はてなキーワード: 世襲とは
共産主義は敗北したと思われているが、それは大きな間違いである。世界に誇る偉大な共産主義的国家は、依然としてそのひどく夢想的な理想を実現しつつある。東洋にあるその国では、
情報は厳しく統制され、国民は総じてメディアのいうことをよく聞くよう訓練されており
政府の方針に批判的な人間はさりげなく表舞台から消えていく仕組みになっている。
「他の棒よりも突き出ている棒は、平らにならされるものである」という、その国に古くから伝わることわざ通り
誰かが突出して富を独占することは許されず、また、国民はそれぞれ誰かよりいい服を着ているということすら否定するために
その国でもっとも豊かなメインストリートでは、国民がみな同じように着るための味気ないデザインの安物の衣服が配布されている。
その国でもっとも人気のある芸能人は、頼まれもしないのに制服を着て、互いにほとんど区別のつかない容姿をしたグループである。
その国の国民の多くは、霊や神の存在を信じることをせず唯物論的であり
その国で政治にさえ関わる「自称」宗教団体は、死後の救いでなく現世利益を語り
むしろそれを積極的に破壊してやまない。
そして惜しむらくは、共産主義の多くの先達国家がそうであるように
その指導者層は外見的には品性を欠いており、本人たちはそれによって「庶民派」を装っているつもりではあるものの
実態は貴族そのもので、おおむね世襲によってその地位を得ていることから分かるようにひどく腐敗しており
権力闘争にあけくれ、また、結託した商人たちとともに富を独占する存在である。
しかし、それでも愛すべきその国の国民たちはその実態を直視せず
自分たちの国は世界に誇るべき理想を実現した偉大な国であるという自負のもと
実態はともかく制度としては一通りそろっている社会福祉や医療制度に感謝しつつ
なけなしの給金すら国債として投資し、「老後は国家が私の面倒を見てくれる」という幻想を抱きながら
はどうやら勝栄二郎が原因だった?
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/10554/1331379012/92
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勝栄二郎総理大臣です。いや、冗談抜きで、この人、身内からは「総理」と呼ばれているらしい。選挙という洗礼を受けずに、国民の審判を受けないタダの小役人が、総理と呼ばれ、自民党、民主党を手玉に取って操っている。コレが日本の姿です。コイツが与野党のトップを呼びつけて増税を指示したというんだから、日本というのも凄い民主主義国家ですことw
もっともそもそものドジョウの方の邪心にもすさまじいものがあって、ご存じでしたか、産経新聞などによるとこの会談の場に財務省の勝栄二郎次官が同席していたというではないか。勝さんが身内から「総理」と呼ばれていることは有名だが、これではホントに「総理」。与野党のトップを呼びつけて「増税せい!」と言ったのだとすれば、日本国の「官僚主権」はここに極まったことになる。戦前の軍部よりも凄いなあ。そうまでしてなぜドジョウが増税したいのか、こうなるともう本人も動機が何が何やらわからなくなっているのではないだろうか。
勝谷誠彦メールによれば、そもそも、コイツが野田と谷垣を呼びつけて増税を迫ったのだそうで、「官僚の操り人形」二人組です。邪魔なオザワンを裁判で身動き取れないように縛っておいて、茶坊主体質で偉い人の言うことはハイハイと何でも呑み込む小物政治家を重用する。まったくもって、今の日本は官僚が支配する官僚主義国家そのものだというのが暴露されたわけだが、誰か、国会でコレ、質問できないもんかね?
