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はてなキーワード: 補色とは

2019-09-21

anond:20190920193044

牛乳は若干黄色みかかった白だから補色の青を添えると綺麗な白に見えるんだよ

2019-09-12

絵が上手い人の絵が上手い

最近スランプだ。

だが毎日TLを見ていると神がたくさん流れてくる。

そりゃ自分がやべえ!神絵師じゃん!と思ってフォローしてるんだからそう。相手プロだし。

でもただ漠然と絵描いてもアレだから目指すべき方向とか目標を明確にしたいと思ったわけよね。

それでいろいろイメージを固めてベンチマークとなる神絵師の絵をよっしゃ観察するぞい!と思っても、どうなってるのかわからない。

ひとつとってもなんでこういう色で塗ってるのか謎だし。

ここでその色持ってくる?!あ~~補色でそんな蛍光色みたいな明るい赤を入れちゃうのね!なんでここ緑???でも違和感いか不思議!みたいな。

スポイトで色とっても陰影とか反射とか周囲のバランスでその色になっているので、単色でみてもなんでこの暗い茶色肌色になるのか結びつかない。

いきなり完成形で塗ってる人どれだけいるだろう。

いろいろやった結果この線この色この立体このテクスチャになっているので無能が完成形から逆算して手順を想像するの苦行の極み。

まずラフに色載せていって徐々に形にしていくタイプとか、がっつり線画起こして細かくパーツで色分けしていくタイプかいろいろあるわけよ。

他人が描いた絵から学ぶときなにを大切にしてる?

りある観察をするにはどうすればいいのか教えてエロい人。

2019-01-18

anond:20190118155147

しっくりきたか

を例えば、こことここが黄金比で美しいのです。

とか、この色とこの色が補色関係で際立つのです。

とか、こことここを同系統の色にすることで、統一感がでるのです。

とか、いくらでもこじつけられるんじゃねーの?

2018-10-26

俺が語る萌え絵系譜

と言うほど詳しくないし記憶捏造で語る系譜だと最初に断っておく。

萌え絵の直接の親はアニメ絵である。なぜなら、80年代から90年代初頭くらいにはマンガ絵のイラストレーターというのはそれ一本で食っていくのは無理な状況というか歴史的にまだそういう仕事確立しておらず、ゲームも含めイラスト仕事をやっていたのはアニメーター経験者ばかりだからであるマンガ家がイラストレーター兼業していたのは寡聞にして知らん。

で、エロゲー系譜と言うとまた古いのだけれど、グラフィック性能がそれなりになってちゃんとしたマンガ絵が最初採用されたのはおそらく92年の「同級生」だろう。これもイラストピンの仕事であるので、アニメーターである竹井正樹が担当した。

しかし、これが萌え絵であったのかと言われるとやや疑問が残る。おそらく、その絵は今の人が萌え絵と言われて連想する絵とはだいぶ趣が違うはずだ。この絵はアニメ美少女絵であって、決してギャルゲー特有の絵柄ではなかった。

では、ギャルゲー特有の絵柄である萌え絵がどこから始まったのか?個人的にはなかむらたけしCARNELIANみつみ美里甘露樹のあたりが影響として大きかったのではないかと思う。彼らの絵は大きな目が特徴で、どちらかというとすらっとした体つきであった。

そこから樋上いたる、mooなどの丸みのある優しい絵柄も現れ、これらがミックスされて萌え絵パターン的な絵柄が出来上がったのだと思う。

いわゆる、大きな目、低めの頭身、立体感があり、影には彩度が低い色を選び境界ボケた塗り方をする00年代オタク絵の王道パターンだ。

また、この頃になるとアニメーターマンガ絵のイラスト担当するのではなく、マンガイラストレーターという仕事確立してくる。そこに萌え絵が導入されていくのもこの頃のことである

そこからマンガイラスト進化は非常に早い。10年代に入ってくると、影の色に補色を加えた塗り方が隆盛し、目の大きさも00年代と比べると小さくなってきた。また、根本的な画力が足りない人たちはどんどん淘汰されていった。

