はてなキーワード: 社畜とは
場所が最悪だったよね。品川駅の例の回廊という、社畜(= やりたくもない仕事を生活のために我慢してやっている人達)のメッカという社会的認知が事実上確立している場所でやったわけだから。
狙ってやったなら悪意の強さに引くし、素だったのならそれこそ今正に流行りの上級国民のボンが「パンが無ければお菓子をお食べ」と言ったに等しい。
今月で40歳になりました。
もう40歳、人生の折り返し地点。自分の限界も見えたという自覚があるのに精神的には10代20代と何も変わってない。それはつまり人生に於けるイベントが10代20代と何も変わってないってことだ。
対してここ5年ぐらいで、周りの同僚は結婚したとか子供が生まれたとか管理職に昇進したとかばかりだ。
結婚してないから人間的にどうだのこうだのはないと思う。だけど実感として独身の管理職と結婚してる管理職は部下に対する当たりや育成の仕方に違いがあるように見える。もちろん全員がそうだってことは無いのでただのバイアスかも知れない。そういえば親からは結婚の話なんて一度か二度、それも数年以上前に聞いたぐらいだったがついこの前にも年齢と絡めて言われてしまい、人並みに親っぽいことを言うのだなと感心してしまった。悪いけど諦めて欲しい。
親とはもう何年も顔を合わせてない。別に喧嘩してるわけでも会いたくなかったわけでもなく、ただ単に面倒だった。いやちょっと嘘だ。倒れたと聞いて駆けつけたとき、自分の想像よりも遥かに老いた姿の親を見て、現実を受け止められなかった。会うことで老いていく姿を見てしまうのがただただ嫌だった。親不孝にも程がある。
仕事は面白くもなく楽しくもなく。ただ自分の実力よりも多く貰えてる自覚はある。うちの会社は有能な人ほど仕事を抱え込んで忙しく、無能な人は自分の仕事を囲い込んで独自の地位を築く、良くも悪くも大企業なのだと思う。そんな場所にいると同年代の同僚と一緒に同じ仕事することは少ないのだが、最近は人不足もあってある同僚と組むようになった。そしたらその同僚、何処に隠れてたんだというぐらいの超有能実力派で生きる世界の違いを感じてしまった。当然ながら上司や幹部クラスの覚えもめでたく、あっさりと昇進。(コロナ前は)積極的に上司の酒席にも付き合い、どんな客にも突っ込んでいくコミュ力お化け、必要あれば土日だって働く社畜根性、よもやよもやにも程がある。
対して自分はヒラから上がるだけでも普通の人なら1回か精々2回のところを3回連続落ち、仕方ないと言われてやっと4回目で上がれた。年下の後輩にも当然追い越されてしまった。積極的に働いて自分を高めたいなどとは欠片も思わないし、評価されるような仕事をしたいとも思わないので納得はしている。管理職になったところで、土日に社内業務を片付けるために出社するのは御免蒙る。だけど人生の総収入で考えたらどんなに無能でも管理職が有利なんだろうな。仕事は好きではないが金は欲しい。管理職以外で、上位の役職があったりはしないものだろうか。
20代の頃は病院とは無縁だった。30代前半も。30代後半から、身体の痛みに敏感になったと思う。歯が痛い、胸が痛い、背中が痛い、頭が痛い。痛みなんて横になればいつの間にか無くなっていると考えていた自分はもう何処にもいなくなり、すぐ病院に行って恐怖を拭い去ることに躍起になっている。先日は原因不明の微熱があり、コロナかもしれないと1時間おきに検温して布団の中で震えた。健康であるときの孤独と、健康に不安を覚えたときの孤独は天地ほども違いがある。
だからこそ老いても結婚相手を求める人が世の中にはいるのだろう。何か有ったときに一人でいるよりは二人の方がマシであると。親もそんなことを言っていた。しかしそんな、老後の安全保障のために結婚するというのは互いに利益があるとしても理解し難い。極論、老人ホームにで入った方が余程安心安全だ。現実は厳しい。
温かな家族に囲まれた夢のある結婚生活を求めるのなら、遅くとも20代には他人に興味を持った人間らしい言動ができないとダメなのだろうな。
