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はてなキーワード: イースタンとは

2019-12-23

WとE

毎度『どっちが東だっけ?

えーと、ウエスタンがW、イースタンがE。マカロニウエスタン西部劇のあれだから西部。Wが西か。』

みたいに思い出すのだけど、こんな感じに遠回りして思い出すみたいのなんかある?

2016-08-21

◯◯ジャパン

ネーミングがダサすぎる

サムライジャパンなでしこジャパンという「日本象徴する物+ジャパン

日本代表象徴する渾名必要なのに、そのまんま”ジャパン”を付けてしまうダサさ

・その他フェアリーだのポセイドンだのさくらジャパン

さら意味がわからなくなった言葉の羅列

雰囲気フレーズを持ってくるのはいいが、ジャパンをつけるな

ブルーポセイドンとかイースタンフェアリーとかでいいだろ(このフレーズでいくならと言う例)

もっと言えば東洋の魔女でいいだろ

サムライブルーだけはまだましだと思う

サムライブルージャパンという渾名本来意味を正確に表しているし、色を持ってくるのは定番(正しくはSamurai's blueだけど、日本英語の類なのでこのくらいの文法違いは許容できる)

とにかくジャパンをつけるなダサすぎる

2016-02-20

自分音楽遍歴を振り返ってみる

年と性別は察してください。思い出しながら、自分の音楽遍歴を書く。

中学時代 19(ジューク)

姉が19のファンクラブにいた影響で、19を聴き始める。真面目に音楽を聴き始めたのはたぶんこれが最初だ。あとは、姉が定期的にヒット曲のCDをツタヤで借りていたので、それをちょいちょい聞いてみるなどしていたが、ヘビロテしていたのは19だった。朝早起きして「音楽」をリピートしながら勉強するのが楽しかった。

中学生の自分にとって326の歌詞はやたらと心地よく、将来は作詞家になりたいなどと本気で思ってしまっていた。

高校時代 ゆず/ミスチル/椎名林檎/ゴイステ

ひょんなことからブルースハープを始めることとなり、その関係でゆずを聴き始める。ゆずブルースハープパートハーフベンドができれば大体の曲はコピー出来るので、ゆずのCDと一緒に楽譜も買い漁った。なお、ギターはFコードをうまく押さえることが出来ず断念している。ブルースハープをやっていくうちにハイロウズ山崎まさよしもちょいちょい聴いていたが、ヒロトは化物だと思った。個人的にはボディは木より樹脂のほうが好き。

また、やはり姉がミスチルベストツタヤから借りていたので、その影響で自分もミスチルを聴き始める。ファーストから最新までのフルアルバムミニアルバムを全部借りて聴いていた。桜井和寿天才だと思った。

椎名林檎は、中学時代から姉がCDを持っていたので、その影響で聴き始めた。当時好きだった女の子林檎が好きだったので、相乗効果でやたらと聴きまくった記憶がある。虐待グリコゲンとか発育ステータスとかツアーメンバーバンド名をつけてるんだぜ!って自慢気に高説を垂れていたので、今思えばとても恥ずかしい。あと、「一期一会」を聴いて、スピッツちょっと聴いていた。「花鳥風月」と「フェイクファー」でお腹いっぱいになった。

ゴイステは、当時やっぱり童貞ソー・ヤングが流行っていたので、「さくらの唄」をヘビロテした。捨て曲がまったくない!と思った。峯田最強だぜ!って思った。

ちなみに、ゆず/ミスチル/林檎(事変)/ゴイステヘビロテは、大学の2年くらいまで続く。

どうでもいいが、受験シーズンはなぜか大塚愛にドハマリしてファーストのPretty Voiceヘビロテしていた。

大学1年 ミスチル/東京事変/バンプ/大塚愛/PE'Z

先にも書いたが、当時はやたら大塚愛が流行っていたからか、可愛かったからか分からないけど夏ぐらいまで大塚愛ヘビロテしていた時期があった。ただ、夏が過ぎたら飽きた。

大学に入ってからは、CDだけではなくライブDVDにまで手を広げるようになっていた。当時は桜井和寿Bank Bandライブなどをやっていて、ライブDVDを傷だらけになるほど見た記憶がある。東京事変ライブDVDも見まくった。透明人間を見て、ヒイズミすげーってなってた。そこからPE'Zを聴くようになった。

