はてなキーワード: ニンジンとは
・・・要するに衛生条件と動機づけ条件をわけろってことでおk?
「人間はネズミではない」という、当たり前の事実が忘れられるとするなら、よくありません。
「動機づけとは、教育の手段ではなく、目的である」ということです。
例えば、子供に勉強をしてもらいたければ「知りたい!」という動機づけをすることが必要なわけです。
ところが、勉強を「させる」ために、しばしば用いられるのは、誰かに勝ちたいとか、褒められたいとか、ご褒美をもらいたいといった手段としての動機づけです。
この背後にある問題を考えるため、以下、本書の記述をピックアップしてみます。
・アメによって反応を引き出せはするが、同じ行動をさせ続けるためにはアメを与え続けなければならないという事実そのものが、
アメの長期的効果(あるいはその欠如)についてのカギを提供しているのではないかということである。(p25)
・ごく幼い子供たちにはコントロールをもって対することも必要なときがあろうかと思う。
最低の基準として、例えば三歳児がよちよちと表の通りに出て行こうとするのを見過ごすわけにはいくまい。
しかしコントロールに頼る前に、それほど強圧的でなくもっと相手を尊重した世話の焼きかたはできないかどうか、しっかりと確認すべきではある。(p49)
・報酬と罰とは基本的に同じようなものである。現代の社会心理学の創始者であるカート・ルーインが言うように、
両方とも「そのときの自然の場面からは生まれないような行動」を引き出そうとするときに使われる。
さらに、長期間にわたって見るとどちらもまったく同じ様相を示すことが分かる。
つまり、こちらの望むような行動を続けさせるためにはやがて賭けるものを上げ、報酬なり罰なりをどんどん増やしていかなければならないのである。(p74)
・親が子供に、ずっとおとなしくしていれば日曜日にサーカスに連れて行ってやると言ったとする。
土曜日に子供が親の気に入らないことをした場合、親がよく使うせりふは、「そんなことをしているとあしたのサーカスはだめだぞ」であろう。
褒美をご破算にするということの脅しが、罰を与えるという脅しと同じ機能を持っているのは明白ではないか。(p77)
・報酬は、ひいき目に見ても、こういう協力や仲間意識を促進するのになんの役にも立たない。
アメを奪い合うときには必ず「争いと嫉妬」の底流が生じるのであって、それはすでに二世紀近くも前にニューヨーク市の教育者たちがある行動修正プログラムが実施されているのを見て出した結論でもあった。(p80)
・報酬主義の問題は、報酬を与える場合、そもそも問題がなぜ発生したかに注意をすることは全然必要でない、という理由である。
子供が泣きわめいている原因、生徒が宿題をやって来ない原因、従業員が気の乗らない仕事ぶりをする原因を考える必要はなく、ただ該当者を買収するか脅すかして活を入れればいいことになる。(p87)
・「こうすればあれをあげるよ」と言えば、関心は「これ」ではなくて「あれ」に行ってしまう。
従業員に給料袋の中身について考えさせたり、生徒に通知票のことを心配させたりするのは、創造性を重んじようという場合にはほぼ最悪の戦略である。(p99)
・先生は肩をすくめて、「試験に出るよと言わなければ、子供たちは覚えようとしないわ」と言う。
経営者は、キチンとした仕事をさせるためにはボーナスを出さなければダメだと主張する。
親は、子供が誘因なしでも「やるべきこと」をやるだろうと期待するのは現実的ではないと信じている。
しかしもう一度考えてみよう。そういった言い分は通俗行動主義を擁護するものではなく、教室や職場の設定のしかた(あるいは人々がなすべく要請されていること)に何か大きな間違いがあることを示すしるしなのだ。(p123)
褒めたり操ったりすれば、その自然な動機づけを押し殺し、そのかわりに盲目的従順や機械的学習態度や権威に対するあからさまな反抗を生み出すだけである。(p142)
・大抵のおとなが褒め言葉を連発しようとするのはなぜなのか。
褒めることは安上がりで簡単なのだ。