これらを萌え絵として数えるかどうかは人によって変わってくると思うが、今のCGイラスト萌え絵の影響を受けていないものは探す方が難しいだろう。

大げさな言い方をすると、萌え絵は今のマンガイラストデファクトスタンダードになった。

それどころか海外にも羽ばたいていき、アメリカでも萌え絵の描き方的な本が売られるほどになっている。俺がChristopher Hartの本を手にとって驚いたのはもう5年以上前の話だ。中国台湾韓国イラストレーターも非常にレベルが高い。

萌え絵というのは、既にその単語連想させる00年代オタク絵などとうに通り越してもっと大きな流れを作っているのだ。

2018-09-07

ポンキッキをみるか、アニメをみるか。

幼稚園に通うようになると朝のツラさがはじまる。

社会に合わさなければならない苦しさを紛らわすように、ルーティーンワークとしてのテレビ鑑賞もはじまる。

そこでポンキッキをみるかアニメをみるか。

ポンキッキは難解だ。

アニメには物語構造(経時的な話の流れ)がある。

それは意識を持ったこから慣れ親しんでいる。

しかポンキッキ物語はない。

全体を貫通する筋がない。

物語世界中に太古よりあり似たような構造を持つ。

他国2000年前につくられた神話さえ楽しむことができる。

しか他文化の「笑い」を理解するのはたとえ言語の壁がなくとも難しい。

ポンキッキ物語構造に慣れた幼稚園児がはじめてふれる異文化である

ポンキッキバラエティ番組子供向けにしたものだ。

バラエティ番組こそ「笑い」であり、現代日本について(さら芸能界について)さまざまな暗黙の理解が前提とされている。

出演者誰も知らない場合ボケツッコミ関係も知らない場合バラエティ番組を楽しむのは難しい。(ポンキッキでは芸能人を知らない子供向けに出演者は二体の着ぐるみであり、着ぐるみにの色は赤と緑の補色関係だ)

しかバラエティ番組こそがテレビの本懐であろう。

テレビ本来目的スポンサー広告でありCM時間がメインである

CM時間は15秒毎に話題が切り替わっていく。

CM同士は完全に脈絡がない。

全体として前後関係のないバラエティ番組のつくりは、そういったCM時間に近い。(出演者を知らなければ訴求効果が薄いこともそうだ)

ポンキッキを楽しむことは難しい。

大人毎朝新聞を読むように子供ポンキッキを眺める。

ポンキッキをなんとなく眺めているうちに現代日本の「作法」が身につくのだろう。

2018-04-01

バナーデザインが何か下手

仕事バナー作ってるんだけど

なーんかまとまりが悪い。

他の人の参考にしててもなんだかなぁってなる。

優先順位つけたり、

文字の一部を図として捉えたり、

目立たせたい文言には補色使ったり、

ウエイト太めの文字使うとまとまりやすくなったり。

そのへんはなんとなくわかってきた。

ノンデザイナーズとかなるほどデザインとか本もポツポツ読んでる。

でもなんかあと一歩足りない。

何が足りないかからないけど確実に何かが・・・

メリハリとか、感覚的な部分のセンスが足りないのだろうか?

今すぐ補いたい・・・

2018-01-11

anond:20180111183054

色相対比や補色対比なんかは、この色とこの色を並べるとこう見えるという本能的な反応を配色に生かしたものなんだろうね。

2017-11-27

自分だけの知覚の世界

同じ1つのリンゴを見ている時に、同じ色を見つめていても私とあなたでは見えている色が違う。という感じ方の違いや主観的認知ギャップがあるらしい。

これをクオリアと呼ぶらしいけれど、私には自分だけの独特な知覚の感覚がある。それを友人に話したりするのだけれど、共感を得る事は皆無で、同じような感覚を持っている人がいるのかをずっと知りたい。

それと同時に似たような独特の感覚を持っている人に、こんなバリエーションもありますよ、とエピソードを教えて欲しい。

個人のよくある体験としては以下のものがあった

(1) タイムスリップ

自分では1,2秒のほんの短い時間だと思っているのに、時間が経過している。これは小学校低学年の頃に頻発していた。ほんの瞬きをした位の時間に過ぎないのに、友達が驚くほど遠くにいたり、休み時間が終わっていたりする体験。私が数秒と感じている時間現実では数十秒から数分が経過している。

