はてなキーワード: はまっているとは
帰宅後、寝る前にも携帯を手に取る鈴木さんは、ゲームの武将の優しい言葉に気持がほぐれる。「現実の男性はそこまで甘い言葉を掛けてくれない」。それが、鈴木さんがゲームに夢中になる理由のようだ。
グリーのマーケティング担当の木村哲哉氏は「女性向け恋愛ゲームというのはひとつの大きなジャンルとして確立されている」と話す。グリーが提供するソーシャルゲームのうち、約1割が女性向け恋愛ゲームだという。
第一生命経済研究所の永浜利広主席エコノミストは、「今まで、ゲームの対象は男性だったが、市場拡大に女性開拓は不可避。男性の草食化などで現実の恋愛を経験できず、女性が恋愛ゲームにはまっているのではないか」と指摘した。
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-LRSYLQ07SXKX01.html
例えば、iモードのメニューリストに所属する恋愛ゲームサイトだけを取り上げてみても、2009年7月現在で101のメニュー存在する。iモードのゲームサイトが全体で約700であることから、今や7つに1つが恋愛ゲームである。(中略)しかも、この内80%が女性を対象としているゲームであり、さらに毎月3〜5サイト程度の割合で拡大傾向にある。この動きはこれからも続いていきそうだ。
女性向け恋愛ゲームが何であるか。それは「女性の願望を体感させるためのメディア」であると言ってよいだろう。部活のマネージャーを務めてキャプテンと恋に落ちたい。修学旅行で憧れの男子に告白されたい。芸能人との秘密のスキャンダルを暴かれたい。そんな女性であれば誰しもが一度は夢見たであろう体験を、今最も手軽に味あわせてくれるコンテンツこそが、これらモバイルの女性向け恋愛ゲームなのである。
http://japan.cnet.com/sp/mobile_internet2009/20397710/
性的描写が激しいTL(ティーンズラブ)や 、男性同士の性的描写まで盛り込まれたBL(ボーイズラブ)などのエッチなコミックが、全体の売り上げの約80%を占めているのだ!
http://magazine.gow.asia/life/column_details.php?column_uid=00000633
「男が恋愛市場から撤退することで、残された女どもを苦しめてやる!」と思ってもそうはならないでしょう。
事の発端は同僚。
彼が最近、Wという出会い系サイトを始めたらしい。詳しい仕組みはわからないが、つまりは金を払う/貰うのでヤリましょうという事らしい。
彼が何で風俗に行かずにこの出会い系を使ってるがわからないが、時折会話で「昨日はこんな人と」と出てくるので彼ははまっているようだった。
「この前、ハメ撮りしちゃってさー」といつもの報告が入った。どうやら相当気に入ったらしい。
これはいつの話だ?と聞くと、ちょうどその知人から「嫁が友達と一泊している」という日と一致した。
いや、今でも仲が良いのかもしれない。
お小遣い稼ぎ、のつもりだったのだと思ってる。
自分も風俗に行くから、何も言えない所ではあったが少し意識が変わった。
自分が金を払い、性欲処理するのと
自分が金を貰い、性欲処理させるのとでは
何か似て非なるモノな気がして……。
これは自分を棚上げしすぎかな?
1.やたらプライドが高い。
2.やたら理想が高い。
3.女を見る基準が外見しかない。
女のことがよくわからないしわかろうともしないため、外見でしか判断できない。
さらに理想も高いからアイドルみたいな子しか目に入らなかったりする。
プライドが高いからか、自分から動いてメルアドを聞いたり、話しかけることすらしない。
向こうから話しかけて、メルアドを聞いてくれて、セックスに誘ってくれるのを待っている。
この世にそんな女は存在しない。
例えばこういう記事を見て自分が当てはまっていると気づいても、決してそれを変えようとはしない。
> 「君の若い力で会社を変えてくれ」とかいう言葉に騙されずに海外に出て自分の力を試せ。
OK.
では、次のクエスチョンが浮かぶ。その前に前提の話をする。
いわゆる社畜は日本企業特有のもの、と指摘されがちだが、ゴールドマン・サックスやマッキンゼーでは激務中の激務のはずだ。
霞が関、GS、Mckといったエリートが集まるところは、朝9時から朝5時まで働く不思議なところだ。
その命題を唱える海外勤務経験者が日本で言うこところの一般職勤務だとしたら、日本の総合職と海外の一般職を比較していることになる。
でかい会社に自浄能力はない。そう、グーグルも官僚主義的になってきたという。HPはIBMの真似事をしようとしてグダグダだ。
もちろん、オリンパス・大王製紙・東京電力は3社だけの企業文化ではなく、日本企業全部に当てはまっているものの、事件として顕在化していないだけに見える。
でかい企業は、海外MBAの派遣が多かった。が、海外MBA帰りは日本企業に歓迎されなかったと聞く。
日本にアメリカ流のマネジメントが適用できなかったというわけだ。
『「クリエイティブ人材として期待された人間」が行き場を失っている状態』は日本特有なのか。
そうでないとすれば、
『海外に行け』のその行き先は?たとえば、シリコンバレーのベンチャー?
