はてなキーワード: 高体連とは
自分は中学卒業して自分はテニスしかないと思ったので推薦もある工業高校へ推薦をもらい高校へ通った。
高校ではほぼ男子校だし、学科があるので3年間同じクラスメート。
気の合う友達は部活で2人いて、それ以外は今はもうあまり連絡をとっていない。
辛かったことは、
女子がいないこと。
自分はパソコン系の科で同じ学科の子とはそれほど仲良くなれなかったこと。
けれど唯一テニスでは地区大会の高体連では優勝することができすごく嬉しかった。
けれど下手な顧問と3年間は辛かった。
教育が始まって10人部屋に押し入れられ、ホームシックで辛い日々を味わいながらも必死でこらえ現在に至る。
久しぶりにラインで中学の同窓会ラインのプロフィールを見てみるとみんな楽しそうだしすごく輝いてる!
なんかそれを見て普通科の高校に通い普通に大学生になりたかったと思う。
サークルとか入ってみんなと楽しくやりたいなと思った。
働いているからお金も少しはあるし、休みもあるけど21歳として何か足りない気がする。
俺は高校を間違ったのか?
大学生でただ遊びたいだけなのか?
彼女が欲しいだけなのか?
辛い思いから逃げ出したいのか?
我慢が足りないのか?
贅沢してるのか?
なんかさ、高校総体・インターハイの開会式って、生徒総動員で、嫌がる生徒に
無理やり行進やらマスゲームをさせて、幹部が自己満足してるけど、これって、
冷静に見ると北朝鮮の正日が高みの見物で満足してるのと一緒じゃん。
教員たちも、仕方なしに、「うんうん、高校生の運動会にふさわしい会ができた。
生徒がスポーツにかかわるのはいいことだ。」「マスゲームや行進を通じて協調性
を身につけることができた。」とか言ってるけど、それが、生徒の将来にとって
有益であるという客観的エビデンスはたった1つも存在しないわけで。
こんなことに教員としてかかわらないといけないこと、生徒の将来をつぶしている
ことが本当に辛い。
高体連と関わると魂が穢れる。
本当に高体連は解散してくれ。
うちの妹は、バドミントンが結構強くて県何位かだったのだけど、キャリア形成には失敗して
30になっても手取り14万ほど、ボーナスもなしでずっと働いているらしい。
結局さ、運動部ってのは苦痛を我慢させる訓練ほかならないわけで、苦痛から逃れようとする
力を喪失させてしまう高校の運動部活動がどれだけ危険なことか。
この春顧問の割り当てがあり、なんと私の名前が空手部の顧問のところに入っていた。正直死にたい。
私は根っからのスポーツ嫌いである。どのくらい嫌いかというと、オリンピックや野球、サッカーなどのスポーツ中継は一度も見たことがなく、テレビで見かけようものなら一目散にチャンネルを変え、オリンピックの時期に盛り上がろうものなら新聞のオリンピックの記事を破り捨て泣きじゃくるぐらいに嫌いである。
なぜこのようになったのか。私は予定よりだいぶ早く生まれ、かつ、早生まれだったので、小さいときはまわりと比較して体の成長が遅かった。故にスポーツは苦手であった。ここまでは、ただのスポーツ嫌いで済んだのだが、ここにいくつもの事象が根っからのスポーツ嫌いに仕立てあげた。
夏休みになると、ABC放送ではパーマンなどのアニメがやっていた。ところが高校野球のシーズンになると、これがやらなくなる。高校野球は、私から好きなものを奪う最悪なものだと認識した。
中学校に入ると、科学部に入ろうと心に決めていた私に体育の女の先生が厳しい顔をして言った一言がコレである。「男子の人は基本的には体育会系クラブに入ってください」。中学生なりになぜ一覧にあがっている科学部に入るのはだめなのかと疑問を持ち担任に聞いたところ、科学部で構わないということだったが、なぜこんな事をいうのか意味がわからなかった。
中学校のとき、クラスのF君はサッカー部だったが、私から50円を借り返さなかった。ほかの連中も俺をからかってきてばかりでゴミクズみたいな奴ばかりだった。サッカー部の連中は人間性が下劣なことが圧倒的に多い。
中学校のとき、野球部の山本君は、圧倒的体力で、暴力を使って私にイタズラをしてきた。同じく、柔道部のI君は技をかけてきた。
高校は工業高校だった。工業高校に入って体罰を生徒らに加えてきた体育の先生が豹変し、おとなしくなったと思ったら言った一言がこれである「機械が好きで入って来ているような奴はおらへん。だから、俺と、サッカーやろう。」。
別の体育の先生が言った準備運動中、大の字で体育館で寝ているときに言った言葉がこれである。「寝るという行為は大地からエネルギーを吸収する行為なんですよ。」。科学万能主義の私には全く言っている意味が理解できなかった。
先の体罰を加えた先生は、体育の別の女の先生をひっぱたいてたし、バレーボールを土足で蹴ったことが気に入らなかったらしく、生徒が首に巻いていたタオルをつかんで地面に生徒をたたきつけていたし、体育館の入り口に靴が並べられていなかったのが気に入らなかったらしく、焼却炉で靴に火をつけたりしてた。
そんなこんなで、私は体育が完全に嫌いになった。
