はてなキーワード: 自覚とは
全部よんだで!
実は、定型発達の人でも自分の人となり(キャラ)を把握できてない人が結構いて、
怒ってる自覚がなく怒りをぶちまけて敬遠されてる人なんてのもいるから、
もちろんハンデはあるけど、定型発達と遜色ない生活ができる可能性もないわけではないんや
がんばりすぎないようがんばってな!
別れた夫はなんであんなどうでもいいことを子供たちに怒鳴って怒ってたんだろな…って考えてた。
私がどうでもよくない?って言うとめちゃくちゃ怒ってたけど自分もそれやってるよね…とか。
なんか本人は筋が通ってるつもりなんだけど、側から見るとなんか言ってることおかしいのほんとに気づいてなかったのかな、客観的にも社会的にも頭のいい人なはずなのに…とか。
自分は躾のために嫌われ役をやるって勝手に悲劇のヒーローやってたけど、子供たちに嫌われたことはこたえてた。
躾は怒鳴らなくても怒らなくてもできるよね…って言っても、子供は動物と同じだからっていう持論は曲げなかったなー。
あと叱り方がすごく意地悪だった。あれはほんとにやだったな。
子供たちが何か失敗したりやらかしたりすると、考えられる中で1番意地悪な解釈して怒って、子供たちが無駄に傷ついてることも非難すると躾だからって言い張ってた。
それは嫌われるよ…って私はいつも思ってた。
最後は私もだいぶその意地悪な思考にやられてて、それも含めていろんなストレスでちょっと頭おかしくなってた時は夫はもっと酷いこと思ってるに違いないって妄想が止まらなくなってた。
でも多分、本人はそんな酷いこと言ったんだって自覚はまったくないんだと思う。今でも。
自分は言い方が悪いことはあるけど、根本的に間違ったことは何ひとつ言っていないっていつも言ってた。まあその言い方の悪さにも限度はあるよね…
やっと落ち着いて今思うのは、あれは親御さんからそういう育てられ方をしたからなのかなとか。
自分も親御さんのこと嫌いなくせに、躾はあれが正しいって信じてたとかなんだろうか。
彼は結婚するとき、私がそういう意地悪を言わないところが人柄として好ましいって言ってたのに、自分が子育てする番になってそれ忘れちゃったんだなあ…
あるいは彼は子供たちを私みたいな人間にはしたくなかったのか。
あれっその時点でもう私こそがすでに愛されてはなかったのか…?まあそれは考え過ぎか。
※筆者の感想なので、この人を誹謗中傷する意図は毛頭ありません。
ことの発端は、「間借りでやってるカフェにお客が全然来ないのできてください、大阪の住吉大社の近くです」
そしてそのポストに対して好意的な反応もあったが「来て欲しい割にはポストやプロフィールにも店の名前、住所、営業時間などが一切書かれてない」みたいな指摘が大量になされ、直接本人にリプライで質問した人に対して「インスタに書いてる」と返事をしたり、店主にとって不快な発言をした人に対し引用で「お前は来なくていい」「こんなやつが来ないように事前に弾けて良かった」みたいな挑発を行ったりしたことで、炎上した一件。
その他にも、元の投稿者(以下店主)は以前X上で誹謗中傷を受けたということで裁判を起こした記録をnoteに書いており、そのnoteへのリンクが記載されたポストをセルフリポストするという行為をしていた。
そして炎上したのち、謝罪文を掲載、暴言引用をした相手に謝罪するものの、もはや炎上の勢いは簡単にはおさまらず…といった流れ。
俺は野次馬根性で眺めてただけで、直接関わっては無いんだが、この店主、完全に偏見だけど、多分謝罪文も出してるし口では言ってるけど、本当は何が悪かったのか分かってないというか、「本当に悪いのは俺を追い詰めたネット民」って心の底で思ってるんじゃないかなと思う。相当にプライドが高いか、負けず嫌いを拗らせている気がするんだよ。だからX(SNS)上での対応でことごとく下手を打ってる気がするんだよな。例えば初めの宣伝ポストは仕方ないにしても、聞かれたら店名など答えれば良かった話だし、引用で「店名や住所がわからない」と指摘されれば、元ポストにリプライツリーでぶら下げたり、プロフィールを加筆修正すればすぐに済むことだったはず。ましてや暴言ツイート、過去の裁判ポストのリポストなどする必要は全く無いと思うんですわ。
