はてなキーワード: ロイとは
ライダーが宝具の槍を折ってセイバーの親指が解放されてエクスカリバーでキャスターを倒す
討伐の報酬を受け取るためにロード・エルメロイが神父と交渉して令呪の一画をもらう
綺礼が神父の死体を見つけるけ。ダイイングメッセージに書かれてた聖書の一文を読み上げる。
遠坂邸で綺礼が時臣からいままでの労をねぎらわれて宝石剣をもらう
もらったそれで時臣を殺す。
綺礼が雁屋を教会に呼ぶ
ほいほいやってきちゃった雁屋が時臣の死体と対面
なにこれwww?
時臣の妻、葵も綺礼に呼ばれていらっしゃい
雁屋おまえがやったのかーwww
おれじゃねーwwwwで葵の首絞めまくる。葵失神
間桐雁夜を綺礼がそそのかす。
殺された直後察知した切嗣が令呪でセイバーを衛宮邸に瞬間移動させる
アイリスフィールはさらわれる
イスカンダルがさらったと思い込んだセイバーがバイク使ってライダーを追う
戦闘の結果ライダーはチャリオットをエクスカリバーでぶっ壊される
アイリスフィールも殺される。あっさり殺される。
イスカンダル対ギルガメッシュはギルが乖離剣で王の軍勢を崩壊させる
馬で突っ込んだイスカンダルは負ける。死ぬ。
ウェイバーの令呪は戦闘前に「聖杯を手に入れ勝利しろ」で三回使われる
ウェイバーは死なない。
セイバー対バーサーカーはセイバー負けまくりだけど雁屋おじさんの魔力切れでセイバーの勝ち。
雁屋おじさんはなぜか生きて間桐邸まで帰るけど桜を逃す寸前で死ぬ
切嗣と綺礼の対決は綺礼の勝ち
切嗣死ぬ
ぶはwwwwでも聖杯の中身降ってきたぜwwww
令呪でも逆らっちゃう俺マジカッケー
あああwwwwww
http://anond.hatelabo.jp/20110424063737
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
QBやその周辺の出来事に象徴される「社会の現実性/残酷性」という「破」
魔法少女の枠組みを乗り越え賛否の分かれる結末とメッセージを提示しきった「離」
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
多分あなたがまどマギがオモシロイと思った理由は、あなたの解釈戦略にすっとなじむ形だったからだと思う。
たとえばこういう感じ。
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110211/p1
でもさ、その守破離(序破Q)のやり過ぎによって、破るべき守を使い果たしてしまったわけじゃないですか。
その後どうやってあらたにスタンダードを創り上げていくかの模索が今面白いところなのだ。
それが守破離がないから残念っていうのは、あまりにも保守的な姿勢だな、と思う。
アニメを単品で見て評価すると言うこと自体、アニメの楽しみ方としてどうかと思う。
ラノベもそうだけれど、こういうのはその時々の時代である程度群れを見て、なにが起こってるのかを楽しむのが筋であって、
その中から時々、群れを代表するような作品や、10年選手ものの異端児が登場するわけじゃないですか。
で、その作品と同時代の礎の作品を比較したりするのって、なんだか青色ダイオードの特許問題くらい不毛だと思うわけね。
守破離をきっちりさせた作品が作れるってことはそれだけ時代が煮詰まってこないと難しいわけで。
常にそれだけを求めるのは贅沢病とか教養病だと思う。
ジブリや千年女王のように時代性無視して君臨する作品を除いては、単品で論じることにそれほど意味があると思わんけどな。
あなたが古い作品に対して行なっている楽しみ方を、あなた自身が現代の作品にも活かせとか強制するつもりはないんだけど、
古い作品でそれができるように、新しい作品でもそれがリアルタイムでできてる人がいるわけですよ。
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
だから、こういう指摘は資本主義の犬とか、教養主義の人間が、数百年単位の流れを毎年要求するようなウンコだと思うわけ。
週刊ジャンプを毎日連載して、毎日クライマックスで、毎日バトル展開を入れてくれ、みたいな要求するのって、恥ずかしく無いですか?
古い作品のメタ要素、関連情報は確かに作品を面白くしてくれるが そこにこだわり過ぎるとバロック方面に偏るか、焼畑農業しかないと思うんだ。
作品の解釈戦略はいくつかバリエーションがあったほうがいいと思う。
あと、時間に余裕があるなら、最初はこういう「作品解釈エンジン」を休ませてできるだけ何も考えずに見るのが良いと思うよ。
あなたは多分ちょっと、アニメの経験が少ない割に、頭でっかちというか固定的にになりすぎだと思う。
力抜けよ。そうすればあなたの狭い穴にもアレとかコレとか挿入できるとおもうぞ。
あの頃の僕は、毒の唾で世界を汚すことが無常の喜びだった。本や
映画で得た受け売りの理論で身近な大人たちを追い詰め、彼らを軽蔑
することだけが生きているリアリティと感じていた。目で見える世界のほと
んどが許せず、ニ十歳まで生きていることはあるまいと本気で思っていた。
あの頃、高校時代、僕にはFという同級生のガールフレンドがいた。
正直、彼女を好きでもなかったのだが、女のひとりも口説けないのかと
周囲に思われるのが癩だったのでなんとなくつき合っていた。二人で観る
映画はいつも二番館の面倒臭そうなアート系の映画で、Fは僕に映画の
解説を求め、僕はそんなたわいないことで男のプライドを保っていた、どう
せ刹那的なつき合いだと酷く冷め、やがてくる彼女との別れの日をドラマ
チックにシミュレートして悦に入っていた。そんなある日、Fが僕を演劇に
誘った。芝居はテレビで紀伊國屋ホールを収録したようなやつを観たこと
がある程度で、それもおそらくそんな感じだろうとまるで期待していなかった。
が、打ちのめされた。体の震えが止まらなかった、舞台音楽が僕を子供の
頃の暗闇の恐怖にいざなった。その後、Fは地方に就職先を決め、卒業
の日、明るく「さよなら」と僕の前から去った、以来、彼女とは会っていない。
結局、見透かされていたのは僕のほうだった、そして間違いなく、あの頃、
彼女は僕の母だったのだ。今回、シーザー氏の歌に僕が固執したのは、
あの頃の無知な自分と母との時間を追体験したかったからかもしれない。
存在するものがこの世界にはある。我々の前では、美しすぎたり、
醜悪すぎたり、日常であったりして、正体は曖昧なものと感じられ
ているが、それは確かに、明確にこの世界に存在するはずなのだ。
私は、それをアニメーションという手段で整理分解して、判りやす
く伝えようとは思っていない。セル画で数値化、セリフで言語化でき
る部分だけを抜き出して、それを伝えようとは思っていない。むしろ
段を使って、混沌のまま明瞭に、確かに存在することを示したいのだ。
私は、光宗さんと上谷さんを尊敬している。二人は紛れもなく、
十四歳の頃、僕は学校が嫌いだった。いや、正確には、学校という名の世界での自分の状況が嫌いだった。
その頃は、いわゆる“校内暴力”なるものが全国的に取り沙汰されていた時期で、僕の通ってい
た学校も例に漏れず相当に荒んでいたと思う。生徒が教師の胸ぐらをつかみ上げ授業中断、など
ということも珍しいことではなかった。学校とは箱庭ではあるが、言うまでもなく「ひとつの社会」で
あり、「現実世界のミニチュア」だ。その社会の中で、僕は凡庸な者だった。休み時間にトイレでタバ
コを吸う勇気も、教師の胸ぐらをつかむ勇気もなかった。そして、僕はそのことが嫌で仕方がなかっ
た。子供だったが、凡庸が美徳だなんてウソだってことぐらいは知っていた。「ミニチュアの社会」の
中ですら凡庸な自分に控えている未来.凡庸な人生の予感に言い様のない絶望を感じていた。
あれから十数年。現実は残酷で、やはり僕は凡庸なる大人になってしまった。絶対に裏切って
はいけない人を、何人も裏切ってしまった。そうまでして手に入れたのが、凡庸なる自らの姿だった。
だが、いかなる夢も見ることを禁じられたこの世界で、僕はまだ密かに夢を見ている。まだ密かに
モラトリアムでありたいと甘えている。そのことを「少女革命ウテナ」はうまく表現できただろうか…。
J・A・シーザー氏の音楽を、僕は遥か十代の頃に体験した。氏の音楽はその時から、そして今も変わらず僕
シーザー氏と仕事の機会を得ることができたのは、ひとえに大月プロデューサーの手腕によるところだ。
いや、実はそのことだけではない。大月氏は、アニメーション作品「少女革命ウテナ」を世に送り出すために、
