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はてなキーワード: 理論物理学とは

2019-04-21

anond:20190420110101

増田さんは、「結果論」「自然科学」「統計」「証明」「論理」をそれぞれどう定義しているのでしょうか。読んでいて混乱してしまったので、教えていただけるとありがたいです。

自然科学」の一分野と多くの人が見なす医学は、機序(どう効くかの論理)は分からなくても効くという結果が確かなら薬や治療法を採用します。増田さんは詳細な作用機序不明アセトアミノフェン系風薬は「結果論」でしかいから飲まないのでしょうか。

逆に、理論物理学などでは、他の観測全てを論理的に整合させて説明できる仮説なら、それ自体観測されていなくても確からしいものとして扱います。こういった仮説は増田さんにとっては「証明」されていない「自然科学」ではない何かなのでしょうか。

統計」は数字にあらわれた「結果」を数えるという素朴な理解はいけないのですよね?

2019-01-14

anond:20190114215809

自分自身のことについて誠実でない人間は、

他人から重んじられる資格はない。

理論物理学者、ノーベル物理学賞受賞 / 1879~1955) Wikipedia

でもないよね

2019-01-05

パウリ効果 - 科学の中で最も有名なオカルト

理論物理学ヴォルフガング・パウリは実験が不得手で、機材をよく壊していた。時には、彼が装置に触れただけで実験機材が壊れたり、近付いただけで壊れたりするという現象も起きた。これにちなんで、機械装置電子装置を問わず、ある人物がその装置に触れただけで、あるいは近くに寄っただけで不可解な壊れ方をした場合、その人物が「装置パウリ効果を及ぼした」と言うようになった。

パウリ効果

https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%83%91%e3%82%a6%e3%83%aa%e5%8a%b9%e6%9e%9c

2018-10-10

anond:20181010152800

お前はもうずっと増田で、「査読がないことは論文の質を決定する要素ではない」と言っているだけ。それに対して、高いレベル査読が行われていなければ再検証対象としての優先度は下がるし、再検証されない論文は被参照数が増えず、論文としての価値が低いと言っているわけだ。査読は優れた研究であることを同業者に認められるための条件の一つになるが、査読されていなければ再検証も行われず優れた研究と認められることは稀である。ゆえに査読されない事は、論文価値を実質決定する。

引用数にやたらこだわる人が多いと思ったらそういう理由があるのね。当たり前だけど、マイナー事象を扱っていればメジャー事象を扱ったものより被引用数は少なくなるから、それは直接価値を測る尺度にはならんよねって話をしてるわけ(この問題はとうぜん査読誌にも存在するよ。英語圏でも日本語圏でも、ナチスについての歴史研究とそのへんの小国歴史研究、読まれる頻度が高いのは研究人口からいって前者なわけで。まあ当の小国で出た論文に限れば頻度は逆転するわけだけど)。あと、論文の中でダメダメ研究引用した上で批判する、なんてのもよくやるよな(まさかやらんのか?)。このような研究分野において、被引用数は文字通りどれだけ多くの人に引用されたかという尺度に過ぎず、引用多寡は直接的には論文価値リンクしない……というのは流石に理性があればわかってくれるよね? まあ実質的リンクしている分野があるのは理解したけれど、他分野においてもリンクしている、あるいはリンクさせるべきだという主張はまったくもって理解に苦しむ。

そして、社会学においては、偉い先生が書いた査読もされない招待論文価値があるとみなされる構造問題があると言っている。当初から査読の有無は問題視されていない、論文クオリティ担保する仕組みについて社会学での在り方が、社会学者内でも文科省でも疑問視されている事を指摘されている。

偉い先生が書いた良い査読なし論文には、そのへんの若手が書いた微妙な出来の査読論文よりも価値がある、という話なので。そしてもちろん近年は査読重視にシフトしている、という話もさんざんなされているわな。同じ社会学でも世代とか環境によって「格」の考え方には差があるわけで、1人の学者放言に基づいて構造を云々してしまうのは到底科学的な態度とはいえない。まして、社会学限定するのではなく、「文系」というより広いくくりでの議論をしようとするならば。要するにきちんとリサーチしろと言っている。ろくに対象について調べずに的外れなこと言ってんじゃねーよバーカ、って言えばわかりやすい?

お気持ち明学問とは違って、理工学は先行研究との間の比較実験をして、実験結果について先行研究との比較を解析的に行う。先行研究との比較には、同様の実験を再度行う場合や、同じシステムを構築しなおす手間を含む。時には、予算時間も考えられない程かかる。

