深津さんのエントリ(http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/)は、基本的には佐野氏と委員会の説明をなぞったもので、デザイナーでなくても彼らの説明で「なるほど劇場ロゴのパクりではないのか」と納得した人は少なくないと思っていたので、この内容に対して「なるほどわかりやすい!」と関心している人が多いことに逆に驚いている。
これを読んでも納得いかない人がいるのは、おそらくデザイナーが「似ていない」という言葉を使って反論しているところに理由があるのではないか。万人に納得してもらう説明としては、「似ているが、パクリではない」が正しい。
あのエントリでも書かれているとおり、デザインは装飾ではなく最適解を求める設計なので、限られたパターンであれば結果が似てくることは珍しくない。
ゆえに、色々やった結果が「似てしまう」ことも「悪」とはされないが、同じ見た目のものが氾濫すると混乱を招く(それこそ社会におけるデザインの目的と反する)ので、商標などのルールによってお互いの利益を損なわない形で解決しましょう、というのが現代社会におけるお約束になっている。
だからこそ、海賊版など意図的にこのルールを侵し、混乱させ、利益を得ようとする「パクリ」行為は「悪」なのだ。
委員会が「法的には問題がない」と判断したのも、上記のルールにのっとってリェージュ劇場のロゴが商標登録されていなかったことから、「似ている」が「違法ではない」という当然の結論である。事実、佐野氏の初期案は「似ている」商標があったので修正を行ったと説明されているので、もしリエージュ劇場のロゴが商標登録されていたら、(撤回はされたが)現在のエンブレムも「似ている」ことを理由に委員会からNGとされていただろう。
当初、デザイナーがこぞって「パクリではない」と佐野氏を擁護した理由は、そういうことだ。エンブレム最終案があのデザインになった課程について、十分納得のいく説明はなされているし、最初から擁護していた人達はそのデザインの良し悪しは別として、コンセプトも含めてなんとなくでも理解していたはずだ。
その上で、なお疑義が残るとすれば、意匠=見た目の問題において「初期案を作るときに“T”の右下に●を置くアイデアはチヒョルト展からいただいちゃったんじゃないの?」という点だろうか。「9分割のモジュールでアルファベットを表現する」というアイデアは、言ってしまえばそれほどオリジナリティが高いものではないが、「鼓動のパワー」を表現するという「●」が「T」の右下にあるのはこのエンブレムのオリジナリティの一つだといえよう。それが佐野氏が過去に見た展覧会のメインビジュアルに由来するのでは? という疑問が生じたわけだ。だからデザイナーの矜持として、原案とチヒョルト展のポスターの類似の話が出たタイミングで、当初は佐野氏擁護だったデザイナーの中から批判に転じる人が出たというのも、おかしな話ではない。「(身内として)擁護しきれなくなった」のではなく「初期案のコンセプトの正統性に疑問を感じた」のだ。だが、これも「疑惑」にすぎず剽窃の「事実」は認められていないので、真実は闇の中である。
個人的には、佐野氏のエンブレム以外の仕事を見ても、面白いものはあるが独創性に欠けるという感想を抱かざるを得ない。日本の広告やエンターテイメントの世界においてよく見かける、海外で売れているが日本にはまだ入ってきていないものを「いただいちゃう」ようなやり方にどっぷり浸かりすぎてるんじゃないの? と思わないでもない。
もちろん、サンプリングや本歌取りという手法がクリエイティブを発展させることは確かだし、オマージュやパロディによって発揮される作家性は存在するので、そういった行為を否定するものではない。だが、それらの手法は「コンテクスト(文脈)」に乗った上で初めて効果があるものである。サントリーのトートバックのイラストの件などはコンテクストも何もなく「いただいちゃった」案件そのもので、悪質である。(パンの写真やメガネの写真を無断で素材使用したのはまた別の問題だ。)佐野氏の事務所のクリエイティブに、こういった姿勢が垣間見えることで、オリンピックという大舞台のデザインワークを担うのにふさわしいデザイナーであるかどうかを問われてしまうのは仕方がないことだろう。
とはいえ、現在の「パクリ批判」のあり方は、その内容や手法において明らかに間違っている。