それとは対照的に、技術と工夫と配慮がなければ、人を励ましてしかも今やっていることへの興味を持続させ、その上コントロールされているとは感じさせないようにすることはできない。(p168)
・一般に報酬というものが業績を伸ばすのに役立たず、しばしば業績を妨げることは、いろいろな種類の仕事において見られるが、それは特に創造性を要する仕事において著しい。(p182)
・仕事にほかのもっと重要な面で欠けているところがあると、次善の策として給料の額が重視される傾向がある。
つまり、課題が本当におもしろく意味のあるものでなかったり、自分のやることを自分で選べなかったり、社会的な支持が得られなかったり、自分をみがき自分の能力を発揮する機会が与えられなかったりすれば、
給与がいくらかということに目が行きやすいということである。(p197)
・強調しておく必要があるのは、こうした事情があるからといって、経営者が給料を出ししぶるのが正しいということにはならないという点である。
だれも給料は十分かつ公正であってほしいし、いちばん単調できつい種類の仕事をする人たちは特に高い給料を望むように見えよう。
しかし金こそが人間を動かすと考えることは、人間の動機づけというものを貧しく解釈することになろう。(p200)
・家庭でのものごとを自分で決め、自己決定の感覚を持つ機会を親からあまり与えられていない子供は、学業成績もあまりふるわないということも明らかにされている。=私はそうでもなかったけどな。多分日本のテストはバカ向けなんだな
こうした事実は何を意味するのか。基準を厳しくしたり、点を辛くしたり、誘因を増やしたりすることは、益よりは害になるということについては強力な証拠がある。(p225)
・自分がどれぐらいよくやっているかを気にしている人は、自己概念をかけているということがある。
自分を利口だとか有能だとか思っている自己イメージは、一定の活動水準に達しないおそれがあれば危険にさらされることになる。
そういう自己イメージを守ろうとすると、普通は、自分の最善を尽くしたいという欲求を犠牲にすることになる。
そういう欲求は危険だと思われるのである。やらなければ失敗もしないわけだ。(p233)
望ましい行動を取らせるために報酬というニンジンを与えることは、その人が持っている「行動そのものへの興味」を殺し、ニンジン中毒を作り出してしまう可能性があるのです。
僕たちは、これを慎重に回避するための方法を学ばなければなりません。
「うれしいな、月曜日だ」と思える人生を、より多くの人に実現してもらうということが、教育に関わる人の責務であり、それは人生をかけるに値するものです。
このレシピは私(記者)がフランス取材中、あるフランス人シェフに教えてもらったもので、今でも寒い夜に作って食べています(※このレシピはかなり日本人用にアレンジされています)。
ってわけで、どのへんが日本人向けにアレンジされてるか考えてみた。
・にんにく(丸まま)
・キャベツ
・にんじん
・玉ねぎ
・塩・胡椒
・コンソメ
・パセリの茎
・セロリの葉
・ローリエ
・サワークリーム
ポトフっていったら牛肉と野菜の煮込みというイメージですので、まずここ。
豚肉(特にハムや塩漬け豚肉、ソーセージなど)を使う料理はポテという。
ポトフでも間違いじゃあないんだが。
コンソメ、まあフランス人も使うけど、ポトフみたいに肉!肉!たまに野菜!っていう感じの肉が多い煮込みだと使わないイメージ。
魚のアラ汁を作る時に本だしを使うような違和感。
■作り方
【1】お鍋にオリーブオイルを入れ、にんにく(丸まま)を炒め、その後、玉ねぎ、ウィンナー、ニンジンを順に入れ炒める。
【2】炒め終わったら、お鍋に水をたくさん入れ煮立て、コンソメ、パセリの茎、セロリの葉、ローリエ、塩コショウ(少量)を入れて煮込み、その後、ニンジンを入れ、さらに煮込む。
炒めない。というか炒められるような大きさではなく、肉は塊でドン!野菜はせいぜい皮をむく程度。たまに2つに割る。皮さえ剥かない野菜もって感じなので。
一口大に切って炒めてから煮るのも日本人向けのアレンジだと思う。けんちん汁の技法かな?
