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2023-06-05

anond:20230605001725

目が合ったらとりあえずニコッと会釈しとけばビビって目をそらすよ

2023-05-29

田舎という現象

自分の話をする。

地方都市(東京からそこまで離れてもいないけれど、関東圏ではない、まあだいたい長野とはそんなに変わらないくらいの地方)の、昔からその場所に住んでいる家に育った。

家柄自体は代々続く、という類ではないし、何か大きな商売をしてるわけでもない。自分にわかるのも高祖父の代まで。当然家系図なんてないけれど、集落では屋号を伝えれば一発で「ああ、あそこの家の」と伝わる程度の家。これくらいは、田舎にはよくある家だと思う。

子供(自分たちのこと)は全員とっくに成人していて、それぞれ家を出て自活している。結婚はしてたりしてなかったりする。

幼い頃から、道を歩けば「おばあちゃんは元気か」「いたずらをするなよ」と声をかけられる。もちろんそれがどこの誰かなんてわからない。でも祖母のことを知っている。親のことを知っている。当たり前みたいに「あの家の子供」だと知っている。同級生の親でもなければ、向かいや隣の家の人でなくてもだ。なんなら、集落の外に行っても「あんたあの屋号の子だってね」と声をかけられる。

自分はめちゃくちゃに愛想と外面が良くて(長子ではないから、その分、家の中でははみ出しっ子だったが)、だから特にそれを苦とも思わず、むしろ処世術として、にこにこ返事をしていたし、元気よく挨拶もした。

でも長子は違う。出来がよくて、容姿がよくて、田舎が嫌いで、上昇志向が高くて、「あの家の子供」なのが、それをみんなが知っているのが、とても嫌なようだった。だから挨拶をされても返さない。話しかけられても会釈を返すくらい。自分のように、知らない老人に頭を撫でられたりはしない。

自分が外で評判がいいのとは逆に、集落での評判が悪かった。

挨拶もしない」「暗い」「いつまでも結婚もせずに」しまいには「ろくなもんじゃない」。

正確には長子は結婚しているし、子供達の中で1番の収入を得て、いくつかの難関資格をとり、職場でも地位がある。だけどそれを(特に結婚のことを)地元ではごく一部の友人にしか話していないし、ただの同級生くらいの相手には伝わらないよう口止めをしている。自分たち家族も、どの話も言い回ることじゃないから言わない。知られたら今度は「いつまでも孫の顔も見せないで」「地元に帰らず孝行もしないで」に変わることがわかりきっているからだ(親もそういうことは言われるのが面倒らしい)。

ろくなもんじゃなさでいえば、実際は自分の方が「ろくなもんじゃない」。頭が悪くて高卒で、容姿も悪くて、要領が悪くて、でもやっぱり田舎が嫌いで、どうにか家から出た(だからワープアまっしぐらだけど東京にしがみついてる)。

「ろくなもんじゃない」、これを言ってくるのが田舎だ。長子と比べてあんたはにこにこしていいね、あの子はろくなもんじゃないだろ。何度言われたかからない。口さがないどころじゃない。

そりゃあ、多少なりとも長子に対してコンプレックスはあるものの、でも嫌いどころか尊敬していて、ブラコンとかシスコンとか、そういう類に入る自分に。幼い頃からだ。むしろ幼い頃の方が全員地元にいるのだから自分と長子を比較して、ただ自分大人にとって「絵に描いたよう」に元気な子供だったというだけで、まるで長子がさも出来が悪いかのように、小さな子供だった自分に言ってくる大人の多いこと。

それでもにこにこして、否定はせずとも肯定もせず、褒めてくれてありがとう、と返し、心の中で悪態をついた。長子が好きだから、悪く言われてムカつかないわけがない。でも「ろくなもんじゃない」と陰口を叩かれるのもごめんだ。田舎で生きるには、愛想を振り撒くのが一番楽だとわかっていた。

長野の立てこもり、「容疑者精神疾患があって、だから悪口を言われていると被害妄想つのらせ、凶行に及んだ」という「だけ」の流れになりそうで、それがある種の分断の姿の一つだなあと感じている。

精神疾患はあるかもしれない。それは否定しない。擁護をしたいわけでもない。当たり前だ、何人殺したんだよ。

でも「悪口(陰口)なんて「誰も」言ってない」は田舎、代々続く家、長男農業、親は(色んな意味で)地域に顔が知られていて有能(ということになっている)これだけの条件が揃っていれば、陰口はほぼ100%確率でいわれている。被害者の方が言った、ということではない。

しか田舎は、ドロップアウトしたらもうそれだけで「一生落伍者」だ。高校なんていくらだって中退者がいるくせに、大学のそれや、社会に出てから精神的な部分でのつまずきを許さない。

そもそも精神的なつまずきに対して「恥ずかしい」が優先される。地域というよりは、「古くから人間だらけの集落」だろうな。新興住宅地だとかだと、そうじゃないだろうけど。

容疑者の親がしたことを、「どうにか社会で一人でも生きられるようにししようとしたんじゃないか」というとても優しい、そうだったらどんなにいいかという目線で見る向きもあるが、必ずしもそうではない。

「まともじゃないことは、ろくなもんじゃないことは恥ずかしい。どうにかまともにしなきゃ、自分たちも恥ずかしいと思われる」。この考えが浮かばなかったとは、「田舎育ち」の自分には思えない。

閉鎖的で、陰湿なところが、人付き合いが濃密だからこそあって、そういう可能性を否定することが難しいという実感が、「田舎育ち」だからこそある。

顔もよくわかんない、名前もわかんない、関係性もいまいちよくわかんない親戚、隣の家、だいぶ離れたところの家、道ですれ違う老人、なぜか誰もが自分のことを「あの家の」と認識していて、それで人付き合いが苦手というだけで「挨拶もしない」「暗い」「いつまでも結婚もせずに」「ろくなもんじゃない」。

それが「田舎」だ。

下手したら、親(というよりも一番その手のことを言ってくるのは親より上の世代親族分家筋)すらもそれを口にする。なんでお前は。親は立派なのに。ろくなもんじゃない。

ネットにあるコメントや、テレビ流れるコメントに驚く。精神疾患「のようなところがある」と見るや、「ならばそれのみ」が原因だとばかりに見える(もちろんそうじゃない意見だってあるけど、そちらの方が多数派に見えた)。

見えてる世界が本当に違った。

人が座ってんのに

わざわざ狭い前を通らないで

後ろ通れよ

突進してきて足がぶつかるから

避けたのに

会釈ひとつない

あほ東京クソガキ

2023-05-22

古き良き居酒屋風景

1時間半も並んでラストオーダーだと入店を断られた。入れなそうなら先に教えて欲しい。二度と行かない。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2151538