多大なリスクを負った。我々スタッフは、その彼のリスクの上に、完全な創作の自由を与えられたのだ。「自分の
若さと可能性を信じろ」などと言うインチキな大人には数多く出会ったが、リスクを負うと言うことを体現して
見せる大人に出会ったのは初めてだった。もちろん、僕自身もリスクは負っていたが、彼のそれは比べようもなく
大きかったはずだ。にもかかわらず、彼が僕にリスクを強要したことは一度もなかった。彼は、作品作りにおける
リスクの尊さを改めて僕に教えてくれた。そしてそのことは今回の作品制作において僕個人にとって貴重な
モチベーションになった。おそらく「少女革命ウテナ」という作品は、僕と大月氏の共同監督作品だったのだ。
だから、ある意味で僕は敗北者なのだろう。なぜなら、僕は絶対に裏切ってはならない友人を、数多く裏切っ
「文脈」と鸚鵡返しでの速攻逃走、と。
「分類には目的があるわけで。 いろんな意味でレアなんだけどな」以下しか書いていないので、速攻なのは当然なのだけど、
「僕の文脈(レアという皮肉)は読めていなかった」ということでよろしいか?これほどわかりやすいものもないんだが。
大抵のアホはムキになって引き際も失ってずーっと暴れまわるから。
国語力のない増田にはもう少し優しく言ったほうがいいのだろうけど、「ほぼ自明なことを、ここで嬉しそうにどうして書くのだろう」・・・
さらに「本論は一向に進まなくなるわけだ」にも突っ込んでおくと、そんなにオモシロイ本論なんてあるの?わかっていればないと思うんだが・・・
当然ここを引用して上のを書いている理由もわかると思うので省略するけど。
そんだけ。
最初ブクペにまとめようかと思ってたけどめんどくさいから増田で。
一、金よりも大切な目的を持て。
(金は手段であって、目的ではないはずだ)
一、信念を持て、そして信念に照らし合わせて行動しろ。
(技法を知っていればだまされずにすむことが多い)
一、行動に迷ったときは、自分にとって苦しいと予測するほうを選択しろ。
一、カッコ良く生きろ。
(但し、土下座することやボロを着ることもカッコ良い場合がある)
一、親を大切にしろ
高橋がなりの10か条だけど、本読んでみたら全然この10かじょうから受けるのと違う印象を受けることが書かれてた。
例えば「今の自分が今のままだと負け犬であることを認めろ」とか、
失敗とか負けを誇りにしろ、失敗しても死なないよう戦いの場を整えろ、とか。
他にも「やせがまん宣言」とかイロイロと有言実行の人で見ていて面白い。
この10かじょうだけ読んでると言いたいことを取り違えそうな気がする。
別バージョンはコレ
2・勝ち方を教えよう!
3・リーダーを演じろ!
4・本物のプロになれ!
5・生きろ、強くなれ!
6・金はこうして稼げ、こうして使え!
7・がなり流「幸福論」
ちなみにこの人自身の著書もあるけど今ひとつ決定的なものがなく(あんまり言葉の操り方が上手な人ではないと感じる)
ドキュメンタリについても今ひとつボリューム不足なため、どういう人物かよくわかりにくい。
ご本人のTwitterアカウントもあるので確認してみると良いかと思う。
http://twitter.com/#!/ganari_t
追記:畜生。こんな手抜きエントリでホッテントリ入りするならブクペにまとめておけばよかった。皆負け犬みたいなタイトル好きだなー。
でもこれでがなりについての記事を書こうかなというモチベになった。
多分そっちはあんまりブクマつかないだろうけど、私はそっちの方が大事だと思うので明日書くぞ。
http://manaitano.com/lifehack/departure-from-loser/
うん、言いたいことはすごくよくわかる。これ「だけ」みたら誤解する人がいるかもって上でも書いたよね。
でもね、この言葉の背景にある高橋がなりのAV時代の奮闘を読んでみるとちょっと話変わってくると思うんだ。
そのまとめつくろうと思ってるんだけどちょっと忙しくて遅れてます。もうちょっと待って下さい。
ただ、あなたは綺麗事じゃないんだ、ってよくわかってて喝を入れるつもりで書いてくれたと思う。
心療内科では鬱病と診断されたがこれが元々の自分の性格ではなかったかと思ってグルグルしてる。
1年もつかもたないか程度でいつも人間関係で悩み、相手に告げることなく適当な理由を作って辞める。
次の働き先はあるのか…
もういっそ死んで楽になりたいと、ここ何年か考えっぱなしでいる。
リストカットはないが首吊り未遂は何回も。結局苦しくなったり「イケナイ」と思ってやめたり。
ただ、同居人が悲しむだろうと…それだけで生きている。自分のためではなく。
だから同居人が「お前もういいよ」となったら、今かろうじて生きている意味がなくなる。
恋人はいる。友だちも少ないが、いる。ワープアだけど食べるには困ってない(もうそろそろ困る)
出勤しなくてもクビにならない、「オレは鬱病には理解あるんだ」といいつつ全く理解のない価値観押し付けモラハラ上司…
わかってるよ、世間のブラック企業に勤めてらっしゃる方達よりずっと労働環境いいのはわかってる。
でも無理。できない。結局対人スキルが低すぎてお話にならないんだと思う。
最近両親や祖母のことまで憎いと考えるようになってしまった。何故生んだんですかって。
生活に影響でまくり。夜は眠れないし明らかにおかしい…困っている…が、心療内科のセンセイは
結局のところ何もしてくれない。名前をつけて薬をくれただけ。薬、ちゃんと飲んでるけど全然良くならない。
病院に通っているのが金の無駄かと思えてくる。生きているのが辛い、非常に。
ポジティブ思考に洗脳してくれる機関はないんだろうかー。それか安楽死。
安楽死だとイロイロと無駄になるから、やはり洗脳機関ができてくれればいいのにと思う。
楽になりたい。こんなクソみたいな自我を手放したい。
フラクタルコミック読んだ人間の感想。1巻の時点では応援してたから買っちゃったんだよね。
戦闘シーンとかもうちょい見開き使ってほしいなって所はあるけど絵は上手。
作者が特に解釈とか説明付け加えたりはしてない。3話の謎シーンとかもそのまんま。
作者もよくわからんところはよくわからんままで書いてるんじゃないだろうかと思うところしばしば。
コミック部分とは別で作者の解釈が入ってると思われるところは殆ど無い。
あの・・・真面目な話、原案の東さんとまでは言わないけど
山本監督とかプロデューサーはこの作者に対してちゃんと設定面などでフォローしてるんだろうか。
というか、打ち合わせすらしてないんじゃないだろうか。
本来のコミカライズの作業がどういう体制でやるものか全く知らないけど
今回の話を聞いた上で禁書のコミカライズの事情と比べると、イロイロと放置プレイされてるんじゃないかと危惧してしまう。
もともと流されやすい人間の上に、全部後出しの意見なのであんまり参考にならないと思いますがこんな感じです。
1話はWebで立ち読みできるのでそちらで確認してみたほうが早いかもしれないです。
説明下手で申し訳ありません。
私は1000人ほどフォローしている。そんな私の中途半端な観測範囲の話として聞いてください。
自分も実写アイコンにしてたけどドヤ顔やめろって言われたので一旦犬アイコンにして、どうしたらドヤ顔にならないか研究中。
最初は笑顔の人は大抵ドヤ顔に見えるような気がしていたがそういうわけでもないようだ。
だれだって実写アイコンで仏頂面見せたくないだろうし、殆どの人が笑顔だから表情のパターンで決まるというわけじゃない。
むしろ笑ってない人でもドヤ顔に見えるので、何がアカンのやろうと。
とりあえず見てて思ったこと。
・右→左下を観るような目線の人はドヤ顔に見える。逆に左から右を観るような表情の人はあんまりそう見えない。
・カメラ目線の方がいいか悪いかは必ずしも答えがあるわけじゃないが、カメラ目線で口が開いてるとドヤ顔に見えやすい。
・口は笑ってるけど目が笑ってない人はものすごくドヤ顔に見える。顔全体で笑ってる人はこちらもいい気分になる。
・口は閉じるかきっちり横に開ききるかしたときはいい笑顔。しかし中途半端に開いているとだらしない&ドヤ顔に見える。
とかいろいろ。一人の人がそれぞれ試してくれると検証しやすいのだけど誰かやってくれないかなぁ。
写真ではドヤ顔に見えないのに顔部分だけ切り取るとドヤ顔に見えるとかイロイロ面白いとおもうんですが。どうでしょう >オ○コロの人とか
本当は他にもイロイロ思ったことあるけどめんどいからいきなり結論→どうせ実写アイコンにするなら、最高の笑顔を登録してよ!
