はてなキーワード: 迷子とは
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
http://anond.hatelabo.jp/20110823153922の増田がニートの休日に散歩したよ。
と言っても報告することは特にないのでリザルトだけ。
距離:約20km
手段:徒歩
次はどこに行こうかな。
今まで女性と二人きりでデートしたことは何度か(片手より少ない数)あるぐらいの男が性懲りも無く先日水族館デートに行って来ました。
まずデートに行き着くまでの顛末を書こうと思う。前置きしておきますがモテるための方法論とか一切書いてありません。そもそも文才も無いですし、ただ誰かに聞いてほしくて書いた自己満日記です。
学生時代は恋愛どころか緊張して女の子としゃべるのも苦手だった。なんとなく普通に話せるようになってきたのは社会人に出てから。社会に出てからの恋愛は、どちらかというと僕は年上の女性が好きでここ数年はそういう人にアタックしてきた。でも彼女たちが恋愛経験ゼロに等しい僕なんかを相手にするはずがなく。そして今年の6月にまた失恋というか、自分で諦めた。そして(両親には悪いけど)もうこのまま恋愛も結婚もしないで独りで生きていくのも悪くないや、と考え始めていた。このまま童貞で30歳になれば魔法使いにもなれるし。
そんな矢先、友人から女の子を紹介してもらえることになった。以前友人と飲みに行ったときの話の流れで紹介してもらえることになったのだ。僕自身は「紹介して欲しい」という気持ちもほとんど無く、そういった会話をしたこと自体あまり記憶に無かった。友人の好意を裏切るわけにもいかないし、とりあえず紹介してもらうことになった。
「会ってみるぐらいならいいや。どうせ1回食事して、(いくらこちらが続けたいと望んでも向こうが)あとはメールを適当にやって終了するんだろうから」と思って、特にがっつかず、トークが続かなかったっていいや、自然体でいこうと決めて会うことにした。
相手の子(以後A子さん)は、ルックスは正直なところ普通。1コ下で恋愛経験も普通に積んできただろうという子だ。この食事では話がある程度盛り上がったところもあったけれど、僕のトークは下手くそだからそんなに続くわけもなく。多分ダメだろうなと思ってた。けど、なんか知らないうちにお互い次に会う約束を決めてた。デート場所は水族館。水族館自体久しぶりだし人生で初めてだ。
休日ということもあって水族館は人、人、人。ただでさえ人ごみが苦手なのに・・・。それでも彼女に引っ張られる形で普通にデートをこなしていった。
デートも中盤に差し掛かった頃、彼女から腕を組んできた。あとで理由を聞いたら「迷子になるといけないから」ということだったらしい。正直心臓がバクバクして動物なんてほとんど記憶にないくらい。つーか普通に胸があたってるんですけど・・・。A子さんは僕の肘を持ったり、手首あたりを持つか持たないか具合の微妙な距離感で腕を絡ませてきたり。本当にドキドキした。平常心を保とうと必死だったと思う。
それにしても、たった2回しか会ったことのない男にこんなことをする女性はいるもんなんだろうか?過去デートは数回してきたことあるけれど、こんなのは初めてだった。そりゃ恋愛経験ゼロに等しい僕からすれば何もかもがきっと新しい経験なんだろうけど。
見出しバレだが手を繋ぎました、水族館からの帰り道に。もう人は少なくなってて人ごみの中でも何でもないけど、腕を組んで歩いていた。そしたらA子さんの右手がすごく近い位置にあって・・・。すごく勇気はいったけど思い切って手を繋いでみた。A子さんは拒否しなかった。むしろちゃんと握り返してくれた。そんな中でも何事もなく会話しながら歩く。今まで夏に手を繋いで歩くリア充(カップル)達を見て、「こんなクソ暑いのにバッカじゃねーの」って思ってきたけど、「手を繋ぐ」ってこんなに素晴らしいことだったんで初めて知った。
でもふと疑問に思う。まだ会ってたったの2回目なのに腕組んだりしていいんだろうか?お互いに「好き」ということでも何でもないのに。一般の普通に恋愛をしている、もしくは恋愛が始まろうとしている男女達はこれがデフォなの?俗に言う「基準」ってのはどんなもんなんだろうか?人それぞれ?
そして何より一番心配なのが友人による壮大な釣りなんじゃないかと。こんなとんとん拍子で上手くいくはずがないと思ってしまう。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミク現象の持つCGM的側面については、外国人の感想でもしばしば言及されている。しかし、ワールドイズマインならぬWorld is Hers(世界は彼女のもの)と題された以下の感想ほど、このテーマを正面から丁寧に描いたものはない。CGMこそ「クリプトンが世界にもたらした最大の贈り物」との指摘はとても重要だろう。伊藤社長が主役を演じる世にも珍しい感想、という面からも一読の価値はある。
urlは以下の通り。
伊藤博之は自ら説明しようとしていた。
「ヴァーチャル・アイドル」初音ミクを生み出した企業、クリプトン・フューチャー・メディアのCEOとして、伊藤は人で溢れる大衆文化のバンドワゴンの運転席に座っている。そして誰もが興奮しすぎる前に、彼は人々にこのバンドワゴンが何であるか理解させたいと望んでいた。
「初音ミクは[一つの]ソフトウエアです」と彼は言う。「YAMAHAが開発したボーカロイド技術を使ったものです。[ボーカロイドは]歌声を作り出すエンジンで、我々はYAMAHAからその技術に基づく製品を開発するライセンスを得ました」
言い換えれば、ミクのファンであると公言することは、KorgのTritonキーボードあるいはフェンダー・ストラトキャスター・ギターのファンであるのと似ているのだ。君が応援するのは楽器――PCにインストールしなきゃならないうえに箱にはアニメ風のイラストが描かれているが、でもやはりそれは楽器だ。おまけにボーカロイドというブランドネーム自体はミクや彼女の華やかな友人たちに帰するものというより、むしろ彼らを動かす音声合成エンジンを指している。文字通りに取れば、「ボーカロイドのファン」であるとは、特定ブランドのギター弦のファンであるのと同じである。
だが誰がそんな言葉遊びを気にするだろうか? どんな新興サブカルチャーでも、言葉に独自の意味が付きまとうのは普通である。今日では「ボーカロイド」はそのイノベーションから花開いた仮想世界全体を示す言葉となっている。ボーカロイドとは作曲家がそのソフトを使って自宅スタジオで作り出した無限のレパートリーを持つ曲のことである。ボーカロイドとはそれぞれの曲に対応する画像と動画のギャラリーである。ボーカロイドとはそれらの画像から生まれたあらゆるミームや粗筋である。ボーカロイドとはそれぞれ特有のボイスバンクを象徴するキャラクター群のことである。そして誰であれアニメ・エキスポに参加した者ならこう言うだろう。ボーカロイドとはそれらキャラのあらゆるバリエーションを含む姿にドレスアップしたファン層である。
これこそがクリプトンのマーケディング・ディレクター、佐々木渉すらも驚かせた口コミ波及効果だ。彼は「ユーチューブやニコニコのような動画シェアサイトを通じて[ボーカロイドが]利用されるやり方」に驚いたと話す。「これらのサイトを使って、本当に口コミで仲間の間に広がっていきます。本当に過去に例を見ない[方法で]様々な国で人気を得ています」。つまり、本流エンターテインメントの大半が今なお企業の重苦しい手によって運営されている一方、自力推進型であるボーカロイドの本質はあらゆるものをひっくり返したのだ。
「ある意味、こんな現象相手に取り組む最良の手法を見つけるためもがき続けてきました」と佐々木は話す。「ファンからのフィードバックを得るのが最良だと我々は信じてきました……いかに物事に対処するか、ファン層にとって最もよいことのためにどうするかを。急いで金儲けしようとは思っていません」
クリプトンは、当時まだMP3ですら未発達の技術であり、ユーチューブ誕生に10年も先行し、そしてあらゆるものを可愛いアニメ少女に擬人化するアイデアがまだ急増していない1995年に設立された。「我々の目的はそもそもボーカロイドを仕事にすることでも、[音声合成]ソフトを作ることでもありませんでした」と伊藤は話す。「クリプトンは音全般――音と関係するソフト全てを取り扱う企業として設立されました」
もし伊藤を冗談めかして「ミクのお父さん」と呼ぶのなら、彼女の祖父母は最初のボーカロイドエンジンを2003年に発表したYAMAHAの面々となるだろう。「そうした技術が存在することは知っていましたし、それを使って何かできることがあるんじゃないかと思っていました」と、伊藤は当時について話す。「我々は既にYAMAHAと係わり合いをもっていましたので、彼らと連絡を取りそこから製品を作り出すことができました」
だが、あたかも完成された合成音声で歌う天使の形でミクが天から降臨してきた訳ではない。彼女の根っこは、伊藤の説明によればとても粗末な形式の音声技術にまで遡ることができる。「日本では[音声合成]ソフトは結構一般的で、例えば駅などで使われています。そこでは列車の到着がアナウンスされたり、あるいは[乗車している場合]駅名が呼ばれたりします。自動応答システムを使う電話はボーカロイドによって動いています」(想像してほしい、ミクの親戚の一人がカスタマーサービス用の電話回線で働く恐ろしいロボ電話であるという事実を)
