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はてなキーワード: 生産物とは

2011-10-04

まともな国産 MMORPG

国産Master of Epic という良ゲーがあるのだがマイナーだ。

自分の知ってるまともな国産 MMORPG だ。

古きよき時代の UO良心を正当に受け継いだ完全スキル制。

クリックゲーとは全く別物の FPS に近いアクション性の高い戦闘

タイマンから 100 vs 100 規模まで様々な思惑と戦略戦術プレイスタイルが錯綜し、プレイヤースキルが反映される PvP

戦闘bot 化が難しいため戦闘系の bot がいない。

生産一筋で全く戦闘をしないプレイスタイルでも困らない。

高いカスタマイズ性。ほとんどすべてのキーバインドUI の配置を変更できる。

課金アイテム時間を金で買う系のチケットやおしゃれ系のアイテムばかりで、ありがちな「強くなるアイテムや装備」が無い。

多少強くなる装備はあるが、課金しなくても全く問題ない。

生産物が強い。生産物課金アイテムも装備も含めすべて消耗するため、生産が死んでいない。

課金アイテムゲーム内で売るいわゆる公式 RMT が安定しているため、RMT 取引がほとんどない、中華殆ど見なくなった。

プレイヤーの年齢層が高く、厨プレイヤーに遭遇しにくい。

5年以上にわたって大きなインフレも無い、安定した経済サイクル。

と、国産/アジア産としては奇跡的な出来なんだが、いかんせんベースになってるエンジン10 年近く前のものだ。グラフィックが当時が基準なのでどうしても見劣りするのだが、グラフィック以外の出来は国産らしくない。

ライトユーザーグラフィックで選ぶから入ってこないのかもしれないが、だらだら生活プレイでもなんら困らないので時間の無い人やライト向けでもある。自由度が高いしレベリング存在しないから、何をしていいのかわからず挫折する人もいるので人は選ぶ。昔の UO面白かったという人には間違いなくお勧めできる。

原型はハドソンがつくった RA という MMORPG だ。なぜハドソンという弱小がこれを作れたのか?まったくもって謎だが、弱小ゆえに好き放題出来たのではないかコナミ傘下になってしまったハドソンは、今や多くのスタッフを失い身動きできず、今後は携帯アプリ開発しかやらせてもらえないとの噂だが残念でならない。

とても面白いのだが、規模でいえば相変わらず弱小だし、課金アイテムにいたってはあくどい商売をしてこないのでちゃんと儲けているのか不安になるほどだが、Fate/Zeroコラボするあたりまあまあ儲かっているのかもしれない。

今定期メンテ中だから公式ページ見れないけど。

http://anond.hatelabo.jp/20111004065108

2011-09-17

文化文明の違い

よく論じられていてそれでもよくわからなくていろいろ考えてみて、自分なりの結論を出した。



それを使ってお金(一般的等価物)を稼げるのが文明


お金(一般的等価物)を使って生み出した結果が文化



たとえば筆を使って絵を描いたとしたら、

筆はそれを使って生み出した絵を他人に見せることでお金や名声を得られる。

絵はそれ自体が一般的等価物として社会で商取引に使われるものではないが、

芸術的な価値があると認められれば、芸術品に対する対価としてお金をもらえる。

から筆は文明絵画文化




パソコンを使って文章を作成する。

文章によって仕事が成立し給料をもらえる。

パソコンを使って作った生産物は一般的等価物として機能しないが、

その情報を必要とする人にとって価値あるものなので、

作成者はお金をもらえる。

からパソコン文明。生み出された文章は文化



その集団が文明を持っているか否かを判断する指標として最も重要ものが文字の有無だというのは、

情報が一般的等価物としての性質を持つ=商取引が成立するからなんだと思う。




箸は文化だろうか。文明だろうか。

箸それ自体はお金を生み出すための手段にはなりえない。

ただ生物にとって食事は必須だからある意味貨幣と同じく一般的等価物としての役割を持つかもしれない。

と考えると文明と言えるかもしれないけど、

別にわざわざ道具を使わなくたって手づかみで食べることだってできる。

手づかみか道具を使うかは結構文明化しているか未開かどうかを判断する指標として重要だ。




こういうことを言うと無文字文化を持つ民族や手づかみで食べる民族に対する差別だという意見が出るけど、

そもそも文明化していないことが野蛮だ悪だという発想を持っている時点で、

その人自身が差別思想を持っているといえる。

文化を持つけど文明を持たない集団はいるという話は聞くが逆は聞いたことがない。

2011-03-27

風評被害じゃなくて有害

風評被害(ふうひょうひがい)とは、災害事故及び不適切又は虚偽の報道などの結果生産物品質サービスの低下を懸念して消費が減退し、本来は直接関係のないほかの業者・従事者までが損害を受けること。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%A9%95%E8%A2%AB%E5%AE%B3

今回は、(ゆるゆるの)暫定基準値を超えたわけだけど、これも風評被害になるの?

こういうのは有害というんじゃないの?

ゆとりからからない><

ゆとりじゃない賢い人教えて><

2011-02-21

とあるゼミ論文注意:(再整理)

※あくまで「とあるゼミ」について。 他は存じあげません。 教えて下さい。 お願いします

とりあえず、伝えたいことを要点としてまとめる。

研究テーマを決めたあとで調査結果からテーマの全てを導こうとすると痛い目をみる ― 『疑問に思う→考察→調査→考察』 の流れについて
研究テーマに「娯楽コンテンツ」は意外と難易度が高い ― 考察のしがいがある

 ものすごく簡単に論文について

論文とは「問い」である。(率直な疑問をテーマにしてこそ良い論文になりやすい。)

