はてなキーワード: 正直しんどいとは
↓のうち5つが当てはまれば境界性人格障害(ボーダー)なんだってさ。
1.現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとする気も狂わんばかりの努力(注:5.の自殺行為または自傷行為は含めないこと )
→あるある
相手の望むもの推測し、望むものを提供する努力は惜しまないかも。
チャラ男じが好きな相手にはチャラく。おとなしい感じが好きな人にはおとなしく。
まぁ、あとは見捨てられるのが怖くて、無茶な仕事も受けてしまいます。
2.理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式
→1.の通り自己像なんて無いな。
4.自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質濫用、無謀な運転、むちゃ食い)
6.顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)
→これはある。
何をやってもむなしい。
8.不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)
→怒りはないなぁ。何があっても虚脱感しかない。
9.一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状
→慢性的な見捨てられ妄想があります。・・・一過性ではないな。
周り(友人・同僚・恋人)を振り回してる自覚はある。
今思えば長く続いた恋人はお互いメンヘラで正に共依存の関係だった。
お互いがお互いにもたれかかってたんだよね。
付きえば付き合うほど摩耗して、だけど自分の視界には目の前の相手しかいなくて。
仕事で時間が合わなくなったら相手は当てつけのような浮気をくりかえして結局離縁した。
それを無条件に受け入れてくれる人・環境を探してるのも実感してる。
何か相手に迷惑をかけてしまうと、それがどれだけ些細な事でも
相手にとって俺への評価が0点になると思い込んでしまう。
だから、周りからしたら感情の起伏が激しい人に見えるんだと思う。
わかってるつもりなんだけど、不安感は抑えられないんだよね。
元増田ではないし100kgオーバーではないけどデブがつらくてエアロバイクやっている。
TVやDVDが見られる環境やiPodなどmp3プレーヤーがあると頑張れる。
もし身長が175cm以上あるなら欧米のものを買っても大丈夫。
(むしろ高身長向けにできている)
そうでなかったらamazonでも取り扱われている二万円台のアルインコでいいと思う。
(ちなみにフィットネスクラブにある様な高価なものはやはり座面がしっかりしているのか、尻が痛くならない)
いきなりだが、好きな人ができてしまった。
「女ウケしそう。」「やさしいですよね。」「何だかんだ言って、よろしくやってるんですよね?」
と、付き合い薄い人にはよく言われるが、その実そんなことはまったく無く、むしろこの事実を周り
の人間が知ったら「え?本当?」と驚かれるだろう。
そして、好きな人ができた所まではいいが、別に相手の了解を得られたわけではなく、攻めるにも
どうにも後手後手に回らないといけない恋で、なかなかに面倒臭い。
深窓の令嬢に恋をした、既婚者を好きになったとか、そういう類の物ではないのだけど、状況と立ち
位置からしてどうにも後手に回らざるをえない。
面倒臭いなんていうと、ネガティブなイメージ強くて嫌なんだけれども、良し悪しが出るのも何をする
といっても、好きになってしまったものは仕方なく無くて、文字通り寝ても醒めてもその人の事を
考えていたり、喋った内容を思い出して自分にダメ出ししたり、こりゃあ気持ち悪いぞ、と自分でも本当
思う。
もう少し昔なら、そんな細かいこと考えずに、なりふり構わず夢中になれていたのかもしれないけど、今と
なっては色々知ってしまった後だからか、「これ以上は踏み込みすぎだな。」とか、「相手はこう言っては
いるが、ここら辺までは社交辞令だよな。」とか無駄に見えたり頭が回るのも、なんだか微妙な気分になる。
