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2017-04-21

無職半年経過

無職になって半年が経つ30代前半

転職回数は4回で正規非正規交互くらい

長文注意

30社以上応募したが、なかなかいいご縁がない(1月辺り約5社だから少ないけど。前半は精神がやられてたので休んでました)

その中で面接できたのは5社くらいだからいい方なのかも

やっぱり自己分析が足りないのか、やりたい事が何かを考えるのが足りないのか、というか考えすぎなのか

やりたいと考えてもほんとうにそれがやりたい事なのか、本当にやりたいことでもタイミングよく募集があり面接も上手くいってその後も仕事が続けられるのか、というか考えすぎなのか

面接で上手くいかないのは準備不足か、念入りに準備しても上手くいかないのは準備のしすぎなのか、面接官が初めから歓迎ムードじゃないのは何かいやな事があったのか、いやいや面接するのか、じゃあ書類選考でさきに落とさなかったのか、期待できないけど会うだけあってみような気分なのか、最初からそんな気持ちからいい印象にならないのか、こちらが明るく振る舞えばいいのか、明るく振舞ったらヘラヘラしてると思われるのか、やっぱり考えすぎなのか

普通の人はいつでも面接でハキハキとちょうどいい具合に話せるのか、そんなにメンタルいい人がやっぱり普通なのか、自分に自信が無いだけなのか、自信とは自信持てと言われてすぐに持てる物なのか、普通に友達感覚で話せばいいのか、そんなわけ無いだろと読んだ人は思うのか

相手の様子を見て態度を変えてるのがいけないのか、じゃあ切れてもいいのか、嫌味を言っていいのか

うまくやれる人はそだちがいいのか、努力してきたからなのか、単純なのか、適当な人の方が上手くいくのか、適当なひとは社内で適当な事ばかり言って迷惑はかからないのか

面接官もそんなに出来る人なのか、転職者を見下していい気になっているのか、失敗したく無いからそんなに採用に慎重なのか

自分の勢いが足りないのか、スキル評価されないのか、基地外なだけなのか、社会不適合なのか、死ねというのか

転職回数多めでも職歴を褒めてもらったけど、面接覇気が足りなかったのか、隠し切れない不安を押し殺せというのか

転職回数多いのはそんなに悪いのか、最近はむしろあるていど普通じゃないのか、全体からみて非正規も半分近いんじゃないのか

全体の景気が悪いせいなのか、就職氷河期からこんな感じなのか、派遣で探すべきなのか、また転職回数増えるのか

正規で威張ってるやつは何なのか、仕事渡して自分は定時で帰るやつは何なのか、俺も正規になるとそうなるのか

それでもやっぱり考えすぎなのか

これを最後まで読む人はいるのか

考えすぎなのか

もうだめなのか、もう寝るのか、まだ早いのか、飯食うのか、どうでもよくなってきたのか、終わりにするのか、オチはどうつければいいのか、就職できる奴はオチも上手くつけられるのか、俺にはむりなのか、やっぱりむりなのか、どうなのか




なないで


頑張ってれば上手くオチがつけられるようになるのか、やっぱりオチがうまくつけられなかったのか、無理してオチをつける必要は無いのか、もはや怪記事になってしまったのか

7日なのかのかなの就職できるかな

2016-07-24

私の体験したオカルト体験をここに記す②

判断は読者にお任せする。体験した出来事に対する主観と、憶測を記す。もしよかったら①から読んでほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20160724155200

その日の晩、明晰夢

というより半分起きて半分寝ている感じの夢うつつ神様を夢に見た。以下、見たもの感想


稲荷神社祭神様は赤い着物女性だった。顔は高いところにあって見えない。後ろに白い服の爺やみたいな人が控えている。他にも何人か白い人。白い人は狐の形状をしていない。赤がなく、光のように白い。

