はてなキーワード: ロードサイドとは
今なお、商店街に店を構えていたり、住居として住んでいる人たちは、生存戦略の勝者なんよ。
商売していなくても生きていける。
ある意味勝ち組なわけで、そんな選ばれた人たちが、腰を低くして商売を続ける理由はあまりない。
生存戦略として、大手のフランチャズに加盟して、コンビニに転身した酒屋もいたし、郊外のロードサイドやショッピングモールに出店した本屋や靴屋もいたし、何も手を打たずに倒産して、街を出ていった人もいたし、それぞれが生存戦略にしたがって、行動した結果が、今のシャッター街だったり、歯抜けの駐車場だったりするわけです。
そこを活性化するとかいっても、どちらかというと勝ち組の地主さんしか残っていないわけで、その人にとっては、今の状況が一番収益が高くて手間がかからないのだろうし、新しいことをはじめるだけの探究心が残っていればいいのだろうけど、一定の年齢以上では無理でしょう。
個々の家とか店から見たら、今の状況は必然的な成功だけれども、駅前とか街の中心地に公益性があるとしたら、失敗なんだろうなと思います。
どこの駅前に行っても似たようなアーケードで似たような店が並んでただけで、
歴史と言っても、殆どの店は長くてもせいぜい50年くらいしか歴史がない。
それこそ昔は、駅前に個人商店が集まってるわけでもなく、住宅街の中に酒屋も八百屋も魚屋も点在してて、
仕事も自宅近辺でやってたわけで、みんな自分の住む町内で生産活動も消費活動も完結してた。
「駅前商店街」という業態は、鉄道が整備されて地方から都会へ通勤することが当たり前になった時代に、
鉄道の客を目当てに計画的に作られた商店街であって、元々そんなに古いものではない。
地方ってのは、川や海や山で仕切られていて、そこへ行くにもそこから出るにも時間やコストがかかったんだ。
一日の生活時間の中で、買い物にかける時間として合理的な範囲が商圏として成立していた。この障壁がある意味、地方の繁栄の源だったのかもしれない。
君たちはカレー粉を買いに一時間も電車にゆられたり、車を飛ばすこともないだろう。
この一般の人にとって有効な時間で買い物ができる商圏って概念は、便利な生活道路や高速道路や新幹線や空港ができて、大きく変わってしまったんだ。
商圏の外からモノを持ち込みやすくなったんだ。言い換えるならば、物流に大きな風穴が開いてしまったってことなんだ。自由に使える車の数が増えたことも商圏を広げてしまった。
それと並行して土地改良区が農地の宅地や商業地への転換を許可し始めた。
商業地が希少な存在であったからこそ、商店街に価値があった。商業地が増えるなんて思ってもいなかった。
郊外の農地を埋立てて、ロードサイド店やショッピングセンターが造成されていった。
複雑な権利関係が存在する間口の狭い細長い土地は再開発しにくいよね。時代に合わせて駐車場も作れない。アメリカで成功したビジネスモデルを取り入れるなんてどだい無理な話だ。
行政の立場からすれば、商店街と新興のお店が重複して出店されている瞬間は、お店の数的にも売り上げ的にも街が発展したと見誤ったのかもしれない。税収が増えているからね。
大規模店舗規制法というショックを和らげる緩衝期間が設けられたけど、圧倒的な物量、合理的な発注、的確な接客ノウハウを持った大手資本を相手にパパママストアから発展できなかったお店は、撤退を余儀なくされたんだ。
結果、無事に廃業できたところは、中途半端な住宅として残り、無事に廃業できなかったお店は、銀行に土地を取り上げられて、更地になったり、良くて駐車場になって、街の空洞化を進めてしまった。道路の拡幅工事やバイパス道路の建設も混雑や渋滞による賑わいを失わせた。
無論、これはみんなが望んだ選択と自由競争の結果だろう。
より便利なものを選択した消費者、商業地の稀少性を失わせた行政、商店街のパブリック性に気がつけなかった商店主たち。この3者それぞれの思惑から、外からの資本の流入を許してしまったんだ。
実はもっと困ったことが起こっている。日本の高齢化を先取りしている地域を見るといい。
外の資本のロードサイド店やショッピングセンターでは撤退が始まった地域がある。これは10年後の君たちの国の姿かもしれない。
今は便利だと思って使っているお店がある日突然、消えてしまうかもしれない。
未来永劫、巨艦型ショッピングセンターの時代が続くわけでもないと思うんだ。彼らは君たちよりもはるかに合理的な選択をするのだから。
日本の旅行会社が企画する海外旅行は、基本的には「自然的風景や歴史的遺産を物見遊山」である。
「中国で売られているマンションというのは、どのような広さ・中身であって、
価格はどれくらいしていて、年収に対する割合はどれくらいか?」とか
等のウォッチングである。
これはまあ、自分が不動産屋だから、仕事的興味が先に立っているからだろうが、
「中国で売られているマンションを見てみる」というのは、案外、不動産関係者以外の
一般人も興味があるのではないか?
