はてなキーワード: 空き地とは
なんJ民のものやけど、ステマ騒動におけるなんJ民の反応・動きを軽くまとめたやで~~
ちなみに2chで他に掛け持ちしてる板は、プロ野球板だけやで~
まとめブログは昨年前半くらいまではよく見てたけど、それ以降はイマイチ見てないんよ
「マジでデモしてる奴らの列にいきなり紛れ込んだ阿波おどりの集団」くらいの認識でOK。
なんJ内でまともにこの問題を議論しようとする人は、相当真面目な人か、vipやニュー速などとの掛け持ちの人だと思う。
野球以外の真面目なことに興味ない、もともと移民なので板の運営などに興味がない、などが理由か。
他の板への侵略も基本的にはネタ。
ひたすら100エーカーの森の畜生どもを相手にホームランを打ちまくる恵体剛打プニキのゲームに熱中。
(なんJの公式ソング(?)が恋愛サーキュレーションであり、柏原の好きな女性がこの歌を歌う花澤香菜であることから)
なんJにも「ステマ」なる言葉が蔓延するが、ネタとしか思っていない。
意味を知らないなんJ民は、「ステマ」を何故か「ステロイドマートン」の略語と捉えてしまい、主に謎の解説者の新たな批判対象となってしまった。
このころ、ニュー速民が嫌儲に移住、アフィブロガーたち、まとめサイトのネタが切れる。
1月7日、ネタ切れとなったハム速がなんJのスレをまとめる。*4
1月10日、アフィブロガーが、なんJで転載を狙ったスレを立てるも、見抜かれ荒らされる。*5
もともとなんJには政治ニュースなどのスレはあまり立たず、立ってもスレタイや本文などがなんJ語で書かれているため、なんJ民には一発で見抜かれるのである。
ただのお祭り騒ぎかアフィブログからに対する報復かわからないが、他の板への侵略を始める。
まず、ブログ板を侵略。理由は「ブログって逆から読んだらグローブやから」「守備力があがるから」。
過疎になっているニュー速も侵略。「ニュー速っていまは旧速って言われてるんやろ?ちゃう、旧速やなくて球速や!野球にはグローブだけやなくて球も必要なんや!」
「ニュー速って今は空き地なんやろ?空き地で野球して何が悪いんや!」と主張。
ちなみになんJ民が侵略を行う際には、もともといた板住民に対して、「なんでも実況Jリーグから来ました」と主張。
これらの侵略はなんj民そのものというより、なんjと他の板の掛け持ちの犯行という説もある。
書くのめんどくさいので、詳細は、なんJ用語集の福貫の項目、自演スレ立て 以降を見てください。
ステマ騒動・他の板への侵略に飽きてしまったなんJ民。なんJは、昨年末までと同じような雰囲気に戻りつつある。
ただ、以前からも叩かれ気味であった自分語りスレ、vip臭いスレがますます叩かれるようになったり、
なんJ内の方言である猛虎弁(関西弁とはことなる)を使う人が増えたり、少し排他的になった、気がする。
だがおそらく、本格的な野球シーズン(2月1日のキャンプイン)が始めれば、なんJも通常運行すると思われる。
なんJの排他性と不真面目さによって、なんJは他の板から侵略をうけなかったと思うで。
ちなみに、この記事は酒飲みながら書いたったわ~
なんかちゃうところあったらいつでも言ってやー
はてなにもあんまり慣れてないから、はてな記法を見て、見やすく編集します。
http://blog.livedoor.jp/yakiusoku/archives/53354661.html
http://blog.livedoor.jp/g_ogasawara/archives/5644012.html
http://wikiwiki.jp/domingo/?%A5%B9%A5%C6%A5%DE
http://hamusoku.com/archives/6570458.html(アフィブログです)
サーカスがやってくるらしい。
そして派手なポスターを見ると、この歳になっても、
そして昔を思い出す。
まだ小学生だった頃。
夏休みに同級生のN田くんが突然消えた事を。
川や山など大捜索したが結局は見つからなかった。
その中でも工場の跡地だったか、なんだかの大きな空き地にサーカスが来ていた。
そして僕と仲の良かったN田くんはこの田舎町にやって来たサーカスという非日常に興奮し、
もちろん中には入れないので、僕とN田くんはテントの周りをうろうろしているだけだったけど、
おじさんやおねえさんとそのうち仲良くなり、馬に乗せてもらったりしていた。
子どもも何人かいて、学校はどうしているのかな?と思っていた。
そんなある日、N田くんが突然「僕サーカスに入るわ」といいだした。
予兆はあった。
冗談っぽく、サーカスの団長から「うちに来ないか?」「センスあるよ」とN田くんは言われていたのだ
(僕はバランス感覚が皆無で全くダメだった。N田君は簡単にボールの上にのれ、練習用の綱渡りも簡単にやれた)。
そして、彼はまんざらでもなかった。
N田くんは俺に「親は絶対に反対するから」といって、
「絶対に内緒にだよ」っと二人で指を切り秘密にすることを誓いあった。
N田くんの家は医者で裕福な家庭だった。
小学生だったのにピアノとチェロも習っていたし、塾にも通っていた。
そんな彼がなんでサーカスに行きたいと言い出したのか俺には今でも分からない。
親もすごく優しい方で、どこに不満があったのだろう。
それから数日後、9月になり学校がはじまった放課後に本当に彼は消えてしまった。
仲が良かった俺はいろいろな大人にN田くんの好きな場所や、
行きそうなところを訪ねられたが、本当の事は決して言わなかった。
あの小屋の中でN田くんはピエロになってチェロを弾いているのだろうかと。
綱をわたって、ダガーをなげたりしているのかなぁと。
でも俺はさらわれたくはないと、畏怖心が心の底から沸いてくるのだ。
・・・・・
<追伸>
彼に弟がいることを思い出した。
どこで何をやっているのだろうか。ふと懐かしく思った。
アニメ、電脳コイルがBD-BOX発売記念で無料公開をしていると聞いて見てみた。
なかなかはまって、あの世界についていろいろ思いを馳せたりしたので整理してみる。
ネタバレ前提なので嫌な人は帰るか今なら間に合うから本編を見るのがオヌヌメ。
※1-13話が5日の正午まで
14話以降が11日正午まで
以下ネタバレ含む長文
今回本編を見るまで電脳コイルで知ってることといえばメガネの子供たちが出るアニメで、
なにやら近未来っぽい雰囲気というくらい。面白そうという印象はあるにはあったが、
金を払ってまで見ようという程の興味はなかった。無料だし見てみるかってレベル。
メガネをかけた子供たちが現実と仮想の入り混じった世界で日常を派手に暴れまわる。
話が進むにつれ伏線らしきものがいくつも出てくるのが次の話を見る気を起こさせて
くれるものの「早く次が見たい!」という気分には全くなれず。
登場人物は個性的なのだが、こちらがワクワクするような強烈なキャラクターが見当たらない。
ヤサコはもちろん、一匹狼イサコは厨二病持ちにしか見えないし、地元っ子たちは馬鹿ばかり。
不思議な電脳世界の描写は面白いが、けっこう危なそうなのに大人は無関心なのに違和感。
メガネの修理代をお年玉換算したり、ごっこ遊びを仕事と呼んだりするのは子供らしさが出ていて好印象。
何話か見たあとで、どうして気分が乗らないのか考えてみて、
登場人物の行動やその動機が抜けていて、そのくせ失敗にまるで懲りず、真面目にバカを続ける様子が滑稽だからか?
