はてなキーワード: 声優ユニットとは
わかったのは
けもふれ
だけだった
けもふれはアウトロ?が長すぎたけど会場いたらそうでもなかったんだろうな
でもおっさんおたはもりあがったろうな
ながとのキャラソンは個人的にそんなに好きでもないからとくにおもわなかった
プラチナはなんかしらん若い女声優ユニットがうたってたけどそんなにうまくなかったから飛ばした
グランロデオがもうたにやまきしょうっていわれなくなったんだなってのを強く思った
くりみながでてたからなおさらきみのぞカップルじゃんってのもあったし
きみのぞラジオきいてた人間からするときみのぞのキャラソンで一気にボーカリストとしての才能開花させたイメージで、くりみなとあいますのあずさの人だっけか?がすげーうまいうまいいってる印象あったから
あの作品がアイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。
ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。
カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、
どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。
それは現実的に考えても辛いことだし、アニメとはいえ女性も人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアルな思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。
そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実の声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。
それも、人気の絶頂の最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。
その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。
作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、
彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。
その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。
そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドル観からのアップデートを促すようにも感じられる。
ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女ら自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。
パフォーマンスを自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから、現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。
そもそもアイドル活動を部活という設定にしたところからそうだけれど。
もちろん美少女もののメディアを原点にした作品だから、彼女らが自発的に表現した「カワイさ」自体が男性ウケに寄せてあることは否定しない。
けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。
それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。
実際に作中で迷走してロックバンドKISSのコスプレをしだす一幕があったほど。
ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者も作品を受け入れやすくなった。
結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。
ちなみに、この「自分たちがカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、
女性アイドルら自身の尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志を尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実の若者にも広がっており、
もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。
他のアイドルアニメ作品でもそういう思想は共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、
アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写はほとんどなかった。
描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望の圧力に従うような描かれ方はしなかった。
その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身の内面の成長が描かれた。
ただ、外面からの圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションやTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、
それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、
周囲の支援のなかで「彼女ら自身が」見いだしていく、という大筋になっている。
やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。
まるで、この世界のプロデューサーの仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、
その過程で生まれるキラキラをパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。
そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。
自分たちがやりたいようにやるから、共感してくれる人はついてきて。
そういう思想をベースに、角が立たないように上手にやっていく。
もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。
商売に長けたプロデューサーに主体性を奪われないために、アイドルら自身にセルフプロデュース力が求められる。
成功するグループとしないグループの差はより残酷に可視化される。
けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。
だからアイドルが主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。
