はてなキーワード: プラセボとは
全部わかって乗っているなら止めないし、実際個人的には、高岡のようなパチくさいオッサンが多少世の中にいるのはむしろ面白いと思ってはいるのだけれど、運動音痴科学好きのライフハッカーが、ナイーヴにコロコロ転がされているのだったら、他人事ながらちょっと心配だ。
せめてニセ科学に対するのと同じ程度の警戒心は持った方が良いんじゃないか。
あるいは、それくらいの寛容さとテキトーさを、ニセ科学にも適応してやってくれないか。インチキくさいものが多少あった方が世の中面白いし、高岡にコロっとやられている人をこうして眺めるように、ニセ科学にまき上げられている人たちも「アホやなぁ」と「寛大」に眺めてやったらどうだろうか。
ゆる体操とか全然知らないのだけど、ニセ科学批判クラスタにアピールするなら、
に焦点を合わせて訴えるといいと思う。
ニセ科学を「「アホやなぁ」と「寛大」に眺め」て済ますわけにはいかない理由はそこ。ホメオパシーがあれだけ叩かれたのもそこだよね。
モノは無害で国によっては医者がプラセボ代わりに処方するくらいのものだけど、ホメオパシージャパンみたいなカルトまがいの組織が組織拡大と組織防衛のために上のような傾向を強めていくのが問題。
ホメオパシージャパンのヤバさは、やっぱり由井寅子のパーソナリティに依存するところが大きいと思うので、高岡英夫のパーソナリティに注目して、今後ヤバい傾向を強めていく危険性に警戒しよう、っていうのはアリだと思う。
でも、事が起こる一歩手前の状態でどこまで言えるかってのは難しい問題で、ニセ科学とかカルト宗教とかをウォッチしてる人で、こいつはクサい、と思ってても、まだヤバいところまで行っていないか、あるいはまだ尻尾を出さない、という理由で保留にしてるネタって色々あるみたい。まあ、そういう時に増田って便利だよね、ってことで。
私は、2歳の娘を持つ 31 歳の主婦です。
娘を生んだ時もお産をお願いした助産師さんに進められて K2 シロップの代わりに、ホメオパシー協会でも推奨されているレメディを与えていました。
その後も、自然食品を主体とした子育てをしていて、生まれた時から生物本来の力で生きている娘などは、風邪などひきませんし、ちょっと熱があったりしても、発熱のために処方されたレメディを与えれば、数日のうちには回復します。
幼い頃、化学物質漬けで育ってしまった私などは、未だに風邪をこじらせることがありますが、娘が羨ましいくらいです(笑)
ですが最近、K2 シロップを与えなかったことによって、乳児が死亡してしまったといういたたまれないニュースを聞きました。
非常に悲しい出来事で、自分の娘のことを思っても人ごとではありません。
私には 4 つ年下の従兄弟で、大学で生物学を研究している人がいるので、この話についてどう思うか聞いてみました。
すると、これまで知らなかったとてつもない話を聞かされたのです。
どうも最近、ホメオパシーの科学研究が進む中で具体的な成果があって、学会発表が行われたそうです。
それによると、レメディが人間に効く時には、必ず脳内で生成されるプラセボという物質が関与しているらしく、その物質の働きが色々と明らかになったという事でした。
(プラセボというのは何も新しい物質ではないのですが、これまでホメオパシー協会などでもホメオパスとの関連については知られていなかったそうです。)
そのプラセボですが、脳の発育段階、特に言葉の理解と大きく関連していると言うことで、だいたい生後 2 歳から 3 歳くらいにならないと生成されないという事が、この度の新発見らしいです。
発表をした海外の研究者 (イギリス人らしいです) は、「今回の研究によってレメディが有効に作用することが証明された反面、乳幼児には効果がないことも明らかになった。」と明言しているそうです。
これは大変だと思い、いつもレメディを処方して下さる先生にも相談したところ、「そういった研究は聞いたことがないが…」と歯切れの悪そうな感じでしたが、雰囲気が怪しかったので、本当は知っているんじゃないかと思います。
ホメオパシー協会に問い合わせても同じような回答だったので、グルじゃないでしょうか?