ああくそ、寝ても醒めても~なんて青臭い事は、もっと学生んときにやっとくべきなんだろうなあ。
機会が無きゃそんなもんできねぇよ、畜生。
逆に今になっても、こういう機会にめぐり合えたという事を幸運と思うべきなのだろうか。
何も無いよりは、マシと。
あー、くっそ。
自社サービスを開発している。
そこそこユーザーも集まってきて、
それなりに知名度も上がってきて、
会社の規模も大きくなってきて、勢いもある。
でも、相変わらず広告によるビジネスモデルしか収益モデルがない。
いや、無いわけでは無いのだ。
しかし、実現するには超えなきゃ行けないハードルがいくつもある。
問題は山積みである。
WEBに目を向けるようにもなってきてはいるので、
双方とも何とか歩み寄ってやって行こうではないかという姿勢は見せるようにはなった。
なので、こっちからも提案するし、向こうからも提案してくるしで、
意見交換は活発に行われてはいる。夢はもう描き終えたぐらい。
しかし、そんな状態のまま、突破口がどうしても見出せず、
気持ち悪い状態のままもう長い時間が経っている。
そんな状態のまま、明るい未来描けているのに実現できる希望が無いまま、
先の見えないWebサービスを作り続けてきたけど、、
でももう、正直しんどい。疲れた。疲れたよ。本当に。
こんな事考えないでいい環境に身をうつしたい。1年ぐらいゆっくり暮らしたい。
今日(つうかもう昨日か)会社の面談で酷評されて、納得いかなくて、なんのためだろうって、なんだか馬鹿らしくなって、明日も仕事なのにこうして眠らずに増田にいる。正直しんどい。会社行きたくない。
ショックだった原因はたぶん自分が居心地良かった場所で、評価が良くなかったから(出向だった)だと思うけど、こう、仕事と割り切るのがもったいないような職場だったので、自分ではストレスも少なくうまくやれたつもりが「評価が悪い」と言われて、なんかこう一気に力が抜けてた。「何で俺こんながんばってるの?」って、あほらしくなった。
後、仕事では100が目標だったら100以上を常に求められる感じで正直このアッパーなノリについてけるのかなと。でも、同時にどんな仕事でもこんなことはあるのかなとも思うから、難しいけど続けていく自信がかなり削げてしまった。
評価が悪かったことについては、なんで?!と強く思ったし、もちろんその「なんで?!」という感情は所詮自分の独りよがりなんだろうともわかってはいるけど、あかの他人(正確には上司)に認められるっていうのはなんて難しいことなんだって思った。
いくら職場で仲が良くても、それと評価とは別物なんですよね。そんなこと当然のつもりなんだけど、わかってなかったようで、だからショックだったんだろうなと、じゃあ、次はどうやったら認められるかな、頑張ろうかなっていうモチベーションが、まだ沸かない。
みんなもこうなんですか?
どうやってモチベーションを保ってるの?
一緒に暮らしてみて初めて分った。
大変だ。
好きな相手でも、相手の弱ってる姿とか見るのが辛くて、家に帰るのが憂鬱になる。
でもご飯作んなきゃとか……
いつ良くなるかも見通しつかずだし、正直、同居して良かったのか……
結婚してるなら割り切れるんだけど、まだそういう話になってないし、結婚自体がお互いにとっていいのかも分らない。
お互い若くないし(二人とも30代前半)、別れる選択もありなのかなと思う。
これから服用する彼の薬、催奇性ありだし。
冷たいのかなあ。私。
でも、好きなだけじゃどうしようもないってことは、確実にある。
正直しんどいし、今ならやり直しがきくって思ってしまう。
輝かしい未来を背負っているかわいらしい小さい赤ん坊を世話するのと
死に行くときには憎まれ口叩く体の大きな老人を世話するのとでは
感じる苦労は全然違うぜ。
俺は息子の世話はできても大人の世話は正直しんどいな。
母親は昔から無茶な要求というか態度というか周りの人とは仲良くできない人で
自分のことはさておき「あいつがーっ」と食ってかかることが多かった。
気にくわない相手には見えないところでいじわる(ゴミを巻いていったり、ありもしない噂話をたてたり・・・など)をやっていく様を