ところで、何で官僚が増税したいのかというと、そら、カネを握ってカネをバラ撒くというのが官僚の権力構造の根源になっているからですね。ただ、撒く先が年寄りとか貧乏人では、あまり利権に結びつかない。生活保護世帯に天下りするわけには行かないしw なので、いくら増税しても国民の生活には一向に役立たないという、意味のない増税になってしまうわけで、今の官僚が利権を握っている限り、おいらは増税には反対だ。
で、この与野党トップのシークレット会談をマスコミに流したのは逢沢だという話も出ている。逢沢といえば、松下政経塾から出た最初の国会議員として知られているんだが、二世どころか三世の世襲政治家です。松下政経塾は漏れなく屑というのがおいらの信条なんだが、オマケに世襲なんだから、まぁ、屑の中の屑、キングオブ屑です。なんで松下政経塾出身者が屑なのかという話はオークラ出版から出るムックに書いたんだが、基本的に「お稚児さん」「小姓」「茶坊主」的な、強い者に媚びへつらい、自分の信念を持たない連中なので、自分が総理になっても、影の総理の言うがままの操り人形です。
http://anond.hatelabo.jp/20120311225639
どういう職能でもかまわないけれども、技術者だの有資格者が余ってくれば、そのお仕事の価値は下がってしまう。
歯医者が街にあふれているとか、新制度の弁護士にしごとがないだとか、就職が狭き門だとか
本来は絞らなくてはならない教育機関での定員を教育を商売にしたいがためにそれなりの教育を受けた人があぶれる構図ができてしまったのだ。
仮に職人肌の腕のいい人がいたとしても、寡黙にいい仕事をすることで存在を認められるってことが、許されない世の中になってしまった。
よい職人でありつつ、愛想もよくないといけない。
これからは評価経済だのという人がいるけど、裏をかえせば、談合経済だったり、コネ経済だったり、世襲経済だったりで、近代以前の自由はきかないけれども、みんなそれなりにしあわせかも的な状態に戻っていくのかもしれない。
職業選択の自由、自分探し、憧れ就職でブラック企業みたいなのは、これからは、もうおしまい、許されない価値観なのかもしれない。
放て! 心に刻んだ夢を 国民を置き去りにして
出来ないなら・・・今ここで全てを壊せる
政策を批判されても 国会中は寝ているよ
Looking!
He slips again, will brazen it out to sneak away.
Only my MORAN Kan eat it. かいわれ
嘆願書に 光の速さで
掴め! 総理の席なら譲らず 辞めない孫産まれるまで
信じてるよ 小沢の助けを
立ち止まると 少しだけ 感じる切なさに
愛人には 今もまだ連絡つかないよ
打ち出した閣僚いつも 失言してはやめていく
Sparkling!
Scandal lights imcompetent his leadership.
Only my MORON Kan will sleep. 突然
ふらついてる 戸惑ってブレる
人気無くても 暴走(はし)り続ける
世襲なんて 吹き飛ばせばいい
うちの嫁が叫ぶ限り 誰ひとり邪魔などさせない
儚く舞う 無数の負債は
この予算に 積もってゆく
子供手当てで 見えてくるのは
財源無く 金ない政府
仕分けていく 隣国に媚びる
鳩山には 負けたくない
胸を張って 全て誇れる!
Looking!
He slips again, will brazen it out to sneak away.
Only my MORAN Kan eat it. かいわれ
やめて! 心に刻んだ夢を 国民を置き去りにして
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明日は選挙だ。僕にとっては二十歳になってからの初めての選挙だ。つまり、初めて投票をするわけで、めでたく選挙童貞卒業ってワケだ。こんだけ言ってるのだから、もちろん投票には行く。行かないなんて論外だ。
でも、ちょっと待った。だれに投票すればいいんだろう。というか、どんな役職の人間につく人を選ぶんだっけ?――新聞をとって確認する――なるほど、役職はわかった。だけど、誰がもっともふさわしいか、とりあえず候補者の顔や経歴が載った一覧表を見る。だけどわかりやしないわ、当たり前だけれど。経験?学歴?それとも、見た目の印象?なにが重要なんだ?世襲は却下?低ランク大卒は却下?