論文には以下の構成がある。※この日記は序論の「問題」と「研究目的」に対する考察(PLAN)でしかない。

序論

問題と研究目的研究方法の提示、用語の定義を述べる必要がある。

本論

研究結果とその考察研究限界問題点を述べる必要がある。

参考文献

引用文献だけではなく、使えそうで読んだ(参考にした)本を述べる。

 研究テーマについて

※ここでは、自由に論文テーマを決められるとする。

近年、娯楽コンテンツテーマにする流れがとあるゼミ内であったようなので、注意点を述べる。

自分で決められるからといって「好きなのでテーマにしてみました。」程度では[ぬるい]。

これは、社会的背景に迫らなければ動機以上に有意義なテーマにならない、ということである

疑問に思う(QUESTION)→「考察(PLAN)」→調査(DO)→考察(CHECK)→発表(PRESENTATION)の流れでは「PLAN」に該当するプロセスで基本だが、大抵の大学生多忙を理由にして調査への過度な期待をして失敗を繰り返しているという意味で最重要プロセスでもあると考える。

失敗の例として具体的には「自分研究がなにをいいたいのかがわからなくなる。」といったものがある。

 そこで、対策として社会的背景へ迫るPLANの例として娯楽に対する考察を以下に提示する。

・娯楽コンテンツは虚構的である。つまり、それ自身に本質的価値はない。

そもそも、娯楽の意義を知らなければならない。無論、娯楽はストレス(抑圧)発散のためにある。

社会的ストレスとは労働といった規範に関連するもの。学生学業社会的ストレスになる。

池田信夫マルクス引用によると

知識の外部性最初に指摘したのはマルクスだった、といえば牽強付会に聞こえるかもしれないが、彼は労働についての断章と呼ばれる『資本論』の草稿(経済学批判要綱)で次のように書いている

自然機械をつくらない。それは人間頭脳や手の生み出した器官であり、知識の力が対象化されたものだ。固定資本の発展は、社会的知識がどれほど生産の直接的な手段になり、社会的な生活の条件がどれほど一般的知性によってコントロールされて生産適応しているかを示している。

これはネグリハートが『帝国』で、マルクスが「非物質労働」を視野に収めていたことを示す証拠として引用した文章だ。これに続く部分で、マルクス社会的知性が科学技術による生産の条件だとものべている。そしておもしろいことに、こうした社会的知性は生産だけではなく消費によっても生まれると説いている

池田信夫 blog : マルクスソーシャルメディア - ライブドアブログhttp://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51671941.html

知識の外部性社会的知性、一般的知性 というものがあることがわかる。

おそらく書籍を読解していく上で【知性やイデオロギー】等の違う言い回しで多くの似た概念に出くわすと思う。※注意は必要だが、以降は「規範」として解説する。

私たちは幼少より社会的規範市場的な規範を様々なものを通して学ぶ。

娯楽も例外ではない。例えば、女の子はおままごとを通して家庭の内部規範を、男の子ロボットヒーローおもちゃで外部規範を学んでいく。

娯楽コンテンツとは労働社会規範)によるストレスを消費(市場規範)で発散するモノであるといえる。また、娯楽をする条件が労働によるストレスならば、娯楽自体には焦点がなく、娯楽がストレス発散することにしか効用(と消費者の動機)を持たない虚構であることがわかる。

ここから、「娯楽コンテンツは虚構的である。つまり、それ自身に本質的価値はない。」ということがはっきりわかった。

また、労働に関連として以下を引用する

実をいうと、「エンプロイー(従業員)」という概念近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。強い意思を持つ人間従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業社会職場が求めるものを満たすために、人間の習慣や価値観を徹底的につくり変える必要があった。

  • 生産物はなくて時間を売ること-仕事のペースを時計に合わせること-定められた間隔で食事をし、睡眠をとること-同じ単純作業を一日中再現なく繰り返すこと

これらのどれ一つとして人間自然本能はなかった(もちろん、今でもそうではない)。したがって「従業員」という概念が—また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ—永遠真実という揺るぎないものに根ざしていると思いこむのは危険である

経営未来」に従業員の未来を見る - アンカテhttp://d.hatena.ne.jp/essa/20080310/p1

「従業員」という一見当たり前の概念についても長い歴史で観ればつい最近確立された規範であり、社会問題を伴う。

つまり、「娯楽という概念」にも労働を代表する外部の概念が抑圧・弊害や規範として間接的に関わってくるため、視野を広めて(ここでは労働キーワードに)考察をすることが重要ということである

(※今回は閲覧できるようにwebソースしましたが、実際はキーワードに関する書籍を読解し、参考・引用してください。)

娯楽コンテンツについて調査するならば、調査対象においての労働観(学業観)、社会観、消費観を知る必要があるだろう。

これは研究テーマの外部にある要素をキーワードにして迫る方がテーマ本質は見やすい、ということである

むしろ、引用するしないに関わらず参考文献範囲を研究テーマの外側まで広げていかなければ、根源的な問いに対する調査の切り口が見いだせない。

娯楽コンテンツ研究テーマした場合は袋小路に入ることになる。

しかし、研究テーマの外部の考察をすれば必ず研究に活きてくる。まず発表に際して学生間での質問に引けをとることはなくなる。

一見言わなくても分かると思われることも、しっかりと問題の本質、動機、仮定、構造の説明ができるかどうかは別問題ということである

なにより真剣研究することは学生として正しいし、好きなことを真剣に考えることは充足感を伴うので楽しい

2010-12-27

要するに金出してないのに口出すな、ということ?

なんなんだろうな、この極論。

しかも100人以上の人がRTしてる。

http://twitter.com/#!/cochonrouge/status/25509805567

学校内の運用に口を挟む権利は無いだろうけど(それでも意見は言ってもいいよね)、学校生産物の質に文句言う権利はあるだろうよ。

2010-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20101111161229

工業が発達してない江戸時代なら、アパレル系の生産物はすべて家内制手工業だったと思うから、柄も色も全ての個体においてユニークだったんじゃまいか?