「当初[合成された]歌声を使うソフトは存在しませんでした」と伊藤は続ける。「そうしたソフトにどの程度の需要があるのか、私には確信が持てませんでした。というか、はっきり言うなら、PCに歌わせることができるソフトを作るのにどんなメリットがあるのか分かりませんでした」
この疑念こそが伊藤に次の手を講じさせた――それは最終的にはクリプトンの歴史で最も賢い一手となった。「2004年、私は最初の[ボーカロイド]ソフト、Meikoを作り、それに漫画風のキャラを付けました。ある人格が歌う[のを真似る]ソフトは人間にとって必要不可欠なものではなかったから、そうしたのです。人々にアピールし人々から愛されるようになるためには人間味を持たせる必要があると考え、そのための最適な手段が漫画風キャラのようなものでした。このソフトは結構いい成功を収め、そしてもちろん初音ミクの構想へとつながりました」
そしてその次に起きたことは誰もが知っている。
おそらく伊藤博之が成功した秘密は、クリプトン創業者である彼が音楽、サウンドエンジニアではなく、ソフト開発者ですらなく、何よりビジネスパーソンだった点にあるのだろう。伊藤は、あなたはミュージシャンではないのかと質問されると笑い(彼はミュージシャンではない)、自身が経済を専攻したことを認めた。「音楽とは無関係です」と彼は言う。「ボーカロイドのマーケティングに成功するうえで、私は自分が学んだスキルのいくつかを使ったと思います」
アニメ・エキスポ1日目のキーノート講演で、初音ミクとボーカロイド・カルトについてスライドショーを使った改まったプレゼンを始める際に、伊藤はビジネスマンとしての本領を発揮した。彼はまず自分が誰で彼の企業が何をしているかについて慣例となっている概要報告を行い、それから公式にクリプトンが制作しているボーカロイド「キャラクター」(あるいは、厳密に正確さを期するならソフトウエア・パッケージというべきか)の一覧を示した。
2007年8月31日に生まれた永遠の16歳、初音ミクは、今ではショーの目玉に位置している。人気で彼女に次ぐのは鏡音の双子、リンとレンであり、彼ら独特の黄色い装飾と少年/少女のペアは、ミクの緑と灰色と同じくらいコスプレ業界では至る所で見かける。だが音楽制作者の視点から見ると最も用途の広い声は2009年の製品である巡音ルカのもので、より深い音域と日本語及び英語で「歌う」能力を誇っている。何人かのファンは昔ながらのMeikoとKaitoの旗を掲げている。その声は旧世代のボーカロイド技術の上に構築されているが、今なおクリプトン・ファミリーの中心メンバーである。
クリプトン以外のボーカロイド・キャラもサブカルチャーの世界に入ってきている。たとえば声優中島愛のボイスサンプルに基づき、マクロスFのランカ・リーをモデルとしたMegpoidや、J-rockのスーパースター、Gacktの声を使ったGackpoidなどがそうだ。より進取の気性に富んだ人々はUtauloid(日本語の言葉『歌う』から来ている)と呼ばれるオープンソースの音声合成エンジンまでも開発しており、その中で最も有名なのはピンクの巻き毛をした重音テトだ。
音楽ソフトウエア・パッケージについて、それがまるで本物の人間であるかのように語るのは最初は奇妙に感じられるだろう。しかし伊藤が最初に作り出した時に予想したように、それこそがこのソフトをかくも魅力的にしている正体なのだ。これらのキャラがもたらした創造性は、伊藤がプレゼンで誇らしげに見せびらかした数字によれば、ユーチューブで36万6000件、ニコニコで9万2600件に及ぶボーカロイド関連動画へと結実した。
そしてこの成長するメタ=ジャンルからあふれ出したマルチメディアコンテンツもある。クリプトンが運営するウェブサイトPiapro(『ピア・プロダクション』の省略形)には、ボーカロイドに触発された45万を超えるテキスト、音楽、及び画像の創作物がある。さらに注目に値するのはクリエーターたちがどのように相互に刺激しあっているかだ。コンテンツを共有するポリシーの下、あるPiaproユーザーが音楽を制作すれば、別の誰かがそれを聞いて付随するイラストを描き、さらに別の人がその構想に従って短いアニメ動画を作成する。そこでは、サイトのルールに従い創始者を適切にクレジットに載せることだけが重要だ。
何人かのボーカロイドファンはアートの世界の彼方まで行ってしまい、エンジニアリングの成果をもたらした。最もよく知られているのは3DアニメーションプログラムのMikuMikuDanceで、初音ミクのキャラクターモデルを――実際にはどんなキャラクターモデルでも――特定の歌に合わせてリップシンクし踊らせることができる。より繊細な対象を扱っているのがVocaListnerで、本物の人間の歌手によるインプットを分析し、ボーカロイドプログラムのセッティングを自動的にその声にあわせて調整する。思いつきに過ぎない想像の飛躍ですら現実化し得る。初音ミクの動画「Innocence」で取り上げられた「Ano Gakki」(『あの楽器』)というニックネームで呼ばれている奇妙な見かけのタッチパネル式キーボードも、実際に使える楽器として再現された(それほど野心的でないバージョンならスマホ用アプリとしてダウンロードできる)。
これら全てが意味しているのは、ほぼ完全にファンによって運行される賑やかで創造性に富む生態系が存在するということだ。究極的にはそれこそクリプトンが世界にもたらした最大の贈り物だろう。初音ミクやボーカロイド・ソフトそのものではなく、それらが使われる方法こそがそうなのだ。企業という大領主によってではなく、消費者によって作られた完全なエンターテインメント形式。企業は僅かな道具と規則を与えるだけで、後は椅子に深く腰掛けて次に何が起きるかを見守っている。
それでもなお、ボーカロイド体験を活気づけるため企業が提供するイベントは多数ある。今年はアニメ・エキスポが日本以外では初となる「ボーカロイドのライブ・コンサート」ミクノポリスのホストを務めた。それはステージ上の綺麗なスクリーンに投影するCGIアニメーションでしかない(ほかならない)が、いい視野角と健全な猜疑心の保留があればそのイリュージョンはなお印象的になる。さらに感動的なのは、セットリストにある全ての曲が明らかにファンの作ったもの――クリプトンの地下室であくせく働かされるソングライターが大量生産した製品ではなく、本物のミュージシャンがボーカロイドという媒体を通じて自らを表現したものである点だ。
だがコンサートはどのような限界が残されているかも暴露した。ミクの魔法は左右双方40度以上の角度では働かなくなった。調整の効かないボーカルは、時に楽器の生演奏の下で迷子になっていた。そして音声合成技術のあらゆるイノベーションをもってしても、より繊細な耳にはなおミクが絞め殺されるようなロボットじみた変な声をしているように感じられた。でも、日本では生身のアイドルについてどう言われていると思う? 「アイドルは不完全であってこそふさわしい」。不完全さこそがミクをこれほど魅力的にしている。誰もが進行中の仕事に関与できるからだ。
どんな未来があるか、誰に分かるだろう? クリプトンは既に英語版の初音ミク・ソフトが開発途上にあることを約束しているし、日本では新しい改良されたボーカロイド・エンジンが開発中だ。それはつまり、韓国語ですら歌えるボイスバンクを含んだ新たなキャラの登場を意味している。クリプトンのオリジナル・ボーカロイド製品は、その声に新たな音色をもたらす追加物「アペンド」によって進化を続けている。そしてどこかで我々の誰にも知られていないマッドな天才が、ボーカロイドの世界を永遠に変えてしまうようなアイデアにおそらく取り組んでいる。
多くの人が知っているように、「初音ミク」という名は「未来の最初の音」をもじったものだ。だがボーカロイド文化が広がるにつれ、この名前はますます不正確になっている。彼女はもはや未来の音ではない。彼女はまさに今の音である。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
(前回分)
http://anond.hatelabo.jp/20110705094529
【ミクノポリス】初音ミクLIVE総合 part30【ミクパ】
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/streaming/1309836019/
7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 14:37:56.37 ID:SUU0mdjm0 [1/14] (PC)
11 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 14:42:21.10 ID:SUU0mdjm0 [2/14] (PC)
>>9(席はどこらへんだった?)