店名を聞かれ「インスタに書いてる」と言ってかたくなにXでは店名を書かなかったこと、これも店主の中で「質問に答えたらネット民の要求に自分が屈して言いなりになったことになる」って考えてしまう心がわずかでもあったんじゃないかな。そして、負けず嫌いだからネット民の低レベルな煽りにも我慢できず「来なくていい」っていう、自分が優位であるかのような物言いで言ってしまう。で、裁判で勝ったことをリポストでちらつかせてしまったんじゃないかな。
今はポストは削除済み(正直これも信じられないが)の謝罪文には「責任を取って閉店する」という事を書いていたんだけど、謝罪文の載ったポストはいつの間にか削除されていて、カフェも何事もなかったかのように復活してるんですよね。もちろんしょうもないネット民に屈する必要はないと思うけど、店主はそこまでの間に、自殺を仄めかすようなポストもしている。自殺を考えてしまうほどの大炎上に遭っておきながら、自ら出した謝罪文で閉店するって書いたものを、ポストごと抹消して店を再開するって、相当図太い性格してるんだなぁ…と思った。少なくとも、自殺寸前まで追い込まれた人間の取れる行動じゃ無いとおもうんですよ。
店を再開は全然いいと思うんですよね。ただ、謝罪文(閉店の知らせ)を消すのって、店主の中でその事実を消し去りたいからそうしたんじゃないの?って思ってしまう。
そして数日前に「無題」というnote記事を店主は執筆し、固定ポストにしている。内容は「健常者エミュレータ」のフォーマットをなぞって自身で炎上の件について振り返っているのだが、これもまあすごい内容。
最初の5W1Hについてはまあ普通の内容かな…と思って見ていたら、その後に続く尋常じゃない量のスクショ。「皆様から頂いたご意見」ってあるけど、ざっと見た感じ大多数が暴言や中傷のスクショ
まず気になるのは、これだけの量のスクショをわざわざ保存していたのか、このnoteのためにスクショ撮ったのか。前者なら何のために?って思うんですよね。そうなると店主のこれまでの行動的に、裁判を起こすための材料として集めてたのでは無いか?と思うのは自然なんですよ。後者の場合でも、ここまでやる必要無いと思うんですよね。10や20のスクショならわかるけど、(もちろん店主が受けた引用リプライからすれば一部だろうけど)記事の9割を埋め尽くすという生半可な量じゃ無いし、一時期自分を自殺寸前まで追い詰めたツイートをわざわざスクショしにいくってまともな精神じゃできないと思う。
「どうすればよかったのか」欄も、言葉の端々に異様な卑屈さが垣間見られて、「週一営業だから身の程を弁えるべきだった」「正当な批判も誹謗中傷も平身低頭で受け入れたらよかった」とか、「誰もそんなこと言ってなくね?」ってことをわざわざ書いてるんですよね。
「これからどうするのか?」欄にも「被害を受けても自分の有害性を自覚することを優先する」とか「自殺する場合は誰にも言わず黙って実行する」とか書いてるんですよ。
極め付けが最後の「備考」で「自殺未遂で人生2回目の措置入院を経験した」って書いてるんですよね。これ、本当に入れる理由が謎ですよね。備考って「参考のために書き添えること」って辞書に書いてたけど、誰が何を参考にするんだろうか。自戒の意味でこのnoteを書いているなら、措置入院したなんて自分で分かりきっていることなんで書く必要無いと思うんですよ。
となると、多分これらって、スクショ撮った目的とかは別かもしれないけど「健常者エミュレータをなぞって自戒している」という体にして晒しというか「自分はこんなに被害を受けたんだ、酷い目にあったんだ」って主張したいんじゃ無いかと思う。だからわざわざ平身低頭とか自分の有害性とか卑屈な言い方をして、最後に措置入院のことをわざわざ書き添えてるんじゃ無いかな。多分店主的に、店も再開したけど、何か一発ネットに対して報復しないと我慢できなかったんじゃ無いだろうか。本当に真摯に意見を受け止めていたら、措置入院とか書かないと思うし、そもそもわざわざ「健常者エミュレータ」のフォーマットなんて使わないと思うんですよね。健常者エミュレータってある意味自虐ネタというか、自分のヤバさをネタに昇華するような性質があると思うけど、今回のこの店主の使い方は、「自分の受けた中傷をオープンにして、卑屈になって自分を悪し様に記述して、措置入院したこともついでに自己開示することで、自分の受けた被害をアピールし、さらに謝罪と自戒という体で記述してこれ以上の攻撃を予防する」目的で書かれたんじゃ無いかな。
なぜわざわざこんな長々と分析してるかというと、この店主の性格、行動が昔の自分にめちゃくちゃ似てるんですよね。されたことを根に持って、何かしらの形で反撃しないといられない。多分昔の自分が店主の立場だったとしても、同じことをしてただろうなと思うんですよ。