先行研究との比較ねえ。まず文系といっても色々あるので一概に言えないわけだが、たとえば歴史学なら先行研究引用されている史料はチェックするよな。文学なら、まあ文学といっても多種多彩だけど、刊本が容易に手に入る小説の内容についての分析なら手元か図書館に同じ本があるはずなんだから再検証は容易にできる。のでみんなやってるはず。逆に文化人類学なんかはフィールドワークデータ依拠する以上原理的に完全な再現不可能だけれど、そこは天文現象についての研究と同じだと思ってもらえれば。一回性の振る舞いを膨大に集めて理論を構築していくという意味で。社会学も、フィールドワークに基づいたやつなら文化人類学と同様だし、統計に基づいているなら統計に基づいた議論ができるよな。法学は、まあ、条文が目の前にあって、それをどう解釈すべきか、あるいは個別事件がまずあって、そこに条文をどう当てはめるべきか、という議論から再現性とかあんまり関係ないと思う。とまあこんなふうに、分野によって「再検証」のあり方というのは実に多種多様なのね。理系とひとくくりにされてはいても、工学天文学と生物学理論物理学と数学じゃあ「再検証」のあり方は違うっしょ? 理工系スタンダード研究のあり方、ということではまるでないわけで、そうなんですか理工系ではそうなんですね勉強になります、以上のことは言えない。

逆を言えば、文系場合は、査読の有無にかかわらずただ読むだけでいいという事だろう。論文の良しあしに関わらず、ゴミの山に埋もれるのは空しいな。そして競争もない。

ただ読むだけでいいというのが何のことなのかはわからないけれど、普通に競争はある。考古学なら新しい遺物発見されたとか、歴史学なら新史料を見つけたとか、そういうマテリアル新規性もあるし、独創的な理論解釈提唱したという意味での新規性もあるわな。そして同じ事象研究するにしても出来のいい研究と悪い研究とでは当然与えられる評価も異なってくるし、違う事象について研究していても同じディシプリンの中にいる以上出来の良し悪しというのはわかってしまうわけで(だから引用数を重視する文化存在しない。たとえどれだけナチス研究の方がそのへんの小国研究より注目されていようと、出来の悪いナチス研究と良く出来た小国研究なら後者の方に価値があるから)。

2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

2018-05-06

anond:20180505191545

リンク先を読んだけれどもあまりにもひどい。

言及している人が少ないけれども

岩波書店の本は返品できないから注文するなというくだりも狂っているとおもう。

岩波が注文できないということは

が買えないということ。

どんな大学であろうともこの二つは必ず物理科の参考書指定されているはず。

他にぱっと思いつくだけあげてみても

理工学系の教科書というと

岩波朝倉吉岡丸善裳華房/培風館 などがあるけれども

この中で初学者向け入門書を扱っているのが岩波というイメージ

立教教授に教えた方が良い。

理学部死ぬぞ。

2017-12-24

物理法則のちがう異世界の思い出

遠い昔、若いころ、小説家になろうと思った。

なぜなら、ちょうどそのころ、高校時代から引きずっていた恋が終わって、カネが欲しかたからだ。まとまったカネと名声があれば、失った恋が戻るか、戻らなくてもちょっとは癒されると思った。

ちょうどファンタジー小説文学賞ができたところで、じゃあこれに応募して大賞をとってやろうと思った。

はいっても、書きたいことはただひとつしかない。失った恋のことだ。

から主人公はふられたばかりの若い男で、それが思いがけず別れた恋人と同じ屋根の下で暮らす、という設定にした。

主な登場人物は5人。2人はもう書いた。残る1人は弁護士かなんかをやってる中年男で、その年齢の離れた嫁さんが主人公同級生。そして、この弁護士大学時代同級生元カノリケジョ大学に残って理論物理学やってる研究者。この研究者研究室ボス博士が、「世界に穴をあける」方法発見する。サイクロトロンかなんかで加速した素粒子をなんかにぶっつけると、この世界と並行して存在するいくつものパラレルワールドのどれかひとつとつながる穴ができる、というわけだ。

で、これはすぐに最終兵器転用できる。その危険性を察知した彼女は、それを世の中に知らせようとするが、最初研究守秘義務がうんたら、そのうちにこれを国防に利用しようとする政府機関の手によって追われるようになり、ついには生命を狙われるようになる。

そして頼ったのが、弁護士である元カレだ。彼が法律の力で対抗しようと準備するのを知った闇の組織は、ボス博士研究を利用して、この弁護士の家ごと二人をパラレルワールドにふっ飛ばししまおうとする。その家にいる嫁さん、そしてたまたま遊びに来ていた同級生も巻き込まれる。そして最後の瞬間、この嫁さんと電話をしていた主人公電話回線越しに巻き込まれて、5人が家ごと奇妙なパラレルワールドに飛ばされる。

その世界は、重力が鉛直方向じゃなく水平方向に働く世界で、つまりは地面が垂直の崖。どこまでも続くこの崖にできた小さなテラスに家ごと引っ越しする。そこでなんとも奇妙な日常生活が始まるわけだけれど、その平穏日常を脅かすようにこっちの世界から刺客が送り込まれ…。

とまあ、プロットだけ並べたらそこそこのラノベぐらいにはなりそうな気もするが、なんせ下手くそだった。ちなみに、この「どこまでも続く崖」の世界にしたのは、当時まだマイナースポーツだったフリークライミングに興味があったからで、山場で主人公決死フリークライミングをする場面を入れたかたから。そういう意味でも何十年たって感慨が深いものがあるわ。ともかくも、予選すらかすりもしない、惨めな駄作だったなあ。