2010-10-29

情報化社会における「学芸員」もしくは 「DJ」的存在重要性について

:::前説:::

ここ最近ネット界隈の著明な人の発言において「キュレーション」の重要性が語られるのをよく目にします。

それを読むたびに、とても共感していたのですがふと気がついたら、昔に自分メモして考えていた事と同じだと気づきました。

以下の文章を書いたのは2009年11月23日。ふふふ、これって俺が前から考えてた事じゃん!って自己満足もきっと入っていると思いますが、

自分で読み返してもあらためて、考える所があったので、始めてはてな匿名ダイアリーに投下してみます。

みなさんの、考えるきっかけになりましたら幸いです。


情報化社会インターネット社会)における「学芸員」もしくは「DJ(ディスクジョッキー)」的存在重要性について

情報化社会と言われて久しい今日社会状況において

近年のインターネットの普及に伴って、

個人が触れることの出来る情報の総量は指数関数的増加の一途を辿っている。

この事は「世界フラット化」あるいは「情報格差の是正」という言葉で語られる事もあり、

基本的にはそれぞれの個人レベル存在にとっては歓迎すべき事である。

しかしながら、現状のインターネットにおける

システム、あるいはインターフェイスが、

真の意味での情報化社会の完成された形態であるとは言えないのではないか。

それはつまりインターネットというシステムが本来持っている

潜在的なパフォーマンスを完全に活かしきれていないという事である。

インターネットを生かし切れない具体的な一例としては、

情報過多」とい事が、まずあげられる。

社会存在する情報量が多すぎる為に、本来必要とする(ユーザーにとって価値のある)

 情報を見分ける事が難しくなっている事。

この事柄の解決策として飛躍的な進歩を遂げたのが

いわゆる「検索システム」である。

初期のYahoo!によるカテゴライズ検索から

現在検索システムの主流といってよいGoogleの独自のアルゴリズムによる検索システムである。

特にGoogleによる検索システムの登場はインターネットの活用という面において

非常に大きな恩恵ユーザーに対して与える結果となった。

その優秀なアルゴリズムによって、ユーザーが求める情報に対する

検索の精度・効率は飛躍的に向上したのである。

ではこのGoogleによる検索システムの登場によって、

インターネットの潜在的なパフォーマンスは完全に引き出されたのだろうか?

答えは『否』である。では現状で足りていない要素とは一体何であろうか?

まず検索システムが持っている基本的な特性として

ユーザーの能動的な行動」を必要とする点があげられる。


能動的でないユーザーに対してより効率的に情報提供する方法はないか?

(これまでのマスメディアによる一方的な手段でなく)


☆そこで必要になってくるのではないかと思われる新たな情報収集・提供システムの候補が、

学芸員』あるいは『DJ』的位置づけの存在、あるいはシステムである。

学芸員とは美術館などにおける専門的職員の事で欧米などでは

キュレーター」などとも呼ばれる。

学芸員に求められる役割は第一に、

各分野における専門知識をもって対象の管理監督を行う事であり、

第二に持ちえた専門知識を元に普及・教育に努める事である。

情報化社会での役割として考える場合、特に重要になってくるのは、

第二の役割の「専門知識を基にした情報の普及・教育」という点である。

つまりある事柄における専門家とそれ以外の人々を橋渡しする役割である。

例えば美術館での学芸員の役割を考えた場合

まず美術自体を実践する「美術家」「芸術家」が存在する。

彼らは美術における専門家であると同時に美術自体の実践者、生産者でもある。

一方で美術館に訪れる「非・美術実践者」は

それぞれの職業や専門分野、あるいは生活を行っており、

当然その生活時間の全てを美術にあてている訳ではない。

それゆえ、生活時間のほぼ全てを美術にあてている専門家(つまり美術家芸術家

生産物情報)を100%理解する事は不可能である。

しかしながら、専門家(この場合美術家)が生産したモノや情報の持つ

価値を享受する為にはある程度の専門知識を必要とする。

その際に必要となるのが両者の中間に位置する「学芸員」である。

学芸員美術専門家ではあるが、実践者・生産者ではない。

しかしながら、その専門知識を持って、美術の専門知識を持たない人間に対して、

本来の情報を分析・咀嚼して、専門家でなくとも理解できる(その価値を享受できる)

形にして提供するという非常に重要な役割を持っている。

「非・美術専門家」達はその気になれば(能動的意思を持てば)、

自ら専門書や、インターネットを使用して専門知識を得ることも可能であるが、

能動的意思の有無や、時間的制約からそれを完全に実行するのは難しい。

そこで学芸員(中間的位置づけのシステム)を間に挟む事により、

より効率的に、より短時間で対象の情報を得、理解し、その情報やモノの価値を享受する事が可能になるのだ。


この学芸員的な役割・システムこそ、

現在情報過多なインターネット社会において

必要とされている事ではないだろうか。



これからの広告(あるいは別の名称)的手法というものは、

従来の考え方とはまったく別のシステムに変わっていくであろう。

(あるいは変わるべきである)

つまり従来の広告システムとは、販売主体が多大な広告販促費用を計上し、

マスメディア等を介して「企業の一方的な利益に順ずる形」で

消費者ユーザー市民 に商品の情報提供強要してきた。

デメリット

企業広告費に多大な費用を計上する必要がある

企業利益に繋がる偏った情報社会に溢れさせる。


この従来の「広告」という考え方自体を

「完全な情報の共有」というシステムに組み込んでしまえば、

わざわざ広告という費用マーケティングを考える必要はなくなるのではないか?

つまり、ユーザーが求める情報を完全にフラットに、効率よく提供・共有するシステムがあれば、

企業はいかに価値のある製品をつくるか?という本来の役割だけに集中できるのではないだろうか?

そもそもある集団の利益の為に押し付けられ、時に改変された情報流通させる、

広告」という概念自体がスマートでないし、旧時代的な、非・フラットな考え方ではないだろうか?

2010-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20100906160154

ちなみに、具体的に生活水準がどの程度まで落ちると思ってるの?