だから一連の流れは見てるだけだったけど、まるで昔の自分を見ているようだったし、店主には本当に気づいて欲しいと思ってる。もうちょっと素直になって、例えば初めから店名を教えるとか、プロフィールに書くとかすればこんなことは起こってなかったよってことを。
大阪公立大学出てるなら、感情の読み取りとかはともかくとして、文意を読み取るとかの知力はあると思うんですよ。だから、本当にもっと素直になって、誹謗中傷じゃなくてアドバイスや意見の部分に耳を傾けて、平身低頭じゃなくてもいいけど謙虚に受け止められたら色々変わってくるんじゃ無いかな…と思う
ワイトもそう思いますって言いたいけど、ワイはそこまで覚悟決まってなかったわ
というか自己コントロール能力うんこなのに、むしろなぜそんな勘違いをしたのか?って話かもしれない
やりたい放題できるけど給与安いでも不満持つし、給与はよくて楽だけどやりたい放題はできないでもポケーッとしちゃうし
でもこれは極めて贅沢な話だという自覚はあるよ
8割くらい反省している。2割くらいは「うるせえ黙れ!噛みつくな!」という気持ちでいる。
だが、そこは責めないでほしい。
自分のように相手を値踏みして敬意の程度を調整しているタイプの人間の大半はそもそもこんなことを書かないので、そこは甘く見てほしい。
先日、社会人になってもそれなりの頻度で会って話をする学生時代の同級生からはっきりと縁を切られた。
LINEには何が許せなかったのかを列挙して書かれていた。
本来ならこういう場面に陥ったとき、自分、自分のようなタイプの人間がする反応というのは
・相手が格上なら誠心誠意謝る
・相手が同レベルなら「そんなこと言った記憶がない!」と徹底的にしらを切りながらなだめる
・相手が格下なら「は?きっしょ死ね」で負けないように気を強く持つ
だが、今までの経験上、気を強く持って鼻で笑っても、共通の知人や友人に「なんかわけわかんないことでキレられたんだけど笑」と感情的になって痛いやつだと思わないか?といった含みをもたせながら余裕の態度で周りをそれとなく巻き込む、といった対応を取っていたのだが、それでもやっぱりイライラが収まらないものだった。
今回も同じことになると思ったので、ここはいつもと違う手段を実験的に講じてみることにした。
それが、起こった出来事を客観視してそこから得た教訓をはてな匿名ダイアリーに投稿する、ということだった。
話を戻す。
①◯◯という車を買おうと思っているとい言ったときに「車にはそれに合った人間の格というものがあるんだからやめとけ」と言われたこと
②妻がどこそこに転職したと言ったときに「どこそこ?パン(一般職)だろ?」と言われたこと
③続けて総合職だと明かしたときに「通用しねえよ」と言われたこと
④妻、会社の仲良い同僚や上司など、会ったこともない人間を同じ格下と見なして侮辱したり、軽口を叩くこと
⑤他の人間に対しても分け隔てなく一貫してデリカシーのない言動を取っているわけでは決してないこと
⑥今までも同じ調子で失礼なことを言われ続けていたが、いい年した大人でこういうことを言われるという異常な状況に我慢がならなくなった
正直に白状すると、すべての発言を覚えている。
⑤の指摘については「勘違いだ!!!」ではなく「うわこいつ気づいてたんだ!!!」と思ったことも白状する。
驚かないでほしい。
私自身、なぜそのとき自分が彼に対してそういう反応や言動を取ったのか全くわからないのだ。
私自身、会社の上司や一部の同僚、恋人、社会人になってからできた知り合いに対しては絶対にこういう対応はしない。
まさに別人格と言っていいほど違うのだ。実際、私は会社で同期や後輩から憧れられてきた。事故とか病気で若くして死んだら皆人格を褒めちぎりながら泣くだろう。
私は明らかに相手によって人格を変えている。それを自覚できている。
それにもかかわらず「なぜ俺には無礼なんだ」と問われても「わからない・・・」としか言えないのだ。
誤解を恐れず言うと、縁を切られるまでこの彼に対しては親愛を抱いていた。
叩かれるのを覚悟で言うと(叩かないで)、愛情と蔑みは両立するということなんだろう。
私に限らず誰しも特定の誰かに対して擁護しようのないほどの無礼な言行や不義理な行動を取ったりする別人格状態というのはありえるのではないかという仮説を私は提唱したい。
それこそが危ないのだと思ってる。自分が違うなんてどうして言えるの?