(2) 痛覚と匂い

頭を強く打った時や激しい腹痛の時、精神的に不安感を感じた時に鼻の奥から焦げるような匂いを一瞬感じる。匂いの種類としてはタンパク質が焦げたような非常に嫌な匂い

(3)勝手映像再生

ふとした瞬間、一度だけ行った駅や通った道の映像再生されてその場にいるような気持ち再現される。

なぜかその世界には私1人しか居ないのと音や匂い存在しない。

図書館博物館など何10回も通った場所だと、場所記憶3Dモデルのように再現できる。実際に中を歩き回って展示品や開架書籍の棚番号を探す事ができるけれど、改装リニューアルオープンしてしまうと記憶が上書きされるのではなく、別の建物として現れ、別個の存在として扱われる。

(4) 5秒間巻き戻し再生

人の話を聞いていない時に「どう思う?」「話聞いてた?」等と聞かれた時にとっさに直近の5秒間くらいの音声を巻き戻して再生する事ができる。上の空で授業を受けてた時の教師質問や、電話口で聞かされた番号などをメモし忘れた時に便利。

返答できても、上の空の態度だった事は変わらないので結局咎められる事が多い。

(5) 暗闇で見える模様

真っ暗闇の中など、焦点の絞りが合わせられない状態で目を開いていると、赤や緑色ドット模様が明滅して流れてゆく映像が見える。

(6) 黒が様々な色に見える

黒色が状況や精神状態などで色々な色に見える。ディスプレイ上の黒い文字でも緑、黄色、水色に見えるし、例えば自然光のまぶしい所で本を広げると印刷された文字赤色に見え、暖色の照明の下でコーヒーを見ると場合によっては濃紺に見えたり、物の影が緑色に見えたりする。これは色の恒常性補色補正関係しているかもしれない。

また横断歩道封筒満月など薄い白い物の輪郭オレンジと青の補色などで見えたりする事もあるが、これは乱視関係している気がする。

幻覚や幻臭よりの体験が多いのですが、統合失調症などの診断を受けた事は無く、これらの体験日常生活で不便を感じた事はありません。

この感覚わかる、という人や上記類似する、人に言っても理解されない独特な感覚を持ってる人は良ければ教えてください。

2017-11-06

知性を持つ食人種が倫理的葛藤したり人類交渉したりする、バトルや恋愛とかがメインでない物語が知りたい

旧題:吸血鬼絶対悪ではない吸血鬼物語があったら知りたい

2017/11/06 18:34追記)タイトルに関して「別に吸血鬼じゃなくても」という意見があってそれは実際そうなので一般化して「捕食者が絶対悪ではない食人物語があったら知りたい」って頭のなかで書き直してみたら「『野火』じゃねーか」っていう気がしてきた。まああれは非常時における食人であって習慣としての食人ではない。

全部満たしていなくてもいいので吸血鬼種・人類種間の種族間の問題を描くような物語があったら知りたいです。

よろしくお願いします。

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追記:

吸血鬼に限らなければ2以降のデッドライジングがそんな感じか。

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追記2 (2017/11/06 17:32)

うぉっと、こんなにブクマがつくとは思いませんでした。

吸血鬼ものが一大ジャンルであるということを再認識しました。

全体的に単に私が読書不足なだけでサーベイ代行とかそういうのではないです。

そもそもこれを考えたときに視ていたのは『クジラの子らは砂上に歌う』です。

クジラ側の住人(特にチャクロ)などが感情共感を仲間かどうかの規準とおいている(まあ大抵の少年少女向け物語ではそうですが)のが気になって、

この世界に行動レベルでは倫理的逸脱をしないサイコパス存在したらどう扱われるのだろうとそのようなことを考えました。

しかし、共感ベース倫理を組むというのは上に書いたように多くの物語でそうですし、(少なくとも感情レベルでは)現実世界でもそういうところはあるだろうとは思います

ざっくりとした理解では食肉に絡む動物擁護派の一部は忌避行動で苦しみを測れるとし、実際攻撃に対して忌避行動をとるので苦痛を感じているはずだとして屠殺を伴う食肉が倫理的ではないとしていたと思います(それでファイナルアンサーかはともかく)。