とにかく、海外に行けばいいもんじゃないと思う。だって、海外にも大企業病はあるもの。かといって、中小企業はぶっ潰れかねないもの。
(本来なら丁寧語で書くべきだが、書き言葉にて思考展開する私にとって、丁寧語に変換することは私の思考を妨げるので書き言葉にて失礼。)
日本の「早期」加盟には反対かなり多いよ、アメリカ。結構ここ勘違いしてる人が多い気がする。
何故かというと、アメリカ自身もまだ交渉中で例外扱いを強く求めてる段階なんだ。今の時点で日本が交渉に入ってくるとアメリカの言い分に便乗してコメも例外にしろと言い出すのが目に見えてるでしょ。今は構図的にニュージーランドvsアメリカとニュージーランドvs日本の2本立てみたいな形になっている。この状態ではアメリカが自分の交渉で墓穴掘りたくないので日本の例外要求に対してあまり強くは言えない。
TPP推進派が早期加盟したがってるのもアメリカの例外要求に便乗したいってのも大きい。
逆にアメリカがTPPを完全に掌握してしまった後に日本が交渉を開始するなら、その交渉はアメリカvs日本になる。その場合、アメリカは砂糖などの例外扱いは既に既決事項なわけだから「砂糖だけ例外。コメは駄目」と言ってしまえる。
つまりアメリカにとって最も理想的なのは、アメリカがTPPを掌握した後にノコノコ日本が出てくること。アメリカのTPP掌握前に日本が出てくるのはちょっと時期尚早なんだ。
ところが日本の立場で考えると、どうせTPPに加盟するなら例外要求が一番通る時期に加盟するのが望ましい。だから少なくとも民主党は、今すぐ加盟交渉に入るか、ずっと加盟しないか、二択で割れているわけ。後から加盟するのは日本から見れば問題先送りした挙げ句ドツボにはまっている状態なのでこのチョイスは無し。
このことはアメリカだって世論はともかく政府も分かっている。で、アメリカの立場で言えば、TPPは日本にモノを売りたいというのはあるんだけど、もっと重要な戦略目標として中国包囲網を作るというのがある。このためアメリカ視点で日本の加盟を考えると、ベストはもたもた加盟、まあまあ良いのがすぐに加盟、圧倒的に悪いのがずっと加盟しない、なわけだ。
アメリカでは日本が色々例外作るならアメリカもTPPなんて加盟すべきでないなんて過激な世論が根強い。だってアメリカのTPP賛成派はニュージーランドにモノ売ることをアテにしてるわけではなく日本が例外無しで加盟することを前提として賛成してるんだから。対中包囲網を作るという観点で言えば多少の例外は折り合っても良いものなんだけど、世論がその辺馬鹿なのは日本もアメリカも同じ。アメリカ政府もTPP推進段階でバラ色なことを国民に言い過ぎたってのもある。
稲中~グリーンヒルまで続いたギャグ路線を捨て、こうも一貫して
「幸せな日常は薄皮一枚、表裏一体で理不尽な不幸に落とされる」
を描き続けている理由を考えてみた
答えは分かりやすい所に書いてあった
それは、わにとかげぎすの最後のセリフ「富岡さんのような、寂しい時は寂しいと言える人間になりたい」から読み取れる
『自分に正直な人間は幸せになれるし、他人を幸せにもできる』というメッセージ
ひいては『だから、他人との違っていてもひねくれず、正直に生きろ』って事かなあ、と思った
一番わかりやすいのは、2ちゃんでもかなりネタにされている「冴えない主人公に、突然巨乳ロン毛の美人惚れる」設定だが、実わかりやすい幸せの形と言える
実はこの設定、主人公だけではなく大概の主要登場人物にもこの法則は当てはまっている
(例でいえばグリーンヒルのリーダー、ヒメノア~ルの安藤とか)
上記人物の共通項として、社会からズレていたり劣っていたりで、滑稽に見えるが、自分自信を隠そうとせず、常にさらけ出し、真っ当に生きている人物、という点が当てはまる
対して、妙にひねた目線で世を見下していたり、暴走して犯罪まで手を染める人物は、結果的に不幸な結末を迎えるケースが多い
この作者、ヒミズ以降の評判は正直良いとは言えず、ギャグ路線に戻って欲しいという声は多い
他の感想を見ても、何が描きたいかよくわからず奇をてらっているだけ的な意見もよくみられる
たしかに、単なる打ち切りによる尺足らずなのか、敢えて説明していないかどうかは不明だが、複線未回収だったり、唐突に終わる事はよくある
しかし、あの独特なダーティ-さは他の作品ではあまり見られず、これはこれで非常におもしろいので、個人的に次回作も期待している
(というか、個人的にはヒミズ以降の方が好きだ)
とりあえず、次回も取っつきにくい内容になるかもしれないが、古谷作品というカテゴリで一貫している共通項を見つけられれば、感想もだいぶ変わってくるんじゃないかと思った
柳原可奈子みたいなおでぶの女の人が、電車のはじっこの席に座ってガムを噛んでいた。
そこへ照英みたいなガッチリした長身の男性が、ベビーカー押して乗車して来て、柳原さんの近くへ来た。
男がベビーカーか。珍しいな。イクメンってやつか?と思ってみんなさりげなく注目。
柳原さん「席かわりましょうか?」と合図するも、照英さん断って出入り口付近に立つ。
ベビーカーの中の赤ちゃんと柳原さんが軽く向き合うような感じになる。
柳原さんは噛んでいたガムをぷくーーーっと膨らませはじめた。
つぶれてはまた膨らまし、つぶれてはまた膨らまし。
照英さん照れ笑い。
やがて次の駅について、「ごめんね、バイバイね」といって柳原さんは降りていった。
私もそこで降りた。
妹が既婚男性との不倫にはまっていることを知った。いわゆるプリンちゃんだ。ショックだったが彼女の心理が知りたくて、ネットで「不倫」をキーワードにヒットするものを片っ端から読み漁った。
なんと生々しい世界だ!!
