はてなキーワード: 小浜市とは
大学でできた友達に勧められてバイクの免許をとった。ちょうど十年前の夏だった。当時住んでいた京都の右京区から仁和寺の前を通り、道の悪い国道を走ると福井県に抜けて小浜市にたどり着く。日本海を臨む砂浜でぼおっと時間を過ごして帰ることが堪らなく好きだった。
何がそんなにおもしろかったのかは今となってはわからない。道の途中にある当時ネットで殺伐広場と揶揄されていたバイクが集まる道の駅でタバコをよく吸った。皆無言でタバコを吸い、のどかな道の駅は雲が出たように煙り、時折誰かが空ぶかしして音をたてる以外に静かな山あいはこれから一人で海を眺めるという馬鹿馬鹿しいナルシズムやセンチメンタリズムを肯定してくれたように思った。
バイクの操作を覚えるにつれ道のりは楽しくなった。カーブがある。ブレーキ、シフトダウン、体の力を抜くとバイクが倒れる。スロットルを開いてバイクを起こす。繰り返すと海に着く。
海が好きだ。今でも海に行くのは好きだ。海のない土地で育ったからかもしれない。100km近く走って海に着いたときはいつでも高揚感があった。からからに干からびたヒトデや、ハングルのパッケージのペットボトルを足でつついたりして過ごす。
ある日砂浜でふと思った。今日、両親に海に連れて来てもらった回数を、自分で海に来た回数が上回ったんじゃないか。そう思った瞬間に、自分が大人になったと感じた。とても大切な瞬間だと思った。
時間や空間を点や線のように感じることができるだろうか。誰もが変化を振り返ることでしか感じることはできないんじゃないか。帰り道、そんなことを考えていた。バイクは燃焼という点の集まりをスムーズなパワーにして走った。
殺伐広場でタバコを吸い、海のない故郷のことを思った。どのように両親が自分を海に連れて行ってくれたかも、そのありがたさについても思った。
記憶の海は様々だ。両親から行ったと聞かされても覚えていないものもあった。ただ記憶の中でいつでも水をぼおっと眺めていた。記憶を深く辿る。様々な水辺とそこに住む人が作る風景を辿る。
記憶の中の海は半分くらい湖水浴のできる湖だった。完全に、大人になった瞬間なんて感じる間もなく逃している。
それがもう10年も前だ。30を過ぎた今も、いまだに大人になった気はしない。今日も子供のように振る舞ってしまった。上司の機嫌を取るのが嫌で、気が利かないように装おってしまった。そしてその場をやり過ごすラインを完全に越えた。
ここで完璧に取り繕えたら、本物の大人だと思った。そして、今日も大人になりそこねた。今日は糞みたいな日だ。でも、大人になるチャンスに触れた気がした。
北陸新幹線の敦賀・新大阪間のルートが、小浜・京都経由できまりそうと聞いて、もう日本は駄目かも、と思った。現在の日本の財政的窮状が見えていないバブル脳の老害がまだ政界に跳梁しているのか。
https://www.mlit.go.jp/common/001152043.pdf
舞鶴経由なんてもとより頭がおかしい。もともと無茶な小浜経由の影を薄くするために、わざとスケープゴートとしてむりやり候補にねじ込んだとしか思えない。
新大阪駅・京都駅間の人口密集地にもう一本、新幹線を作る?どれくらいのお金と時間がかかると思っているんだ?(資料では2.1兆円とあるが、とてもそれですむとは思えない)。新快速がバンバン走る中、どれくらいの需要があるんだ?しかも、既存の東海道新幹線と並走するんで、災害時の迂回ルートにもなりはしない。そして小浜市という人口3万の町のどこに、わざわざ迂回してまでも行かなければいけない巨大な旅客輸送量のニーズがあるんだ?それって、(米原ルートとの小浜ルートの建設費の差額の)1兆5千万の価値があるのか?国家予算が50兆円の時代の1兆5千億円の価値が分かってる?日本人の美徳の「もったいない」精神はこれだけ規模がでかいと忘れ去られるのか?