最近、ニュースが明らかになって、これまでの責任を問われるのが怖くて無かったことにしようとしているのだと思います。
陰謀?とはまでは言いませんが、ちょっと怖いですね。
科学的に証明された研究があるなら、正しく処方するのが良いと思います。
いま、私のお腹の中には 2 人目の子どもがいますが、この子が生まれた時は、しばらくの間、レメディを与えずに様子を見ようと思っています。
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http://anond.hatelabo.jp/20091129120858
たとえば、近所の川が淀んでなんか嫌な感じの臭いとか虫が発生して困ってるとしよう。で、近所の西洋さんが言うわけだ。「脱臭剤と殺虫剤をぶちこめば収まりますよ」と。そりゃ、まあそうだろう。でもそういう問題なのかそれは。そこで東洋じいさんが「まあまて。そもそもの原因は最近流れ込み始めた生活排水と、それによりヘドロがたまったことに原因があるのじゃ。下水の流れを変え、こまめに掃除をして、でもって川の生き物を殺さない程度の弱さでヘドロを溶かし流す薬と、あとヘドロが減ってきたら護岸に草の種をまきましょう」とか言うわけ。あんたどっちの意見を採用するね?
これって印象操作だよね?だって、西洋医学が対症療法(脱臭剤と殺虫剤をぶちこめば収まりますよ)で、東洋医学がそうでないとなぜきめつけるの?なぜ、東洋医学が対症療法で、西洋医学がそうでない可能性を考えないの?それはあなたの思い込みであって証拠はないよね。
たとえば
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak281_285.html#zakkan282
この本には、漢方薬の薬効評価の非科学性が書かれている。その他に、使い方を誤ると大変なことになる例がいくつか書かれている。その一つがチョウセンニンジンである。ニンジンには、血圧を上げてしまう効果があると書かれている。
「気分を高揚させる効果」があるので、病気が快癒していると感じがちだが、それは必ずしも病気が治っているのではないこと、特に血圧の上昇には注意が必要と書いている。確かに、二重目隠し法で検査した場合に、ニンジンに認められた効果は、この「高揚感」だった。
これなんか、東洋医学が実は対症療法だった可能性の一例になるんじゃないかな?
でも、あんたは言うかもしれない『東洋医学も、そりゃ確かに最終的には「効く」のかもしれない、でも、それならそれを証明する必要があるだろう』って?だから、長い歳月によるデータの集積、ってのがあるんだろう。東洋じーさんは、様々な場所で様々な川をたくさん蘇らせてきたという実績を少なくとも持っている。
そう、どちらが対症療法かは結局治療実績で判断するしかない。東洋じーさんは、様々な場所で様々な川をたくさん蘇らせてきた実績を少なくとも持っているかもしれないけど、西洋じーさんが現れて蘇らせ始めてから、川の蘇らせ率が飛躍的に改善した。また、川の各種指標も改善し、東洋じーさんでは蘇らせられなかった川をいくつもよみがえらせてきました。その結果川の蘇らせを担当するのはほとんど西洋じーさんになり東洋じーさんの出番はほんの少しです。さて、対症療法だったのは東洋じーさんだったのでしょうか?西洋じーさんだったのでしょうか?
しかし、俺は個人的には漢方薬を保険適用外にするのは反対だな。西洋医学で治せない症状がある限りプラセボ薬も必要だろう。漢方薬推進派は漢方薬禁止と漢方薬許可のランダム割り当て試験で保険費用比べてみればいいんじゃない。きっと漢方薬許可のほうが勝つよ。仕分け人なんてお金のことしか考えてないので、それで十分だろ。
なるほど、少し分かった気がする。
あなたは漢方について、効果だけでなく根底にある思想を含めて評価してるんだね。
川の例えだと、仮に東洋じーさんのやり方でうまく行かなくても、方向性としてそちらの方が正しいという風に、確かに思える。
でもそれは、イデオロギーの問題もあるし、さらに言えば我々の心のどこかに「東洋じーさんのやり方のほうが、最終的にうまく行く」という(必ずしも根拠は明確でない)確信みたいなものがあるからではないかな。
食物繊維の例なんかは、むしろいわゆる「科学的」なやり方を支持する話に私には見える。ことわざとして何となく受け継がれていたけれど、本当かどうか分からなかった事について、3,40年かけてコツコツ研究した結果、やっぱりことわざが正しかったと分かった訳でしょう。
長い伝統こそが効果のある証明であるという主張も、一定の根拠にはなり得ると思うけど、それのみで判断するのはやや無理があるように思う。基本的に人間は、効果のあった事はよく覚えていても、効果が無かったことはあまりよく覚えていないものだ。よく言われるプラセボ問題(本当に薬が効いたのか、薬を装っていれば薬でなくても効くのか)についても、経験則では評価できない。
それに、ここは東洋医学に対する批判になるのだけれど、千年を越える歴史の中で、中心となる理論が基本的にずっと変わっていない、という所に私は不信感を覚える。千年前の人々が今よりも愚かだったなんてことは無いに違いないが、今よりも賢かったということもあるまい。すっかり完成してそれ以上改良の余地が無いほど完璧な理論なんて、はっきり言ってこの世に一つも無いだろうと私は思っている。常に疑問を持って理論を眺め、おかしな部分は直してゆくのが、より良い理論へ辿り着く道だと思っている。長い伝統の間に大きな改革が無かったという事は、東洋医学の中には、そういった自己研鑽の精神が足りないという事を意味しているんじゃないだろうか?