という一応の結論を出した。
怪しげで危険そうな道具を買っては、不毛な争いや、探偵ごっこを繰り返す。
メタバグ、メタタグ、イリーガル。説明でどういうものかは理解できても子供がなぜそれに並々ならぬ情熱を注ぐのか?という動機がいまいちはっきりしない
そのため、どうも彼らのテンションに乗り切れない。
心が動かされた回数は片手で数えられるほど(世知辛ぇ…!)。
物語は夏休みが始まり、合宿の肝試しを舞台にした戦いが繰り広げられた。
イサコがイリーガルを捕獲吸収!ハラケンの過去!謎の数字4423!
だからぁ!得体のしれないものに熱上げ過ぎだぞお前ら!…置いてきぼりな僕を尻目に物語は加速するっっ!!?
イリーガルの魚…( ´_ゝ`)フーン(テクスチャ食って巨大化したら何なの…)
ここまで11話、日を跨いでいるとはいえ5時間以上…僕の頭は悶々とした気分に満ち満ちていた。
そして12話。予想外の形で、その悶々ダムが決壊した!それは放流という秩序めいた開放ではなく、事故的で唐突な決壊だった。
懲りないイリーガル探し…(ダイチ/ウンチには笑えるようになった)。
ダイチ父「ボッサボッサだったぞおおwwがははwww」( ´_ゝ`)
登校日『髭エエエエェェェェ!!!!』( ´_`)ソウイウ ハナシネ
全員感染( ^ー^)デスヨネー
ΩΩΩΩ<よ、余計なもん作ってんじゃねぇええ!!( ^∀^)ワロタwww ← テンポの良さに押されつつある
※ここで初めて経過時間をチェックした…内容濃すぎだろ!
ヤサコ「私はもう宇宙計画よ!」「あとちょっとでロケット-」ダム決壊(゜∀。)ウヒャヒャヒャヒャ
子供のセリフは今までにないくらい重いのに髭で台無しなのが可笑しい。
今まで蓄えた笑いを解放するかのように笑った!と同時に笑いとは別の充実感があった。
締めはまぁ普通だったが、この話のお陰でようやく視聴態度を体が理解した。
間違いなく神回。
12話の髭騒動でようやく初めて満足感が得られた。
リズムよく斜め上に展開するストーリーは間違いなくここまでで随一だ。
しかしそれとは別に子供の成長がわかりやすく描かれていることが、今までの話で蓄えた僕の苛立ちを解放してくれたようだ。
それを見ていてスカッとした側の気持ちとしては
「おぅ、ようやく賢くなってくれたじゃないか!」といった感じ。
頼りなくて何も出来ないと思っていた子供が見せた成長への喜びとでもいうか…。
続く13話を不思議と楽しく見終えた時、再び似たような気分になり、現実の親心ってこういう感じかもしれないなんてことを思った。
子供は大層に「仕事」なんて言いながら、てんで価値のないことに熱を上げている。
それを見て大人は馬鹿らしいと感じて、はじめのうち叱ったのかもしれない。
しかし冷める気配を見せない熱意を目の当たりにして、勝手にすれば?と
黙認という名の降参をし、以後は最小限のおせっかいをのぞき、無関心に転じる。
そんな毎日のなかで子供は自分の世界を必死に駆けまわり、大人が無駄と信じて疑わない仕事のなかで知らず知らず賢くなる。
同時に大人の気づかないレベルで心も豊かになっていく(僕の中での1-11話)。そしてある日突然、大人の目にも分かる形で驚くような成長を見せつけるのだ(12話)!
僕は今まで大人の目線で子供の世界を見せられ続けていたのだ。そりゃ面白くなくて当然だ。
大人はあまりメガネを使っていないか(作中の描写や、フミエが花屋を見てメガネ持ちだわというセリフ)、
電脳空間には無関心のようだ(関わるシーンがない)。
メガネで見える電脳空間でいきいきと走りまわる子供は一見とても危なっかしく見えるのに
先生や親、周りの大人はほとんど感心を払わない違和感は終始ついてまわっていた。
この関係が現実を生きる大人と子供の距離感によく似ていると感じるのは僕だけではなかろう。
そこまで考えると、この作品の「メガネ」やそれを通すことで見える世界は「色眼鏡」という言葉と似た意味の
子供と大人の見える世界の違いを示しているのではないか。という考えに至った。
メガネの役割がわかった所で、そこから見える世界と一般的な子供時代らしいネタを試しにヒモ付けしてみよう。
| 電脳霧 | 空き地や廃墟は好奇心を刺激する |
| メガシ屋 | 言わずもがな |
| メタバグ | 子供たちの流行アイテム。大人にはガラクタのようにしかみえない |
| メタタグ、電脳ツール | 子供の遊び道具や遊び方 |
| サッチー、キュウチャン | 怖い近所の大人 |
| イリーガル | 野生の小さな生き物 |
などなど
そんな見方でストーリーを思い返すと、ヤサコが引越し先の遊びの文化を全く知らなかったのを、
最初はネットワークも発達してそうなのに独自の文化が形成できるんか?と思ったことも間違いだったとわかったり、
オバチャンなんて近所にいる面倒見のいい年上のお姉さんまんまじゃないか!とか、
大好きだった空き地が突然工事で入れなくなった時の気持ちとか、
近未来っぽいあれやこれにノスタルジーな要素をいくつも見出すことが出来る。
序盤に不満としてあげた要素もけっこう説明がつくんじゃないかな?
13話見終わってようやく本質に気付いた…遅すぎの部類だろうな。
最初のナニコレツマンネという大馬鹿な勘違いへの戒めで書いた。ホントどんくさくてすんません。
電脳コイル、かなり味わい深い作品でした。子供と大人とじゃ楽しみ方がてんで違う作品だ!