バンプは、先輩が聴いていたからだと思う。ヒット曲シバ飛ばしているのに厨二くさい歌詞と曲が、遅れてやってきた中二病患者の自分にとっていい感じでマッチしていたと思う。ただ、ユグドラシルより後あたりから、なんか曲がポップになってやる気がなくなっていった。

大学2年 ピロウズ/音速ライン/銀杏BOYZ その他ロキノン系

ちょっと前に遡るが、ピロウズ15周年だかでコンピレーションアルバムを出したときミスチルも曲を提供していて、久々に聴いてみたらStrange Cameleonいいなあ、おっ、ベスト出てんだ、んじゃそれ借りて聴いてみようってなったのが最初だったと思う。ベストなんで良い曲ばっかりなのは当たり前だよね。いろいろなアルバムを借りては聴いてを繰り返した。個人的には巴里の女性マリーが好き。

音速ラインは、ナツメが良かったのでちょいちょい聴いてた。ジャケット盗作じゃねーのって噂にはなっていたけど、そんなのはどうでもよく、逢いたいを聴きながら手塚治虫のMWを読んでいた。

銀杏は、そもそも忘れていた、っていうのはある。銀杏アルバムが出てから何年か経ってたけど、峯田が新バンド!?んじゃ聴いてみよう、ってなってた。冬の寒空に東京ヘビロテしながらタバコを吸っていたのは本当に良い思い出だった。

あとは、スキマスイッチ/レミオロメン/7188/エルレ/テナー/ART/ブランキー/アジカン/ミドリカワ/時雨など、数えたらきりないけど、なんかそこらへんの所謂ロキノン系をいろいろ聴いて回ってた。十把一絡げにロキノン系で括るのは良くないかもしれないけど、なよいロックインディーズから上がってきたのはだいたいロキノン系いいんじゃないかなって今でも思っている。

この頃からだんだんマイナーバンドばかり聴くようになったため、メジャーどころはあんまり聴かなくなっていった。

大学3年 ミドリ/向井秀徳/ゆらゆら帝国/灰野敬二/Casiopea など

「とりあえずガッツリ邦楽を聴いてから洋楽に行こう!」というなんだか良くわからない縛りを設けて音楽を聴いていた。

きっかけは忘れたけど、どこかの動画ミドリ発見して、後藤まりこYABEEEEEEってなったのが春先での出来事だったと思う。アドレナリンがヒルルク状態のままわりとすぐにライブハウスに赴き後藤まりこを生で見た。パンツが見えるとか見えないとかはわりとどうでもよかった。山本直樹画のTシャツをわりと愛用していたけど、大学卒業と同時に処分してしまった。もったいない。このあたりから、「ライブに行く」というのをちょいちょいやるようになる。

向井については、ちょうど向井秀徳が大好きな烈海王そっくりな奴がいたので、その影響でちょいちょい向井秀徳バンドのCDを聴いて回った。その関係でイースタンとかブッチャーズとかをヘビロテして回った。当時の心境を振り返ると、「アジカンイースタン向井パクリじゃねーか!」というひっじょーに恥ずかしい理論を脳内で展開しており、脳内で展開するだけならまだしもmixiで毎日のように「◯◯はすごい、☓☓はクソ」といった日記を書いていた。すんごい恥ずかしい(ちなみに今はもう退会済み)。今思えば、イースタンブッチャーズナンバガも、夏の日の午後とか7月とか透明少女とかすっごいヘビロテしたし人にも勧めたい曲はちょいちょいあるのだけど、アルバムを通しで聴くとすっごいダレる。