3階席前列の隅っこ。ミクさん豆粒大w
14 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 14:47:24.34 ID:SUU0mdjm0 [3/14] (PC)
映像は角度によって消えるし、ステージ上のライトが強烈な逆光w
ステージ左右の巨大スクリーンで、十分フォローできてましたけどね
17 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 14:50:29.98 ID:SUU0mdjm0 [4/14] (PC)
>>12(3階席で、音はどうでした?周りはスタンディングしてた?)
ライブも幾つか行ったことがあるけど、あんなの日本じゃ絶対無理w
22 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 14:55:18.30 ID:SUU0mdjm0 [5/14] (PC)
>>12
あと、3階席は座ってる奴が多かった。席の段差が急で
立つ必要がなかったのと、立ったら下へ落っこちそうな
気がするほど、高さがあったからだと思う
27 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 14:59:33.24 ID:SUU0mdjm0 [6/14] (PC)
>>13(じゃあオーロラビジョンが役に立ったんだね。カメラワークに不満等はなかった?)
カメラワークも絶品。あのまま売ってほしいくらいw
見られて、
それはそれで面白かったw
31 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:06:24.00 ID:SUU0mdjm0 [7/14] (PC)
>>23(みくずきん出てきた時周りの反応どうだった?)
周りの反応は、記憶が飛んでてよく覚えてないw
ただ、曲が始まったたびに絶叫が轟いてたのは覚えてるw
34 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:11:47.74 ID:SUU0mdjm0 [8/14] (PC)
>>25(これって3階ですか?>つべのCAM動画。削除済みのためリンク省略)
角度的には2階だと思う
でもやっぱ、録画と録音じゃ、あの迫力は再現できないわ
42 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:17:02.53 ID:SUU0mdjm0 [9/14] (PC)
>>26(メリケン娘お持ち帰りできた?)
英語がカタコトなんで、向こうが何言ってるか分からんから無理w
野郎ばっかだったけどなw
夜に出歩けば違ったんだろうが、会場からちょっと外れたら
もうスラムだったんで、宿でおとなしくしてたよ
47 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:25:13.24 ID:SUU0mdjm0 [10/14] (PC)
あれがないと3階はきつかったかも
演出も決まってたと思うよ
>>38(音圧が体を震わせる感じですか?)
音圧というより衝撃波だな
身体中の水分が揺さぶられるの
52 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:33:24.41 ID:SUU0mdjm0 [11/14] (PC)
>>41(3Fだとストリングス部隊の音はどうだった?)
でも最後のアレは大反則だw
>>43(野郎ばっか? 女性客少なかった?)
男女半々、みんな若かった
よそ者が踏み込んだら無事では帰ってこれない
通りを境にビルがいきなりボロくなるんで分かる
55 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:36:42.93 ID:SUU0mdjm0 [12/14] (PC)
>>49(タイムシフト動画見たならどの辺が実際と異なるかよかったら教えてよ。)
あ、あとな、現地のタクシーの運ちゃんに地震では世話になったって
お礼言ったら、握手されたよw
58 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 15:39:43.75 ID:SUU0mdjm0 [13/14] (PC)
>>53(ニコ生で観客が盛り上がってないのかと思っちゃったんだけど実際どうなの?)
とりあえずこれで落ちる
現地の盛り上がりは、ものすごかった!
144 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 17:29:11.45 ID:SUU0mdjm0 [14/14] (PC)
>>129(前列VIP席が最後には盛り上がってたって本当? オッサン連中があれ見て楽しめるとは思えん)
ほとんど立ち上がってたよ
278 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 20:12:56.10 ID:B0B5C98Z0 [1/3] (PC)
部屋に戻ってきた
すまんがニコ生は見るのをやめた、あの体験を上書きしたくない
素直にBlu-rayを待つことにした
285 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 20:28:28.32 ID:B0B5C98Z0 [2/3] (PC)
>>281(現地とニコ生で音がどれだけ違うのか興味深かったんだが)
音の概念が違う
298 名前:7[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 20:43:29.40 ID:B0B5C98Z0 [3/3] (PC)
>>286
クラシックなら原音そのままだから、話せばまだ分かってもらえるかも
今回のは、全部の音をそのまま増幅してたんだ
バスドラ×2をドカドカ連打された感じかな?
んで20Hz以下の帯域も拾ってたね、ありゃあ、、、
336 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 21:17:20.79 ID:N5KR9J2C0 [6/9] (PC)
>>303(ツアー組って出発時トラぶってたけど結局なんか補償してくれたん?)
今の所無いね
>>302(LAまでの公式ツアー珍道中聞かせてくらさい)
こっちはデトロイト~ソルトレイク乗換組だから大して面白い事は無いよ
↓
・代理店に問い合わせたら集合場所で待っていて下さいとの事。三々五々ツアー客が集まってくる中、代理店の人が来るが、
現在代替便を手配中の説明。暫くお待ちくださいとの事なのでDIVAしたり、2chしたりして暇つぶす人多数。
↓
・夜中の0時過ぎに漸く代替便が決まる。LA直行組、サンフランシスコ乗換組、ポートランド乗換組が翌日出発
デトロイト乗換組、デトロイト+ソルトレイク乗換組が翌々日出発の旨言い渡される。
↓
日本時間7/2の早朝、品プリより羽田へ護送されチェックインするが、本来3枚出てくるチケットが2枚しか出てこない
2枚目には「seat request」の文字が。
つまりデトロイトからソルトレイクまでの便の座席がどこか確定していないので、デトロイト空港の案内窓口で再度発券してもらってくれと
↓
・乗った飛行機は日本路線なのにろくに日本語離せないCAばっかりだったが、席が39列だったので少しだけデルタを許す。
↓
・デトロイトには無事到着、現地の日本語判る白人の可愛いメガネっ子にツアーガイドが問い合わせるが、
↓
ソルトレイク組はなかなか集まらなくてガイドさん冷や冷や。最後の一人が現れたのは
我々が搭乗しようかってギリギリの時間。チケットの再発行はまあスムーズ。
↓
デトロイト出発がいきなり30分位遅れる(理由は不明)
↓
ソルトレイク到着、また一人行方不明。 先行っているだろ、集まれと言われた場所にいなかったら知らん
↓
LA到着、ひとりの荷物がなかなか出てこなくてロストバゲージかと思われたが、別窓口から何故か出てきた。
と言う感じ。
帰りは帰りでまたseatrequestだったし、本来隣同士になるべき人(ダンスロイドの二人とか)も
バラバラに座席が割り振られていたので、搭乗してから交換しましょうという事に。
長文スマソ
362 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 21:41:19.48 ID:N5KR9J2C0 [7/9] (PC)
>>345(羽田の2人の女子って話あったけどダンスロイドさんだったの?)
どうもそうだったみたい。
よくあれだけ場を盛り上げたと思うよ。
なんかAX会場内ミクポリブースでダンスロイドのサイン会やっていたけど
結構人が並んでいた。
419 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 22:33:48.09 ID:N5KR9J2C0 [8/9] (PC)
>>395(ノキア入場のボディチェックで入場遅れたみたいな話も聞かせてくださいな)
金属探知機で検査はしたけど、爆発物や銃器の検査でカメラチェックじゃなかったよ。
入場口少なくて日本に比べて列作らないから入るまで確かにカオスだったけど、
本番開始直前にトイレに行った時はほとんどノキア内には入っていたような感じ。
むしろ物販に行列が出来ていたからそいつらが遅れて入ってきたんじゃ?
サイリウムはノキア内物販ブースでしか売っていなかったからね。
459 名前:sage[] 投稿日:2011/07/05(火) 23:13:52.33 ID:pGsHWyuP0 [1/2] (PC)
会場で配ってたポスターが可愛すぎて生きているのが辛い
481 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/05(火) 23:34:44.79 ID:I1njdupf0 (PC)
現地で配っていた(?)TOYOTAのポスターが最高すぎてうらやましい
531 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 00:17:24.30 ID:k8fdj1mz0 [1/3] (PC)
>>477
公式組みは、Original Pantry Cafeで打ち上げでしたか、私は開演前の夕方に
同所で食事を取りました。ボリューム満点でお腹いっぱいになりました。
>>515(ルカ登場時ニコでは盛り上がってないように見えたが実際どう?)
ルカさんの登場時も、すごく盛り上がってましたよ。
587 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 01:02:21.33 ID:k8fdj1mz0 [2/3] (PC)
>>567(fromYtoYで客席から『未来(((みらーい)))』『願い(((ねがーい)))』って合いの手がちゃんとできてたみたい)
私は1階の左後ろの席に居たけど、「みらい」「願い」は、けっこうみんな
合わせて歌ってて、ちょっと感動した。
また、炉心の時のHEY!HEY!HEY!の掛け声もすごくて、みなさん、感謝祭BD
見てるんだなぁと思った。
570 名前:現地組 ◆ZlFmy0tLzs [sage] 投稿日:2011/07/06(水) 00:49:23.23 ID:WKricoiF0 (PC)
現地組から言わしてもらえば合いの手はよく聞こえなかった
会場が広すぎるせいなのか
感謝祭のおまいらがすごすぎるのか
593 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 01:06:10.11 ID:k8fdj1mz0 [3/3] (PC)
>>590(リンレン登場のときはニコ生でもすごい歓声というか絶叫が聞こえてきたんだが会場はどうだった?)