幼い時から見ており母親の常習手段だ。
相手側のビデオで証拠とられたことがあり
母親に問いただそうとしたけれども嘘をついてごまかそうとしたので
この時にこの母親を擁護することをやめた。中学の時の出来事である。
とうとう資金が危うくなったところで父方の実家に移り住んだ。
ちょうど父親のリストラも重なった時期であり、
私は高校受験が控えていた時期だった。
店で使う割り箸をとっていったり、飲み物をとっていったりで
少数ならまだしも大量にとる。
嫌がらせとしてトイレを汚していくわ、風呂場を尿や糞まみれにする。
それをこっそり掃除していたのが父親や私だったりするのだが、
温厚な父親がとうとう切れてしまい、話を聞かない母親に手を出してしまった。
手を出したと言っても体を大きく押した程度だが、
それ以来、母親は父を汚く罵るようになる。
実家にくる前だとあんなにかからなかった水道代(店とは別)月5万、
大量な食料品(客に出すものではない)を買い込み続き月8万、
もちろん大量なもんだから賞味期限切れで捨てるし、それを隣人に配ったりする。
ちなみに家族構成は
自分、父、母、祖母、父の姉
の4人家族で二世帯住宅だが、父と自分はそんなに大量に食べない。
世間体は諦めるとして
まずお金のこともあったのでかなり労力使ってとことん話し(一大事と思って何日かは学校も休んだ)
なんとか是正させることはできた。
ちょうどその頃には大学の入学金をどうするか・・・という時期である。
是正させたとしても、それでも嫌がらせは続き(お金はかからなくなったけど)
何度話し合っても聞かないので私も大変疲れてしまった。
話し合っても解決法が見つからない。話の矛盾を突いても話はループする。
母親はただ「相手が私を見下している」としか言わない。
怒鳴っても相手が怒鳴るだけでらちがあかない。
母親「あんたを12年間育てたのはあたしよ!」ばかり言われる。
実は母親と一緒にいて18年以上たっているわけだが・・・。
「料理も洗濯も掃除も出来ないあんたを置いていける母親なんていない」と言い張る。
私としては片親になろうが気にしないけど、料理は下手としても家事全般できないわけじゃない。
個人的にはこういう状況はいい加減いやになってきたし、
精神衛生上よくないし気が病んでくる。
こういう状態な私を見た父と祖母たちは
私の前では母に関する話題も出さなくなった。
母親を刺激してならないと思い、父たちは自分との会話もほとんどなくなった。
挨拶程度しかしなくなった。
家にいてもこうも気を遣わないといけない状態が今もこうして続いている。
それでも嫌がらせは続いている。
無駄と思いつつ私はまた説得をするが何も変わらない。
こんなんだから母親との会話なんていやになってくるので、
母親が話し込んできても私は一言二言しか言わなくなった。
誰とも会話らしい会話ができなくなった。
大学に入ってから
できるだけ家にいないようにして学校やバイト先ばかりにいるけど、
私はどうしたらいいのですかね・・・。
どうしたらいいんだろうか・・・。
相談できるところあるのだろうかね、相談しても話聞くだけだろうかね。
正直しんどいけど、ずっとこんなの続くのかな。
→http://anond.hatelabo.jp/20090103032255
人間関係が薄くなりすぎているのでは? カウンセリングや認知療法では人間関係の代わりにはならないだろうし、抗鬱剤で承認が得られるわけではむろんない。人間関係を具体的に広く深くすることに踏み出せれば前に進めると思うが。
* * *
一つの参考として読んで下さい。私も鬱病経験者なので一人の経験者の立場で書きますが、この病気の十全な改善のためには、「自分が生きる」とか「生きる」ということについての或るていどの深さのある肯定が必要なのだろうと感じます。
「こんなに苦しいことがあふれている生を続けていく意味は何?」というような問いを抱えていて、その問いの答えが分からない状態だと、色々な辛いことや苦しいことが剥き出しになって自分に迫ってくるように感じられて非常に辛いし、憂鬱にもなります。具体的な行動に踏み出す気力も出にくくなります。