人の記憶や感覚に頼っている限り、どうしても人間特有の間違いの傾向に落ち込んでしまう事を免れない。科学の手法というのは、その傾向を可能な限り取り除いて客観的な事実へ近づくための、これまた長い時間をかけて積み重ねた集合知だよ。
東洋医学の方法も、ちゃんと研究デザインを考えれば(例えば、薬だけでなく日々の生活や食事まで、評価の要素に含めるとか)効果を確認する事はできると思う。
とはいえ、そもそも間違いを正して客観的事実に近づいていくのが、本当に価値あることなのか?という点まで立ち返ってしまうと、科学的手法も大して意味がなくなってしまうんだけれども。
さて、冒頭に確認したように、あなたは漢方の効果だけでなく思想も支持しているようだ。単に健康になること以上に、その方法論が大切であるとお考えなのかもしれない。
思想が絡んでくるとなると、客観的な評価単独では、仰るとおり意味が無い(それでも評価自体が全く無価値だとは思わないけれど)。薬の効果という狭い評価範囲を超えて、人の心の機微や社会全体にまで話が及ぶ事だ。そして、事は保険適応の有無という極めて社会的・人為的な話なのだから、そこまで考えるあなたの方が、姿勢として正しいように思う。
私は社会情勢や経済や法律には全く暗いので、今回の漢方と保険についての問題には、ここでは直接触れないで置く。自分自身考えがまとまらないし、何か言っても見当違いになりそうだ。
あくまで「二重盲検」「対症療法」という単語の意味について、気になっただけ。でも、あなたの整理された文章を見ると、どうやらそれも余計なお世話だったらしい。申し訳ない。(「対症療法」についてだけは、未だにちょっと気になる。もしかすると、東洋医学の「対症療法」と西洋医学の「対症療法」は、別の言葉なんだろうか)
長文になってしまったけれど、誰かに噛み付いたりするつもりは全然無い。自分の考えを整理する役に立ったので、書くきっかけを与えてくれた元増田に感謝しようと思う。
乱文乱筆、失礼。
http://anond.hatelabo.jp/20091128040524の件について。
署名を呼びかけるチラシの中に、以下の一文があった。
この「不可能になる」とはどういうことなのかについて、おおやにきの人が「漢方薬と事業仕分け」(http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000671.html)と題して記事を書いておられる。
このエントリによれば、保険適用除外になった分の漢方薬は、医師が処方することは困難になる。なぜなら、現在の混合診療禁止の原則の下では『健康保険が適用される部分とされない部分が混在することは許されていない』から、だそうだ。すなわち、保険適用外の薬を組み合わせると、他の医療行為も含めて全て「自由診療」扱いになってしまうので、医者は適用除外分の漢方薬の処方箋が書けない、と。
この混合診療問題、上のチラシでは一言も触れられていない。おそらく、医師の世界では言うまでもない程の常識ということなのだろう(他の反対声明では触れているものもあるかもしれないが未確認)。
というわけで、混合診療問題についてもう少し詳しく調べてみた。といっても、Wikipediaなわけだけど。
http://ja.wikipedia.org/wiki/混合診療(リンクがキーワード化されて涙目)
これまで「原則」と書いたが、そもそもの問題として、「混合診療の禁止」を明文化した法律は存在しないそうだ。また、この原則の妥当性そのものについても、ここ数年の間にも何回か議論があったらしい。例えば、「海外で認可されている新薬が日本では~」みたいな話とか。
混合診療問題についての詳しい議論は、Wikipediaを参照して欲しい。一読して気づくのは、医療保険制度においては、保険診療≒「国として有効性と安全性を認めた治療」であることだ。当たり前といえば当たり前だが。
加えて、その枠外から外れるタイプの医療を、原則的に認めないという姿勢が明らかだ(一応「先進医療」「選定療養」という例外はあるのだが)。混合診療禁止側の言い分としては、保険適用外の治療を認めると患者の安全を保証できないからダメだ、ということになる。そういう姿勢だと、藁にもすがりたい患者が、逆に「お上が認めない画期的治療法」に流れたりしないんだろうか、という気もするのだけれど。