たぶん、一番盛り上がった瞬間だったと思うよ。
すごい盛り上がりで、自分も興奮したもん。
780 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 12:12:40.55 ID:RNjze4iC0 (PC)
北米アキバ系情報サイト Bunka extendのレポがあがったよ。
http://www.bunkaextend.com/ax2011_07.html
■ID:X1spn02l0氏>ミクシにて感想執筆
949 名前:y1[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 16:26:26.98 ID:X1spn02l0 [3/7] (PC)
>>946
了解しました。一応日記は全体公開なので、適当に見てください。
あと、コンサート内容だけじゃなくて今回のツアーに関しての全てを日記にしていくので、かなり長くなります。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1746675238&owner_id=23294829
(以下編集者抜粋)
・ミクポリ公式ツアーの様子(デルタ航空のトラブルから現地まで~かなり詳細なAX見物記)
・ミクポリレポート
・ぽっぴっぽーで激盛り上がり
・リンレン大歓声、ルカ登場JBFでVIP席の人までが立ち上がる
・本当に一部、ごく僅かの人間はそれでも座っていたが、冷静に評価をしているという感じ
・コンサート終了後、物販コーナーが混雑。初音ミクがどんなものなのか解らずに参加していた層が結構いたようで、パンフとうちわにみんな群がる。
(ミクシにて更新中)
■ID:n8pl5NA20氏>自ブログにて記事執筆 ※ツアー組で開演前に迷子になって話題になってた御仁らしい
999 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/07/06(水) 16:56:22.01 ID:n8pl5NA20 (PC)
俺もレポ書いといたよ
(以下編集者抜粋)
・会場内の様子など
・間近に見た本物のミクさん
この記事(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html)が話題になっているので、自分も書いてみます。まずは自分の属性。
そもそもNexusSは国内で販売されてないので、NexusSとiPhone4のどちらがイイですか?と人に聞かれることは全くないですが、
NexusSの方が圧倒的によいと"私は思う"と(もし聞かれたら)答えます。今後の機種変も間違いなくGalaxy S2、3?、と買い続け
ていくと思います。一方で別の技術はもうわかったのでiPhone4は手放そうと思っており、iPhone5が出たら誰かに触らせてもらい
たいです。※NexusSは技適未通過端末なので、帰国前の使用感レポとなります
元記事に異論なし。音質は音楽聞かないから知らない。AndroidはiPhoneよりもっさりしてるし、落ちるし、電池減る。
Nexus Sの解像度はWVGA(800x480)とiPhone4(960x640)より劣るのに、画面自体が大きい分広く感じる。Nexus Sは4インチ、iPhone4
は3.5インチで、だいぶミスタイプが減った。Xperia arcは4.2インチなので確かに大きすぎるかも。Nexus Sはちょうど良い。
だいたい元記事通り。ランキングサイトを見て色々試すのが自分は楽しい。iPhoneでスクエニのゲーム買ったけど、結局スマホで
ゲームなんてやりにくいし放置。ゲームは3DSかPSPで良い。
で、大事なのはここから!速度・安定・電池を差し引いても自分がAndroidを選ぶ理由。
Androidアプリの良いところは、アプリ間の連携がシームレスなところ。写真とる→ギャラリー(iPhoneでいうアルバム)→共有から
直接twitterなどにうp、が可能。(http://www.gazo.cc/up/37699.jpg)iPhoneは写真とる→アルバムは移動出来るけど、うpする
には各アプリを立ち上げないといけない。ブラウザもメニュー→共有で、そのページを色んな方法でシェアできる。アプリ連携し
すぎ。あとページ内検索とかも地味に便利。
他にも良いアプリとしてはIMEのSimeji。←→キーとソーシャルIMEが便利すぎ。iPhoneだとiとiの間にカーソル合わせるとかほぼ
無理。ツイートする時に少し戻りたいとかもよくあるので、←→は不可欠。ソーシャルIMEの効果は
(http://www.gazo.cc/up/37694.jpg)参照。スマホは数字・記号が混ざった入力がだるいので助かる。
GoogleMapは拡大・縮小した時にコンパスが元に戻らないのが良い。(ブラウザにもついてる)- +ボタン便利。本来はマルチタッチ
非対応端末用だけど、片手で縮小出来るのが十分便利。iPhoneだと縮小時に左手に持ち替えるとかよくやってた。他にマイマップ
とか様々なレイヤが重ねられる。Latitudeは友人0だから意味無いんだけど、mixiのAndroidアプリ(上の画像の)みたいな感じで4sq
iPhoneは他のアプリが起動すると投げっぱなしで戻れないし、1つのアプリ内でも戻れなくて迷子になることがよくある。
だいたい左上が「戻る」系ボタンがあることが多いけどそうでないアプリもあるし、左上とか遠くて画面を覆い隠してしまう。
今では「戻るボタンが無いなんて、ブラウザバック禁止でブラウザ見るぐらいストレスだろ…」と思っている。
色んなアプリの新着がステータスバーに表示される通知機能が死ぬほど便利。twitterにおける通知(とウィジェット)の良さはこ
れ(http://ran.private.coocan.jp/omusubi/log/2010/12/android-twicca-beta.html)あたりを参照。iPhoneにもPush通知はあるけ
どすぐ見なくて良いものを保留、とかが出来ない。強制的にアクティブになるのが鬱陶しい。インテントと組み合わさると最強で
、こんなこと(http://www.gazo.cc/up/37695.jpg)が出来る。
上のtwitterクライアントのエントリでもあるようにウィジェットが便利で、ホームから色々設定変更が出来る。自分は家帰ったら
NoLockウィジェットでロックオフしてすぐ操作出来るようにしてるし、布団でごろごろ使う時にはScreenFilterウィジェットで好
みの程度暗くする。あと計画停電があった時はホームに付箋メモ貼ってすぐ確認出来るようにしてた。この辺はiPhoneでもJBすれ
ば出来る範囲なのかな。
他にもFLASHが動くとか、NFCがついてるとか、電源ボタンがサイドについてて使いやすいとか、丸っこくて可愛いとか、Macがなく
てもアプリ作れるとか、色々良いところはある。代わりに先に述べた体感速度、OSの安定度、充電池の悪さの他に、フォントが変
元々NexusSはAndroidアプリ開発用にと買っただけで、予想以上に気に入ってしまったのは誤算。久しぶりにiPhone使ったら「戻れ
ない」「←→ない」「通知ない」が死活問題だし、最近Softbankの電波はさらに悪化したのか屋外ですら300~500Kbpsしか出てい
ないことも多く、人が多いと100Kbpsも出てない。(前は1Mbpsとか普通に出てたので、ここ最近何かあったのか、場所・時間帯に
"自分は" Nexus S > iPhone4だが、我慢してiPhone4を使っている。iPhoneにはAndroidのようなワクワク感が無いのが残念だが、
カスタム面倒な人・初心者にはiPhoneを勧めているし、無難だとは思う。2.2か2.3以降のAndroidなら、用途や好みによってはオス
スメ。色々出来るから本当楽しい!アプリをアドオンで強化出来るとか感動したし!個人的には「iPhoneに貼る電子マネーシール
」「iPhoneでも音の組み合わせで決済」「iPhoneでFlash」「iPhoneで赤外線」とかにエネルギー使うのは勿体無いので、より自由
なAndroidが普及して技術が発展すると良いと思っている。
じゃあ何を使うべきか迷っている。Softbankは解約して本体売るつもり。回線はdocomoか、b-mobile+WiMaxか、auのEVO WiMax
(CDMA+WiMax)が良い気がしている。EVO WiMaxはかなり魅力的だけど、CDMA通信時の安定性が不安なのと、端末がHTC EVO一択にな
ってしまう。docomoの最新はXperia arcだけど、なんかぺりあってダサい感あるしGalaxy Sの方がNexus Sと似てて良さげ。ただ来
この記事(http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/038/38214/)のように、SIMフリーの技適通過済みAndroid端末をデータ通信の