どう贔屓目に見てもクッソ痛々しい中二病患者のクソ理論をmixiで展開しつつmixiで情報を拾うという蛇が蛇を食うような生活をしていたある日、ゆらゆら帝国を知ることとなる。経緯は忘れたけど、mixiで「このバンドおすすめ」みたいなコミュがあってそこから知ったと思う。はねるのトびらゆら帝の曲が使われていたのは、ゆら帝をちゃんと聴き始めてから知った。メタルとかフュージョンみたいにバカテクではないけど上手い演奏、なんだか良くわからない歌詞と歌、耳をつんさくギター、そして一グラムも人気になろうと思ってないルックスビジュアル、どれもがやばくて、深夜、学校帰りに「なましびれなまめまい」の星になれたをアホみたいにリピートした。数年に1回くらいのペースで亀川ベースがすっごい変態的になるイメージだった。

もうここまで来ると流れがお分かりかと思うが、亀川千代灰野敬二にそっくり、という流れから灰野敬二もちょいちょい聴き始める。「わたしだけ?」の捧げるが個人的にはスーパーフェイバリットなのだが、試しに友人に聴かせてみたら大不評であったため、このあたりから自分の音楽の趣味を人に言わなくなる。

そしてCasiopeaだが、亀田誠治って本当に上手いよね。って思っていたのだけれど、2chのスレを漁っていたら、もっと上手い人がいるんだ!?ってなって、どうやらこのテのスレで頂点に君臨するのは櫻井哲夫で、彼はCasiopeaベーシストらしい、という流れでCasiopeaを聴き始めたのだった。だが、最初に見た動画ライブ中満面の笑みでチョッパーを連発しつつ客席に乱入する変なおじさんだった。このあたりから、所謂「フュージョン」というジャンルに手を染め始め、Jaco Pastorius出会うこととなる。

並行してなんかロキノン系もちょいちょい聴いてたけど、もういいや書くのめんどくさい。ベボベの例の動画からヤマジュンを知ってヤマジュンパーフェクトを買ってしまったのが大学生時代最大級黒歴史ではないかと思う。

当時ジョジョを読んで、なぜか四部だけのスタンド名の元ネタバンドアルバムを聴きまくった時期もあった。

あと、相対性理論自主制作盤を買ったけど、見た目がすごくしょぼいCD-Rで、数年後売ろうとしたら「売り物なのか自分で作ったのかこちらでは判別出来ないから買い取れない」と言われたのは良い思い出だ。

大学4年から卒業まで ゆらゆら帝国/灰野敬二/CAN/Jaco Pastorius

Jaco Pastoriusについては多くは語らない。件の烈海王がやたらプッシュしていたので、聴き始めた。彼については、Weather Reportに加入するときも超上から目線で「君の音楽すごく良かったYO」「俺は世界最高のベーシストなんだZE」と言って門前払いされたのは最高にロックだと思う。その関係で、Sex PistolsとかJoy Divisionとか早世アーティストバンドをやたらヘビロテしていた。

ゆらゆら帝国灰野敬二は引き続き聴いていたが、ゆらゆら帝国はどうも昔のバンドごった煮らしいぞという情報をキャッチしたので、このあたりからクラウトロック/プログレ/USパンクやらに傾倒していった。MagmaとかAmon Düülとかいろいろ聴いて、CANはすごくいいぞ、ってなって、当時海外で生活していたけども、ずっとCANの「Tago Mago」と「Ege Bamyasi」を聴きまくっていた。ダモ鈴木を愛でまくっていたし、けいおんのMMDでCANのPaperhouseとか出来ねーかなとか思ったものである。Thiefをヘビロテしながら就活して回った。

大学卒業から1年くらい ヒカシュー/古代祐三/ファルコム

当時はやたらとけいおんが流行っていた。けいおんメンバーはだいたい実在するミュージシャン名前をもじったものであることは周知の事実だが、HTTのモデルであるP-MODELは知らなかったので、その絡みでP-MODELヒカシューPlasticsが競演している動画を見て、ヒカシュー、というか巻上公一YABEEEEEEってなって、オーガス02などを見て、アニメにハマり始めた。あと、テクノ御三家ってことで、YMOもちょいちょい聴き始めたのがこの頃だったと思う。

