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2011-09-19

商店街生存戦略

今なお、商店街に店を構えていたり、住居として住んでいる人たちは、生存戦略の勝者なんよ。

商売していなくても生きていける。

地主として貸す資産がある。

ある意味勝ち組なわけで、そんな選ばれた人たちが、腰を低くして商売を続ける理由はあまりない。

生存戦略として、大手のフランチャズに加盟して、コンビニに転身した酒屋もいたし、郊外ロードサイドショッピングモールに出店した本屋や靴屋もいたし、何も手を打たずに倒産して、街を出ていった人もいたし、それぞれが生存戦略にしたがって、行動した結果が、今のシャッター街だったり、歯抜けの駐車場だったりするわけです

そこを活性化するとかいっても、どちらかというと勝ち組地主さんしか残っていないわけで、その人にとっては、今の状況が一番収益が高くて手間がかからないのだろうし、新しいことをはじめるだけの探究心が残っていればいいのだろうけど、一定の年齢以上では無理でしょう。

個々の家とか店から見たら、今の状況は必然的な成功だけれども、駅前とか街の中心地に公益性があるとしたら、失敗なんだろうなと思います

2011-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20110611125622

そもそも、地方商店街個性なんかあったのか?

どこの駅前に行っても似たようなアーケードで似たような店が並んでただけで、

品揃えも特に地方独特のものがあったわけでもない。

歴史と言っても、殆どの店は長くてもせいぜい50年くらいしか歴史がない。



それこそ昔は、駅前に個人商店が集まってるわけでもなく、住宅街の中に酒屋も八百屋魚屋も点在してて、

仕事も自宅近辺でやってたわけで、みんな自分の住む町内で生産活動も消費活動も完結してた。

「駅前商店街」という業態は、鉄道が整備されて地方から都会へ通勤することが当たり前になった時代に、

鉄道の客を目当てに計画的に作られた商店街であって、元々そんなに古いものではない。

駅ができて駅前商店街が隆盛し、町内の個人商店が潰れたのと同じように、

交通手段が鉄道から自動車シフトすれば、駅前商店街がさびれてロードサイドショッピングモールがはやるのは当たり前。

2011-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20110606225328

地方ってのは、川や海や山で仕切られていて、そこへ行くにもそこから出るにも時間コストがかかったんだ。

一日の生活時間の中で、買い物にかける時間として合理的な範囲が商圏として成立していた。この障壁がある意味地方の繁栄の源だったのかもしれない。

君たちはカレー粉を買いに一時間電車にゆられたり、車を飛ばすこともないだろう。

この一般の人にとって有効な時間で買い物ができる商圏って概念は、便利な生活道路高速道路新幹線空港ができて、大きく変わってしまったんだ。

商圏の外からモノを持ち込みやすくなったんだ。言い換えるならば、物流に大きな風穴が開いてしまったってことなんだ。自由に使える車の数が増えたことも商圏を広げてしまった。

それと並行して土地改良区農地宅地商業地への転換を許可し始めた。

商業地が希少な存在であったからこそ、商店街価値があった。商業地が増えるなんて思ってもいなかった。

郊外農地を埋立てて、ロードサイド店やショッピングセンター造成されていった。

複雑な権利関係が存在する間口の狭い細長い土地再開発しにくいよね。時代に合わせて駐車場も作れない。アメリカで成功したビジネスモデルを取り入れるなんてどだい無理な話だ。

行政の立場からすれば、商店街と新興のお店が重複して出店されている瞬間は、お店の数的にも売り上げ的にも街が発展したと見誤ったのかもしれない。税収が増えているからね。

大規模店舗規制法というショックを和らげる緩衝期間が設けられたけど、圧倒的な物量、合理的な発注、的確な接客ノウハウを持った大手資本を相手にパパママストアから発展できなかったお店は、撤退を余儀なくされたんだ。

結果、無事に廃業できたところは、中途半端住宅として残り、無事に廃業できなかったお店は、銀行土地を取り上げられて、更地になったり、良くて駐車場になって、街の空洞化を進めてしまった。道路の拡幅工事バイパス道路建設も混雑や渋滞による賑わいを失わせた。

無論、これはみんなが望んだ選択と自由競争の結果だろう。

より便利なものを選択した消費者商業地の稀少性を失わせた行政商店街パブリック性に気がつけなかった商店主たち。この3者それぞれの思惑から、外から資本の流入を許してしまったんだ。

