るべしである。
こうなったのは多分、諸々の事情から、一番ゲームにハマる年頃でハマるきっかけをことごとく逃したのが、根本原因だと思う。
お陰で、今やゲームといったらテキトーな微課金ソシャゲをポチるか、リングフィットで体幹鍛えるメニューをこなす程度の興味しかない。
たまたま見た実況動画とかで興味を持っても、ゲーム経験の絶対的少なさのせいで、今からやるにはどれもこれも敷居が高すぎて、楽しさよりも苦痛のほうがデカそうで尻込みしまくると。
しかもwikiどころか説明書すら読まずに済ませたいタチなので、なおさらキツそうだったり。
でもこのままだと多くの男が知ってる人生の楽しさに触れずじまいになるわけで、なんだか自分でもコメントに困るというか、微妙すぎる居心地の悪さがある。
少なくとも、男子の共通話題の一つにおいて全く蚊帳の外になることは間違いないし、他人のことなんて捨て置いたとしても「男に生まれてそんなんでいいのか?」みたいな後ろめたさを感じてしまう。
異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異な物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。
七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。
部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチックな蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。
いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物の心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。
誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛けた人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。
やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。
私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。
初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。
そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易な生活を送っていました。
これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働にしろ、兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。
こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。
私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。
犯罪と探偵の遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアルな遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主人からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄を発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。
その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯を発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘンの喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢に我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。
そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。
それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事が動機を為なしたのでした。
どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います。寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町を何気なくヒョイと曲りますと、出会頭であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男は自動車の運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています。交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。
私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから、医院の所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。
「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」
すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。
実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。
「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」
私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。
「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」
「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」
と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しかも外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議な心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。
私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院ではいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。
私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。
この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車の運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上の処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが、事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますまいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながち咎とがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますまいか。
これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しかし法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上の殺人者である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。
皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。
これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車や自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。
(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)
この場合「危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものとしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれる理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。
世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律が人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。
そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対に法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。
今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。
併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法を告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます。
この方法を発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手の言葉にさからったことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。
ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水の工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。
それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、
「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)
「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」
と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、
「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」
などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、
「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。
こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人の動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。
ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。
ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外の文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。
変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33
競馬オタクが二次元オタクより高尚だと思ってるイタいおっさんがおってワロタw。
某競走馬擬人化で存在抹消されて怒り心頭の自分が通りますよっとま、所詮二次元オタ向けのコンテンツなんてあの程度だろうけどさ
オフサイドを出すと彼を勝たせないわけにはいかなくなるし、それだとエルコンやグラスを寄せ付けなかったスズカの栄光に傷がつく。色々と面倒だから存在抹消されたのでしょう。
@百山浩太郎 結局どう言葉を並べてもウマ娘公式は”オフサイドトラップの勝利並びに1998年秋の天皇賞のレースそのものに価値無し”と断じたも同じよ。実名使うのが無理でもブロワイエやキンイロリョテイみたくやり様はあった
@阿井宇恵男 その通りですね。アニメではレース結果はほぼ史実通りにやってたのに、何故かこのレースだけ史実と違う。どうやら公式は“サイレンススズカが無事ならオフサイドトラップが勝てる訳ない”と決めつけた感があります。
サイレンススズカの為なら、オフサイドトラップの名誉なんてどうでも良かったんでしょうね(怒りというより失望)
@百山浩太郎 自分も最初は腹が立ったけど、オツムの弱い二次元オタ向けの感動ポルノに腹を立ててもしゃーないと気付いてからは失望すら抱かなかったな
@阿井宇恵男 オフサイドトラップの名前を使う権利がとれなかったとかないんですか?
@かさかさ 同じ馬主のエルコンドルパサーが実名で出てるからその線は薄いかと。それに実名が出せなくても架空の名前に変えて出したのがいるんだから、”出せない”なんて言い分は通らない
俺はオフサイドトラップをむしろ擬人化させないで欲しいと思ってたからあの扱いに不満はありつつもどこか安心してた
@シュウト 今となっては同感だね。それにあの公式なら柴田騎手のインタビューを悪意を持って引用したセリフを言わせてヘイトキャラにしかねないと思う
「ウマ娘を楽しんでるやつはオフサイドトラップのことなんか知らない。俺のような通だけがオフサイドトラップのことを知ってる」みたいな思い上がりでこういう強気な発言をしちゃうやつ。
このタイプの競馬オタクはウマ娘楽しんでるやつを甘く見てケンカを吹っかけて、そいつの方が知識が上だったりすると脳がバグって発狂する。
「ウマ娘はオツムの弱い二次元オタ向けの感動ポルノ」であることは特に否定しないが、競馬趣味も褒められたもんじゃないだろうに選民意識出ちゃうんだよね。
エヴァ や 理解ある彼くん や 関係性萌え に乗じて 人生観 や 人間 について語りたい増田がいるようなので新しく増田を作りました。
タイトルの『人間とはなにか?それ以前に "自分" とは何か?』に入る前に、大前提としておさえて欲しいことがあるよ。
↑ 上記はおさえられている前提で話を進めるよ でないとタイトルに入れないので
スコープの大き過ぎる問いなので、ここでは、サピエンス:理解する、知っている、知恵のある とは? に限定するよ
増田の考える、"理解する" とはなんだろうか?人間以外の生物やコンピュータは理解することはないのだろうか?