場所神社鳥居の中。あの稲荷神社は狭くて物理的な場所はないけれど意味として内側の空間に入れてくれて昇殿参拝させてくれた感じ。社の中だったのかもしれない。

歓迎ムードで、うちにはこういうのもありますと石の陽物を見せてくれた。ご神体ではないようだが、この神社にはそういうご利益もあるのだろう。残念ながら今のところ、ご利益が役に立つ予定はない。

地元神様は大きい何か。大きな本殿から虹色で透明なアメーバがはみ出している。全貌が見てとれない。

お世話になった感謝を込めて頭を下げると、右往左往していたことを笑われた気配。「そんなに心配なら」と日付を示して、この日においでと言われた。今度の休日だった。

稲荷神社本社に当たる神社は「うちは無関係ですから」という態度。冷たいわけではなく、違う部署、違う管轄から挨拶しなくていいよという雰囲気で、姿や様子は見えなかった。


この後、神様と狐達は私へ異口同音に繰り返し言った。

大丈夫」「自分で決めなさい」「危ないか大人しくして(助けられない)」

正直言うと春先のこの頃は仕事が忙しく、オカルトに関わっている余裕がなかった。

ストレスで頭が壊れた可能性は充分に高いと考えていたし、そうならば遠から死ぬだろうと思っていた。梅雨明け前の現時点では、まだ元気に生きています


見た・言われたという動詞を使っているが、五感で知覚しているわけではなく、視覚聴覚は感じない。夢より不確かな、妄想めいた非言語イメージARのように現実へ重ねたように体感している。これが第六感や霊感なのかもしれない。

2016-07-14

天皇陛下生前退位報道に見る、世の中の期待

ひとことで言うと、生涯現役を望んでいる人間ってじつはいないんじゃないかということ。

天皇陛下生前退位されることについて、若い世代高齢者批判的な態度を取るものは少数派だ。

一部では宮内庁はそうした事実は一切ないとしているという。

にも関わらず、報道一つで国民全体が歓迎ムードになるということは、その裏にそうなってほしいという期待があるからに他ならない。

日本人はもう辟易しているのだ。

高齢経営者がその座にしがみついて企業が衰退していくことを。

生活不安のために、定年を迎えて尚働き続けなくてはいけない世の中の不安定さを。

からこそ、日本人の頂点であり象徴である天皇陛下生前退位されることに誰もが期待の目を向けているに違いない。

それで思ったのは、本来年金支給年齢を繰り上げるのではなくて、最終支給年齢を設定するのが良いのではないかということだ。

平均寿命が伸びたのだったら、年金の支払いに参加した時代平均寿命まで支給されるようにすれば公平と言えるのではないか

高齢者はその間までに残りの余生のあり方を考えればよいし、いたずらに定年を繰り上げて疲弊していくこともない。

これから時代高齢者に求められることは第一線からの退き方と、人生からの退き方と言えるだろう。

生前退位に見る天皇陛下による退きしぐさが、世の高齢者達に対する終活の手本になってくれることを世の中が望んでいるのだ。

2016-03-26

新幹線開通に思う全体主義

北海道新幹線がやってくる。これに関してはここでは詳しく触れない。

問題だと感じる点は、新幹線が来ることへの雰囲気の作り方だ。

まず北海道メディアはこれを礼賛し、連日新幹線や、それにまつわる鉄道歴史青函連絡船青函トンネル関係者へのインタビューなどが繰り返される。新幹線開通に伴う寝台特急廃止もいつも以上に騒ぎ立てている。

さらに、交通機構も押し並べて新幹線歓迎ムード高速道路の休憩所はこの話題ばかりだし、JRの駅も同じ。2週間前に帯広市という新幹線が来るわけでもない都市に行った際にも、謎の新幹線歓迎コーナーが設置されていた。

もちろん公社行政ムード作りに一役買っている。新幹線開通を祝うクリアファイルなんてどれだけ見たことだろうか。

この構造は、今回は新幹線開通に伴い用いられるものからまぁ別に良い。だがかつてこのようにして戦争への雰囲気作りが行なわれたことは、別に左翼でなくとも覚えておいて損はない。