実はもっと困ったことが起こっている。日本高齢化を先取りしている地域を見るといい。

外の資本ロードサイド店やショッピングセンターでは撤退が始まった地域がある。これは10年後の君たちの国の姿かもしれない。

今は便利だと思って使っているお店がある日突然、消えてしまうかもしれない。

未来永劫、巨艦型ショッピングセンターの時代が続くわけでもないと思うんだ。彼らは君たちよりもはるかに合理的な選択をするのだから

2010-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20100915184724

こっちじゃロードサイドファミレスラーメン寿司って感じになって、居酒屋は駅前が流行ってるよ。

単に店の傾向が移動しただけじゃね?

http://anond.hatelabo.jp/20100914133548

マジレス

ロードサイド居酒屋は厳罰化で客が2割から7割減った

コアタイムに空席が生まれて商売上がったり

飲み屋じゃない飲食店でも利益率高い酒の売れ行きが下がってものっそ苦しいんだわ

ここだけの話だが、こっそりドライバーアルコール提供する店も多い

そうしないと経営成り立たないんだからな

同行者が飲む名目で店は知らなかった事にしてもらうが・・・



たかが交通法規を守るためだけに地方経済破綻に瀕した事実はもっと知られるべき

交通事故が減っても飲食店経営者が一家心中してたら意味ないだろうが

2010-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20100720020518

周辺店舗と離れてるロードサイド系の店なんかだと、まだいいんですかね・・・

G見たら、彼女の部屋でも速攻逃げ出して、二度と行かないぐらいの対Gヘタレなもんで・・・

昼飯は弁当持ってくかなあ。

2010-02-01

海外旅行に「生活旅行」のジャンル

日本旅行会社が企画する海外旅行は、基本的には「自然風景歴史的遺産を物見遊山」である。

しかし、自分が例えば中国に行って「本当に見てみたい」のは、

中国で売られているマンションというのは、どのような広さ・中身であって、

 価格はどれくらいしていて、年収に対する割合はどれくらいか?」とか

上海ではどれくらい超高層ビルが建っているか?」

等のウォッチングである。

これはまあ、自分不動産屋だから、仕事的興味が先に立っているからだろうが、

中国で売られているマンションを見てみる」というのは、案外、不動産関係者以外の

一般人も興味があるのではないか?

観光旅行の本来の目的が「異文化に触れて、いい意味カルチャーショックを受ける」のであれば、

中国人の生活の一端に触れることが、最大のカルチャーショックじゃないか、と思う。

不動産以外でも、

中国百貨店ショッピングセンターはどんな感じなのか?」

ロードサイドショップはどんな感じなのか?」

「大規模工場はどんな感じなのか?」

町工場はどんな感じなのか?」

小学校はどんな感じなのか?」

病院はどんな感じなのか?」

篤農家はどんな感じなのか?」

「零細農家はどんな感じなのか?」

などなどに、個人的に、すごく興味がある。

自分が聞いたことがないような「杭州世界遺産の●●寺」なんかより、よほど訪れて見たいが、

残念ながら、中国語はできないし、そもそもそのような「非観光地」を訪れられるような

パイプを持ち合わせていない。

こういうジャンルにこそ、旅行会社は商品化の知恵を絞るべきじゃないか?

http://www.collaborate.co.jp/tourlist.htm

には「ビジネスツアー」という「肩肘ばったツアー」があるが、

もっとそういうのじゃなく、

「お気軽にマンション小学校病院をウォッチングするツアー」が

あってもいいのではないか?

これは「逆も真なり」であり、地方在住者や海外から日本に来た人に、

東京マンションの高騰ぶり、ウサギ小屋ぶりを見てもらうツアー」とか

通勤殺人ラッシュ体感してもらうツアー」とか企画すれば、案外ヒットする・・・訳ないか?