増田の考える、"自分" とは何か? 自分は身体のどこにあるのか?指し示して欲しい。
ちなみにこれは既に答えが出ているので先に答え書いちゃうね。頭を指し示してもそこに "自分" は無い。
身体や環境的文脈から完全に独立した脳機能は皆無だ。もっと言えば自由意志が存在しない。
過去の "自分" と今の "自分" は組織からして物理的に違う。
人間の記憶は同じだから連続した存在(同じ存在)とするのもだいぶ無理がある。
記憶は五感を伴うものであり、身体の組織が違っていれば、思い出しても当然感じ方は違うし、
(似たような環境で育てたとしても完全に同じ個体にならない理由がまさにこれ)
そもそも記憶のインディックスを失い、正しく記憶を読み取れなくなるかもしれない
(いわゆる"忘れる")
早い話が人間は、身体も記憶も連続していない。少なくとも、連続性を保証するものは何も無い。
日本生物物理学会も “材料的には生命と非生命の物質の間に本質的な違いはありません.それでは,「生命」と「物質」の違いはどこにあるのでしょうか?“ とか言ってる。
そしてその生命現象を人類はいまだに理解が出来ておらず、生も死も非常にモヤっとしたものだ。
"未だ生を知らず、焉くんぞ死を知らん" (まだ生についてよくわかっていないのに、どうして死のことがわかろうか)みたいな?
たとえば、食肉処理場から、食用に解体された(お肉になってるので臨床的には当然死んでいる)の 豚🐖の頭部を使った実験。
[Nature]Pig experiment challenges assumptions around brain damage in people
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01169-8
[日本語記事][Nature ダイジェスト]死んだブタの脳を体外で数時間生存させることに成功
どうしよう、日本語記事のタイトルの通り、食用に解体されお肉になった豚🐖の脳🧠が復活しちゃったよ?
> 研究チームは、BrainExに組み込んだブタの脳が6時間でどの程度回復できるかを調べた。
> その結果、保存液を注入しなかった対照群の脳の細胞は崩壊してしまったのに対し、
> BrainExに組み込んだ脳では個々の細胞や部位の構造が保存されていた。また、ニューロンや他の脳細胞が正常な代謝機能を再開したことや、
> 脳の免疫系も機能しているらしいことが分かった。さらに、BrainExに組み込んだ脳から採取した組織試料に通電したところ、
> ただし、高度な脳活動を意味する脳全体の協調的な電気的活動パターンは全く見られなかった。
> 研究チームによれば、そうした高度な機能を復活させるには、電気ショックを与えるか、もしくは、もっと長い時間にわたって脳を溶液中で保存し、
> 酸素供給がない状態で受けたあらゆる損傷から細胞を回復させることが必要だろうという。
>
> すでに、BrainExを使ってブタの脳を最大36時間生存させている。
さて明確に活動を再開してるのだけどこれは "生きる" のかな?"死んでいる"のかな?
「我思う、故に我在り(Cogito, ergo sum)」
「私は在る、私は存在する、これは確実で ある。しかしどれだけの間か。もちろん、私が思惟する間である。
なぜなら、もし私 が思惟することを完全にやめてしまえば、おそらくその瞬間に私は、存在することを まったくやめてしまうことになるであろうから」
とか言った人もいたが、実際的には "自分" という存在は気のせいだ。
だが、増田は 『自分なんて気のせいだから自分があるように振る舞うのはやめろ!!』 と他人に言われて従う?従わないでしょ?
ーーーー・・・以上で前振り終わりで、本題に入る。
1−4を踏まえて、増田にとっての "人生" とは? (人生観を語るのが好きな人が好きなワード "成長" や "大人" や "希望" や "救い" とかでもいい)
社会的なごっこ遊び (Social Pretend Play) じゃないヤツで頼むね。