こんなブックマークと白熱したコメント欄を見た。店の対応も1時間半ならぶ客も普通居酒屋しぐさすれば問題もなかっただろうに残念だ。

のれんをくぐる、店主が挨拶、指で人数、「あいにく満席で...」、「じゃあまた来ます」。これがよくある個人居酒屋光景だ。

このやり取り見て親切に変える常連も居たりする。その際、入り口で帰る常連に軽く会釈する。

別に譲られたからってその後譲り返す必要はないし常連だって空気読まなくていい。

今回の場合、並んでた客がどこまで質問たかや店主がどこまで伝えたかからないがもしコミュ障とかなら素直に張り紙や呼び鈴システムでも入れれば良い。あと外に待合ベンチも止めよう。立つからこそ疲れて諦めて帰るのだ

2023-05-20

初めて相席したけど最高だった

別に何かが起こったわけじゃなく、何も起こらなかったから最高だった。

入店時に相席で良いか聞かれて、良くはないけど混んでるのに一人だけ広々スペース使うのは気まずいから承諾。相席の相手とは着席時に会釈したのとカトラリーボックスさりげなく真ん中に置いてくれた以外はやり取りなし。お互い無言で料理を味わって退店。美味かった上に快適だった、また行こう。

2023-05-17

だだっ広いフロアフリーアドレスの弊社。

普段関わりある部署ない部署含めて、いろいろな部署が入り混じって働いている。

席もランダムなので、当日同じデスク仕事する人に「おはようございます」とあいさつすると、だいたいの人は普通におはようございます」と返してくれるが、

ごくたまに「(え? は、はぁ・・・w)」みたいに困った感じを前面に出して会釈だけする人がいる。

 

親しい人には積極的コミュニケーションを取るけど、そうでない人のコミュニケーションあいさつすら拒絶する感じ。

あれもコミュ障一種だよな。

2023-05-06

救急車が来てるのに交差点を渡ろうとした歩行者を引き留めてその後ガン詰めされた思い出

救急車が緊急走行中に交際点で減速するのは安全確認のためで、他の車に道譲ってるんじゃねぇから

運転席で手を挙げて会釈しながら救急車の目の前通過するバカがほんと多いんだけど。

なんで道譲ってもらった気になってんの?

もういっぺん教習所からやり直してこいよ。

https://twitter.com/PEZoKThJBhMwM3g/status/1654169337358319637?s=20

2023-05-04

俺は信号のない横断歩道渡りたそうにしてる人がいたら必ず止まるマンなんだけど、歩行者から会釈とかしてもらいたくないマンでもあるんだ

歩行者を渡らせるって好意でも親切心でもないから渡って当然だしこちらも止まって当然で、そこに会釈なんて必要ないんよ

でも一礼してもらえると気持ちいいよねっていう気持ちドライバーが持つことは日本の闇の一つだと思ってる

2023-04-05

公明党共産党選挙カーがすれ違った時、共産党だけ黙ってた

公明党は話し続け、共産党は話さなくなった

すれ違った時、共産党公明党会釈して、公明党会釈してた

共産党って謙虚だなぁと思った

でもこの人は落ちるだろうなと感じた

2023-04-02

横断歩道の向こう側

俺はあんまり目が良くない。

俺一人で横断歩道の前で待ってると向こう側で待ってる女性お辞儀したので「あっ、知り合いかも」とこちらも反射的に会釈した。

顔をあげると向こうは何かを落としたらしく屈んでそれを拾ってた。

恥ずかしい‥

2023-03-23

兄弟葬儀

彼は長男として色々な期待と重圧を受けながらも、両親からとても愛されて育ってきたのだろう。

兄弟だった彼は、幼かった頃は隣県に住んでいた事もあり、盆や正月には叔父と共によく遊びに来たものだし、私達も両親と一緒に遊びに行ったものだった。

ところが私が中学に上がった頃、叔父の転勤と共に簡単に往復できる距離ではなくなったこから、“もっとも、当時の我が家の状況を鑑みると、理由はそれだけではないようだが”彼との音信は完全に途絶えてしまい、無事就職が決まって今は勤務先の新潟に居るらしい、という事を叔父から伝え聞いていただけだった。

彼の訃報を受け、私は両親と共に叔父の元へ赴くことになったのだが、私達が斎場へ到着した時にはまだ親族関係者の誰の姿もなかった。

斎場職員に案内された通夜会場には故人の亡骸が納められた棺だけがあり、叔父の到着を待たずに棺の窓を開けて故人と対面した。

いたことに、十数年振りに見る故人は少なくとも私の記憶にある幼い丸顔の彼ではなく、彫りが深くてひげの濃い、独身だった頃の私の兄と瓜二つの容貌だった。

甥の顔を久しぶりに見た両親も、死に化粧所為かもしれないが、と前置きしつつ、本当に寝ている兄のような顔だと。

気がつくと叔父は私達の後ろに立っていた。

正確に言えば会釈するまで、“少なくとも私は”叔父だということに気づかなかった。そのくらいにやつれてしまっていたのだ。

故人の仕事を後押しして遠方に送り出した叔父は、何度も何度もうわ言のように後悔の言葉を口にするばかりで、先に到着していた私の兄と叔母の弟に辛うじて支えられているような状態だった。

その日の夜行われた通夜には、身内だけだと言いながらも、叔父夫婦関係者のみならず、沢山の故人の同級生や友人達が訪れ、予想していなかったのであろうか、叔父は引きつった表情ながらも、その日一度だけ笑顔を見せた。

通夜が終わった夜遅くに私達は叔父夫婦に家へ招かれ、二人は故人の思い出話、そして故人の最後と、再び自分の後悔の言葉を口にした後で、長男に先立たれた現実を、まるで自分達に言い聞かせるように話してくれた。

実は私の両親は、今日まで叔父の家を一度も見たことがなかった。

叔父には、一度だけでも兄夫婦に自らが努力の末に築いたささやかな城を見て欲しい、そういう思いがあったのかもしれない。

実は数年前、私は一度だけ妹を連れ、叔父の家に遊びに行ったことがある。その時故人はおらず、叔父夫婦が私達の相手をしてくれた。

当時の記憶は薄れ掛けていたが、部屋を案内されて少しずつ思い出してきた。

しかし、リビングキッチン荷物が散乱した様は几帳面な筈の叔母のそれではなく、二人の心境をそのまま表しているのが見て取れた。

その後、叔父は一人葬場へ戻り、冷たくなった息子と一緒の最後の夜を過ごした。

翌日の告別式の席上、叔父喪主挨拶の途中で言葉を詰まら号泣したが、振り絞るような声で最後まで読み上げ、叔父、叔母、叔母弟の家族一同で深々と弔問客へ頭を下げた。

皆で献花台の花を分けて棺に詰めて故人を飾ったのだが、沢山の花と思い出の品で個人の顔以外が埋め尽くされた棺の蓋を、叔父夫婦は中々閉じることができなかった。

火葬前にもう一度お顔を見られますから、と葬儀屋に促されてようやく蓋を閉じ、友人と親族で棺を黒い霊柩車まで運んだ。私も棺を持った一人なのだが、両手で抱えた棺は青年となった故人が納棺されているとは思えない程に軽かった。