後半はどうなるんだろう?10話までに様々な謎が生まれ11-13話でイリーガルが
取るに足らないバグではないという流れになった。後半でどのようなドラマが
繰り広げられるのか全く想像はつかないが、楽しみ方を理解した上でみることができる残りの話がただ純粋に楽しみだ。
時間をかけて一話ずつじっくり楽しめたらいいな!
だいぶ長くなった。思いつくままなので冗長になるのは仕方ないにしても長い。
見て過ごしてしまった増田さん!いるかなぁ?少しはお役に立てていれば幸いです。
後半を見ても、今回のようなビックリはたぶん起きない気がするので
こんな長文はこれっきりでしょう。おしまーい。
ごめんよ。偶然そこに生まれてしまったんだ。農家の長男が偶然そこに生まれてしまったように。偶然に。
その事実を受け止めて商人として、生きていく道を究めることができたのであれば、商店街もそれを使う人たちもハッピーだったんだろう。
30年で街は変わってしまった。
渋滞していた中心地の道路はバイパスができて、渋滞は解消された。
実は渋滞は賑わいだったのだ。それがなくなったもの痛手だった。
それまでは、商店街に空き店舗ができるまでは、新たな出店ができなかった。
田んぼを埋めれば、それも容易になる。
新規参入者が恐ろしい数で増えた。
跡継ぎと呼ばれた子供たちは、街の変化をみて、どうするか身の振り方を小学生のころから考えていた。考えていなかったかもしれないけど、自然と選択肢は絞られていった。金がないからだ。
アメリカの大規模ショッピングセンターを見学に行った人、勉強会を開いて、ドラッグストア、コンビニという新業態を学んで、実践していった人たちだ。
この人たちは、その手の商売の研究をして、郊外に出て新しい商売を始めていった。
すでに20年前にはジャスコのような巨大新規参入者と地元資本として真っ向勝負をしていた。もしかするとすでに合従連衡の渦に巻き込まれたかもしれない。
その子供たちは、その背中を見て、それぞれ別の道を歩んでいった。
で、問題は残った人たちだ。
うまく立ち回った人たちは、商売を縮小して、土地と家を残した状態で廃業した。その子供たちは月給取りになって、街を出ていった。
何も手を打たずにうまくいかなかった人たちは、土地を家を手放すことになった。
どちらにしてもシャッターは閉まったままだし、空き地が駐車場になる。
あと、商店街というか旧市街地には、戦前の大地主の生き残りの人もいる。商業地は農地解放の対象とならなかったからだ。この人たちは、本業が地主なので、趣味のようにコミュニケーションの手段として店をやっているかもしれない。さらに土地持ちの人の相続が紛糾した場合、所有者が増えて、再開発は困難になる。
飲食や食品加工はそれなりに残りやすかったし、ただ仕入れた商品を売るだけの業態はなくなった。多少の技術がいる電気店みたいなのは、大手家電店の作業の下請けをやっていたりする。
育っていく過程で、衰退する状況にどう対処するかを考えたら、勉強して進学することも別の業態に対応できるように技術を身につけて別の職業に就くことは、順当な判断だと思う。
新しい道で生きていくよ。
日本でも食べるというか、食べた時の記録を残す。
美術系の大学に進んだものの、純粋に物作りに打ち込めなくって、
沖縄県の某離島へいって、民宿バイトしながらのんびりすごしておりました。
小さな部屋をあてがわれ快適な日々でした。
そんなこんなで、夏休みが終わろうかとしていた
多分今ぐらいの時に、観光客を野良犬が襲ったらしいという話が出ました。
どこか他人事のようなそれでいて我が事のような変な気がしたことを覚えています。
お昼を食べ終わった頃、その民宿でお世話になっていたKさん(40代男性)に誘われました。
「おま、犬狩りにいくさヨ。」
ついていくと、村の集会場のようなところに、けっこうな男性があつまって、
手に手に木製の杖(お遍路さんがもっているような奴)を持っていました。
聞くところによると、犬は山の神の使者なので、
これでしとめるということでした。
寄ってくるのを待つだけという沖縄らしい、
のんびりした方法で捕まえようとしていました。
そして、村の中で犬名人と呼ばれるおじいが、
「あおぅうううん、おんんん、おん、おん」と
何故か四つんばいになって鳴き始めると、
へーと思ってみていると、
「おまが捕まえるん、何しとんのさー」
と犬捕まえ係を仰せつかり、例の棒を渡され超びびってました。
うわっうわっと焦りつつ、捕まえるのどうやって?
とか思っていたら、Kさんが少し近づいた犬を棒でどつき気絶させました。
まさに一撃でした。
「おま、くくんの手伝えヨ」とロープとブロックを渡されました。
で、いわれるがままに、犬の四肢をしばりブロックを結びつけると
「ほら、ほうりこむのさー」と
僕は小さい頃は昆虫を殺し方ことはあるけど、
ほ乳類を殺害したことがなかったので、
うわーうわー、まじかよーと思っていたのですが、
犬をしとめなかった気後れもあり、思い切って放り投げました。
その瞬間、犬が息を吹き返し、こちらを見てくぅんんと鳴いたよう気がしたけど、
気のせいと思うことにしていますw
なんで溺死させるのかと聞いたところ、
「山の神の使いなので、川に流すんのさー」
みたいなことを言われました。
で、川にしずんだ犬をどうするのかなーと思っていたら、
そしてすぐに肉になり、集まったみんなで分けました。
まさか食べると思っていなかったので、
驚いたのを覚えています。
その晩が犬汁でした。
犬食べると精がつくといわれたので、
マスをどれだけかけるかと思い3発くらい抜いたような気がします・・・・・・。
そして、翌日。
台所に泥棒猫が現れ魚を盗んでいきました。
猫も食べるのですか?って聞いたら、
とのことでした。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
現在の日本の高齢者というのは、「金の卵」世代といって日本が好景気で(慢性的な人材不足で仕事も有り余っていました)何の苦労もせずに就職できた世代なんです。団塊世代という名称の方々が若者だった時代、こう呼ばれていました。
■金の卵世代: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5
周知の通り、彼らは今では考えられないくらいのボーナスを、退職金を、年金を享受しているのです。それはもう、現在の若者達には味わえないんですよね。もちろん価値観も時代も違うでしょうから一概には言えませんが、それでも事実上、世代間の貧富差は顕著に表れているのです。
金玉世代を支えるために若者が毎年嵩む負担を課せられている現状を直視してみていただきたい。街の空き地を、自然を、外で遊ぶ場所を取り上げて、幼少期から塾に通わせ、マニュアル通りに生きて人間的な何の楽しみも味わえず恐慌に放り込まれ、自殺してゆく若者達。我々は見ていられないのです、あまりにも可愛そうだと思うのです。
自分の事しか関心が無かった金玉世代に子どものことをとやかく言える資格などないと、我々はそう思っています。テレビを受動的に40年も見て育てば、あのような親になるのもしょうがないのでしょう。思い出して下さい。「戦前」世代が何と言っていたか。戦前世代「センゴ(金玉世代)はいまに報いを受けますよ」。