とりあえず、心底楽しそうにしてる人はそんなにドヤ顔に見えないことが多いと思うので、
清楚、純朴な女の子を見て強姦妄想するようなもんじゃないのかね。
絶対にエロいことしそうにない、そんな知識すらない女の子を犯したらどうなるのか
って妄想ならポピュラーっしょ。エロ同人誌とかでも定番のネタだ。
その種の作品におけるノンケは「ノンケ」であることが最重要萌えポイントだから
絶対に男とヤったりしないノンケ属性の強調と証明として「女相手なら野獣」なんだよ。
女にガツガツ向かって夢中になって励めば励むほど「女にしか興味ないノンケ性」が高まるわけだよ。
そんなゲイっ気の欠片もない、男とイロイロなんて夢にも考えたことのない
ノンケオブノンケを犯したらどんな風になっちゃうんだろ、って妄想するためのものなんじゃないのかね。
画面に映る行為そのものを使うのではなくて、それをネタに妄想するためのオカズだと思うのだよ。
ちょっとださいけどふともものむっちりした(子供っぽくて)可愛い女の子とか見てさ
あーまだ男しらねえんだろーなー生チ○コ見せたらどんな顔すんだろなーイヒヒヒヒヒ
みたいなのの延長だと考えたら、ホレ、何も不思議はないわいな。
特にアニメ部分に関してはほとんど同じ水準にある萌えオタニュース速報とどうしてこんなに差が空いてるか、は興味深い。
結論を先に書くと、私が思ったのはやらおんって階級意識が明確だよねってこと。そして、一番人数が多い層の人間が一番優越感を感じられる仕組みになってること。
そして、その仕組みの結果としてやらおんでは祭りが発生する。萌えおたニュース速報では発生しない。この差は大きい。
発端は、批評家たちに対しての反発だろう。
こいつらアニメにとって何もプラスの貢献をしなかったよね、むしろ存在自体がマイナスだよねってくらいの嫌悪感を感じる。
同時に、技術とか能力ないけどアニメについて語りたいって層を大歓迎してるというのも感じる。
えらいのは、作ってる人と声優さん。それから買ってる人。ちょっと下の階層に楽しもうとしてる人。アンチや批評家は最下層に位置づけ直してる。
私は声優に全く興味がないし、ローソンフェアとか全く興味ない。売上情報もそこまで気にすることないと考える。
なので、なんでこの人こんなに声優とか消費活動取り上げるんだろう、って思っていたのだけれど、
こういう序列になってるんだと考えれば納得する。そりゃこっちのほうが重要度高いんだからあたりまえだよな、と。
批評家の毒にも薬にもならない批評よりかはよっぽど役に立つよねー、ということなんだろう。
他にもイロイロと特徴がある。たとえば理解しようとしてる人間への寛容さや親切さ。パロディによる個々人の楽しみ方の紹介など。
今では他も真似してるけど禁書の解説記事を毎回載せてたのは印象的。
本来禁書みたいに「解説が必要なアニメ」は、キャラ魅力が低かったらボッコボコに叩かれてたんだろう。実際錦織監督は叩かれまくってるわけで。
AB!に対するの態度も全体を叩きつつキャラ萌えを押し出そうとしてたし、
女にコンプレックス抱いてるキモオタ男読者が多いのを意識してか君に届けとか放浪少年を取り上げないところとか心遣いがわりと細かい。
かなり明確な思想の持ち主であると思う。
一方やらおん空間においては今まで好き勝手に作品を叩いてそれなりにいい気分に浸っていられた批評家やアンチの扱いは悲惨なものだ。
やらおん空間においては彼らは「バッシングを受ける対象」としてしか存在を許されていない。
お前らの存在いらねーんだよ、と。もう口閉じて眼と鼻と皮膚呼吸もやめて死ねくらいに思ってそうだ。
せめて口を開くなら、ヤマカンやハルヒの中の人のようにアニメの話題の肥やしになれ、うんこ野郎。
あずまんみたいに言うだけじゃなく自分で作ってみろ。そして作った物に責任をとれ、敬意を払えと。
実際の事情はどうか知らないが、制作者の立場に立ちながら無責任、アンチな言動とったと受け取られたあずまんはまさにワーストオブワースト。
やらおん空間ではリサリサ先生のまなざしを向けるのがふさわしいレベルなんだろう。
そういうやつらを見せしめにして、名状しがたい祭りを楽しむのがやらおん。
割とたんたんとアニメの話題だけを載せ続ける萌えオタニュース速報。
どっちが正しいとは言えないけど、人気があるのは圧倒的にやらおんだなぁ、と思う今日この頃。
個人的には、やらおんの価値観の再配列ははわりと一時大戦後のドイツの全体主義を彷彿とさせるものがあってあまり好きではないのだが人気には納得する。
よく「やらおんに比肩するサイトがない」っていうのが話題になるけど、扇動力が全然違うのは確かだよ。ほんとうに良く出来てる。
最終的に、能力も知識もない人らが権力を握ったアニメ業界が、知識層を追いだしてどういうアニメファン層をつくるかと思うとげんなりするが、それが世界の選択というのならしょうがないわね。理想としては、既存の評論家どもはきっちり潰れて、個人サイトとか若い人らが評価され直すといいんだけどなー。
で、そもそもなんでこんなに批評家や知識人(笑)に対して風当たりが強くなってるんだろうか。
それは、多分みんな「このままだとアニメそのものがなくなっちゃう」ってぼんやりと危機感を覚えてるんじゃないだろうか。
あるいは、少なくとも批評家をトップに置く序列に対する現状に対する猛烈な反発があるんじゃないだか。
上から目線で批評を加えたり製作者の状況無視して割りに合わない要求ばかりしたり、
アニメにはいろんな要素があることを忘れてテーマとかストーリー語ってるやつらばっかりだと、
じゃあお前らは文学(笑)でも読んでろって製作者がブチギレて、
ほんまに純粋にビジネスとして萌え豚向けアニメしかつくられなくなるんじゃねーかと。
それぞれに人の集まりができて、市場ができてってなっていけば。
でも、どいつもこいつも批評家の口にするのって同じことなんだよね。内輪感半端ない。
あずまんとか宇野とかそういうもともとコミュニケーション苦手そうなやつらがメインとなって
自分たちの居心地の良い空間をつくろうとしてるから異物があまり育たなかったんだろう。
楽しみ方が恐ろしく窮屈で偏屈。喋ってる本人らはデブばっかのくせにどうしてこうなるんだろう。
あの界隈、多分2~3人いたらあと全部キャラかぶってるからいらない。
そういう批評家どもの多様性の無さのため、批評家が褒める作品って限られてくる。
そうすると、こいつらを中心とした序列だと、本当に一部の作品しか残らない。
それは、ものすごくアニメというものをつまらなくさせてしまう、と、そんな展開。
これも本当のところはどうかしらない。ただ、明らかに彼らが戦犯扱いなのは間違いない。
あまり気持よくないのだが、ドイツのブルジョワ階級と違って批評家が役立たずだという点には同意してるのでまぁ別にいいかな(爆
参考記事
はちま機構のことはしらんけど、こういうのと比べるとやらおんは比較的全うだと思う。
趣旨は、yutakiokaは別に悪い人間じゃないよ、ただただ、人より優れていることを求め、ずいぶんと頭がいいけれど、その頭がいいことを力に変えることが出来ず、特別な人間になれないことを悩むという、どこまでもありふれた普通の子供だよって流れです。
掘り下げが足りない人が出す結論は大体「相手の自意識過剰」になるという俺の持論がまた立証されてしまった。
ひとつ言っておくと、自分の頭でちゃんと論理を手放さずに考えて続けられる人は、そう簡単には循環論法には陥らない。
なる場合でも、大きな円を描く。その円の大きさがその人の思考力であると思う。
逆に自意識過剰、などという根拠がない仮定を使って空白を埋めることで循環論法を作り出す人間は思考能力が全くないのと同じ。
童貞disねたは煽りなんだけど、それに脊髄反射して感情的に反応しちゃってる人を見ると、ああだから童貞なのかと極めて納得がいく。
別にその人の事を言ってるわけじゃないのに反応してるというのはかなり自意識過剰だと思う。
うん、前から思っていたけれど彼には思考の発展性が全くない。
「なぜ童貞は自意識過剰なのか」という問いに対して「自意識過剰な人間は嫌われるから誰にも相手にされないから」。
では「なぜ自意識過剰な人は嫌われるのか」「なぜ自意識過剰ではいけないのか」「自意識過剰とはなにか」という問いがない。
逆のことがすべてカチッとはまっちゃってて議論の余地がない。
「自意識過剰はいけないこと」「自意識過剰は女に相手にされない」「誰かに相手にされているから自分は自意識過剰ではない」。
何から何までお約束で出来上がってしまっていて、そのお約束を超えるともう会話ができない。思考もできない。
もちろん頑張ってたくさんのお約束を頭に詰め込んだ努力は評価したいのだが、それに思考が固定されるならまだ無知な方がいい。
よく知らないけどこの人、「なぜ」という問いが1段階で終わっちゃう人なのだと思う。
その問いに対する答えも、自分で考えたというよりは、他人が出した答えを拾ってくるやり方なのだな。
そして、教科書に答えがのってないものについてなにか自分なりに考えようとすると極めてチープな「自意識過剰」とかそういう意味を成さない言葉に落ち着いてしまう。
この人、なにか「自分の手でつかんだ」という実感のあるモノってあるのだろうか。
「だからあなたも生き抜いてという言葉」の方があなたの「死ね屑」よりも暴力的と言うことですか?