【3】ぐつぐつ煮込み、ニンジンが柔らかくなってきたら、じゃがいもを入れさらに10分程度煮込む。
【4】「じゃがいも」も柔らかくなったら、キャベツを入れ煮込んで完成。最後に塩コショウで整える。
【5】お皿に盛りつけして、お好みで「サワークリーム」を入れる。
本来は3時間くらい煮込むと思う。
最後に皿に盛る直前まで塩を入れないのも、味噌汁の技法じゃないかと。
http://sociopouch.files.wordpress.com/2011/11/potaufeu1.jpg?w=580&h=435
各自が勝手に切って食べる。
このたとえ話、変なんだよな。
料理で例えるなら、知る必要があるのは、材料構成と工程、それに概念(肉じゃがとシチューとカレーを分ける要素は何?みたいな)。
問題が解けないってのは、いきなり何の予備知識もなく、ボルシチ作ってくれって言われるようなもんなんだよ。
机の上に、テーブルビートとタマネギ、ニンジン、キャベツ、牛肉がそろってて、調理する人は選択で悩まない。
調理法も最後まで指示されていて、準備された材料で指示通りに作れば、典型的なボルシチが作れるようになってる。
学校では使い方も教える。
一から丁寧に素材別の調理法、効率的な調理順、隠し味まで教えるはず。
当然生徒は、それをそのまま自分で作ってみるだろう。その場では美味しくできるのではないかな。
これが次に生かせない場合、いくつかの段階が考えられる。
1.材料を覚えていない
2.工程を覚えていない
勉強ができないと思ってる奴は、圧倒的に「1や2の欠如」で、そりゃできないだろうとしか言えない。
勉強ができるつもりで応用が利かない奴は、材料や工程をボルシチ専用に覚えてしまうタイプや、概念で認識できないタイプ。
これはジャガイモの扱い方という認識ではなく、ボルシチ料理専用の一工程として覚えるために、カレーやコロッケのときジャガイモを扱えないとか、
ボルシチという料理の概念を覚えないために、典型的なボルシチしか料理できない。
ジャガイモの扱い方は、あくまでジャガイモの扱い方であって、ボルシチ専用の一工程ではない。
出来る奴は、それらの要素が集まったものがボルシチの料理法であると認識できるし、「テーブルビートとタマネギ、ニンジン、キャベツ」のほかは鳥や魚でも良いと認識できる。
http://anond.hatelabo.jp/20110624194233
初体験なんて痛いだけってのは、ごくごく普通のことだから気にすんな。なんか、股の間にニンジンが挟まったような感じがして、1カ月くらい抜けなかったなあ。みたいな。私は幼児姦にあったことがあって、正確には「処女」とは言えない状態だったんで、とっとと経験したかった。3カ月だけ付き合った同じ高2の男子だった。なんか「こんなに簡単に許しちゃうなんて信じられない」って振られた。どうも、私は相手なんてどうでも良かったみたいで、ときどき初体験の相手をきれいに忘れてることがある。とりあえず、身体の関係があった相手を覚えてられるくらいには数は少ないんだけど。
さて、本題。現在52歳の男と付き合っている。私は49歳。17歳のときから男が途切れたことが無いから、それなりに回数はしたはずなのに、今付き合ってる彼のセックスは根本的に違う。「女性を喜ばすこと」が第一で、自分のことはゼロでいいらしい(それは私が嫌なので、無理やりその気にさせることもあるけど)。具体的な方法は今話題の「本当に気持ちの良いセックス」でも読んでもらうとして、実践出来る男と出会えて、本当に運がいいと思う。
世界が変わる。
旦那さんと一緒に、ぜひ、気持ちの良いセックスを覚えてみて。
もやしは意外にコストパフォーマンス悪い。3本100円のニンジンを9回に分けて食うとかのほうがずっといい。
大企業に勤めて5年目。
社内サイトをふらふら見ていたら、退職金計算シートなるものを見つけた。
興味本位で計算してみると、大学院修士卒で62歳まで働いて、だいたい2000万くらいもらえるらしい。
これまで退職金について考えたり調べたりしたことがなかったのだが、思ったよりも高い金額だった。
そして、「こんなにもらえるのか」というよりも、「こんなに払ってるのか」という気持ちのほうが強かった。