もし、動物が人語を語るのならば苦しんでいるか否かは動物たちの語る言葉によって判断されるだろうと思います

何れにせよ共感を持てる対象かというのは言語的反応や身体的反応が似通っているかによってたいてい判断されているんだろうと思います

そして身体的反応と言語的反応を比べた時言語的反応のほうがおそらく重要視されるだろうと思います(*書いてから思ったが要検討:「言葉は嘘をつくが、目は嘘をつかない」とか)。

それで言語レベルでより強い共感性を持つ捕食者・被食者の集合というものを考えたとき吸血鬼に思い至って上のようなものを書いてしまったわけです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/347980048/comment/hobo_king

hobo_king 本文を読むに「『その生態の特殊性から過去において様々な軋轢を生んだ吸血鬼だが、現代では人間(食料)への最大限の配慮を主張する個体存在する世界吸血鬼物語』があったら知りたい」って感じ。長い。

だいたいそんな感じです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/347980048/comment/Silica

id:Silica タイトルの付け方が…吸血鬼ものじゃなくても、知的生物同士が捕食被食関係にあるような世界を描いた作品あるけど、そういうのはどうなんだろう

タイトルは追記にゾンビの話書いた時点で書き換えるべきでしたね。上のように言語レベル意味を共有できる知的生命ならいいのでぜひ知りたいです。

仮に吸血鬼絶対悪だとしたら人類もしくは吸血鬼どちらかが早晩絶滅するから物語が成立しないってどこかで読んだ気が。

これは数理生態学の本読むとそんな単純なものでもないというのがわかると思います中学理科でもあったように肉食獣が増えると、草食動物が減り、餌が減った肉食獣の生存率が下がり、やがて草食動物が増えという感じで振動します(植物の絡みは省略)。1捕食種-1被食種のケースが最も単純で、そうでないケースではもっと全種全滅みたいなケースが起きる確率は減ります

とは言えウナギの例もありますし捕食者の補色ペースが早すぎたら絶滅ということもあるかもしれませんね。

その他色々有り難うございます。気になるやつから読んでみます

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605120148

なにがついでにだ嘘松。

まれつき金髪の人でもまだらで汚らしいからわざわざもう一度金色に染め直すみたいな話聞いたこと無い?

真っ白な白髪って実は難しいんだよ。大抵黄ばんでる。

そこで紫や水色のカラーを入れると補色効果キレイ白髪に見える。

白髪もっと長持ちさせたかったり、紫自体を気に入って、やり過ぎてる人が居るってだけ。

2017-02-21

虚言2017

カラス世界黄色く見えるならば補色関係の黒を纏うとす。

2016-08-23

東京五輪セレモニーの優れた配色

日の丸の赤というのはまさに暖色の中心の赤。

それを中心に据えながらCool Japan表現する難しさはデザインを心がけた人間ならすぐに分かることだ。

しかし、あのセレモニーには確固たる答えがそこにあった。

セレモニー中に使われている暖色は赤のみ。しかも、FF0000と表記したくなるくらい原色の赤。

それに対して、ショーのメインとして使われているのは白黒のモノトーンと、赤の補色に当たるシアンとそれより寒色側に位置する青系のみ。

基本となるモノトーンは、潔さや清潔感想像させる白、礼儀や誠実さを感じさせる黒という日本代表的カラーと言える。

そこにただ寒色系を織り交ぜだだけでは無機質で寒々しいショーになってしまっただろう。

しかし、日本の象徴であり暖色の代表格と言える赤を、さらテーマカラーではなくアクセントとして時に大胆に用いたことで、内に秘める情熱やたぎるような生命力が見事に表現されていたのだ。

恒星は青くなるほど温度が高くなる。そんなことをも思い出させてくれるような、火傷では済まない熱さが伝わったはずだ。

そのために黄色や緑などの生命感溢れるカラーを徹底的に排除し、それが生命力溢れる原色を前面に押し出すリオのショーに対して真っ向から挑むことになったのは単なる偶然ではないのかもしれない。

リオが押し出したのが生命自然だったのに対し、マリオドラえもんなどの非実在キャラクター都市テクノロジーなどが存分に登場するムービーがそれを物語っていると言っていいだろう。