実は戦後まだ70年しか経過していない、という評言は成立しうる。21世紀でも、こんな単純な総動員の雰囲気作りが成立しうるのだ。

問題点は、行政からメディアまで、一体だれがこの雰囲気を作り出しているのか不明なことだ。ちょっと前までは新聞でもテレビでも、新幹線への反対意見掲載されていた。何がそれを払拭させて「新幹線が来ます。わーわー」的なアトモスフィアを醸成しているのか。この時期に反対意見述べるのはたしかに「水を差す」感じなのかもしれないけれどね。

2016-02-23

ブロガー個人情報晒すのを喜ぶこの風潮は何なんだろう。

http://b.hatena.ne.jp/entry/can1222.hatenablog.com/entry/2016/02/22/231730

一部界隈でブロガー本名や顔を公開することを迎合する雰囲気があるようで、ちょっとびっくり&寒気。

ブログ書くだけなら顔もPN関係ないと思うし、ネット上でわざわざ危険を侵す意味がわからない。

情報時間に「不用意に名前写真を載せてはいけない」って習わなかったのかな。

まあ載せる載せないは個人の自由にしても、これに対して

「(顔と本名晒して)ますます好きになった」

とか

賞賛しかない」とか。歓迎ムードの周囲の考えがわからない。

ブロガー個人情報晒すのを喜ぶこの風潮は何なんだろう。

2015-12-30

ネトウヨ極右政治家安倍批判した方がいい

一瞬だけ賛否乱れた韓国国内の反応が元慰安婦発言が繰り返し報道されて、

韓国外交的敗北という政府批判が優勢になってきた。

これには日本国内産経を含む合意歓迎ムードも一役買ってる。

そこでネトウヨ恥知らず極右議員の方々にひと頑張りして安倍批判をしてほしい。

そうでなければ、韓国国内合意賛成派の51:49で韓国外交的勝利したという論が韓国社会に受け入れられない。

さあ頑張れ。

2015-11-29

とある聖地本音

先日とある戦車アニメ聖地お祭りに行く機会があった。

どのサイトを見ても楽しそうで現地の人も大歓迎ムード町おこしに一役買っているとオタクを褒める内容ばかりだ。

実際そのアニメは出来がよく、普段アニメを見ることのない自分でも楽しめた良作だと思った。

  

当日はあいにくの雨だったが朝から現地入りし、会場まである地元民の車に同乗させて頂いた。

仕事でつきあいのある中小企業の方だ。

そこで何気なく「やっぱりアニメ効果は凄いですか。見渡す限り男性ばかりですね」と言うと、

事前情報として聞いていた地元民は協力的で喜んでいる、とは真逆の答えが返ってきた。

  

「そんなの、一部のお店と青年会だけですよ。

住むわけでもないのに騒ぐだけ騒いで、過疎化した町に何の恩恵もないです」

  

実際町を見ると、一部の商店街は所狭しとオタクが群がって歩いているが、店の方はただ店番が座っているだけ。

やる気のある?店もあるにはあるが、ほぼ八割の店がなんらアクションなく道行く人をじっと椅子に座って眺めている。

  

町おこし観点から言えば、今売れるだけ売ってその資金を元手に改装をし事業展開をし、来たる日の為に延命を図るべきなのだろう。

しかし気まぐれに訪れ、いつ来なくなるともしれないオタクの為に借金を背負えるほど店主達は若くはなく、

跡継ぎがいるわけでもなく古い寂れた店構えのまま、ただ言われるがままにアニメキャラパネルを置いて座っている。

オタク迷惑はかけられることはあっても、金が入ってくるわけでも未来があるわけでもない。

そもそも本来こういった地方商店の休業日は日曜日なのだが、店の前を歩くオタクの為だけに、パネルを見せて写真

撮らせるだけの為に日曜でも店を開けているという。

  

「知人の娘はコスプレしないんですか?とセクハラを受けるので接客業をやめました。今は水戸に住んでいます

このお祭りもこれだけオタクが多ければ地元民は誰も来ない。駐車場も使えないしステージは朝から占拠される」

  