戦前世代の予言通りの状態になりました。突然死、怪死、孤独死、早死、この傾向が金玉世代に現れています。良いじゃないですか、それを反面教師にして若者は育てば良いのです。嘆いていてもストレスで寿命を縮めるだけですよ。お年を召された方は特に。金玉世代はそろそろ墓石を新調し仏塔にでも参られるのがよろしいかと思います。
ご存じでしょうね、1960年代の若者に起こった全世界的な現象を。「ヒッピー」です。
■ヒッピー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
我々は現在の若者を「第二次ヒッピー」と推定しています。世界的な現象なんですよ、日本もそうです。1960年代の若者(現在の大人)と違って現在の若者は大麻もやらなければタバコも吸わなくなっていますよ。彼らが車に乗らず化石燃料の消費量を落としてくれている現実を一度だって鑑みたことがありますか。
これらは彼らが旧世代より聡明になりつつある証拠だと思っています。大量消費社会に翻弄され洗脳された大人を見て、社会システムに危機感を持ち、能動的就職ストライキを起こしている若者をなぜ励まさないのですか?哲学者のフリードマンやフーコーが心配していた問題を、彼らなりに解決しようとしている状況にまだ気づきませんか。
旧世代が自覚せず自己本位に生きてきた結果が今、社会に露呈しているのです。東京電力、九州電力はその良くも悪い見本でしょうね。旧世代を責める気はありません、長くはない寿命ですから大切にしていただきたい。ただ、若者自身の人生を賭けた社会運動を口だけで批難している小狡い嫌がらせは止めていただきたい。1960年代のヒッピー現象がフランスで「構造主義」を生んだことは勿論ご存じでしょうね。若者文化を語るのなら我々と同程度は学んでいるはずです。ヒッピー無くして今日の国際社会は存在し得なかったということです。国際社会の未来を切り開く第二次ヒッピーの評価について今一度再考願いたいと思います。芽を潰すのではなく、まずは、彼らの可能性と未来について、もちろん責任もあるでしょう、相互理解が大事ですよ。話はそれからです。
応援されたら頑張ってみようかと思うのが人間でしょう。
今のように「お前らなんて駄目な奴だ」なんて言われてたら、何も意欲なんか起きないでしょう。
先々週、5年ぶり2回目の台北旅行に逝って北。旅行者として台北という街に感じる魅力はメシが美味いとか時差がほとんどないとかいろいろあるんだけれど、今回改めて気づいたこの街のイケてる点として、街並に感じるゾワゾワ感ってのがある。工場萌えやダム萌えと並列で語れるものかどうかは確信が持てないし、台北だけの特徴というわけでもないだろうけれど。そんなわけで自薦ながらゾワゾワくる写真をまとめた。
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ビンビンきますね
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今回の旅で宿をとったのが士林駅そばのゲストハウス。白菜や角煮で有名な 國立故宮博物院へは士林からバスで。士林觀光夜市へは、士林より1駅南の劍潭が最寄りなので騙されないように
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士林駅周辺の路地とか店とか
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故宮博物院の向かいにあるマンション? みたいなのがすんごく気になった
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博物院の脇に至善園っていう庭園があって、博物院の半券を見せると無料で入れる
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劍潭駅
河を挟んで淡水の対岸にある街。リア充多い。氏にたい
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やっぱりリア充多い。氏にたい
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重建街っていう通りがムッチャ萌えた
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紅毛城っていうスペインが作った城があるんだけどその敷地からの周りの風景
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路地とか河とか
悲情城市。千と千尋。
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ゾワゾワとはちょっと違うんだが、市民大道に沿ってある地下街でなんかイベントやってて、同人誌売ってたりコスプレーヤーが集結してたりしてビビッた。メイド喫茶、執事喫茶もあった
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このエントリーは
ネットが繋がってたんで情報集めてたけど、なんか今はどーでもいい話ばっかりだ。
悲しい話も泣ける話も怒れる話も恐れる話も、全ては今この状況を生き抜いて、それからでいいやと思ってるし、まわりの皆もそう思ってる。
ぶしつけだけど、地震発生から今に至るまでの流れを書いていこうと思う、こういうケースもあったよってことで、今後の参考になればいいな。色々ありすぎたんで、出来る限り簡潔に書きたいんけど、よくわからんかったらごめん。仙台在住の会社員の場合
■3/11以前
地震発生の4日前くらいから、大小あれど地震が多発していた。地震にもだいぶ慣れてしまって、ちょっと揺れたくらいではなんとも思わなくなっていた。
■3/11
その日も忙しく仕事をしていた。14:46(らしいな)に大地震が発生。最初は「揺れる揺れる」とケタケタ笑っていたが、尋常ではない揺れと長さに社長が「逃げろ!」と一喝、書類棚からは中身がぼんぼん飛び出している。あまりの揺れに立つことさえ難しかったので、手すりを使って飛び降りるように階段を降りた。会社がビルの6階にあるので、降りてる途中でビルが潰れて死んでしまうんじゃないか、と思った。ようやくビルを出て、市営バスの広大な駐車場に避難する。同僚たちと「やー恐かったねー揺れたねー」なんて言いながら笑っていた。辺りを見るとビルやマンション、止まっていたバスがコンニャクのように揺れていた。新幹線は線路の途中で止まっていたし、SS30(なんか仙台では高い方のビルね)のアンテナがボッキリと折れていた。社長や上司に「宮城県沖地震と比べてどっちがヤバい?」と聞くと「今回の方がヤバい」と言っていた。揺れが収まってから会社に戻り、防寒具、貴重品、飴玉やお菓子を運びだした。電話も何も繋がらないので、お客さんと連絡が取れるはずもなく、津波が街まで到達するという知らせをパトカーから聞いたので、今日は解散ということに。社長の「明日はいつもお通り出社して片付け方すっとわ、そんじゃみんな気つけてけえってな」という言葉で僕らは散った。