観光旅行の本来の目的が「異文化に触れて、いい意味でカルチャーショックを受ける」のであれば、
中国人の生活の一端に触れることが、最大のカルチャーショックじゃないか、と思う。
不動産以外でも、
「中国の百貨店、ショッピングセンターはどんな感じなのか?」
「大規模工場はどんな感じなのか?」
「町工場はどんな感じなのか?」
「小学校はどんな感じなのか?」
「病院はどんな感じなのか?」
「篤農家はどんな感じなのか?」
「零細農家はどんな感じなのか?」
などなどに、個人的に、すごく興味がある。
自分が聞いたことがないような「杭州の世界遺産の●●寺」なんかより、よほど訪れて見たいが、
残念ながら、中国語はできないし、そもそもそのような「非観光地」を訪れられるような
パイプを持ち合わせていない。
こういうジャンルにこそ、旅行会社は商品化の知恵を絞るべきじゃないか?
http://www.collaborate.co.jp/tourlist.htm
もっとそういうのじゃなく、
「お気軽にマンションや小学校、病院をウォッチングするツアー」が
あってもいいのではないか?
これは「逆も真なり」であり、地方在住者や海外から日本に来た人に、
あれは 2000 年春のことだった。20 世紀最後の年。ネットバブルまさに華やかなりし頃、ライフスペース・グル高橋ふうの風貌を持ち、元ベトナム戦争従軍記者/MSN エグゼクティブ・プロデューサなる経歴を主張する椎原が率いる鎌倉「未来創庵」のメンバーたちは、ロサンゼルスで開かれた Internet World の会場にいた。
当時はまさにネット企業が百花繚乱。Internet World の会場を歩けば、ブースの前を通るたびに各社がちょっと気の利いたノベルティ・グッズをこれでもかとばかりに手に握らせてくれた。
だが、未来創庵のメンバーの目的は、むろんそんなことではなかった。
彼らは、ウェストコーストで未来創庵の CTO を獲得することだった。そのため、ロスでひとしきり楽しんだ後は、おなじみの、まるでダイヤが守られないアメリカ国内便空路でサンフランシスコへ、さらにフリーウェイ 101 号線を走ってサンタクララに向かった。
シスコからサンタクララまでの 101 号線のロードサイドには、IT 企業の看板がズラリと並んでいた。まさに当時の繁栄がそこには如実にあった。
未来創庵のメンバーは、サンタクララを拠点に、アップルやインテル、あるいはサンといった並みいるシリコンバレー企業、および UCB やスタンフォードをいった大学を回ることとなった。
しかしながら、週末と重なってしまったため、目ぼしい人材にお目にかかることは叶わなかった。いや、仮にウィークデイであったとしても、人材獲得はムリだったろう。何しろ、スムーズな英会話のできるメンバーは一人としていなかったのだから。
本来の目的を果たせず、ノベルティ・グッズをせいぜいの土産に、未来創庵メンバーは帰国した後、鎌倉の椎原の元に向かった。
椎原はしごく不機嫌だった。当然だろう。メンバーを観光旅行に行かせたわけではなかったのだから。
その後の椎原は、経費詐欺に等しい行為が露呈したり、アフリカの小国からの発信を装う資金提供メールをダシにメンバーに原資の提供を迫ったり、あるいは鎌倉の拠点でのビジネスの目処が立たなくなったりといったいくつかの芳しくない理由で、逃げるように鎌倉を去った。
その椎原が亡くなったという話を聞いたのは、ほんの先日のことだった。
クルマで移動する仕事をしているので、ときどきさぼって車中で昼寝をする。
クルマを止める場所はロードサイドの大型店や公共施設の広い駐車場で、たいがい同じように昼寝をしているクルマが散見される。
あ、この前もあのワゴン止まってたな、なんてこともときどきあるが、とうぜん我々はヤドカリのように、止まっているときは殻の中に閉じこもっているのでどんな人物がその中にいるのかわからない。
あの人もきついノルマをこなす営業のほんの一瞬の空き時間を憩っているのかもしれないし、アポを入れた相手にすっぽかされて時間をもてあまし、今夜のデートのコースでも考えているのかもしれない。
もし、あのクルマの窓を叩いて「こんにちは、きょうはいい天気ですね。そちらもさぼりっすか」と微笑んでみたりしたら、そこからドラマが始まったりするのかな、と妄想しつつ、自分がそんなことされたら気味が悪いだけだよなと思い直す。
彼らとコミュニケーションを取るような状況があり得るとしたら、その駐車場で突然に事件が発生してみんながクルマから飛び出してくるような場合だ。
事件が起きなければコミュニケートできない。
なんだか、いつも受け身で恋愛もまともにできなくて、心のどこかで大事件が起きるのを待っている自分にいまさらながらに気がつく。嫌になる。
やっぱり窓を叩いてみるべきか。しかし叩いてみたら、こんどは空気の読めないヤツでしかなくなる。