故人と喪主は黒い霊柩車に、その他はマイクロバス揺られ、住宅街を抜けた郊外にある広い霊場に到着した。

途方も無く広くて、幼い子供たちが芝生の広場で遊んでいる、公園と見紛うような穏やかで緑豊かな風景が.だからこそ余計に、冷たい打ち放しコンクリートの壁で覆われた霊場の中で、故人の棺を囲む我々との落差を大きく感じさせる。

最後に皆で別れを告げ、叔父夫婦もしばらく名残惜しそうに棺の蓋の窓を開けて顔を見つめていたが、叔父が意を決したように閉じ、そのまま故人は荼毘に付された。

火葬が終わった後に行われる骨上げは、当然ながら丁重に死者を敬って厳かに執り行われる儀式であるが、この霊場における骨上げは、霊場職員ステンレス製の台に乗せられた遺骨の部位一つ一つを細かく説明しながら骨壷に納めていく、という正直なところ厳かとは少々距離を、いや、ある意味では場違いエンタメ性すらも感じさせるもので、さながらテレビで見る検死のワンシーンか、解剖実習のようにも見えた。

詰め込み始めて間も無く、若かった所為もあって立派な故人の遺骨は骨壷に納まりきらないだろうことが、誰の目にも明らかに映った。

目の前で全てを納めるように親族一同懇願したのだが、霊場職員は、納めるには遺骨を砕くしかないですが、と説明し、少々躊躇った後で、遺骨を擂り粉木のような棒を使ってバリバリ音を立てて潰しながら骨壷に詰め込み始めた。

“恐らくこれは霊場ではよくある光景に違いない”とはいえ、私でさえギョっとしたそれは、叔父夫婦にはたまらなく暴力的に映ったのだろう、叔母は声にならない悲鳴を上げて顔を真っ青にし、叔父はたまらず席を外してしばらく骨上げの場に戻れなくなってしまった。

しかしながら、骨になって無残に打ち砕かれた息子に背を向けて震える叔父にも、今にも卒倒してしまいそうな叔母にも、声を掛けられる者は、私を含めて誰も居なかった。

ただ骨を潰す不気味な音だけが響き、霊場職員は黙々と骨壷に遺骨を詰め込み、皆無言のままそれを見つめる他無かった。

来場した時と同じバスに揺られながら、来た道を骨壷を抱えて斎場まで戻るとすぐに、父は叔父夫婦に手短に別れの挨拶を告げ、足早にその場を後にした。

時間が迫る訳でも無い筈。いくらなんでも実の弟になんと冷やかな…そう私は思いながらも叔父達に頭を下げ、父の背中を追って車に乗り込んだ。

すると父は、私の気持ちを察したように車内で私と母に、こう諭した。

冷たいかもしれないが私達が居ても何の慰めにもならない。他の親族の足止めになるだけだ、と。

実は、集まった親族の顔ぶれは叔母関係者が中心を占め、叔父側で駆けつけたのは私達と兄だけという、どちらかというと叔母側の意向が強く見て取れる葬儀と、叔父夫婦現在関係性は薄っすらと私にも理解できていたが、父はこの場においてもその事について一切触れなかった。

そして悲嘆に暮れる弟に対する同情の言葉を口にし、人のために涙する父の姿を生まれて初めて見た。

故人の命日は何の因果誕生日の前日、24年と364日の本当に短い人生だったが、彼にとっては辛くて長い戦いの日々だったのかも知れない。

故人の御冥福を謹んでお祈り申し上げます

実家に戻ると家を空けていた間に、少々痴呆気味で放って置けない祖父の面倒を見ていてくれていた妹が迎えてくれた。

両親に促されて、“もっとも、父も母も叔父と会話できるような心境になく、私にこの役目を押し付けただけなのかもしれないが”無事帰宅したこと叔父電話で告げると、本当に良かった、と喜んでくれたが、これから色々と大変でしょうが…と言ったきり私は言葉が続かなかった。

私の様子を察したのか叔父は、今日ありがとう、それじゃあ、とだけ言い、電話は切れた。後日私の兄から聞いた話では、電話の後すぐに叔父は眠ってしまったらしい。

この3日間殆ど眠れていなかったのだから当然だろう。

叔父長男との淡い思い出を夢に見ながら目を閉じたのか、それともこれから差迫るであろう、暗い現実想像しながら横になったのかは、私にも分からない。

※ 一部修正しました。

2023-03-03

上司が昼休憩行くとき

休憩行ってきます、って声かけてくれるときあるんだけど、黙って会釈だけ返すときもあるけど、なんか言った方がいいのかなと思って、今日はいってらっしゃい、って言ってみた

