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2011-03-07

パンティーという名の明日ダーウィンに捧ぐ)

拝啓 ダーウィン



21世紀の僕たちは、パンティーに欲情しております



僕たちは、パンティーの中だけでなく、パンティーそのものにも欲情しております

それは、望むと望まざるとに関わらず。



ダーウィン様の提唱した「性淘汰」にもあるとおり、

我々は異性の性的な特徴に魅力を感じるように出来ています。



その特徴は、時には競争の激しさによって、より過剰になり(クジャクの羽根やトナカイのツノ)

そして異性はその過剰な見た目に惹かれてしまうように出来ています。



羽根が奇麗なオスのクジャクはその遺伝子をより多く残す事ができ、

種族間の淘汰圧が高いほどその魅力が顕著になる。



ダーウィン様。

我々は、性淘汰の過剰な圧力の結果パンティーに欲情しております



現代ニッポンにおいて、一部の事故病気のぞき、我々は「死」に直面する事が

ない世界に生きております。つまり、争いはほぼ「種族間のみ」に限定されているのです



猛獣に襲われることもなく、若いうちに病気で死ぬ確率もかなり減った。

遺伝子を残す上での我々の敵は、同性の我々なのです



繰り返しますが、我々はパンティーに欲情しております

それは、過剰な性淘汰の結果なのです



もはや性淘汰は身体上の特徴だけでなく、「精神性」の特徴に移ってきました

それは知力だったり趣味・嗜好だったり、思考そのものだったり。

精神性の圧力がある故、思想を表す「ファッション」が、性淘汰の対象になったのです



ファッション」によって、相手が何を好きなのか、どれだけの経済力がありそうか、

どんな音楽場所によく行くタイプなのかの「情報」が相手にわかるようになったのです



そして、それはパンティーにも及びます



拝啓ダーウィン様。

僕は、僕は…。純白なパンティーに欲情してしまいます。

純白で、ちょっとかわいいリボンのついたパンティーそのものに欲情しているのです



それは、あなた提唱した性淘汰の結果だと捉えております



ダーウィン様。

あなたは何色のパンティーを好きだったのですか?



敬具。

2011-02-02

遺伝子はいから神になったのか

遺伝子はいから神になったのか」

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b#

このような記事があがっていたので、目立つように投稿

俺のコメトラバも受け付けてもらえなかったので、この記事から目に付いて読まれればいいなと。


書いた方はいろいろ誤解しているので指摘です


キリスト教では、神が残したものが二つあります

それは、「この世」と「聖書」。

神の教えを知りたければ、そのどちらかを、または両方を知ろうとしなければならないのです

それがキリスト教圏での基本的な考え方。

から西洋では「この世」を知るために自然哲学が発展したわけ。

クリスチャンは、自然を知って神の教えを知り、征服していくことが神に忠実な姿勢だと思ってたの。

それが神への正しい姿勢だったわけ。

で、当然全ての造物主が唯一の神なのですが、人間ももちろん被造物であるわけ。

そして人間は、他のどんな生物とも違う尊い存在なわけ。


まずはそこまで理解して欲しい



で、今でも自然科学が最も発展している西洋人が、クローン技術などを「倫理」で批判する理由にいきます

人は、自然法則を理解して、他の生物をいじることが可能になったとしても、それは動物相手だからある程度いいわけ

でも、人は人を作ることはできない。というか、あってはならない。

それは人を動物に貶めることであり、神しか作れない人を人が作ることであり、それは神を冒涜することだから



それが、西洋人の言う「倫理」。

でも日本は、アミニズムの国、八百万の神がいる国。

あるがままが美しいとする国。

から日本人はこの問題を「え、そこまでしていいの? そんなのいじるのって気がひけるし、あるがままでよくない?」って思想を「倫理」と呼んでいるのです

それはもう完璧に、「倫理」って言葉を誤解してるのです

から日本人的な「倫理」を西洋人は気にしちゃいないわけ。

それでもまあ、国内で言う「倫理」も国内では無視しちゃいけないかもしれないけど、こういう技術に関しては世界で統一した基準が必要なんです

そうしないと何の意味もないからね。

からクローン技術に関する「倫理」を語る場合は絶対に世界標準の「倫理」の話をしないと意味をなさないんです

それを理解している人が専門家にも少ないから、日本人は相手にされてないんです

外人もそういう場で「神が、神が」みたいな話しないからね。

もちろん外人ダーウィン以降、人は神から作られたんじゃなくて他の生物から進化したとかは渋々認めざるを得なくなったけど、根の考え方というか感覚的な思考というか、信条的なスタンスまでは揺らがないわけ。