毎年、それ相応の人数が入社し、それ相応の人数が定年退職してる。中にはぶっちゃけ使えねー人もたくさんいる。
そんな人にもこの金額の退職金が払われてるのか、その退職金は自分たちが稼ぎ出した利益から払われてるのかと考えると虚しくなる。
この仕組みって、終身雇用とかと同じで、会社が成長するという前提のもとで成り立ってるんだよなあ。
成長が維持できなくなった分は、若い人に負担を背負わせる。
そのうちそれすら支えられなくなって、いつか破綻するよ。
これって、目の前にぶら下げられたニンジンだよな。
40年も走らされた上、40年後にちゃんと食べられるかどうかもわからない。
某航空会社の社員やOBが抗議するのも、こんな風にニンジンをぶら下げられた挙句、もらえるはず(と勝手に思っていた)のものがもらえずに、「ふざけるな!」という気持ちだったんだろうな。
こんな会社、さっさと辞めて、給料は減るかもしれないけど自分のやりたい事できる会社に移ろ。
ちなみに、今辞めると退職金は10万らしい。2000万と比べるととんだ端金だが、そもそも期待していなかったのでもらえるだけよしとする。
HIVとAIDSの違いもわからないバカばっかのインターネットだな、ここは。
こいつらがいつもバカにしてるDQNの方が、まだ知識あるんじゃねーの?
http://alfalfalfa.com/archives/1208438.html
検査は定期的に受けとくべき。
付き合ってる相手としかセックスしないとしても、「彼女の元彼」とか
マジメな付き合いをしたい奴ほど、付き合ってセックスするより前に
2人一緒にちゃんと検査を受けたほうがいい。
彼氏に検査して欲しくて、女の子から言い出しにくい時の必殺技がある。
「ゴム付けると痛い時があるから、ピル飲もうかと思うんだけど」って言え。
それ聞くと、みんな一度は体の心配をするが、強く反対する男は少ないはず。
そりゃ、生で中田氏とかやりたいもんな。
で、「ピルの処方箋もらう時、一緒に病院に付いて来て」って言えばいい。
目の前にニンジンぶらさがってるんだから、そりゃホイホイ付いて行くわな。
で、病院に行く途中に、「ピルって、必ず事前に性病の検査しないと出して
もらえないんだよね。せっかくだから一緒に検査しない?」って聞く。
もうここまで来たら、男もそりゃ検査するしかないだろうよ。
ていうか、俺の前の彼女が俺に使った方法。本当に賢い子だったなあ。
ピルは、最初の一回が使い終わったら飲まなくなってたから、もともと検査の方が
目的だったのかなって思った。
おかげで、ピルなくなった後でも、中田氏はないけど安心して生でセックス出来たし。
付き合って最初にセックスする前に2人で検査、って習慣はもっと広めて欲しい。
ちなみに。
処女童貞同士で結婚すれば一生安全とか思ってる奴いるけど、交際期間が長い処女や童貞の
俺の知ってる処女童貞カップルや夫婦は、半数以上がどっちか、または両方が浮気してる。
男も女も普通にモテる奴なら「一生こいつだけしか知らずに死んでいいのか」って考えるもんな。
ましてや、処女童貞同士の拙いセックスじゃ、お互いに満足感もたいして無いだろうし。
でも、童貞処女同士で付き合ってた恋人に浮気されてHIV感染、まさかと疑いもせずにAIDS発症とか、
最悪すぎるシナリオだな。
ゴールデンウイーク谷間の30日、東京・太田市場の野菜取引ではニンジンがキロ単価前日比マイナス2円など、軒並み価格下落か維持と1ヶ月半ぶりに高騰路線にブレーキがかかった。先月来の長雨にはじまった今回の野菜高値は消費者のふところに大ダメージを与えたが、ようやくホッと一息つけそうだ。この朗報の裏に、実はとある愛国少年による献身的な奮闘があった。
この少年は世田谷区在住の小学生・たかしくん(11)。たかしくんは4月初めから野菜の高騰に悩むお母さんの姿を見ては心を痛めていたとのこと。「何かできることはないか」と考えたたかしくんが始めたのが
だった。
以来、たかしくんは給食で出た野菜をすべて残すという地道な努力を続けた。サラダの葉もの野菜はもちろん、シチューやカレーに混ぜられた小さなニンジンも見逃さず残したという。途中、モンスターティーチャーの妨害に遭ったものの「よし子先生がやおい同人誌を描いていることを教育委員会にバラすぞ」と脅すなどして、うまくやりすごした。
