2017-07-27

30

30才になってしまった。

つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。

誕生日の記念に自分人生ざっと振り返ってみたい。長くなるか、すぐに終るか、それは書いてみないとわからない。

2年前からイーストヴィレッジセントマークスで仲間達とバーをやっている。大抵はヒップホップがかかっている。客層は黒人日本人ヒスパニック

日本酒がメインのバーにするはずだったが、すぐにうやむやになってしまった。夏はフレンチスタイルのパナシェがよく売れる。地元の人がこれを読んだら、もう場所特定できてしまうと思う。

大儲けとはいえないが、店はそれなりに繁盛している。僕はほぼ毎日カウンターDJブースにいる。ちなみに趣味ボディビルで、アマチュア大会で2回ほど入賞したことがある。

まさか自分がこんな生活を送るようになるとは思わなかった。中学生の頃は、江戸川乱歩京極夏彦に傾倒していた。将来は図書館司書になるつもりだった。顔は青白く、ひどい猫背だった。ある女性との出会いが僕を大きく変えた。

そうだ、あの子について書こう。

最初彼女と遭遇したのは、高校に入ってまもない頃だった。校庭と校舎をつなぐ階段の途中ですれ違った。彼女ジャージ姿だった。背が高く、涼しげな目が印象的だった。かっこいい人だと思った。一瞬だけ目が合い、僕はあわてて逸らした。

当時の僕は最低だった。勉強も出来ないし、スポーツも苦手。しかクラスではパシリだった。どういう経緯でパシリになったのか、まったく思い出せない。梅雨の訪れのように自然な成り行きだった。

僕をパシリに任命したのはNというクラスメートで、彼は教室内の権力を一手に握っていた。髪を金色に染め、足首に蛇のタトゥーをいれていた。15才の僕にとって、蛇のタトゥーはかなりの脅威だった。

休みになると、僕はNを含む数人分のパンジュースを買いに行かされた。金を渡され、学校の近くのコンビニまで走らされる。帰りが遅かったり、品切れだったりすると怒鳴られる。そういう時はヘラヘラ笑いながら謝った。歯向かう勇気はなかった。そんなことをすればさらに面倒なことになるのは目に見えていた。

いじめられていないだけマシだ、パシリに甘んじてるのもひとつ戦略だ、そう自分に言い聞かせていた。

ある日、いつものようにパンジュースを買って裏門から教室に戻ろうとした時、また彼女とすれ違った。相変わらずクールな表情。今度は制服姿だ。ジャージの時より断然かっこいい。ネクタイをゆるく結び、黒いチョーカーをつけていた。目が合う。すぐに逸らす。前と同じだ。

僕はすっかり彼女に魅了されてしまった。教室に戻るのが遅れて、Nに尻を蹴られた。いつも通りヘラヘラ笑いながら謝った。

それから広場廊下で何度か彼女を見かけた。一人だったり、何人かと一緒だったりした。彼女は常にクールだった。それにどんどん美しくなっていくようだった。どうしても視線が吸い寄せられてしまう。そのくせ目が合いそうになると、僕はすぐに逸らした。

彼女のことをもっと知りたいと思った。気を抜くとすぐに彼女のことが頭に浮かんだ。できれば話してみたい。でも僕ごときにそんな資格は無い。きっと冷たくあしらわれて終わりだろう。遠くから眺めているのがちょうどいい気がした。

なんだか出来損ないの私小説みたいになってきた。こんなことが書きたかったんだっけ? まぁいいか。もう少し続けてみよう。

30才になった今、少年時代気持ちを思い返すのはとてもむずかしい。あの頃は恋と憧れの区別もついていなかった。おまけに僕は根っからの小心者だった。彼女の目を見つめ返す勇気もなかった。世界は恐怖に満ちていた。蛇のタトゥーが恐怖のシンボルだった。

1学期の最後の日に転機が訪れた。大げさじゃなく、あれが人生の転機だった。

よく晴れた日の朝。バスターミナルに夏の光が溢れていた。まぶしくて時刻表文字が見えなかった。僕はいものように通学のために市営バスに乗り、2人掛けのシートに座った。本当は電車の方が早いのだが、僕は満員電車が嫌いだった。それにバスなら座れるし、仮眠も取れる。僕は窓に頭をあずけて目を閉じた。