ま、もちろん両国とも、「命をオモチャにるする」ような行為については共有された「倫理」を持ってはいますけどね。

その辺を誤解して、というか混同して議論すると世界的な枠組みが出来上がるはずがないわけ。



それなのに、

そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます

このような恥ずかしい意見を堂々と書く人もいる。

遺伝子を神と同一視してる」なんて、完全に逆の捉え方をしている。

遺伝子は神聖な被造物」だからこそ「倫理的に問題」なわけ。

教典に直接 DNA と書かれてるわけはないけど、「アダムとイブが~」って話がすでに人による人の改造を禁じているわけです

そこを理解すれば、自分で書いたものを読み直せばちょっと恥ずかしい気分になると思う。



あと、私は生命科学者なので一応言っておくけど、DNA物質名前

DNA がつながっている」「DNA継承」は誤用で、「血がつながっている」「遺伝子継承」のほうが適してるかなー。



倫理」についても、「DNA」についても、誤解している人が書いているなあ、と気になったので、一応指摘でした



ま、遺伝子操作を神聖視しすぎずに、柔軟に考えたらいいんじゃないのーって論旨には同意です

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b/d3

2011-02-01

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b/d3

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b#

キリスト教では、神が残したものが二つあります

それは、「この世」と「聖書」。

神の教えを知りたければ、そのどちらかを、または両方を知ろうとしなければならないのです

それがキリスト教圏での基本的な考え方。

から西洋では「この世」を知るために自然哲学が発展したわけ。

クリスチャンは、自然を知って神の教えを知り、征服していくことが神に忠実な姿勢だと思ってたの。

それが神への正しい姿勢だったわけ。

で、当然全ての造物主が唯一の神なのですが、人間ももちろん被造物であるわけ。

そして人間は、他のどんな生物とも違う尊い存在なわけ。


まずはそこまで理解して欲しい



で、今でも自然科学が最も発展している西洋人が、クローン技術などを「倫理」で批判する理由にいきます

人は、自然法則を理解して、他の生物をいじることが可能になったとしても、それは動物相手だからある程度いいわけ

でも、人は人を作ることはできない。というか、あってはならない。

それは人を動物に貶めることであり、神しか作れない人を人が作ることであり、それは神を冒涜することだから



それが、西洋人の言う「倫理」。

でも日本は、アミニズムの国、八百万の神がいる国。

あるがままが美しいとする国。

から日本人はこの問題を「え、そこまでしていいの? そんなのいじるのって気がひけるし、あるがままでよくない?」って思想を「倫理」と呼んでいるのです

それはもう完璧に、「倫理」って言葉を誤解してるのです

から日本人的な「倫理」を西洋人は気にしちゃいないわけ。

それでもまあ、国内で言う「倫理」も国内では無視しちゃいけないかもしれないけど、こういう技術に関しては世界で統一した基準が必要なんです

そうしないと何の意味もないからね。

からクローン技術に関する「倫理」を語る場合は絶対に世界標準の「倫理」の話をしないと意味をなさないんです

それを理解している人が専門家にも少ないから、日本人は相手にされてないんです

外人もそういう場で「神が、神が」みたいな話しないからね。

もちろん外人ダーウィン以降、人は神から作られたんじゃなくて他の生物から進化したとかは渋々認めざるを得なくなったけど、根の考え方というか感覚的な思考というか、信条的なスタンスまでは揺らがないわけ。


ま、もちろん両国とも、「命をオモチャにるする」ような行為については共有された「倫理」を持ってはいますけどね。

その辺を誤解して、というか混同して議論すると世界的な枠組みが出来上がるはずがないわけ。



それなのに、

そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます

このような恥ずかしい意見を堂々と書く人もいる。

遺伝子を神と同一視してる」なんて、完全に逆の捉え方をしている。

遺伝子は神聖な被造物」だからこそ「倫理的に問題」なわけ。

教典に直接 DNA と書かれてるわけはないけど、「アダムとイブが~」って話がすでに人による人の改造を禁じているわけです

そこを理解すれば、自分で書いたものを読み直せばちょっと恥ずかしい気分になると思う。



あと、私は生命科学者なので一応言っておくけど、DNA物質名前

DNA がつながっている」「DNA継承」は誤用で、「血がつながっている」「遺伝子継承」のほうが適してるかなー。



倫理」についても、「DNA」についても、誤解している人が書いているなあ、と気になったので、一応指摘でした

2010-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20100924072251

それずっと前から予測されて言われてることだし

もっと大きく言えばダーウィンが既に言ってた



そういう奴等ほど繁殖欲が旺盛で

しかし自然状態なら子供が何人か途中で死ぬんだけど

社会には各種福祉や保護がある

社会セーフティーネットが結果として劣等を増やすことになり

社会や種が弱くなっていく、って言う

2010-06-05

ナイーブなエコとナイーブな反エコ

切込隊長ブログ記事「なんかエコ活動とかやってる奴がいるけどさ」に、ブクマを見るとほぼ全面支持なのに驚いたのでちょっと書いてみる。「エコ」がこれほど不人気となると正直、日本人類未来は暗いと思わざるを得ないからだ。またその一方で、そうなるのも仕方がないのかなと諦観する気持ちもある。理由は、グリーンピースをはじめとする「環境保護団体」には確かに、隊長が指摘するような非合理性と偽善性がつきまとっており、一般人が不信感を抱いて当然だからだ。

