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2012-02-15

子連れ様?

当方30代。10歳と5歳の子餅。

最近感じた同世代の子育てをする人たちへの違和感について。

そもそも、「私達子連れなんだから食べ物屋さんに食べ物以外のサービスまでしてもらって当然よね」みたいな価値観がよーわからん

お金払った分の「静かに美味しく食べられる環境」を平等提供してもらう権利は主張してもいいと思うんだけど、

自分責任で生んだ自分の子の面倒までちょっと負担してくれたっていいじゃんっていうのは違うと思うんだ。

自分の上の子乳幼児の時のおでかけは、必ず「食器+エプロン+折りたたみ子供椅子」3点セット持参してたし、

子供が飽きた時の為にお気に入り絵本や、赤ちゃん煎餅も持ってった。だからすごい大荷物。

服とかも奇麗にとか無理。当然行けるのは普通のファミレスor定食屋or居酒屋だけど、

必ず他のお客さんに迷惑にならないように、行く前に電話して子連れおKか訊いたりしてた。

たまに断られることもあった。まあ仕方ないよな、って感じ。

5年経って、

の子の時は、大抵のお店に上記3点セット以外にも色々用意してあることが多く、

大変身軽になったばかりか、

帰り際の会計時に子供お菓子をくれる店も多くなった。子供の遊び場がある居酒屋さんも増えた。

親にしてみれば本当にありがたい世の中になった。ちょっと恵まれ過ぎててキモイとすら感じる。

ただ

これが誰かのゴネ得の結果じゃないことを祈りたい。

もし自分独身だったなら、深夜に居酒屋さんで飲んでる時に子供がキャッキャする声がするっていうのもなんだかなって思う。

あといまの若いパパママ世代がこれくらい当たり前くらいに思っているのはちょっと違和感がある。

あくまで子供自分責任で育てるもの地域が〜、社会が〜、っていうのは

自分が義務をちゃんと果たして貢献して初めていい得るものだろうと思う。

ちょっと最近の子育て世代は「お子様連れ様」化しているような気がした。

http://anond.hatelabo.jp/20120214235738

1、男にだって学歴は必要ないさ。主夫になればいいだけだ

オーソドックスな返しがよければこちら

2、居酒屋の店員やコンビニレジ美容室で髪を切ってくれる人は男性のほうが好きか?

2012-02-12

今日これから披露宴自分のw

友達数人と居酒屋で飲んでて、私が結構酔っ払ってしまって

家までタクシーで送ってくれた男の子とやってしまった。

家で飲み直そう、といいつつ私はコタツウトウト。寝るなー、ビールまだ残ってるよー、とかいいつつ乳首つまんだりクリいじったりされて

気付いたら自ら腰振ってたorz

どうしたの、腰動いてるよ?とかびちゃびちゃだけどどうしたの?とか優しい口調だけど結構なSっぷりで、物凄く感じてしまった…

お互い恋人いるのになぁ。

誰にも言えない

2012-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20120127034424

自分が何やりたいかそこまで考えてこなかったのが一番イタいよね。

能力面なんて、旧帝入れてそこまでこれたんだから「まずまず」以上だろうさ。ご自分で仰ってる透り

「贅沢な悩み」だと思うし、まーどっかしらに滑り込んだら多少問題はあったとしても

一端の社会人やってくんちゃう?いいと思うよ。自分にハナっから能力が大してないと

認めたうえで最低限を満たす程度に振舞うってのは。処世術としちゃアリっしょ。

ただ、それだと人生消化試合になるから、「目標」みたいなもんが必要になってくる気がするのね。

んで、結局自分が一番幸せな状況ってのはきっと「自分の一番とんがった能力」を「自分のやりたいことの上で」生かす

ってことなんだと思うのよ。結局、その理想的な状況を作るためにみんな結構ガンバったりするわけよ。

逆に、「一生懸命やるのはそもそもイヤだから、ダラっと働ける場所を目指す」ってのもアリアリっしょ。

民間ダルくて、でも旧帝入るくらいの勉強できるならとりあえず公務員でも入ってみたら?

いまどき公務員もラクじゃねーとは思うけど。

自分が働くことに関して、本音ベースでどーいうモンを求めてるか考えたらいいんじゃね。

「親を満足させて」「あまり個人の突出した能力が求められず」「そこそこ休める」くらいの

職場は望んでもバチ当たらないくらいのステータスなんだしさ。とりあえず、そこ目指してみたら?