自分でも、時間経過して思い出しながら(後から思いついた、気付いたことも加味しながら)書いていたのでオカシナ事にはなってると自覚してる。特定されないようにぼかした記述も入れてたから尚更。
その場ではそれほど不審さには気づかず、ほぼ直感だけで「金渡すのは避けないとダメだ」に舵切ったと思う。
「やけにニヤニヤして馴れ馴れしい感じで声かけてきたので第一声から身構えてたら」
は、結果から後付けに近い感じで付け加えた。
自分が不審に思ったのは笑顔とか、口調とか単独の要因じゃなくて全体の雰囲気というか言葉に出来ない違和感のようなものじゃなかったかなあ。
自分でも、時間経過して思い出しながら(後から思いついた、気付いたことも加味しながら)書いていたのでオカシナ事にはなってると自覚してる。特定されないようにぼかした記述も入れてたから尚更。
その場ではそれほど不審さには気づかず、ほぼ直感だけで「金渡すのは避けないとダメだ」に舵切ったと思う。
「やけにニヤニヤして馴れ馴れしい感じで声かけてきたので第一声から身構えてたら」
は、結果から後付けに近い感じで付け加えた。
自分が不審に思ったのは笑顔とか、口調とか単独の要因じゃなくて全体の雰囲気というか言葉に出来ない違和感のようなものじゃなかったかなあ。
それってMVに描かれてること?
MVの中身でちゃんと理解しようという話をしているのに、同じ姿のキャラなら当然そういう背景やメッセージ性をもっていて然りというのは、解釈がエクストリームすぎるでしょ。
描かれてもいない内容に「差別的だ!」と叫ぶこと自体が、自らのうちに秘めたる差別主義であることはもっと自覚したほうがいいと思うよ。
もう一度聞くけど、MVの中で決定的に差別的だと言える場面ってどこ?
お気持ちじゃなくて。
それは時に重なることがあるだろう。しかし、個々人(これが本当にネット利用者全体)に対して自制を求めるのは、解決策としては乱暴だろう。
全員が自分の立場、相手の立場を自覚するというのは理想論であり、現実的には困難だ。何かを発言しようと思ったら、書く前に全体の状況を調べ、正確に把握し、必要に応じてトーンを調整したり、発言を控えたりできるだろうか。
ネット上では匿名性や感情的な反応が強く、自制をするモチベーションも低くなる。
問題の根本は、立場ではなく対話の質や内容に求めるべきだろう。
キャンセルカルチャーが問題視されるのは、過剰な攻撃や社会的制裁が伴うケースであり、それ自体は適切な批判の範疇であるケースもある。
前に「チャットAIは常識(検索のマジョリティ)を踏まえて答える分、バカの浅い独自研究より参考になる」というようなことを書いたら、「AIはこんなに間違ってる!!!!!」と発狂する奴が大量に絡んできたことを思い出す。
あれも、同じことのような気がする。
バカにはマジで、「正しい」と「常識」の意味の違いがわからないのかも知れない。
というか、対話する相手が「正しい」必要なんかないということすらわかってないのか。
相手に「正しさ」を求めたいという時点で、それは自分の考えがなく口開けて餌運んで欲しいと言ってるのと同じこと。
「正しさ」は結局自分で決めるしかないのだから、相手に求めるのは「自分にない視点でヒントを出すこと」以上のものではない、というのが普通に知的訓練を受けた人の考え方だと思うけど、偽物のインテリは「答」を覚えれば良いという義務教育時代の気分のままでいつまでもいるのかも知れない。
というか、義務教育でも「答を自分で決める」訓練を少なからずする欧米がやっぱり正しいんだよな。
日本人は大学に入るまで自分の意見を言う訓練を全くしないので、「高学歴でござい」という自覚の奴らが現実問題に「正しい答」があると本気で思ってバカなことを平気で言う国になっている。
参ったものだね。