なお、私は環境問題専門家ではなく、市井の理工系の人間に過ぎない。ただ、多少の科学知識があればこの程度のことはわかるはずだということを示すためにこの記事を書いている。

物理のセンスのない「エコ」活動

隊長曰く、

なんかみんな、エコバッグ持ってたり、スタバとか逝ってマイカップ持ち込んで飲んでたり、してるけどさ。

本当にエコとか考えてるなら、風呂の回数減らせよ。一日おきでいいだろ。ドライヤーも使うなって話だ。マイカーぶんぶん通勤してる奴が、得意げになって使用済み天ぷら油の再利用とか言ってて馬鹿なんだろうかと思う。

これは全くその通りと言わざるを得ない。ここでは話を単純化してCO2の削減についてのみ考えることにすると、生活の中でCO2を直接的・間接的に最も排出しているのは自動車光熱費(特にエアコン)であるのは余りにも明らかなのだ。CO2は基本的に炭素を含むものを燃やしてエネルギーを取り出したときに排出される。そして、物理を少し学んだことがあれば自明のことなのだが、日常生活の中ではものを動かしたり熱したりというのが圧倒的にたくさんエネルギーを使うことなのだ。そして、50kgぐらいの人間1人を動かすために、1tぐらいの乗り物を使い、そしてゴムタイヤでアスファルトの上を走る自家用車というものがいかに、たとえば鉄道と比べればエネルギー効率が悪いかは明らかなわけで、エコバッグとかマイカップとかをやっていても車通勤をしているだけでおつりが来るぐらいのCO2を排出することになる。

つまり、個々人が「忍び難きを忍び、堪え難きを堪え」るような「エコ」活動は自己満足以外の意味はほとんどないのだ。

本来の「エコ」とは何か

では、本当の「エコ」とはなにか。上に書いたことからおわかりだろうが、エアコン冷蔵庫を高効率のものに買い換えさせ、人間やものが移動する必要を減らしつつ、できるだけ自動車依存しないように路面電車の整備や業務のIT化を進めていくといった社会構造の改革をするほかない。同時に、エネルギー源をできるだけ化石燃料依存しないように、その方面での技術開発も進めていくことだ。

要するに、「エコ」とはどこまでも今後のエネルギー資源戦略の話であり、マクロ経済都市工学、そしてエネルギー工学といった堅い分野の成果を積み上げていく話なのだ。本質的に、「忍び難きを忍び、堪え難きを堪え」たり、経済成長を否定したり、科学技術を悪と糾弾したりするような話ではない。

ちなみについでに言うと、温暖化CO2原因論に対する懐疑論跋扈している(どういうわけか、池田信夫氏を筆頭にラディカルなリバタリアンは判をついたようにそうなのだが)が、化石燃料の枯渇を見据えればどのみち取らねばならない対策は同じである。だからそのことは考えなくてよい。

もう一つ、隊長の書いている

環境を考えて、太陽電池パネルをつけました」とかさ。太陽電池パネル生産するのにまず二酸化炭素エネルギーロスがかかるっつーの。

はよくある誤解で、最近では太陽電池では余裕でエネルギーの元が取れるようになっている。

ニューエイジ運動による「エコ」の簒奪

ではなぜ、このような誤った「エコ」のイメージとそれにたいする反感がここまで広まってしまったのか。それは、グリーンピースに代表される環境保護団体の姿を考えてみるとわかりやすい。彼らの中には菜食主義、呆れるほど不合理な反捕鯨運動経済成長科学技術物質文明への否定的評価、そしてオカルトじみた「スピリチュアル」といったイデオロギーへの親和性が強く見受けられる。これは本来、上に述べたように「エコ」と必然的な結びつきはどこにもない。にもかかわらず、世間では「エコ」というと、もっぱらこうした偽善的で胡散臭い印象ばかりがはびこってしまっている。これはなぜなのか。