派遣村とか釜ヶ崎とか。

最終的には、生産物の確保が出来なくなり、

1990年ソ連とか、最近北朝鮮辺りまでは落ちるでしょ。

2010-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20100525164540

人間相手でもいわゆる法定伝染病感染症の予防及び感染症患者に対する医療に関する法律)は存在するし、物によっては隔離の義務がある。

そして、感染症危険性が高い順に一類から五類に分類され、「はしか」は五類感染症。等級としては低い。

「一類感染症、二類感染症、三類感染症及び新型インフルエンザ感染症等の患者」は就業制限が掛かる。

「一類感染症」などは地方自治体で、交通規制(移動制限)などを掛ける事もできるようだ。

ちなみに「はしか」は五類感染症


さて、汚染国からの輸入を禁じる必要がある、家畜伝染病定義される「口蹄疫」はどのくらいの危険度だろうか。

家畜伝染病(法定伝染病)は、このうち、家畜の伝染性疾病が拡大することによる畜主の被害を抑えるだけでなく、家畜生産物やそれらの製品への影響など社会全体への影響も最小限にするため、発生地域交通遮断、当該家畜のと殺義務、殺処分命令、死体の焼却等の義務、畜舎の消毒義務、などの強制力を持った強力な措置をとるべきものとして、家畜伝染病予防法で具体的に法定されている26の疾病である(家畜伝染病予防法2条1項、家畜伝染病予防法施行令1条)。

まぁ、判断は個々人もしてみてくれ。

専門家は、人で言うところの「一類感染症」なみの扱いをしている。

家畜および地域社会にとって致命的だからだ。

これが不当な処置・定義なのだと言う主張であるなら、全世界畜産業界、および検疫に携わる人に対しての問いかけとなるのだから、

売り言葉に買い言葉などの話し方ではなく、真摯に語られるべきであろうとは思う。

2010-05-17

社会科学ノートからの抜粋 (まおゆう感想

まおゆう読んだ。すごくおもしろかった。みんなぜひ読むべき。



魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」まとめサイト

http://maouyusya2828.web.fc2.com/



ほかの人の感想はこちら。



魔王×勇者」が「その先の物語」を描けた理由

http://d.hatena.ne.jp/GiGir/20100510/1273472249

泣けるほどおもしろすぎるネット小説を読んだので熱烈推薦するよ。

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20100423/

人生を変えることのできる物語魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」

http://d.hatena.ne.jp/izumino/20100422/

その先の物語~次世代の物語類型のテンプレート

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20100429/

はじまりの物語

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/795

魔王世界を征服できない問題への一つの回答となる「まおゆう

http://d.hatena.ne.jp/lastline/20100517/1274022158




みなさん、すげーテンション気合の入った文章。実際、かなり面白かったので、興味のある人はぜひ。



そして以下は、読み終わったあと、テンションがあがりきって大学時代講義ノート引っ張り出して書きました。

たぶんネタばれはない、はず。(追記)スポイルするかもしれないので、読了後によむことをおすすめします。



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昔、ある人は考えました。

幸せってなんだろう?」



みんなは「お金があれば幸せ」っていうけど、何か違う気がする。

幸せの源泉は、お金じゃなくて、お金で買うことの出来る『モノ』だよね?

幸せお金』だと思っている人たちは、みんな奪いあいばかりしていて、

「誰かが得をすれば誰かが損する」っていうけど、それって、きっと間違ってるよ。

例えば農作物なんかは、みんなががんばって働けば増えるよね?

奪い合うことにつかうエネルギーを、みんなで『幸せの源泉』を生み出すことに使おうよ!!



この『ある人』の名前を、経済学の父、アダム・スミスと言います。



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まおゆう」は、みんなが幸せを求めて奪い合いばかりしているのに、

ちっとも幸せになれないでいる前近代社会で、

魔王アダム・スミスが「違うやり方もあるんじゃないか」

「みんなが幸せになれないのか」必死で模索を続ける話です。

結果、魔王は、人々の労働生産性を向上させることを通じて

「奪い合わなくてもみんなが幸せになれる世界」を目指し、ある程度の成果を収めます。

しかし、魔王は考えます。「何か足りない」「何かおかしい」



アダム・スミスが『国富論』を出版し、経済学スタートしたのは、1759年のことでした。

この『国富論』は彼の独創ではなく、多くの先人の思索の上に成り立ったものでした。



魔王が足りないと感じていたのは、おそらくこの『多くの先人の気付き』なのでしょう。



前近代においては、まず『国王国家』があり、その下に各人民権利を与えられます。

近代においては、まず『個人の権利』が前提として存在し、そのために国家が設立されます。



前近代社会というのは未だ「神様のいうことが唯一正しい」という世界で、

そこに突如現れた近代社会科学の申し子たる魔王のやりかたは、

過程をすっとばしていきなり答えを出しちゃったようなもので、

基礎となる考え方が共有されていない以上、いくら成果をあげても、なんか、ふわふわ。



それでも、「まおゆう」では、魔王を取り巻く登場人物が、

魔王に影響を受けて、少しずつ『多くの先人達の気付き』を埋めていきます。



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昔、ある人は考えました。

「どうやったら平和社会になるのかな?」



そもそも「人間はみんな善の魂を持っている、だって神様がそう決めたから」

っていうけど、そんなこと無いよね?現実みろよ!

みんな欲望むき出しじゃん!奪い合ってんじゃん!人間は悪だよ!

誰かが「恐れられる君主」になって、縛り付けないと平和に何かならないよ!

人間の一生は既に決まっている。奪い合うならそれは運命なのだ」

ってそんなことないよ!



運命に挑戦する強い意志が、事実を冷静に判断し、決断する強い心があれば、

運命だって切り開けるはずだ!!



彼の名をマキャベリと言います。

マキャベリが『君主論』で説いた『運命に挑戦する強い意志』=『徳』は、

主体的に道を切り開こうとする近代的個人のモデルとなりました。



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昔、ある人は考えました。

「国って何で必要なのかな?」



あれだね、人間ってほんと欲望強くて、いやになるね。

そりゃ、確かに人間には皆「幸せになる権利」があるよ。

でも、それを放っとくと多分、みんな自分利益のために奪いあいになっちゃう。

戦争とか最たるものだよ。馬鹿馬鹿しい。

きっと、みんなそんな世界には住みたくないから、

人間の欲望=『権利』を預けるところが欲しくなったんだろうな。

きっとそれが『国家』なんだ。人間が作った元気玉。別名『可視の神』。

でも、ちょっと元気集めすぎて、絶対的な権力になりすぎかも。

怖くて逆らえないし。でも、生きてくためには仕方ないか。。。ジレンマだなぁ。。。



彼はこの『可視の神』を、伝説の怪物『リヴァイアサン』に例えました。

彼の名前は、ホッブズと言います。



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そして昔、ある人は考えました。

人間のもつ権利って何?」



なんか最近人間マジクズっすわ」「あぶねえ」「あいつらの権利とりあげようぜ!」

って言う人いますけど、ぼく、それおかしいと思うんですよ。そんなことないんじゃない?