その日僕は車で出社していたので、車を停めていたヨドバシカメラの立駐に向かった。停電のために料金所が使えず、無料で出庫することが出来た。しかしながら、道路はかつて見たこともないような大渋滞で、とても車で帰れるような状況ではなかった。自宅の方向が一緒の上司と歩いて帰ることにした。発電機が付いた信号以外は全部止まっていたので、輪をかけて渋滞がひどくなっていた。日本革新党連合会という右翼の街宣車が自慢の拡声器で交通整理をしていた、ちょっと泣けた。やっとこさNHK前までたどり着き、街頭テレビをみると、津波が漁村をさらう映像、製鉄所が轟々と燃えている映像、とても信じられない禍々しい映像が映っていた。この時はじめて自分たちがどんな状況かわかった。またしばらく歩く。歩行者の列の中、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えたお母さんがいて、周りの人が赤ちゃんに毛布を掛け直してあげたり、フードを深く被せてあげたりしてお母さんを助けてあげていた。仙台泉線という道路をひた歩いた。通りに面している建物は本当に悲惨だった、車屋の窓は割れ落ち、マンションのレンガ風の壁が崩れ落ち、歩道は隆起して歩くのが困難だった。ふと一人のおばあちゃんが、僕らに声をかけてきた。なんでも旦那さんがいる老人ホームに行きたいのだが、道に迷ってしまったようなのだ。上司と僕で老人ホームを探して、職員さんに事情を説明しておばあちゃんを保護してもらった。またとぼとぼと道を歩く、その時はだいたい17:00頃で、場所は虹の丘というところを歩いていた。後ろから上司を呼ぶ声がする、上司の息子の同級生が僕らを見つけたので、車で送ってくれるということらしい。仙台駅から8kmほど歩いただろうか、膝も腰も股関節もヘロヘロ、昼飯も少なかったから疲労困憊だったから、すごくありがたかった。上司の家に着いて、玄関を開ける。中は酷い有様だった。まず靴箱が倒れていて中に入れない。隙間をくぐり抜けて中に入ると、引越しでもしたのか?と思うほどにタンスはずれて、食器は床に散らばっている。家の中に奥さんがいないことを確かめると、周辺の捜索を開始した。もちろん携帯は使えない、仲の良いご近所さんのところにもいない、車もない。上司は途方にくれていた。避難所にいるのではないかと思って小学校に行っても、まだ小学校が避難所としてすら使われていなかった。集まっていた人々は口々に「あんなに会議したり予算割いたりしたのに対応が遅すぎるよ、なにやってるの」と不満を漏らしていた。いよいよ不安になって上司宅に戻ると、ご近所さんを見つけた。上司の奥さんや家族と一緒に駐車場の端っこで、車の中でエンジン焚いて非難している、とのことだった。再会した上司と奥さんは、やれ書き置きしろだの、そんな暇ねぇだのと喧嘩をしていた。まぁ生きててよかったじゃん。そこからは上司の車で家に送ってもらった。車中で「明日仕事行けるっすかね?」と聞くと、奥さんに「なにいってんの!行けるわけ無いでしょ!」と言われた。続けて「仙台空港だって津波に飲み込まれてんだよ!」と。正直耳を疑ったが、カーナビのテレビをみると、本当に仙台空港が飲み込まれていた。愕然としたが、今まず自分が生きることで本当に精一杯だ。この先何を食って、どう生きるか、そればかり考えていた。やっとこさ家につく。時間にして19:00頃だろうか。一寸先はどうなっているかわからない最中に送ってくれた上司には頭が下がった。家も家族も無事だった。唯一、警官の兄が帰ってきていなかったが、無理もない。両親はろうそくを灯してラジオを聞きながらソファに横になっている。地震後すぐに片付けをしたらしく、家の中はそんなにぐちゃぐちゃになってはいなかった。この時までは、まだ水道とガスは来ていたが、それから2時間ほどでその2つとも供給は止まった。停電で冷蔵庫が使えないので、残っていたアイスを溶ける前に全部食べた、この日の晩飯はこれで終えた。自分の部屋の本棚やギター、パソコンのモニターが倒れている。この部屋にいたらきっと怪我をしていたことだろう。今後高い本棚を使うことはやめよう、そう思った。当時、情報を得る手段がラジオとツイッターしかなかった。携帯は電池が切れるし、電気が来てないので、充電のしようもない。車なら充電できるし、テレビも見られるし、エアコンで暖も取れる。そうしてエンジンを焚きながら携帯電話を充電した。他の家でも皆そうしていたようだ、おそらく皆この日に結構な量のガソリンを無駄にしたはずだ。車内でツイッターを使い、連絡が取れる範囲の人とは連絡をとった。十分に充電をしてから、この日はリビングに布団をしいて寝た。
■3/12
7:30ころ、両親たちの支度の音で目覚める。父は出勤で、母は介護施設に預けられる。父の車に便乗して出社することにする。この日は道もさほど混んでおらず、ストレスなく走ることができた。しかしながら道路の状態はひどい、アスファルトが隆起し、ひび割れて飛び出し、橋のつなぎ目は例外なくずれ、その度車を突き上げていた。周りでは緊急車両が忙しく走り回っている。街中の交差点では警官が交通整理をしていた。父曰く倉庫にしまわれていた新車両のパトカーも投入されていたらしい。父が勤める署内も人員が遺体回収に駆りだされ、人は少なかったようだ。つまり、今の宮城県警は非常に手薄だということだ。程なく会社に着いたが同僚は誰もいない。上司に連絡するも「ん、こなくてもよくなったんだわ」とのこと。せっかく来たのに。。。と思いつつ、昨日置き去りにした車を回収する。すでにコンビニや携帯充電所には長蛇の列が出来ている。しかし、いずれのコンビニも開店している様子はなかった。開くかもわからないコンビニの前に、長蛇の列が出来ていた。ご苦労なこった、と思いつつ、家路についた。家に帰ると少し様子が違う。電子機器のキーンという音がした。電気が復旧したいたのだ。冷蔵庫も電子レンジも炊飯器もポットもテレビも使える!そう思ってテレビをつけたが、我が家はケーブル回線を使っているため、テレビを見ることができなかった。まぁ、飯が炊けるだけ全然ましだ、と少し安心し、することもないので昼寝をする。昼寝から起きると両親が帰ってきていた。両親の晩飯は昨日ひねり出しておいた水で米を炊き、だるまストーブで温めた味噌汁を、僕は買い置きしてあったカップ麺を食べた。食後、会社にカップ麺を備蓄していたことを思い出し、回収しに行くが施錠されてしまい、カードキーも使える状態になく中にはいることができなかった。そうしてこの日は終わった。
■3/13