でもいってらっしゃいってなんか違和感 敬語だといってらっしゃいませ?それもおかしいし

2023-03-02

増田日本に帰りたくなくなっちゃった

割と自由の利く仕事をしていてちょっと縁があるアメリカ地方都市にいる。

もともと日本が大好きで他国に住むなんて有り得ないと思っていたが、子供たちを無痛でほいほいと出産してから居着いている。

子供たちは現地校に通わせているが日本人とも遊ぶし、駐在の人たちにも仲良くしてもらってる。

夏の一時帰国の予定を立てるにあたって去年都市部実家一時帰国した時の面倒くささが蘇ってしまった。

一時受け入れをしてくれた幼稚園小学校の持ち物にサイズ指定があるのにまず驚いた。

上履き袋は横開きの240mm*140mmでマジックテープ、縦に吊るせる紐を付ける。上履き袋を壁のフックに効率よくかける為らしい。

芋袋も布で用意する。芋ほり体験の後にサツマイモを持って帰ってくるための巾着袋を布で縫う。

お昼寝布団はセットで自転車通園でも大きな袋を毎週よっこらよっこら抱えていかないといけない。

出羽守仕草やらせてもらうが、アメリカ学校ではそういったものはない。

上履き袋は市販品でいいし、芋袋はガロンサイズジップロックでいいし、お昼寝セットは市販のナップマットを丸めれば肩に掛けて歩ける。

日本ベビーカーを押していても邪魔にされたり、ひどい時は信号のない横断歩道ギリギリまで車を寄せられたりクラクションを鳴らされたりする。

駅のエレベーターは譲られるどころか並んでいる前に普通の人が次々と入り込み降車から5分10分とかかってやっとホーム階に行ける。

もちろん日本製のアップリカサイズ邪魔になっている訳ではない。

アメリカで車をベビーカーに寄せたりするのは極悪人だしクラクションなんかしたら人非人扱いだ。

ヒーロー志向が良い方向に働いてエレベーターは並んでいても子連れが譲られるし段差があれば男女関係なく誰かしら助けてくれる。

日本で重く勝手に閉まるタイプのドアを開けてさあ入ろうという時に他の人が入ることはある。

勿論アメリカで開けたドアを他の人に譲ることは多くある。しかし必ず礼を言うものだ。

日本では半分以上の人がドアを押さえる私を無視して素通りする。私はドアマンじゃねえよ。

こくりと会釈か目礼する人で、ありがとうと声に出す人は滅多にいない。

街を歩いていてもテレビを流していても、それはどうなの?というソシャゲCMばかり。

温泉むすめや雀魂が炎上したがどうもどちらの言い分も飲み込み兼ねる。

私も長らくオタクだったので表現の自由派だったが、日本の街のどこもかしこアキバみたいなノリなのはきつい。

太腿や胸元を顕にしたキャラ絵にTPOがない。

あんたもコンビニの外壁に貼られるならせめて親戚の家に行く時に失礼にならない程度の露出度の服を着なさいよ。

長々と書いたがアメリカ出羽守戯言なので叩きたければどうぞ。

保険料は確かに高いが生きていけなくはない。

色々な肌や言語家族がいるけど子供たちは普通バスケニンテンドーで遊んでいる。

遭遇するかしないかからないアジア人差別より遭遇率の高いぶつかりおじさんの方が嫌。

日本での勤労と納税の義務果たしているが子供たちが小さい内はあまり帰りたくない。

嫌なら帰ってくるなと言われるのはわかっている。

嫌だから帰りたくないな〜と思っている話。

2023-02-23

知り合いの就職が決まった

彼女と知り合ったのは近所の定食屋だった。

僕は一人暮らしで、平日はあまり自炊をしないので、週に2,3回はその定食屋で夕飯をとっており、週に1回程度そこで彼女の姿を見かけていた。

初めは今日も来ているな、くらいにしか気にしていなかったが、だんだん彼女も僕のことを覚えたようで、数ヵ月が経つ頃には目があえば会釈をする程度の関係になった。

 

それから少ししてある日、お会計タイミングが重なったことがあり、その時初めて彼女に声を掛けられた。

よくここに来てますよね?なんて他愛もない会話を少しした後、近くによく行くバーがあるので一緒にどうかと誘われた。翌日は仕事休みだったので誘いを受け、一緒にお酒を飲んだ。

彼女お酒は好きだがあまり強くないらしく、1時間もするとすっかり酔ってしまい、色々な話を聞かせてくれた。

両親が離婚しておりそれきり父親とは連絡をとっていないこと、母親ともあまり仲が良くなく上京してから一度も実家に帰っていないこと、鬱病になり会社を辞めてしまたこと、しばらくは失業保険受給しながら次の仕事を探していたが何もかも面倒になり今は風俗で働いていること、今の仕事を辞めたいとは思っているが辞め方もわからないこと、自分が何をしたいのかがわからなくなってしまたこと。

あらかた話し終えると彼女は眠たくなってきたようで、僕はお会計を申し出て一緒に店を出た。

 

彼女は一人で帰れると言ったが、時刻は既に0時を回っており、店から彼女の家までは少し遠いと思ったので大通りに出てタクシーを呼んだ。

タクシーが来るまでの間に連絡先を交換し、ほどなくして到着したタクシー彼女を乗せ、5千円札を一枚握らせて、気を付けて、と声を掛け別れた。

 

翌日の昼過ぎ彼女から、酔っぱらってしまって申し訳ない、よければまた食事がしたいといった旨の連絡が来た。僕もこちらに来たばかりで、友達があまりいなかったため、ぜひまた行きましょうと返事をした。

それから週に1回、彼女と一緒に夕飯を食べるようになった。仕事愚痴最近見て面白かった映画など、なんでもない話を話せる友達が出来て、僕も楽しかった。

 

ある日彼女から、週末喫茶店で会えないかと連絡が来た。彼女と会うのは決まって平日の夜だったので、休日の昼に誘われたことに少し驚いたが、特に予定もなかったので、いいよ、とだけ返事をした。

当日喫茶店に向かうと彼女は真面目な顔つきで書類と向き合っていた。僕が向かいの席に座ると彼女は少し照れたように、履歴書を見てほしい、と告げた。

どうやら就職活動を始めるようで、履歴書を準備したは良いが、何から書き始めたら良いのかもよくわからないので、普通社会人である僕に教えてほしいとのことだった。

だって履歴書なんて学生の時以来書いていなかったので大したことは言えなかったが、日本語言い回しが少し変な箇所や、単純な誤字脱字などを指摘してあげると、彼女は嬉しそうに、なるほど!ほんとだ!と言い、履歴書に手を加えていった。

2,3時間程度、履歴書作成に加え、どういう仕事がしたいのか、給料はどれくらいが理想か、休みはどれくらい欲しいか等々、就職相談の真似事みたいなことをした。無論僕の社会人経験だって大したものではないので、あまり偏ったことは言わないように気をつけながら、彼女の話を聞いた。

帰り際彼女が、なんかやる気出たわ、と呟いていたのが印象的だった。それから何度か休日の昼にも彼女に会うようになった。ある日はスーツで現れ、面接練習なんかをやったこともあった。

 

相変わらず週1回の夕飯は続いていたが、話題彼女就職活動についてが多くなった。最初自己紹介で緊張してしまった、前職を辞めた理由を聞かれ上手く返答が出来なかった、空白期間に何をしていたか説明できなかった、片親のことを伝えるとなんか気まずくなったなど、正直明るい話題は多くなかったが、むしろやる気は増しているようで、彼女は辛そうな素振りは見せず、何故か楽しそうに喋っていた。

 

そして先週、定食屋に現れた彼女は一目で分かるくらい上機嫌だった。テーブルにつき注文を済ませ料理が来るのも待たず、決まった!と彼女は嬉しそうに話し始めた。どんな仕事をするかということ、こんな名前部署に配属されるらしいということ、給料いくらであること、少し家から遠いが交通費が出ること、数年勤めると退職金が出るようになること、色々なことを嬉しそうに教えてくれた。料理が来てからも話の速度は変わらず、僕はずっと相槌を打ちながら彼女の話を聞いた。

 

料理を食べ終え、久しぶりにお酒を飲みに行った。お酒が入ると彼女の話はさらに速度を増した。僕はなんだかそれがとても心地よくて、途中泣きそうになった。彼女は泣いていた。話が一段落つくたび、彼女は僕に、ありがとう、と何度も言った。

 

就職してすぐは色々忙しいだろうから、しばらくは一緒に夕飯を食べることもなくなるだろうけど、それもまた嬉しいことだと思う。

真面目に頑張る彼女を見て、僕も元気を貰っていたし、次定食屋で会う時には僕から感謝を伝えたい。

救う本を教えてほしい

今「高齢者集団自決」とか「colabo問題」などあるが、この頃炎上させる気持ち分からんでもないけど、その力を少しだけ救う方向に転換してみてはどうだろうと思っている