そもそも、地方の政治に目を向けたことなんて、いままでほとんどなかった。きっと、この一日だけ選挙情報集めて、そして投票するときにはこの地方の政治になんて、また興味を失っていることだろう。そうして、また何年か後に、投票日が来て一日だけの「政治参加ごっこ」、するんだろうな。
イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民はドレイとなり、無に帰してしまう。その自由な短い期間に、彼らが自由をどう使っているかをみれば、自由を失うのも当然である。(桑原武夫・前川貞次郎訳 『社会契約論』岩波文庫)
民主主義ってなんだろね? 。
結局、僕は――まだはっきりときまっていないのだけれど――大学院を出てて、それなりに若く、またそれなりに政策にも共感できるX氏に一票入れる。
学歴?ちょっとは考慮してしまったよ。あてになるわけじゃないのに。
The Best & the Brightest―ケネディが集め、ジョンソンが受け継いだ「最良にしても最も聡明な」人材だと絶賛されたエリート達が、なぜ米国を非道なベトナム戦争という泥沼に引きずり込んでしまったのか。賢者たちの愚行を、綿密な取材で克明に綴るベトナム問題の記念碑的レポート。(『ベスト&ブライテスト』amazonの紹介文より引用)
民主主義ってなんだろね?
実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが (ウィンストン・チャーチル)
直接政治制度だったきがするが、民衆が政治参加しているという起源はそこら辺だった気がする。
そういう意味では、奴隷ではないが、外国籍の人を中心に特定の人には参政権は認めていないというのは、原則今でもあるので。
選挙権を持っている人の集団による選挙を中心とした民主主義という意味では、ローマ・ギリシアでいいとおもう。
そもそも論として、王家というものは、主によって、人民の統治をまかされた神の代理であるという大義名分で、
人は平等であるから、人が人を統治することはあってはならないから、民衆が王を選ぶことは出来ないと
むしろ王族に利用されていたと思うけど?
キリスト教が民主主義の起源であったという事実はないと思うんだけど・・・。
あと、わからないけど、もしそうだとしても、だとするならば、 いわゆる 特定の範囲における博愛性というものは、キリスト教の前身ともいえる宗教にも存在しているので、キリスト教が原点であるという理由もないと思う。キリスト教以前にも宗教は存在しているし。
むしろ、そういう圧政が多くて、その次代の王政にいち早くブチギレた人たちが革命を起こしたんだよね。率先して。とみるほうが・・・
あと、あんまり、特定宗教の話を深くしたくないんで、いちおうこのへんで。
というかなぁ・・・昔は国の単位が小さかったわけよ。東京1つが国だったわけ。
その規模で考えると・・・国が企業に 国王が社長になった。と考えれば。民主主義とはなんぞや?という疑問にはぶち当たると思うよ。
王政の頃の国は、貴族領という物があって、貴族領が国みたいなものだからね。海外でも。
そういう意味では、実質的な違いは、世襲って話になるけど、企業が世襲な場合もあるし。
ようするに、ブラック企業に務めているというのと、独裁政治に泣いている、何が違うかというのを、程度問題である程度考えると、そらねぇ。民主主義のほうがいいとは言え。という事になる。 その平等という観点で見るとね。
答弁で嘘をつかないようにする為に、官僚は省庁の全力を挙げて答弁を作るのであり、政治主導と称して官僚に命令を下すだけで、報告は一切受けないという民主党は、答弁において、省庁のサポートを一切受けられないので、嘘をつく事になる。それは自業自得であり、嘘をついた人が社会的にどうなるかということは、幼稚園や小学校のレベルで学ぶ事である。政治的・道義的な責任を問われ、付き合いを打ち切られたり、組織から追い出されたりという制裁を受ける。
企業にも受け入れられず、自民党にも断られて、万年野党にしか行き場が無くなったサヨクや弁護士崩れは、そういう境遇をたっぷりと味わってきた筈なのに、未だに反省していないらしい。