人間には、ぼくたちには『幸せになる権利』があるんだ。

生命』と『身体』と『自由』と、そして『財産』を持つ権利があるんだ!

人間が放っておくと欲望に取り付かれる、殺しあう」

そんなことない!



たとえ人間の行動は欲望からスタートしたとしても、『真の幸福』について思いを馳せて、

誰かを傷つける前に自分の欲望をとめられる、『真の自由』が人間にはあるんだ!

国に預ける権利は「誰かに傷つけられた時に報復する権利」だけで十分だ!



ぼくたちはいつだって白紙の切符を手に持って生まれてくる。

だから『真の自由』を持って平和に暮らせるような社会をみんなで作っていこうよ。

例えば、ほら、教育とかにちからいれてさ。



彼の名前ジョン・ロックと言います。

彼は、アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えました。

そして現在資本主義自由主義の考え方の源泉となっています。



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おれ、気付いたんだけどさ。『モノ』作るとき、一人で作るんじゃなくて、

みんなで役割分担=『分業』したら、生産性、めちゃくちゃ高まるよ!

だからさ、みんなで前よりたくさん『モノ』を作れるようになって、みんなで交換したら、

もっともっと幸せになれるんじゃね?



アダムスミスが『国富論』の冒頭で述べたこの考え方は、

近代経済学の基礎、『分業と交換の原理』と呼ばれています。



そして、この労働の分業化が進むと、他人の労働生産物との交換が不可欠となるため、

人々の経済的協力が要求され、結果として調和的秩序がもたらされる。



物語の始め、魔王が夢見て、商人が憧れた『あの丘の向こう』は、きっとこの調和的秩序なんだろうと思っています。



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まおゆう』は、僕らの生きる資本主義社会が、

多くの勇者運命に抗い、

『あの丘の向こう』を夢見て手に入れたものだということを

改めて再確認してくれる、すばらしい物語でした。

おれ、いい歳して、けっこういろんなところで、ぼろぼろ泣いちゃったよ。



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で、魔王勇者物語が終わって。『あの丘の向こう』の『あの丘の向こう』は何?

それを目指した別の『魔王』がマルクスだったりするんだけど。たぶんまたそれは別のお話

2010-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20100318084354

じゃあアラン・テスタール『新不平等起源論』。

まあ本はそのくらいにして、学的に観察・解釈される事実として、人類男尊女卑というモデルは全く非現実的だったの。事実上。よろしい?

あと、腕力(暴力生産力)が権力に結びつくには極めて限定的な条件が必要だ。普通権力はお願い・契約債権という形をとるものであって、暴力まで行きつくことは極めてまれだと思うが。生産力も貯蔵技術がなければ余った生産物ゴミになるから無駄

2010-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20100212145548

1、なんで今は男性社会なの?

 生産効率を上げるには「論理的」であったほうが都合が良かったから。自然状態で人間が生きていこうとすれば、一家四人で暮らしていくために、江東区のすべての地域生産物を拾って歩く必要がある。江戸時代日本人口は3百万人とか。江戸歴史上有数のリサイクル社会だから、都会に身を寄せ合って暮らすというやり方で、生きていく人数としては、ほぼ上限に近かったはず。

 なのに、今の日本東京は一千万人抱えている。経済を効率的に回した結果、その人数を養えているのだから、男性社会は「人口を増やした」という意味では成功していると言える。

2、実際女性社会になったら機能すると思う?

 させるしかない。これから日本が超高齢化社会を迎えるにあたって、効率を排除し人情に偏った社会になるよう変化していかなくてはならないだろう。当然、貧しくなるし、当然、人口は減る。だけど、老人には女性子供より「論理」は通用しない。さまざまなことが「感情を基点として」編み直されていくだろうね。

 「草食系男子」とかいって、もう、そういう兆候は出始めていると思うよ。論理的で強い男より、感情的で気配りの出来る男がモテていくようになるんじゃないかな。

2009-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20091217220819

「義務でもないのに会いたくない、電話メールもしたくない、付き合いたくない。

 生活費をもらうのは、付き合わなくても当然の権利だし、ましてやそれをもらっていないのに、

 付き合う気になれない」

と言うと

「親子の関係はビジネスの関係ではなくて愛情で結びつくものだ」と言って譲らない。


本来は義務でもないのに意に反して1時間デートするなら、

時給5000円なりもらわないと割に合わない。

自分資源を略奪されているわけだから、それを補って余りあるお金をもらわなければ。


相手が望んでいないのに自分のために時間を割くことを強要することは、

その人がその時間時給5000円の働きをすれば5000円×過ごした時間に得られたであろう生産物を強奪することに等しい。

2009-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20091120190550

釣り記事だなぁ…

っていうか、卒業とか入学って「アウトプット」だったのか…。

 

アウトプットはけっきょく、どこかでフィードバックされるわけで、

概念化をきちんとしようとおもうと、インプットにも、アウトプットにも分類することのできない

中間生産物みたいなものって増えるよね。っていうか、「アウトプット」とされているものの、ほとんどで、それ自体で意味をなさず、やっぱり他のものと連携して意味をもつものがほとんどなわけで。

ごめん、むだなこと言った。

2009-10-23

サンシャイン牧場mixi版以外もやってみたおおざっぱな印象

サンシャイン牧場最近ハマって毎日せっせと世話してたんだけど

mixi以外のSNSでもこのアプリがあるらしいのを知りどんなものかやってみた。

その感想をちょっと書きます。

ちなみにどのSNSメアドだけで簡単に登録できます。



中国の51なんとか

中国語がわからず苦戦したけど操作の仕方は同じだったので問題なし。

いきなりレベル6で、作物の育てられる畑だけでなく鶏や羊が飼える牧場もできた。

あとグラフィック?は日本版とほぼ同じ。

むしろmixiのはこれを日本語訳したものなのかな?

育てられる植物動物の種類が多い、と聞いていたが確かに多い。

でも可愛いのは大体リアルマネーでしか買えない。

バンビが飼えるよ!でも高いよ!