官僚三年やってドロップアウトして、今居酒屋オヤジやってる俺が言うけど

なんとかなるからだいじょーぶ。ムダにグルグルしてても疲れるだけよ。

2012-01-18

[]失業ほど根源的な反抗は無い。偉い人にはそれがわからんのです

http://twilog.org/tako_ashi

尾崎豊カブれていたのは同時代でも十分にイタい人たちで、とてもじゃないけど朝日新聞入社するタイプじゃなかった」ということを

当時を知らない新成人のみなさんにお知らせしておきます

覚醒剤オーバードーズで死んだ歌手を持ち上げて、若者に怒りと反抗を促す社説って、ただただグロテスクだよ。

同じ事言ってるのが貧乏ロケローラーなら半分ぐらいは耳を傾けてさしあげるけど、新聞屋さんには言われたくないっス。

あの文章にアジテートされて、若い連中が本当に怒り出したのだとすると、真っ先に火あぶりにされるのは社説子さんだと思うのだが。

若者に対して「怒れ」と言う人たちは、自分が怒りの対象になることをまったく意識していないわけだよね。



「オレたちが学生だった時は権力が見えていた」「君たちには闘う相手が見えていない」って、20代半ばの頃、四谷飲み屋で言われたことがある。

言ったのは日立製作所の人事部のオヤジ

温厚なオレもさすがに靴の中で足の指を縮めた。

その時のことを今朝の社説を見て思い出した。

まあ、20代半ばのアマチュアロックバンド座付き作詞家の半失業者に向かって、

一部上場企業正社員が「反抗しろよ」とか言ってたわけですからね。

オヤジ居酒屋若者論にもマトモなお話が無いわけじゃない。

ただ、武勇伝要素横溢だったり、自分語りの垂れ流しだったりするのはダメ今日社説はモロにそれだった。

「で、あんたはい辞表を叩きつけるんだ?」と問い返さないでいるのが困難。

失業ほど根源的な反抗は無い。あの人たちにはそこのところがわからないんですよ

何よりひどいのは最後の「ともあれ、おめでとう」の一文だと思う。「ともあれ」はひどい。範囲を限定した祝福は一種の呪い

ともあれおめでとうとか言われたから、とりあえず黙れって言っといた。ともあれ〆切が迫っている。ともあれやる気がしない。

ヤングジェネレーションに向けたオールメディアからのフェアウェルだったというふうに解釈すればオレのこの気持ちの悪さもクリアされるわけだな。

(※婉曲な表現を実現するため、カタカナを多用しています。ご了承ください。)






ところで、「天声人語書き写しノート」という商品が発売されていますhttp://t.co/HxPT5LFT

店頭で見た時、心底から驚愕しました。写経ですか? 自己肥大もここまで来るともう笑うしかありませんよ。

朝日新聞の1面に毎日掲載されている「天声人語」を、知らない漢字言葉辞書で調べながら書き写し、文章の構成力やリズムを身につけませんか? 毎日続けると、世の中のいろいろな出来事がわかります。》だそうです。うわあぁぁぁ(絶叫)

朝日新聞の1面コラム天声人語」。100年以上も続く名物コラムには、文章を書くために必要なエッセンスが凝縮されています。1カ月ほど書き写していると、自然文章力が見についてきます受験就活の対策、また大人の学び直しに「天声人語」を書き写して見ませんか?》だそうです。う(嘔吐

だいたい「天声人語」っていうタイトルからして、上から目線どころか「天からモノ言ってる感じ」で、もう全然ついていけません。

《大人の学び直しに「天声人語」を書き写して見ませんか?》 って、ものすごいコピーだな。

書いたコピーライターもすごいけど、会議通したヤツ全員が超絶的にすごい。

星の王子様の「やあやあ、またワシに感心しているやつがやってきたぞ」の王様匹敵すると思うな。個人的には。

天声人語書き写しノート」、なくならないうちにひとつゲットしておこう。きっと5年後には伝説の商品になっているはず。

新入社員全員に「天声人語書き写しノート」を配布 

②3ヶ月後に提出を命じる 

③忠実に書き写した社員はその場でクビ 

④「うちもさぁ、コピー機みたいな社員置いとく余裕ないわけだよ。じゃあな」みたいな。

社説」みたいな虚構はそろそろ放棄しても良いと思います

逆に言えば、「社説」を「社の意見」として、毎朝掲げることができるのは、北朝鮮ライクな一枚岩の言論機関だけではなかろうかと…。





個人的に若死にした人間を持ち上げる論調が嫌いなもので。他人に語れるような夢は偽物。

オッサンにならない特権を行使するために早死にを選ぶクリエーターに対しては、全力をあげた忘却で対応することにしている。

努力の介在しない忘却は低能の結果に過ぎない。

盗んだバイク新聞を配達したこともないあんたに何がわかるんだ? と、オザキが生きてたらきっとそう言っただろうな。

あいつは何がわかるんだしか言えないヤツだったから。

なんにもわかっちゃいないくせにというよりもなんにもわかっちゃいないからこそなおのこと。

尾崎社説程度のもの過剰反応しているのは、オレがなにか苛立ちをぶつける対象を探しているからで、

その原因は…たぶん盗んだバイクで走り出した先にある。

何か機嫌の良くなる話題を考えよう。そうだ澤穂希バイクを盗まないで走りだす中盤の宝石ありがとう澤穂希選手





(・o・).。oO(♪盗んだ新聞放火するぅ~)