俺はもう三十路だが、この年まで二股や不倫とは無縁に過ごしてきた。中学生のような一途な恋愛しかしたことがない。初めての相手とそのまま結婚した。もちろん小説やドラマで汚い設定のものには親しんでいる。しかしそれは「お話」としか感じない。そこらのおっちゃんおばちゃん兄さん姉さんがパコパコやりまくっているなんて、頭ではわかるが実感がなかった。
不倫まとめ、不倫ノートブックは残らず読破した。2chの浮気・不倫板を毎日チェックしている。かなりブックマークが溜まった。隠語・用語はお手の物。ばれたときの慰謝料や和解条件の相場も知っている。不倫に走る男・女の特徴、行動パターンが見えてきた。
妹の心理が「理解」できるようになったが、自分がひどく人間として汚れてしまったように思う。もう抜け出せない。不倫話がもたらす暗い興奮を求めて、今日も俺は「不倫」をキーワードに検索する。
増田はもし将来子供ができたら、子供をひきこもりにしてしまいかねないタイプだ。
たぶん、増田は無意識のうちに子供を自分の思い描くレールに乗せようとするだろう。
「小学校→中学校→『まともな』高校→『まともな』大学→『まともな』会社」というレールに。
そして、自分の子供が少しでもレールから外れようものなら、子供を全否定するだろう。例えば、子供が高卒フリーターとかになろうものなら。
こういう親ほど子供をひきこもりにしてしまいやすく、子供のひきこもりを長引かせる原因になる。
増田は善人じゃないよ。ただ単に自分のことを善人だと思いたいだけの人。
増田は、根っからの思いやりの結果善人になっているタイプじゃない。他人から否定的な態度をとられるのが怖いから善人をやっているタイプ。
こういう人が親になると、自分のことを良い親だと思いたいだけの親になるんだよね。
子供に「自分に対して否定的な態度を取るな。自分を良い親として扱え」という有言無言の圧力をかける。
自分が良かれと思ってしたことが子供にとって悪かったことでも、それを絶対に認めようとしないで、自分はあくまでも子供を心配する良い親で、自分は当たり前の正しいことを言っているだけで、それに従わない子供が悪いんだと思う親になる。
子供が少しでも他人に迷惑をかけようものなら、子供の社会性を育てるために叱るのではなく、「子供がかけた迷惑=自分がかけた迷惑」と思い込んで、自分が他人に嫌われる恐怖から、子供を必要以上に怒る。
増田は「人間はこう生きるべき」という思い込みが強すぎる。型にはまることで安心するタイプ。
型にはまっている間は、「自分は間違ってない。自分は善人だ。自分は正しい人生を歩んでいる」と思えるから。それが優越感になる。
だから増田は、「人生テキトーに後先考えず生きてバイトとかで食ってる人」や「暴力的な夫に耐えかねてバツイチになった女」など、人生を間違えてしまった人を見下す。(本当にその人が間違いなのかどうかは、表層を見ただけではわからないのだが、増田の型に当てはまらない人は、増田にとっては自動的に間違いの人になる)
それは、間違ってしまうことが怖いから。自分は間違ってしまっても立ち直る力がないと、どこかでわかっているから。
ひたすら型にはまることで「自分はああいう人とは違うから大丈夫。自分はああはならない」と呪文を唱える。
本当は型にはまっていても間違う時は間違うのに。そして、間違ったときに立ち直れることが大事なのに。
間違うことが怖いから、恋愛でもちょっと躓くとすぐ傷つく。どこにもない「恋愛の正解」「女の正解」という型を求める。
オタクであれば大なり小なり日本史の戦国時代や幕末にはまったことがあり、
言わばオタの基礎教養としてその辺の知識はある程度備わっているもんだと信じて疑わなかったんだが、
先日、その辺の知識がほぼ皆無と言う同属さんに出会い衝撃を受けた。
幕末は坂本龍馬がいろいろやって江戸幕府をやっつけたってレベル。
オタをやってる以上その辺の知識がないと困ることもあるだろうに、
なんでそこまで触れずに来られたのか気になって聞いてみると、
「別にそんな常識でもないこと、知らなくて当然じゃないか」と怒られてしまった。
それでいてその人のはまっている作品は銀魂と戦国BASARAだというのだから訳がわからない。
確かに知らなくても生きていける類の知識ではあるけど、
どうも釈然としない。
追記
何件かツッコミを頂いて、自分が釈然としない部分が分かった気がする。
文中では戦国や幕末を例に挙げたけど、具体的にそのジャンルがどうこうではなくて、
自分が好きな作品の関連知識を仕入れようとしないことへの驚きだったんだと思う。
例えばエヴァの本放送当時、多くのオタが旧約聖書なんかの知識を仕入れようとしていた。
関連知識に興味を持たないってスタンスが自分の中ではかなり不可解だったんだ。
好きな作品の関連知識を自発的に仕入れるか否かが世代差なのかはさておき(今回の同族の方は同年代、アラサーだったけど)、
作品単体で満足できる人もいるんだという事を認識して、