発車する寸前に誰かが隣に座った。僕は目を閉じたまま腰をずらしてスペースを空けた。香水匂いが鼻をくすぐった。

ふと隣を見ると、彼女が座っていた。目が合った。今度は逸らすことができなかった。彼女がにっこり微笑んだのだ。彼女は気さくに話しかけてきた。

校内でよく僕のことを見かけると彼女は言った。その時の驚きをどう表現すればいいだろう。うまく言葉にできない

さら彼女は僕の頭を指して「髪切ればいいのに」と言った。たしかに僕の髪は無造作だった。でもそんなに長いわけでもなかった。わけがからなかった。彼女が僕の髪型を気にかけるなんて。

彼女ひとつ上の2年生だった。ふだんは電車で通学しているが、初めてバスに乗ってみたという。色々なことを話した。幸福なひとときだった。なぜだろう、初めて喋るのに僕はとてもリラックスしていた。きっと彼女のおかげだと思う。人を安心させる力があるのだ。

車窓から見える景色がいつもと違った。こんなにきれいな街並みは見たことが無かった。行き先を間違えたのだろうか。ふたりであてのない旅に出るのか。落ち着け。そんなはずはない。もういちど景色確認してみる。いつもの道だ。たまに彼女の肘が僕の脇腹に触れた。スカートから伸びるすらりとした足が目の前にあった。目眩がした。

特に印象に残っているのは、彼女小学生の時に"あること"で日本一になったという話だ。でもそれが何なのか、頑なに言おうとしないのだ。絶対に笑うから教えたくないという。それでも僕が粘り続けると、ようやく白状した。それは「一輪車」だった。

一輪車駅伝全国大会というものがあり、彼女ジュニアの部で最終走者を務めた。その時に日本一になったらしい。僕はそんな競技があることすら知らなかった。

まり想定外だったので、どう反応すればいいかからなかった。でもこれだけは言える。彼女が恥ずかしそうに「一輪車」とつぶやき、はにかんだ瞬間、僕は本当に恋に落ちた。

彼女一輪車燃え尽きて、中学から一切スポーツをやらなくなった。部活に入らないのも体育を休みがちなのも、すべて「一輪車燃え尽きたから」。ずいぶん勝手理屈だ。なんだか笑えた。そんなことを真顔で語る彼女がたまらなくチャーミングに見えた。だいぶイメージが変わった。

会話が途切れると彼女はバッグからイヤホンを取り出して、片方を自分の耳に差し、もう片方を僕の耳に差した。ヒップホップが流れてきた。ジェイZだった。いちばん好きなアーティストだと教えてくれた。

僕はジェイZを知らなかった。そもそもヒップホップをあまりいたことがなかった。素晴らしいと思った。リリックなんてひとつもわからなかったが、極上のラブソングだった。本当はドラッグの売人についてラップしていたのかもしれない。でも僕にとってはラブソングだった。

あの日バスは僕を新しい世界へと導く特別な乗り物だった。バスを降りて、校門で彼女と手を振って別れた瞬間から、あらゆる景色が違って見えた。すべてが輝いていた。空は広くなり、緑は深さを増していた。

次に彼女と目が合った時は必ず微笑み返そう。蛇のタトゥーはただのファッションだ。この世界はちっとも怖い場所じゃない。

新しい世界の始まりは、夏休みの始まりでもあった。僕は16才になった。(14年前の今日だ!)人生が一気に加速した。そう、書きたかったのはここから先の話だ。ようやく佳境に入れそうだ。やっと辿り着いた。

僕は髪を切った。坊主にした。そして体を鍛え始めた。近所の区民センタートレーニングルーム筋トレに励んだ。それから英語勉強に没頭した。図書館自習室で閉館まで英語と格闘した。単語熟語文法、構文、長文読解。最初暗号のように見えていた文字の羅列が、だんだん意味を紡ぐようになっていった。