2012-01-09

成人の日に - ソヴィエト連邦を知っているか

成人の日に - ソヴィエト連邦を知っているか

ああ、オヤジの「居酒屋若者論」か、などと言わずに、聞いてほしい。

キミが生まれた20年前、偉大なる社会主義国家、ソヴィエト連邦が消えた。ベルリンの壁崩壊から2年後のクリスマスに、かって革命を夢見た全共闘世代は涙したものだ。

新聞には「資本主義が勝利したのではない。アメリカの一極支配は必ずや滅ぶ」と投書が載った。

人民革命へと駆り立てたのは、資産家や資本主義社会への反発、不信、抵抗。ゆるやかな社会改良による解決がないわけじゃないのに、プロレタリア独裁を宣言し、ぶつかり、傷つく。

その心象が、若者共感を呼んだ。ロシア民謡小学校教科書にも採用されたほどだ。

ところが最近は、うんざり顔をされることが多いらしい。

全共闘運動に詳しい社会学者小熊英二さんは毎年、大学の授業で『共産党宣言』を読ませ、感想を問うてきた。ここ数年「暴力的なだけじゃないか」「私有財産何が悪いのかわからない」と、批判的な意見が増えているという。

教室に居並ぶのは、親や世の中に従順若者たち。キミと同い年なら、石川遼くん?

でも、就活の道は険しいし、滑り落ちたら、はい上がるのは難しい。時代は、国家ノルマを課したころよりずっとずっと生きづらい。

だけどキミたちは「自分スキルが欠けるから」と、どこまでも謙虚だ。格差貧困も「自己責任さ」と、受け入れてしまっているようにみえる。

ソヴィエトはどこへ行ったのか。

全共闘世代の仙谷由人さんには「かつて若者暴力装置であった」と言われそうだ。

大学解体」と「自己否定」のスローガン機動隊と攻防戦を繰り広げたのは過去大学全入時代自己実現勘違いする若者に、暴力社会を変革するエネルギーはない、と仙石さんは語る。

革命を夢見るよりも、自己責任を受け入れて、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。

なるほどね。いくら「若者もっと立ち上がれ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。

でも、言わせてもらう。

私たちは最近社説でも、世界政治若者が動かし始めたと説き、若者当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。

から、くどいけれど、きょうも言う。成人の日ってのは、そんなもんだ。

ともあれ、おめでとう。

2011-12-31

忘年会で友人四人で居酒屋に行きました。

ビールとウーロン一杯ずつと頼んでもないツマミ。

自分が一人チェックしたところ19800円と書いた紙が出てきました。納得いきませんでした

最初にチェックした人間がそれまでの四人分を払うのが当たり前なんでしょうか?

文句を言うのも嫌なので払いましたが、もういきません。

2011-12-28

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。

僕の一番古い記憶は、二歳のときものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶

その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。

ただ、この祖父との夏祭り記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているかであるふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称記憶ではなく、三人称写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭り写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。

祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎ひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。

僕の話に戻ろう。祖父との夏祭り記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみ男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。

僕は自分マイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。

その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。

だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供である野球サッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識マイノリティのままだったのである

スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。

これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系人間だったので、僕の原体験を共有できるもの勝手に思ってしまった自分が悪いのであるスポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。

子供時代の話に戻ろう。

僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホーム国道鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。

他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。

断章

2011-12-11

彼氏居酒屋行ってワリカンだった

レストランに行くときは別会計から納得できるんだけど

居酒屋ときは同じ皿をつまむので別会計にできない。

彼氏は私の倍は飲むし、食べる量も多いのに、会計はきっちり半分。

多く出してよって言っていいんだろうか。居酒屋行くたびにストレスになってる。

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111204125933

受付は、5000円ぐらいの謝礼が発生するならビジネスライクに引き受けられるし、親しくなくてもそんなに負担じゃないよ

今年行った4つの結婚披露宴のうち、オフィシャル二次会があったのは1つだけ(残り3つのうち2つは居酒屋で非公式二次会、1つは二次会なしで早々に解散)

披露宴の余興も、2つは姪たちの合唱とか新郎姉の楽器演奏とかあったけど、あとの2つはスライドショー上映だけだった

そんなにフル装備の式を基準にして考えることはないと思う

2011-11-30

知人が業務上横領した話

先日、例によってサビ残していたら、携帯が鳴ってですね。

相手は以前よく(というかしょっちゅう)行っていた居酒屋店長だった。その店の閉店後、別のチェーン店店長をやっていて、私もちょくちょく行っていたのだけれど、最近まり行っていなかったのでイベントか何かのお誘いなのかと思ったら、違った。