これを書いた者です。http://anond.hatelabo.jp/20110707051147
人気のブックマークコメントに「一通り目を通してブクマはするけど、実際に勉強することはまずないっ!」と書かれていた。 はてぶで英語学習関連のエントリーをしたはいいけど、勉強しないで、ブックマークして満足しちゃう人は多いと思う。
今回はそれを防ぐために僕がどうしたか書く。
断言法という方法がある。ようするに叶えたいことを毎日十五回ノートに粛々と祈るように書くわけで、僕は「TOEIC990点取る」とノートに書き続けた。そんなことして何の意味があるんだよって思うかもしれないけど、全世界に宗教が存在し、人々の願いが祈られ続けられてきた。祈りが続けれたということは少なくとも願いが叶った者もいるということである。全く意味のないことを続けるほど人類はバカじゃない。神社に毎日参拝するということでもいいかもしれない。信仰心があるかは重要ではない。カルト宗教にはまっている奴らとか見ていると、救われたあと、つまり願いが叶ったあとに、教祖様に対する信仰心が生まれている。断言法の場合は教祖様を信じないで、自分自身を信じるということになる。最初は疑いでいい。それが実感として目標に近づいている時に自分を信じられるようになる。http://alfalfalfa.com/archives/13635.html
断言法の説明を見ると成功率は大体70%程度らしいが、これを100%に近い形で実現する方法を僕は見つけた。似た願いを複数すること、また、英語学習に関することを日記に書くことである。ちょっとした遊び心で「TOEIC990点取る」以外にも「彼女が出来る」「年収10億円になる」とか書いていた。願いが最初に叶ったものは「TOEIC990点取る」だったけど、「年収十億円」「彼女が出来る」は叶わなかった。僕はなぜこれが叶わなかったのか考えた。僕はノートに断言法を書いていたんだけど、それは日記帳と併用していて、日々のことを書いていた。今日は一時間勉強した、新宿で外人に道訊ねられたけど、けっこう答えられたとか、友達と遊んだとか、好きなロックバンドのライブに行ってきたとか他愛も無いことである。数ヶ月分眺めていて、英語力は上昇していると日々感じていたけど、全然モテないし、お金も増えないと思っていた。あれ?これ日記に書いてなくね?女の子のこととかお金のこととかほとんど書いていないのである。英語のことは書いてあるのに(笑)そう、実感として英語力は上がっているのは感じていた。これ何か関係あるんじゃね?
引き寄せの法則というのがあるんだけど、その方法の一つに自分の願いに関する事をとにかく日々記録していくというのがある。英語学習の場合だったら、一時間勉強したりとか、外国人に道を訊ねられたとか、この洋楽のバンド歌詞いいな、とかそんなんです。書いて行くとそれが実感になっていき願いが叶うというものである。http://netaatoz.blog21.fc2.com/blog-entry-1289.html http://www.amazon.co.jp
断言法も引き寄せの法則もというか自己啓発系のほとんどがカルト宗教並に胡散臭いんだけど、僕なりの解釈を見つけた。「戦略」(strategy)と「戦術」(tactics)という言葉ある。勘違いしている人も多そうなので、説明するが、戦略というのは目標や目的の事で、戦術とは戦略を成功させるための方法のことである。具体的には「対テロ戦争」という戦略があって、その「対テロ戦争」を成功させるためにイラクを攻撃したり、外国人が米国に入国する際は指紋が取られたり、テロ対策の部隊が編成されたりとかが戦術である。あんまり良い例じゃなかったかな。まあ、話を戻すと、僕の場合は「TOEIC990点を取る」という戦略があって、そのために戦術をどうするかって話だ。TOEICの参考書を解きまくる、洋楽を聴きまくるとか、まあ、それも立派な戦術だ。ただ、”この段階”では戦術が正しいかどうかは重要ではない。戦略達成のために自分自身を戦略に向けさせることが重要なんだ。洋楽や洋画が英語学習に向かないというのは説明したけど、僕自身がかつてやっていた勉強方法でもあった。それが自然に英語学習に向かないと気づき、別の手段(戦術)に移っていった。ただ、それに気づくためにはそれに向き合っていなければならない。それが日々日記を書く事に繋がる。間違った手段、正しい手段に関わらず、僕は英語学習に関する事を書き続けていた。それは僕を目標まで導いてくれる懐中電灯みたいなもんだ。例えば、宇宙飛行士になりたいという願いを叶えることは難しい。そこが引き寄せの法則などの自己啓発の批判の元なんだろうけど、むちゃくちゃなことを叶えることは難しいが、宇宙飛行士になることも不可能ではない。いきなり真っ暗闇の山中に放り込まれて、ここがどこだかわかりませんが、あそこにうっすら街の灯りが見えるでしょ。