じゃぁその中にいる高齢者達をどう救うのか

成田さんはよく『老人は自害』と言ってるじゃないですか?老人は実際日本から退散した方が良いと思うんですよ。老人が自動でいなくなるシステムはどうやって作ります?」

みたいなことを考えて、その答えにのっかるような発言をされた小学生とどう接していいのか

暴力虐待などの被害を受けた若年女性をどう救うのかとか、

他の方向へ考えることの方が必要だとは思った。

しかし、どうしたらいいのか今私には解決する力はないのだが。

誰かそういう本や漫画とか映画等あったら教えて欲しい。

ちなみにウィリアムマッカスキルの『〈効果的な利他的主義宣言善意活動への科学アプローチ』は持っていて、物凄くさらっと読んで、日本赤十字社のトルコシリア地震救援金に5000円払い初めて自ら寄付というものをした。

払った最初は高揚感?みたいなものがあった。

しかしその後、このお金ビックマックいくつ食べれたんだろう…とかいう『シンドラーのリスト』の中のシンドラーが、私の心の中では反シンドラーという現象(誰かこの現象を上手く名付けてほしい)が起こっていた。

まぁ今はどんどん現状がひどくなっているようなので多分良かったんだろうと思っている。

他には献血とかも行った方がいいのかなとか考えてたりする。ただ針が怖いのでちょっと躊躇しているが。

やっぱ、グラフとかデータとかで貧困国の状況とか比較であらわせられても、自分時間お金に少し余裕がないとなかなか、行動するのは難しそうだし、まずやっぱり国内から救った方がいい思ってしまった。

多分分かってない部分がかなり多いので、あとでじっくり読んでみようとはしている。

この後の文章

私がこの問題炎上するであろう理由

安楽死に対する考え

私の現在状況が書かれている。

興味のある方は読んで欲しい。




炎上する理由

高齢者集団自決」でいうと、

T4作戦を実行したナチスドイツ総統ヒトラー現代タイムスリップして世論を動かしていく『帰ってきたヒトラー』とか

高齢者安楽死政府が上手く推奨させる『PLAN75』や、

実際歴史はあってるのかよく分からないけど、物語の中では軍の命令で、戦って手や足がなくなったり動けなくなったりした重症人達に毒を飲ませたり、刃物自決したりする、『激動の昭和史 沖縄決戦』

を見てたのでさすがに怖くなって、あなた安楽死について考えてほしいなんて言われたくないし、どうせメディア視聴率再生回数のためにTVネットで出してんだろうとは思う。

「colabo問題はいろんなのが絡んでて実際よく分からんが、不正税金使ったり、叩き合ってるイメージしかない。名誉棄損的なものが互いにあって、怖いし苛立ってるんだろうなとは時々思う。訴えたりするのも仕方がないのだろうが、その集めたお金で一体何人救えるのだろうとは思った。



安楽死については

カルト問題ちょっと興味をしめし始めた頃、『世界』の2022年12月号を買ったのだが、ちょうど『安楽死を遂げるまで』や『安楽死を遂げた日本人』を執筆した宮下洋一氏のルポが載っていた。フランス巨匠ゴダール監督安楽死について書かれている。

最後にこんな文章がある。

安楽死容認国では今、「死にたいと」思わせる社会に潜む問題解決よりも、その意図に反映に重点を置く傾向にある。それが「死ぬ権利」というものなのか。私の理解が彼らに追い付くには、まだ時間が足りないのかもしれない。

フランス映画『すべてうまくいきますように』を見た。

『PLAN75』とはちょっと違った目線から見る、もし現代自分家族安楽死を願ったら?というのがテーマで、主人公父親脳卒中回復を少しずつしているのにも関わらず、死を願う。というのがあらすじ

この映画宮下氏は

家族安楽死をしたいと言ったら?

終末期でなく、まだ生きる望みがあるならば?

死を個人権利ととらえる欧米社会

価値観を異にする日本は、彼ら親子のような決断を下せるのか。

尊厳ある命」とは一体何なのか…。

コメントしている

見た感想としては、まずこの親子関係複雑だし、抗うつ薬みたいなの飲んでるし、その精神的なもの回復できることはできなかったんだろうかと思った。何がどう回復なのかは分かってないのかもしれないが。やっぱ価値観が違うんだろう。

私の場合自分の親が安楽死を願ったらどうするんだろうか。

まだ自分の親は認知症でも脳卒中でもないし、今聞く勇気もない。

主人公父親のようにあそこまで頑固でもないと思うし、病気になって回復してきたら少し気持ちが変わるかもしれない。

あとは、介護の大変さ。それにかかるお金

いろいろ考えると答えは出ない。

私の場合、おそらく個人尊重を優先してと思いながら親の安楽死を願ったとしても、必ずどこかでは自分介護負担が出てきて楽になりたいとう気持ちがどこかには少なからずあると考える。

もし今、日本政府安楽死法案を出すとしたら、本当に苦しんでいる人には悪いとは思うけど、私は反対する。

今回の問題発言もそうだし、それに賛同する人達や、笑っている人達、や政治家たちの失言を見ると優生思想が強すぎると感じる。



私の現在状況

40代独身

統合失調症精神障害者2級であり、手帳も持っている。

そして、今は障害者雇用で週5日4時間の清掃員をしている。

給料障害基礎年金を合わせて実家生活

前までは就労継続支援B型事業所で約3年ほど働いていた。

給料B型よりも格段と良くなった。

その時のB型事業所は、月曜日から金曜日10時~16時(昼休憩45分)で給料は平均して月1万5千円くらい。

今の給料は平均して月7万円くらい。

障害基礎年金は2か月に1回の12万9千円ほど。

家賃は3万ほど出している。

今、年金は払っていない。

国民健康保険扶養で親に払ってもらっている。

まだ私は親がいる分、生活は楽な方だとは思っている。

貯金は300万ほどある。

だが、今後の生活不安はかなりある

もう遅いのか、NISAとか考えた方がいいのだろうかと最近思う。

病気になるまでは派遣仕事転々としていた。

発症原因はあまり教えたくないので、ここには書かないことにする


普段母親の部屋で洗濯物を取り入れて畳んでいるのだが机の上に、一冊の本カバーを裏側にして置いてあった。

なんだろうと思い、カバーを取ったら『老い品格』という本だった。

中の目次さっと見たら、良い老人であろう的な感じがした。

まぁ品格って書いてあるし、そうなんだろう。

これを見て思い出したのが、テレビでやっていた『月曜から夜ふかし』の"通りすぎる人全員に会釈するおばあちゃん”の回である

ある女性がその行為不思議がって調べてほしいと投稿した話なのだが、そのおばあちゃん理由が感動というよりも、そこまでさせないといけない社会なんだなと思ったし、私たちもそういう風になるのかもしれないと少し怖くなってしまった。その理由は興味があれば調べてほしい。

私は母親とうまくいっておらず、会話はほとんどない。なので何を考えているのかよく分かっていないのだが、そんな感じでとりあえずこの本をkindleで買うことにした。そして最優先にこれを読もうと思う。

ついでに、映画『生きる LIVING』のパンフレットも置いてあった。

まぁ母親と話せば済む話なのだが。それができないのが私のダメなところである


どこで働いているか判明されるかもしれないので、分かりにくく書くが、清掃作業をするととある消耗品が毎回なくなるのだが、それを注文するたびに一枚の絵ハガキが入っている。