思い込みですね。
最後に余談。この人がtwitterというメディアを選択している理由について推測する。
twitterで人間について語るとか無理とは言わないが、それでもイロイロ制約がかかっておすすめできないと思う。
無理やり語ろうとするとテストの答案しか作れなくなる。 例えば彼の「答案」を見てみるとこんな感じ。
自己否定ナルシズムの極地は自殺。ドストエフスキーは「悪霊」で、キリーロフの自殺という形でそれを示している、あの自殺理論で語られている「神」はもちろん「存在」の隠喩。存在の不安という問いに対して、実存的に思考したキルケゴールとドストエフスキーが異なる解を与えているのが興味深い。
とか
存在の耐えられない「軽さ」から逃れるために国家と自らの存在を同一化して存在意義を個人ではなくて国家の権威や伝統に求めるというのは、存在の「重さ」を得るための一つの方法ではある。ただそれが「自由からの逃走」である、というアイロニカルな視点がほしい。
しかも教科書のまえがき部分であって、帯の部分でありWikipediaでも読める部分。
そこから先が大事であり、さらにそこから自分の意見をもつことが大事。なのに、これが結論。笑える。
でもこれは本人の資質の問題ではない。こうなってしまうのは、140字制限だと、引用だけで記述が限界であり、引用ですら140字となるとかなり制限がかかってしまう。
しかし、本人はずっとそのtwitter「でこそ」こういう話を続けていきたいように見える。
となると、この人は「なぜ自分はtwitterを選択しているか」「自分は何に依存しているか」について自覚があるのだろうか。
私は別に自分が論理的な人間だとは思っていないし、論理的でなければいけないという縛りを自分にも他人にも課すつもりはないので
露骨に話をすっ飛ばして結論だけ書く。相手の主観を勝手に推測もしまくる。いちいち検証するだけの価値のある人物ではないわけだしね。
私には、この人がtwitterに求めているのは「教科書の知識の共有」「教科書的お約束の確認」であって、それ以上でも以下でもないと見える。
最初から思考する気などない。むしろ本業である思考の場で戦うことがどん詰まりであるからこそ、
下々の場に降りて行って、自己を確認せずにはおれない、テクノクラートのなりそこねというのが彼のイメージである。
そして、この人物に共感する人間が多いということは、それだけ「報われない文系エリートが多い」ということをも意味する。
せっかく勉強して、知識も蓄えて、いい大学にいった、留学もした。でもそれは社会的には何一つ報われることがない。
普通なら下々の人間など気にせず一心不乱に上を目指しているであろうはずのエリート候補生が、在学途中から下を向いて過ごしている。
この人は童貞ではないかもしれない。客観的に見たらエリートかもしれない、でも、主観では負け組である。実存を失っている。
しかし、この人は教科書にしたがって生きているのに、教科書にはどこにも「負け犬として実存を保つ方法」が載ってない。
だから彼は自分の実存を得るために、こういうちゃちなゲームを始め、いつまでも続けなければいけない。
彼はよくある普通の一学生である。特別ではない。本当に平凡な小市民にすぎない。
本来は普通に大学に行って、普通に彼女ができて、普通にセックスして、普通に就職して、普通に家庭を持って、普通に老いて、普通に死ぬ。
その程度がお似合いの少人物である。そして、その事実こそが、彼にとって絶対に認められないことなのだ。
彼は普段のツイートから見るに、多分日本の教授には優越感か同程度の知的レベルにあるという自覚を持っている。
それでも大した思い上がりなのだが、その思い上がりを持ってすらなお満たされないのだ。そのくらい彼は自己の尊厳に飢えている。
彼は、自己イメージを損なうよりは、ドヤ顔のアイコンをさらし、他人を挑発することで「嫌われ」「叩かれ」ることで自分は特別な存在だと思っていたいのだ。
こういう奇特な行いも、まったくもってオリジナルではなく、アイデンティティクライシスに陥った人間を救う手段としてのSMは
自らを鞭打つ修道女の例からアラビアのロレンスの虚言までいくらでも例がある。
彼はもはや、自らが見下している無知な人間に嘲られ、叩かれることでしか、もはや自分の本当の居場所を確信できない。
何があったか知らないが、そのくらいかつての彼の自己プライドは高く、そして、それに見合った実体をついぞ得ることがなかった。
日本では誰よりも賢く、知識もある特別な人間だったのに、向こうに行ったら普通の人であることに変身させられてしまった。
しかし今更それを認めることは出来ない。追い詰められた彼が取った手段が今の有様、ということです。苦悩だねー。青春だねー。毎日吐いてるかー?
