はてなキーワード: gカップとは
というわけで男性キャラクターが多く登場する女性向けコンテンツの身長を調査してみよう。
https://www.sankei.com/life/news/180220/lif1802200005-n2.html
180cm以上185cm未満は5.60%、185cm以上190cm未満は0.90%、190cm以上は0.06%だという。
https://hapilaki.net/wiki/nihonjin-shinchou
参考までに、トリンプ・インターナショナルの調査によれば、女性のバストのカップ数で「Gカップ」は0.8%、「Hカップ」が0.2%、「それ以上」が0.1%だという。
では、まず『ヒプノシスマイク』の主要キャラクターの身長を見てみよう。
195㎝ 神宮寺寂雷
191㎝ 毒島メイソン理鶯
190㎝ 天谷奴零
186㎝ 碧棺左馬刻
185㎝ 山田一郎、四十物十四
174㎝ 白膠木簓
168㎝ 波羅夷空却
155㎝ 飴村乱数
18人中、平均身長を下回るのは2名のみ。平均身長は179cm。現実世界では1%以下にとどまる185cm以上の男性が3分の1を占め、0.06%しか存在しない190cm以上は3人もいる。完全に『閃乱カグラ』ばりの超乳オリンピックである。
次は男性アイドルコンテンツの『アイドリッシュセブン』だ。
190㎝ 十龍之介
185㎝ 八乙女宗助
178㎝ 姉鷺カオル、千
17人中、平均身長を下回るのはわずか1名のみ。しかし170cm台が多く、平均身長では177cm。現実世界では0.06%の190cm以上が1名。
同じくアイドルモノの『あんさんぶるスターズ!』を見てみよう。
180㎝ 紅郎鬼龍紅郎
171㎝ 影片みか
169㎝ 衣更真緒
167㎝ 司朱桜司、天満光、真白友也
165㎝ 紫之創
163㎝ 春川宙
160㎝ 仁兎なずな
159㎝ 仙石忍
152㎝ 姫宮桃李
平均身長171cm。まさかの異様なリアリティ。ただし成人キャラクターを多数含む『アイナナ』と比べて、育ち盛りの年代のキャラクターであることは考慮されるべきである。152cmのキャラクターもいるが、これは現実世界では150cm以上155cm未満の割合は0.29%に過ぎないので、かなりの希少種といえる。
女性向けコンテンツにおける政治的に正しい男性キャラクターの身長のありかたについて、今後より一層の是正に期待したいところである。
誰が言い始めたのでしょうか。
「いわゆる、そうした日本の童顔・巨乳、でか尻、足細の女性キャラって、一昔前の言葉で、使うことにも躊躇しますが「奇形フェチ」だと思うのですよね。
昔の中国の纏足につながるような身体形成で、それは正に男性による女性のモノ化であり、人権・人格否定。」
色々思うことがあったので、自身の考えを整理するためにも書いてみました。殴り書きですみません。
まずこのツイートの背景を簡単に説明します。宇崎ちゃんが採用された日本赤十字社の献血ポスターにおける女性の体の描き方が以上に胸が大きく、つまり女性表象が現実を逸脱しており、これが性差別に繋がっているのではないかという議論が巻き起こりました。それに対して、巨乳を差別している、表現の自由が保障されているから良いのではないか、という意見がありました。
女性の「モノ化」とは?
性別という理由のみで性役割を固定され、女性が主体を失い、男性の理想となるような「モノ」を強制されることを指します。例えば歴史を見ていくと、性は戦争の道具に利用されていました。男性は戦争に行き、女性は家庭を守る。父権主義により女性は家庭に入り、男性の子供を産む道具つまり「モノ」として性役割を強制されるような歴史があります。
今回は、胸を過剰に表現することによって女性が男性の性的消費の「モノ」と化しているものを堂々と公開することは問題ではないか、ということを論点にしています。
→そもそも今回の批判対象はポスターの性表象になります。ですので、現実に存在するGカップの女性(どこからが巨乳かの定義は置いておきます)を批判しているわけではありません。また「奇形」と表現されているのは表象の結果的要素であり、作者の絵柄や萌え絵文化を非難するものでもないはずです。「なぜあえて胸を強調するような絵柄がポスターとして採用され、人の目に留まりやすい場所に掲示されているのか」が問題の本筋となります。
ツイッター上ではこの巨乳を奇形と差別したという話ばかりが広まり、これに対した反応をしている方ばかりを見かけるようになりました。巨乳が奇形だと間違った受け取り方をして、それを広めているのもここの人たちです。
→表現の自由は人権を守った上で存在できることは周知の事実です。
→あいトリで大きく問題にされていた昭和天皇の写真を燃やして踏みつける動画作品。これはそもそも天皇制を批判している、日本の象徴を侮辱しているという文脈で見ようとすると誤解を受けます。この作品を制作した大輔さんは「心の問題としての自画像」を取り上げ、変遷するイメージを天皇として表現しました。本来は世代によって変わる天皇のイメージと皇室タブーの議論へと接続される予定の作品だった。ただそれが上手く行かずに政治的文脈によってのみ判断されてしまいました。現代アートは問題を投げかける作品が多いです。ただその性質上、人間の負の感情からスタートすることが多い。私は表現の不自由展・その後を支持するわけではありませんが、展示が本来持つ意味に沿って機能せず、短絡的な思考により展示が阻害されたのは問題だと思います。これは余談なのですが、そもそも天皇は基本的人権をお持ちなのでしょうか。人権を制限されている制度が存在することを無視して、この動画作品を批判するのはどこか矛盾していませんか。天皇の人権について議論するならば、天皇制についてもきちんと議論するべきだと思ったのは私だけなのでしょうか。