【追記】
増田で祝われるなんて思わなかった。ピザ屋とかのダイレクトメールでしか祝われてなかったので嬉しい。ありがとう。
昔はTwitterに書いてウィッシュリスト付けたりなんかしたけど、あれはTwitter上での人付き合いレベルが高い人がやるから楽しいんだって気付いてから止めてしまった。
気が引けるほど高すぎず、それでいて気持ち程度で贈って貰えるような一品のリストを作るセンスがあるから成立する神々の遊び。Twitterでさえ使うのが難しいよ。
【追記2】
自分の限界、自分でもよく分かってはいないけど、同年代とは思えない程に仕事ができる人を間近で見てしまって自分はこの域には達せないなと思ってしまったからだと思う。あれは出世していくタイプの人だ。何せ仕事に対して真剣に、そして真面目に取り組んでいる。この仕事が終わった後はどうするか、後輩をどう育てていくか、部門として何を伸ばすのがいいか、管理職では無い頃からそれらに対して自分の考えをきちんと持っていて、それを実行するために上司も利用する。取り敢えず目の前のことを最短で片付けてその場凌ぎで乗り切ってきた自分とは視点も視界も違いすぎた。
一応、年齢を考慮した配慮というやつなのか管理職になる気はあるかと上司に聞かれ(即答を求められたので)チャンスがあるのならということにしている。しかし目の前であまりに有能な人を間近で見て自分の無能さを痛感している。その高い壁こそが自分の限界なのだと思う。
お小水、ここ数年で確かに切れが悪いのが気になってるし残尿感はないのに下着を湿らすほど濡らしてしまったりもしていたけどこれも加齢なのか。人間の身体、弱すぎでは。
結婚周り、今更結婚したところで子は望めないし、いわゆる親以外の誰かに愛されたことがない族なので恋愛もわからないし、友人知人もいないのでパートナーという感覚もわからないのでまず何のために結婚するのかを理解しないと難しい。逆に若い頃に勢いで結婚してしまった人の方が後から目的が付いてきてるのではないか。子がいたのなら、子のために真面目に仕事して上へ上がろうとする心情は理解できる。そういえば有能な同僚も子持ちで、子のイベント時には仕事がどんな状況でも必ず休むことを徹底していた。
思うに、この位の年齢になると意志を持って働くには何かの理由や目的が必要なのだろう。書きながら納得してしまった。
では孤独死コース一直線のおっさんが、働く目的や理由を何処へ求めれば良いのか。娯楽程度では理由にならない。終の棲家として、家は欲しいと思い始めているが35年ローンなんて組んだら完済前に死んでいるかも知れないし事故物件だ。いや75まで働かされるのか?定年間近の非管理職に向けられる視線の厳しさを知っているだけに恐怖しか無い。思い通りに動かない身体に鞭打ち、形ばかりの仕事を振られる立場は自尊心を大きく損なうものだろう。かといって自分のなけなしの知識や経験が30年後にも通用するとは全く思えない。
年功序列で次のリーダー候補に仕事を教えてたけどまぁ、仕事が出来ない。
もう一人のリーダー候補はミスを絶対に認めない。ヒステリックで他後輩や上司に訳の解らない怒りのメールを送る事もザラ。
それでも、良い所もあるし、長く勤めてるから…と何とか育てようと頑張ってた。部下を育てる為に自分の仕事は残業して終わらせた。
上司や部下の間に立ち、不満を聞いては衝突しない様に立ち回った。
私が頑張れば仕事が周る。
私が我慢すれば解ってくれる。
入院中暇なのでYou Tubeを見てたら、ひろゆきの切り抜き動画を見つけた。
面白そうたので見てみたら、私と同じ境遇の人からのコメントにひろゆきが回答していた。
「無理です。諦めましょう」
驚いた。目から鱗が落ちまくった。頑張れば救われる教で、社畜世代の私には物凄い衝撃だった。
ひろゆきのある意味適当な回答は、努力教に汚染されていた私の固定観念をひっぺはがしていった。