業務上横領していたのがチェーン店会社にばれたんだそうだ。

総額は、会社に言わせると600万円程度、本人の意識では400万円程度らしい。それにしたってこの人がこの店の店長やってたのなんてせいぜい3年くらいのはずで、毎月毎月10万以上ちょろまかすというのはちょっとひどすぎる。電話ちょっと話して、「結局金を貸してほしいということか」と聞いたらそうだと言うのだけれど、さすがにこれは無理だ。お断りした。

被害者であるところのチェーン店会社は、今のところ刑事告訴をするつもりはないらしい。それにしたって返済しなけりゃ訴えられるかもしれないし、悪いことをしたのだから刑務所入るのは仕方がないにしてもそれで返済しなくてよくなるわけでもない。当人の経歴を考えると、そう簡単に返せる額とも思えない。

それなりによく知っている人の人生が、今まさに、「詰み」に近い状態になろうとしているわけなのですが。

からといってこの事情で、ぽんとお金を出して助ける気にもなれず(実のところ出して出せない額ではないのですが)。傍観するしかないのかなあ、と思うと、いろいろもやもやしています

ちょっとぐぐって調べたところによると、この程度の額なら、返済の目処が立っていてそれが被害者にも認められていれば、告訴されても実刑はつかないことが多いようです。でも、刑務所入れば借金がチャラになるならともかく、実際はそうでないので、どう転んでも救いがないよなあ。

2011-11-22

グローバル化された普通基準」の持つ暴力

http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html

普通でない女性普通を騙る事でどれだけの普通女性が抑圧されたか世間一般の愚かな男達があれを普通だと思う事で、どれだけの女性が癒えることのないダメージを被るか。言葉暴力である破壊行為である普通である。これはパワーハラスメントなのだ。抑圧なのだ。力による支配なのだ。普通ではない人間普通を騙る事で、本来普通であったはずの人達劣等感と敗北を植え付けられて洞窟の中へと逃げ込んでゆく。

ああ、よくぞ言ってくれた。本当に、本当に、よくぞ言ってくれた。

 

普通」を定義することは暴力的だ。

世の中で「優れている」とされているものに負けても、人はさほど傷つかない。

しかし「普通」とされている基準に満たないことには人は傷つく。

身長185cmに満たないかパリコレ男性モデルになるのは厳しいね」と言われても傷つかないが、

日本人の平均身長は172cmなんだけど、あなたはそれに満たないかチビだね」と言われるのは不愉快ものだ。

ただしイケメンに限る」場で排斥されるのは傷つかないが、

「ただしフツメン以上に限る」場で排斥されるのは傷つく。

"お前は普通未満だ"というメッセージをぶつけられたときに人は傷つくのだ。

普通定義するということは、その基準に満たない人々に"普通未満"というメッセージをぶつけているのと同じだ。

 

では、ここで言う「普通女子大生」は、自分普通というカテゴリに置くことによって、

普通界の女神のような存在になることが目的なのだろうか?

自らを普通定義することで、勝利を実感することが目的なのだろうか?

私は違うのではないかと感じている。

 

普通大学か。早稲田普通か。

違う。普通ではない。普通大学ではない。

世間早稲田は有名大学のうちに入る。「普通」ではない。優れていると言えるだろう。

しか彼女は普段、早稲田学生に囲まれて暮らしているのだ。

見渡す限り早稲田学生、という状況で日々講義を受けているのだ。

早稲田よりも偏差値の高い大学に進学した高校時代友達なども居るだろう。

彼女たちにとっては、早稲田は「普通大学」なのだ。

彼女たちにとっては、東大京大一橋大…などが「良い大学」であり、マーチ未満は「不可視」なのだ。

 

普通女子大生か。その顔が普通か。

違う。普通ではない。普通女子大生ではない。

友達同士というのは、レベルが近い同士でつるむ傾向にある。

男子大学生5人のグループがあったとして、4人はフツメン以上の彼女持ちコミュ充、

1人だけがいない歴=年齢のコミュ障キモメンだとしたら、そのグループは上手く行くだろうか?

"持つ者"側の4人が"持たざる者"側の1人に気を使って摩耗するか、"持たざる者"が"持つ者"をひがんで卑屈になるか、"持つ者"が"持たざる者"をバカにして苛めるか。

友情を維持する上で障害になるトラブル無駄に起きやすくなるだろう。

から似たようなスペック境遇人間ばかりが友達グループとしてつるむ傾向が生まれるのだ。

似たような体格、似たような髪型、似たような木こりファッションに身を包んだ男子学生が、

似たようなノリで居酒屋で騒いでいるのはあまりにも見慣れた光景だし、

女子学生集団やOL集団の服装・メイク・基本的なルックスレベルの均質化され具合はおそろしいほどだ。

育ちも同じである年収2000万の父親と教育熱心な母親に育てられ、家族海外旅行に行くのが当たり前と思ってきた人々と、

水商売母親と酒を飲んで暴れる父親に育てられた人々とでは、話が合わないのだ。無駄な軋轢を生むのだ。

坂口さんの顔は、日本全体で考えれば、普通よりも上だろう。

しかし、坂口さんの関わっている女子グループが、坂口さんと同等かそれ以上のルックスを持つ女性ばかりだとしたら?