当時、まだあんまり普及していなかったワープロで書いたんだけど、なにせメディア1Dフロッピーディスク(これが後に2D2DD、2HDと進化していく)だったもんで、データを救出できなかった。だから、もう復元はできない。復元しても、あんまりにも下手くそで、顔を赤らめずに読めないだろうなと思うけどね。なんか思い出したんで、書いた。

2017-08-30

藤沢数希の経歴(自己申告編)

https://anond.hatelabo.jp/20170830160906

ダイヤモンド社

なぜ投資プロは~06年

藤沢 数希(ふじさわ・かずき)

国内の某大学理数系学科卒業後、欧米研究機関にて計算科学の分野で博士号を取得。世界的なジャーナルに多数の学術論文掲載される。欧米大学院でしばらく教鞭についた後、某外資系投資銀行クオンツとして就職現在国内外ヘッジファンド等のクライアントや社内のトレーダーのために、金融工学を駆使した計量モデル研究・開発に従事している。

外資系金融の終わり~12

藤沢数希ふじさわ・かずき)

欧米研究機関にて、理論物理学の分野で博士号を取得。科学者として多数の学術論文を発表した。その後、外資系投資銀行に転身し、マーケット定量分析、トレーディングなどに従事。おもな著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』(ダイヤモンド社)、『「反原発」の不都合な真実』(新潮社)がある。

日本人グローバル資本主義を~11

藤沢 数希(ふじさわ・かずき)

欧米研究機関にて、計算科学理論物理学の分野で博士号を取得。科学者として多数の学術論文世界的なジャーナルに発表する。その後、外資系投資銀行に転身し、経済動向の予測リスク管理、トレーディングなどに従事している。おもな著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』(ダイヤモンド社)がある。言論サイトアゴラ」のレギュラー執筆陣のひとり。

理数系計算科学から理論物理へと、

クオンツからマーケティング・トレーディングに変わってる。

新潮社

反原発」の不都合な真実12

藤沢/数希

欧米研究機関にて、計算科学理論物理学の分野で博士号取得。その後、外資系投資銀行市場予測リスク管理経済分析従事しながら、言論サイトアゴラ」に定期寄稿する

藤沢数希 フジサワ・カズキ

理論物理学研究者外資系金融機関を経て、作家。「金融日記管理人。著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』、『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』、『「反原発」の不都合な真実』、『外資系金融の終わり』、『ぼくは愛を証明しようと思う。』などがある。

損する結婚儲かる離婚17

藤沢/数希

理論物理学研究者外資系金融機関を経て、作家。「金融日記管理人

藤沢数希 フジサワ・カズキ

理論物理学研究者外資系金融機関を経て、作家。「金融日記管理人。著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』、『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』、『「反原発」の不都合な真実』、『外資系金融の終わり』、『ぼくは愛を証明しようと思う。』などがある。

リスク管理リスク分析(本帯)とある

アゴラ

財政破綻でもうける方法~13年

藤沢数希ふじさわ かずき)

理論物理学コンピューターシミュレーションの分野で博士号取得。欧米研究機関研究職に就いた後、外資系投資銀行に転身。以後、マーケット定量分析経済予測、トレーディング業務などに従事。また、高度なリスクマネジメント技法恋愛に応用した『恋愛工学』の第一人者でもある。月間100万PV人気ブログ金融日記』の管理人ツイッターフォロワー数は7万人を超える。

アベノミクスの終わり~13年

藤沢数希ふじさわ かずき)

理論物理学コンピューターシミュレーションの分野で博士号取得。欧米研究機関研究職に就いた後、外資系投資銀行に転身。以後、マーケット定量分析経済予測、トレーディング業務などに従事。また、高度なリスクマネジメント技法恋愛に応用した『恋愛工学』の第一人者でもある。月間100万PV人気ブログ金融日記』の管理人ツイッターフォロワー数は7万人を超える。

リスクマネジメントを売りにしている。

幻冬舎

ぼくは愛を証明しようと思う。~15年

物理学Ph.D. 海外研究機関計算実験研究外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事した後、作家投資家として独立日本アジア欧米諸国恋愛市場で培った経験学生時代より研究を続ける進化生物学理論さらには、心理学金融工学リスクマネジメント技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出。日本有数の購読者数を誇るメールマガジン「週刊金融日記」では恋愛工学の最新の研究論文が発表され、メンバー間で活発に議論が行われている。名実ともに日本最大の恋愛研究コミュニティである。 著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか』『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(以上、ダイヤモンド社)、『反原発不都合な真実』(新潮新書)など。

藤沢/数希

物理学PhD。海外研究機関計算実験研究外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事した後、作家投資家として独立日本アジア欧米諸国恋愛市場で培った経験学生時代より研究を続ける進化生物学理論さらには、心理学金融工学リスクマネジメント技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出