言い訳ばかり言う人に無理に教えても覚える気がないし、自分が疲れる。それなら他の有能な人に時間を割いたほうが良い。人には得て不手がある。
当然の事なのに、どうして気が付かなかったんだろう。
恐るべき、努力教。
そろそろ退院の時期になる。
自分は、母が死んでしまったらどうしよう、寂しいと不安になって泣いたのが最初の思い出である。
30代になった今でもその不安はある。というか未婚で友達もいない社畜なので、不安はよりリアルになってきている。自分は孤独に耐えられない心の弱い人間だ。この将来に対する孤独の不安に耐えるため、自分は仕事に打ち込んでいる。
ところで、最近、体調を崩し仕事を長期で休んでいる。体調が戻るに従い、仕事でごまかしてきた不安が吹き出し不穏になってしまった。そこではじめて、自分が仕事に対し依存してきたことに気づいた。
仕事に依存するのは楽だ。書類をさばき、顧客と面談していると不安と向き合わなくてもいいし、何なら家事とか結婚とか(自分はこどおじです)のことも忘れていられる。やらなくていいって言われるしね。頑張れば評価も上がるし、給料も上がる。
それだけならただの仕事熱心なサラリーマンだ。それでよかろう。しかし自分は仕事を潤滑にするために、上司に内緒で自腹を切り器具を購入したり、休みの日もコソコソ仕事をすることに没頭するようになってきた。
仕事中毒を治すにはなにか生きがいを見つけること、なんて言われても、そんなに急に生きがいは出てこない。趣味もないし、困っている。
今、将来への孤独についての不安に取り憑かれているから、なんとか仕事だけじゃなく色々なものに依存を振り分けて行きたくて苦しい。
最初に言うけど俺はまだ58なんで半分ぐらいは親父や先輩から聞いた話だ。
新入社員は規則正しい生活を学ぶために最初の5年は寮に住めという規則が合ったぐらいだ。
知り合いの自衛官が言うには今でも自衛隊はそんな感じらしいが全く令和の時代にご苦労なことだ。
社員寮での暮らしは寮監や大家と呼ばれる人によって管理され、消灯時間というものさえ設けられていた。
深夜の外出は許可制だったし、休日は会社の運動会だの職場の草刈り打なのによく連れ出された。
上司は怒鳴る蹴るは当たり前で、怒鳴っても物を投げない人は温厚と言われていたものだ。
私が入社しころ瞬間湯沸かし器のように毎日怒っていた人がいたのだが、今は定年再雇用で資料整理係をしているのだがスッカリ大人しくなって驚いている。
会社から権力を借りてくればそれこそ異性の社員だろうが同性の社員だろうが手を出してもいいぐらいだったが、逆に会社が権力を発揮すればリストラはあっという間に行われた。
サントリーの45歳定年の話なんて、昭和の価値観でいえば何もおかしくなく、当時は労働組合が煩いなんていっても鼻薬の嗅がせ方次第でしかなかった。
宴会芸で裸踊りをさせられたと話すと今の子供は驚くが、そもそもチン毛マン毛を燃やされることを拒否して出世したやつがいるものかとドヤされるのが当たり前だったのだ。
飼われているという意味でも畜生であったし、今の尺度で見れば人間としても畜生だったのだろう。
だが今の社会と比べて、会社に飼われることの安心感は強かった。
なんだかんだ言って今の世の中ではサラリーマンと言っても脆弱だ。
給料も少ないし、転職できるネタがあるんだぞと脅さなければ会社に居場所も作りにくく、そのくせ部下はやれ人権だなんだという態度が露骨にすぎる。
テレビで牧場主が家畜相手の家族ぐるみを自慢気に騙るが昔の会社とサラリーマンの関係はそんなもんだった。
会社はサラリーマンがやる気を出せるようにと気を使ってくれもするが結果を出さなければ鎖で縛ったままで殴りつけてきたし首を切るのにも躊躇なんてなかった。
今の会社はどこか他人行儀で結果を出せと語りはするがどこか放任主義で放し飼いのように感じさせる。
会社の看板を掲げることで仕事をとってきたり仕事をもらったりしてその上前を撥ねられるのは同じだが、昔は鵜飼いの鵜のように餌場まで連れて行ってもらえたのが今は餌場ごと自分で探すような状態だ。