一方の中央新幹線の大阪延長は、国の融資支援による前倒しが決まっていて、現状では2038年開業予定になってる。北陸新幹線は、2023年春に敦賀まで開通予定で、その直後に着工しても、小浜ルートの工期15年だから、結局、開業時期は同じだ。
だとしたら、北陸新幹線は米原ルート(工期10年)にし、米原駅のホームを、東海道新幹線から北陸新幹線にドア・ツー・ドアで乗り換えられるように改造し、5年間は米原での乗り換えを我慢する。中央新幹線が開通し東海道新幹線の便数が激減する 2038 年から大阪からの米原経由・直通便を出すようにするのが、もっとも経済的に合理的だろう。
ソフト施策としても、たとえば米原での乗り換え時に、プラットフォームで隣の車両の移動するだけですむよう、指定席を車両単位でシンクロさせるとか、指定席特急券は特例で通しで買えるようにするとか、いくらでも施策は打てる。「JRの会社が違うから」などと言うのは、兆円単位の工費の違いに比べれば些細な差に過ぎない。
今の日本は高齢化が洒落にならない状況に深刻な状況に陥っていて、お金は少しでも多く、今後の高齢者を養う力を持つ若者を育てる教育と、国際的にお金を稼げる技術力の種を産む研究開発費に突っ込まなければいけない。そして2100年には人口は8千万人まで減少すると予測される中、地方から「撤退」して、生活資本整備は都市部に「集中」と「選択」をする政治的に難しい舵取りをしなければならない。
経済的にあまり効果がない土木工事には1円ですらお金を費やす余裕はない危機的状況なのだが、「北陸新幹線は小浜ルートで」などと寝呆けたことを言っている連中は本当に日本の現状がわかっているのだろうか?
米原ルートのもう一つの利点は、米原の北東側に、北陸新幹線と名古屋方面への短絡線を作れば、横浜・静岡・名古屋から北陸方面への新幹線移動も可能になる点だ。しかも安くできる。繰り返しになるけど、2038年に中央新幹線が大阪まで開通すれば、東海道新幹線はがら空きになる。それを有効活用し、災害時に迂回路としての役目を果たせるよう、メインルートから距離を離しておくのは、ものすごく重要だ。
なので、我々がすべきことは、2038年開通予定の中央新幹線を新大阪までしっかり期限内に完成させて、空いた東海道新幹線をすぐに北陸新幹線に転用できるよう、東海道新幹線と北陸新幹線の制御系統の共通化などソフト面での対策を、時間をかけてしっかりやっておくことに尽きる。
場合によれば測量・説明会運営・用地買収は政府や自治体が支援すれば、中央新幹線の開通はもっと早められる可能性もあるだろう。
これまでも、日本の鉄道の災害対策は「天災で路線にダメージが出たら、工事担当者が集中して復旧作業して、素早く再開させる」のが基本で、需要にまったく見合わない東海道・北陸・中央新幹線のトリプルネットワークの整備は筋が悪すぎる。どんな災害でも素早く状況を見て復旧ができるような人材の維持・育成こそ大切だ。
少しでも多くのお金は日本の未来を担う人的資源の育成に。土木事業で業界を潤すという考え方は早く捨てないと、日本に未来はない。最小限の投資で最大限の効果を実現するよう、願わくば、多くの関係者に再考をお願いしたいと思う。
https://sagaprise.jp/sagamatsuri/
> 日本三大松原のひとつ「虹の松原」や松のつく名産品、松のつく地名など、たくさんの松がある佐賀県唐津市を舞台に「松」つながりのコラボ企画が実現!
「松のつく名産品」って松露饅頭くらいなんじゃ……という感想を抱きつつも、それ以上に個人的に気になった「松のつく地名」
ということで、佐賀県で松のつく行政地名をピックアップしてみた。
以上。
……多いかあ?