計算実験とある。ここでもリスクマネジメントとある

自称投資銀行クオンツマーケティング・トレーディング実際はアムロ銀行バックオフィス

自称物理学だが専攻はシミュレーション計算実験を利用した計算科学

リスクの扱いが売り。

実際にやってることは屁理屈と出鱈目な数字を並べ、都合良い悪い点でチェリーピッキングしてるだけ。質の低い扇情屋。

藤沢数希の経歴、正体、学歴本名、顔

参考 藤沢数希のまとめ http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisaw/

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藤沢数希アムロのバックオフィス(三流の金融商品開発やトレードでも営業フロントですらなく)だった事がほぼ確定。

収入現実でもネット上でもメルマガぐらいで与沢翼と同じ詐欺の模様。

藤沢数希がやっていることは新手のネットワークビジネス

与沢翼信者ビジネスアムウェイのような洗脳ビジネスの合成。

稼ぎ方を売ると高額商品連鎖取引にも抵触するためぼかして有益情報とし、引き込んだコミュニティマルチまがいの集団洗脳を行う。

一回の金額の低さを脱出させない継続性で補う。

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2005年金融日記を開始。

ブログ2008年09月会社が逝ったと書いているが、ABNアムロ銀行も同年同時期に経営破綻しそうになりオランダ国有化されているので藤沢数希の勤め先はアムロ銀行と言うのは確定。

あれだけ偉そうな藤沢営業は頭が必要だと言っている事と金商品プレゼン入社試験だった事からみて初めは営業マンだった可能性はある。

恋愛工学営業論にもルーツがあったとのうわさあり。おそらく最初入社したのは日本企業、やはり国際証券か。

著作では専攻は計算科学理論物理と書いてあり意味不明だが、察するにコンピューターシミュレーションの事か。

理論分野でなくせいぜい統計処理プログラムの実行ができると言った程度でそもそも物理学素養から一切ないのでありえない。

生物学が少し好きなよう。ハードサイエンスについて少しでも意味のある発言をした事はない。

統計屋のトレーダーであってプログラム自力で組めないのではないか

自称ではクオンツかつプロップトレーダーポートフォリオデリバディブの研究運用をしていたと言うが

クオンツ数学を使うのは日本で少なく文系でもなれる。金融商品開発ではプログラムが使えればよく文系もいる。トレード運用でも同じ。」と言っている。

当人理系でも数学スキルが低く半端仕事しかした事がないのでは?

ブログアゴラ記事をみるに多少数学的な話題を書いている場合もせいぜい経済学の初歩的な事や統計処理のみで経済関連では本当に初歩的ばかりか間違いも散見される。

クオンツと言っても字義的な量的に考える仕事を指しているのであって、数学物理学のような研究職ではないと思われる。

著作の内容もブログアゴラ記事と同様同じ程度で、インターネット新書に載っている事を引っ張ってきた以上の事は書いていない。

社会考察はほぼクリティカル経済話題ではななく一般的な時事に反応するだけで、内容も格差を認め規制をなくし競争させればよい程度のいわゆる新自由主義以上の事は言っていない。

金融関係記事部外者業界企業について調べたような視点見方情報のみ。

またクオンツ以外の広義の経済分析も、記事ワイドショーに使われるようなグラフを示しまるでみちびかれそうにない拙い思い付きを並べているだけでアカデミズムとも関係なく意味価値もないような代物。程度が知れる。

クオンツマーケティングトレーダー自称するにもかかわらず、実際に具体的な洗練された経済分析予測はしてみせたことがない。

本業だとしてもどうしても考え方や言っても問題ない事は自然と口にしてしまうはずだが(あるいはサービスするはずだが)、少しも実務の話や従事を感じるような発言をした事はない。

時折抽象的な事は言うがどれもこれも大外れでその度に言い訳をしている。とてもではないが経済分析仕事にできるような能力経験があるとも仕事をして情報に触れてきたようにはみえない。

以上から推測するに、もしかすると本当は元々『『藤沢数希国内証券会社営業マンだった』』可能性が高い。

金融を少し勉強し、もしかするとわずかにトレード技術業務にも携わった事があるのか。

あるいは外資系アムロ転職しバックオフィス一般職からみたような経験ブログを書こうとしたのではないか

理論物理学研究者だの外資系金融機関だのクオンツだの高給トレーダーだのと言うのは藤沢の詐偽。

それが目を惑わしているだけで、事実直視すれば無知無能なはったりだけの卑小な男がいるだけではないか

ドル(管理クオンツ)ではなくフロントでもリサーチなりアナリストマーケットトレーダーではなくセールス(営業)だったかもっと言えば一番可能性が高いのはバックオフィスだった。

金融日記が始まった当初はまだ外資系金融マン発言する事自体が珍しくそこに目をつけ思った以上に嘘が評判になったが、ネタが元からそれ以上なかったために恋愛工学シフトしていったのではないか???