彼女自己認識は「普通」で落ち着くだろう。

 

インターネットグローバルなツールである

底辺の人間が感じる「普通」と、素養や運に恵まれた人間が感じる「普通」との間に、

大きなギャップがあることを可視化してしま暴力的なツールである

 

インターネットマスメディアのない頃、

底辺の頭と底辺の容姿を持って生まれた人間が、似たような底辺とつるみ、

似たような底辺と結婚して底辺の再生産を続ける、そんな彼らの自己認識は「普通」であった。

視界に入るのが底辺ばかりなのだから、そうなるのも当たり前である

そして恵まれた頭や容姿を持ち、親や親戚や友達も恵まれた者ばかりの環境で育った人間は、

自らの優れた点を奢り高ぶることなく、自分は「普通」だと認識して生きていったのだ。

 

インターネット自分環境に疑いの目を持たせる。

自分とは違った常識を持つコミュニティ存在発見しやすくなる。

ダルビッシュが贅沢な暮らしをしていることが窺えるツイートをしたことに対して、

オッサンが執拗に絡んでケチをつけたことがあったが、これはインターネットが生んだ軋轢である

インターネットが無く、優れた人間私生活がわからない時代であったなら、

このよくわからないオッサンは"持つ者"の恵まれた暮らし発見することがそもそもなかったであろうし、

ダルビッシュ因縁をつけられずに済んだのであろう。

 

「昔のインターネットオタク非モテコミュ障にとって救いだった」という意見があるだろう。

それは昔のインターネットが本当の意味グローバルではなかったということだ。

昔のインターネットコミュニティには、ほとんどオタクしかいなかった。

「開通作業が面倒」「接続料金が高い」「遅い」「見たいコンテンツが無い」などの要因がボトルネックとなって、

一般人の参入が妨げられ、オタク以外がふるいにかけられた世界になっていたのだ。

そこはオタクが圧倒的な多数派であり、オタク常識をつくっている世界だった。

インターネットでの普通」は、「オタクにとっての普通」と同義語であり、

一生独身アニメマンガゲーム好き、インドア非モテ童貞、服はダサい髪型床屋

この生き方が「普通」として容認・歓迎されていたのである

 

しかインターネットというものは、一般人をも飲み込んでいく。

mixiリア充を取り込み、モバゲー情弱ニコニコで"オタDQN"層、Facebooktwitterで"意識の高い"層を取り込んだ結果、

インターネットは既にオタクものではない。

これからネットを使いこなす老人が増えれば、「若者もの」でもなくなる。

インターネット上の人口構成がリアル人口構成とさらに近づいてゆき、

あらゆる世界、あらゆるグループ組織所属する人間インターネットに参加するようになる。

そして全日本人の認める「普通」のスペック、「普通」の生き方というものが、インターネットによって広く知らしめられる。

弱者ばかりが集うコミュニティで独自の「普通」基準を制定し、「普通」を充たしている気になっていた人間たちに、それは暴力的に襲い掛かる。

 

初期のインターネット現在インターネットは全くの別物である

前者は弱者に優しい逃げ場所であり、後者は「グローバル化された普通」という圧力によって、弱者を容赦無く叩きのめす残酷な場である

坂口さんを「普通女子大生」として広く紹介する残酷さ、それが「今のインターネットというもの」なのだ。

2011-11-10

白木屋コピペはこちらの改変の方がはてなけが良さそう。

なあ、お前と飲むときはいつも白木屋だな。

一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。

俺もお前も理学部学生だったとき

一緒に飲みに行ったのも白木屋だったな。

 

「俺はいつか生命科学者になってCNSで一報取ってアカポスに付くんだ」

お前はそういって笑ってたっけな。

俺が文系就職して入社して初任給22万だったとき

お前は博士号取るんだって胸を張っていたよな。

 

「もうすぐ結果が出そうなんだ。これでウチの研究室からCNSが出せるぞ」

研究室の後輩に研究の仕方を教えてやってるんだ」

「お前も院に進めばよかったのに。専門知識を使わず就職なんてもったいないぜ」

 

そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白木屋だったな。

あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白木屋だ。

ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。

別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。

油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。

 

なあ、別に女が居る店でなくたっていい。

もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を

いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?