みで使うのが安いし早いのは魅力。でもIDEOSは小さいしスペックが…
この辺(http://gpad.tv/phone/docomo-sc02c-samsung-galaxy-s2/)を見るに、Galaxy S2の発売とレポを待つのが良いと思うので
、たぶんそうする。本当はすぐにでも変えたいので辛い。
思い出されるのは嫌な思い出ばかりだ。特に親戚がらみでの…
でも当時はそれに対して何も感じていなかったことの方が多かった…
いや何も感じていなかったと思う。
理由はわからない。そして、その後に必ず田舎の叔父さんにうちの母親が怒っていた。
「そんなことしないでくれ」
・親戚一同で旅行に行ったとき。1人が迷子になり全員で探した。
振り出しに戻る…わけじゃないけど最初にいた場所に迷子になった子が戻っていた。
「なんだこんなところにいたのか」と私は発言した。怒られた。
「こんなところ」を変な場所に嫌がってという意味で受け取られたようだ。
・小学生の時、七夕か何かに掲げる短冊に皆で同じことを書こうという話なった。
「いい大学を目指そう」なんてことを…
そのとおりに書いたのは自分だけ。他の人間は全く違うことを書いていた。
・小学生の時、同級生の家に遊びに行きファミコンの野球ゲームをやることになった。
メンバーを分けることになり僕は1人だけ。あとはゲームを持っている子のチームとなった。
・小学生の時、集団で遠出。同級生の家に一斉に戻ることになった。
…自分1人だけ戻っていた。あとの人は公園で遊んでいた。待てど暮らせどやってこない。
・中学時代。親戚一同で旅行に行った最後。腫れ物に触るような感じで扱われた…記憶がある。
・中学時代。ボーリングだカラオケだとそういうもので遊び始めるような時期に、「経験無いだろ」
とはなから決め付けられていた。「ああっ、あるよ」と言い返していたが未経験。誘われていくことになっても
自分抜きで話が進んでいたことがあった。
・中学時代の修学旅行や遠足。「こういうところ来たことがないだろ」と散々言われまくっていた。
・高校受験。希望校は合格したが、理解不明の理由をつけられて一番行きたくないところに行かされた。
・高校時代。いやここに至るまでずーっとそうだったような気がするが、自分から友達を作ろうとすることをしてこなかった。
中学時代まではそれでも仲良くしている人はいた。けれど、学校どまりだったと思う。高校時代は、こうした状況に加えて
行きたくない気持ちが勝っていたのでずーっとぼっちで、ごくまれに誘われても断ってしまっていた。理由はわからない。
・高校時代。法事が立て続けにある。親戚連中の親族自慢ばかりを聞かされる。
両親はそれをどんな気持ちで聞いていたんだろう。
・大学時代。アルバイト中心。サークルには、、、入学式のときに顔を出してみただけでそれっきり。アルバイト中心であっても
友達づくりをすることはしない。その場限りの関係。なんとなく親しくなる。そんな感じ。
・大学時代。「浪人なんかしやがって。どこそこのうちは有名大学に入ったのに。現役で」と散々言われる。
高校受験時に自分から希望を奪っておいてよくいうなと思ったが、じっと我慢の子。一浪で入学した大学は知る人ぞ知るという
有名でもなく無名でもなく偏差値もどちらかといえば多少はいいほうの部類に入るかどうかというようなところ。
・で、最近。机の中身とかPCの中身とか見たとしか思えない会話をいまさらしてくる両親。性癖までばれてるんだろうか。
それに気がついていたるところに鍵とパスワードをかけた。いびつな親子関係。
・思いつくままここまで書いてみたが、自分から人に話そうとしない。中学時代に「魔女の宅急便のパン屋のオヤジみたいだ」と言われて
よくわからなかったが、「ああそういうことだったのね」と今更ながら気がついた。
http://anond.hatelabo.jp/20100914181445
増田は新人に非を認めてみせる度量があるし、後輩は新人の特性を見抜く観察眼がある。
「増田さんの指示には主語がないんです」とか面白い分析をしてみせる。
主語がないから「何をしろと言われているかわからない」とつながるのは、ホントにすげーと思う。
なんとなく述語や述部の方がないと、「何をしろと言われているかわからない」となりそうだけどね。
きっと主語はあるけど、その裏側の世界がどこにつながっているのか分からないから新人は困ってるんだろうな。
世界を設定する主語があやふやで、でも「ヤレ!」「さっき教えたダロ!」と迫られると焦ってミスも重なるわけだ。
「時間がないから電車に乗れ」とまくし立てられるより「東京駅に14時までに行くんだから電車に乗れ」と、
実習で解剖に行ってきました。
遺体の保存状態が非常に悪く、心が痛みました。
また、肝硬変の方の肝臓は、非常にいたいたしいもので、ショックでした。
いったいみんなは何を思っているんだろうかと考えました。
医療系の学校に入るとすぐ、命とか尊厳とかいったテーマについて熟考する間もなく、
圧倒されるほどの大量の情報に突如さらされます。
こんなことを繰り返しているうちに、患者さんに病名を告げる瞬間の空気の重さとか、
分からなくなっていくんでしょう。
それと、学校での生徒同士の会話も気になるところです。
怒りっぽい人にピック病じゃないのと言ってみたりとか、
そういった冷ややかな冗談が飛び交います。
それに、医学の専門用語を使って下世話な下ネタを言う人もいます。
こうやって日常会話で医学用語を使うと、よく記憶できて試験対策には効果的なのだけれど、
それ以上に大切なものが失われていく気がします。
高潔な志をもって医大に進む多くの人々が、ぶしつけでデリカシーのない医者になってゆく環境がまさにここにあります。
それに、知識が増えれば増えるほど、
たとえばがんという病気の死亡率はそれほど高くなく、もっと恐ろしい病気はほかにいくらでもあるということが分かります。
でも、目の前にいる患者さんにとって、苦しいことは苦しいことであり、不安なものは不安なのであって、
そういうときに、ほかの病気と比較してものを言ったりする医療従事者は無神経だと思います。
子育ての本に、子どもが抱える悩みは、問題の大きさではなく子どもにとっての悩みの大きさで受け止めてあげなきゃいけないとありました。
実際には親は数十メートル離れた場所にいるかもしれませんが、
絶対的信頼といってもいいほどの信頼を寄せ、依存する大人が、突如視界から消えるのです。
しかも、周りは自分よりずっとせの高い人たちに囲まれています。
こういうとき、子どもの感じ方を親が受け止めるのは大切です。
患者さんもしかりです。
相手にとってどれほどつらく苦しいことかを察する能力は本当に重要だと思います。
物事を客観的に見すぎるのがいかに危険な考え方かを思い知ります。
学校にいると、そういう一般的な感受性を損ねるような言動にしょっちゅう直面して、
いつのまにか自分も鈍感になってきていることに気づいたりもします。
本当に怖いです。
正直、ご遺体とどう向き合っていくべきか、自分の中で今も考えがまとまっていません。
無理にまとめようとする必要はないのかもしれません。
ある意味、答えはうやむやのままで、腑に落ちないものを意中に留めておくべきなのかもしれません。
もはや実物と模型の区別がつかなくなっている教授よりはましです。
これからも、こういったことを考える時間を大切にしていって、
忙しすぎる日常に飲み込まれないようでありたいです。
ネグレクトにより2名の幼児が亡くなるという事件が起きた。痛ましい事件である。
いかに深く静かにサイレントテロを敢行してきた我々といえども、さすがに幼気な命の存否を前にしてはテロ継続の意志を揺るがされざるを得ない。
児童虐待防止のためにいささかの金銭負担に応じてもいいのではないか、もう少し地域で人付き合いを持ってもいいのではないか、と休戦を考えてしまう。子供を持てる恵まれたリア充は憎いが、子供の方に何ら恨みはないのだから。
だが、この事件にかこつけた子蟻の暴走が、あまりにもひどい。
「(児童虐待対策への無限の予算と人員投入に)反対する人はどうせ子供を育てたこともないんでしょ」
「お前らは子供を作らない権利を行使しているんだから口を聞く権利はない」
こんなナチュラルな蔑視を子蟻に投げ付けられてなお、虐げられた我々は休戦し、恵まれた者どもの安息に手を貸すべきか。育児疲れを癒すための風俗代まで出してやらねばならぬのか。
否。断じて否。
痛ましい死さえも利用してもっと金を寄越せと利益誘導する子蟻どもの要求を、断固として跳ね除けなければならない。
子宝という慈しき存在に恵まれた者が、その宝に決して手の届かぬ底辺の不可触賎民から愈々搾取しようというのか?
我々はそのような搾取とこそ戦ってきたのではなかったか。
奴らが卑劣にも亡くなった児童をカードに利用し、生ける児童を人質に取ったからとて、転向してよいはずがない。それは思考停止である。
負担増に応じなければ疲れて児童虐待を行ってしまうなどという唾棄すべき恫喝に、我々は決して屈してはならない!