日本版と違い生産物を加工できる工場がある。

詳しくは中国語苦手だからわからない。





facebook

始めに畑を牧草地、海辺メキシコチックな3種類から選べます。

あと中国日本版と違い絵が素敵。ヨーロピアンな雰囲気。

言語表示は英語なので何言ってるかわかりやすい。

あと初めから数種類の作物が植わっているのですが、

それが他の2つより豪華でした。バラが可愛かった。

アイテム袋にも豪華な種が沢山。

ただ、そういった豪華な種をお店で買えるのかと思ったら、

やっぱりリアルマネーがほしいようです。

日本版で今ログイン特典でもらえるストレイチアの種も

リアルマネーでならありました。

他の2バージョンよりも課金で買えるアイテムが多い印象。

あとルーレットみたいなアイコンもあったのでfacebook版独自の何かがあるのかな?

まだなんだかわかりません。

牧場の方はレベルがたりずまだどんな感じか見れません。





・やってみて思ったこと

どちらも基本的な操作はmixiのと同じ。

本物のお金使わずやるなら大した違いはない。

友達いた方が楽しめるので、友達を作りやすいSNSで遊ぶのが一番。

関係ないけど花や蝶の名前中国語英語の方がロマンティックだった。

2009-10-14

軽症抑うつと診断されたらしい中規模SIer新入社員なんだが

よく鬱気味の人に対して「がんばれ」を言ってはいけないというけど

今の自分は「なぜお前はそんなこともできないんだ」と言われるのが一番辛い。

先週からずっと微熱が続いて、会社で作業してるとめまいがひどくなって

顔と頭が火照って起きていられなくなって休養室で休まざるを得ない状況が続いている。

解熱剤や風邪薬を飲んでも一向に微熱は下がらない。甲状腺疾患も異常なし。微熱の原因は不明。

とうとう健康管理室から呼び出しくらって

会社にとって社員の体は資本。あなた自身に対して心配していない訳ではないが

 生産物を生み出して利益を作り出してもらうために私たちは社員健康管理をしている。

 普通なら微熱は寝込むようなものではない。

 あなたなりに対策をしているのはわかったけれど、現状の勤怠状況ではその対策が

 有効であるとは思えない。

 次の心療内科の診察でどうすればよいのか善後策を医師と話し合って

 その結果を報告にくるように」

と言われた。

健康管理室のひとの言うことはもっともだ。実に真っ当だ。

しかし、会社に入ってから半年、自分でも体も心理状態もなんか変だというのは

ずっとわかっていて、整体通ったり低容量ピル飲んで生理コントロールしたり

心療内科通って薬飲んだり、なるべくとにかく寝るようにしたり、

できるだけのことは本当にたくさんやった。自費治療整体行ってるからお金もかかってる。

もうこれ以上自分の体と心の状況を整える術が考えつかない。

これで心療内科かかったらまたお薬増えるのかな。

この会社で働き続けるとしたらずっと心療内科にかかってお薬飲まなきゃいけないのかな。

仕事ってそういうもの?

心療内科の薬がなければやっていけないようなことに

これからずっと従事していかないとならないの?

誰にだってストレスはあるし、どんな職種にだって嫌なことが起きることは

重々承知しているつもりではあるけれど、

この会社に勤める限りは心療内科通いが必須になりそうな気がする。

それでいいんだろうか。

自分はどんな仕事でも心療内科の薬が必要になってしまうような弱い人間なんだろうか。

2009-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20090927174258

奴隷による生産物を消費する市場と損耗した奴隷供給してくれる供給源が別にある事が条件な訳。

まんま現代アメリカじゃん。

2009-09-27

奴隷制の経済は成長しない

追記:何か色々書かれてるけど、奴隷制ってのはオープンシステムで無いと機能しないのよ。

奴隷による生産物を消費する市場と損耗した奴隷供給してくれる供給源が別にある事が条件な訳。

古代ローマ型の奴隷制はこのオープンシステムがある程度の期間機能していたけど、クローズドシステム奴隷制が成長しなかったのは李氏朝鮮とかが全然経済的に成長しなかったことでも分かるだろう。

国家の一部が富めば良いという奴隷制は経済的にサチりやすいし、だからこそ分配政策が重要なわけだ。

http://anond.hatelabo.jp/20090927120106


何でかというと、奴隷制では消費者が存在しないから。

奴隷」を「機械」と言い換えると良く分かる。

機械生産しても、その生産物を消費する存在が無ければ生産物は行き場を失うだけ。

近代国家奴隷解放が進んだのは、彼らを奴隷として使役するより労働者消費者として活動してもらった方が市場が、つまり経済規模が大きくなるから。

もちろん、奴隷を使うより機械を使った方が効率が上がるという理由もあるんだけどね。


以上、つまるところ奴隷制で経済成長する社会というのは、少なくとも近代においては存在しない。

例外として、李氏朝鮮のように不労階層両班)を食わすために農奴奴隷のように働かされるという社会はあったけど、大抵の場合早期に経済が頭打ちになってしまうんだ。

市場が拡大しない、生産力が向上しないといった色々な理由が考えられるんだけど、詳しくは歴史家経済学者に聞かないと。


経済成長して再分配」というより、経済成長も再分配と同様に重要というべきだね。

成長か再分配かってのは無意味な問いだし、なんでどちらもやるって話にならないわけ?