あそこ東京ですから頑張って行ってくださいと言われたら、大抵の人はどうするだろうか、灯りが東京だということは分かるが、足下は不安定で、足を一歩でも踏み出してみたら崖かもしれない、周りには野犬がいるかもしれない、ここでじっと救助を待っているほうがいいかもしれない、そんな風に考えるだろう。ただ、そこで、LEDの懐中電灯を持っていたらどうなる?見えなかった足下は見えるようになり、数十メートル離れた先ならなんとか把握出来るようになる。崖もないことを確認した。これなら東京まで帰れるんじゃないか?灯りに照らされた途端に思考はポジティブになる。国道まで出れば下ればいいし、あ、飴も一袋持っていたんだ。飲みかけの午後の紅茶もあった。なんとか帰るんじゃないんだろうかという実感を強める。それでも、山中が暗く危険に溢れているが、戦略を叶えるために、視界の先、足下、体力などの状況に合わせて、進め方を変えていくだろう。そして、進めば進む程に街の灯りは強くなっていき、帰れるという実感が増えていく。その実感を掴めるものだけが目標(戦略)を叶えることが出来る。懐中電灯や飴を始めとする様々な戦術と共にね。
話が長くなって恐縮だけど、話は戻って断言法で「年収十億円」「彼女が出来る」と書いていたのに叶わなかったのが分かったでしょうか。英語学習は様々な戦術を使い実感を得て目標に近づく度に、やる気が出て来た。「年収十億円」が叶わなかったのは僕自身がLEDの懐中電灯を持っていなかっため、戦略は持っていたが戦術は持っていなかったということになる。戦略を叶えるためには戦術が必要である。東京には帰りたいという戦略があっても戦術がないと帰れない。ただし、むちゃくちゃな非常識な願いほどLEDの懐中電灯のような強力な戦術を持つことは容易じゃない。宇宙飛行士になる、村上春樹のように世界的に有名作家になるとかである。それでも戦術を練り、それになれるという実感を持てば戦略を達成することは可能だろう。流石に僕は実感が得られないので無理ですが(笑)
「TOEIC990点取る」というのも英語に苦手意識がある方は非常識な戦略に思えるかもしれない。僕もそうだった。非常識だと感じるのを弱めるために断言法と引き寄せの法則を組み合わせたのを使った。実は「TOEIC990点取る」の他に、「海外で働く」というのも書いていた。残念ながらそちらはまだ叶っていないが、英語学習のモチベーションの上昇に繋がったんじゃないかと思っている。断言法に関しては、やる気増産装置のようだと考えている。英語学習者にありがちな挫折パターンとして「あの本いいんだー」「あのエントリー参考になる」「俺は外資系企業に勤める」とか思ってもロケット花火のようなもので急加速はするが、すぐに急降下し地面に落ちてしまう。断言法はある種のジンクスを作るようなもので、自身が「TOEIC990点取る」という目標に対する燃料を投下していくようなものである。不思議なことに、ジンクスというのはそういうものであると思うけど、断言法を三日もサボると急にやる気がなくなる。勉強するというジンクスを無くしてしまったからであろう。言わば、断言法はジンクスのない人にジンクスを作るための装置である。まあ、やる気は作れるもんだぜ?ってことです。さらに似た願いを書く事は燃料投下を倍増させることになるのでおそらく願いが叶う可能性は高くなるんじゃないのか。また、 知らず知らずの内にしてしまっていたが、英語に関するということ日記を書くということは方向性を定め戦術を作っていく作業であった。断言法でやる気を作り、引き寄せ日記で戦略に体を向けさせ、戦術を精査していく。
ちなみに「彼女が出来る」というのも年齢=童貞だった僕にとっては非常識な願いであったけど、これに気づいた後に「女友達が出来る」と書き加えて、日記に、今日は女性にこういう話がして受けていたとか、趣味の話が出来たとか、そういうことを書いていたら、彼女が出来た。いや、マジですよ。まじまじ。なんとなく、女の子と最近話す機会多いなーって思い始め(目標達成が見え始めている)、女友達も増えて、遊ぶ機会も増えていて、あの女の子とちょっと良い感じかなって思っていたら逆に告白された。ありえない。非常識過ぎると少し前の僕ならそう思うかもしれないが、そんな非常識は僕から消え去っていた。実感としてこういうことになるだろうと思い始めていた。
続きです。
僕は柴田大輔さんの映画にはまっているわけですが、周りの人はなかなか理解してくれません。。。トホホ・・・
まあ、地味で個性的なので当然かもしれませんが、このブログでは、柴田大輔論を含め、気軽に日記でも書いていこうと思っています。
最近は、暑い日が続いていますが、何とか耐えている今日この頃です。
おそらく監督も炎天下の中、撮影に走り回っているのでは?と思っていますが、早く新作が見てみたいものです。
DVDの予約も入れないといけないし、なんだかバタバタしていますが、柴田監督の作品を見るのを楽しみにしているのです。
もっともCMが先だったので、映画だけでなく、広告作品やCMも結構見ていますよ。お気に入りだらけなんです^^
さて、いっちょ行きますか!