その絵は私にとっては上手くはない。おそらく障害者が描いたであろうと思われる。

初めはその絵ハガキを清掃道具入れにためていた。捨てると罪悪感がある気がしたのもあったし、以前ここで障害者雇用として働いていた人がずっとそうしていたのもある。

その後一旦その清掃道具入れを整理してほしいと補助役の人に言われたので、このたまった絵ハガキはどうしようか相談し、申し訳ない感じもするが捨てようということになった。

それから少し経って、相変わらずその新しく入ってきたその消耗品の中には、絵ハガキが入っている。ふとなぜこの絵ハガキは入っているのだろうと疑問に思い、その意図は分かってはいないが、私としては「絵は描けます」というメッセージみたいなのを受け取った。

もしこれが、障害者でなく高齢者だったらどうなんだろうとか、通院している精神病院に、病にかかっている人が作った、よく分からないパズルとか、ちょっと凝った折り紙だったりとか展示されているのを見るとあれは一体何なんだろうと不思議だったが、これも実際意図は分からないが、この社会にいる存在を表しているのではないのかと思うようになった。

その後、私はこの上手くはない絵ハガキをなんとなく家に持って帰っていて、本当に何かの緊急事態が起こった場合以外は捨てずにためることにしている。

その消耗品会社が分かった人は、変な人が絡むと嫌なので黙っていてほしい。

終わり

2023-02-09

anond:20230209192334

俺は元々糞田舎農村暮らしているアラフォーである

おれの死んだ爺さんはウクライナ強制労働させられていた。あの世代は同年代は全員幼馴染で、同業者で、一生ご近所さんから

全員が全員を下の名前ちゃん付けで呼んでたしプライベートのどんな些細なことも筒抜けだった。

今のジジババは戦後まれ団塊で、個人的に親しい同士はベタベタに親しいが、そうでない同士は関わりなしに暮らしている。

で、現おっさんの俺世代になると二軒隣の家族構成は正確にはわからない。

田舎は良くも悪くも人間関係が濃いから」みたいなの、どこの世界の話かなと思っていつも聞いている。

もちろんそういうムラもどっかにはまだあるんだろうよ。

ただ、移住者の方から田舎はそういうとこだから頑張って溶け込まなくちゃ」って必要以上に関わって行って、めんどくせえジジイかに自分から関係持っちゃってる面もあるんじゃないかと思う。

うちの近所に福島から震災を機に移住してきて一人で細々と有機農法やってるあんちゃんがいる。俺はたまたま会えば会釈くらいするが親しくなる気もなければ邪魔する気もない。

他のジジババとかもみんなそんな感じだ。

限界集落のジジババども、そんな今更他人干渉したりする力もない。

2023-02-05

最近信号のない横断歩道歩行者優先!ということがよく言われているような気がするのだが、俺は正直おかしいと思ってる。

なお、法律の話がしたいわけじゃない。法で定められてるから、とかそんなのはどうでもいい。

それに免許も持ってないので、ドライバー側の感覚わからんのであしからずあくまで一人の歩行者としての意見だ。

まず、普通にまられると申し訳ない。俺としては車が途切れるまで待ってわたるつもりなのに、停車されると申し訳なく思う。会釈しながら小走りで渡るのは面倒くさい。

それに、反対車線が止まるとも限らないし、停車した奴のせいで無駄に後続の車が待たされるのは、正直馬鹿じゃねぇのと思ってる。もっと空気読めよ。

後はエネルギーな。止まるよりは止まらないほうがエネルギー効率がいいんじゃねぇの?車1台が止まるならまだしも、2車線で数台が止まるとエネルギー無駄だとしか思えない。最近の車はブレーキエネルギーを回収してるとか聞くけど、それだって限度あるだろ?低炭素社会とか言うなら、歩行者待たせたほうがいいんじゃね?車に乗らないのが一番だとは思うが……

体感8割9割ぐらいは車止まらんし、法を現状に合わせるほうが合理的だと思うんだよな

2023-01-22

anond:20230122122930

海外ってどこ?アメリカ仮定するけど、まともな所ほどめっちゃ挨拶にうるせーし

日本人はすぐ頭ガクガクさせて変(会釈)だの声が小さい(あっち基準で)だの

目を反らすな笑え(分かるように凝視しろ、微笑みじゃなくて歯をがっつり見せて顔をくしゃっとさせろ)だのごちゃごちゃ言われるし

挨拶につづいて相手プライベートを把握した気に掛けるフレーズ自分プライベートに絡む雑談用意しなきゃいけないし

もちろんそれには立ち止まって数分を要することもあるし、それをしないと蔑ろにしているだの管理能力がないだの言われて評価ガチでひびく

 

おはようございます」だけ言ってちょっと首傾ければ目を見なくても立ち止まらなくても問題ない

日本の方が10000000000倍楽だね

エアプ乙

2023-01-21

anond:20230121201834

ワイは新卒の時フル無視する側やったで(今は挨拶されたら会釈するようになった)という話

2023-01-14

焼肉屋で後悔をしたこと

一昨日、近所の焼き肉店で1人で酒席を囲うことがあった。道路河川での土木仕事でさんざん疲れた後の一杯が最高なのだ

この日は、川に橋をかけるための準備工として土嚢を積んでいた。小さい工務店代表として、工事費の設計積算も、現場監督も、銃器捜査肉体労働兼任している。

体重が2kgは減った! という確信があるくらい今日は働いた。まずは冷えたビールを注文して、牛ロース100gに、上カルビ100gに、豚のハラミ100gに、鳥のもも100gに、石焼ビビンバに、韓国冷麺・・・単品のキャベツ素手で齧りながら食べ進めていった。

本題に移ろう。

その店にはキビキビと働く女の子がいる。多分高校生~ハタチくらいかと思われる。その日も、私が注文しそうなタイミングで傍に寄って来たり、注文をしようと厨房を見た段階で気が付いたり、トイレに行っている間に私のせいで汚くなった卓を整えたりと、ファインプレーを見ることができた。

それで、さあ帰ろうかと思ったところ、「お皿拭いたら上がっていいよ」という店主の声を聞いた。あの子が上がる時間になったようだ。22時だった。

の子は壁にあった扉を開くと、中の物置から上着を取り出して、賄いを食べに奥の座席に向かったわけだ。すると、私のふたつ隣に座っていた若い男性(30才過ぎかと思われる)が、「~~ください」と、その子を呼び止めた。その際、私は何とも思ってなかったが、その子が「もうアップ……」と小さく呟いたのを聞いた。