rna 医療, 政治 エビデンスが出せない薬があるから議論の方向性によっては「十分な議論」をしたら必然的に負ける。かといってプラセボとしての有用性とか公開の場で議論は無理。国民の声を背景に曖昧決着が落としどころでは? 2009/11/28
http://b.hatena.ne.jp/rna/20091128#bookmark-17606220
つまり、漢方薬には「有効性と安全性」を証明できないタイプの薬があるらしい。あと、他の増田が書いた「漢方薬に保険が効くようになった経緯」http://anond.hatelabo.jp/20091128145746では、漢方薬の保険適用については、かなり政治的な働きかけがあったという話が出ている。
ここでは、漢方薬の医学的に効果があるのか云々という話には踏み込まない。俺の専門外だし。ただ、事業仕分けによる、(一部の)漢方薬を保険適用除外にすべしという結論については、以下のうち、どちらかの施策を同時に行う必要があるのかもしれない。
俺は、基本的に事業仕分けには賛成の立場だ。「仕分けの基準が一面的だ」みたいな批判は散々あったが、どんな事業にせよ「一面」としては公の利益に資する部分があるのは当たり前だ。それとは別に、不合理だったり非効率だったりする「一面」を徹底的に検証することは大事だ。「素人に何が分かる!」では、それを言う専門家が依拠する「一面」が絶対的なものであることの証明になりはしない。
一方で、今回のように、どうやら予算削減と同時に制度的な手当てが必要であることが見えてきたものもある。大仰な言い方をすれば「グランドデザインが見えない」ということではあるが、要は、予算はそれを運用する制度と一緒に考える必要があるという単純な話だ。
事業仕分けという、国民に公開された形で金銭的な部分の効率性を追求する試みは、今後も継続して行うべきだ。一方で、予算配分の変更に伴ってどのような制度設計が必要か、議論する場も必要なのは疑いない。むしろこちらの方が大変だろうが、政権の、そして我々の今後の課題だろう。
漢方というのは医師の処方箋が必要なバイアグラとは違って、どれも市販に買えるものです。だから、今回の仕分けが本当に実施されれば漢方の保険適用外はまぬがれないでしょう。
そもそも漢方が医薬品として保険適用にしてもらっているのは、伝統的医療だからという保護政策があってのものなのです。俺の開発したナントカ草を保険適用にしろなんて言っても、二重盲検で効果を実証して薬として認可を受けないかぎりは普通相手にされないでしょ?民主党もこの保護政策は強化すると言ってきているので、今回の仕分けとは「矛盾している」というのがツムラとかの言い分です。
個人的には、適正な競争の観点でこの市販品類似薬の保険除外は評価しています。ただそれによって全体的に保険適用外を増やして医療費を減らそうと言うのは、莫大な保険料を払っている国民から見ればクソ食らえです。
しかも、対象となるのは予防医療やQOLの向上への資金なので、前世紀的で不健康な医療への方針転換です。そういう意味では、保険適用となっていない市販品に対しても保険適用になっているものと同等の成分であれば保険を適用できるというアプローチのほうが望ましい。例えば市販の咳止め、胃薬、ビタミン剤に保険適用すれば、患者の負担も国の負担も減る。
http://anond.hatelabo.jp/20091108131025
精神科の卵が通りますよ
卵といっても一応10年選手
たいていのブラック企業は休職させずに部署移動させるか退職を迫る
仮病だと言っているけど、これ仮病じゃないから
うつの初期の人は自分がうつにかかったことを理解していないし、そう思っていない。
周りが気づいてはじめてわかる。
ちょっと様子がヘンだ、独り言が多い、遅刻が増えた、欠席、欠勤が多くなった
こうなってからはすでに重症。
薬による治療が必要。
増田の場合は初期の初期だったので、薬は飲まなくても治る見込みがある状態