日本人経済学オンチってこういうところに出て来るんだと思うよ。

2009-07-10

付け焼刃の経済学史でブラック企業がのさばる素地を考えて現在日本の状況を極めて独善的に整理してみる その1

素人です。

ですのでこの項に登場する経済学者の言説は大いに誤った解釈をしている可能性が高いです。

でも気にせず逝きます。


*クソ長くなったので先に結論部分をまとめます

前編:経済思想上のブラックがのさばる素地の形成について

労働市場自然状態に任せるとダンピングが起きる。

ケインズ理論欠点があったために、労働市場の積極的改善というその利点もろとも葬られてしまった。

ケインジアン亡き後、完全自由競争信奉が先進国を席巻した。

④その為労働力ダンピング失業率の高止まりが防がれにくい素地が築かれた。


後編:日本においてブラックがのさばっている理由についての考察

日本戦後ずっと右肩上がりで成長してきたために、失業問題に大きく悩まされる時期があまりなかった

②それがゆえに社蓄の害が単に個人の人生観に回収され、社会的問題とならなかった

バブル後の増加した非正規雇用者の悲惨な状況を見て(または未必に協力して創出し)失業への強い恐怖を抱くようになった

失業への強い恐怖から、不当労働行為を甘んじて受ける(法律上は勝てても経済体力的に持たないという理屈もあるだろう)

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まずブラック企業がのさばりやすい理由、つまり労働力ダンピングがおきやすい理由を最初に考えた(としてください)のはアダムスミスみたいです。

アダムスミスは「国富論」の中で以下のように整理しています。

使用者達は、暗黙のうちに、しかし恒常的かつ一様の団結を結んで、労働賃金を実際の額以上に上昇させまいとしている。

我々がこのような団結をめったに耳にしないのは、誰もが耳にしないほどそれが通常の、ものごとの自然の状態といっていいものだからである。」

また労働争議の段に際しては

「それまでの蓄えから、使用者は1年から2年耐えられるのが普通なのに対し、

労働者仕事がないと1週間で困窮するのがほとんどで1ヶ月耐えられる労働者は稀で1年持つ人はまずいない。

長期的にみれば、雇い主にとっても労働者が必要だとしても、その必要性は切迫したものではない」

こうした「交渉上の地歩の格差」がある以上、

あらかじめ使用者側にハンディを負わせないと(つまり自由を制限して)労働力ダンピングが起きてしまう、

アダムスミスは考えていたようです。

アダムスミスは良く知られているように自由放任を是とした学者ですが、

こと労働市場に関しては、積極的に自由競争市場を作り出す必要性を主張していました。

しかしアダムスミスの後、デヴィッドリカードらから連綿と受け継がれてきた

自由放任主義にはこの視点が欠けていました。

彼らは「供給需要を作り出す」というセイの法則を前提として

労働市場も自由競争させれば、労働需要供給は長期的には均衡する」と考えていました。

20世紀に登場したケインズはこのような自由放任主義に対し「貨幣改革論」の中で

現在の状況に対して長期的な視点と言うのは見当違いである。長期的には我々はみな死んでいる」と強く批判しました

(ひょっとしたらアダムスミス的な意味需要供給の均衡を労働者が待つことができないといいたかったのかもと私は思いますが、如何せん切り貼りなので文脈がわかりません)

ケインズリカード以降の古典派が、経済システムの調整不良の原因を貨幣賃金の硬直性に求め、

賃金体系を引き下げれば、生産物価格低下をもたらし、それが新たな需要をつくり、

生産量と雇用量の増加をもたらす、と主張していたのを批判して

「ある個別産業について賃金を引き下げれば、それは総有効需要にも影響を及ぼす。

古典派の主張はある産業における賃金引下げが総有効需要に影響を与えない場合にのみ有効であるが、

賃金引下げが総有効需要を引き下げないという保証はどこにもない」

とし、

「むしろ賃金の引き下げが総有効需要の構成要素であるところの消費と投資を減少させ、雇用状況をかえって悪化させる」

可能性すらあることを示しました。(つまり賃金引下げがもたらす総需要減と生産価格の現象がもたらす需要増の比較で、いつも需要増が大きいわけはないと言っている)

(一般理論

ケインズの登場後、しばらくは国家経済に積極的に関与する必要が問われ、

世界恐慌を乗り切るために世界中で(戦争を含んだ)公共事業が行われました。

時代は流れて、1970年代に入るとミルトンフリードマンらの影響を受けた新自由主義が台頭してきました。

彼らはケインズが主張していた現在の所得が消費行動を決定するという主張を限界資本効率がケインズの予想に反して逓増していたことを示し、

その乗数効果疑問符を投げかけ、金融政策による事態の解決が最も適切な行動だと主張しました。

政治的にも英国マーガレットサッチャー米国のロナルドレーガンという人物を得て、

マネタリズムはその全盛を迎えます。

英国米国ともに結果的にインフレ抑制に成功しますが、失業率が高止まりし、社会情勢は不安定化していきました。

彼らは労働市場ももちろん完全な自由競争にあるべきだと考えていました。

しかし現実には給与格差が大きく広がり、賃金に収縮性が生まれたにも関わらず

完全雇用が実現されるどころか失業率は上昇していったのです。

日本でも中曽根橋本小泉と連綿と新自由主義的「構造改革」は受け継がれてきました。

ここまでを整理すると、

労働市場自然状態に任せるとダンピングが起きる。

ケインズ理論欠点があったために、労働市場の積極的改善というその利点もろとも葬られてしまった。

ケインジアン亡き後、完全自由競争信奉が先進国を席巻した。

④その為労働力ダンピング失業率の高止まりが防がれにくい素地が築かれた。

という感じかと思います。


後編に続きます。

2009-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20090510090853

農地は持っているだけで補助金が出るので売りたがらない人が多い。



少し話がずれるけど

農地補助金を出すんじゃなくて生産物補助金が出るようにすればいいのにな。

そうすると国産品ばかり優遇するなって言われるから無理かも。

JAの中間搾取を国が補助することで農家にもっとお金が行くように出来ないのかな。

2009-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20090509211454

結局ネットは既存システムと大差ないってことじゃね?

作成者の属性によらない『生産物価値尺度』を決める方法が必要だけど、現状のネットはそれを集合知的な方法論で実現しようとして、結局本質的に既存システムとほぼ同じ、という結果に陥っている気がする。

http://anond.hatelabo.jp/20090509195924

でも、そうなったらおしまいだと思わないですか?