騙されて一票を投じた国民が一番悪いのであるが、公約が嘘まみれで実現不能である事に気がつかないまでに、国家の状況に対して知識不足・関心不足となったのは、政治制度の欠陥が原因であろう。
現状の民選議員制度では、民選議員は地域の利権代表でしかなく、国政の担い手にはなりえない。地盤を私物化し、家業として議員の地位を世襲するようになっており、国政よりも次の選挙であり、地盤に利権とばら撒きを実現する為に与党にならなければならず、その為には、地盤の内外を問わず、嘘をついてでも一票を入れさせた方が勝ちという状態になっている。公約を毛鉤と評し、毛鉤に釣られる魚はバカと言い切った代議士が居たが、私物化した地盤を維持する事だけが目的と化している為に、勝ちすぎては公約を実現しなければならず、負けすぎては与党でなくなってしまうという事から、程ほどに勝って、できれば衆参を捻れさせて、公約が実現できないのは捻れ国会のせいです、次の選挙では衆参両院を押さえて、公約を実現したいと嘯くというのが、典型的な与党の行動パターンとなってきた。
実現可能な公約を並べる人が現れると、党勢は躍進し、衆参両院で過半数を取ってしまったり、衆議院で再可決が可能なほど勝ってしまう。公約を実現し始めるが、実現には時間がかかり、そのうち、選挙で勝った人が任期制限で次の人に職を譲らなければならなくなり、求心力を失い、公約は実現できなくなり、次の選挙で大敗する。ここまで、パターンとなっているのである。
実行力のあるリーダーを任期制限で失った政党は、実現可能な筈の公約を実現できず、政策実現能力を否定され、信任を失い、選挙で大敗するのである。
最初から実現不能な嘘まみれの公約が出てきたり、結果的に嘘になってしまうのは、地盤の私物化が原因であり、公約を党員集会等の公の場所で練り上げず、党中央が選挙前に適当にでっち上げる為である。私物化された地盤からまともに国政を担える人材が出てくる可能性は著しく低く、人材の層が薄い。まともに国政を担える人材がいない時は、党中央がでっち上げるだけなのだから、国家の状態について、詳しい情報を国民に周知する必要はないとなる。
国民に国家の状況を知らせるには、知らなければならないと自覚するほどの、切実な状況を作り出さなければならない。情報公開と称してwebを作っただけでは、誰も見に来ないのである。
地盤の私物化を無意味にする多選規制は、国政をまともにする為の最初の一歩であり、実現可能な公約を草の根の集会から練り上げ、任期制によって独裁化を避けながらも改革を継続できるような政治家の層の厚さを作り出すという、まともな国家への道は、遥かに遠いのである。
まず、高学歴は勉強ばっかというイメージがあるが、それは妄想。すべてに全力。
基本的に高学歴になるほどリベラル思考になり、多様性を尊重するようになるので、相手を事細かに罵倒しない。
低学歴の場合、2ちゃんレベルの罵倒は日常茶飯事。意味がわからなくても罵倒。すごいとわかってても罵倒。ただの足引っ張り。
高学歴の場合、コンサル風に、問題点の指摘と同時に、自分なりの解決策を呈示する(できる)傾向にある。互いに高め合う、切磋琢磨の精神が生きている。
こういう場合、高学歴、低学歴になった家庭の環境が最も大きい。高学歴の家庭が高収入の傾向を示すのは、親が賢いだけでなく、子供の教育に関してまで、一子相伝、世襲される。すなわち、良い教育が代々続くので、一発屋高学歴とはあらゆる面で雲泥の差となる。もう世界が違うといったほうがいい。5件に1件は原色魚類図鑑があるような家庭ばかり。
あと、母親が高学歴であるかどうか、というのはとても大きい。母親が半端な、あるいは低学歴だと、子供を急かして高学歴にさせようとして、せっかくの才能の芽を母親自ら潰してしまうこともままある。
低学歴だからといってばかにする必要はない。趣味が高じた成功者は低学歴にもゴマンといる。ただし、その裏に多くの犠牲があってのものなのだから、おいそれと他人にすすめるわけにもいかない。