だからみんなに言いたいことは、円形脱毛などの症状が出たら、すぐに休むこと
とにかく会社から心が離れることが大事
リスカしてからでは遅い
円形脱毛などはとてもわかりやすい症状の一つ
すぐに仮病を使って休め
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BB%E3%83%9C
引用文献たくさん上げてあるけど、全部著者ハワード・ブローディ。
HrobjartssonとGotzscheのNEJM論文を「トンデモ論文」のレッテルするが、根拠はロバート・アーリックの単行本一冊。
こういう記事どうしたらいいんだろう。
※直しました。前の版:
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BB%E3%83%9C&oldid=27522435
抱き枕と書けば「虹娘が描かれたカバー」を連想されるかもしれんが、そんなのではない。フツーに家具・生活雑貨のお店で売ってる、ボディーピロー、あるいは細長いクッションのことだ。だからカバーは無地というか、買ったまんま、特に絵柄はない。全部で4つ持ってて、今は2つだけがレギュラー入りしてる。3つ同時に添い寝するのは、寝苦しいので難しい。というか、抱き枕を抱いて寝るようになってから、寝返りに不都合が出ているのだろう、肩や手首に違和感を覚えることが時折ある。それでも、ほぼ毎日、抱いて寝る。
別に誇れるほどの愛・執着があるわけじゃない。無くても寝れないわけじゃなく、なくなれば残念に思いつつも、不都合なく生きていける。失ったとき、落差で大きな喪失感を覚えるものが愛であるなら、そこまで強い感情はないだろうな。でも、実際に生きている人間の誰かに、失うことが怖い、考えたくも無いってくらいに強い感情を抱いたことなんて、今のところは、全く無い。生きている人間にしろ、文学上の人間にしろ、二次キャラにしろ、自分はどれだけも執着できないでいる。自他全てに等しく関心が薄くて、強い感情を抱けないでいる。だから、枕を抱いて寝る。
抱き枕にキスした回数は、1万回を超える。「水にありがとう1万回」を自分なりに分析すれば、プラセボや思考の反復強化ってことに尽きると思う。だから、1万回キスしてみたことがある。何かが凄く変わったとは思わないが、でも、感情の発露としてキスという選択肢は強化されたように思う。時折、抱きしめたくて、キスしたくて、堪らないバイオリズムがある。そゆ夜は、ドキドキしたまま抱いて寝る。
人間が人間を愛するってのは、凄く冷淡に分析すれば、「自身の同族として知覚される感覚対象を愛する」ってことだ。人間は少なくとも幼少時に学習した同族に、非性的な愛情を抱けるものらしい。性的な愛情はどゆメカニズムで生じるのか、自分はよく分っていない。ただ、細かいことを抜きにすれば、「人間っぽく見えるものを愛する」のだ。人間っぽさってなんだ。五感を通して知覚される、ある種の性質なんだろう。そして、性質の一部は触れ合いだと思う。そう、誰かと、何かと、触れ合いたくて堪らない時があるのだ。そゆ夜は、枕を抱いて寝ずにはいられない。
一晩を6時間とすれば、1年で2,000時間超を抱いて寝た計算になる。こんなに長い時間、触れ合っていた記憶は、他にない。赤子・幼少期の記憶は、全然ない。だから、抱き枕は、自分にとって存分に触れ合えた初めての対象なのだ。だから、社会基準でどう見えようとも……いや、ま、家族会議とか失職はマジ勘弁だけど、そゆ実損さえ避けられれば、「神の目」みたいな倫理意識は気にならない。そゆのに従って自分を律して、何か実益を得られる見込みがあれば、別だけど、今は何も見えてない。なら、泡沫の幸せであれ、求めずにはいられない。
……
…
時に、オオタチってさ、実に抱き枕ポケモンだよな。販売されてたら即買いしてるとこだよ。抱きしめたら「オオタチ♪ オオタチ♪」って鳴く機能搭載なら直義。3万ポッキリなら迷わず買います。
初めのエントリーから論点が著しくずれている上に、論旨が破綻している。
誰もそんなことは言っていない。誰も言っていないことを前提して論を進めようとするのは頂けない。
交絡因子って言葉を聞いたことがあるの?