なぜ古代祐三にハマり始めたのかは詳しくは覚えていないけど、確か世界樹サントラ動画を見たのが最初だと思う。そこからイースソーサリアンスキームなどといろいろ聴いて回った。並行してファルコムゲーム音楽にもハマっていったのを覚えている。

それ以降 ファルコムからのメタル インギーとガルネリ

バレスタイン城の埼玉最終兵器アレンジイントロStratovariusのHunting High And Lowにそっくりとか、偉大なる試練がYngwie MalmsteenのFar Beyond The Sunのモロパクリであるなどといった理由から、ちょいちょいメタル聴くようになる。

特に事故前のインギーのJet to Jetは本当に圧倒的で、音の弾幕がすごくて、なんだろうこの人、なんでこんなにいろいろ弾けるんだろう、すごいなあって思った。そんなある日のこと、たまたまハンターアニメを見ていたらEDが思いっきメタルで、バンド名もGalneryusで「あっ…」てなったりした。バイオリン名前バンド名って絶対メタルだよね。

そんなに数は多くないし、XとかIRON MAIDENとか超メジャーなところは意図的に避けてたけど、所謂ネオクラとかメロスピとかにカテゴライズされるバンドをちょいちょい聴くようになった。特にガルネリはANGEL OF SALVATIONあたりから入っていって、Silent Revelationを聴いたら「あれっ、ハンターの人じゃない」ってなって、YAMA-B超SUGEEEEEEってなってちょいちょいコミケでYAMA-BのCDを買うようになった。ジョジョ四部の主題歌はYAMA-Bやってくれないかなって今でも思う。

最近 グラハム・ボネット

Jet to Jetの動画を漁っていたら、横山やすしみたいなおっさんが歌を歌ってるぞ!となり、Alcatrazzにハマった。比較的クリアハイトーンボイスに慣れていた自分にとってグラハム・ボネットのだみ声は最初はハマらなかったけど、聴くうちに良いと思えるようになった。

やっぱり多くは語らないけど、「メタルといえば革ジャン」みたいな風潮にあって横山やすしみたいなリーゼント+スーツ+グラサンで自分を貫き通したところが最高にロックで、聴けば聴くほどハマる声と合わせて、最近フェイバリットになっている。

なお、横山やすし松本人志のやすしくんしか知らない。

まとめ

振り返ってみると、なんかいろいろな音楽を聴いているなあって自分でも思った。ただ、mixiでクソ理論を展開しまくっていた黒歴史と相まって、自分の音楽の趣味をあまり人に語らなくなったし、ライブにもいかなくなったけど、かなり前から動画で気に入ったらアルバムレンタルせずにお店かiTunesなどで買うというサイクルは徹底しているため、数多のミュージシャンに対して幾ばくか活動の足しにはなっていると思う。

これからどんな音楽が自分を待っているのか楽しみでしょうがないのです。

2015-12-19

[] デビル効果

つの側面が否定的に受け止められていると、他の側面まで否定的に受け取られてしま効果を言う。

  

実験を行ったのは、アメリカイースタンケンタッキー大学研究グループ

女子学生170人を対象に、いわゆる『イケメン』と、『それほどでもない(原文では unattractive・ぱっとしない)』男性写真と、

それぞれのストーリーを見せ、どんな印象を持つか調べました。

ストーリーには「普通の行動」と「非常識な行動」の2種類があります

  

その結果、意外なことに単純な『見た目』だけではイケメンでもそうでなくても、あまり印象は変わりませんでした。

ところが、「非常識な行動」をとると、器量の悪い男性は一気に嫌われてしまい、一方イケメンの方はそれほど否定的評価

受けなかったのです。

  

研究グループは、裁判でも、

「同じぐらいの罪を犯したとしても、器量の悪い被告人美男被告人よりも重い刑罰を受ける傾向がある」

「人を見た目の影響で判断してしまう可能性があると自覚する必要がある」

と主張しています

http://imedi.jp/archives/10016

http://www.springer.com/gp/about-springer/media/springer-select/homely-men-who-misbehave-can-t-win-for-losing/293858