私は〆のアイスクリームを食べていた。考え事をしていた。すると、隣から「お前人生ナメとらんか!?」という声が響いた。例の若い男性だった。ちなみに初対面だ。

後で店主に確認したところ、女の子が「もう上がりなので」と説明したところ、奴さんはキレたらしい。うるせえな、と思いながらも彼の主張を聞くことになった。

社会に出たら定時は関係ない

・お客が求めているのだからプロ自覚があるなら応えないといけない

あなたの考えは甘い。店主に相談して考え直すべきだ。

といったものだ。

女の子は俯いていた。マスクをしていたが、瞳をまっすぐ地面に向けて、涙目になっていた。「すいません、すいません」と答えていた。

店主の方を見ると、天然パーマの頭だけがカウンター越しに覗いている。一応、こちらの方を向いてはいる。これは、店主がビヤ樽に座って休憩している時の姿だ。私の定位置から見るとそういう眺めになる。

残りの厨房スタッフは我関せずとばかり、肉肉肉、米米米!野菜ィィィッ!!!といった雰囲気調理に打ち込んでいた。

若い男性説教が続く中(上の3点目の途中だった)、私は声をかけることにした。メシがまずくなったからだ。「ちょっといいですか」と声をかけると、男性こちらを向いて、「あんた、なん?」と方言混じりにこちらを向いた。

「その子は賢いんですよ。次は大丈夫です」と言ったところ、「大丈夫じゃないさかい、こうしてる」と息を巻いて私を威嚇してくる。

「おじさん、いちびんなや」

私は、彼の目をちょっと見つめた後で、

調子乗っとんのはお前じゃボケ。おい、黙れ。〇すぞ!! おい、お前。黙れといったろ。聞こえとるんけ、おい!」

そんなことを叫ぼうとした直前、ハッとなって我に返った。

あれは5年前、私がまだ不惑になったばかりの頃だった。

この焼き肉店で同じようなこと(迷惑客が店員に絡んだ)があった時、そんなことを叫んで、そいつを蹴っ飛ばして、店から追い出して、さらに何発かブチ殴って、店を出入り禁止になったのだ。

その後、私は反省した。暴力に訴えてはならなかったと。店主に何度も謝って許しをもらい、再入店許可してもらった思い出がある。

私は、彼に向かってできるだけ穏便になるように答えた。

「すいませんが、私は迷惑しています。聞いていると食事がおいしくないんです。そろそろ堪えてくれませんか。店主、あっちで座ってますけど、ほら。すごい表情で睨んでますよ」

と言った。

若い男性は店主の天然パーマの方を見ると、頭を振るようにして手元の手羽先に目をやった。そして焼酎を飲み始めた……解放サインだった。

女の子は、私の方に会釈した。表情は見ていない。トコトコと奥の座席に向かい、もう1人のアルバイト男の子と一緒に賄いを食べ始めた。

私の考えを述べていいだろうか。

やっぱり、ああい勘違いをした御仁は、一度ガンと言ってやらないと効かないんじゃないか。痛い目をみないと反省しないからだ。あの日はどうにかなったが、あいつはまたやるんじゃないか

だったら、あの時リスクを冒しても、私はあいつを全力で威嚇し、場合によっては店の内外で暴力によって制裁を下してやるべきではなかったのか。彼は若かった。それも愛だと思う。

そうすれば、もうあの女の子が絡まれることはなくなる。私も焼き肉店を出入り禁止になるリスクはあるが、私と店主は10年以上の付き合いだ。謝ったら許してくれるかもしれない。

少しだけ自慢をさせてもらうが、ケンカは強い方だと思う。社会人になってからも合計で30回以上、祇園木屋町路上や、飲食店スナックの中で暴れたことがある。それこそ色んな輩と戦っているが、負けたことは二度しかない。

現行犯警察逮捕されたこともある。が、私は経営者からクビになることはないし、従業員だって私がこういう人間だと知っている。みんなの前で、「また捕まったよ!」と冗談交じりに言ったなら、職場がまた笑いに包まれるのだろう。

別件だが、私が奴さんくらいの年の頃だった。2005年くらいか先斗町寄りの祇園の端っこにある居酒屋で、深夜に大学生の男が酒に酔っていた。

私は彼の2つ隣のカウンターに座っていて、その間には黒っぽいスーツ男性が座っていた。片見知りだ。彼は私を知らないかもしれない。

「俺は立命館に現役合格してるし、そのうえ~~(よく聞き取れない)~~、△△(京都で一番有名な製作所)に内定をもらっている。いつか天下を取ってやる」「あのサークルの□□さんは俺のことが好きだ。付き合いたい」「人生はこれからも楽に勝てる」、みたいなことを言っていた。

彼は酩酊して友達に絡んでいた。若さゆえの発散だった。

彼が黒いスーツ男性に絡んだのを覚えている。それを確かめて、酎ハイをぐいっと飲んで、卓に置きかけたところで、カウンター椅子がガッタン!と倒れる音が聞こえた。

怒号があった。あまりに驚いた私は聞き取ることができなかった。すぐ隣を見ると、さっきの大学生が黒いスーツ男性におそらく蹴っ飛ばされて、仰向けで倒れていた。

黒いスーツ男性はまた何か叫ぶと、大学生の脇腹の辺りを鋭く蹴った。うつ伏せ気味になった大学生を、何度も何度も革靴で踏んづけて、首根っこを掴んで引き上げたと思うと、右の拳を彼の顔に何度もぶつけていた(凄まじい台詞だった。そのまま書いたら当日記は削除されるだろう)。

私は周囲を見た。店長と思しき人間を始め、誰一人として暴行を止める様子はない。ほかの客もそうだ。それもそのはずで、スーツの男は本物の暴力団だった。相応の経験を積んでいる。

私もこの業界人を長いこと見てきた。堅気かそうでないかは、怒号の質と、暴力への慣れと、それらへの躊躇のなさで判断できる。

2022年現在暴力団員が深夜に居酒屋を利用することは減ったし、居たとしても隅の方で大人しくしている。だが、この時代は違う。まだ彼らに勢いがあった。あの当時は、暴力団組員が数人連れで大手を振って繁華街をうろついていた(だんだん思い出してきた。この頃、木屋町大通り公衆面前でのリンチ殺人事件が起きて、急に警察官が増えたのだ。それで反社半グレ繁華街から消えた)。

この時、居酒屋の店主が警察通報していたら復讐を受けたのは間違いない。もし、彼らが「〇す」と言ったら本当にやりかねない。いや、やるのだ。本気度が堅気の人間とは違う。

そういうオーラが立ち振る舞いから漂ってくるものから、店側が「あのお客はもしや」と気が付いたとしても、また情報提供を受けて真実を得たとしても、何も対応することはない。これが、繁華街から反社の影が消えない理由ひとつである

話が逸れた。大学生を見ると鼻血を流していた。何度も殴られて、男の衣服を掴んでいた片手がぶらんとなったところで、私は止めに入った。男の肩を後ろから触って、「○○の集まりでいた人だよね。店の奥の客が通報しとったで。はよ逃げ」と、彼の面子を潰さないように嘘をついた。その男は、店長と思しき人間を一睨みすると、お金を払うことなく店外に出て行った。