ここで長々と述べてきたことようなことを理解しているのかいないのか、本質とずれた批判をセンセーショナルに書きたて、多摩美など佐野氏が関わっている所なら話題性があるとばかりに火をつけて回るnetgeekやまとめサイトの在り様と、それに扇動されるネット民のリテラシーのほうが、パクリ疑惑以上に深刻な問題なのではないだろうか。
「するな」「なぜ言った」では、後にwwwをつけたとしても、相当語気がつよく感じる。
そこに「し」を加えると、
個人的には、若い世代が何でもかんでも「クッソ○○」を連発する方が気になる。
字面も汚いが響きも汚い。
男だけど、35歳過ぎると、めっちゃ声が低くなる。
ビビる! マジでビビる! ビビる大木と元Folder5のAKINAのケコンぐらいビビるw
ナイナイの岡村さんのラジオの声がどんどん低くなっていったけど、それと同じぐらい自分も低くなりすぎ。ヒクワー。
その代わり、裏声がめっちゃ安定して出るようになった。女のキーでカラオケ歌いまくれる。大好きだったZARDの坂井泉水みたいな声が出る。自分で笑える。
2500円で腹いっぱい食えちゃう寿司と25000円出して食う寿司のレベルわかんないなら飲食に携わるの辞めたほうがいいよ。
もちろん寿司にかぎらずね。
その差がわかってなお2500円で出せる食事の価値を信じてお客様に提供できるならまだしも20000円の価値を否定しちゃいかんよ。
別物じゃん
このぐらいの不審さで全国ニュースになるなら、悪霊とか超自然的な力が介在する物々しい事件があったら、当然ニュースになってるよな。
で、そういうのがほとんどないんだからよ。まあ推して知るべしってことになるわな。
ありがとう。まさに此れだ。
マンガの一節なんてとは思うが、非モテ層がモテない理由を率直に示した名シーンであると思う。
さみしがりの心に刺さりすぎて当時微妙に鬱になったぞコラ。
この場合勧める人間が自身を持って勧められるかどうかが大事なのであって、周囲から見てその商品がしょっぱいかどうかは関係ない。
ただし、当然ながらどう考えてもガラクタなのを良い物であるように吹聴して売りさばくことが許される訳ではない。
やるべきは自己評価が高くなるように自分を改善し、それを以って自信を持っておすすめできる商品ですと売り込むこと。
非モテ層の最大の勘違いはそこだ。おまえらは特定の要素が無いからモテないんじゃない。
年齢
27歳
男
住所
アニメ好きのオッサンです。上手い文章を書けないので増田ではROM専ですが、
ブコメではてなを盛り上げていこうと思っていますのでどうぞよろしくお願いします♪
ただいまオリンピックエンブレム問題にお熱。気になった投稿はブクマしてます。
机の上にあるもの
ティッシュ箱
まあそうなんだけど、そうなるともう自己評価が低い時点で詰んでることになる。
無自覚だとは思ってないよ。
「新しい」と褒められて本人が恐縮しているようなインタビューも読んだ記憶があるし、
うろぶっちー自身は純粋に、自分が好きなものを自分のファンに紹介しているだけなんだろう。
ただ、乗り越えられてない感は否めないし、信者が言うような新しさもないよね、ってだけの話。
http://anond.hatelabo.jp/20150907143507
「あなたが家電を買いに行ったとして、営業に、目立った機能もない、燃費がいい訳でもない、デザインも格好悪い、だけれどいいものだから買ってみてくれませんかと言われた。あなたはそれを買いますか? 容姿がいいわけでもなければ目立った取り柄もないけど、それで良ければ付き合って欲しいと言うあなたが言っていることは、それと同じです。」
むかしむかしの話。今から5~6年前といったところだろうか。Twitterではタイムライン上に「リナカフェなう」「ドロリッチなう」などのつぶやきが飛び交い、「Twitterは日本でキャズムを越えるか否か?」について活発な議論が行われていた。
当時Twitterアカウントを持っていることで知られた芸能人・有名人といえば広瀬香美さん・勝間和代さん程度で、企業がTwitterアカウントを運用していること自体が大変めずらしい時代だった。そんな中、公式にあるまじきゆるさで一般ユーザーと交流をはかることで注目された公式アカウントが存在していた。NHK_PR、ゼビオ、サブウェイ、東急ハンズ、すき家などである。彼らはのちに「軟式アカウント」と呼ばれた。