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藤沢数希さんがガチ市場関係者に絡まれ

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Nb_6yaCy6QQJ:kabumatome.doorblog.jp/archives/65750196.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

藤沢数希には金融経済の基礎知識もなく、経済学自然科学理解もなく、トレーダーアナリスト経験もない。

プロが呟きを見て断言した証言理工学能力は見ての通り。

ゴールドマンサックスリーマンブラザーズではないABNアムロの、アカデミズム関係がない研究職なりクオンツでもなく金融マンでもないバックオフィス

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藤沢数希経営なんてしてない。

経営する会社税務署から申告が来たけど忘れた→税理士は?と自爆会社経営も嘘確定。

2017-08-29

藤沢数希の経歴(自己申告編)

https://anond.hatelabo.jp/20170829145058

ダイヤモンド社

なぜ投資プロは~06年

藤沢 数希(ふじさわ・かずき)

国内の某大学理数系学科卒業後、欧米研究機関にて計算科学の分野で博士号を取得。世界的なジャーナルに多数の学術論文掲載される。欧米大学院でしばらく教鞭についた後、某外資系投資銀行クオンツとして就職現在国内外ヘッジファンド等のクライアントや社内のトレーダーのために、金融工学を駆使した計量モデル研究・開発に従事している。

外資系金融の終わり~12

藤沢数希ふじさわ・かずき)

欧米研究機関にて、理論物理学の分野で博士号を取得。科学者として多数の学術論文を発表した。その後、外資系投資銀行に転身し、マーケット定量分析、トレーディングなどに従事。おもな著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』(ダイヤモンド社)、『「反原発」の不都合な真実』(新潮社)がある。

日本人グローバル資本主義を~11

藤沢 数希(ふじさわ・かずき)

欧米研究機関にて、計算科学理論物理学の分野で博士号を取得。科学者として多数の学術論文世界的なジャーナルに発表する。その後、外資系投資銀行に転身し、経済動向の予測リスク管理、トレーディングなどに従事している。おもな著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』(ダイヤモンド社)がある。言論サイトアゴラ」のレギュラー執筆陣のひとり。

理数系計算科学から理論物理へと、

クオンツからマーケティング・トレーディングに変わってる。

新潮社

反原発」の不都合な真実12

藤沢/数希

欧米研究機関にて、計算科学理論物理学の分野で博士号取得。その後、外資系投資銀行市場予測リスク管理経済分析従事しながら、言論サイトアゴラ」に定期寄稿する

藤沢数希 フジサワ・カズキ

理論物理学研究者外資系金融機関を経て、作家。「金融日記管理人。著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』、『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』、『「反原発」の不都合な真実』、『外資系金融の終わり』、『ぼくは愛を証明しようと思う。』などがある。

損する結婚儲かる離婚17

藤沢/数希

理論物理学研究者外資系金融機関を経て、作家。「金融日記管理人

藤沢数希 フジサワ・カズキ

理論物理学研究者外資系金融機関を経て、作家。「金融日記管理人。著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか?』、『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』、『「反原発」の不都合な真実』、『外資系金融の終わり』、『ぼくは愛を証明しようと思う。』などがある。

リスク管理リスク分析(本帯)とある

アゴラ

財政破綻でもうける方法~13年

藤沢数希ふじさわ かずき)

理論物理学コンピューターシミュレーションの分野で博士号取得。欧米研究機関研究職に就いた後、外資系投資銀行に転身。以後、マーケット定量分析経済予測、トレーディング業務などに従事。また、高度なリスクマネジメント技法恋愛に応用した『恋愛工学』の第一人者でもある。月間100万PV人気ブログ金融日記』の管理人ツイッターフォロワー数は7万人を超える。

アベノミクスの終わり~13年

藤沢数希ふじさわ かずき)

理論物理学コンピューターシミュレーションの分野で博士号取得。欧米研究機関研究職に就いた後、外資系投資銀行に転身。以後、マーケット定量分析経済予測、トレーディング業務などに従事。また、高度なリスクマネジメント技法恋愛に応用した『恋愛工学』の第一人者でもある。月間100万PV人気ブログ金融日記』の管理人ツイッターフォロワー数は7万人を超える。

リスクマネジメントを売りにしている。

幻冬舎

ぼくは愛を証明しようと思う。~15年

物理学Ph.D. 海外研究機関計算実験研究外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事した後、作家投資家として独立日本アジア欧米諸国恋愛市場で培った経験学生時代より研究を続ける進化生物学理論さらには、心理学金融工学リスクマネジメント技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出。日本有数の購読者数を誇るメールマガジン「週刊金融日記」では恋愛工学の最新の研究論文が発表され、メンバー間で活発に議論が行われている。名実ともに日本最大の恋愛研究コミュニティである。 著書に『なぜ投資プロサルに負けるのか』『日本人グローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』『外資系金融の終わり』(以上、ダイヤモンド社)、『反原発不都合な真実』(新潮新書)など。

藤沢/数希

物理学PhD。海外研究機関計算実験研究外資系投資銀行でトレーディング業務などに従事した後、作家投資家として独立日本アジア欧米諸国恋愛市場で培った経験学生時代より研究を続ける進化生物学理論さらには、心理学金融工学リスクマネジメント技法を取り入れ「恋愛工学」という新しい学問を創出