大学生の方を見ると、大泣きで仲間の肩につかまっていた。店員から「料金はいいですから」と説明を受けていた。

災難だったが、彼はい勉強になっただろう。社会人になってからまり調子に乗ったことをしていると、ある意味で今回よりもひどい目に遭う恐れがある。その前に学べたのだから、彼はむしろツイていた。

例の反社の人は、あれから相当に勢いのある人間に育ったが、現在はわけあって娑婆にいない。あまりに男気が強すぎたのだ……。

さて、私もいい年だ。社会常識はわかっている。何事も、説得によるやり方が一番の至上なんだろう。

が、土木仕事をしていると常々感じる。正しいやり方は、その時々の環境や条件によって変わるのだ。晴天時と小雨の日とでは、現場練りで配合するセメントと水の割合も違ってくる。

初めに戻る。私は、あの時あの状況では、女子店員若い人(といっても30は超えてるだろうが)の未来のために、ついでに焼肉店のためにはどうするのが最上だったのだろう。またあの店で同じようなことがあった時、私はどうすればいいのか。

増田の人の知恵を貸してほしい。できればなのだが、金髪ダイダラボッチアイコンの人か、物憂げな青っぽい女性の人か、楽しい雰囲気黒髪女の子か、鼻が大きい男性の人か、おたまじゃくしの人のコメントがあったらうれしい。おたまじゃくしの人は最近見ない。元気にしているのだろうか。

2023-01-10

接客業婚活はなかなか厳しい。

職業:サービス販売

仕事小売業

かにミステリアスだ。

結婚相談所に入っていた時も、アプリでも、すぐに聞かれる。「小売業って何売ってるんですか?」

しかし、答えないわけにもいかないので「○○を売ってます」という。

ここで、「そうなんですか、○○屋さんよく行きますよ〜」で終わってくれるならまだいい。

次に「へー、職場はどのあたりですか?」と来たら私はもう返信しない。

何故なら、業種とエリア特定出来てしまうからだ!!

勿論、全然、悪意はないことは分かっている。

オフィス勤務の人は「自分物流関係仕事してて〜。職場渋谷なんですよ」とか気軽に言える。何故なら、オフィス突撃されることはほぼないから。(ストーカー以外)

しか接客業は違う。

この私、若い頃に取引会社の1人(担当部署じゃない)とマッチングし、何度か会って仕事の話で盛り上がり、うっかり職場エリアを教えてしまった。

そしてなんだかんだ疎遠になった2ヶ月後、現れたのだ。職場に……。

店の名前は言っていなかったが、その業種は郊外では少なく、そのエリアといえばうちの店のみ。

別に何もなかったし(なにかのついでだったのかも)、その後は来なかったが、あの人は良い人だから声もかけずに会釈して帰っただけで、拗れた終わり方だったら大変だったかもしれない。

もっとぼかして言えば良いじゃんと思うかもしれないが、それがぼかせるものじゃないのだ。

食べ物でもアパレルでもない。

例えるなら花屋さんとか?

花屋って何かぼかせるかな?

思いついたら教えて。

花と同じく、唯一無二の物体すぎて、ぼかせないのだ。

婚活友達にそんな話をしたところ。

「え、私、職場場所違うところ伝えてるよ」と言われた。

なに……!?

別に職場場所とか重大な部分じゃないし、バレたらアプリで会う人だから気をつけてただけって言えばよくない?」

彼女全然接客業じゃない。普通オフィス勤務だ。

私は魂が抜けた。そっか……。そこは嘘ついてよかったんだね……。

かに年収写真と違い、職場場所を偽ったところでせいぜい仕事終わりに会う場所が遠くなるだけだ。

それでも、嘘をつくとうっかりボロの出そうな私は、業種と職場場所を両方聞いてきた人はそっとフェードアウトするのだった。

みんな、相手個人情報質問はほどほどにするんだぞ。

2023-01-06

毎日自宅の庭におしっこをしている。

家の前は道路で近所の小中学生の通学路にもなっている。

道路に面した塀に向かって毎朝必ずおしっこをしている。

塀で下半身は隠れてるが首から上は丸見えの状態。また音も丸聞こえなので通行人は俺がおしっこをしていることに絶対に気付いている。

おしっこしている最中に通行人と目が合ったとき会釈をしている。

おしっこしながら子供たちと朝の挨拶をするとさわやかな気持ちになって最高に気分がいい。

2023-01-02

親戚の集まり、世の若い男性行きたくないと思っているはず

…と思ってるのは自分なんだけども。

若い女性だけじゃなく若い男性行きたくないと思ってるはず…と思い執筆

新年の親戚の集まり長老みたいなおじいちゃんが「男は酒でも飲んで待ってるか!」と言い、料理の準備は女の仕事だという。

妻のお手伝いをしたいので、一杯飲んで会釈して席を立つと「オイ!!!!!」と怒鳴られてしまう。

何がなんでも料理女性にさせたいようだ。

手伝うと怒られるし手伝わなくても気持ちが悪いし、板挟みなので、俺が死ねばいいんだという結論に達した。人生しかった。みんなありがとう

今年も仕事頑張るぞ。

2022-12-20

お金友達もない人のための孤独解消法

スーパーに行く、カゴを持って買い物をする

商品を見ているふりをしながら、他の人のカゴに自分のカゴをぶつける。

③あっすみません、ごめんなさい、等と謝る

コツとして、こちから一方的にぶつかるのではなく、相手の動きを読みながら自然にぶつかるのが大事

無言で会釈して終わる人もいるけど、「いいですよ~」なんて言って微笑みを見せてくれる人もいる。

こういう時はすごく気分がいいので、もし自然タイミングがあれば「許してくれてありがとう」の気持ちで、軽く微笑み返そう。

大切なのは、ぶつかった以上はもはや、相手他人ではないと捉えること。必ず労りの心をもつこと。

目的がどうあれ、相手同意を得ずにぶつかる行為加害行為と取られても仕方ない。まずは謝り、わざとぶつかった責任感を持って相手と向き合おう。

最初からぶつかる時点で相手のことを考えてない」という人もいるだろう。けど人生綺麗事だけではやっていけないと思う。

人を傷つけずに生きて、そればかり誇りにしながら、誰かを叩くことしかできない人がネットには沢山いる。

けど、それは間違っている。なぜかといえば、傷つくことも、それを恐れるのも、生きていれば当たり前のことだから

勇気を出そう。人と、そして自分とぶつかって向き合おう。

塞ぎ込んでいても何も始まらない。自分を大切にしよう

2022-12-15

今朝の通勤の時の話

ちょっと混んでいる電車のドアのすぐそばに乗っていた。

勤務先のある駅より一つ手前の駅でドアが開いたので、一旦ホーム下りて待っていたら、最後に降車したご婦人が軽く会釈してくれた。

これまでまったく気にしたこと無かったけど、何かほっこりじて朝からちょっと気分いい。

から逆の立場になったら自分もお礼の気持ちを表すようにしたいなと思った。

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