月日は流れ、企業や芸能人、政治家、各種団体がコミュニケーションチャネルの一つとしてTwitterアカウントを持つことが当たり前になった現在。ニュース番組や生放送のバラエティ番組では、Twitterつぶやいた内容がほぼリアルタイムで背景に流れるようになるなど、Twitter の世間への浸透度や、各種公式アカウントをめぐる環境は大きく変わっていた。災害時には Twitter が情報ソースとして大きな役割を果たすなど、もはや立派なインフラと言える。
そんな流れの中で、軟式アカウントのような立ち振る舞いが一般化し、かつての「軟式アカウント」という用語はほぼ死語と化していた。
いわゆる軟式アカウントにあたる有名アカウント群はがらっと代わり、かつての勢いそのままに今でもユーザーとの交流を図るアカウントもいれば、時代の流れと共にフェードアウトしたり、また新たに人気を持つようになったアカウントもいる。
かつてとは違い、有名どころを挙げるだけでも数が多すぎてきりがないが、私の観測範囲内で敢えて挙げるとすればニッセン、シャープ、キングジム、タニタ、セガ、井村屋あたりが比較的知名度が高いと言えるだろうか。
現在のいわゆる軟式アカウントに特筆すべき事項は、アカウント同士の絡みを発端とした、ビジネス上のコラボが見られることになったことだろう。有名どころを挙げれば
などが挙げられる。これを純粋に楽しむ者もいれば、「馴れ合い」とみなして良く思わない者も居るかもしれない。個人的にはこの手の問題に正解はないだろうし、万人が満足するようなやり方というのは存在しないだろうと思う。
Twitter の運営によれば、日本での Twitter のアクティブユーザーは世界でも有数の多さであり、使われ方も独特であるとのこと。この記事を投下する数日前には、世界に先駆けて日本に開発拠点を置くことが発表されたばかりである。このニュースを 7 年前のユーザーたちに見せたらどんな反応をしただろう。
過去から現在にかけての Twitter の空気の移り変わりを体感してきた私としては、今後 Twitter がどのような変化を遂げるのか、興味深く見守っていきたい。
うろぶっちーのやりかたは自分の好きな作品をアレンジして別業界に持ち込むことなので、
むしろ拗らせたオタクにとってはどっかで見たような話の縮小再生産に見えるし、
「見たこともない新しい話だ」と歓迎するのはニワカばかりだ。
元増田だけど
うん、すごい良いヒトだと思う。
だからこそ、傷つけたくない→失礼なことを言いたくない→遠慮しちゃう
っていう思考回路なんだよ。
同僚は、傷つけたくない→言いづらいことも正直に言う
っていう思考回路なんだろうけど。
根本的に違うんだよな。
同僚に、少しは言葉選べよとも思わないし。
強制してほしくないよなっと思うんだよ…。
難しいよね。
年収380万で29って条件は俺とまったく一緒。
http://dekisala.com/tinyd3+index.id+12.htm
ここ見ると平均って感じね。
これからここにセクシャルなことを書くとするじゃん?で、それを誰かが読んでいやがらせされたって感じるとする(ここでセクハラ成立)
ってことはさ、セクシャルなことを書いたりなんかした瞬間にセクハラ成立する可能性があるわけじゃん。やばくね? 女子アナいじってるタレントとかAVメーカーとかちょうやばくね?
それ以来バイキンちゃんと呼ばれているらしい。
(小学校は違ったのです)
「お、これいいじゃん」
同級生でやんちゃだったA男は消毒液をバイキンちゃんの机にかけていた。
「はは、これはいいや」
同じ小学校出身の子達はバイキンちゃんの机を殺菌する日々が続いた。
なので、いつもバイキンちゃんの机は湿っていた。
「殺菌!殺菌!」という軽快な掛け声でいつも机や椅子を殺菌していたが、
「これは元を断たないとダメだぞ」
「ん、だな」というみんなの合意のもと、
ある日バイキンちゃんが登校してきた時に、本人の頭から消毒液をぶっかけた。
「あばばばば、ばばば、痛い痛い、目が焼ける、焼けるああくぁwせdrftgyふじこlp」
痛がるバイキンちゃん。
「ははははは、やはりバイキンはこれで消毒されるんだー、ははは」
愚かなことにこの様子を見ていじめっこ達は喜んでいた。
僕はというと見て見ぬふりである。