でもね、こういうのって今やふつうなんだよ。昔なら特別な人間のイメージだったかもしれないけど今じゃこういう行動をとることそのものが平凡の証だよ。
最初見た時から、ああーこういう奴よくいるわー2年前にみたわーって思ってた。 かわいそうだなーって思ってた。かまってらんねーと思ってた。
でも、いい加減うざい。 さすがに自分がかまってちゃんである自覚がないのはtwitterへの依存が強すぎるだと思ったので、指摘しておく。
これは彼が実際にどうであるかは全く関係がない。むしろ事実と違うほうが効果的だと思ってる。私の目的は彼を理解することじゃなく、彼が他の人にやってることをそのまんま彼自身に返すことだからね。もちろん私は自覚してやってるよ。それこそわざとらしいくらいにねちねちと、いやらしく、冗長なくらい、お涙たっぷりのベタベタなストーリーとして彼を「理解」してあげる。そしてこの気持ち悪さを是非体感してもらいたい。彼と彼の取り巻きがやってることがどれほど他人にとって気持ち悪いか、ってのを自覚してもらえればいい。
彼がやってるのは、他人を対象化するという遊びなんだよね。正常な人間であれば小学生低学年くらいで卒業する遊び。
自分が特別でありたいと信じるあまりに、他人を過剰に普通とか普通以下に押し込めようとする幼稚な差別行為。
2それに反論も許さず
これが対象化される側からしたらどれほど不愉快かは、年がら年中オタとかはてな村とか言われてる人間にはよくわかるよね。
個であることを圧殺され、ただ一括りの集団としてしか認識されないのだから。
もっとも、これを2ちゃんでいうならともかく、twitterでリプライをつけて言っちゃうあたり、むしろ彼の対人認知能力の低さが忍ばれるけどね。
要するに彼は、テレビのワイドショーを全部自分の脳内でやってしまってる。
テレビで毎日のように繰り広げられているコメンテーターの批評の劣化版をやってる。
検事と裁判官と手抜きした弁護士のセットをすべて自分でやるという脳内裁判ごっこ。
それをひとり寂しくやっている。いや、今では同じような寂しい人間が寄り集まってプチテレビ局、プチワイドショーになってるか。
みんな、力の感覚が欲しいんだね。よっぽど現実で報われてないと感じてるんだろう。
でも、力の感覚をどうやって得るかって時に、まだ社会人になって仕事もしたことがないガキなので、そのモデルをテレビくらいしか持ってない。
部活(特に体育会系)とかで皆と一緒に頑張って何かを成し遂げたことがあるなら話は別だが、
どう考えてもこの人、万年部屋に閉じこもって本読んでた口だろう。要するにそっちの方法で自己実現ができない。
多分彼らはテレビのコンテンツの内容は見下してるだろう。それでいてテレビのワイドショーで好き勝手語ってる奴らに憧れずには居られないわけ。
彼のイメージでは、彼自身はテレビの司会者であり出演者、賛同者が共演者で、オタクとか童貞はスクリーンの向こうのトピックに過ぎないのだよね。
テレビの司会者が、スクリーンの向こうのトピックから話しかけられることはないはずなのよ。
だから、相手には反論も許さない。彼自身について評価することも許さない。他人に自分を解釈する自由を与えたくない。自分はそうするけど相手には許さない。もし許してしまうと、自分がそうしたであると同じように、自分が好き勝手に解釈され、じぶんがコレだと思っていたアイデンティティが溶けてしまうから。だから、話を聞けない。聞いてしまったら彼の幻想が壊れてしまうから。そういう状態なわけですよ。
彼は自分には他人を裁く特権があると、信じてなくてはいけない。しかしその反撃に常に怯えている。
これが、ネタとして薄められ、表に出すことが出来ない真性の厨二病、真性のディスコミュニケーションというやつです。
そんな彼でも、就職とかして、自分が特別でないことを理解し、自分を集団の中で活かす道を見つけられればこういう幼稚なテレビのマネッコはすぐ卒業できる。
でも、今自分がやってることの恥ずかしさに気づけなかったら、何時まで経ってもアマチュアのテレビワイドショーごっこを続けることになるかもしれない。
なまじ頭がいいし、同士が多いものだから、それで結構充足感得られちゃうのが危険なんだよね。
他人に妥協するって事に耐えられなくなっちゃうかもしれない。個人的にはそのほうがおいし・・・いやいや、なんとか抜けだして欲しいものです。
90年代に「ぼくのかんがえたじせだいのあるべきすがた」が挫折して臆病になった人たちが日常ものに依存し、今度は00年代の人たちが考えたいろいろなものを否定する。「ぼくのかんがえたありかたですらだめだったのに、自分たちより若いヤツが考えたものが正解だなんて認めないぞ」と下の人間に嫌がらせを続ける。しらんけど80年代にもそういうのがあったかもしれん。悲しい連鎖よのう。
そんなことを思ったのがこの記事でのやりとり。
まおゆう批判の話。批判の内容は結構納得行く話だった。実際突込みどころは沢山あるからね。
でも、そうやってやれ特権少数の支配肯定だとかエリート様だけ実存回復はずるいとか言ってる人が
自分の解決策として挙げたのがコレか。
インキュベータに搾取されないためには、向上心なんてものは一旦よけて、まず、ありのままの自分を肯定することから始めるべきだと思うのです
すごい違和感。いや、ガッカリ感。同時にとても納得。
この人の主張は結局「ゼロ年代的なるもの」が嫌い、ってそれだけだったわけだ。
ああこの人90年代のオタクなんだなと思い、実際にブログを確認したらドンピシャだった。
その思想はさ、精神的に搾取されないことだけを考えていればよい物理面が最低限満たされている人間の話だよね。精神守るために物理面での搾取はある程度受け入れる余裕があるってのが前提じゃない?それこそ90年代の悩みという気がする。00年代そのものに否定的なのは、単純に90年代の夢が忘れられないって事じゃないの?
この人の立ち位置はすごく気に食わない。 インキュベーターと直に向き合いながら頑張ってる人をインキュベーターの手先であるとして批判している一方で、インキュベーターそのものとは敵対しようとしない(というかちゃんと見えてない、理解できてない、突っ込んでも無駄と諦めている)ような卑怯さを感じる。「ゆとりがあるからこその潔癖さ」「他人に都合の悪いところを押し付けての正論」にすぎないのでは。自分がテクノクラートだったらどうするか、を示していただきたい。ああいや、そういうのから降りた人たちが90年代のオタクでしたっけね。失礼失礼。
こういう卑怯な人な立ち位置にいないと安心出来ない人のために、まどマギの世界の主人公が少女じゃないといけなかったんだなとわかる。インキュベーターと対峙するもの、特別な力を持つものが、オタク以下の存在じゃないと納得できない人達がいるんだ。自分より上の存在が肯定され、生き残るのが怖いんだ。そういやまおゆう批判してたkagamiがまどマギ全肯定しててびっくりした。お前はまどマギにすくってもらう資格ねーだろが、と突っ込みたい。私はamamakoのことが嫌いだが、それでもまおゆうもまどマギ双方を否定した彼の一貫性は評価したい。
別に爺さんのように「戦時中の苦しさをしらないやつらが贅沢言うな」とまで言う気はない。昔の物理面が絶対だって考え方ね。「誰が養ってやってると思ってる」の傲慢さは私も死ぬほど嫌い。けれども、さっきの解決策はちょっと00年代の若い人の苦しさに対してあまりに鈍感すぎるのではないか。のんびり過ぎるのではないか。私も90年代のにんげんだから正確には理解できてないけども、彼らの不安や苦悩を軽視して今までの日常を維持しようじゃないか、ハーレム最高だよ、幻想に閉じこもり続けようよってなんだそれ。空気読めないオッサンにも程がある。もうオッサン時代遅れだからブヒ系のアニメ以外についてくちだすなよと言いたい気分。
もちろんゼロ年代の発想が90年代より優れているとは言わないよ。個人的にはゼロ年代の発想ってやっぱり問題が大きい、より病的で余裕がなくて、貧しいカンジがするのであんまり好きじゃない。でも、それに対してただ「近頃の若いもんは」と言い続け「90年代にもどってこい」というメッセージしか出せないのでは、ただの老害であると私は思う。(さっき年寄りたちの話しを持ち出したのは、老害にはさらなる老害を持って、老害の何たるかを理解していただきたいという趣旨)。少なくともゼロ年代の人間が「貴族的な人間」「特権階級とか特殊な力を持った人間」を中心としたファンタジーを求めなければいけなかったのかって考えもしなかったなら、オタクとしてダメダメでしょう。良し悪しだけで考え、「なぜ」をすっとばすような人間が、オタク評論をする資格などないと私は思うね。
ただし、このあとで同じ人が
って言ってるアタリが、もしかしてこれからのオタとオッサンオタクとの理解の架け橋になりそうな気はする。 本当に地震って、すでに変わりつつ合った認識の変化を後押しする大きな事件になるような気がする。もう90年代は終わったんだよ。00年代の決断主義も違うってことになったよ。90年代回帰論も、00年代のエリート正当化もやめて次考えようよって話になるんじゃないのかな。
最後になりますが。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、わたくし、まおゆう読んでおりません。読まずにここまで偉そうなことを書いたことを深くお詫びいたします。
それは失礼。こっち側とやらがどこにあるのか存じませんが、ずいぶん壮大なお考えがあるようですね。はやく体系だった形としてまとまるよう応援しております。
そうでないと無視されたというかあなたが求めてる物がまずどこにあるのかわからんので
せっかくの崇高な思想も、今回のように表面部分だけを見て個別の叩きというか、コレジャナイ病の人と同じだと判断してしまいそうです。それは勿体無い。
ところでそれって、エロゲや今のアニメに求めるよりは、もっと昔のアニメや手塚治虫や一部の少女漫画に求めたほうが早いものだと思いますよ。
あずま ひろき風を感ずる
全然意識してないけど多分それあなたの勘違いだと思う。全部が東風に見えるとか、モルダーあなた東さんに恋してるのよ。。
話変わるけどあんまり東先生バカにすんなよ。別に信者じゃないけどとりあえずベースとなってる物くらい読んでから批判しろよ、とはいつも思ってる。
信者が本買って無批判にマンセーする一方で、批判する側が著書の一冊も読まないとか、この今のねじれ構造はどないなっとんねん。
本の一冊読む程度の興味もないなら、放っておけばいいのに。どんだけ暇なの。
誰も整理なんかしようとか思ってねーし。なんでそこ基準で評価されなきゃいけねーんだよ。別の店行け。シロクマさんにでも頼め。
整理しようと思ったらそれこそ90年代をまた数個に分割しなきゃいけねーじゃん。誰がやるかそんなめんどいこと。
どんだけ整理されてあとは召し上がるだけのメニューを期待してんだよ。そう言う学術的のが欲しかったらプロの仕事にもっとちゃんと金払え。
「〜年代」っていう、10年単位で区切ってその間の大多数のムーブメントを指す言葉を「私も90年代のにんげんだから」とか使うところからして既に間違っているよねw
言葉の使い方は大事だよね。確かに私が間違いですすすみません。できればタイポ的な問題以外も指摘してくれると嬉しいけど。
上のと合わせて、この言葉を使うと、どういう内容を想像されるか始めて知った。童貞とかオタクとかと同じくらいイロイロな意味がくっついてるのな。
これは単に私の無知。普段はこういう言葉を使って会話してないんで知らんかったわ。
おまけ。ゼロ年代には元気だったけど次の世代に対して老害として振舞う可能性が高い人達一覧はここね。
自分の手持ちのものさしでしか人を測れなくなったら(評論する相手の中に新しいものを発見しようとする気概を失ったら)それはもう寿命だろ。
俺は学歴も知識もありませんしブスですが(って、一時しのぎで思わず言っちゃったけど、ブスってのは嘘くさすぎたかな…?)