計算実験とある。ここでもリスクマネジメントとある

自称投資銀行クオンツマーケティング・トレーディング実際はアムロ銀行バックオフィス

自称物理学だが専攻はシミュレーション計算実験を利用した計算科学

リスクの扱いが売り。

実際にやってることは屁理屈と出鱈目な数字を並べ、都合良い悪い点でチェリーピッキングしてるだけ。質の低い扇情屋。

藤沢数希の経歴、正体、学歴本名、顔

参考 藤沢数希のまとめ http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisaw/

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藤沢数希アムロのバックオフィス(三流の金融商品開発やトレードでも営業フロントですらなく)だった事がほぼ確定。

収入現実でもネット上でもメルマガぐらいで与沢翼と同じ詐欺の模様。

藤沢数希がやっていることは新手のネットワークビジネス

与沢翼信者ビジネスアムウェイのような洗脳ビジネスの合成。

稼ぎ方を売ると高額商品連鎖取引にも抵触するためぼかして有益情報とし、引き込んだコミュニティマルチまがいの集団洗脳を行う。

一回の金額の低さを脱出させない継続性で補う。

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2005年金融日記を開始。

ブログ2008年09月会社が逝ったと書いているが、ABNアムロ銀行も同年同時期に経営破綻しそうになりオランダ国有化されているので藤沢数希の勤め先はアムロ銀行と言うのは確定。

あれだけ偉そうな藤沢営業は頭が必要だと言っている事と金商品プレゼン入社試験だった事からみて初めは営業マンだった可能性はある。

恋愛工学営業論にもルーツがあったとのうわさあり。おそらく最初入社したのは日本企業、やはり国際証券か。

著作では専攻は計算科学理論物理と書いてあり意味不明だが、察するにコンピューターシミュレーションの事か。

理論分野でなくせいぜい統計処理プログラムの実行ができると言った程度でそもそも物理学素養から一切ないのでありえない。

生物学が少し好きなよう。ハードサイエンスについて少しでも意味のある発言をした事はない。

統計屋のトレーダーであってプログラム自力で組めないのではないか

自称ではクオンツかつプロップトレーダーポートフォリオデリバディブの研究運用をしていたと言うが

クオンツ数学を使うのは日本で少なく文系でもなれる。金融商品開発ではプログラムが使えればよく文系もいる。トレード運用でも同じ。」と言っている。

当人理系でも数学スキルが低く半端仕事しかした事がないのでは?

ブログアゴラ記事をみるに多少数学的な話題を書いている場合もせいぜい経済学の初歩的な事や統計処理のみで経済関連では本当に初歩的ばかりか間違いも散見される。

クオンツと言っても字義的な量的に考える仕事を指しているのであって、数学物理学のような研究職ではないと思われる。

著作の内容もブログアゴラ記事と同様同じ程度で、インターネット新書に載っている事を引っ張ってきた以上の事は書いていない。

社会考察はほぼクリティカル経済話題ではななく一般的な時事に反応するだけで、内容も格差を認め規制をなくし競争させればよい程度のいわゆる新自由主義以上の事は言っていない。

金融関係記事部外者業界企業について調べたような視点見方情報のみ。

またクオンツ以外の広義の経済分析も、記事ワイドショーに使われるようなグラフを示しまるでみちびかれそうにない拙い思い付きを並べているだけでアカデミズムとも関係なく意味価値もないような代物。程度が知れる。

クオンツマーケティングトレーダー自称するにもかかわらず、実際に具体的な洗練された経済分析予測はしてみせたことがない。

本業だとしてもどうしても考え方や言っても問題ない事は自然と口にしてしまうはずだが(あるいはサービスするはずだが)、少しも実務の話や従事を感じるような発言をした事はない。

時折抽象的な事は言うがどれもこれも大外れでその度に言い訳をしている。とてもではないが経済分析仕事にできるような能力経験があるとも仕事をして情報に触れてきたようにはみえない。

以上から推測するに、もしかすると本当は元々『『藤沢数希国内証券会社営業マンだった』』可能性が高い。

金融を少し勉強し、もしかするとわずかにトレード技術業務にも携わった事があるのか。

あるいは外資系アムロ転職しバックオフィス一般職からみたような経験ブログを書こうとしたのではないか

理論物理学研究者だの外資系金融機関だのクオンツだの高給トレーダーだのと言うのは藤沢の詐偽。

それが目を惑わしているだけで、事実直視すれば無知無能なはったりだけの卑小な男がいるだけではないか

ドル(管理クオンツ)ではなくフロントでもリサーチなりアナリストマーケットトレーダーではなくセールス(営業)だったかもっと言えば一番可能性が高いのはバックオフィスだった。

金融日記が始まった当初はまだ外資系金融マン発言する事自体が珍しくそこに目をつけ思った以上に嘘が評判になったが、ネタが元からそれ以上なかったために恋愛工学シフトしていったのではないか???