ゴクゴク普通な生活をしたいなら、学歴が高いほうがいい。日本はまだ努力しただけ報われる伸び代は保障されている国だ。ネガティブなことばかりを主張する人に呑み込まれず、努力すればいい。その結果は君の学歴が保証してくれる。
大卒の50%以上が内定をもらい、形式上有能と無能の二分は為されている。
では、この無能50%はバイトなり既卒就職(できるわけもないが)なり起業なり(できる金とアイディアと経営ノウハウがあるとは思えないが)なり公務員(なれるだけの頭があれば今年だろうと無い内定にはならんだろうが)なりする道を選ばざるをえないわけだが、彼らがいなくてもぶっちゃけ移民の方が労働力としては期待ができるし、市場価値も彼らのほうが高いわけで、こいつらっていなくてもいいんじゃね、というのが率直なところ。
というのも、人口自然減な日本において、今ある企業もどっちにせよ使えない奴から死んでいく。労基法の遵守をさせるだけで、50%程度の企業が死に、50%程度の人間が職を失うだろう。言ってみれば、新宿のうるさい呼び子(特にマツキヨとABCマート)がいなくなるということだ。ありがたいありがたい。
企業がなくなると、働けない人が出るとか、不便になるとかいう精神に訴えるような似非ロジックを展開してくる人が多いけど、ぶっちゃけそんなことのどれだけが重要なのか。
使えない奴は使えない。職種、業界が合わないとかいう次元ではなく。
僕は、真剣に身分社会制度の復活を考える。慣習的に学閥や生誕時の扶養者資産というカタチである程度実現しているものの、もっと明確な物が欲しい。完全世襲化とかどうだろう。親がマツキヨの子供はマツキヨ。薬屋に客を呼び込むために産まれた残念な子。
人間は遅かれ早かれ死ぬ。死期は、よほど強い衝動がない限り選べない。つまり、就職できない程度で自殺するにしても、その後の生活で苦しくて自殺しても、その程度の人生だったってことで、特に悲しむ必要もないと思う。そんな奴が、これからの日本で生き残れるとは思えない。予定調和というやつだ。
結局のところ、誰かの人生、あるいは国の今後を杞憂して雇用を改善しろだの抜かすバカより、自分の為に生きて自分の利権を断固として譲らない人間のほうを俺は支持するということだ。使えない奴を切り落とすのは自分ら共同体を守る上での当然の行動で、どこのコミュニティにも属せない弱者は死んで当然だし、可視化されなかっただけでこれまでにも腐るほどいたはずだ。不満があるなら革命すればいい。そのときはそれ以上の力で潰す。そういうこと。
恋愛、日常の買い物、ありとあらゆる場面で我々は選別し、篩いにかけ、上質なものだけを残す。
雇用だけ劣等なものを大事に扱えなどという主張自体が、間違っているのだ。
一部の類似を見てすぐ得心して全部一緒のように言いたがるのはやめた方が良いと思う。
ちょっと前は北朝鮮のことを「昔の日本と同じ」なんて言って賢げな顔つきをする人間が居たけど
(それはつまり、「下である北朝鮮の位置まで我が日本を平気で引き下ろせてしまうぐらいに知的なワタシ」といった安い心理なのだけど)
地理的に割りと近い日本とそれらの国でも、政体も社会文化も歴史も何もかも全然違うわけで。
「世襲の頂点が居る」とか
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010102600500
Yahoo!ニュースで「まさお」呼ばわりされててワロタ。・・・は、いいとして。
放蕩息子で親父に見捨てられてるほうが、結果的に正しく危機感を感じているとは、
国内があんな状態で、災害にもあって、しかも共産主義が最も嫌う世襲をやって・・・。
それでも自国を信じているのか、それとも信じられなくて日本に頼り切っているのか。
後者だとすれば、あまり責められないのかもな・・・。まぁ俺もすっかりネットに
致し方ない部分があるのだとすれば、それは考慮に入れなきゃな。同じ嫌うにしても。
という記事が、ブクマを集めてる。
肯定否定は、半々といったところだろうか。
自分は、10年くらい前に、ほんの少しのあいだ、
末端の官庁で、元記事にあるようなスーパー官僚に会ったのか会ってないのか、
よくわからなかった。気になってしらべてみたんだけど↓、