ということで、ほぼ同じ人口規模で同じく日本三大松原「気比の松原」を擁する福井県の松のつく行政地名もピックアップ。
あわら市波松
あわら市松影
越前市行松町(1丁目~2丁目)
大野市松丸
鯖江市松成町
福井市松蔭町
福井市米松(1丁目~2丁目)
福井市米松町
以上。
「特別名誉市民」を検討=オバマ氏に祝福メール??福井・小浜市長
オバマ氏が米国の次期大統領に決まったことを受け、福井県小浜市の松崎晃治市長は5日、記者会見し、同氏に「特別名誉市民」の称号を贈ることを検討する意向を示した。
松崎市長は「心の中で応援していた。大変うれしい」と喜びを表現。「市としての『オバマ』も世界に発信していきたい」と述べた。
会見後、市長はワシントンの同氏事務所あてに、祝福の言葉とともに「訪日される際には、ぜひ小浜市にもお立ち寄りいただきたい」と添えた電子メールを送った。
要人を懐柔する戦略としては、別に悪くないんじゃないかなーと思う。名誉市民なんて大したコストもかかってないし、相手はアメリカ合衆国大統領だから「○○にくれてやるなら俺にももらう資格があるだろ」とゴネられて称号乱発させられるリスクも無かろうし。
「小説」など、大上段に構えてみたけれど、ドキュメンタリー・タッチなフィクション・エッセイを連載する。
俺の名は鈴木本太。すずきポンタ、もちろん仮名だ。これから出てくる人物、企業、団体、製品名等についても、架空のものであり、偶然、現実の名と重なっていても他意があるわけじゃない。米合衆国のオバマ氏と福井県小浜市とが関係ないのと同様だ。
俺は32歳。監査法人勤務だ。この業界ではイケてるほうじゃない。だって、システム監査を担当としているくらいだ。システム監査を低くみてるわけじゃない。俺の身長は・・、俺のことはどうでもいい。興味を持たないで欲しい。この話の主人公は国産メインフレーム・コンピュータとそれを構成する企業レガシー・システムなんだ。俺は、狂言回しに過ぎない。「北斗の拳」の真の主人公は「北斗神拳とそれを中心としたヴァイオレンス」であったと記憶する。いや、主人公はラオウだっけ。まぁ、ラオウが倒れた後の「北斗の拳」が面白くないのと同様、俺の人生はたいして面白いものではない。
今回の舞台はB銀行だ。俺たちのクライアント。TVドラマか何かの影響か、俺たち監査法人は、客先の不正を暴く行政官みたいな仕事振りをしていると誤解している友人もいる。あくまでクライアント=お客様から対価をいただいて、仕事をさせてもらっているサービス業なのだ。だから、ぜんぜん、上から目線ではなく、普通の客商売だよ。俺は提供するサービスを売るセールスマンも兼任しているんだ。営業担当者はいないからね。そりゃ、エンド・ユーザにマイ・カーや呉服を販売する営業とは、少し趣きも違うだろうけど、お客様あっての商売。
国税庁や検察庁とは立場が全然違う。銀行の人と話をすると、やはり、国税検査官の中には、高圧的な態度の人もいるらしい。背中にしょっているのが、徴税だから調査権があるからね。でも、やたら、高圧的な人は新米検査官に多くて自信の無さの裏返しだろうとのこと。むしろ、しょぼくれたおやじさんが、ひょいと指摘をする事項の方が怖いそうだ。
銀行をはじめとした金融機関には、金融庁の検査というものがあって、そこからも検査官がやってくる。金融庁は、金融機関に対して、業務改善命令から、免許の取り消しにいたるまで、大きな処分裁量をもっているから、銀行にとっては大きな存在だ。貸出債権が適正に管理されているかを検査する資産検査官、事務が適正な手順に則って行われているか、不正がないかを調べる検査官など、担当も分かれているようだ。システムについても専門の検査官がいる。最近は大手銀行の合併にともなうシステム統合で、おおきな障害が起きたことから、金融庁はシステム検査にも大きく目を尖らせている。
ITガバナンスの適正さ(システムを運営する組織、規定が整っており、正しい手順に基づいて運営がされているか)や、個人情報の管理が十分か、データの参照権限や手続きについて適正な扱いをおこなっているかなど。これらが、金融庁によるシステム検査の調査ポイントの一端である。監査法人によるシステム監査とも重なる部分は多い。ただし、見る立場が違うので切り口は違う。俺らは、処分や免許・許認可が目的ではない。クライアントのシステム運営が適正にされているか否かということを軸として、あくまでクライアントの経営の適正さ、透明性に関する評価・助言を行っている。だから、コンサルティング・マインドも必要だ。勿論、不正を隠匿したり、促したりする助言は駄目だ。
(つづく)↓第二回