多くの観衆や視聴者はこのたった10分間だけのショーを見ただけで、リオオリンピック過去のものになってしまったと感じたはずだ。

その証拠に、東京五輪セレモニーを挟んだ前と後のショーとでは全く違うものに見えたのはわたしだけではないはずだからだ。

一見挑発ともとれるこの行為は、まさに地球の裏側であり全く文化の異なる国にバトンが渡されたことを意味するには効果が絶大であり、オリンピックが終わった直後であるにも関わらずすでに4年後を期待させるにはこの上ない演出となったと言っていいだろう。

居合わせた観衆や視聴者の誰もが東京五輪に少なかぬ期待を抱いたはずだ。

ここまで大したデザイン勉強したこともなく、ホームページの配色くらいしか担当したことのない人間妄想だったがいかがだったろうか。

しかしそれよりも何よりも、自らの人生40年を振り返って、まるでその集大成走馬灯のように見させられたかのようであまりにも感慨深かった。

本当に近頃の商用文化だけでお茶を濁すようなものにならなくてほっとしている。この時代に生まれてよかった。

ただこの考えで行くと、小池百合子氏が選んだ高価なお着物の配色は東京五輪テーマとはそぐわなくなってしまうのだがこれは何かの暗示だろうか。

2015-12-24

ユメニーでマジイキすると現実に戻れなくなるのでおすすめしま

http://anond.hatelabo.jp/20151223021454

http://anond.hatelabo.jp/20151223201827

すみません、御二方に便乗する形になりますが、少し思うところがあったので。

未知なる快楽に挑戦するといった観点からは、たしかアナニーもサイニーも有効アプローチですし、そういった活動真摯に取り組まれる方を心から尊敬しています

ですが、もしも本当に《快楽彼岸》へ辿り着こうとするならば、私たち現実を捨てなければならない。私は長年の自慰研究において、そう確信したのです。ややマイナーな部類ではありますが、ここではユメニーをご紹介いたします。

ユメニ―というのは、その名の通り「夢」のなかでオルガスムスに到達する方法です。

前提条件として

 1.夢の内容を記憶していること

 2.夢を自由自在に操れること

 3.興奮によって夢から目覚めてしまわないこと

の3点が必要です。そう、つまり明晰夢によって極地に達するわけですね。

ユメニーの場合男性は大変ですね。男性性的な夢を見ると、無意識的に射精をしてしま性質夢精)があります。これがユメニ―修行の大きな難関として立ち塞がります

男性はこれまでの経験から、「射精の瞬間」を悦楽のクライマックスだと誤認している。まずはこの認知エラー修正する必要があります。(手始めにアナルを開発すると良いです)

夢のなかで満たされる快楽と、精液を放つ快楽とでは、まさに「月とスッポン」です。たかだかスッポン快楽に溺れて愚かな行為に走ってしまう人が後を絶たないことを、私は悲しく感じますし、憐れみさえ覚えるものです。

私たち人間は、理性ある動物として、肉体的な快楽と決別すべきです。さらなる高み、上位の快楽次元を追求し《超人》を目指すのです。

快楽上位次元への到達が唯一可能なのは、ユメニーだけであると私は考えます

いいですか? 夢のなかでは、時間も、空間も、すべて私が支配する。《空間時間》というアプリオリ概念を夢によって塗り替えるのです。

私たちユメニストは、日頃から夢日記」「アクティブイマジネーション」「瞑想」「補色残像を用いたイメージ拡大訓練」「体外離脱」「自律訓練法」「意図的金縛りを引き起こす」などの血の滲むような修行を積んでいます明晰夢の完全会得には、私も4年の歳月を要しました。

初心者の方には「夢日記」をおすすめします。夢の内容を忘れてしまうのではユメニ―など夢のまた夢ですので、まずは夢を忘れない能力を身につけてください。

夢日記を1年間も続ければ、かなり鮮明に夢の内容を記憶しておくことができます

夢日記は、枕元にノートペンを置いておくか、もしも初期投資を惜しまないのであればポメラを買って活用するのが良いです。

私はすべての夢をポメラで記録していますが、あれはとても楽です。Wordに移して確認してみたら、夢日記の総文字数が300万文字に達していました。小説を書くわけではないので、文体はめちゃくちゃで、箇条書きや単語の羅列でも構いません。とにかく「継続すること」が大切です。