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藤沢数希さんがガチ市場関係者に絡まれ

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Nb_6yaCy6QQJ:kabumatome.doorblog.jp/archives/65750196.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

藤沢数希には金融経済の基礎知識もなく、経済学自然科学理解もなく、トレーダーアナリスト経験もない。

プロが呟きを見て断言した証言理工学能力は見ての通り。

ゴールドマンサックスリーマンブラザーズではないABNアムロの、アカデミズム関係がない研究職なりクオンツでもなく金融マンでもないバックオフィス

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藤沢数希経営なんてしてない。

経営する会社税務署から申告が来たけど忘れた→税理士は?と自爆会社経営も嘘確定。

2016-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20160216000450

もしそうなら、俺らは哲学やら宗教なんて捨てて、

もう科学スピリチュアル精神の支えとして生きていってもいいレベルな気がする。

なんと言っても、それは厳密な論理観測の結果として出てきた成果なので

一個人の経験思索産物より、理論として強いと思った。

科学が「理論として強い」というのはそのとおりだけど、その理論は生きていくうえでの個人的な悩みに答えを与えてはくれないんです。

人々が哲学宗教に求めるのはそういうことでしょう。

科学には(少なくとも現代科学には)その代わりはできません。

ちなみに、現代物理学東洋思想共通性があるという考え方は、「ニューサイエンス」と呼ばれ1970年代に非常に流行りました。

タオ自然学」という、理論物理学者がこの共通性について書いた本が、当時ベストセラーになりました(今でも売ってます)。

最近でも、例えば佐々木閑さんという仏教学者が、このような考え方について「犀の角たち」という本を書かれています

興味があるなら読んでみては?

2015-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20150813084317

お前の言う研究者って理論物理学者だけじゃねーか

そもそも「研究」そのものを何も理解してないだろ

ラ・サール卒がほんとかどうかは知らんが、まともな大学にもいけず医学部どころか研究職なんて夢のまた夢な屑だろ?

2015-08-06

[] 逆ソーカル事件

1996年物理学者アラン・ソーカル人文科学誌 Social Textデタラメ論文投稿

掲載された後でジョーク論文だった事を明かし、物理専門用語言葉遊びをしていた一部の「ポストモダニズム研究者皮肉った。

実はこの事件にはちょっとした後日談がある。

ソーカル事件から6年後、Annals of Physics と Classical and Quantum Gravity に掲載されていたある物理論文話題になる。

それらは「位相的場理論」、「宇宙論」、「量子重力理論」などの複数分野にまたがる難解な論文で、

正しい専門用語を正しい文脈で用いていたが、論文全体では何も言っていないという代物であった。

悪質ないたずらが疑われ、ソーカル事件の逆襲ではないかと話題を集めたが真相は意外な方向へ。

論文投稿したのはボグダノフ兄弟

兄弟ブルゴーニュ大学で学び、グリシュカは数学イゴール理論物理学博士号を得ている。

二人はいたずらである事を否定し、論文正当性を訴えた。

ボグダノフ兄弟サイエンス番組の人気司会者であったことからメディアをも巻き込んで騒ぎは大きくなっていった。

2人はネット上の議論に偽名で参加し、多重アカウントによる自作自演を繰り返した。

偽名には実在物理学者数学者名前勝手に使い、また、時には非実在物理学者を名乗った。

兄弟真意が何であったにしろ、全うな議論を捨てネット印象操作を始めた時点で もはやまともな研究者とは呼べないであろう。

結果的ソーカル事件とは関係なかったものの、論文査読精度や博士号授与の基準見直し議論きっかけとなった事件である

2015-05-10

日本SFの人気が低いのは国民理系教養がないから

理論物理学のその先の夢を知らないから

2015-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20150125003202

その考えそのもの宗教な。

なぜならそれが真実から…。

宗教思想ではなく真実なんだよね。科学と同じように…。

因果応報根拠を示してみてくれ。真実だとするなら証明できるだろ?

なぜ残るのか、というのは、何度もいうけど真実から科学理論と同じように。

宗教の中でも真理を求めるに当たり、ホントに理詰めで研究してる人も居る。

で、実際に、宗教学者(宗教勉強してる人、ではなくて、宗教信者の中で真面目にその真理を追求してる人のこと)と哲学者理論物理学者が真面目に情報交換と言うか議論を行うこともある。

実際、宗教学者のいうことがあんたの言うように理にかなっている事は多くある。

だがしかし、あんたみたいに何も理解してないのに表面だけなぞって無理やり押し付けようとする。それが最低最悪の行為なんだよ。

それを理解できない限り、お前は何の真理もえられないよ。

2014-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20140412085007

なんでもいいけど捏造女と理論物理学者を並べるのをやめろ。

その「認められない」の意味が全く違うのを理解できないのか?