http://cinema-j.com/houga/?taxonomy=post_tag&term=%E6%9F%B4%E7%94%B0%E5%A4%A7%E8%BC%94
主役の大統領暗殺犯を追う二人の刑事――すぐキレる血の気の多い早川刑事に宮川大輔、美人にめっぽう弱い番場刑事にケンドーコバヤシ!・・・
・バカバカしいことを大真面目に!『さらば愛しの大統領』柴田大輔監督&世界のナベアツインタビュー
http://cinetri.jp/interview/saraba_interview/
監督は「3でアホになる」という衝撃のギャグを世に送り出し、放送作家としても活躍する世界のナベアツと、NOVAウサギやジョージアなどのCMを手掛けてきたクリエイター柴田大輔・・・
・世界のナベアツが長編映画監督デビュー! 大阪府が独立国家を宣言!? の疑問
http://aromacan.blog118.fc2.com/blog-entry-2108.html
ナベアツは「柴田大輔監督と共に、邦画史上『最もポップコーンとコーラに合う映画』を完成させることが出来ました。更には、・・・
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=10597
CM界で常に新しいものを贈り出す柴田大輔が世界のナベアツとタッグを組み、「これは映画なのか!?」と、これまでの映画体験を覆すほどの、とことん「笑い」を追求したオリジナル作品を作り上げた。・・・
http://blog.goo.ne.jp/tanmen_daisuki
フォトジャーナリストの柴田大輔さんは、2007年にエクアドルに暮らすアワ民族を中心としたコロンビア難民グループと出会い、彼らと交流を深めながら、難民としての困難な状況だけでなく・・・
柴田大輔(かずさDNA研究所・室長)の公演にて・・・21世紀はバイオテクノロジーの時代であると云われている。
医学の分野では、ヒトのゲノム塩基配列の解読が進められており、全体の概略が2000年6月に発表された。
・柴田大輔のページ
先日、これを読んでいて思った。
http://michaelsan.livedoor.biz/archives/51621646.html
サブカル女が好かれないのは、多分、認めてほしいオーラが出てるからじゃないのかと。
女性は「自分がかわいいと思うことをする」信念みたいなものを持って行動していると思う。
一歩ひいてみれば、目が異様にでかくなるメイクも、露出高めの服も、「花や草木から祝福されてる♥」的発想も、理解しがたい。
が、それをやっている本人達はいたって純粋にそれが「かわいい」と思っているからやっている。
そこには、「私は好きでやっている。文句言われても、これがいいと思うからやる」という潔さがある。
彼女たちのエネルギーのベクトルは常に内側から発散されどこまでもまっすぐ突き進んでいく。
それに対して、上であげられたサブカル女はというと、バックを求めてる感がする。
「漫画も本もけっこう読む私ってどう?」
いつも「どう?」という問いかけをしているように思える。
彼女たちが放ったエネルギーは、受け止め、きれいに返してくれる相手を探してまがりくねる。
「一眼レフ」や「抹茶スイーツ」「マニアックな漫画・映画・音楽」ではない。
それをたしなんでいる自分って好き→どう?という「認めてほしい」オーラがめんどくさいだけだ。
サブカル女が好かれるには、「認められるはず」という期待をしなくなればいい。
自信のない自分を隠すための趣味を持たず、「好きなこと」を探せばいい。
こんなことを書いている私も、抹茶スイーツ大好きだし、一眼レフで写真とるし、漫画も映画も好む(マニアックかどうかは他人が決めることなので分からない)。
ラーメンズも好きだ〜。
服装はZipperではないけれど、近い。森ガールちょい入りくらいだ。
自分がサブカル女と認めるくらい、好きな物が当てはまっている。
腹の底から大きな声で好きな物を言え、他人にどう思われようともかまわないくらい、
ジェンダーロールがどーのこーのという話が流行っている中でちょっと思った事。
ゲームを擬人化してゲームハード競争をパロった漫画だが、普通の少年バトル漫画としても読める内容で、Web漫画界では結構有名らしい。
(因みに作者は悔しいビクビクなエロ漫画で有名な人だが、これは全年齢)
その中にトーファイという女キャラ(スト2の擬人化キャラで、割とそのまんま、リュウ+豪鬼と言う感じの格闘家キャラ)がいる。
最近は彼女メインの話が続いていて、辛い過去が判明→その時のトラウマが救われる、と言う展開になっていたんだけども
ネットで感想を見るに「トーファイが女である意味がない。男にすれば良かったのに」と言う人が結構多い。
確かにトーファイは見た目も中性的、(やたら巨乳キャラが多い漫画にも関わらず)胸はあるけど目立つ程ではなく、お色気要素も皆無、
一人称は「俺」だけど、(性同一性障害とか名誉男性キャラにありがちな)「『私』なんて使いたくない!」と言うわざとらしい強調や
「女だけど男として・男らしく生きなければならなかった」的な設定も無く(ただナチュラルに「そういう性格・能力のキャラ」というだけ)
やはりありがちな「ボーイッシュだけど実は女の子らしいものが好き・憧れてる」的な設定も無く、
過去のトラウマも「女」である事とは関係なく、トラウマ解消のきっかけとなった男キャラと恋愛が芽生える訳でもなく、
他の見た目はそのままに胸だけ減らして「男」と言う設定にしても全然違和感もストーリー上の支障も無いキャラだけど、
女キャラには「女でなければならない」理由が必要なのか。
トーファイが女な理由は、単に作者が女キャラ描く方が好き(な人らしい。実際この漫画は女キャラがやたら多い)なだけだろうけど、