英語筋トレ。なぜこの2つに邁進したのか。理由は至ってシンプルだ。ジェイZになろうと思ったのだ。彼女いちばん好きなジェイZだ。

①僕がジェイZになる

彼女は僕に夢中になる

ふたりはつきあい始める。

完璧シナリオだ。僕はこの計画に一片の疑いも抱かなかった。

できれば夏休みの間にジェイZに変身したかったが、さすがにそれは現実的では無かった。でもとにかくやれるところまでやろうと思った。僕は筋トレ英語に励み、ジェイZの曲を聴きまくり、真似しまくった。日差しの強い日には近所の川べりで体を焼いた。

夏休みが終わった時、僕の見た目はジェイZにはほど遠かった。当然だ。そう簡単に変われるわけがない。日焼けして、少しだけ健康的になっただけだった。でも内面は違った。ヒップホップマインド根付いていた。誇りがあり、野心があった。闘争心に溢れていた。

僕はパシリを断った。特に勇気を振り絞ったという感覚もない。単純に時間がもったいなかった。昼休み英文リーディングに充てたかった。誰かのパンジュースを買いに行ってる暇はない。

パシリを断ると、彼らは一瞬どよめいた。こいつマジかよ、という顔をした。Nが笑いながら尻を蹴ってきたので、笑いながら蹴り返した。教室全体がざわついた。Nはそこで引き下がった。

それからしばらくの間、 嫌がらせが続いた。机や椅子が倒された。黒板には僕を揶揄する言葉が書かれた。でも相手にしている暇はなかった。早くジェイZにならなければ。僕は黙って机を立て直し、Nをにらみつけながら微笑んで見せた。Nの表情にわずかな怯えが走るのを僕は見逃さなかった。

筋トレ英語ラップ筋トレ英語ラップ。その繰り返しだった。僕は少しずつ、でも着実に変わっていった。あの日からいちども彼女と会っていなかった。校内でも見かけなかった。でも焦ってはいけない。どうせ会うなら完全にジェイZになってからの方が良い。

そんなある日、柔道の授業でNと乱取りをすることになった。たまたま順番が当たってしまったのだ。組み合ってすぐにわかった。こいつは全然強くない。いつも余裕ぶった笑みを浮かべてるが、体はペラペラだ。とんだハッタリ野郎だ。絶対に勝てる。

Nが薄ら笑いを浮かべながら、足でドンと床を踏んで挑発してきた。腹の底から猛烈な怒りがこみ上げてきた。なぜこんなやつのパシリをしていたのだろう。さっさとぶちのめすべきではなかったのか?

僕はNを払い腰で倒して、裸締めにした。Nはすぐにタップしたらしいが、僕はまるで気付かなかった。先生があわてて引き離した。Nは気絶しかけていた。僕は先生にこっぴどく叱られたが、その日から誰も嫌がらせをしなくなった。勝ったのだ。

でも連戦連勝というわけにはいかない。ヒップホップ神様残酷だ。僕は恋に敗れた。いや、勝負すら出来なかった。なんと彼女夏休みの間に引っ越していたのだ。僕はそれをずいぶんあとになってから知った。

彼女とは二度と会えなかった。筋肉英語ヒップホップけが残った。なんのための努力だったんだろう。せっかく坊主にして、体つきも変わってきたというのに。仮装パーティーで会場を間違えた男みたいだ。マヌケ過ぎる。しかし、そんなマヌケ彷徨の果てに今の僕がいる。

高校卒業して、さら英語を極めるために外語大に入った。それからNY留学して、今の仕事仲間と知り合い、色々あって現在に至る。仲間達はみんなヒップホップを愛している。それだけが共通点だ。すべてのスタートあの日バスの中にある。

ずいぶん長くなってしまった。まさかこんな長文になるとは思わなかった。そろそろ止めよう。

僕は今でも週に3回は筋トレをしている。当時よりずっと効果的なトレーニング方法も身に付けた。知識も格段に増えた。でも本当に必要なのは、あの頃のような闇雲な熱意だ。

30才になってしまった。

つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。

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