2014-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20140407033034

コミケのたとえは分かりやすいと思うけど、それなら漫画限定しない方が。

理研って理論物理学から発生生物学まで何でもやってるから自分たちが所属するセンターの外ってまったく別モノの研究所感覚(少なくとも俺はそう)でしょ。

コミケ漫画だけじゃなくて、さらには同人誌だけでもなくて、いろんなモノが扱われてる。

たとえば漫画目当てでコミケに参加する人がそういう分野に顔を出すかっていうと、そうじゃないと思うし。

2014-03-13

それでも小保方晴子氏が、いまだ未来ノーベル賞候補である理由

理想主義的な、ある意味原理主義的な科学観に支配されたナイーブ文系諸子(意外なことに、他分野の理系の方々にもいるようであるが)には想像もつかないことかも知れないが、理系という世界には、未だに共有不可能な個人の資質依存した「職人肌」の世界存在する。

宇宙やら地球やら、読んで字のごとく天地開闢から存在する”自然界”を観察して研究するだけが自然科学ではない。”自然界”には今まで存在しなかったモノを「作ってナンボ」の世界があるのだ。

誰も成功させたことのない難しい外科手術に果敢に挑んで成功させるスーパードクターデバイスソフトウェアを生み出し世界革新的に変えてしまスーパーハッカー、複雑な現象を説明するシンプル物理法則をある日突然思いついてしま理論物理学者。本当の意味での科学の”前進”は、地道な積み重ねもさることながら、こういう人たちの仕事があってこそのものである

昨年のノーベル賞を受賞したヒッグス粒子逸話をもう忘れてしまっただろうか。ヒッグス博士だけではない。ノーベル賞を受賞するような実績と言うものはおしなべてこの種の、天才の”奇想天外な思いつき”、”職人的な仕事”の賜物である

無論「作ってナンボ」はなんでもかんでも思いつきで作ればそれで良いというわけではない。作った”モノ”が訳に立たねばならぬ。具体的に言えば、その”モノ”を叩き台にして、実用研究、下世話な話では商売が将来的に渡って発展するかどうかにその評価はかかっている。

叩き台になるのは”モノ”である。もちろん知識の共有には言語化は欠かせない。しかし、結局使える”モノ”がなければ、論文だけいくら取り繕っても役には立たないし、逆に”モノ”さえあるなら、論文などと言うものはオマケの説明書のごときものにすぎない……それが、「作ってナンボ」の世界である

原理原則で言えば、論文の誠実な執筆、厳密な論理によった世界観の構築は科学を支えるひとつの柱であるしかしながら、「”モノ”があるんだから理屈がどうであろうとあるものはあるんだよ」と言う楽観的な自然体もまた、”自然科学という理念の欠かせない骨子なのである

その点で言って、現在のところSTAP細胞に関連して「将来的な展望」を本当の意味で否定するような話は、今のところ何も出ていない。もちろん”モノ”自体がやはり使えない代物である可能性は0ではないが、「論文が」「コピペが」などと言うような議論はまさに薮の周りを叩いているだけに過ぎない。

現在本当の意味で冷静に事態を見守っている人々の大半は、このような科学と言うものの素朴な実態を知っている。かといって「論文なんか屁の突っ張り」などと言うのもいささか乱暴に過ぎるので、今はあまり声も上げずに温和な進展を期待している。これこそが、実はナイーブ文系(一部理系)諸子の読めていない科学界の空気実態である

ハッカー画家」のポール・グレアムハッカー論文を書かせることの愚を語った。ついこの間(今さら、何故か)ネット文系知識人界隈で流行っていた様に見えるこの著者のメッセージは、残念ながら、読者には伝わっていなかったようだ。

2013-07-07

疑似科学ニュース国語

『「ファインマン理論物理学を否定している」と、』は、どこにも書いていませんよ。ファインマン実験結果を元に、理論を構築していたと言う指摘をしたまでです。

該当部分をピックアップしておきます

あなたアプローチは、「わからない」ことを「わかる」ようにはできない。なので科学方法としてそぐわないということ。

ノーベル賞物理学者ファインマンも、再掲すると以下のように言っている。

いつもながら理論物理教授なんぞというものは、目のつけどころを人から教わらなくてはならないもので、できることといえばただ自分の知識をひねくって、実験屋たちの観察したことを理論的に説明するだけの話なのだ!(P.198) - 困ります、ファインマンさん

ニュートンファインマン南部氏は「わからない」ことを「わかる」ようにはできなかったのか?

あなた感覚解釈おかしい。「ファインマン理論物理学を否定している」と、白を黒とこじつけ解釈するような感覚の人と、この先少なくとも科学の分野で感覚が合うとは思えん。正直、あれで「こりゃダメだ」と思った(苦笑)。

2013-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20130623202438

プログラマーってか、それはただのオタクステレオタイプだろ。

てか、東大(にかぎらないけど)の理論物理学者って殆どひょろひょろだぞ?

准教授って誰だ、そんなの居たっけか?居たとしたら調べても一人とかしか居ないんじゃ、、、

2010-01-27

生物学理論した大学生が読むべき50冊

http://anond.hatelabo.jp/20100127001517

ダイエットコーラ噴いた.怨めしい

数学物理学とが多量.

数学物理学を省略したければ,数学を『理学を志す人のための数学入門』とAdvanced Engineering Mathematicsとに,物理を小教程(熱・統計適当に補う)にしたらよい.

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