公園を通り抜けた時、遊んでいた子供を母親が隠したその屈辱を忘れたか。迷子の親探しに付き合ってカウンターに連れて行った時、礼を言うどころか物凄い勢いで引き剥がした親の目を忘れられるか。
子供に近付くなと、近付いたら性犯罪者だと決め付けたその口が、手を貸さない社会の冷たさをなじるのか。ならば我々はその社会の外に犯罪予備軍と位置付けられた部外者だ。手を貸すことなど、求められても許されてもいないと知れ。
迂闊に良心に従いテロ破りに走った者の末路は火を見るよりも明らかだ。手が後ろに回るだけである。戦闘配置に戻り、テロを継続せよ。せっかく授かった子供を虐待するような馬鹿親には通報の鉄槌を下してやればよい。それ以上は決して望まず、潜行せよ。
悲劇を利用し感情に揺さぶりをかける卑劣なやり方など、許してはならない。
我々は戦いを続けなければならない。
戦線を離脱するのは自分が幸せになった時にせよ。情にほだされて離脱すると奴隷として搾取された挙句苦しんで野垂れ死ぬことになろう。
道を歩いてただけでいきなり見知らぬ大人に「家どこ?」てたずねられたら警戒するのは当たり前。
子供なりに警戒したから素直に家を答えずに「分からん」と答えて、それで相手は警戒されたのを悟ったからそれ以上問い詰めずに「早く帰れよ」と返したって事例だよね。
「家はどこそこで」と素直に返事してたら家までついて来られたり家の周りを待ち伏せされたりするかもしれないから子供の態度はそれで正解だし、こういう風に声をかけられたと大人に報告するのも正解。相手に悪気があったかどうかは分からないけれど(ないとも言い切れないとこに注意)とにかく無事でよかったねという話で、このケースで声をかけた人が逮捕されたという訳でもないんだから、この事例の経過に何も問題はない。
別に男性じゃなくても大人がこういうケースで話しかけると子供が警戒するのは正しいこと。
もし助けてあげたいなら、警戒されていることを前提とした上で、なるべく誤解を受けないように、自分にできること(迷子であることを把握したら警察に連れてってあげるとか、その場で警察に電話をして指示を仰ぐとか)をすればいいだけでしょ。
警戒されるのも嫌だから何もしませんという人は別に何もしなくていいけど、そこで子供が警戒して報告するのが自意識過剰だとか、警戒されるのは理不尽だとかいうニュアンスの発言が出てくるのはどうかと思う。
悪気があろうがなかろうが立場上自分が警戒される存在だっていうことを理解して受け入れたうえでそれを踏まえた行動するのが大人ってもんじゃないの。
「自分に悪気がなかったら」相手の足を踏もうが身体に触ろうが相手が傷つくような冗談を言おうが問題はなくて謝る必要はないと考えてる人みたいだ。
意見をどうもありがとう。
自分がとんでもなく偏見を持った人なのかと心配になってしまって、増田に書いたので、
意見が聞けるのがうれしいです。
http://anond.hatelabo.jp/20100501081917
障害児の親以前にそいつら完全にモンペだよ。
だよね? その親がおかしいよね?
幼稚園で先生たちと話をしたあと、いろんな話が耳に入るようになったんだけど、
挨拶くらいしかしたことない人に、突然子供を預かれと無理強いしたとか、
スーパーの迷子呼び出しをしたのに2時間経っても帰ってこないとか、
親の付き添いがいるプレイルームに子供だけ置き去りにしていなくなったとか、
放置する傾向がすごく強いみたい。
正直、関わりたくない……
http://anond.hatelabo.jp/20100501092010
私立です。園長先生の主義で、障害がある子も受け入れています。その子だけじゃなく。
クラスに全体を見る先生が1人と、その子を重点的に見る(他の子も見る)先生が1人みたいな感じで、先生増量です。
障害児には、特別な訓練を受けた人が付き添わないと、マジ危ないよね。
そうなのよ。
参観日の様子とか見ていても、突拍子もないことやらかすというか、普通の子供とは違うんだよね。
だから、日常的なことならまだしも、非日常の、しかも登山は無理。
http://anond.hatelabo.jp/20100501140946
ありがとう。
家族だけなら何度か一緒に行ってるんだ。ケーブルカーで途中まで上って、そのあと山登り。
最初ははしゃいじゃって大変だったんだけど、そのたびにつかまえて説明したら、一緒に登れるようになった。
子供ペースにあわせるのはけっこう大変。あと、リフトに挑戦したがるのを抑えるのも大変です。
ぱがん、と、乾いた音が耳を突いた。まどろみに埋もれていたわたしの意識が、急速に引き上げられていく。気だるげに開いた眼は、薄暗く静寂に沈んだログハウスの天井を視界に捉えていた。
ぱがん、と、乾いた音が再び聞こえてくる。のっそりと上体を起こしたわたしは二段ベッドの上から室内を見渡し、まだサークル仲間の誰も彼もが目を閉じたまま微動だにしない様子を確認すると、がりがりと寝癖のついた頭を掻いてしまった。
もう一度眠ろうかと考えた。予定では、今日は引率している野獣の如き子ども達を宥めてオリエンテーリングに向かわせなければならなかった。下手に寝不足のまま参加してしまえば足手まといになってしまうだろうし、やつれて無駄に疲れてしまうことが目に見えて明らかだった。
やっぱり眠ろう。決めて身体を横たえて瞳を閉じる。小さく、仲間達の呼吸が小さく聞こえてきていた。意識はじゅんぐりと眠りの海に沈み始める。布団を引き寄せて、身体を小さく抱え込んだ。温もりが再度まどろみに沈んだ身体にとても心地いい。
ぱがん、と、三度あの音が鼓膜を振動させた。瞬間、わたしの瞼は何者かに支配されたかのように勢いよく見開かれる。まだ浅いところで引き上げられてしまったせいで、とうとう完璧に目が冴えてしまった。こんな朝っぱらからうるさいなあと少し腹が立ったわたしは、仲間達を起こさないよう静かにベッドから降りると、懐中電灯を持ってひとりログハウスの外へと足を向けてみることにした。
「……すごい」
扉を閉めると同時に、立ち込めていた噎せ返るような濃霧に、思わず呟いてしまっていた。少し息が苦しいような気がする。まるで水底に立っているかのようだと思った。山間だというのに立ち並んでいる木々の姿さえも確認できない。濃密な霧の姿に、わたしは途方もなく圧倒されてしまった。
霧はまだ陽も昇っていない早朝の薄闇の中、心なしか青白く色付いているように見えた。纏わりつく気配の中手を動かすと、水流が生まれるかのように顆粒が小さな渦を巻く。懐中電灯がなければとてもじゃないけれど踏み出せそうにはなかった。霧のせいで迷子になってしまう恐れがあったのだ。ともすれば壁だと錯覚してしまいそうなほどの密度を持った濃霧は、その奥底に圧倒的な幽玄を潜ませながら、音もなくキャンプ場を覆い尽くしていた。
そう。本当にあたりには何も物音がしなかった。鳥の鳴き声も、梢の囁きも、虫の音までも、一切が外気を震わせていなかった。空間を満たしているのは、どこまでも深い霧ばかりだ。昨日来たときには煩わしいほどに感じられた生き物の気配は、どれだけ耳を研ぎ澄ませてみても拾い上げることができなかった。
先ほどの言葉でさえも、口にした途端に濃霧に絡め取られてしまったのだ。生き物達の振動も、片っ端から霧に呑まれて分解されているのかもしれないと考えた。
ぱがん。辺りにまたあの音が谺した。随分近くで。あるいはとても遠い場所から。あの音だけは、やけに周囲に響き渡っている。まるで、霧があえて分かりやすくしているかのように。わたしは音がした方向に向けて懐中電灯の心細い光を放つ。
「誰かいるんですか?」
返事の代わりなのか、しばらくしてから再びぱがん、と音がした。導かれるようにして、わたしは濃霧の中に一歩足を踏み出す。一定の間隔で聞こえてくる音だけを頼りに、見通しの悪い、すでにどこにログハウスがあるかも分からなくなってしまった霧の中を進んでいく。
唐突に、光の円の中にひとりの老人が浮かび上がった。
思わず息を呑んで立ち尽くしたわたしの目の前で、どこか古めかしい翁のような雰囲気を纏った老人が手にした斧を大きく振り被る。耳に張り付いてしまったあの音を響かせながら、刃が突き刺さった丸太はぱっくりと左右に割れて落ちた。
「お早いのう」
こちらに振り返ることもしないで黙々と薪を割っていく作業を続けながら、老人が言った。
「音が聞こえましたから」
「ああ、そうじゃったか。……もしかして起こしてしもうたかな?」
言いながら老人は斧を振り被る。ぱがん。薪が割れる。
態度に少し気分を害したわたしは不機嫌を装って返事をした。