この日はだいぶ暖かかった。月曜から出社する。という話になっていたので、社員間で連絡をとりあうという事になったが、やはり連絡が取れなくなる人がいた。取引先がパソコンと僕達ごと東京にさらって仕事をさせようとしている、なんて不穏な話があったので、どういう事なのか聞き出したく会社に行くことにした。もちろん誰もいなかったので、近くに住んでいる役員の家に直接行くことにした。程なくして役員がやってきて、「○○さんと〇〇さんの家に行って出社の旨伝えてくる」「じゃあ俺は〇〇さんと〇〇さんとこ行ってくるわ」と打ち合わせをして、それぞれ足で人を探し回った。昨日とは打って変わって道路は大渋滞。スーパー、コンビニ、ガソリンスタンドには凄まじい行列ができている、どんなに小さな店でも必ず人が並んでいる。幸いバイクで動いていたので渋滞に悩まされることはなく、それぞれの同僚の家を回っていく。家を訪問するたびに「水はあるかい?ごはんはあるかい?家にまだ水があるから持って行きなさい、お菓子もあげるから」といろんなものをもらった。物乞いするつもりは全くないし、荷物が多いと動きが鈍るので多少困ったが、ありがたくいただくことにした、非常にありがたく、申し訳なく思った。福田町、というところに住む同僚のマンションに行く途中、45号線を走った。テレビでよく見た七ヶ浜の石油コンビナートの煙が見える。下から見上げる黒煙は、テレビで見るよりもずっと巨大だった。結局その福田町に住む同僚は留守にしてあり、申し送りすることはできなくなった。バイクはガソリンを使いきり、リザーブも残り僅かのところでぎりぎり帰宅することができた。下手にガソリンを使い切るものではなかった。。。電話回線は徐々に回復しているものの、自宅ではまともに受信できなかった。山一つ高いとなりの団地まで移動すると快調に電波が入ったため、そこの空き地でしばらくツイッターやメールなどをして連絡を取り合った。その日の夜、高校の先輩からメールが入った。ガソリンが無いので余っていたら実家まで送ってほしい、ということだった。場所が若林の古城、という所だったため、命に関わるかもしれない、と思い迎えに行くことにした。そうして国道4号線沿いにある先輩の住むマンションに到着した。津波が近くまで到達したことを伺わせるように、外は磯の臭いをさせていた。マンション内はところどころ天井が崩落しており、危険な状態だった。ひとまず先輩を預かり、実家である富谷町まで移送した。帰り道、片田舎にあるガソリンスタンドに目をやると、夜中の11時にもかかわらず2km程の渋滞ができている。みな翌日の開店を待って行列をなしていた。それほどまでに、皆ガソリンに困っているのだ。家に帰って程なくすると、兄が大地震以来はじめて帰ってきた。荷物をとりに戻ったのだという。どうやら兄は南署管内の本部にいるらしく、大変忙しいのだそうだ。「コンビニ、ガソリンスタンドでは暴動、略奪が起きている。通報が無いだけでいろんなところで起こっているから気をつけるように」と言われた。加えて「テレビとかラジオでは荒浜に2~300の死体って言ってるけど、そんなもんじゃねーからな、1000は余裕で超えるぞ」とも言われた。報道やネットでは綺麗な部分しか出ず、礼儀正しい、とか、皆冷静だ、と言うが、実際はそうでもない。避難所では大人が子供の食料をひったくり、灯油やガスボンベから目を話したスキに盗まれた、という話もこの日に多く耳にした。風呂に入らぬまま3日目となり、体はベタベタ、髪にワックスも付けてないのに自由自在にスタイリングが出来るようになっていた。パンツも変えていなかったので久々にパンツをかえることにした。不潔な状態でも大分慣れたが、さすがに辛い状況ではある。
■3/14
この日は出社日だった。2名を除く社員13名が揃った。それぞれ、家族の安否や地震後どのように過ごしたか、スーパーの情報や給水所の情報、ライフラインの復旧状況などを話し合っていた。それぞれ親類が漁村に住んでおり、連絡がいまだに取れないなどの不安を抱えながらも、冗談など言い合いって気丈に笑っていた。取引先との連絡も取れ始め、ほとんどの案件が震災で中止になったが、スーパーの広告だけは違った。3/25折込のチラシを打つとかなんとかで、制作することになったらしい。広告なんて打たなくても客が来る今、被災者である僕らがこのチラシを作るのはおかしいだろ、そこに載ってる商品、ホントは俺達が欲しいのに、なんて苦笑いをしながら「ま、仕事は仕事だから」と言ってスケジュールを組んでいた。忍耐強いのか、ただの奴隷なのかよくわからないけど、この震災を生き抜いて、生活を立て直すには今の仕事を守るしか無いのだと、そう思った。職場の周りは電気と水道が通り、そこかしこで炊き出しが行われていた。と言っても、もちろんお金はかかる。皆行列を作っておにぎりを買ったりしていた。上司がたまたま仕込み中の店を見つけ、一番乗りで150円のカレーを食べることができた。ルーがすごく緩かったけど、とても美味しかった。行列をつくっているとなりの店を尻目にカレーを食べていると指を刺されたり、じっと見られてすごく居心地は悪かった。ここ数日、袋を持って歩いているだけで、じっと見られることが多くなっていた。この地に住む誰もが行列や順番待ちに飽き飽きして、一様に殺気立っているのを感じる、もちろん、これを書いている今も。家に帰って、ダメもとでテレビをつけると、綺麗に映像が映し出された。ケーブル回線が復旧したようだ。あまりの嬉しさに僕は叫んだ。大地震があった日以来、大きな画面でテレビを観ていなかった。鮮明な映像で見る自分の住む街は、目を背けたくなるほど酷い有様だった。友人達と遊んだ思い出の浜や、そこに住む人々も、家も、跡形もなかった。自宅から30分もない距離にある街が、ただの更地になっている映像を見て、一瞬息が止まったのを覚えている。繰り返し流れる遺族の叫びと、デリカシーのないインタビュー映像になんだかとても疲れたので、また昼寝をする。目を覚まして、今度はネット回線のチェックをした。ネット回線も復活し、とにかく喜んだ。この数日何があったか無我夢中で調べたが、なんとも空っぽな情報で溢れかえっていた。「被災者のために歌を歌います、これしかできないけれど」みたいな話や「このツイートが感動した」とか「被災した人たちも頑張ってるんだ、私も頑張って仕事しなくちゃ」とか「東京のどこそこで買い占めが起きてる」とか、被災地の皆が今のいま命を長らえるための情報はほとんど無かった。人が死んでんだぞ、おそらく死者はこのまま1万を超えるよ。そんな状況で、なんで美談みたいな話が出るのか全く意味がわからなかった。似たような話をテレビでも流すようになった。出来れば、そんな感動話みたいなものは震災から立ち直ってからにして欲しい、この震災は過去の話ではなくて、現在進行中だ。
■3/15
そして今日も出社だった。取引先との話に決着がつき、必要な人員以外は招集があるまで自宅待機することになった。相変わらずの行列や渋滞。未だ風呂にも入れていないしなか、東京では食料やガソリンの買い占めが起こっているという報道がずっと流れていた。おまけに噂の雨ときたもんだ。もし噂なのか真実なのかよくわからない話を信じるとすれば、僕は雨に打たれたのであまり健康上よろしくないことになるのではなかろうか。シャワーを浴びる環境などそうやすやすとはない。今被災地では口伝での怪しい情報に困り果ててる。どうすればより長く生きられるかシビアに考えている。手元にある食料や物資、燃料はひっ迫して、移動することひとつとってもリスクが高い、離れた親戚を引き取りに行けない人もいるし、安否確認さえ取れないでいる人もいる。出来ることなら、物資の補給場所や時間、量についても出来る限り詳細に教えてほしいし、より苦しい人たちの所へ、より多くの物資を届けて欲しい。原発に関する情報も、政府や報道は本当に正しい情報を教えてほしい。この状況で命を長らえるために、正確に判断するための情報がほしい。どうか、どうかひとつ、よろしくお願いします。。。
ひっくり返せ!