疫学その他で用いられる学術用語を持ち出し、「聞いたことがあるの?」とはどういう意味あるいは意図か。そもそも、プラセボ効果うんぬんの話をしていたのではないのか。初めから感染症対策とホメオパシーの関係について書かれた記事に言及し、そこでプラセボ効果の的外れな話を出してきたのは誰か。
意味不明。唐突に学問分野の異なりを示すのはどういった意図からか。それと、「かなりの違い」とは「何について」言っているのか。生物統計も医学統計も心理統計も、具体的に用いられる統計解析法や概念その他に違いがあるのは「当たり前」である。どの部分の違いがどのようにこの議論において重要であるのか、それを示さずにほのめかしだけを書くのは、単なる「知識のひけらかし」と取られても仕方がないだろう。
資料は? 文献を示さずに「通論になっている」とは、反論もしくは自説の補強の体をなしていない。あなたは最初、「エビデンスは《全く》ない」と書いた(括弧は筆者による)。はてなブックマークのコメントで出ていた論文は、エビデンスが全くないと言った意見への反論として示されたもの。であるならば、それがエビデンスにならないのを示すのが、あなたのやることだろう。当然のことながら、どこそこの誰それが言っていた、という手は使えない。なぜならば、「権威におもねるな。自らの頭で考えろウマシカ」とあなた自身が書いているから。それまでの研究を踏まえた上での科学的論理的な考察がなければ、説得力は皆無であろう。是非とも、自ら範を示して欲しいものである。
「ホメオパシ擁護してる!ひどい!これは叩かないと!」って脊髄反射的にブクコメつけた人間は、そもそもインターネッツを使う以前の問題だと思うから、
あなたは、薬が「効く」という意味も分かっておらず、「プラセボ効果」の話を的外れに持ち出した。元々インフルエンザにホメオパシーが効かない、と書いてある菊池氏のエントリーに対し、プラセボ効果が有効な場合がある、と例示したのである。直接的な擁護、つまり、「ホメオパシーが効く」と言っているわけではないが、研究によって明らかにされている、ホメオパシーにプラセボより高い効果がない、といった事実を無視した的外れな論であることに変わりはない。
ここからは、ホメオパシーの話。
日本ホメオパシー医学協会のサイトから、興味深い部分をいくつか引いてみよう(強調は筆者による)。
http://jphma.org/About_homoe/about_homoeopathy.html
これによりレメディーは、化学的には「ただの砂糖の玉」だと断言出来る。当該ページでは自ら、
こうして作られたレメディーそのものには、何の効力もありません。砂糖以外の物質は何もないのだから、物質作用的な力はないのです。
と明言しているのである。その後に、「パターンのようなもの」と意味不明な記述があるが、いずれにしても、ホメオパシーで用いられるレメディーは、単なる砂糖玉である。また、「科学的にそのメカニズムは証明されていませんが」としているにもかかわらず、そのすぐ後で、全く科学と相容れない概念を用い、メカニズムに関する仮説のようなものを説明している。
いいやおもねるね。自分の頭で考えたことが正しいなんて正気の人間が発言する内容じゃないね。
論文に書いてある内容を主張することは、少なくともその論文の書き手には反対されないという意味でリスクの低い行為だ。ガンガンやるぜ!だって安心だからな!
脊髄反射はこれくらいで止めておくとして。これ読んで思ったけど、「効果がある/ない」の判断の基準が違うんだよね。ホメオパシーが効果ない、と主張する人は暗黙のうちにプラセボと比較してるから、そこに噛み付きたくなる人もいるだろう。まあ、アマノジャクだな。voidを思い出す人もいるかもしれない。最後の段落もvoidっぽいし。
と、偉そうに書いてみたけど医学統計と生物学統計が違うっていうのは知らなかった。というか単に扱うデータが医学分野か生物学分野かの違いで統計処理は同じだと思ってた。拙者馬鹿ゆえに統計とか不得意でござる。
出遅れたけどこれも↓
誤用される「プラセボ効果」 - Skepticism is beautiful (http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081218/p1)
やっぱり「プラセボ’効果’」ってのが誤解を呼ぶのかなあ。
ドップラー効果なんかと同じで、「そんな現象があるよ」ということでしかないと思うんだけど。
あと「擁護してない」って書いたら擁護にならないなんて思ってたりしたらまずいよ。
全然違う。
古くから諺で、「病は気から」というのがあるわけだけども、たとえば偽薬(プラシーボ)には、痛み止め、喘息、鬱、関節炎、麻酔薬、心不全、アレルギーなど、統計学的に有意な効果があることが知られています。
ホメオパシーが効かない、っていうのはそういう意味で、極めて偽科学的発言であるわけ。ホメオパシーに全く効果がない、と言い切ってしまうのは、もうトンデモもいいところ。
論点が違う。