こうして野菜をしっかり残したことが功を奏し、市場での需給バランスが崩れたことで今回の野菜高騰に歯止めがかかった。「単純な古典経済学ですよ」と、たかしくんは語る。おかげでお母さんにも笑顔が戻ったが、まだ野菜ボイコットの手を緩める気はないと言う。「これからは家でも野菜を残して価格をもっと下落させたい」とのこと。母を想う少年の愛は、野菜農家を全滅させるまでとどまることを知らないようだ。
ttp://gaikoanzenhosyo.blog4.fc2.com/blog-entry-929.html
”高速道路無料化”は、民主党が有権者を釣るための目玉となるニンジンだったが、その二つが空手形となれば国民の怒りは倍増しよう。
民主党は「揮発油税の暫定税率を廃止してガソリンを安くします」と国民に約束していたが、毎年2兆5000億円の財源が確保できず、それもまた約束やぶりとなった。
民主党が「現代の姥捨山」と批判し廃止を要求してきた後期高齢者医療制度だが、ミスター年金こと長妻氏は厚労相に就任してあっさりとその存続を容認した。
選挙前、国民に約束した民主党のマニフェストと、民主党政権が実際にやっていることはことごとく食い違っている。
http://anond.hatelabo.jp/20091129120858
たとえば、近所の川が淀んでなんか嫌な感じの臭いとか虫が発生して困ってるとしよう。で、近所の西洋さんが言うわけだ。「脱臭剤と殺虫剤をぶちこめば収まりますよ」と。そりゃ、まあそうだろう。でもそういう問題なのかそれは。そこで東洋じいさんが「まあまて。そもそもの原因は最近流れ込み始めた生活排水と、それによりヘドロがたまったことに原因があるのじゃ。下水の流れを変え、こまめに掃除をして、でもって川の生き物を殺さない程度の弱さでヘドロを溶かし流す薬と、あとヘドロが減ってきたら護岸に草の種をまきましょう」とか言うわけ。あんたどっちの意見を採用するね?
これって印象操作だよね?だって、西洋医学が対症療法(脱臭剤と殺虫剤をぶちこめば収まりますよ)で、東洋医学がそうでないとなぜきめつけるの?なぜ、東洋医学が対症療法で、西洋医学がそうでない可能性を考えないの?それはあなたの思い込みであって証拠はないよね。
たとえば
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak281_285.html#zakkan282
この本には、漢方薬の薬効評価の非科学性が書かれている。その他に、使い方を誤ると大変なことになる例がいくつか書かれている。その一つがチョウセンニンジンである。ニンジンには、血圧を上げてしまう効果があると書かれている。
「気分を高揚させる効果」があるので、病気が快癒していると感じがちだが、それは必ずしも病気が治っているのではないこと、特に血圧の上昇には注意が必要と書いている。確かに、二重目隠し法で検査した場合に、ニンジンに認められた効果は、この「高揚感」だった。
これなんか、東洋医学が実は対症療法だった可能性の一例になるんじゃないかな?
でも、あんたは言うかもしれない『東洋医学も、そりゃ確かに最終的には「効く」のかもしれない、でも、それならそれを証明する必要があるだろう』って?だから、長い歳月によるデータの集積、ってのがあるんだろう。東洋じーさんは、様々な場所で様々な川をたくさん蘇らせてきたという実績を少なくとも持っている。
そう、どちらが対症療法かは結局治療実績で判断するしかない。東洋じーさんは、様々な場所で様々な川をたくさん蘇らせてきた実績を少なくとも持っているかもしれないけど、西洋じーさんが現れて蘇らせ始めてから、川の蘇らせ率が飛躍的に改善した。また、川の各種指標も改善し、東洋じーさんでは蘇らせられなかった川をいくつもよみがえらせてきました。その結果川の蘇らせを担当するのはほとんど西洋じーさんになり東洋じーさんの出番はほんの少しです。さて、対症療法だったのは東洋じーさんだったのでしょうか?西洋じーさんだったのでしょうか?
