はてなキーワード: 開発独裁とは
学ラン・セーラー服ってさぁ、鉄血宰相が「鉄は国家なり」とか言ってた時代を引きずりすぎてない?
近代的な工場と軍隊に人材を供給するために近代的な学校ができたばっかりの時代を…
(軍服ベースの制服って、アジアの開発独裁の国にありがちなイメージ)
あれから産業の花形が製鉄・造船から自動車なり、家電になり、ウォークマンみたいなものになり、
産業の短小軽薄化が進むにつれてビジネススーツ原型の「ブレザー制服」増えてきたけど、
地方だといまだに学ラン・セーラー服で男子丸刈り(戦中かよ)だったりするところもあるらしい…
(甲子園の開会式ってモノクロ画像でみると学徒動員の出陣式にしか見えない)
映画でもアニメでも、コスチュームって「世界観」を表現する重要なアイテムじゃん。
学ラン・セーラー服を着た若者がビシッと整列して「前へ倣え!」「休め!」とかやってる
世界観で育成されたキャラクターをいきなり 21 世紀の世界線に投入しちゃって大丈夫なのかね?
誰に対して非友好的な国?
アメリカに対して?
開発独裁にはなるかもしれないけど、日本の日本改造計画ぐらいの開発独裁で収めてほしいね。ちなみにアメリカと日本は友好国だな。
「自国を自分たちで守った!」という経験じゃないから永久におんぶにだっこで20年たっても自立できなかったアフガニスタンや、第二次大戦後すぐに国共内戦でボロボロに負けた第二次大戦中国のようになるからアメリカ、イギリスは全面的に軍を出さないのだろう。
一方で、生き残ったタイや軍備を供給された第二次大戦ロシア、敗戦した日本兵が独立戦争を指示したインドネシアなどは独立自立し、歩みは遅いが産業が強くなっていっている。
大統領の護衛だとか作戦指示だけはアメリカ、イギリスの指導が入ってるが、ゼレンスキーが鼓舞し、兵員自身はゼレンスキーのもとに集める。軍備だけはガンガン供給する。ウクライナ人たちが自分たちが国を守るという意識を持たせる。
いちいち話し合って決める必要もなく、ワンマン社長みたいに独断で即決できるし、
ただ歴史上ずっと有能だった人は稀だ。
そして、トップが政策に失敗して、それでも権力の座に居座ったときに問題が起きる。
独裁が終身制なら、革命か暗殺するぐらいしか退陣させる方法がなくなるわけで。
革命で追い出せればよいがそれも失敗して内戦に突入なんてしたら、見るも無残な結果になる。
人が人を統治するのはとても難しいし、経済発展させるのも難しい。
それに失敗することが前提で、失敗した時のダメージを少なくする民主政と、
この元増田の言うことは説得的だけど、実は「不快」だけで規制は可能なんですよ。
たとえば、明らかに性交をしている生々しい描写(いわゆる濡れ場シーン)を屋外広告にすることは難しいでしょう。「景観や風致を害する」と判断されると思われます。
この問題のメルクマールとして、「とらわれの聴衆」事件という、公共交通機関での車内放送を用いた広告に関する判例がありますが、ここでは広告放送は受忍限度の範囲と判示されました。
現時点(2022-01-04 15:00)でのトップブコメでも、「受忍限度」ことが触れられています。
id:gyochan 「不快だから規制」も、受忍限度(双方の妥協点)をどこに置くかという論点ならば建設的に議論できると思う。けど、それを冷静に膝詰めで議論している場面を見たことがない
では、何故、フェミニストや表現規制派と言われる人たちは、受忍限度を超えるから規制しうる、という論陣を張らないのでしょうか?
答えは単純です、それが成り立たないからです。
受忍限度というのは、基本的に「普通人が耐え難い程度」というのが基準になります。
明らかに「一部の人が不快に思う程度」ではないわけです。そりゃそうでしょう、「一部の人が不快に思う程度」で規制可能になれば、なんでもかんでも規制可能になります。
開発独裁国家のシンガポールでは、そういう基準でやってますが、あれは独裁国家だからこそです。
結局、表現に対して批判をするフェミニズムの問題設定が、一部の人々(女性、特に繊細な人や性被害に遭った人)にとっての問題に過ぎないからこそ、「受忍限度」という理論が使えないわけです。
共産党を擁護する義理はないのだが、共産党が「多様性の統一」の標語を掲げた事にあたって、独裁だと揶揄するブコメが目立つんだがこれらの人達どうも意味判ってなくない?