そしてなるほど小さいステージは朝から満員御礼

合羽を着込んだファンが所狭しと並んで座っている。自分はそこの町の高校演奏が聞きたかったが断念した。

何故なら傘しか持っていなかったからだ。

  

普通地元祭りなんて傘があれば十分なんですけどね…Aさんの町のお祭り、雨合羽持参で来る人なんています

当然のマナーって言われるんですけど僕らのマナーはむしろ、見たいショー以外は退くのがマナーですよ」

  

もうこれは地元民の為の祭りではなかった。見渡す限りオタク。それもテンションの高い成人男性ばかり。

ベビーカー夫婦入り口困惑していた姿が印象的だった。

  

税金を納めている地元民が楽しめない祭りなんですよ。儲かっているのはここに屋台を出している店と宿泊業と交通機関だけ。

それだけで後の364日を賄えると思いますか?364日を支えている地元民は今日一日じっと耐えるだけです」

  

ブームはそのうち去るから

早く去ってくれと願っていると彼は言った。

宿泊施設に勤める奥様からお話を伺ったが、似たようなため息混じりの口調だった。

愛想笑いが辛いという。

  

俺の嫁なんですよ!とか言われてもなんて返せばいいんです?気持ち悪いですねとも言えないし

この人たち全員独身なの?ってゾッとします。目がもう普通人間の目じゃないです

ありがとうございます、と言うだけです。ここが好きと言われても好きなのはテレビの中のこの町でしょうに」

  

彼らは普通一般人で、アニメに出てくる町の住人ではない。

ましてやディズニーランドキャストでもないし、演出を手伝う義務もない。

自分が見る限り、地元民の半数の目は死んでいた。愛想悪くふるまう住人も多かった。

でもそれはきっと彼らのせいではない。それだけの理由があるのだ。

  

聖地最高!と叫ぶのはいいが、本当に、本当にオタクが思うほど歓迎されているのか。

  