かつてのオタク文化の評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、
あまり最近のアニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。
イモ欣トリオ、野猿、はっぱ隊、ポケットビスケッツ、ブラックビスケッツ、時給800円、美女木ジャンクション、おにゃん娘クラブ、ロードオブメジャー、モーニング娘。、NO PLAN、羞恥心、くず、H Jungle with t などなどetc...
パッと思いつく感じでテレビの企画で生まれたユニットつらつら並べてみた
この手のユニット物(バンドもあるけど)子供の頃から好きだったんだけど、最近ってこういうユニット物って無くなってきてるのかな?(俺のアンテナが鈍ってるだけかもだけど)
ネットだとゴー☆ジャス動画のエレ☆ガンスとかはちょっと近い感じかな
あまちゃんのアイドルグループとかラブライブの声優ユニットとかはちょっと「スピンオフ感」が足りなくて違うかなーって思う。あくまでその作品の一部というか。
「Youthful Dreamerはアイマスっぽいコール少なくなって寂しいね」
先日ツアーライブ終演後に私が知り合いのおじさんから言われた言葉である。
私がTrysailの3人を知ったのはミリオンライブからである。
初めてパシフィコに行ったとき、キャラクターから離れた素の歌声は新鮮だったし
ライブ自体とても楽しかった。それから何度かTrysailのライブに参加するようになった。
そこに冒頭の発言が出てくる。おじさんもアイマスからTrysailを知ったそうだ。年は二回りぐらい違う。
正直声優のライブなのにアイマスのノリを持ち込んでくるのは嫌いだ。
Youthful DreamerはTrysailのデビュー曲。
ミリオンライブから実質デビューの3人だからこれを披露したときはアイマスから来た人が多勢だった。
だけど公演回数を重ねるにつれ、アイマスっぽい応援の仕方が少なくなっているのに気づいていた。
これはいろんな方向からファンがやってきて良い傾向だと思った。
ただおじさんは残念がってこう言ってきたわけだ。
全く関係ないのに「これが”コール”なんだ」とか言ってきて口をつぐんでしまった。
話は少し変わるがTrysailのライブ中、朗読劇を行う場面がある。なんとそこでミリオンライブのキャラクターが登場するのだ。
私が行った限りでは、劇で他のコンテンツのキャラクターのネタを聞いたことがない。
誰が台本を書いてるのか分からないけど他のキャラも出していくべきではないだろうか。
せっかくユニットとしてデビューしてアイマスと別の活躍の場が与えられてるのに
いやいや、いまもあるやろ?と思われると思う。
それは読んでいただれば何人かの理解は得られると思うので記したい。
2012年に発足し、“アイドル”と“声優ユニット”の両立を目指すという高い志をもって始まったグループ。
いまとなっては考えられないが、デビュー当時のソフマップに集まったオタクはそう多くはなかった。
1stシングル『Color』。名曲である。バトスピのEDであったと記憶している。
そして後にアニソンカバーユニットとして、アニソンカバーを披露。深夜枠のアニメ情報番組などで取り扱われたりしたがそれほどバズらなかった。
時を同じくして、秋葉原Twin BOXで定期公演開始。数名が声優デビューを果たすも、当初の志には程遠い状況であったと感じる。
その後、ロボカーポリーや§Rainbowを経てアニサマに初登場。SSAのアウェイ感はいまでも思い出すと胃液が逆流しそうになる。トイレタイムであった。
エイベックスの協力な後押しを得て、キャスティングされた彼女たち。そしてファンが爆発的に増えたのもこの時期と言える(世にいう「プリパラ古参」)
彼女たちの代表曲は個人的には1stから3rdシングルの間で選びたいと思うが、世論的にはMake it!であると思う。
それはWake Up, Girls!とのジョイントイベントでお互いがカバーした際に明らかになったと思う。
TWIN BOXに通っていた真古参は言う、「もうi☆Risじゃなくて『プリパラさん』だよね」と。
気づけば“アイドル”と“声優ユニット”の両立という志から少し外れ、後輩ユニットであるWake Up, Girls!と同様にアニメありきの声優ユニットとなってしまっている現状がある。
すべては81という名のエイベックス声優アイドルブロジェクト的なM氏に起因するのではないか?と推察する。
たしかにエイベックスのアイドルコンテンツはことごとく花が咲かない時代が長かったと思う。そんな中、アニメ基軸のWake Up, Girls!が2000名程度の固いユーザ層を得て、ひとつのビジネスモデルになったのは明白である。
それを踏襲する形でプリパラにi☆Risを起用するは企業として当然の行為だと推測する。ただし、初志はどこにいってしまったのでしょう、、、と思うユーザは少なくないのでは?考える。
前述のWake Up, Girls!も作品から離れ、エイベックス・ピクチャーズの作品の曲を歌っており、某監督とのいざこざも漏れ聞こえてしまっている昨今、「わぐなーさん」のWake Up, Girls!離れも珍しくはない現象だと聞こえてくる。
そんな今だからこそ、“アイドル”と“声優ユニット”の両立。アイドルと声優に虹をかける、そんなi☆Risの活動が見たい。そう思うのはオタクのエゴであろうか。
NHKから姿を消した訳ではないけど、これまでアニソン枠の代表者としてナナニーが培った功績みたいなのが
一切無碍にされてしまってるのは本当に罪深いと思う。
その天罰か4月にはラブライブのセンターえみつんこと新田恵海のAV疑惑が出てラブライブ熱が一気に冷めたのを見て
水樹奈々待望論が出ないものかとやきもきしたけど、6月を前にしてもナナニー復活という空気がなくて寂寥感が半端無い。
NHKの中では水樹奈々はもう終わったコンテンツなんだろうか。
誰かが言ってたけど、去年のナナニーはシンフォギアがあっても殆ど下火だったから紅白出れなかったのは仕方ないだろという意見があった。
確かに下火気味だったかもだけど、俺の中でシンフォギアGXの主題歌を聴いた時、まだまだナナニーをイケると確信していた。
それだけに今年こそはという気持ちでいる訳だが、どうも完全に消えたっぽい。
今は男性声優の宮野真守にシフトしたらしく、なるほど今後はイケメン声優に舵取りをするんだろうかと思ったね。
なら、今度の紅白は当然男性声優ユニットを出してくるんだろうかね。
それとも去年一昨年の功労者としてナナニーをカムバックしてくれるのかな。
もしかして今年もラブライブをゴリ押しするんなら、もう紅白は見納めだね。
もう二度とチャンネルを合わせる事はないと思う。
せっかく普段アニメ見ない家族でもナナニーの名前覚えてくれていて、今年は出ないの?って俺に聞いて来た位浸透していたっていうのに
基本的な戦法は、「同じ文字で攻め続ける」です。始まる言葉が少なく、終わる言葉が多い「ル」攻めが基本ですが濁点が有効なら「ズ」の方が効果的です。
それで攻め続けるだけで、だいたいは勝てるはずです。
しかし、逆に自分が「ズ」攻めを食らったときのために「ズ」で始まる言葉を羅列しておくです。
そして取っておきの「ズ」で始まって「ズ」で終わる言葉
相手が中級以上のしりとリストならば「ズ」攻めを使ってくるかも知れません。「ズ」攻めを食らい続けて散々つぶした後に「ズ」返しをする戦法が最強です。