http://countrystudies.us/singapore/48.htm
http://sunzi.lib.hku.hk/hkjo/view/50/5000233.pdf
30年前の数字しか見つからないが、人口が250万人のところ、
官庁の公務員が8万人弱、
公団とか各種団体のみなし公務員が5万人。
トップのDivision 1が公務員の10%から15%。
さらにそのうちの、Administrative Serviceに属するのが、
別名"supergrade"で、これが実数500人以下。
これが、20代前半の若僧が、入省してすぐになれるのか、
それとも、数千人はいるはずのDivision 1から、
年功と業績で適宜選抜されるのか、そこが大事だと思うんだけれど、
どうもよくわからない。
で、くりかえしになるけど、自分がいたのは大した役所じゃなかったんだが、
最高学府の国立大出が何人かいた。たぶん、Division 1だったんだろう。
若い人たちは素直で優秀。四六時中ニコニコしていて、なんだか頼りない感じ。草食系。
中年以上は、英語は下手になるけれど、精悍な仕事のできる人が多かった。
だからね、元記事にあるように、公務員を試験で厳選して給料をバンバンやれば、
国がうまくいきますよ、というのは、ちょっと違うような気がする。
シンガポールはシンガポールなりに、太平洋戦争中は犠牲者も相応に出して、
マレーシアとも半分戦争のようになったりして、ずいぶん苦労してる。
日本もそうだけど、地道な努力の結果に、経済発展があったわけで、
官僚制度がよかったからです、で片付けたら、普通のシンガポール人は怒るんじゃないか。
とりとめもなく書いていくと、シンガポールは公務員天国だったね。
役所にもよるだろうが、仕事は楽だった。あの国での成功者の証のひとつは、
どんな小さな車でも一千万円くらいかかっちゃう。部下を自家用車に乗せてランチにいくのが、
管理職の醍醐味なわけです。もちろん毎日じゃないけどさ、日本じゃありえないでしょう?
大臣クラスだっていう組織のトップの家にも、招待された。ジャングルのなかの一軒家で、
もちろんフィリピン人のメイドさんもいて、アメリカとかヨーロッパの金持ちほどではなくても、
いい暮らしぶりだった。
シンガポールの官僚制度がいいのかわるいのか、あるいはそれなしに経済発展は無理だったのか、
自分はちょっと居ただけだし、経済の専門家でもないし、よくわからない。
ただ、いいことづくめではないよね。ガラガラの箱モノとか、計画の失敗らしい痕跡もずいぶんあった。
首相が世襲したでしょ? 役所のなかでもね、あいつはXXさんの息子だからとか、あったようですよ。
官僚が完全に能力ベースで選抜されてるか、自分はかなり疑問に思う。給料がGDPと連動しようが、
人事はどんな組織だって、試験なんかである程度足きりをしたあとは、主観的な評価で決まっちゃう。
どの国もそうだが、富裕層とか指導者層がだんだん固定化して、一種の貴族制度ができている。
シンガポールの町並みは、立派なところは立派だけれど、貧困を感じさせるようなエリア、人々を見る機会は
少なくとも10年前は、東京なんかよりずっと多かった。日本も格差社会といわれてるけど、
シンガポールで中流以下の「はじかれ具合」は、気分のいいもんじゃないですよ。官僚天国とは無縁の世界。
意味のない選挙とか、政府批判できないとかは置くとして、英語の発音聞いて姿格好みただけで、
どの程度の人間か、inなのかoutなのか、一目瞭然なわけだから。
官僚も庶民も、同じユニクロ着て同じアクセントの言葉しゃべってる日本という国は、
まあ貧相だし、どんどん沈んでるけど、それなりに価値はあるわけですよ。
それをね、もうちょっとなんとかしたいから、スーパーエリートに任せちゃおう! ってのは、
やっぱり、安易な考えじゃないだろうか? 人間の質は、どの国の官僚も政治家も、そう変わらないと思いますよ。
200人だかの優秀な人間がナントカできるもんなら、アメリカでもどこでも、
今みたいなアホな世の中にしてるわけないし。安定的で迅速な政策決定ができる政治体制・選挙制度の構築とか、