2009-04-13

東大法学部政治家逮捕されたことはないらしい

1986年 稲村左近四郎 安田商工専門学校 収賄

1988年 藤波孝生 早稲田(商) 受託収賄

1990年 稲村利幸 学習院政経) 所得税

1992年 阿部文男 北海道(農) 受託収賄

1993年 金丸信 東京農業(農) 所得税違反

1994年 中村喜四郎 日本(法) あっせん収賄

1995年 山口敏夫 明治(法) 背任

1997年 友部達夫 東京都立(人文) 詐欺

1998年 中島洋次郎 慶応(商)政党助成違反

1998年 新井将敬 東京経済証券取引法違反

2000年 中尾栄一 青山学院(文) 受託収賄

2000年 小野寺五典 東京水産(水産) 公職選挙法違反

2000年 山本譲司 早稲田教育) 詐欺

2000年 飯島忠義 早稲田教育) 公職選挙法違反

2001年 小山孝雄 山形(文理) 受託収賄

2001年 村上正邦 拓殖(政経) 受託収賄

2002年 鈴木宗男 拓殖(政経) あっせん収賄・受託収賄

2003年 坂井隆憲 早稲田政経) 政治資金規正法違反

2003年 辻元清美 早稲田教育) 詐欺

2003年 新井正則 日本(文理) 公選法違反

2003年 近藤浩 ノースイースタン中退) 公職選挙法違反

2004年 吉田幸弘 愛知学院(歯) 業務上横領公職選挙法違反

2004年 村岡兼造 慶応経済) 政治資金規正法違反

2005年 中西一善 早稲田政経) 強制わいせつ

2005年 小林憲司 早稲田政経) 覚せい剤取締法違反

2005年 西村真悟 京都(法) 弁護士違反

2009-04-04

大人になるとか

なんかこの界隈で色々とあれみたいなんで思うところを書いてみる。

多分取りとめがなくなると思うが、いやなら読まないで次いこ、次、ってことでよろしく。

この前の誕生日で、46歳になった。

イタイ大人なのかもしれないし、大人になれないオトナコドモなのかも知れない。

こんなところに出入りしてROMったりDISったりしているのはオトナのすることじゃないのかもしれない。

これを読む若い人たちには夢も希望もない話に聞こえるかもしれない。

もとい、自分にとって大人になることとは自由になることだった。

親や教師や社会ルールや、自分を縛る何もかもから逃げ出すこと。尾崎豊みたいだなあ。

少なくとも経済的に自立しないと自分の好きなものは手に入らない。好きなところには行くことが出来ない。

好きな人と好きなようにあって好きなだけいちゃいちゃすることも出来ない。

だから、まずある程度経済的に独立した状態、それが自由の基本だ。

そのための手段としての仕事をどうしたか。

安っぽい言い方でほんと申し訳ないんだが、好きなことを仕事にした。

好きなものを作る業界で、自分の得意な分野での仕事に付くことができた。

2回転職してのことだけどね。結果収入も増えた、と思いたいが、日本給与制度には永年勤続に対する退職金というすばらしい制度があるので、

生涯収入としてはどうだったのかはよく分からない。

新卒大企業就職していたら、そのまま一生留まるのがお得なのが日本社会なのだ、とも思う。

これは時代背景やら経済状況やらとのからみで、上手いこと波に乗れたので運がよかったのだと思っている。

こればっかりは人の話はさっぱり参考にならないと思う。巡り合わせ。色々と一期一会

んで、だ。

自由になって何がしたかったのか。

楽がしたかったんだ。好きな時間が欲しかったんだ。おいしいものが好きなだけ我慢せずに食べたかったんだ。

この夢は未だに叶っていないけどね。

その夢と引き換えにして(経済的には)家族を得た。パートナー子どもが二人。

家を手に入れた。借金のかたに取られるかもしれないけど(普通住宅ローンには普通抵当権設定されるのが日本の標準)

はたから見たらごく平凡な、いや平均以上の家庭に見えるだろう、と思う。

そんな自分は大人なのだろうか?