個人それ自体の価値によって、その生産物プレミアをつけるなんてのは既存のマスメディアと何ら変わりない。ホリエモン言葉と同じ、個人と共に祭り上げられて、個人と共に没落してしまう。それらの生産物価値は、その生産者に付随するからこそ価値がある故、誰か他の人のものになることさえ殆ど無い。決して、生産物それ自体が認められたわけではない。酷い場合には、深く吟味もしていない賛同意志に押しつぶされて、本当に価値のある評価・批評が消えてしまう。誰も生産物のことを考えず、ただ生産者を見ている状態になってしまう。

名無しさんだとか、としあきだとか、増田だとかの匿名の誰かの生産物は、平均して極めて低価値なものかもしれない。けれど、そういう中から稀に極めて価値の高いものが生まれるじゃない。そして、いつか消え去るとしても、それらは誰か他の人のものともなっていく。わたしはいつかそういう価値の一つを生み出したい。そして、生み出したものについて、わたし自身第三者のように振る舞いたい。

もちろん、署名されるべき生産物も多いと思う。緊急性の高いものや、非常に重要だけど多数のものに埋没しやすいものなど、目に付きやすく評価順の上位にくる必要性のあるものについては、可能な限りの地位を駆使すべきだと思っています。

2009-04-28

食肉衛生検査所職員・談「石破農水相の出荷時の豚肉滅菌発言は大嘘」

メキシコ豚インフルエンザに関する石破農水相の発言が、あまりにもデタラメで大嘘だったから警告の意味も込めて

■文末にはオマケで豚インフルよりも怖い日本の食肉衛生検査所の裏話付きです。

※以下、某食肉衛生検査所の友人との会話

私「石破農水相が『豚肉は出荷時に完全に滅菌・殺菌されているから安全』とか言ってたけど、あれ意味分かんないんだけど。」

友「俺も分からん。ってか『豚肉を出荷時に完全に滅菌・殺菌』する方法なんて無いよ。こんがり中まで肉焼いていいなら別だけど。もしそんな方法俺が知ってたら、公務員やめて会社立ち上げるよw」

私「そういや、電話応対忙しいんだっけ?」

友「忙しいってほどじゃないけど、日に何件か『メキシコ産豚は安全ですか?』『出荷時に完全殺菌ってどうやるんですか?』って電話は来る。」

私「どう答えてるんだっけ?」

友「のらりくらりと逃げてる。それでも駄目なら『分かりません』で。まさか石破さんが嘘ついてるなんて言ったら、国と喧嘩になるし。ってか、農水相にきいて欲しいよ。」

私「ってかさ『出荷時に完全に滅菌・殺菌』なんて面白技術があったら、食肉衛生検査所自体不要じゃん。」

友「次の就職先を探さないとな、ってコラ(笑)」

※ふたりとも、一応プロフェッショナルなので一般の方にも分かりやすいように一部言い回しを脚色してあります、SPFの説明口調とか

■以下、豚インフルよりも怖い番外編

私「気付いたけど『出荷時に完全に滅菌・殺菌』なんて出来たらSPF[(specific pathogen free=特定病原体不在)]豚の立場無いよねw」

友「SPFコストカットの側面もあるし、抗生物質をほとんど使わないから、全く意味を失うわけじゃない。でもSPF豚でさえあくまで規定の特定病原体が居ないだけで生食はNG。『出荷時に完全に滅菌・殺菌』出来るなら、メキシコ豚をスーパーで売る時に『生食出来ます』ってシール貼れるよなw 横にワサビつけてさ。実際に豚肉を生で食べたら肝炎とか怖い病気になるから絶対ダメだけどね。」

私「抗生物質といえば、検査所って残留薬品検査とかもやってるんだよね」

友「うん、残留してたら出荷出来ない。廃棄になる。」

私「でもいわゆる『お目こぼし』はあるんでしょ?」

友「ちょ、うちはマジで無いって。でも●●(他の検査所の名前)は結構やってるみたい。あそこの人達畜産家から貰った焼酎仕事中も飲んでるからね。」

私「何その時代錯誤

友「真面目な話、この国で安全な動物タンパク質は、卵と牛乳とそれらからの生産物くらいしか無いよ。スーパーSPF豚だって偽装かもしれないしさ。」

私「卵は管理システムしっかりしてるし、牛乳は熱殺菌してるしね」

2009-04-05

pixivプレミアム

僕の探し方が悪いせいかpixivプレミアムサービスについての意見をここで見つけられないんだけど

ROM絵描き両方からはどう思われてるんだろう

僕が気になるのは投げ銭システムについてだけれど

閲覧が全く増えずに新着から流される人や

絵個別のブックマーク数30~80でそこそこ見られてる人や

ランキングに入れて当たり前の人や

ただ画像を拾いに来た人や

特定の絵描きさんのファンや

いろんな立場の人がいる中で開発者ブログ

知的生産物宗教のように熱心なファンからの喜捨で支えられるようになると、私は考えている。これは決して縮小均衡にはならないはずだ。・・・」

という一文はどういう捉えられ方をするんだろう

2009-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20090221162115

これ副作用強いとかなんとか新聞で読んだ気がするんだけど、なんでできないんだっけ?

もともと通貨発行権は王の大権だったわけだが、中央銀行通貨管理するというシステムが作られる前は国王恣意的な改鋳などを頻繁に行うことが多く、経済が混乱する事が多かった。

日銀をはじめとした中央銀行は、時の政府国庫を潤す為に通貨を乱発していたことを反省して、通貨を安定させる為に政府とは独立した機関として作られたわけ。

つまり、政府発行紙幣というのはいわば前時代の遺物みたいなもので、もちろんきちんと管理した形で発行すれば問題は無い(ハズ)なのだが、国際金融の発達した現代においてどのような形で影響が現れるか分からないということがある。

一般には分かりやすく「ハイパーインフレを招く」などとおどろおどろしく言われるんだが、ハイパーインフレとは、戦争社会インフラ工場設備破壊され農地が荒れ果てて収穫が望めないような時、つまり生産物供給絶望的に不足した場合に発生する。

今の日本は逆に生産能力は余りまくっているのに需要が足りない(正確には需要はあるんだけど消費に意欲的な層、若者子育て世代に金が無い)という状態なので、値下げをしないと物が売れないという状態、つまりデフレが恒常化しているわけ。

デフレになると物の価値は下がり通貨価値は上がるから、物を買わずに金を持っていればいるほど得をすることになり、一層通貨が動かなくなる。これがデフレスパイラルということ。

現状でハイパーインフレを心配するというのは羹に懲りて膾を吹いているようにしか思えないんだが。

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