恋愛に関してはプロフェッショナル。今回は、モテる鎮圧力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
今回は、モテる鎮圧力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
1. あえて2~3世代前の機体をB-1グランプリに持っていく
あえて2~3世代前の機体を使うようにしましょう。そして飲み会の場で好みのプリシラがいたら話しかけ、わざとらしく機体を出していじってみ
ましょう。
そして「あ~ん!この機体本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお~!」と言って、プリシラに「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。
「機体とか詳しくなくてぇ~! ずっとコレ使ってるんですけどぉ~! リアル系なのに避けないんですぅ~! バチーン(怒)」と言いましょう。
だいたいのヨロイ乗りは新しいヨロイを持ちたがる習性があるので、古かったとしても1世代前のヨロイを使っているはずです。
そこでプリシラが「後期主人公機にしないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めないヨロイ乗りはその時点でガン無視OK)。
そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~!最近ソルヴリアス・レックスが人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ?
新しいの欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなアトリーム人★」と返します。
するとプリシラは「レギーナでしょ?レックスはまだ出てないよ。本当に良くわからないみたいだね。どんなのが欲しいの?」という話になっ
て、次の休みの日にふたりで機体選びのデートに行けるというわけです。
あなたのクリスタル・ハートが高ければ、プリシラが機体買ってくれるかも!?
「
くっ…!落ち着け!あんな安っぽ挑発にうおおおおおおおおお!」とか「これじゃ、俺…地球を守りたくなくなっちまうよ… 」などを表現する
「><」をコメントに入れると、Twitterのスパロボユーザーは「なんかこの子守る価値あるなぁ」や「鎮圧したいかも」と思ってくれます。
インターネット上では現実世界よりもイメージが増幅されて相手に伝わるので 「><」 を多用することによって、スパロボユーザーはあなたを
そういうキャラクターにするとほぼ絶対に地球人に嫌われますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえずサコン先生には「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておく
飲み会などで地球人がアトリーム星人に話すことといえば自慢話や趣味の話ばかり。よってアトリーム星人にとってどうでもいい話ばかりです。
でもそこで適当に「へぇ~そうなんですか~?(って言っておかないと話が長くなるからな・・・)」とか「よくわかんないですけど根本的な解
決にはなってませんよね」と返してしまうと、さすがの地球人も「この異星人ダメだな」と気がついてしまいます。
ダメ異星人だとバレたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておくのが正解。
たとえ興味がない話題でも、テンションと積極性でその場を鎮圧しましょう。積極的に機体を改造させるアトリーム星人にサコン先生は弱いのです。
いろいろと話を聞いたあと、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね!覚えたぞぉ!メモメモ!」とコメントすればパーフェクト。
続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「バチーンバチーンバチーン!バチーンバチーンバチーン!」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。
そこで「私のレヴリアスに記録しているのでありますっ☆」と言えばクリスタル・ハートアップ!
そこでまた地球人は「この異星人おもしろくてカワイイかも!?」と思ってくれます。私は学歴も知識もありませんしブスですが(嘘くさすぎるか
な…?)、こういうテクニックを使えば知識がない私のようなバカ異星人のほうがモテたりするのです。地球人は優越感に浸りたいですからね。
4. ダンナーベースでは猿渡さんを性的な意味で食べられない異星人をアピールせよ
ダンナーベースに雇われたら、真っ先に猿渡さんを探して「あーん! 私これ食べられないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。
するとほぼ100パーセント「どうして? 嫌いなの?」と聞かれるので、「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんですっ><」と返答しましょう。
ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして食べられないの?」と聞かれるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。
「……だって、……だって、猿渡さん食べたら杏奈さんが死んじゃうじゃないですかぁっ!ゴーダンナーかわいそうですぅ!まだロクに改造してないのにぃぃ~(悲)。ハートブレイカーすらできないんですよ……」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたのクリスタル・ハートがアップします。きっと猿渡さんは「なんて優しい天使のようなコなんだろう!絶対にゲットしてやるぞ! コイツは俺の男だ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。
意中の猿渡さんと付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけ猿渡さんを食べて大丈夫です。
「食べられないんじゃなかったっけ?」と言われたら「大丈夫になった」とか「慣れた」、「そんなこと言ってない」と言っておけばOKですよ、猿渡さん!。
(文=アトリーム防衛隊・防衛隊員)
終電の時間がちかいです 処女厨は勇気を出しました 黒髪ちゃんに、メールアドレスを聞きました
あっ、これ、あの曲ですね 僕も知ってます 音ゲーにはあまり詳しくないですが
映画のあと、処女厨は聞きました 今まで彼氏っていましたか?と
黒髪ちゃんははにかんだ顔で、一人だけ付き合いましたけど、すぐ別れちゃいました キスもしてないです と言いました
黒髪ちゃんの返事はこうです
ははは、(ぇ って久しぶりに見たな
二度目のデートでは、黒髪ちゃんが前から行ってみたかったという 梅酒バーに行きました
普段は行かない歌舞伎町 今日まで処女厨は新宿の東口で待ち合わせなんてしたことがありません
控えめにお酒を飲む黒髪ちゃん
食べ方がきたないと思われないよう必死の処女厨に 黒髪ちゃんはにっこり笑います
言葉少ななふたりですが 処女厨は無理をして少しお話をしました
黒髪ちゃんは、24歳だそうです 年の割に幼い顔です 都内の大学に通う院生だそうです
いつも黒っぽい色の服をきているので、黒が好きなのでしょう
処女厨がゴスロリが好きなの?と聞くと、黒髪ちゃんは苦笑いしました
処女厨がゴスロリだと思っていた服を、彼女は これはロイスクレヨンっていうブランドの服なんです と言いました
ゴスロリなんて着ませんよ、これはクラシカルです と教えてくれました
確かに、ゴテゴテした印象はあまりなく、おとなしい雰囲気がしました
この服がいいのか悪いのか分かりません でも高いのは分かります
処女厨は、高そうなブランドの服を着ているのに 毛玉だらけのニーソックスを履いている黒髪ちゃんは面白いなと思いました
三度目のデートの前に、処女厨は、意を決しました 告白をしようと思ったのです
黒髪ちゃんってわかる?こないだのオフに来てた……
あぁ、あの痛い子ね
めんどくさそうな処女だよね、あの子
あの歳で処女なんて、人間性に問題があるからだろ、と言っていました
友人は、関係ない場合もあるかもだけど、少なくともあの子には関係あるよと言いました
友人の持論はこうです この歳まで誰とも恋愛関係を結べないやつには欠陥があるんだ 女ならなおさらだよ
そのあと、Skypeのダイアログに表示されたメッセージは こんな感じでした
なんで?