 

でも、今のお前を見ると、

お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、

俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。

お前が前の研究室ポスドク任期切れになったの聞いたよ。

奨学金の返済も国民年金も払えないのも聞いたよ。

 

新しく入った技術者派遣で、一回りも歳の違う、

20代の若い専門卒や主婦の中に混じって、

使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってテクニシャン

続けているのもわかってる。

 

だけど、もういいだろ。

十年前と同じ白木屋で、十年前と同じ、叶う当てもない夢を語らないでくれ。

そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。

2011-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20111026152238

元増田の立ち振る舞いが気持ち悪かった

たぶんそれはない、と思いたい。食事だの遊びだのでよく声かけてくるから

知り合ったころは他の友達も混ぜて大人数で遊んでたけど、最近は二人で遊びたいらしい。

十中八九ヤリたいだけか、さもなきゃ「女連れて出かける俺カッコイイ」という見栄かと思って相手にしてない。

つーか大人数居酒屋でもエロ話なら程度考えろよって思うのに、ファミレスで女相手に女品定め話とかないわー。無理。ついていけん。



>いや別に妄想自体は何とも思わないし好きにすればいいと思う

これって「それほどオープンにしなければ」ですよね?

http://anond.hatelabo.jp/20111025231135

他の人も書いてるけど、居酒屋の注文忘れ率は高いね

店によっては毎回何かしらの注文が抜ける

他はなかなかないがファミレスラーメン屋などでも稀にある

2011-10-25

横だけど

http://anond.hatelabo.jp/20111025202009

友人にそいつのオーダーだけ忘れられるという特異体質の奴がいる。なぜだか、本人にもわからないし、他の人間にもわからない。何度も一緒に店に入ったけど、確かに、そいつのオーダーだけが忘れられる。だいたい4~5人で店に入るし、伝票も切ってるんだから、忘れようがないはずなのに。だいたい、3店のうち1店で注文忘れが起こる。ファミレスだったり、居酒屋だったり、喫茶店だったり、場所はいろいろ。不思議だ。

http://anond.hatelabo.jp/20111025200239

横だけど、そこまで言いきるほどのレアケースにしては結構な頻度で遭遇するぞ。俺は。

安い大衆居酒屋から少し高め(客単価5~6000円くらい)の人気店まで。

それ以上の店だったりホール専門係がいないくらいの規模の店ではあまりいかな。

2011-10-15

自分まわりの話しかできなくてすまんけど

http://anond.hatelabo.jp/20111015230152

オレのいつもの仲間でも酒が好きな奴もわりと多い

そいつらのリクエスト銀座ライオンとかで飲み会も良くあるし

一次会のデフォはやっぱり居酒屋だったりもする

ただその場合ものみたい奴は勝手に飲むし飲まない奴は飲まない

それでも酔っ払いとそうでないやつは周りからは見分けつかないと思う

ただ「オレの酒がのめねぇのか」的な同調圧力がまったくないのと

「夜遊びには酒がつき物だろ」的なTPO感覚がないのは確か

2011-10-11

自分には結婚恋愛願望がない。そういうことをできそうにもないし、できるまでにかかる苦労が大きそうだから持たないことにしてるし、そういうことをすることに対して得する自分想像できない。つまり非モテだと思っている。



しかしながらいまだにどこかでモテることは善もしくは美と考える傾向はあるような気がする。非モテと呼ばれる人たちはいつも場末居酒屋愚痴るようにリア充イケメンをけまいと嘆く。リア充よりも自分たちが優れているアピールをしたとしてもどことなく自虐的だったりする。その一方で非モテ努力してモテるようになったみたいなストーリー映画ドラマもあるし。



さて「好きの反対は嫌いではなく無関心」という言葉がある。この言葉うまいこと使えないかなぁと思ってる。相互不干渉ってやつね。嫌いには2通りあって憎たらしくて一泡吹かせたいっていう嫌いとめんどくさいから関わり合いたくないっていう嫌いがあるんじゃないかなぁと思う。前者が非モテ愚痴後者は無関心に近づきたいという願望だと思う。



無理にモテない人間モテる人間に変えようとするのはしんどい。少子化対策モテるやつだけがやればいい。モテない側はモテる側に対して憎悪の念を抱くことはもうしなくてもいい。そういう人もいるんだ程度で自分楽しいと思うことだけに興味関心を注げばイラつかなくて済む。モテるモテないを勝ち負けにさせるからいかんのよ。だから結婚するよさと独身者でいるよさが対等になればいいと思う。これまでは結婚ばかりがいいとされていたけど結婚したって嫁の尻に敷かれるストレスとか保険金殺人事件の標的にされる恐怖とか問題点だって色々あるはずだし



ただモテいかモテる人間にどうしてもなりたいって人、この人達への配慮が難しいといえば難しい。こういう人達のために恋愛感情を沸き立たせるようなラブストーリーものドラマ映画を廃止しましょうとは言えないし。かといって諦めて下さいと言って易々と諦めてくれる人ばかりじゃないだろうし。もうこればかりは国民全員に誰を見ても美男美女に見える幻覚剤でも作って飲ませるしかないのかも知れない。