→そのような絵柄を好む方も多くいることは理解しています。その愛好人口のある程度の多さ故に、女性的な要素である胸を強調するイラストは一定の支持を受けている。ただ忘れてほしくないのは、女性の性的要素が強調されたイラストを不快に思う人が存在するということです。今は女性の性的要素を強調しているのみですが、これが水着になったらどうでしょうか。もしエロやグロだったらほとんどの人が批判すると思います。場に適切か不適切かどうか。その線引きについて現在議論しているのです。
→存在し、受ける人が増加する事実を確認しているだけで、勧めているわけではないです。大事なのはこの背景に何があるかということです。胸を性的要素として日常に取り入れすぎてしまい、巨乳、つまり性的要素が強い人が結果的に性的な視線に晒される機会が多くなった。日常に取り入れすぎるというのは、今回のポスターのように市民権を得すぎてしまったことです。冒頭に戻りますが女性の「モノ化」により本来、個人的にやり取りされるはずの女性の性が、大勢とやり取りされることが問題になります。
この一連のツイートへの反応はどうしても本筋の論点とは違ったところへ議論が流れがちです。第三者が各所を切り取り、論旨をすり替えたツイートも見られ、大勢の人がRTしたりしています。これが最近話題のフェイクニュースかあ、と感心してしまいました。もちろん感心してる場合ではないのですが。情報の判断を誤ると生産的で建設的な議論ができなくなります。そもそも議論ではなく「でも私はー」や「でもこんな人もー」などのように個人的な感想や極めて稀な例を出す人もいます。感情や例外ではなく、一般的な例に則った議論を交わすことをお勧めします。私はこの議論に関しては肯定派にいますが、反対派の意見ももちろん聞きたいです。しかしそれは「胸を強調することに問題はない」「このイラストが公共の場に晒されることに問題はない」ことを証明する意見を求めています。
献血の件に寄せて。
アラフォー、BLと男性向けを行ったり来たり描いたり休んだりあんまり上手くもない弱小で四半世紀くらい。政治とかイデオロギーとかフェミニズムとか、難しいことはあんまりよく知らない。ごめん。
ブコメ等で散見される、『女性を性的に消費するコンテンツ』の存在の是非について、思ったことを少々吐き出させて欲しい。
まずね、Gカップとして生まれついたので、それはもう常日頃からめっちゃ見られる。もう慣れたけどね。見んなよ。いや見るのは仕方ないが、マジマジ見られたら相手は不快だという事は肝に銘じて欲しい。胸に限らないけど。たぶん同じ悩みを、顔に傷のある人とか、奇形を持った人なら分かると思う。他者はあなたのための見せ物じゃないんですわ。
でまあ、それを今回のポスターに拡大する話。公共に性的なものはどうよって話。そもそも、そこら中にSEXセックス書いてある中吊り広告、ふと隣に目をやればスポーツ新聞のエロ記事読んでるオッサンみたいな、世紀末満員電車で育ってきたけど。まあね、流石にもうちょっと配慮されてもいいかとは思った。下着、性器、性行為、この辺りに関しては字にしろ絵にしろ写真にしろやっぱり公共空間に平然と存在するのは配慮を欠いていると思う。
思うんだけど。
やっぱり自分が一番心を動かされるのは、絶頂の悦顔や、快感を堪える顔、艶めかしい身体の重なり、そういう性的な姿こそ人間の一番美しい部分だと思うんだよね。それを見たいし描きたいわけ。だからまあ、不快に思う人がいるのは、それはもう仕方ないんだけど。性的なコンテンツが完全に隠蔽された世界は、きっととても味気ないと思う。なんとか傷つけ合わずに共存できる道はないのかね。少なくとも前向きな模索を諦めたくはない。
広場に佇む裸身像とか、そういう感じに何となくみんな視界の隅に居ることに慣れていく…という未来があったら、私は嬉しい。とはいえ当面はやっぱり、性を想起させるコンテンツは排除される流れになるんだろうね。少し寂しい。
「かわいい子は褒めて、私は褒められない!」という嫉妬が元の発言だと思う。
褒められて嬉しくない人はあまり居ないし、場を和ませるのに最適な手法であり
「背が高いね」という言葉の中には「カッコイイネ!」という意味が含まれていることもある。
関係ないけれど、「デブだね」と面と向かって言われたことはないので幸せ。
「貧乳なのに褒められず、巨乳ばっかり褒められてずるい!」という嫉妬が元の発言だと思う。
Gカップだが言われたことがないので、本当にスタイル良いんだと思う。
「巨乳だね」と言ったらセクハラになってしまう為「スタイル良いね」とごまかすしかないと推測。
「グラビアアイドルみたいにスタイル良いね」はセクハラに思うかも。言われたって良いけど。
「自分が結婚できていないことに負い目を感じ、周囲もそう思っているだろう」という被害妄想が元の発言だと思う。
エスパーかなにかだろうか。
結婚できたほうが幸せだろうな、というのが一般的な考え方であるけれども
「自分が精神年齢大人なのにガキばっかり」と精神年齢が幼い女の子が言っているような印象。
実際、本当に「少年のような心の持ち主」であれば楽しいことは多い。
何でも新鮮に楽しみ、新しいものを飽きることなく求めることが出来る。素晴らしい事だと思う。
50歳で少年ジャンプ読んでたって良いと思うしかわいいし、50歳で少女漫画を読んでいたって良いと思う。
ただ、「悪いことして見栄を張っている」ような悪ガキの心は持っていて欲しくないかな。
以上 既婚女増田でした。