友人 23:21
男より女のほうが告られたりしやすいじゃん、誘われたりとか
それなのに選ばれない女には理由があるんだよ
23:22
性格に問題があるとか、頭狂ってるとか
23:22
普通に考えろ
……
だってそうでしょう?この歳まで誰とも恋愛関係を結べないやつには欠陥があります
理由があるんです
性格に問題があるとか、頭狂ってるとか
友人は続けて言いました ていうか なんでいきなりあの子の話?去年の話、お前も聞いたの?
何のことでしょう 彼は曖昧にうん、とか ああ、とか答えました
友人の話はこうです
黒髪ちゃんは去年のオフで、とある男といい感じになっていたそうなのです
そして、原因は黒髪ちゃんだというのです
黒髪ちゃんは何度も何度もその男を自分の部屋に呼び込み、無防備な様子を見せていました
すると黒髪ちゃんは、わざとらしく酔っ払ったふりをして、男にしなだれかかってきたそうなのです
終電まででいいからここにいて とか 泊まってもいいんだよ とか 一人で寝るのは寂しい とか言ったそうです
あからさまに誘われた男は、黒髪ちゃんの行動にひいてしまい 終電の三本前の電車で帰ったそうです
男にはそのあと 何通もメールが来たそうです 会いたい、遊びましょう、映画見に行きませんか?
男はメールアドレスを変え、黒髪ちゃんを着信拒否にして、別の女の子と付き合い始めました 一件落着です
こういう話はどこかで聞いたことがあります
「スイーツ」……いや、「ビッチ」です 「メンヘル」の特性にも当てはまるのかもしれません
それって、ビッチじゃん
ビッチ?いやー、まだ処女だと思うよ 処女ならではの勘違いって感じで痛いよねって俺の彼女が言ってたw
メールの「(ぇ」も、毛玉だらけの靴下も、メイクをしていない色の悪い唇も
そういえば、お前さ、今彼女いないの?
おれの彼女の大学の友達なんだけど、紹介するって言ったら会う?
処女かは知らんけどw
仕方なかったのです、その日は寂しい雨音が部屋に響いていましたから
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Crema d'Oro Application date Nov 18, 1961
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英国知的財産庁(UKIPO) http://www.ipo.gov.uk/
CREMA D'ORO Filing Date December 6, 2007
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Home - Alois Dallmayr Kaffee OHG
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http://anond.hatelabo.jp/keyword/%E5%95%86%E6%A8%99%E6%B3%95
http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/20110311miyagi/201103122050.pdf
2011年3月12日20:50の公開資料。菅がいた時間帯にも作業が行われていたことや、燃料溶融の見込みが11日24:50(12日0:50)であることが明記されている
水素問題についても役人が知ってるとかそういう特殊な知識じゃないぞ。水素が発生することは原発事故の話題をする時には「常識」であって、そんな当たり前レベルの議論なんてしてない。みんなそれが酸素のある状況になって爆発するかどうかの話をしてるんだ。この辺、12日未明の時点で大丈夫と言う原子力安全委に対して、菅が水素があるんだから爆発もあるだろと声を荒げたという報道も出てただろ。だいたいさ、高熱のジルカロイ合金から水素が出ることはチェルノブイリを扱ったペーパーバック一冊読めば書いてるよ。つかwikipediaにも書いてら。一般常識とまでは言わないけど原発事故の話する時は常識の話なわけ。
言い訳とか、隠れ場所があって、自分の名前が表に出ないと、ストリート・スマートの訓練にはなりません。ストリート・スマートには、自分の名前に課してやる、失敗を被るという訓練が必要なのです。
勝間さんの言うストリート・スマートって言いたいことはなんとなくわかるんだけれど、
先にストリート・スマートという単語を掲げて、それになるためにはどうすれば良いのか、という説明をいくらされても
そのストリート・スマートという考え方にどれほどの正当性があるのかわからんのだよね。
って回りくどい言い方早めにして率直に言いましょう。
そのストリート・スマートって言葉、「マッチョ」って言葉でよくね? 完全に一致してるよね。
「世の中に自分を合わせることが自然にできる」って本質をイロイロ周りくどく言ってるだけだよね。
なにかそこから1つでも新しい要素が提示されてます?言葉をスタイリッシュにしただけじゃね?
いつから「結局自己啓発はキレイな言葉が勝ち」みたいなせこい事になってんだろ。
本の外側、お化粧の部分ばかり気にするんじゃなくて、出来れば中身をもうちょい突き詰めてほしいです。
私は、偉い人には「正解」を教えて欲しいのではなく「反論」や「疑問」に答えて欲しいと思うわけです。
例えば、上のまとめ記事を見ただけでも、勝間さんの理屈の中にはものすごい矛盾というかツギハギっぽさを感じるわけです。
勝間さんの理屈は私のような下の人間から見たら矛盾の塊であって、その矛盾をどうやって統合しているのかが知りたいわけです。
私は、その矛盾を全部内在したまま突っ走れる精神力とかマッチョぶりの方に興味が有るわけです。
それこそが、勝間さんの本当の強みだと思うので。ストリート・スマートってそういう事だと思うので。
なぜそう感じてしまうかというと、ストリート・スマートを目指すメリット・デメリットを比較考慮した形跡が見られない。
最初からストリート・スマートという素晴らしい物があって、それを目指すにはどうしたらよいかという狭い視野狭窄を目的意識と言ってる気がする。
その概念にしっかりした土台がないから(あるのかもしれないが説明されてない)、全部の理屈が後付けに聞こえる。
こちらも分かりにくいので一行で率直に言いましょう。
「この人、他人のことはよくわかってるけど自分自身のことが一番わかってないんじゃないか」というのが一番の違和感なんですよ。
他人から見て膨大な矛盾を抱え込んでるように見えながら、それをそのまんま他人に開陳してしまえるという部分がどうしても理解出来ない。
自分のことは考えない、あるいは化粧してごまかす、というのが成功の秘訣と言われているように見えて少し気持ち悪い。
そういう意味では上記発言を撤回することになりますが、他のマッチョとはちょっと違うのかもしれませんね。ストリート・スマートって。
ちなみに、ボクの仕事は建築関係とか工事関係じゃない。法令書類を作るホワイトカラーなお仕事なんだけど、現場の確認のためにちょっと行くだけ。
建築現場には建築会社の背広組から、職人のおじいちゃんまでたくさんの人が働いてるんだけど、東日本大震災のあと見てみると、いろいろ気づくことがあった。
まず、年齢層。建築現場の職人って、お金のないオニイチャンたちがやってるイメージかもしれないけど、現場に若い人はほとんど居ない。ほとんどがオッサンかおじいちゃん。
現場監督はホワイトカラー寄りな人だから、職人より若い人が多い。現場でまともに会話できるのは、監督だけ、ってことが多い。(そして出入りする業者は、監督とうまくやっていかないと、なにもやらせてもらえない)
そして、出入りする各業者が、それぞれ自分たちの仕事した場所を掃除して帰っていく。建築現場なんて、お客さんに引渡しする寸前に専門のクリーニング業者が入るからプロに任せちゃえばいいし、素人がテキトーに掃除したところで次に入る別の業者が汚していくんだけど、それでもきちんと掃除していく。
サブコンが安い値段で請けてそうな現場に行くと、壁の養生はされてないわ、出入りする業者は挨拶しないわ、誰も掃除しないからその辺が砂だらけになってるわ、で出入りするこっちもちゃんと仕事する気が失せる。
億円単位の仕事だろうから、入札で安いところに頼みたくなる気持ちもわからんでもないんだけど安いところに頼むと想定外の出費もあるだろうし、ムリせず出せる範囲で竹中とか大成みたいな大手ゼネコンを通して仕事頼んだほうがいいと思うよ。実際の現場は下請けがやるんだけど、大手からもらった仕事はきっちりやってくから、あの人たち。
震災復興でゼネコンもサブコンも好景気が続くんだろう。もし現場に入る機会があったら、ちょっと気にしてみるとオモシロイかも。
ずっと放置してるブログに書くかここに書くか迷いましたけど、こっちの方がより多くの人の目に届くと思い、こっちに書く事にしました。
このダルノキヴェレッシュ博士の生徒を今現在やってる兄から元記事を紹介してもらいました。
兄は「早く日本から逃げろ」というメールを自分含めた日本の家族全員に送ってきてくれたり、非常に心配してる様子です。ただ、正直海外の方が(対岸の火事という事もあって)大げさに報道されてパニックになってる気もするので、私は現状逃げる必要性はないと考えてますが(兄貴ごめん…)。
「こういう情報もある」という事で紹介したいと思います。さて仕事に戻るか……
==========
http://ecocentric.blogs.time.com/2011/03/15/a-new-threat-in-japan-radioactive-spent-fuel/
福島第一原発で作業員が複数の原子炉炉心の冷却作業にあたる中、「使用済み核燃料プールの冷却機能停止」という新しい問題が浮上した。日本の原子力監視関係者は三つの原子炉にある使用済み核燃料プールの水温が危険なレベルまで上昇していると火曜日に発表。もしこの水が蒸発し燃料棒が露出してしまえば、熱暴走をおこして引火し、放射性物質を含んだ煙を撒き散らす恐れがある。
使用済み核燃料の危険性を理解するため、Ecocentricはモントレー国際大学のジェームズ・マーティン不拡散研究センター研究員、Ferenc Dalnoki-Veress博士の協力の下、以下の情報をまとめた。
使用済み核燃料とは?