「まあね。うるさかったから」
「そうじゃったか。それは申し訳ないことをした」
と、老人はまったく反省したような素振りを見せずに口にする。なんなんだ、この人は。思ったわたしは口を噤むと思い切り睨みつけてやった。友達から、怖いと評判の眼差しだった。止めた方がいいよと。
けれど、老人は意にも介さない。丸太を立てて、斧を振り被って、割れた薪を横に積み上げていく。
漂い始めた沈黙と続く変化のない作業に、先に耐え切れなくなったのはわたしの方だった。
「あなたは、この辺りに住んでいるの?」
「ええ。長いもので、かれこれ三十年近くになりましょうかね」
「こんな朝早くから薪を割りにここまで昇ってくるんだ?」
「今日はちょうど薪を切らしてしまっていての。寒いし、こりゃあ大変だということで、急いで準備に取り掛かったんじゃよ」
「でも、この霧だと大変じゃなった? よくここまで来られたわね。住み慣れた経験がものを言ったのかしら」
少し嫌味っぽく言うと、老人の口許に淋しそうな笑みが浮かんだ。その表情に、わたしは思わずどきりとさせられてしまう。老人は一度作業を中断させると、腰を伸ばしてから額に浮かんだ汗を拭った。
「深い、とてつもなく濃い霧じゃからなあ。あなたも驚かれたんじゃありませんか?」
「え、ええ。まあ」
「息が詰まって、溺れてしまいそうだと思った」
発言に、わたしは無言のまま頷く。老人は初めてこちらに目を向けると、とても柔らかく微笑んだ。穏やかな、それでいてどこか影の差し込んだ微笑だと思った。
「私も、初めてこの霧を経験した時にはそう思ったもんじゃからなあ。とんでもない霧だとな。けれども、いい場所だとは思わんかね。神聖な気配が満ち溢れているような気になる」
「神聖?」
突飛なキーワードに思わず声が口をついて出てしまった。
「ええ。ええ。そうじゃとも。この辺りには神聖な気配が満ち満ちておる。とりわけ、こんな濃霧の日にはの」
言って、老人は濃霧の向こう側を、その奥底を眺めるようにそっと目を細めた。
「……辺りを少し歩いてきてみたらどうですかな。きっと、とても気持ちがいいはずじゃよ」
しばしの沈黙の後、再びわたしの方を向いた老人は穏やかに微笑んでそう提案してきた。
「それに、もしかすると今日は不思議なことが起きるかもしれない」
「不思議なこと?」
繰り返すと、老人はこくりと頷いた。
「ええ。まあ、噂にすぎないんじゃがね」
そう口にして苦笑した老人に、わたしは最早当初抱いた不快感を消し去ってしまっていた。この人は少し仕事に集中していただけで、本当は親切ないい人なのだ。そう思うことで、優しくなれるような気がした。
「あんたなら、あるいは出会えるかもしれん」
口にした老人に、ありがとう、と礼を言うと、わたしは言われたとおり少し辺りを散策してみることにした。依然として先の見えない濃濃密密たる霧には変化がなかったものの、どういうわけか迷子になって帰られなくなる、といった不安は感じなくなっていた。ぱがん、と背後から断続的に薪割りの音が聞こえてきたからなのかもしれない。わたしの足はずんずんと霧の奥へと進んでいった。
どれほど歩いたのか、濃すぎる霧はわたしから時間の感覚を奪ってしまったようだった。ぱがん、と聞こえる音の回数も、五十を過ぎたあたりから数えられなくなっていた。
一体、ここはキャンプ場のどの辺りなのだろう。どこをどう進んで、どこまでやってきたのかが分からなかった。劣悪すぎる視界は距離感覚も曖昧にさせてしまっていたのだ。加えてどういうわけか聞こえてくる薪割りの音はいつも同じ大きさだった。遠くもなることも、近くなることもないせいで、同じ場所をぐるぐる回っているような奇妙な感覚に陥ってしまっていた。
先の見えない霧の中、疲労にがっくり項垂れたわたしは、とうとうその場に屈んで、膝に手を置いてしまった。上がった呼吸を整えながら、もうそろそろあの老人の許へ帰ろうかと考えた時だった。
幼い笑い声が耳に届いた。
驚き、わたしは素早く顔を上げる。聞き間違いじゃないかと思ったのだ。引率してきた子ども達がこんな時間に外出しているはずがないし、そもそもその声がこの場所で聞こえるはずがなかった。
わたしは膝に手を突いたまま硬直して、こんなことはありえないと念じ続けていた。目の前にいる何かを幻だと理解しながらも、どこかでそうではないと信じていたかった。
再び笑い声が響く。たった三年だったにも関わらず耳馴染んでしまった、最後に息を吸う特徴のある、誰が笑っているのかを知っている声が谺する。
視界に映った霧の中で、その影は確かに楽しそうに口角を吊り上げていた。
「七恵なの……?」
呟くと、ひらりと身を翻して小さな子どもの姿をした影は霧の奥へと駆け出してしまった。
「待って!」
叫び、わたしは全力で影の背中を追う。疲れた身体の都合など知ったことではなった。実際、膝はすぐに悲鳴を上げ出し、やがて横腹も痛みを訴え始めた。いつの間にか木々の間に入ってしまっていたらしく、足場が安定しないのも苦しかった。
けれども、それでもわたしは身体に鞭を打った。影を追わなければならなかった。ここにいるはずのない、ましてやこの世に存在しているはずのない妹が、いま目の前を走っているのだ。どうして追わないことができよう。彼女に伝えなければならない言葉をわたしはずっと胸のうちに秘め続けていた。
掠れ始めた呼吸音と、立ち込める霧そのものが発しているかのように響く七恵の笑い声を耳にしながら、わたしはあの一日のことを思い出していた。決定的に何かが失われてしまった、手を離すべきではなかった日のことを。
あの日まで、わたしはお姉さんだった。三歳になったばかりの七恵を、監督し守ってあげなければならない責任があったのだ。
なのに。
先を行く七恵の影は、どうやら現状を鬼ごっこか何かと勘違いしているらしい、奇声のような歓声を上げながらするすると木々の間を縫い進んでいく。
「待って……待って、七恵」
もう手放さないから。絶対に、必ず握っておくから。
――だから、もうどこへも行かないで……!
ぎゅっと閉じた瞼の裏側に、あの日の光景がフラッシュバックする。病床に臥していた祖母のお見舞いに向かっていたのだった。病室でわたしは暇を持て余していた。近くにいるように母に言われていたのに。七恵を連れて院外へ出てしまった。
近くにあった商店街。立ち止まり見惚れてしまった文房具店。陳列されたいろいろな文房具は、小学生になったばかりだったわたしの目に、キラキラ光っているように見えた。どれもこれも可愛くて、熱中してしまた。
握り締めていたはずの七恵の小さな掌の感触。いつの間にか、なくなってしまった感触。
生々しく思い出せるが故に、後悔は杭となって打ち込まれていく。鈍痛は、いまなお血と共に滴り続けている。槌を振るにやけ顔の罰は、愉快そうにこう告げてくる。
「おいおい、なにを寝ぼけたことを言ってるんだ。それだけじゃないだろう。お前の罪はそれだけに留まらなかったはずだ」
そうだ。そのとおり。文房具から目を上げたわたしは、隣に七恵の姿がなかったことをかなり早い段階で認識していた。その時点でわたしが探していれば、もっと違った現在があったかもしれなかったのだ。
幼かった七恵。まだ三歳になったばかりだった。生意気で、なんでも真似して、両親の愛情まで奪っていって――。わたしは邪魔だったのだ。幼い独占欲は、妹の存在をうっとおしく思い始めていた。
わたしはあの時、本当は喜んでいたのだ。疎ましい七恵がいなくなったと。人通りの多い商店街の中で、これでようやく好きなだけ文房具と向き合えると思ってしまっていた。
失った感触。温かくて柔らかくて、小さかった脆弱な掌。
両親は血相を変えてわたしたちを探しに来た。どうして急にいなくなっちゃったの、と、鬼のように母さんに怒られた。それから、父さんが言った。
「七恵はどうした」
ななえはどうしたななえはどうしたななえはどうした……。
わたしは言葉を何度も頭の中で転がした。意味を理解しようと努めた。そして、同時にかっと全身が暑くなって、唇が動かなくなってしまった。
「ねえ、七恵は。七恵はどこに行ったの?」
怒ったままの鬼の母さんまでもが々ことを口にする。わたしは俯いた。父さんは周りを見渡しながら困ったなと呟いたはずだ。探してくる、と駆け出していったから。
「どうして勝手に抜け出したりしたの」
母さんはヒステリックに叫んでいた。思えば、あの時すでに最悪の事態を予想していたのかもしれない。当時、近くの町で未解決の誘拐事件が発生していたのだ。高圧的に、そして混乱しながら怒鳴り散らす母さんの声を、わたしは俯いたままぐっと唇を噛んで耐え忍んでいた。