「こんなに苦しいことがあふれている生を続けていく意味は何?」というような問いは要するに人生の意味を問うている問いなのでしょうが、鬱状態だと人は意味や価値について一種の盲目になる(意味や価値をあまり信用できなくなる)ことがあるので、そういう状態で「人生の意味や価値を問う問い」について答えを出そうとしても無理があるのではないかと思います(鬱状態でなくても扱いに困る問いですが)。
「こんなに苦しいことがあふれている生を続けていく意味は何?」といったように人生の意味や価値をストレートに問おうとするから答えに窮するのであって、答えに窮しているから憂鬱にもなるのでしょう。だとすると、そもそも「こんなに苦しいことがあふれている生を続けていく意味は何?」というような形式の問いを抱くことが憂鬱さの原因の主要な1つかもしれない。だとすると、この原因を取り除くためには問いの形式を変えるべきだと思います。
どのように変えるかというと、例えば「生きているとはどういうことか?/人生とはどういう事態か?」という問いに変えるわけです。つまりこれは「生きる」とか「人生」という語の意味自体を本人が再定義する試みであって、これを果たせば鬱病者当人が自分の現状を或る意味でクリアに見ることが可能になるし、あるべき生と比べて現状に何が足りないかということを自覚することもできるでしょう。「人生の意味は何?」というような問いの1つの答えが副産物として得られる可能性もあると思います。
「生きる」とか「人生」という語を単に通俗的な意味でとらえているだけだと、「生きる」とか「人生」ということを通俗的な意味の外側から見る視点が得られないでしょう。そうすると、通俗的な意味での「人生」に幻滅すれば精神的に行き詰まり得ます。「その行き詰まり状況を打破するためには、本人が人生を積極的に肯定しなければならない」といったときに、そこでいう「人生」の語は通俗的な意味を超えたものにならざるを得ないのではないか。それを提供するのは宗教かもしれないし、哲学かもしれないし、文学かもしれないし、何らかの直観かもしれないが、理性を否定したりトンデモに堕ちたりはしないかたちで「人生」という語の意味を本人なりに再定義することはできるはずです。
>>薬なんか飲んでも極論、治らないんだよ。
>>本人が回復しようと思わないと治らないんだよ。
人生観に関して行き詰まっている人間は、行き詰まりが打破できないがために「自分は回復の見込みが無い」と思い込んでいる可能性もあると思います。ですから、「生きているとはどういうことか?/人生とはどういう事態か?」ということを考えることを通じて少しでも人生観を更新すれば「回復しようと思」い至ることができるでしょう。そして「こういうことが自分の善き生である」ということが明瞭に意識のなかに立ち現れれば、具体的な行動にもつながると思います。
そういう試みを鬱病者本人が一人でやるのは正直しんどいかもしれないので、信頼できる伴走者的な人と一緒にすすめた方がいいと思います。とりわけ、「こういうことが自分の善き生である」と意識するためには他者の存在が欠かせないでしょう。回復した後も社会のなかで生きていくのだから、「自分の善き生」というものは他人との具体的な関係のなかで築いて(気づいて)いかないといけないと思います。
人生への幻滅や人生観の行き詰まりが原因で鬱病になっているのだとすれば、その鬱病者の人生観の方をこそ誰かが理解し解きほぐしてあげるべきだと私は思います。あなた一人の手に余るならば第三者にも頼るべきでしょう。
人生観の更新で「健康」を創ることはできると私は思うし、できる以上はするべきだと思います。「健康」に生きることが善であるとお認めになるのであれば。
〈参考〉
中学校の頃。
体育の陸上の授業の時、好きな男の子が本気を出さずに100Mを走っている時の顔を見て冷めた。
余裕のある男の人は素敵だ。
でも、余裕を通り越して本気を出さない男の人を見るのは嫌だ。
あの感情は、なんなんだろう。
女性が男性に求める「男らしさ」みたいな願望が崩されるのが嫌なのかな。
女の領域に入り込んでくる男が、情けなく感じているのかな。