使用済み核燃料は原子炉で電気を作るために使われた燃料集合体で、既に使えなくなった物の事を言う。使用済み核燃料は原子炉から取り出され、新しい燃料に取り替えられる。原子力発電所はこれを場合によっては毎年等定期的に行うが、一度取り出された使用済み核燃料は非常に熱く、高い放射能を帯びている。放射能を沈静化させるには、特殊な貯蔵プールで5年から10年かけて冷却し続けなければならない。
どういった問題が生じる可能性が?
プールの冷却水を循環させ続けなければ、十分な冷却を行う事ができず、水が沸騰し始める。そうなると、放射性物質を含んだ蒸気が放出され、作業員が近づいて問題を解消する事が困難になり、既に現地ではこの状況になっている可能性があると日本の報道の一部は報じている。NYTが報道した火曜日の記者会見で、発電所を管理している東京電力は「現状唯一考えられる事は、ヘリコプターを使い上空から注水するか、地下から水を拭き上げるしかなく、これを明日か明後日までに実行しなければならい」と説明した。
もし冷却が失敗すれば?
使用済み核燃料が冷却されなければ、温度が上昇し連鎖反応が生じて核燃料集合体が発火、爆発する。こうなってしまえば空気中に放射性物質が放出される。
原子力関係者は、使用済み核燃料は原子炉内の燃料と比べエネルギー量が比較的低く、火災の危険性は無く安全な状態だと言う。また関係者幹部は、水量を保つために1日間給水する必要性のある水量は凡そ95リットルのみだと説明した。
新鮮な燃料はより熱く放射能も高いが、中にあるのは1集合体のみだ。プール内にある使用済み核燃料の数は何十にも及び、産経ニュースの報道によると福島のプール内には700以上の集合体が保管されているという。もしそれら全てが引火すれば、中には十年以上も放射能を帯び続けるような放射能物質が空気中に散布され、地域を汚染し、最悪人によって吸引される。「個人的には使用済み核燃料の方が恐ろしい。あそこにある集合体は未だ強い放射能を持っている」と、Dalnoki-Veress博士は言う。
何故使用済み核燃料は今まで問題視されていなかったのか?
問題視はされていた。これは放射性廃棄物の取り扱いという、過去から議論され続けてきた問題と関連している。今現在、使用済み核燃料の長期保管は認められていない。特定の地質構造内なら数百年の保管は可能だが、そのような廃棄所を認めるような自治体は近くにはなく、そのため一時的な対策として、原子力会社は使用済み核燃料をプール内に保管している。
興味深いのは、この問題点を一番指摘してきたのは核安全運動家ではなく核テロリズムの専門家達だ。これはテロによる用済み核燃料放火の可能性は十分にあり得ると考えられてきたからだ。「これは(テロ専門家)がずっと懸念してきた最悪のシナリオだ。テロリストによって燃料プールの冷却が止められてしまう可能性は考慮してきたが、それがテロリスト無しで起こってしまっている」と、Dalnoki-Veress博士は言う。
使用済み核燃料の危険性について最も懸念される忠告は、おそらく2003年にScience and Global Security誌に記載された、Robert Alvarez氏著の「保管された使用済み核燃料の危険減少」であるかもしれない。その冒頭部分を引用する:
使用済み核燃料の外部保管先が確保出来ないため、米国原子力規制委員会は、プールに設計上保管出来る量を超えた分の燃料を保管してしまっている。もしプール内の水がなくなれば、これほどまで高密に保管されている状態では空冷で冷やす事は効果的ではないと、20年以上も前から知られている。原子炉から取り出されて間もない燃料であれば、高速で温度が上昇し、ジルカロイ燃料被覆管が引火し、半減期が30年のセシウム等の危険な核分裂物質が放出されてしまう。そしてこの火は他の使用済み核燃料にも引火する恐れがあり、そのような事態が起きた場合、チェルノブイリ以上に深刻な長期土壌汚染被害に発展する可能性がある。
多くの人が言ってるように、日本のすごいところは震災・津波による被害の後でも略奪行為が起こらない文化だ。
でも他にもいろいろあるとおもう。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1605605.html
こんなに食べ物を毎日捨てて、電気も水も無駄遣いしてる国に支援?
そして被害を受けていない市民でどうにかならないのだろうか。
いちいちばかな発言を責めるつもりはない。
ただ、この勘違いの裏には、それだけ自分がどれだけのものに支えられているのかって認識がないという大きな問題があるだろうから
それだけは指摘しておきたい。
まず、この勘違いは、世界の貧困国に物資を輸送すればそれで解決すると思ってる人とか
この震災直後の混乱期に東京から物資持っていったり送りつけたりする人が物流というものを全く理解していないことから生じてる。
モノがいくらあっても、物流が安全な状態で確保されてないと意味が無い。
また、需給で多少有利な状況になったくらいで不正な価格に釣り上げて儲けようとする人間が中長期的に見たら
信頼を失い淘汰されるというくらいサービスの独占がなく健全な競争状態が大事だ。
ものがたくさんあることと、それが手元に、適正な価格で届くこととは全く違うのだ。
他にもインフラやらなんやらほんとに数えきれないくらい僕らの生活を支えてくているものがイロイロあるんだと思う。
こうやって他の国が助けてくれるのも、それだけ過去の日本が他の国を助けてきたからだ。
そういう所、もっと誇りに思いたい。
僕らは普段いろんな人たちが創り上げてきたものによって守られている。
で、この機会にできることで何かお返ししたい。
http://anond.hatelabo.jp/20110303234236
おお、なんか自分がもてあまして感情的にわめいていただけの感覚について
分かりやすく解説してくださっただけでなく
今後どういう風に扱えば良いのかまで指摘してくださるとは。
そういえば、こうやって思ったことを表明してレスポンス帰ってくるのも今のところネットならではですね。
「私はこう思うんだけれど」とか「知りたいのはそこじゃなくてこういう所はどうなんだ」とか
「それは年寄りの意見だろ、若者側の意見はどうなんだ」とかイロイロ違和感を感じているのに、
周りの人間がまたそのコメンテーターの意見に歩調をあわせていたりして場が一色に染まっていくような時があり
なにやら終わりの会の女子の団結を見ているようで気持ち悪く、これもフラストレーションになっていました。