子どもの頃、可能性は無限にあった。何にだってなれた。

けれど可能性はだんだんと減っていき、残ったものを得意なものと決めざるを得なくなる。

協調性もなく、空気も読めず、頭も悪い。

それに気付いて、残った僅かな可能性を握り締めて何とか仕事に繋いできた。

結果、必死で仕事をし、良いことも悪いことも色々あって、

成長なのか、鈍化なのか、

技術を習得したのか、変化に順応したのか、

ともかく仕事は続いている。

子どもを一応大学までは行かせてやりたいと思うから、仕事を放り出して逃げたい時でも頑張って仕事をしている。

仕事そのものは嫌いじゃないが、正直、矛盾だらけでしがらみだらけの会社ライフに嫌気が差して、

一人でどこかへ行ってしまいたいと思いながら、会社帰りに部下とカラオケしたり、コンビニ立ち読みしたりする程度で発散しいる。

こいつは小物だ、雑魚だなあ、と思うけれどもそれが自分だからしょうがないな。これを矮小化というだろうか。

これは大人のやることだろうか?

さっきまで教育テレビアルゼンチン生まれのユダヤ人バレンボイムの指揮するウエストイースタン・ディバン・オーケストラを聴いていた。

ロシア作曲家チャイコフスキーの悲壮を、アラブイスラエルの若い音楽家で構成されたオーケストラ演奏している。

輝く音楽指揮者は早々に(高校生の判断を早々と呼ぶのならだが)諦めた可能性の一つだけれど、音楽は美しい。民族人種を超えて美しい。

なにか、分かり合えなくても共有できるのではないか、永遠に続く錯覚ならそれでも良いではないか、と思わずにいられない。

世界平和を願い続けることをばかげているという人たちもいるけれど、自分はそれを信じたい。

大人になったからそう思うのではないと思う。

そういえば高校生の頃、別マを愛読していた。くらもちふさこは今でも好きだ。最近のだめカンタービレが好きだ。

子どもにつられて読み始めたワンピース大人買いして、今も毎週立ち読みするのも自分だ。コミックス自分が買う。

そういえば小さい時から徒競走がとにかく苦手で、いっつもお前は本気で走っているのか?と訊かれていた。ああ、本気だったとも。

だから走るのが速くなれば女の子にもてると本気で思ってたぞ。今も心のどこかで思っているな。マッチョ信仰だな。

いや、ないものねだりか。大人には足の速さって価値がないな。プロスポーツ世界でもない限り。

昔から、軸がぶれていて、定まらなくて、今もぶれている。コンプレックスの塊だったから、早く大人の男になりたかった。

強く、揺るがない信念を持った大人の男。

今の自分はそんなものとはかけ離れている。

流れてゆく時間の中で、今を生きていくことだけを追いかけてたら、こうなった。とにかく、ここまで生きて来た。

これを流されたというのだろうか。

今まで生きて来て分かったことは、自分の自由は自分で決めて自分でやるしかないということ。

自分のしてきたことを認めること。後悔することもある。でも認める。それは自分であると。

過去何がしかの決心で分岐を選んだ自分を認めること。だからといって他の道を永遠に諦める必要はない。それは夢だから。

可能性が0でない限り、持っていてもかまわない夢だから。

こんな浮ついたことを言いながら多分50になり、還暦を迎え、だらだらと意地汚く行き続け、願わくばあっさりとひっそりと死んで行けると良い。

こんな自分は大人なんだろうか。

だらだら書いてすまなかった。もう終わりにするよ。

まあ、こんなオヤジもそれなりにいるのではないだろうかと思うのだ。

大人になりたい人は自分にとっての大人を決めるといいよ。

死ぬまで追いかけるぐらい遠いことに気が付くのは多分死ぬ時なんだと思うけれどね。

ああ、本当に大人気ないなあ。

 
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