作者の趣味>読者ウケ、で良いWeb漫画だからこそのキャラだと思う。
商業漫画でこういう女キャラを思いつかない。商業作品の女キャラは、何かしら「女」である理由(見た目なり性格なり設定なり)がある。
逆に「男キャラだけど男である意味がない、女にしろ」と言われるキャラは、と考えたけどこちらも思いつかなかった。
(男の娘や「男だけど女らしい性格」が売りのキャラは「男である」事に物凄い意味がある)
それは結局「『敢えてジェンダーに逆らったキャラ』と言う設定で売るので無い限り、
そのキャラのジェンダーに従った性別にした方が人気が出る」からだろうけど。
実際トーファイも男読者が萌えるようなキャラではないし、男キャラにした方が女読者からの人気が出るだろうけど。
でもなー。
二次元(しかもリアリティが無いファンタジー世界が舞台の漫画)の中でくらい、
「女である意味が無い女」がもっと居てもいいじゃん、と思うんだけどなー。
需要が無いのか、やっぱり。
元増田とほぼ同じ状態だったと思う。
ちょうどustによる配信が終了した頃(震災発生から1週間後くらい)から落ち着いてきたので、ちょっと思い出しながら書く。
関東でも大きな揺れがあったあとしばらくして、いくつもの街が津波で壊滅してる映像が飛び込んできたときに何かスイッチが入った気がした。
それ以降、テレビの報道番組だけじゃなくて、ネット上でどんな反応が起きてるのかも食い入るように見続けた。
たいして英語力ないけど、英語圏のメディアの記事も読みまくった。国外でどう報道されているのか気になったからだ。
Twitterでは発言するのを控えた。というよりも、自分の感情を表現できなかった。
原発のトラブルが収束せず、誘発された別の地震が起きるかもしれないという恐怖感もあり、
とにかく情報を集めて何が起きてるのかをできるだけ正確に理解しないといけないと真っ先に思った。
具体的に被災者のために何かをしないといけないという衝動にかられてる人も多かったみたいだし、
かつて自分も新潟の震災の報道を見てて同じような状態になったことがある。
でも、今回は自分にできることは募金以外何も無いと割り切った上で、「見る」ことに集中した。
自分の興味・関心がある情報が大量に流れてくるとある種の快楽を感じる。
これは脳内麻薬による作用なので、人間に取ってごく自然な反応と言えると思う。
もし不謹慎だと他人から責められるとしたら、それはナンセンスだと思う。
ただし、その結果どのような行動をしたか、については別の話だけど。
そしてこれについて。
今の刺激に慣れてしまえば、あとは倦怠の日々が続くだけだ。聞くところによれば、計画停電は夏すぎまで続くのだという。面倒でたまらない。経済だって下降するだろう。そんななかで、いったいいつまで被害者の冥福を祈ったり、知らない土地の復興を祈ったりすればいいというのだ。原発の処理には数年かかるというじゃないか。2万人も死んだっていうじゃないか。それを忘れることなんて、できるわけないじゃないか。
冗談じゃない。もう何も楽しめない。もう何も楽しめない。
確かに爆発的に情報を浴びる期間は終わってしまったように思うけど、
これから世の中がどのように変わっていくか、についてはまだ始まったばかりに思える。
そして、震災の影響から何かが大きく変わるであろうことは確信している。
今回見て知ったことを別のところで役立てたい、とまでは言わないが、
俺は今後も、今何が起きているかをただ見続けると思う。
http://sankei.jp.msn.com/etc/news/110315/etc11031517370003-n1.htm
最近職場にやってきた割と偉い人(三十代独身男性)が東方Project作品はまっているらしく、デスクの上に霊夢のねんどろいどとかを置いたりしていた。ちなみにうちの職場はそういうのにかなり寛容。
で、昼休み時に若い女性社員達が「可愛いですね、何かのキャラクターですか?」と尋ねた時の偉い人の説明が以下。
(ギャルゲーですかと訊かれて)ギャルゲーじゃないよ。シューティングゲームのキャラクターだよ。
かぐや姫とかが敵として出てきたりするよ。
(買ってみようかと言い出した女性社員に対して)アマチュア集団が作ったゲームだから、(近所の)ビックカメラでは売ってないよ。よければ俺のを貸そうか?
…みたいな感じで昼休みの間彼女らと談笑していた。こういうやりとりが出来るか出来ないかが大きな違いなんだろうな…。
俺が個人的に興味深いと感じたのは、相手に訊かれない限り固有名詞を全く出さなかった事。
唯一「このキャラクター、名前何て言うんですか?」→「あーこれは博麗霊夢って言うんだよ」というやりとりだけ。なので彼女らは東方Projectの「と」の字も知らないままだけれども、偉い人の話術で興味だけはがっちりと持たされていた。
両親は経済能力がないのに子供を4人も作って家庭を持とうとするし、父は異様に愛想がないし、母は暴力的でカルト宗教にはまっている、今の言葉を借りればDVをする人間だった。
自分もおかしかった。友達を作ろうとせず、矛盾に満ちた言動を繰り返して計画性がない人間だった。知的障害とは方向性が違う、破綻した行動を取る障害を持った性格で、それが何だったのか今の自分でも言葉を当てはめる事ができない。自暴自棄という自覚もなかったから違うとは思う。
今はどうかというと、統合失調症の人が飲む精神安定剤、エビリファイを処方してもらって取り合えず落ち着いている。
この薬は、医者が「自分の判断で合った薬を言ってください。処方の判断材料にします」と問うて、感情には作用しなかったものの混乱が最も治まるという理由で俺が申告したものだ。