しかし、俺は個人的には漢方薬を保険適用外にするのは反対だな。西洋医学で治せない症状がある限りプラセボ薬も必要だろう。漢方薬推進派は漢方薬禁止と漢方薬許可のランダム割り当て試験で保険費用比べてみればいいんじゃない。きっと漢方薬許可のほうが勝つよ。仕分け人なんてお金のことしか考えてないので、それで十分だろ。
# 皆の言いたい事は、実はよく分かってたりするw でも、一度、こういう観点でこの話題を批判してみたかったんだw
氏の名前は聞いたことがある。故人だし、当時の情勢も情勢だし、当時を伝聞でしか知らない俺らが批判してよいものかどうか躊躇。まあ批判はいいんだろうけど、あくまでも憶測が入り混じり過ぎてる事はわきまえておかないとダメなんだろうな。
しかし現代においてそんなのが居たとして、その常人離れした思考の持ち主は、なぜ常人離れしている事に気付けないのだろうか? そいつはそういう能力が無いからだ。まさに無能だ。なぜ無能なのか? 目の前のニンジンを追いかけているだけだからだ。自分の中、およびそれ以外の世界で解決を待っている問題に眼を向けようとしなかったのだ。
ううん、やっぱりそいつはただのサボり野郎だ。俺としては「働き者」とは評価できない。
# ……という感じで俺が頑ななのは、やはり親の影響なんだろうか。要約すると「人に喜ばれて、初めて働いた事になるんだ」みたいな事をしつこいくらいに刷り込まれたもんだ。
ウチもそうだが、、レシピはあまりないけどこんなふうにした。
1) なすのしょうゆ煮っ転がし
まずは、ゆきひらなべみたいなちょっとでかい鍋を用意する。茄子はへたを取って、縦半分に切る。
これははやく煮えるとともに、ダシがしみこむようにするため。
水はひたひたからちょい上くらい。だし醤油、醤油、味の素少々をいれて、切った茄子をいれて煮込む。
軟らかくなったら食べられる。わりと、15分とか煮るのに時間はかかる。
2) 麻婆茄子
挽肉も入れるように書いてあるが、俺は肉は食べないのでなし。
茄子のへたを取って、5ミリくらいでスライスする。フライパンで色がつくまで炒める。
炒めたところで、細切りのピーマンを入れる。しなっとしたところで、レトルトのたれをいれる。
あとは、ニンジンの細切りとかも入れるって書いてあるけど、なかったのでなし。たまねぎの細切りとか、
もやしとかもいためてまぜまぜするとおいしいかもね。
あとは、たきたてごはん。
夕食はおいしかったです。ただ、これ、めっちゃからいのな。喉かわくので、多めにお茶は必須。
包み隠さず言うとぼくは「総理萌え」だ。総理の男の子は個人的にかなりポイントが高い。これは長い間隠していたんだけれど、最近、意外と「総理萌え」に共感していただける方が多数いることが判明した。すばらしい。しかし、検索しても「総理萌え」が全然ヒットしない。ぼくは声を荒げて言いたい。みんな、総理萌えをカミングアウトするべきだ、と!
共感してくれる人はどれだけいるのか分からないけど、共感していただけたら、はてブしてほしい。
「総理萌え」とは何か?