大学に入ってスポーツ中継が好きな友人に聞いてみたのだ。「スポーツってなにがいいの。なんのためにあるの。」と。すると彼は「スポーツは人々の注意が権力者に向かないようにしておくためにあるんだよ。」と言った。教職を取っていた私は、学習指導要領を確認し教科「保健体育」の目的を確認したのだ。すると「健康を増進することを目的とする」というようなことが書いてあった。ところが、現実には、体育には、ただそれだけではない、日体大の「団体行動」に代表されるような人々の教化する役割が与えられている。
これは、人類の歴史を紐解けばある意味当然なのである。お殿様が領内の体力のある者からクーデターを起されないためには、体力のある者をみつけだして褒美を与えて見方につけて置かなければならなかったのである。これは、憲法が制定され法治主義になった現代でも、人殺しのための武術だけでなく、「サッカー」「野球」のような新たな発明が導入されるようになった他は、戦国時代と何ら事情はかわらない。スポーツは、権力者が民衆を隷属させるためのツールにすぎないのだ。
おとなになってからもこの事情はかわらない。大好きだった同僚から言われた一言が「(付き合うなら)○○もなんかスポーツをして、さわやかなスポーツマンになってください。」である。付き合うのにスポーツができないとだめなのかよ。。。。。
そんなことを考えているうちに、単なる体育嫌いから、一切、スポーツに手を貸したくないと思うと共に、体育会系クラブの顧問は糞だと思い、これに参加する生徒は可哀想な人だと思うように鳴った。これは、正直私の中では、君が代斉唱よりもはるかに嫌悪感が高い。
こんど高体連の会議がある。民衆を隷属させるためにスポーツに手を貸すのは、心が汚れるようで、空手の技やルールが脳の神経ネットワークに刻み込まれるのは、体が汚されるようで、正直つらい。
SNSに「スポーツは民衆を隷属させるために開発されたツールだ」と正直に書いたら、いろいろな先生からひそひそ、「私はスポーツ観戦が好き」「スポーツはリクリエーション」とかいろいろなことを言われてしまった。そういう一般的な理解をしている人がいることはわかるが、今の自分が理解されないことが、もっと悲しくて辛い。
そんなことを夜な夜な考えていると本当に死にたいと思うようになってきて、ついSNSに書いてしまった、すぐに消したけど。
オートメーション化が進み、パワードスーツが開発され、AIで自動車が走り、グローバル化が進み、法治が進んだ未来においては、体力を持っていることなんて何の意味も持たず、地域で争うこともなく(スポーツは自分が属するチームを応援することなどを通して過当競争を促進する)、スポーツ自体が何の意味も持たなくなってしまうのではなかろうか。
死ぬぐらいならとっとと職業やめたほうがいいって冷静に判断がつくので、もう少し耐えてみようと思うが、スポーツに手を貸すのがつらくてしょうがない毎日。
http://anond.hatelabo.jp/20140412184724
上の元増田の話
・部活担当教師が見えない形で被っている負担(この場合は車代差額…維持管理費差額含め、おそらく遠征時のガソリン代も自腹)
・対する待遇の低さ(元増田が書いてる一日当たりの手当額は、高額な方。県によっては1,200円とかのところもある。そして「年度末に予算が苦しくなれば打ち切り」。部活動への外部講師の話はしばしば検討されるが、進まないのは「一日1,200円で来てくれるまともな技術指導者・講師など、普通はいないから」。)
ということも付け加えるべき。(一日1,200円で来てくれる酔狂な講師がいたとしても、「生徒の怪我等には、あなたも個人として責任も負うことになります」と言えば、また、ためらわれる。というかそれ以前に、頼む側の常識が疑われる案件だろう。)
移動なんて、本来は、マイクロバスなどを借り上げて、その費用を部員の保護者に請求すべき筋合いのものだが、公立校でそんなことできようはずがない。請求・取りまとめ・精算にかかる事務の手間だけで、あっという間に部の運営は立ち行かない。だから、元増田のようなことになる。でも、こういう「自己判断でこっそり移動」をさせるせいで、もし事故などが起きれば元増田を守る方法がない。「生徒を自分の車で移動させていた先生が悪い」となる。下手したら「遠征費を浮かすためにやっていたのだろう」などと批判されかねない。
遠征費!何にでも使える遠征費!そんな便利な金があればオレにくれ!生徒には、選手のお前らには学校や県から補助が出てるからな、と言って、連れて行って飯を食わせてた。出てるのは全国大会ですら、片道交通費の8がけと宿泊費一日3,000円くらいだよ。練習試合じゃ出ねんだよ。残りの交通費は学校経費かオレの金だよ。そんで、お前らが今食ってる飯代は10割オレの金だよ、なんて、頑張って全国大会に選ばれた生徒に言えないだろう。保護者から金集めろって? じゃあ「金のない奴は代表辞退しなさいね、つーかそもそも部活なんてやらないでね」って言えんのか? 言っていいのか? どうなんだ? ……すまない。興奮してしまった。(ちなみに私立の学校が代表に入ってる場合はいくらか楽ができた。1/5が1/2くらいにはなったよ。)叩きたきゃ叩いてくれ。頭悪いから、自腹切る以外にいい方法思いつかねんだよ。