罰が愉快そうに口にする。
「そうだ。思い出すんだ。お前の罪がなんなのか。本当に最悪ないことはなんだったのかを」
母に怒られながら、しかしわたしは七恵の手を離してしまったことを後悔していたわけではなかった。むしろ、七恵を恨んでいた。勝手にいなくなって、そのせいでわたしが怒られてしまったのだと、やっぱりいらない奴だと考えてしまっていた。
だから、わたしは泣かなかったのだ。いくら怒られても、いくら詰問されようとも。そして、時が経つにつれて本当に泣くないようになってしまった。
記憶は正確に当時の状況を把握し続けている。行き交う人波の中から戻ってきた父の表情。分からない、との呟やきを耳にした後の母のパニック。宥める父と泣き崩れた母の姿。ようやくわたしにも事態の深刻さが理解できかけてきたのだった。両親が人目も憚らず取り乱す姿なんて後にも先にもこの一件以外に見たことがなかった。
警察への連絡、掴めない足取り、過ぎていくだけの日数、憔悴していく両親。わたしは何も言えなかった。言えなくなってしまった。そもそも言う権利など、端から存在しなかったのだ。
誘拐事件への疑い、寄せられた怪しい人物の目撃情報。七恵は、商店街の出口付近で、若い男に手を引かれていたのだという。
そしてその翌々日。
七恵は、近くの池に浮かんでいた。寒空の下、下着姿でぼんやりと漂っていた。性的暴行を受けた末に、死体の処理に困った犯人に投げ捨てられたのだった。その後、連続誘拐犯の若い男は逮捕され、死刑が決まった。
けれども、もうなにも蘇らなかった。わたしのせいでわたしは、わたしの家族は、そして七恵は、どうしようもなく損なわれてしまった。もう二度と元へは戻れない。失われた存在の代償など、七恵本人以外にありえるわけがなかった。
足がもつれる。転びそうになってしまう。前を向いて、歯を食いしばり、泣き腫らしながらわたしは走り続けている。影に追いつかなければならなかったのだ。あの掌を握り締めることだけが、わたしにとって可能な唯一の贖罪だった。
唐突に影が急に立ち止まる。限界を通り越した身体で追いすがるわたしに振り向くと、にこりと微笑んだ。表情など見えないはずなのに、なぜか笑っていると理解できた。同時に、迎えなければならない別れの予兆も感じ取れた。
「な……なえ……」
息も絶え絶えにそう呼びかける。七恵はどうしてわたしが苦しみを抱いているのか分からないといったような顔をして、首を傾げる。
「ごめん、ごめんね、七恵。わたしが手を離したばっかりに、わたしはあなたを死なせてしまった」
そう、全てわたしのせいなのだ。幼いわたしの自分勝手な考えが、全てを反故にしてしまった。用意されていたはずの七恵の未来も、温かな家族の団欒も、些細な笑い声さえも、残された家族から損なわせてしまった。
崩れ落ちるようにして膝を突き、両手で落ち葉を握り締める。瞑った両目からは、涙が零れ落ちていった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
この言葉しか口に出せないわたしの肩に、そっと手が触れたような気がした。
顔を持ち上げる。霧の中で七恵は満足そうに笑っている。影の腕が動いて、大きく左右に振れた。口が動いたのが見えなくても分かってしまった。
さよならの合図だった。永遠の別れ。奇跡は二度とは起こってくれないだろう。
焦ったわたしは手を宙に伸ばす。待って。行かないで。もうどこにも。この手から離れないで。そうじゃないと帰れなくなってしまう。あなたは二度と帰られなくなってしまう。
膝を立てて懸命に、力の入らない足を遠ざかりつつあった影に踏み出そうとした瞬間だった。霧の向こう側から、鋭い陽光が網膜を貫いた。
そのあまりの輝きに堪らずわたしは目を閉じる。瞬間、周囲を穏やかな風が通り抜けていった。柔らかな、優しさに満ち溢れた風だった。
ゆっくりと瞼を開く。あれほど濃密で深かった霧がすっかりと薄くなり始めていた。見れば、手を突き出した先の地面は、すとんと途切れてしまっている。山の断崖に出ていたわたしは、昇り始めた太陽に照らされた雲海を、裂け分かれていくようにして音もなく消えていく霧の姿をじっと目に焼き付けることとなった。
壮麗な光景に言葉を失っていた最中、そよいだ風の合間に幼い声を聞いたような気がした。バイバイおねえちゃん、と聞こえたその声は、紛れもなく妹のそれであり、もう決して届かなくなってしまった彼女のことを思ってわたしは再び涙を流した。
泣き疲れて適当に歩いていたせいで、どこをどう帰ってきたのか分からなくなってしまった。気がついたとき、わたしは再びあの老人を視界に捉えていて、何かに操られるかのようにして近づいていったのだった。
老人は相変わらず薪割り続けていた。
「どうじゃった。なにか、起きたかね」
斧を片手に顔を上げないまま、そう口にする。如実に現実感が蘇ってきて、わたしはついさっき体験した出来事を思い出し、それからそっと笑顔になって口を開いた。
「ええ。とても素敵な出来事でした」
もう二度と合えない相手と、たとえ影だけだったとしても会うことができたのだ。伝えられなかった想いも、伝えることができた。一方的ではあれど、わたしにとっては確かに素敵な体験だったのだ。
「……前を向けそうかね」
老人の問い掛けに、やはりこの人は霧の山で起きていることを正確に把握しているのだなあと理解した。わたしはくしゃりと表情を崩して、どうでしょうと口にする。
「また会いたくなってしまうかもしれません」
言葉に、老人は少し困ったような笑みを浮かべた。ぱがん、と薪が割れる。
「あんたも過去に囚われてしまいますか」
わたしは何も答えない。額を拭って、老人は斧を振り下ろす。ぱがん、と薪が割れる。沈黙が二人の間に染み込んでくる。
「かく言う私も、この山の霧に魅せられてしまったひとりでね」
不意に口にして、薪を割る手を休めた老人は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「失った日々を前にしてからというもの、ここから離れられずに、こうして樵のような真似事をしておるわけなんじゃよ」
「ご家族の誰かを?」
自嘲気味に笑った横顔に、失礼とは承知で訊ねたわたしに対して、老人は素直に頷いて答えてくれた。
「妻と娘をね、冬場の火事でいっぺんに亡くしてしまったんじゃ。あの冬はとても寒くての、ストーブは欠かせなかった。今思えば不幸なことに違いないのだろうが、ちょうど私は出張で家を離れていてのう。事のあらましを聞いて駆けつけてみれば、二人は見るも無惨な姿に変わり果ててしまっていた。面影すらなかったんじゃ。熱によって筋肉が収縮したんじゃろうなあ、口だけぽっかり開いていて並んだ歯が見えるんじゃよ。でも、それだけじゃ。身体は顔も全身も真っ黒に焼け爛れてしまっとってな、まさしく消し炭で、私は一瞬妻と娘じゃない、他の誰かが死んだんじゃないかと思ってしまったんじゃよ」
進んで訊いたくせにどうとも反応することができず、わたしは目を伏せて小さく頭を下げた。老人は遠く、消えつつある霧が覆い隠してしまった妻子を見つめるかのようにして目を細めた。
「この山はの、異界と繋がっているんじゃよ。もしくは、壮あって欲しいと心のどこかで願う者に山が望むものを与えてくれる。けれども、だからこそあまり長居をしてはならないんじゃよ。私は運よく山に管理者として認めらはしたが、私以外にここで長居をして無事にいられた者は他にはいないんじゃ。皆、山に呑まれてしまった。霧の奥へと誘われて、とうとう帰ってこなかった」
その淋しそうな物言いに、わたしは抗うようにして微笑を湛えた。
「それでも、またいつかこの場所に来てもいいでしょうか?」
驚きに目を見張って振り返った老人が、わたしの表情に何かを見たようだった。柔和に顔をほころばせるとそっと口を開いた。
「……いつでも来なさい。ここはどんな時でもちゃんとこのままであるはずじゃからのう」
「はい」
確かな返事をして背後に振り向く。木々の間を縫って差し込んできていた朝陽に目を細めた。鳥が羽ばたいて空を横切っていく。甲高い鳴き声が響き渡る。存外近くにあったログハウスの中から、いなくなったわたしを心配したらしい大学のサークル仲間達が顔を出し始めていた。
「行かなくっちゃ」
呟きに、老人は力強く頷きを返してくれる。
「またいつか」
「ええ。またいつか」
言うと、老人は割り終えた薪をまとめて背中に担いだ。木々の間に分け入っていく背中を見えなくなるまで眺めてからわたしは踵を返した。
帰るべき日常へ、あるべき仲間の場所へと、わたしは歩を進めた。