要するに総理男性に対する萌えだ。特筆すべき点を以下に述べたいと思う。必ず「総理萌え」を理解してくれる人はいると思う。大事なことだからもう一度言うけど、実は「総理萌え」という方、以下のことに共感できる方がいれば、ぜひ、はてブして欲しい。
清楚で地味でデフォルト設定:
総理の男の子は社長みたいに株主総会も無ければ、役員会で打ち合わせに出ることもない。せいぜい、年頭会見ぐらいだ。マスゴミや野党に叩かれるので、政策もデフォルト設定のままだ。だから服装が清楚で地味だ。だから、それがいい。最近はやりの若手女性議員と完全に対角をなす。
それは、素材の味をそのまま出している。若手女性議員はカレールーの中で煮込まれたニンジンみたいなもので、しゃれたスーツと化粧で元のテイストが一切分からない。対して、総理は生野菜サラダのようなものだ。男性としての美しさがそのままにじみ出ている。そう、「デフォルト設定」。それが総理男性の最も特筆すべき点だ。
誰か「総理ばっかりの写真集」とか出してくれないだろうか?できれば、月刊とかで出して欲しい。
さらに言えば「総理喫茶」なんかが出店されるとうれしいけれど、総理のウェイターという時点でもう総理ではない気がする。なんにせよ、本当に素材が無くて困っています。
総理萌えの知名度があまりに低すぎる。ぼくは、「総理萌え」は足フェチよりランクは上だと思っている。せめて、地デジに切り替わるまでにその存在を世間で知られるようになって欲しいと思う。
包み隠さず言うとぼくは「経理萌え」だ。経理の女の子は個人的にかなりポイントが高い。これは長い間隠していたんだけれど、最近、意外と「経理萌え」に共感していただける方が多数いることが判明した。すばらしい。しかし、検索しても「経理萌え」が全然ヒットしない。ぼくは声を荒げて言いたい。みんな、経理萌えをカミングアウトするべきだ、と!
共感してくれる人はどれだけいるのか分からないけど、共感していただけたら、はてブしてほしい。
要するに経理女性に対する萌えだ。特筆すべき点を以下に述べたいと思う。必ず「経理萌え」を理解してくれる人はいると思う。大事なことだからもう一度言うけど、実は「経理萌え」という方、以下のことに共感できる方がいれば、ぜひ、はてブして欲しい。
経理の女の子は営業みたいに外回りも無ければ、来客で打ち合わせに出ることもない。せいぜい、お茶汲みぐらいだ。キーボードや電卓を叩くので、ネイルもデフォルト設定のままだ。だから服装が清楚で地味だ。だから、それがいい。最近はやりのage嬢と完全に対角をなす。
それは、素材の味をそのまま出している。age嬢はカレールーの中で煮込まれたニンジンみたいなもので、盛った髪とネイルと化粧で元のテイストが一切分からない。対して、経理は生野菜サラダのようなものだ。女性としての美しさがそのままにじみ出ている。そう、「デフォルト設定」。それが経理女性の最も特筆すべき点だ。
経理の女性は簿記を理解している。そのため、数字に対して抵抗感が無いし、社内の手続きを熟知しているので、ある程度の順序だった論理的思考も理解できる。これこれこうだから、こうという順序を追って、説明しても理解してもらえる。むしろ、これこれこうだから、こうなんですから、いついつまでに、これを提出してください!と、逆に順を追って説明されることも多い。理詰めで注意されると理系M男性はもうメロメロだ。
論理的思考ができる女性で近くて遠いのが理系女だ。しかし、理系女と経理女性の違いは「女の子度」の高さだ。理系女は大学4年間、男性と過ごし、仕事でも男性の中でやってきているが、経理女性は、高卒だったり、短大出だったり、文系大学だったりで、理系女ほど男の中でもまれていない。女性らしさは理系女より多く含有しているように思われる。
経理というルールだらけの仕事をしているので、(私生活はどうあれ)ある程度、まじめで几帳面なところがゼロではできない仕事だ。馬鹿ではできないし、勢いだけでもできない。まじめで清楚。これ以上、萌えるものがあるか!?