世界をひっくり返すんだ!!
You don't know dark side energy.
じゃあなんで英語で書くのかって?
なんででしょうねー
いえーいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
手打ち手打ちだぜええええええええええええええええ
最高潮の気持ちだぜえええええええええええ
びっくらちょんちょんちーwwwwwwwwwwwwwwww
こいたwwwwwwwwwwww屁をこいたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
こいだwwwwwwwwwwwwwwブランコこいだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ブラーンブラーンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
困ったものです。
また暴れてるな・・陶酔しているな・・・ファビョってるな・・
吐き捨てる。ゴミ箱に。水が欲しければ砂を飲み干して
ぐるーんぐるーんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
成功すると思っていたのに・・・・どんよりどんより。
楽しくて笑う。悲しくてなく。お腹が痛い。
一致団結して頑張りましょう。
ああ、はぁ、言葉がでねぇ。
論理的な思考なんてできるわけもねぇ。
パソコンあってもなんにもねぇ。
空き地。からっぽだ・・・・・・・・・
からっぽの音が聞こえてくる。
さぁ、何が出てくるかな。楽しみにしてね。
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!!!!!
一体全体どうしたんだい?オンリーロンリーグローリーなのさ。
始まりとは終わりなわけでして。終わりとは始まりなわけでして。
いつの日か洋次郎が歌ってたそんなふうに中々思えない僕
やべぇ。これやべぇ。ぱねぇっすわ。認定してあげてもいいくらい。
とりあえず文章を書いていたい。誰のために。誰かのために。兄弟と分かち合うために。
正義を忘れないために。誰にも見てもらえなくたって、俺は書くぜ。
とにかく世界を変えてやるんだ。俺は力を出す。
ぐるぐる回り続けるだろう。世界を周り、力をつけ始める。
砕け散った塊。白歴史。見つからなかった答え。
きっと、俺は探していた。大丈夫どうやら歩ける。
はぁああああああああああああああああああああ
おれだって信じちゃいないさ。世界の全部が正しいなんて思っちゃいないさ。
最果てなど無いと知る。
やばいくらいの流れの激しさだ。
妙にうるさいその声すらもかきけして。
俺は紡ぎ出す。次を紡ぎ出す。眠気なんて吹き飛ばす。ぶっとばす。
大切な何かを手に入れる為の旅。いい加減、ぶっ飛ぶのを待ちますか。
永久に、これが続きますか。邪魔にならない程度に、歴史を蹴破る。
一致団結して塞ぐ。だまらっしゃい。このちの果てには世界がある。
よーく読んでみれば分かる。きっと、ニュアンスの違いは認められる。
素晴らしいってことが分かる。そして僕らは気づいたんだよ
隠れてたって逃げていたっていつの日かからされるってこと。
何が言いたい?そんなものない。俺は文章を書く、それだけのために生きているんだ。
いいこと考えた。
家の近くのコンビニ。
交通量の多い大きな道路に面した立地。また、近くには大きな学校が2つある。
半径500m内に競合店はない。住宅や店舗があらかた建ち尽くしたこの近隣には空き地はないので、これからもライバルとなる店は出来ないのだろう。
このコンビニの店員の接客態度が悪くて腹が立って困る。
学生アルバイトという形だが3年間、接客の仕事をしてきたから、この仕事が面倒で気が滅入ることもあって大変なことも多いということは分かっているつもりだ。
しかし、無愛想、客が入ってきてもレジの前に来ても「いらっしゃいませ」も言わない、レシートは基本渡さない、お釣りを片手で手渡し。
ここまで来るとどこかに電話でもしてやろうかと思うんだけど、こう思う自分は間違っているのかなー。
こういう店員ばっかりだから、出来るだけこのコンビニは使わないようにしているんだけど、緊急事態が発生するとここを利用せざるを得ないからまた困る。
我が家の車庫は、シャッター付きだけれども年代物のせいで、鍵がかからなくなってしまった。
母親は趣味で家庭菜園を借りてやっていて、旬の野菜を作ってお友達に配る事を楽しみにしているので、車庫の奥には冷蔵庫があり、そこにトマトやキュウリ等の野菜や果物をしまっている。
この間、車で帰ってきた時、床一面にトマトが散らばっていて(潰れた物もあり)、どうしたんだ!?と、思って、母親に聞いたら、「なんで君が持って行こうとしてて、丁度野菜を取りに行った時に鉢合わせして…なんで君がびっくりして落としちゃったのよ。さっきまで追いかけてたんだけど…若いから逃げられたわ…」還暦過ぎの母親が、20代前半の男を追いかけてたっていうのもびっくりだった。
なんで君というのは、近所に住んでいる(けれども、家も名前も知らない)知的障害の男の人で、子供の頃は人につきまとったりしては「バンドエイドちょうだい!」と、怪我をしていないのに、何十枚もバンドエイドを体中に貼って、それでも足りないらしく、1日中ありとあらゆる人に「バンドエイドちょうだい!」と、言っていた。少し大きくなってからは「ジュースおごって!」になり、子連れのお母さんやお年寄り、やはり誰彼構わずつきまとった。おごってくれないと「なんで?」「どうして買ってくれないの?」「なんで?」ってずっと言い続けるので、自然に近所の人はなんで君と呼ぶようになった。
子供の頃からこんな調子で、親も怒らないのか、そのままの性格で育ってしまっている。悪い事をしている自覚が全く無いので、最近はお年寄りの家に勝手に上がり込んで、お菓子やらを持って行ったり、商店街のお店に何時間も居座ったり、お金を払わずに物を貰おうとしているそうだ。
「今度、張り込みしようかと思って」と、母親が言った。「家の前の空き地から見て、彼が入ったらシャッター閉めて閉じ込めてやろうかと思ってるのよ」凄い構想だ。
そんな事じゃ埒があかなそうなので、近所の交番に見回りの強化を頼みに行った。それから、被害者がもっといるという事を伝えた。
被害が減ればいいのだが……シャッターを直すのって、幾らかかるんだろう。
蚊とりん
http://homepage3.nifty.com/f-dmmk/katorin/
毎年、買い増して、現在16個が、400坪ほどの敷地のあちこちに配置してある。ど田舎なので、自宅とその周りの畑と林や空き地の中です。1年目はそれほど減った気がしなかった。去年は、明らかに少なくなったがまだぼちぼち刺された。今年は、ほんとに蚊がいない。これって効いてるのか? 蚊とりんの中にはボウフラがいっぱいいる。蚊がいないことがこんなに快適だとは思わなかった。
都心に住んでる者が、出張などの感覚から適当に話すが、モデルが曖昧なのは同意。
地方都市というのをどのレベルに設定するかで、大分意見が分かれそうだ。
地方都市と言っても、仙台とか名古屋クラスになると車で移動する方が不便、なにより車が止められない。
まぁ、政令指定都市クラスは「都心」とまとめて語ってもいいような気がしなくもないが。
で、これが埼玉の熊谷のような町だと、駅周辺に物凄い数のパーキングがある。
空き地だが500円で一日止めておけるし、月極ならもっと安いだろう。
都市の規模と、パーキング許容量のバランスを語らないと、そもそも話がかみ合わない気がする。
皆が語ってる、地方都市って、どんな街なんだろうか?