これは社会が悪いのではなく、そもそも部活動というものが一般社会の想定する常識とかけ離れたところで運営されていることが悪い(どこの社会人が、毎週土日を潰し、自分の子どもをほったらかし、余所の子どもの習い事を、足代飯代に身銭を切って面倒見るというのか。しかもそれが、事実上、『業務命令』として下されるとは! そんな人がいることを想定してないのは、社会が悪いんじゃない。そういうことを当たり前にやってる組織が悪いに決まってる)。
自分も、教育の隅に席を占める立場で、かねてからこういう不健全な組織は学校から切り離すべきじゃないのかと思ってきた。
(ちなみに、公立校で、教師の自己犠牲や奉仕活動によらないで成立する部活動は、運動部文化部問わず原則一つもない、と言い切ってもいい。)
ただし、これを一種の「社会奉仕活動」だと考えれば、いくらか納得がいかないでもない。海外では休暇などを使って、学校教員が積極的に社会奉仕活動やプログラムに参加したりする。社会奉仕活動をするのは、教員が社会常識を身に付ける上で非常にいい機会だと思うので、本当はそれができるように法や制度を整備すべきだと思うのだけれども、残念ながらそういう風土がない日本では、それに代わる一種の社会奉仕活動として、学校の部活動があると考えてもよい。その意味では、「学校の部活動」という概念を捨てて、「地域社会・一般からの参加を積極的に受け入れる社会運動団体」化を段階的に進めていくというのが一案だ。つまり、クラブチーム化する、ということ。学校の部活に、地域の小学生や社会人、お年寄りまで受け入れるってこと。んで、事務・運営にも一般の方(当面はPTAなど)に入っていただく。プロのある運動競技などなら、プロとの提携も視野に入れる。これにより、
・活動の拡大
……などの利点が見込まれる。だが、その反面以下のような課題も考えられる
・部活動が学校から離れ始めると、学校運営への部活動利用が難しくなる(指導困難な学校ほど、生徒指導と部活動が一体化している現状がある。運動部員がいるから学校が落ち着いている、など)
・現状、これも教員が負担している、大会運営などを行う都道府県の事務組織運営を誰がするのか、という問題(これは、部活顧問に成り立ての若手教員などは余り分かっていないと思うが、地味に相当の負担)これは、たとえば運動部の場合、特定の運動部の都道府県組織だけではなく、都道府県の運動部全てを扱う高体連組織、更にはブロック高体連、全国の高体連の事務局運営なども含めての話。ブロックや全国の事務局となると、予算立てをしてそれ用の事務員さんなどを雇うことになるが、それ以下の大半の組織では、そんなお金はどこからも出しようがない)
……そのため、こういったこと(一度は考える教員も多いと思うが)には、ちょっと手を出しかねて、結果現状維持、となっていると思う。
それらを踏まえて、個人的には、いまの部活動の現状はやっぱりおかしいと思うし、変えるべきだと思う。しかし、「よりよい対案」や「その対案へソフトランディングさせる方法」というのは、なかなか難しい。従って、こういう場合には、むしろトップダウンで(たとえば文部科学省から「全ての部活動は段階的に社会体育に移行すること」という通達を出すなど)進めるのが、改革するにはベストの方法だと思う。
2005年9月3日に行われた2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選 5位決定戦のウズベキスタン代表-バーレーン代表戦での誤審(本来、PKの蹴り直しとなるところをルール適用のミスで相手の間接FKとした)により、FIFAとAFCから国際審判資格の無期限資格停止処分を受けた。当該試合は後日、再試合となった。 なお、当該試合はFIFAが再試合を実行した、唯一の試合となっている。
「プレーに関する事実についての主審の決定は最終である」とするサッカーの競技規則を覆して再試合が行われたことについて、2006年1月17日の朝日新聞のコラム内で、「今後判定を覆すことを認めるルールができるなら、『トシズ・ルール』と名付けてもらい、歴史に名を残したいぐらいに考えていた。」と語っている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E5%AF%BF%E5%85%89
ちょっと調べてみて、こういう事例を見つけたんだけど
それでも高体連には権限がないの?
ていうか結局主審はそんなに絶対じゃなかった…
たとえ話みたいなことしたら再試合だわ
いや主審はしちゃいけないこと(試合終了後の撤回)をしたんだからこれはルール違反でしょ
ていうかールール通りっていうよりもールールを適用するんだから必ず解釈があるわけでーこの場合「ルールに反した主審の決定は、5条の主審の決定に含まれるか」ってところで解釈の余地が生まれるわけでー(というのも「試合は競技規則を施行する主審にコントロールされる」みたいな規則がやはりあるからね)高体連は含まれるって判断をしたんだろ