今後、ロスジェネ世代から上の年代に経理萌えは確実に拡大すると思う。経理萌えはもっと声を荒げるべきだ。なぜか?ロスジェネより上は、もう女子高生や女子中学生に萌えるには年齢的につらいし、現実的に彼女たちと分かり合いづらい年齢だからだ。さらに、いつまでも女子高生や女子中学生に萌えていると犯罪になってしまう年齢になりつつある。考えてみて欲しい、32歳のロスジェネ男性は高校1年生の2倍生きていることになる。一方、経理女性は会社の中だし、共通点も多いし、服が地味で清楚っぽいし、まじめだし、論理もわかるし、理解し会える部分がある。リアルで萌えるべきは断然、経理だ!違うか?
独自調査のサンプリングの結果、以下のような共通点に2点以上あてはまる男性に経理萌えが多いことが判明している。
・高学歴か頭がいい人かどちらか。
・ほぼ全員、年収が平均より高い。
だから、高年収の人と付き合いたい人はネイルサロンにお金を払うよりも簿記検定を受けて、経理の仕事に就いたほうがいいかもしれない。
「経理萌え」はすごく萌えにくい。ぼくは毎日が不完全燃焼だ。なぜか?普通、経理の人は会社の外に出ない。つまり、自分の会社の経理担当しか「素材」がない。よその会社の経理担当に会う機会はそんなにない。弥生会計の営業でもやれば経理担当の女性に会う機会が増えるのかもしれないが、普通に生活していると経理担当に会うことは難しい。女子高生萌えは、電車の中でも、街中でも、いくらでも「素材」を発見することができるが、経理萌えは「素材」の収集が非常に難しい。だいたい、街で経理っぽい女性を見かけても、それが本当に経理なのかどうかは聞かないとわからないし、聞いたらあきらかにおかしい人だ。
誰か「経理ばっかりの写真集」とか出してくれないだろうか?できれば、月刊とかで出して欲しい。
さらに言えば「経理喫茶」なんかが出店されるとうれしいけれど、経理のウェイトレスという時点でもう経理ではない気がする。なんにせよ、本当に素材が無くて困っています。
経理萌えに需要があったとしても世間のムーブメントにするには難しい。なぜか?経理ファッションの真髄は「デフォルト設定と地味な服装」だ。それが、ファッション業界からすれば全く何も潤わない。つまり、経理萌えがブームになったところで、経済効果は薄い。あるとすれば、簿記検定を運営している日商が儲かるくらいだ。つまり、経理萌えは、プレイヤーもマーケットも出てこないジャンルだ。経理萌えを流行らせるトリガーは何かないのだろうか?
経理萌えの知名度があまりに低すぎる。ぼくは、「経理萌え」は足フェチよりランクは上だと思っている。せめて、地デジに切り替わるまでにその存在を世間で知られるようになって欲しいと思う。
なお、オリジナル盤シングルのB面(LPのB面1曲目)はなぎら健壱の「いっぽんでもニンジン」(作詞:前田利博、作曲:佐瀬寿一)であった。当時子供たちにはむしろこちらの方が流行ったという説もある。
親は共働きで裕福、家にレコードを再生する一式は備わっており、
当時幼稚園児だった私たちは33回転のクラシックのレコードを45回転で再生してみたり、
雑誌の付録についてくる赤い透明のレコード(ソノシート)を手回しで回したりと、
たいやきくんの曲は子供にも人気があった。45回転で回してみんなで笑い転げる、という点で。
いっぽんでもニンジンの曲は子供にとても人気があった。踊れる音楽、という点で。
たいやきくんの曲は親が聞き入るタイプの曲だった。素の曲は子供にとってはかったるい何か、だった。
野菜や魚を移動販売している軽トラックが大音量で流していて、ますます子供にとっては嫌いな何かとなった。
「フォークソング」というジャンルを認識するようになるのははるか後のことだった。
いっぽんでもニンジンの曲はかけていると親が奇妙な顔をしていた。あたまが悪そうに見えるらしい。
「く・じ・ら きゅー」の部分が特にそうだったように記憶している。
たいやきくんの曲をサラリーマン哀歌として好んだ親が買い与え、
子供はいっぽんでもニンジンの曲を歓迎し、たいやきくんをMAD素材として消費した。
我が家ではそうだった。ほかの家ではどうか知らない。そういう話。
http://www.youtube.com/watch?v=Mqm89KdJ9DM
いっぽんでもニンジン