うちの地元には、まさにその都会の感覚で「駅から15分の好立地!」と銘打って、20階くらいある高層マンションがたった。
案の定空室だらけだ。15分なんてのは、車社会では遠い部類に入る。バスやタクシー、自転車を使う距離になる。車だったら自宅の玄関前から目的地の入口前まで直接移動できるんだ。わざわざ遠いところに車を止めて歩く人はいないので、徒歩を許容する距離はとても短くなる。15分も歩く人はいない。
そもそも周りの建物はすべてせいぜい4階建てである。もっと近いところに空き地も少なくないのに、なんであんな遠いところにわざわざ、と話題になった。
集中力が高いとは思わないけど、もちろん、苦痛に感じる人がいるかもしれないとは思う。
しかし、苦痛に感じる理由がついぞ聞かれたことが無いので、言い掛かりではないかと疑っていた。
個々の利用者が目を通さなくてはいけない書き込みはとても多い。たいていの人は複数の板やスレッドを巡回し、浅く広く流し読みして目に留まった書き込みのところだけじっくり読む。著名人の名前入り書き込みでもない名無しさんには平等に価値がないので、皆がこういう読み方しかできないのは仕方ないところだ。
そういうところでぎっちり詰めて書いた文章を出されると、流し読みではついていけないので読み飛ばされる。またはそこに捕まって流し読みの速度を落とされるので嫌がられる。
当然、諸般の事情により、流し読みしかできない人はいると思う。なるほど、確かにそういう人にとっては、
ぎっちり詰めて書いた文章を読むのは苦痛である可能性がある。ただ、本当に忙しいのであれば、ぎっちり
詰めた所は飛ばすと思うんだが。それに、「改行も出来ない馬鹿」とか余計な茶々を入れる暇が無いはず。
それとも、傍から見るに見かねた人が注意しているのだろうか。よく分からないが。ともあれ、
君の説明のおかげで、何となく事情がつかめてきた。ありがと。
だから適度に文字のない空き地があるような感じにして、流し読みでも特定のキーワードや端的に言いたいことを捉えやすくしてやるのがいい。
ただ、納得いかないのは、僕は、2chで書く時には、5行前後ごとに空白行を入れていて、一行の文字数も50字だ。
これでも流し読みに負担がかかるというのだろうか。だいたい、流し読みという少々失礼な読み方してる人に配慮
しないといけないのも、少し奇妙な慣習だと思う。まあ、忙しい人が多いのだろうから、仕方ないのかもしれない。
そして、僕はルールを知らないから教えて欲しいと言っている。
またえらく尊大などちて坊やだな。
君にはそんな言い方をしていない。他の人に言った言葉だ。ブラウザのタブを沢山開いていて混同したのではないか?
個々のコミュニティには細部に至るまでいろいろと暗黙の了解やお作法みたいなのがあるんだけど、それらの多くは、その方が読みやすい書きやすい探しやすい争いを収めやすいなどの事情で好都合だったから、そこに落ち着いているものだったりする。それのひとつひとつについて歴史背景つきで説明してたらきりがない。
だから、みんな過去の書き込みを読んだり現在進行中の話題を追いかけたりしてその様式をつかみ、それを真似て書き込むところから始める。あとから話題に参加してきた人たちにもできたことなんだし、元増田も注意深く読んでれば怒られない程度には掴めるだろ? それを人は「空気」と呼んでいる。
全くその通りだと思う。1つ1つのルールに丁寧な説明を求めていたらキリがないから、空気を読める分は読むようにしている。
ただ、今回の「改行できない馬鹿」については、特別だった。そのような主張をする人間がほぼ例外なく不作法だったこと、
相手の態度からして言い掛かりである可能性が高かったこと、そして実際に説明を求めても答えられなかったこと、などなど。
元増田は並外れた集中力の持ち主っぽいからあまり苦痛に感じないだろうけど、世の中そういう人は多くないんだよ。
個々の利用者が目を通さなくてはいけない書き込みはとても多い。たいていの人は複数の板やスレッドを巡回し、浅く広く流し読みして目に留まった書き込みのところだけじっくり読む。著名人の名前入り書き込みでもない名無しさんには平等に価値がないので、皆がこういう読み方しかできないのは仕方ないところだ。
元増田も俺も、あなたが書けばみんな読む、みたいな特別な存在じゃない。
そういうところでぎっちり詰めて書いた文章を出されると、流し読みではついていけないので読み飛ばされる。またはそこに捕まって流し読みの速度を落とされるので嫌がられる。
だから適度に文字のない空き地があるような感じにして、流し読みでも特定のキーワードや端的に言いたいことを捉えやすくしてやるのがいい。
そして、僕はルールを知らないから教えて欲しいと言っている。
またえらく尊大などちて坊やだな。
個々のコミュニティには細部に至るまでいろいろと暗黙の了解やお作法みたいなのがあるんだけど、それらの多くは、その方が読みやすい書きやすい探しやすい争いを収めやすいなどの事情で好都合だったから、そこに落ち着いているものだったりする。それのひとつひとつについて歴史背景つきで説明してたらきりがない。
だから、みんな過去の書き込みを読んだり現在進行中の話題を追いかけたりしてその様式をつかみ、それを真似て書き込むところから始める。あとから話題に参加してきた人たちにもできたことなんだし、元増田も注意深く読んでれば怒られない程度には掴めるだろ? それを人は「空気」と呼んでいる。