夢を記憶できるようになったら、次は明晰夢(夢のコントロール)を会得します。詳しい訓練法と書くとこのスペースではとても書ききれないので、ググってください。

最近幽体離脱にはまった』というタイトル2chウィキおすすめです。

幽体離脱と聞くとオカルトな印象がありますが、言ってみれば身も蓋もない「明晰夢」のことです。したがって「幽体離脱を会得する=明晰夢を会得する」と考えて頂いて大丈夫です。

幽体離脱ができるようになったら、いきなりエッチなことをするのではなく、まずは「夢の滞在時間を伸ばす」訓練に努めてください。私の場合は「夢世界カップラーメンを作る」という修行を積みました。これで最低でも3分間は夢世界滞在できるのです。

自称明晰夢者――クリアドリーマー」には、たった10秒間くらいしか明晰状態を維持できないのに「俺はできる」と思い込んでいる人がいます。私もかつてはそうでした。

しかしそこで満足していては成長がありません。明晰夢ができるようになっても、現状に甘んじてはいけません。人間はいだって成長できる。精神的に向上心のないものは、馬鹿です。

熟練のプロともなれば、夢世界で3年近くを過ごせる人もいます。(3年というのはあくま体感時間であって、現実時間ではありません)

レベルダイブするにはコツがあって、それは「夢のなかで眠り、もうひとつの夢を見ること」(夢中夢意図的に作り出すこと)です。夢中夢をある程度コントロールできるようになれば、目が覚めてもそこは現実世界ではなく夢の世界になりますので、理論的には半永久的に夢のなかにまり続けることができます。(理論通りにいかないのは、人間の肉体としての限界が必ずどこかで生じるからです)

ユメニ―の素晴らしさを知らない人が「たかだか夢のためにどうしてそこまで努力するんだ?」と疑問に思われるのは仕方のないことです。しかしよく考えてみてください。もしも夢のなかで、なんでも自分の思い通りにできて、しかもそのリアリティ現実を上回るのだとすれば、それに優る幸福がこの世界のどこにあるというのでしょうか。

私は夢のなかではすでに、恋人と5年以上付き合っています。夢のなかでは友人にも恵まれ永遠青春を満喫しています現実世界のことで悩んでいる人たちを見ると私は「まだ現実で消耗してるの?」と声をかけたくなるのです。

さぁ、現実なんて捨てて、私と一緒に夢の世界に逝きましょう。

まずは夢日記それから明晰夢です。高度に情報化された世界では、夢の操縦法なんてもの検索すればいとも簡単に情報が手に入ります最初の第一歩を踏み出すのは、これを読んでいる方々です。

えーっとどこまで話しましたっけ。というか今私は文章を書いていますが、ここって本当に現実世界なのでしょうか。

なんかキーボードがふわふわとしていて感触がないんですよね。

ああ、声が聞こえますね。アヤコの声です。可愛いですよね。

多分書いたと思いますが、今ここにいる彼女が、5年間付き合っている私の恋人なのです。

近いうちに結婚する予定で、ええ、幸せな家庭を築けるように頑張らなきゃですね。イブ増田なんてよしてよ、とアヤコが笑っています。あ、そんなとこ触ったらくすぐったいって。あ、アハハハ。