2011-09-24

この記事どう思いますか?

http://2cups1day.wordpress.com/2011/09/24/%E6%89%8B%E6%8A%9C%E3%81%8D%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3/

飲食店アルバイトをしていると、たまに「ああ、このお客さんは俺のことを人間だとは意識せずに、店員だとしか思ってないな」と感じる瞬間がある。

別にそれで何かあるわけではなく、ちょっと不快な思いをして、こっちも店員とお客さんという型に合わせたコミュニケーションスイッチが入るだけ。これはよくあること。

ただ、最近そういったお客さんが「店員さんに横暴な態度をとる人が信じられない。」と言っているのを耳にした。

理由を聞きたくてうずうずしたのは言うまでもない。

理由を聞けば、きっと「店員さん可哀想じゃん、店員さんも人間だよ、そもそも人としてどうなの」的な言葉が返ってくるんだろうなあと思う。

彼に理由は聞いていないので想像になるけど、もしそういう考えなのだったら、それは非常に手抜きしたコミュニケーションではないか

まり、店員と客という間でも根本自分あなたという考えがあれば、「生中」じゃなくて「生中下さい」、「どうも」じゃなくて「ありがとうございます」って言うんじゃないの。普段からそういう話し方の人じゃない限り。それをしないってことは無意識のうちに店員と客っていう型に合わせてコミュニケーションしてればいいやと思っているのでしょう。

「店員に横暴な態度とるのは良くない」という言葉自分は相手を人間として捉えていますよというポーズであって、その根本は、その言葉自体がコミュニケーションの型に含まれているか、あるいは、自分が嫌われたくない、よく思われたいという感情を「店員さんが可哀想」という相手の為ですよという言葉に置き換えているかのどちらか。

余談だけど、大学生飲食店で「ごちそうさま」をいう割合は80%以上。

そのうち80%が学生バイトに対しても丁寧に「ごちそうさまでした」「ありがとうございました」という。残りは「どーもー」「ごちそうさま」など。

対してコンビニレジで「ありがとうございます」という割合は40%。レジに人がいない時に「お願いします」など言わないで無言で待つという人が70%以上。(数字は全部適当自分感覚)

お礼を言う言わないは今回の趣旨ではないが、居酒屋では「ごちそうさま」を言うけどコンビニでは「ありがとうございます」を言わない理由は何なのでしょう。

別に挨拶はしっかりとか、敬語で話そうとか、僕に優しくしてとか言っているわけではない。

例え、そうですかと「生中お願いします」とか言われても今までのコミュニケーションの型が置き換わるだけで何も変わっていない。

大事なのは意識の問題。

生まれつきなのか、環境なのか、自然にそういう意識を持てる人がいる。自分の周りにもたくさんいて、とても羨ましく感じる時がある。

というのも、僕自身がずっと手抜きしてきたと思うし、今でも「やばい、手抜きしてる」と気づく瞬間がある。自分の行動がちゃんと説明できない時がある。

何が心配かというと、自分がそんな手抜きのコミュニケーションにどっぷりつかってしまって、何かの基準なしには生きていけなくなること。

友達からこうする。彼女にはこうする。先生学生コミュニケーションはこうで、親と子供だとこう、みたいに、自分と相手のコミュニケーションのはずなのに誰かが定義した友達彼氏、先輩、後輩、彼女、親etcの枠組みに合わせなきゃコミュニケーションが取れないのは不幸なことだと思う。

よく言う、自分役割が与えられていて、その役割を演じるっていうやつ。

世界の中心で愛を叫ぶ」を読んで一通り感動した後に、舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」を読んではっとする感覚

あの感覚を忘れないようにしたいと思う。

自分の軸足を自分の内側に置くことは大事だよ」「自分ものさしではかりなさい」などよく言われてきたけど、最近になって本当に大事なことなんだと感じることが多い。

以上、居酒屋バイトしているときぼんやり考えていたことを、ぼんやりまとめました。

(あらためて読むと、すげーひねくれてるなあ(笑))

2011-09-21

台風

TV観ててふと思う

関東はこれから酷くなってくるというのに

駅に居座っている奴って何なの?

馬鹿なの?