簡単に言っちゃえば、「かっこよくない」の一言で済まされることが多いんだけどね。
ま、別に女達のためなんかに「かっこよく」ある必要なんて全然ないんだけどね。
実際に、増田は余裕がある状況かもしれない。
でも、そういう状況で余裕でいられるのが、「男性」の鈍感さなのかもね。
誰かに余裕あるねってるねって言われなくても、いずれ親が言ってくれるよ。
余裕あるねって。
で、その何年後かにこう言う。
「介護が必要になった時はお前にお願いするよ。」って。
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中学校の頃。
体育の陸上の授業の時、好きな女の子が全力で100Mを走っている時の顔を見て冷めた。
頑張っている女の人は素敵だ。
でも、必死に頑張ってる女の人を見るのは嫌だ。
あの感情は、なんなんだろう。
男性が女性に求める「女らしさ」みたいな願望が崩されるのが嫌なのかな。
男の領域に入り込んでくる女が、脅威に感じているのかな。
簡単に言っちゃえば、「かわいくない」の一言で済まされることが多いんだけどね。
ま、別に男達のためなんかに「かわいく」ある必要なんて全然ないんだけどね。
実際に、増田は余裕がない状況かもしれない。
でも、そういう状況で余裕でいられないのが、「女性」の弱さなのかもね。
誰かに頑張ってるねって言われなくても、いずれ子供が言ってくれるよ。
頑張ってるねって。
で、その何年後かにこう言う。
先日、彼女にふられた。
高校を出てからそういう話がとんとなかったなか、ようやくできた彼女で、
そういった思い入れもあったんだと思うけど。
向こうも、昔にあったさまざまな出来事のせいで男性不信なとこがあって、
ぼくの恋愛面での無知さが純粋に思えたのだろうか、何故かお互いに好きになった。
なんで付き合うことになったかはいまでもよくわからない。
とりあえず気づいたころには、関係が始まっていた。
はじめは何で会ったんだろう。
ぼくは正直演奏するのはうまくないし、キレも悪いけど、必死さがなんかむこうの心んなかに残ったみたいで、
二週間ぐらい断続的にぼくが夢にでてきたらしく、mixiで連絡をくれるようになった。
とてもとても頻繁なメールの後、馬鹿みたいに電話をして、急激に会いたくなって、
会いたい!とか言ってほぼ車を運転したことのないぼくがレンタカー借りて40kmぐらい離れた彼女の地元まで行って飲んで次の日まで一緒にいたりとか
向こうが地理的に全然はなれたところに用事でいってるのに「会いたくなった」とか言って会いにきたりとか、
そこから、付き合いだすのまでは早かった。
一年半ぐらい、そういう時期が続いた。
とりあえず地理的な隔絶をものともせず、会いまくって話をしまくって愛し合いまくった。
いま考えれば、ぼくと彼女は一体なにを話していたのだろうと思う。
ぼくらふたりは、バックグラウンドや、趣味も、全然違っていた;
ぼくが中学、高校のころに、プリンスやトム・ウェイツを聞きながら数学ばっか勉強してるころに、
彼女はタバコをふかしながらケラケラ笑って昭和歌謡やクラブ系の音を聞きながら「ポリをまいたり」したりしてた。
ぼくの憧れだったのはヒルベルトで、彼女の憧れだったのは岡田准一と荒くれNIGHTだった。
正直、いまでもよくわからないけど、なぜか共感しあうことが出来た。
彼女の親にも紹介され、こっちの親はちょっとヤンキーっぽいから、と毛嫌いしつつみとめていき、
なんかよくわからんぐらいうまいことすすんだような気がする。
大学卒業して関西の院にいくことになっても遠いけど一緒に行くよって言ってくれた。
ぼくは、そのことばがとてもうれしくて、ながいこと続けていたバンドをやめて、将来のことをしんけんに考えようと思った。
ちょうどそれぐらいからだったような気がする。
彼女の様子がすこしづつ変になった。
毎日50つうちかくきてたメールが、ぱたりとこなくなった。
朝仕事にいくまえと、帰ってきたあとだけとかになった。
別に浮気しているわけでもないようだし、ぼくが嫌いになったわけでもないようだった。