そもそも「薬が効く」とは、プラセボ効果以上の効果があるのを意味する。ある効果を確かめたい薬があるとして、その対照としてプラセボ群をおき、プラセボ群よりも高い効果が認められて(※)はじめて、「薬として効く」と言える。創薬のプロセスは非常に複雑で、臨床試験にも工夫が凝らされている。そこを無視すべきではない。
※「統計学的に有意」と単純に言っているが、そもそも統計的に有意であるか否かだけでは評価は出来ない。検出力を考慮し、例数設計を行い、実質科学的な差異が認められると言える場合に、「効く」と判断される。
そもそも、ホメオパシーは、「効かない」ことが科学的に確かめられているものである。当然この場合、プラセボより顕著な効果が認められない、という意味である。菊池氏も、「プラセボ以上の効果はない」と言っている。さらに、プラセボによって有害反応が惹き起こされる可能性についても熟慮が必要であろう。
仮に、ホメオパシーを薦められる場面があるとすれば、それは、プラセボで大きな効果が期待出来る、あるいは、プラセボを与えても大した害がない場合、である。そしてその場面は、極めて限られている(それをどこまで許容するかは、論者によって意見が分かれるだろう)。
しかし、ことはインフルエンザという感染症の対策であって、それはプラセボなどで改善されるものではない。加えて、ホメオパシーは予防接種などを忌避する。それは、無意図的かつ積極的に感染拡大を進める危険性が大きい。公衆衛生上大問題である。
血液型占いを真面目腐った顔で批判し始める、ちょっとコミュ力に欠けた「理系メガネ君」って、傍から見てると痛々しいからね。酒の席でのどうでもいい話に過ぎないし、血液型でこうあるべき、っていう「社会に対するアナウンス効果」(たとえば、B型はおおざっぱな人が多い、と繰り返し言われると、実際におおざっぱになるように行動してしまうこと)は学問的な土台の上で議論されてるからね。
血液型性格判断についての議論で、予言の自己成就やステレオタイプなどの社会心理学的効果が考慮されていない、と思ったら大間違いである。
「エビデンスがない=偽科学」ではない。現在科学として認められているもの以外を偽科学としている、と思っているとすれば、それは素朴な認識。
日本ホメオパシー医学協会はすでに、「新型インフルエンザ(豚インフル)への対応について」というアナウンスを出している。
http://www.jphma.org/topics/topics_70.html
ここでは、インフルエンザに関してホメオパシーが有効であるかのような記述があり、
また、感染について不安のある方は、症状にあわせて対処できるホメオパシーのレメディーなどもございますので、最低限の家庭用のホメオパシーキットなどは常備して頂き、症状にあわせて対処して頂くことや、ホメオパシーの専門家である同種療法士・ホメオパスの健康相談を受けながら対処いただくことをお勧めします。
しかも、予防接種否定の記述まである。では、ホメオパシーに感染症に有効と言えるだけのエビデンスがあるのか、そういう話になる。換言すれば、「プラセボはインフルエンザに効くのか」ということだ。ないにもかかわらず効果を謳っているのだとすれば、それが問題であるのは論を俟たない。「医学協会」と冠しているのだから尚更である。
参考
ホメオパシーFAQ - Skepticism is beautiful
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20070501/p1
http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%A5%DB%A5%E1%A5%AA%A5%D1%A5%B7%A1%BC
http://www.page.sannet.ne.jp/onai/Healthinfo/Pracebo.html
プラセボとは
http://medical.radionikkei.jp/suzuken/final/021024html/index.html
↑のブ米から
hiro7373 idコールはやめておこう。信じていればプラセボ効果が発揮されることもあるかも。実際にプラセボでガンがすごくみるみる小さくなった人とかいるそうだし。(ちなみにプラセボと知らせたらまた大きくなってしまった)
かくかくしかじかという人がいる、という話と全体としての傾向の話ぐらい区別しろ。
わかりやすい例をあげよう。
ガンは全く医学的治療しなくても寛解する人がいるのは非常によく知られている。
だからといって全く自然治癒に任せるのが正しいか?それを標準的な選択肢として揚げていいかというと否だ。なぜなら自然治癒する人はまさに奇跡のような確率でしか存在しないからだ。
プラセボ効果というのは集団を観測したときにこのくらいある、と言えることは言えるが個々の人にどの程度あるか、というのは通常の薬の効果以上に不確かだ。そんなものがどれだけあてになるか、患者の方があてにしていいものか少しは考えろ。
さらに言うとプラセボはいい方だけではなく悪い方にでることもある。