これって頻出スローガンだよ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/jcp_cc/status/1452192530871697413
最近だと多文化主義(multiculturalism)と文化多元主義(Cultural pluralism)の橋渡しというか良いトコ取りの標語として使われる事がある。
多文化主義っていうのは人々の属する文化が並置されて存在している状態。〇〇人っていう属性、特色を捨てる必要ないよって考え方。でもこれだと国家内がモザイク状になって対立が発生したり、特定宗教の原理主義とかはどうする?「自由の敵」に自由を与えて多文化主義の基盤を破壊するのはどうする?って問題が発生する。
文化多元主義は色んなオリジンを持つ人々が集まるが、個々人は一つの公共的モデルに集約され、主体の改変を求められるって考えだ。
人種のるつぼって色んな人種が居る事を指していると思ってる人が多いが「るつぼ」は坩堝と書いて金属を溶かす溶鉱炉の容れ物だ。だから「人種」は溶けて元の色や性質を失っている。
そして坩堝の湯(溶解金属)は型に入れられる。冷えて出来上がるのが「アメリカ人」という合金のインゴットだ、という考えに立脚している。かなりイデオロギッシュな言葉なのな、実は。
ハワイ空港の名前にもなっているダニエル・イノウエはその尤もなモデルケースだろう。
日本軍が真珠湾で奇襲攻撃を掛けてアメリカを戦争に巻き込んだので、ハワイの日系人は立つ瀬がない。そこでイノウエは自分がアメリカ人である事の証に陸軍に志願してかの有名な442連隊に配属された。死傷率300%以上という有名な部隊だ。海兵隊では新兵訓練の際に442連隊の事は必ず触れると聞く。「アメリカとは何か」を象徴するからだ。
イノウエはそこで日系人じゃなくてアメリカ人のインゴットになった訳だ。戦後は政治家となって上院仮議長まで登りつめた。
だからこれ書いてる増田はイノウエに日系人としての親近感なんて抱かない。彼は立派なアメリカ人だった。
この生き方を強いたのが文化多元主義であり人種のるつぼ論なのだ。
イノウエの例は戦争という情況が強いた極端だが、この抑圧的な文化多元主義と、バラバラで政治主体としても弱くて実効性にも疑問符が付く多文化主義の良いトコ取りしようぜって言い方で使われることがある。
あと有名なのがインドネシアの国是、「パンチャシラ」。意味は「多様性の中の統一」。
インドネシアっていうのはこれはもう完全に人口国家であって「インドネシア人」なんて人種も民族も無かった。言語も違う。旧ユーゴと似ている。
そこにまだ統一国家も無いのに「インドネシア人」という国民意識が立ち上がっていった。「国民」はトップダウンだけで出来たのでは無い。
この意識の成立の鍵になったのが植民地下での出版業で、同一言語での大量出版がやがてその頒布される広範囲で公共心や共同性を立ち上げる事になった。
これを観察して書かれたのがかの有名なベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』なのな。アンダーソンはインドネシア歴史を研究していて、そこから国民国家の成立を発見したのだな。
パンチャシラを提唱したのは国父であるスカルノで、重要な理念として憲法前文に入れられた。
共産党を叩いている人の中には旧日本軍人がインドネシア独立に協力した事を重視する人が多いはずだが、インドネシアの有名な国是を思い出さないとはどういう事だろうか?
この流れはTTP参加決定時に似ている。
民主政権がTTP参加を決定した折、ネットは大炎上した。すると炎上の仕方が厨房っぽいので一歩ずらして「そもそも米国の利権に”環太平洋”と名付けるのがおかしい」とかかしこぶる人が出てくる。
ところが「環太平洋」という概念はソ連との冷戦が終結した90年前後からある。そして実際日本の周囲では環太平洋での経済的結びつきが強化されてきた。製鉄大国で「鉄のハブ」になっている日本の最大原料輸入国(鉄鉱石と石炭)は豪州になった。
そういうの知らんのな。知らんというか20年以上知らないを継続してきたって事だ。
因みに環太平洋の当初のアニキ役は米国と日本が想定されていたが、日本に代わって中国がアニキ役になりそうな塩梅になってる。これはGDPの伸びだけじゃなくて、日本は震災で港湾が壊滅したり鉄道民営化の上に貨物分社化して海コン扱いが出来ないなんてクソ失政を重ねたせいで物流(コンテナ、航空)の拠点が中国になっちゃったせいだ。
「多様性の統一」に噛みついた人らは、物流的に日本が中国から出てるローカル盲腸線の扱いになってるのとか知ってる?
共産党を揶揄したいって気持ちは判るよ。なんせ彼らは「民主集中制」について破棄したのかちゃんと説明も総括もしていない。
プロレタリアート独裁だってソ連や韓国、東南アジアの開発独裁の評判が悪くなってから言わなくなっただけであれってどうなの?ちゃんと破棄したのって事は有耶無耶になっている。
欧州なんかは左翼ポピュリズムが押してきているが、そういう訳なのでその流れに乗るの?って事もよー判らん状態。
だから「多様性の統一って字面が民主集中制そっくりでんなぁ」とかイヤミいうのは判るが、わざわざこんな有名な語彙を出しているのに悪意の解釈しているっていうのは、単に「国民国家の成立とか、多文化主義が起こす軋轢とか、人種のるつぼの本来の意味とか、ハワイの空港が何で日系人のイノウエの名前付けてるのかとか、インドネシアの建国理念とか知らねぇし、興味も無い生活送ってるんだろうなぁ」という情報しか外部に与えんよ。