2014-06-23

草野球チームにやってきた助っ人外国人

学生時代に仲が良かった連中と、週末に集まって草野球をやっていたことがある。

チーム創設当初は昔の仲間が中心だったんだけど、人伝てだったりブログ経由だったりで徐々に大所帯になっていった。

そうやって少しずつ人数を増やしながらワイワイ楽しくやっていたら、あるとき外国人青年がやってきた。

私たちが盛り上がっているのをブログで知って、仲間に入れてほしいとメールをくれたのだ。

監督兼任していた私は、とりあえず見学に来てくれないかと提案した。

チームとしてはそこそこの規模だったけど、外国人が入ってくるのは初めてだったので、みんな彼には興味津々だった。

もちろん事前に彼のプロフィールは知ってたんだけど、それでも見学当日はチーム全体がソワソワしていた。

結果から言うと、彼はあっさりとチームに溶け込んでしまった。

もちろん、みんなが歓迎ムードだったことや彼の人柄や優れていたことも大きかった。

でもそれと同時に、彼の技量がずば抜けていたことも大きかった。

彼は184センチ92キロというピッチャーとしては申し分のない体格だった。

母国いたころは、高校生全国大会ベスト8に輝いた実績もあるという。

体格と実績のとおり、彼の投球は本当に素晴らしいものだった。

まず、カーブシュートスライダーシンカーチェンジアップという豊富な球種を扱えた。

加えて、100球以上投げてもコントロールがほぼ一定であり、集中力乱れることがなかった。

球速自体はそこまでではなかったけど、それは問題にならなかった。

ピンチの場面でも出せばキッチリ抑えてくれたし、先発させても7回まで1~2失点という具合だった。

彼のお陰で草野球大会では常にベスト4以上に食い込むようになった。

本当に、うちのチームを選んでくれてありがとうという感謝の気持ちでいっぱいだった。

そんなことがあったんだけど、あるとき仕事の都合で、私は海外赴任をすることになった。

偶然にも、助っ人外国人である彼の母国に赴任することになったのだ。

どこぞの知らない国であれば辞退しようと思っていた私だったが、彼の母国に行けると知って嬉しくてたまらなかった。

からその国でのルールマナー野球事情などを教えてもらい、早く行きたいと思いながら過ごしていたのを覚えている。

それがだいたい7年ぐらい前の話。

現在の私はというと、甲子園というものにすっかり夢中になってしまった。

このぐらいの時期になると、どうしようもなくソワソワするぐらいハマっている。

毎年のことながら、高校球児たちの活躍の姿が見られるのが楽しみでしょうがない。

初めて観たとき日本高校生レベルの高さにビックリしたものだ。

それと同時に、彼のような人材が育ったのも頷けた。

ただ、甲子園を見ていると時々すこし辛くなる。

高校生だった彼と一緒に、甲子園でプレーができなかったことが悔やまれるからだ。

国が違うからしょうがないのはわかっているんだけど、どうしてもそんな事を考えずにはいられない。

彼と同じチームに入って、彼と喜びを分かち合いたかったと考えるたびに辛くなる。

から今でも甲子園球場に彼の姿を探してしまう。

2013-09-21

私、ジア武合瑳と申します。

http://hamusoku.com/archives/8067863.html

DQNネーム歴史を塗り替える衝撃のDQNネームが爆誕wwwwwwwwwwwwwww

TLに流れてきたので何気なく覗いたらすごいことになってた。

なんというか、なんにもいえないこの感じ。伝わってますか?

ねらーの方々の反応が正常な反応だと思いました。釣りだと良いんですが。

こういうDQNネーム(巷ではキラキラネームオブラートに包まれてますが)は、

一体全体どういう流れで生まれて、どうして無くならないのでしょうか。

つの時代から生まれたのかは定かではないですし特定もできないですが、

社会問題として取り上げられた「悪魔ちゃん」の頃から顕著に表れてきたんでしょうか?

正直いつごろなの分からないですけど、結局悪魔ちゃんってどうなったんですかね?

まあそういう「悪魔ちゃん」みたいな「他にはない」という点で名前が決められてるように感じます

珍しい名前個性だ、と。他にはない、オンリーワンだ、と。

そういう意味ではゆとり世代が親になり始めた頃から増加し始めたと言えるかもしれません。

まあ上記の「オンリーワン」感でつける親も少なからず居ると思うのですが、

かわいい」「かっこいい」という単純な(わかりやすい)理由でつける親も多いのではないでしょうか。

ファッション性というか、まあいわゆる親の自己満足世界の話ですが。

そういう事を考えていくとDQNネームをつけてしまう親も得てしてDQNだと思いますが、

そのヤンキー性で、自分の子どもを私有化しようという気持ちがあるように感じます

マーキングというか、ヤンキー縄張り争いなどと似たようなものですね。

「我が子」だから自分の子どもだからと言って「親の勝手だ」というのはカンタンです。

ヤンキーというのは基本的に世襲制ですので、よほどのことがない限り周りの親族や友人も

DQNネーム歓迎ムードから「さすがにその名前はヤバくねwwww」という風に止める人物は皆無かと推測できます

いや「さすがにその名前はヤバくねwwww」と賛成する人のほうが多いかもしれませんが。

子ども立場に立って考えてみると「たまったもんじゃない」というのが本音しょうが

子どもというのはつまり自分な訳です。世襲してきて次世代に受け継ぐまさにその瞬間な訳です。

その時に脳裏をよぎるのは「俺と同じように生きて欲しい」というような親心

似たようなDQNネームをつけてしまうというサイクルが出来上がってしまっているのかもしれません。

ブラック企業であるような「俺にも出来るんだからお前らにも出来る」のような恐ろしい考えと言えますが、

そこに愛情がある分劣悪な環境に落ちていくスパイラルではないので安心出来るでしょう。

まあ数年後、数十年後にはもっとすごいDQNネームが登場するかもしれませんが。

結論:どんな環境に生まれても強く生きていくしかない

 
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