それでも過剰で病的な不安や悲しさに時折悩まされる事はある。そのための薬は現在処方してもらっていないし、効く物をいくつか経験したけど依存性があるものばかりだったから結局自制で何とかする事にした。
しかし自制といっても高が知れていて、収まるまで眠るか、散歩をしてボーっと何も考えず上の空になるしか方法がない。
俺はどうなってしまうんだろうか。この先も、今までの様に下らない野暮用に時間を割かれて自分のやりたい事もできずに一生を終えるんだろうか。
友人の家に遊びに行って、最近ハマっているという高額なジュースを飲ませてもらった。
その際の口ぶりに(健康によくてスポーツ選手の○○も飲んでるのよ、とか紹介でしか買えないのよ、とか)
なんとなくひっかかりを感じて、あとで家に帰って検索したらマルチな会社の商品だった。
あ~、この子もマルチかよ~。一流大学&院出てる頭のいい子なのに何でこういうものにひっかかってしまうのだ~、とショックだったが、
今のところ自分の胸の内に閉まっておく
(頭のよさっていろいろあるからこういう決めつけもよくないが)
・詳細は控えるが、金持ちな家庭環境的に、彼女が商品を売るほうの立場になることはないと思うこと、
・せっかく健康にいいからと買ってるわけだし本人は効果も感じているというのに「それはね…」とか水をさしても増田が変わり者扱いされるだけで彼女の考えは変わらないであろうこと、
(今までマルチ系商品にはまっている人と話ても説得の効果ないどころか逆に「親」になった人から売りつけられそうになること数回)
・ま、美味しくないからそのうち飽きるだろうこと
が理由。
いいことでありたい。いい社会であってほしい。思うけれど、具体的ないいことの像が結べない。
ならばわるいことを少なくしようと思う。悪いことが少なくなれば、相対的にいいことは増えていくだろうと考えるから。
でも、わるいことがわからなくなる。いや、わからないことはないと思うけれど、本当にそれを少なくしていこうとしていいのか疑問になる。あるいは、本当にそれが少なくできるのか。
違う、違う。そんなことを言いたいわけじゃない。飛躍するけれど、要するに、ぼくがまだ「どうして」病を患っていることに原因があるのだ。
どんなことに対しても、ふとしたときに「どうして」と思ってしまう。
どうして人を殺すことはだめなの?
どうして人の失敗を笑って楽しんでいられるの?
どうして僕は僕として生きているの?
対外的な現象を観察するために、人は数値を扱い始めた。つまりは自然科学であり、数学であり、ありとあらゆる現象に関する事柄だ。理系的な問題とでも言えばいいのか。それに対する回答は、世の中にたくさん転がっているんだろうと思う。
反対的に、内なる事柄、心とか、自己とか、正義とか、善悪とか、そういった国語的な問題。文系的な事柄について、回答はそんなに見つけられない。
違う。見つけられないことはないんだ。これもたくさん転がっているんだろうと思う。しかしながら、その回答が自分に当てはまっているような気がしないから考え込んでしまう。
結果的にそれが当てはまっていたとしても、考えずにはいられないのだ。
それが「どうして」病。厄介な、それでいて幼稚な病だ。
そういうものだから、とか、考えたところで仕方がない、とか、切り捨ててしまえれば良いのに、できない。
暇だからだし、贅沢だからだ。「どうして」病はとても贅沢な病なのだ。いや、それも違う。「どうして」病を患ったままでいることが贅沢なんだ。本当にとてもとても贅沢で、苦しい、馬鹿げた病気だ。
考えなければいいのだと思う。考えなくても生活に不具合はないし、考えたところで生活が良くなるとも限らない。
思想の問題であるんだ。僕だけ一人きりの世界に影響するしかないちっぽけな思想に対する問題。
愚にもつかないことを考え考え、嫌になり、嫌世的になって、自己嫌悪とナルシズムに浸って、一歩も前に踏み出すこともないまま一番最初の姿勢に戻る。
そんなことを何度も何度も繰り返して、どうなるのかもわからないまま今も生きていて、逃げたくなって、だらだらと惰性的に後退しているような、メインストリームから離れていくような、そんなどうしようもない生活でも、きっと僕は誰かから肯定してもらいたくて、あるいは否定されてもいいけれど、これからのことを決定付けてくれるようなことを、たとえ前に進めようが後ろに転落することになろうが、待っているだけで、なおかつその決定に対して心の底からは納得しないような、現状にも不満があるくせに行く末を決められることにも決めることにも不満を持つような、そんな足踏みばかりの現状。
呆れてしまう。きっとよくわかってもいない。誰かに聞いてほしいわけでもないけれど、形あるものとして、とにかく吐き出しておきたい。だから推敲はしない。読み直しもしない。書き捨てるのみだ。
最近、10数年前の韓国の音楽関係ビデオの整理を始めた。本数はたぶん100本弱。
10数年前なので、当然「韓流」とか「K-pop」という言葉はなく、マニアックなファンがパソコン通信や同人誌を通じて細々とつながっていたころで
お目当ての歌手や現地のファンに「日本のファンです。」といえば、それだけで印象づけられたほどである。
当時、CDやビデオを買いあさり、コンサートやイベントと聞けばすぐに韓国に行っていた私に対して、周りの反応は冷たいというよりは蔑んでいた。
自分自身がオタク入っていたこともあるだろうが、自分たちが全く知らない「何か」にはまっている人間をすぐに理解しろというのが無理な話である。
でも、そんな反応にひっかかることは一切なかった。別に他人がどう感じようが、自分が感動して、のめりこんで、遠い地に住む友人と語り合うだけで幸せだった。あれほど何かにのめりこんだことは二度とないだろうし、失ったものもいろいろあったが全く後悔していない。