ただ、自分の部屋から出たくない、とか言って、部屋でとじこもってることが多くなった。
どこにいっても、どこで見ても、仕事場に用事でいったときに偶然すれ違って顔を見たときも、同じ顔をしていて、
とてもとても苦しそうな顔をしていた。
見てるのさえつらかった。
会える日は、当然のように減っていき、連絡もとりにくくなった。
バンドを最終的には喧嘩別れ、みたいな形でやめたのもこのころで、
友人の多くを切ったことになったその夜のことも、彼女に結局その話をすることもなかった。
彼女は付き合いで連日のように深夜まで飲んで帰ってきては、部屋で死んでいる。
もう、よくわからなくなった。
会えなくなって、三ヶ月ぐらいたったあと、ぼくが詰問したのが切欠だった。
会えないのは、しんどいならそれでしょうがない。
けど、どうして付き合いでは飲みに行くのに、俺とは会えないのか。別れたくてそんなことしてるのか。
メール送って、二日ぐらい待ったあと、「なぁ、友達にもどろうぜ。オレ、正直しんどいんだ。」彼女はそういって電話をかけてきた。
「浮気してるわけでもないし、別れたくてそんなことをしたわけでもない。ただ、しんどかったんだ。」
「オマエといっしょにいると、彼女といっしょにいるみたいだ。オレがわからないのなら、それでいい。ひとりにしてくれ」
会いに行こうと言い出したが、それもしんどいんだ、ってことで拒絶された。
「どうでもいいひとじゃないから、友達って形ででも一緒にいてほしいんだ」
彼女を苦しめたのは或る意味ぼくのかけた重圧だったんじゃないか、とか思った。
真剣に考えることは或る意味で重圧にもなるし、彼女の両親もおいらをすごく認めてくれていたのも彼女の重圧になったんじゃないか、と思った。
俺はなにもできなかったし、間違っていたんだと気づいた。
そのあと、ぼくの誕生日がきて、彼女はいまでは遠くなった地元から、二日休みをとってきてくれた。
まだしんどそうな顔をしてたけど、普通に飲んで、あそんで、しゃべって。
でもすごく切なくて、ぼくは結局最後に、もう一度、やりなおさないか、ってことを言った。
無理だよ、って言われた。そのあと、メールがぱたりとこなくなった。
そんな顛末。
或る意味でぼくはとてもとても自分勝手だったってことだろうと思う。
相手のことを考えたような行動ってことが、相手に対して負担なときもあるんだって言い方で表現できるだろうか。
それでもぼくは彼女のしんどさを理解することができなくて、爆発してしまって、ふられた。
ぼくは、とても好きな人のことを、しんどくさせたことを、そのきっかけを今ようやく理解して、このエントリを書いている。
もし、もし、だし、たぶんこんなことはないと思うけど、もう一度やりなおせたら、彼女のことをもっと考えられるようになろうと思う。
でもそんときには彼女のそばにおるのはぼくじゃないのかもしれんし、俺のそばにおるのもあいつじゃないのかもしれん。
それもいいんだろう切ねぇけどちくしょうとか思うことにした。
まず設定。
俺:大学2回
Mに告白された。
その子は性格がよく、かわいらしくて
俺もよく絡んで、仲良くしていた。
そのMに、告白された。
はっきり言って、俺はMに恋愛感情はない。
いい子とは思うが、「好き」とは言えない。
俺が気になるのは、N。
Nはうちのサークルに入りそうだったが結局入らず、
今はあまり会えない状況。(むしろ自分から会おうとしないと無理)
俺の中ではN>Mなのだ。
しかし、現状は
・Nとはなかなか会えない
・Nは俺に大して特別好意を持っているわけではない
・NについてはMほどよく知らない
・このままだとMはほかの男と付き合うだろう(実際狙われている)
・一人でいるのは正直しんどい
この、最後の理由。
これがやっかいなのだ。
心から信頼でき、悩みを相談しあえるほど仲良くなった。
しかし、違うのだ。
本気で支えてくれる存在がほしい。
自分が生きる価値を認めてほしい。
それゆえ、Mと惰性で付き合いたくなってしまう。
キープという言葉が、頭を掠める。
一人で耐えなければならないのはわかっちゃいるけれど。
それでもしんどいものは、しんどいのだ。
そして俺は、今夜も一人で、悶え続ける。