あ、本当に呼ばれているので、ちょっと離脱しますね。ではまた名倉で

2014-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20140428163903

「○○の戦闘シーンが臨場感にとんでいて面白かった」

まぁ、最初はそんな感じかな。

鑑賞対象作品を細かく分解し、どの部分のどの要素が自分に感銘を与えたのか言えるようになれば十分でしょう。


「○○の戦闘シーンのカメラワークが大胆で、敵と味方の色彩の対比が素晴らしかった。静かすぎるBGMの中に突如炸裂する爆発音には思わず体がびくっとなったよ。

そのくらい臨場感にとんでいて面白かった。」

作例が下手で申し訳ないけど、こういう分解できる能力が大人なんだと思ってる。

より多くの面白いモノ、美しいモノを見てきた結果として養われる審美感のようなものだね。相応の語彙も必要


評論家なら、

「この色の対比は補色関係にあって、この部分とこの部分のサイズ黄金比を形成し・・・・だから、素晴らしい」

みたいな論理的な説明的感想が望ましいでしょうけど、これを一般人に求められることはまず無いでしょう。笑

2014-01-13

小5から今までネットやってきて思ったこと。

 小5から今まで(もうすぐ高2だから、大体6年)ほぼ毎日ネットしてた阿呆

 6年という時間が短いか長いかは人それぞれで変わるだろうが、自分の中ではまだまだ短い。

 インターネットとは何か。納得できる答えは、いつまでたっても見つからない。逆に、6年では答えが出ないということが分かった。

 短いとは言っても、6年かけて貯めた経験値は自分にまぁまぁな自信をつけた。

 例えば、初めて手を出したSNSLINEという友人(今じゃぁ普通に見られる光景)がいたとして、ローマ字入力キーボード情報時間以外触らないもんだから、短く簡潔にやや遅くちょっと素っ気ない文でリプライが返ってきた時に、あぁかわええのぉ、と、大人ぶった上から目線でその友人と接することができる。勿論、友人はイラつく。

 で、数日して、顔文字辞書なんかいれちゃったりして、崩れまくったAAなんかコピペしたりして、ちょっと自信有り気にメッセージを送ってきた日にぁ、初孫が初めて家にやってきた子煩悩ジジィのように愛でて、さらイラついてる友人を撫で撫でしながら優越感に浸る。

 と、まぁ、ネット歴6年の成果といえば、意地汚い優越感と自己中心的幸せくらいだろうか。

 本題に戻って、ネットやってきて思ったことなのだが。

 自分は、はてなブックマーク・スペース・ブログもやるし、YouTubeニコ動USTREAMも見る。TwittertumblrGoogle+に(Facebookはやってない)mixiGREE、もちろんLINEと、大手SNS殆どを試してみた(殆ど飽きた。tumblrだけ続けてる)。オンゲも幾つかやってるし、もちろん思春期男子ですからFC2xvideos・・・

 また、自分は一切触れたことは無いので省略したいが、例えば会社が構築したネットワークを介してファイルサーバーアクセス適当)とかも、一応ネットであるネットと聞いて真っ先に思い浮かぶものがそれの人もいるだろう。だが、「小5から今まで」自分がやってきた「ネット」について「思ったこと」を書くスタンスなので、ここではあまり考えたくない。

 上記したサービス自分がこれまでやってきたネットの一部だが、それらは自分にとって娯楽であり趣味であり暇つぶしである。そして、その殆ど実用性なんてもの存在しない。一介の高校生である自分には、不必要ものばかりだ。まぁ、毎晩のようにお世話になっているサービスもあるが、それはそれで、悪友から借りたエ○本を読めば良いだけで、今の時代だと十分実用的な漫画普通に売られてたりする(某ダークネス)。

 つまり、なんか最近ネットつまんないなぁってことですね。

 思いっきり省略したけど。

 ここまで書いてきて最終的な結論が、6年やってきて思ったこと=最近ネットつまんない、とは、阿呆丸出しなのは重々承知の上。ネット自体が変化したのか、自分現実のほうが面白くなってきた証なのか。きっと後者でしょうけど、つまんないと感じてる人は他にいないのか?淡いが、無駄補色なもんだから目立ってしまっている期待を胸に、ふらふらと辿り着いたのがここ。見せかけの匿名は、自分が小5くらいに問題となってたことだから、どこか懐かしさを覚えて選んだのかもしれない。

 「小5から今までネットやってき」た少年が、結構素直な気持ちで書いた日記純粋過ぎる心で書いたせいか、読みづらい文になってしまった。

 6年やってきて思ったこと、というより、6年やってきた少年最近思っていること、になっている。この日記自体が、思ったことを伝えようとして、うまくまとめられなくて、失敗した結果だと思えば、表題の答えも自ずと現れるのではないかと、暇人に丸投げにして、夕焼の綺麗な空を眺めながら散歩でもしよう。

 
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