2008-11-09

前に、その地域の治安を見るには夜のレンタルビデオ店を見れば良いっていうエントリがあったけど

深夜営業してる店って、地域というよりその店の客層が端的に出るなぁという事を思った。

郊外ロードサイドで深夜まで営業してる書店で比較しても、

文芸書や学術書もきっちり扱っている感じの書店はいわゆる文化系っぽい感じの人が多くて

レンタルビデオ雑貨を扱ってるような複合型書店とは一線を画しているような感じがする。

で、その複合型書店の中でも取り扱ってる商品で客層が変わってくるようで

書籍以外の売り場の広さに比例してジャージ着たヤンキーっぽい感じの人が多くなるように思える。

2007-08-03

そろそろ椎原正昭について語っておこうか

あれは 2000 年春のことだった。20 世紀最後の年。ネットバブルまさに華やかなりし頃、ライフスペース・グル高橋ふうの風貌を持ち、元ベトナム戦争従軍記者MSN エグゼクティブ・プロデューサなる経歴を主張する椎原が率いる鎌倉未来創庵」のメンバーたちは、ロサンゼルスで開かれた Internet World の会場にいた。

当時はまさにネット企業が百花繚乱。Internet World の会場を歩けば、ブースの前を通るたびに各社がちょっと気の利いたノベルティ・グッズをこれでもかとばかりに手に握らせてくれた。

だが、未来創庵のメンバー目的は、むろんそんなことではなかった。

彼らは、ウェストコースト未来創庵の CTO を獲得することだった。そのため、ロスでひとしきり楽しんだ後は、おなじみの、まるでダイヤが守られないアメリカ国内便空路でサンフランシスコへ、さらにフリーウェイ 101 号線を走ってサンタクララに向かった。

シスコからサンタクララまでの 101 号線のロードサイドには、IT 企業看板がズラリと並んでいた。まさに当時の繁栄がそこには如実にあった。

未来創庵のメンバーは、サンタクララを拠点に、アップルインテル、あるいはサンといった並みいるシリコンバレー企業、および UCB やスタンフォードをいった大学を回ることとなった。

しかしながら、週末と重なってしまったため、目ぼしい人材にお目にかかることは叶わなかった。いや、仮にウィークデイであったとしても、人材獲得はムリだったろう。何しろ、スムーズ英会話のできるメンバーは一人としていなかったのだから。

本来の目的を果たせず、ノベルティ・グッズをせいぜいの土産に、未来創庵メンバーは帰国した後、鎌倉の椎原の元に向かった。

椎原はしごく不機嫌だった。当然だろう。メンバーを観光旅行に行かせたわけではなかったのだから。

その後の椎原は、経費詐欺に等しい行為が露呈したり、アフリカの小国からの発信を装う資金提供メールをダシにメンバーに原資の提供を迫ったり、あるいは鎌倉の拠点でのビジネスの目処が立たなくなったりといったいくつかの芳しくない理由で、逃げるように鎌倉を去った。

その椎原が亡くなったという話を聞いたのは、ほんの先日のことだった。

2007-03-14

昼下がりの駐車場

クルマで移動する仕事をしているので、ときどきさぼって車中で昼寝をする。

クルマを止める場所はロードサイドの大型店や公共施設の広い駐車場で、たいがい同じように昼寝をしているクルマが散見される。

あ、この前もあのワゴン止まってたな、なんてこともときどきあるが、とうぜん我々はヤドカリのように、止まっているときは殻の中に閉じこもっているのでどんな人物がその中にいるのかわからない。

あの人もきついノルマをこなす営業のほんの一瞬の空き時間を憩っているのかもしれないし、アポを入れた相手にすっぽかされて時間をもてあまし、今夜のデートのコースでも考えているのかもしれない。

もし、あのクルマの窓を叩いて「こんにちは、きょうはいい天気ですね。そちらもさぼりっすか」と微笑んでみたりしたら、そこからドラマが始まったりするのかな、と妄想しつつ、自分がそんなことされたら気味が悪いだけだよなと思い直す。

彼らとコミュニケーションを取るような状況があり得るとしたら、その駐車場で突然に事件が発生してみんなクルマから飛び出してくるような場合だ。

事件が起きなければコミュニケートできない。

なんだか、いつも受け身で恋愛もまともにできなくて、心のどこかで大事件が起きるのを待っている自分にいまさらながらに気がつく。嫌になる。

やっぱり窓を叩いてみるべきか。しかし叩いてみたら、こんどは空気の読めないヤツでしかなくなる。

答えのでないまま浅い午睡を終え、フリスクを噛みながら次の仕事へとクルマを走らせた。

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