2009年1月22日の放送の『 見放された患者と共に闘う "がん難民コーディネーター"』という特集でホメオパシーが取り上げられていた。"がん難民コーディネーター"の藤野邦夫氏が、医者にさじを投げられてしまったがん患者に、治療法の提案を行っているという内容。藤野氏の提案で免疫療法を受けることになったがん患者のHさんは、あろうことかホメオパシー"治療"をうけることになってしまう。
その特集は以下で見られるが、ホメオパシーに関連する部分を引用してみた。
動画: http://www.tv-asahi.co.jp/hst/contents/movie/090122/index.html
(ナレーション)帯津医師はまず星さんの免疫力を高めるためにホメオパシー治療の開始を決めた。ホメオパシーとは病気と直接因果関係が説明できない植物や鉱物をごく微量一種類ずつ変えながら一定期間患者に投与することで免疫の働きを活性化させる。科学的な理論は実証されていないが、効果が認められており、世界的に普及している。
(帯津医師)「理論的なエビデンスがないものはいっぱいあります。世の中に。だからといって排斥することはない。良いところは認めて、それでそれだけでやろうってんじゃないわけだから。それをやるのと一緒に西洋医学も中国医学もホメオパシーと一緒に考えていけばいいわけですよ。」
(ナレーション)ホメオパシー治療では微熱や眠気の副作用があるものの、数週間で免疫力が上がる効果が期待できる。
[中略]
(ナレーション)ホメオパシー治療を続けて一ヶ月後、Hさんを訪ねた。
(Hさん)「こんにちは。どうも。」
(ナレーション)寝たきりだった星さんが多少は動けるほどになっていた。体重は2キロ増えた。星さんは藤野さんから教えられたガンと闘う8ヶ条を実践していた。
(以下省略)
1.「ホメオパシーとは病気と直接因果関係が説明できない植物や鉱物を」
基本的に事実でない。
ホメオパシーで用いる標準的な治療薬(通常は薬とはされず、レメディと呼ぶ)は、植物や鉱物を水やアルコールで10の30乗倍に薄めたものを用いる。多くの場合では、これを砂糖や乳糖の粒に染み込ませ乾燥させたものを患者に与えるらしい。
10の30乗倍に薄めるというのは、原液1滴を地球の海の水全部で薄めたのよりもずっと薄くするということ。
そんなに薄めることは地球上では不可能だと思われるかもしれないが、1 mlの原液を9 mlの水と混合し、その混合液からまた1 mlとって水と混合し、、、と10倍に薄める操作を30回繰り返すことで達成可能。
とにかく、これはもう、ものすごく薄い。どれくらい薄いかというと、患者の口に入るレメディには原物質が一分子も含まれないくらい薄い。つまり、患者の口に入る治療薬には、植物も鉱物も含まれていない、水を染み込ませた、ただの飴玉ということになる。
ただの飴玉に効果があると言い張る、それがホメオパシー。
事実。
理論としては"物質が一分子も含まれなくても、水が情報・波動を記憶している"という説が有名だが、科学的な裏付けは一切ない。そのヘンテコな理論を提出したベンベニストの実験は再現できず、イグノーベル賞を受賞してネタにされるに至った。しかも2回受賞したのは彼の他にいないだろう。
http://improbable.com/ig/ig-pastwinners.html
3.「効果が認められており、」
事実でない。
ホメオパシーを受けた患者の治療成績は、偽物の薬(いわゆるプラセボ)を処方された患者を受けた患者と変わらなかったという結果がすでに出ている。
Shang, A., Huwiler-Müntener, K., Nartey, L., Jüni, P., Dörig, S., Sterne, J. A., Pewsner, D., and Egger, M. (2005). Are the clinical effects of homoeopathy placebo effects? comparative study of placebo-controlled trials of homoeopathy and allopathy. Lancet, 366(9487):726-732.
つまり、ホメオパシーは理論上効くはずもないし、実際に効くことも確かめられていない、おまじない同然の行為ということになる。
というわけで、報道ステーションのナレーションは極めて不正確。報道ステーションは、医療の皮を被った呪術であるホメオパシーを、有効な正真正銘の医療として宣伝してしまったことになる。これを見てホメオパシーに興味を持ち試そうとする人もいるだろうし、これをお墨付きにしてホメオパシーの宣伝が行われるということも十分にありうる。
これは酷い。
>トラウマ(心的外傷)による心拍数の上昇などで苦しんでいる被験者が、原因となった出来事を思い出している時に薬を投与した結果、一週間で症状の軽減が見られたそうです。
原文を全部読んだわけではないけれども、
「10年以上前に強姦もしくは事故の被害にあった19人の被験者を、プロプラノロール(β遮断薬)群とプラセボ群とに分けて服用させ、当時の出来事を思い描くよう指示した。1週間後プロプラノロール群では、出来事を思い出す際の心拍数上昇といったストレスの徴候が抑えられていた」
んなもん当たり前だろ。β遮断薬なんだぜ。