カラオケやら居酒屋やら建物の中に避難しろよ

こういう奴らが今後起こるであろう関東大震災で死んでいくんだな

2011-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20110917112728

ゲームソーシャルを作ってるのが MMORPG

閉じたソーシャルのあるところに MMORPG のサブセットを持ってきてるのがソーシャルゲームって感じはする

ただ、Twitterスカイプが普及してから MMORPGソーシャル部分の垣根がものすごい勢いでなくなってきている

実際 MMO やるとわかるが、数年単位で色んな MMO を一緒にやる知り合いというか

複数のゲームをまたにかけてるギルド、みたいのがよくある

Twitterスカイプない頃も IRC で横のつながりはあったし

全てはリアルというソーシャルに内包されてんだけどさ

結局、MMORPG という仮想世界でも人間同士の付き合い、リアルから連続というのは変わらないか

Twitterスカイプといったツールでリアル規模で繋がってしまうとそのへんの境界がだんだん曖昧になるよな

MMORPGリアルのサブセットみたいになってく

昨日は居酒屋で集まったように、今日MMO で集まろうか、って感じだ

MMORPG が特別な世界で、そこだけである人間関係というのを作る方が難しい

そこがソーシャルゲーム場合リアルと密接のようでいてある意味閉じてる SNS という囲い込みの中で、仮想世界を思い込ませるのが上手いのかもしれない

そこに独特の嫌らしさを感じて苦手という人もいるだろう

2011-09-15

おっさんになると周りが優しく接してくるようになる

ちょっと前に40歳を超えたおっさんなんだけど、ここ半年ほどとても不思議感覚に包まれている。

なんか、周辺が自分に対して優しいのだ。以前よりはるか自分は他人に優しく接せられていると思う。これが例えば、家族の中だけとか、会社の中だけであったとするなら、たんに自分の評価が上がってきたとか、ゴマスリされてるだけという可能性もあるんだけど、初対面であるはずの、コンビニレジの人やら、道を聞く為に呼び止めた通行人やら、キャバクラお姉ちゃんまでもが優しいのだ。決して自分はダンディなオジサマではなく、そこらの"おっさん"であるのにだ。歳相応に老けてもいる。ここに歳相応に力が抜けてきて雰囲気が良くなってきているとかそんな話は無いと思う。ほんとにタダのおっさんからだ。適度に不潔だったりもするし、中年太りでもある。


酔っ払って帰宅する際に、マクドナルドに立ち寄ってコーヒーを飲む事がしばしばある。酔っている程度に合わせて、店員さんに声をかけてしまったりする。スマイルサイズでくれとか、お姉さんのスマイルは持ち帰り出来ないのとか、酷い酔っ払いジジイであるシラフでこう書くとホント酷いな。タダのおっさんではなく、酷い方のおっさんだな。

で、こういう事をする際、当然のごとく、露骨にイヤな顔をされたり、事務的にいなされたり、奥のキッチンにいる男が睨みつけてきたりとかって話しになる。一応、冗談でやっているだけで、しつこくはしていないので、トラブルになるような事はなく、せいぜい店長さんに窘められる程度でしかない。向こうからしたら迷惑なんだろうけど、こっちは遊びなんだ。まあそりゃ迷惑なのは解ってるけどさ。

このように世間では迷惑行為と言う事になっているとは思うんだけど、ついやってしまうのだから仕方が無いと最近は諦めているんだけど、どうも最近、みんな優しいのである。まあマクドナルドの方針が変わっただけかもしれないのだけど、スマイルサイズくれと言ったら、すいませんSサイズなんで。と胸を押さえて見せる店員さん。スマイル持ち帰りについては、袋に入れて置いたから家に着いたら見てくれとニッコリ言う店員さん。顔なじみでも無いのに・・・

そこらの居酒屋で、めちゃめちゃ混んでるのに、これってどんな味がするの?とか質問してもイヤな顔1つせずに教えてくれるし、タクシーの運転手だって、細かい指示したってウザがられない。まあ細かい話をするとキリが無いくらい、なんだか以前より確実に優しくされている。会社の中なんかだともっと顕著。別に偉くないし、仕事できる人間でも無いのはみんな知ってるのに。


いったいなんなんだろうねと考えている所に、

http://anond.hatelabo.jp/20110913113734

↑これを見た。

まあこういう人もいるんだろうけど、ちょっと違う意味でピンと来た。

いわゆる、おっさんになると、きっと周りが勝手に、"この人は偉いんだ"って思いがちになるんじゃないかなって。

会社でけっこうありがちなんだけど、先輩や上司アドバイスを求めにきているんだけど、勝手にこうしたらいいですかね、ああしたらいいですかねって、なんだか妙に大変な方向、ツライ方向に持って行く人が多い。そしてその大変な事に取り組む姿を見てくれ!みたいな。ボクが頑張っている所を見てくれ!みたいなそんな感じ。問題解決する事よりなんかズレてんの。

こっちが、客の無理な要求は聞くな、そこは上司の判断を得ないとダメと言われていますと逃げろ、責任転嫁しろと言っているにも関わらず、俺は逃げない、媚びない、カッコイイみたいなアピールをする。そうは言っても、そういう訳には行かないじゃないですかとか勝手に無理をする。

こっちは、なーんにも偉くなって無いし、こっちも俺は偉いんだぞ!みたいな態度で接してもいない(そもそも偉くない)のに、勝手に変にへりくだってきやがる。この増田みたいに言って来る奴なんて皆無。好きな事を言えばいいのに。もっと楽にやればいいのに。別に年取ったからって偉くもなんとも無いんだから

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