答えを書いてしまうと、これは近代現代欧米に特徴的な「ニューエイジ」と呼ばれるある種の疑似宗教社会運動の産物なのだ。ダーウィン進化論などの影響によりキリスト教的思想基盤が揺らいだ後、既存の価値観を否定し、オルタナティブを「東洋」に求める動きが西洋社会には発達した。それが「ニューエイジ」なのだ。西洋にはなぜか、日本のあらゆる事物を「禅」に結びつけ、むやみやたらと親日的な人(それでいて捕鯨のこととなると途端に北朝鮮まがいの反日戦士になる)が多いが、これも一つには「ニューエイジ」の影響である(日本がそれを利用した面も多分にある)。このほか、北京オリンピックへの反対運動の旗印がなぜ「チベット解放」ばかりで「ウイグル解放」ではなかったか、本質的に同じ宗教の分派であるイスラム教があれほど嫌われる一方で紛れもない異教徒であるダライ=ラマがなぜあれほど尊敬されるのか、そういったことにもこの「ニューエイジ」が背景にある。そしてついでに言えば、オウム真理教とか船井幸雄とかはたまた「水からの伝言」といった訳のわからないものは、日本にこうした「ニューエイジ」が「逆輸入」された結果であるといっても間違いではない(早い話、オウム真理教伝統的な漢訳の仏教用語ではなくサンスクリット語やパーリ語をカタカナ書きした用語を使っていたのはこのためだ。これが「阿吽真理教」であったり、ホーリーネームが「マイトレーヤ」や「マンジシュリー」ではなく「弥勒」や「文殊」だったらあれほど信者を集めたかどうか想像してみるとよい。オウム仏教原理主義でありつつ、伝統回帰ではなく伝統否定なのだ)。

少し脱線気味になったが、要するに「エコ」を敵視している人は戦う相手を間違えているのである。グリーンピースをはじめとする「ニューエイジ運動キモいことには何の疑いもない。ああいう偽善的かつカルト的なものは叩いておくべきだと私も思う。しかし、「エコ」全体を一緒くたに攻撃するのは誤爆もよいところなのだ。

おわりに

鳩山内閣エコ政策が嫌悪されたのはこう見ると当然の話だ。鳩山氏の「いのちを守りたい」というエコ政策は、本物の「エコ」のような国家戦略ではなく、もっとナイーブな感情に端を発していて説得力がまるでなかったからだ。鳩山夫人のオカルト嗜好ともども、これも「ニューエイジ」の影響の産物である面が多分にあり、国民偽善臭を嗅ぎ取ったのはおそらく当たっている。

しかし、エコは本来国家戦略であり、未来にわたる豊かな生活を保つために不可欠である一方で、日本国益にも繋がる可能性をも秘めているのだ。上に述べたように「エコ」のためには重工業技術力が強く求められるのだが、これは日本の得意分野であって、中国韓国といった新興国に対して優位を比較的強く持っている分野でもある。同様の事情を抱える独仏が「エコ」に梶を切り、オバマも「グリーン・ニューディール」を提唱しようとしているのはこのためなのだ。日本政府がこの方面に消極的なのは、重電産業に身を置くものとして実に歯痒いものがある。どうか、もっと事実を冷静に理解し、お涙頂戴物語としてではなく国家戦略としての硬派な「エコ」の推進の世論の形成に手助けをしてくれる人が一人でも増えて欲しいものだ。

追記

誤植訂正。b:id:yoh596さんご指摘どうも。

2010-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20100325003118

ガラパゴスだけに関して言えば、

ダーウィンの学説を裏付ける貴重な証拠」という理由で保護されているので、

それなりに幸せかもしれないが、

ガラパゴス以前や以後に発見された、ほとんどの隔絶された島々は、

暴力的なまでの外からの生物の侵略にさらされ、

多くの自生生物絶滅を招いている。

2010-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20100225170634

進化論はなかった、神が人を作った、けっこうですよ。でもそれを一般科学者にまでは求めないでね。そういうことでしょ。

それが全く通用しない世界もあるって事だよ。

アメリカのとある地方なんかだと、キリスト教保守的な層の一部が高校の理科教科書ダーウィンを載せるなと申し立ててあっさり認められてしまったりする。またアメリカ人進化論を信じるのは4割以下という調査もある。逆に、半数近くが神が人間を作ったとガチで信じてる。

オーストラリア捕鯨に対する異常な反応も似たようなもんだろう。

在日強制連行説はそういうレベルの話である事を前提にする必要がある。事実であるかとか根拠があるかとか、そういう話じゃないんだよ。

2009-10-06

生命男子の続・生命世界の紹介7コンセプト

ブクマが20もついたので続き.

細胞骨格と結合組織・発生と組織形成

細胞骨格というと,モーターの役割つまり骨格筋における化学エネルギー運動エネルギーの変換を取り持つアクチンミオシンすべり説が有名だけれど,細胞骨格はどうやら細胞生理において輸送作用をもち重要な機能を持つらしい.この辺を拡散モデルとの対比の分子モーターモデルで説明するのはちょっと理系カップルならではかな.次元が減るのと熱物理化学的な親和性のための吸着力で輸送が可能になるというお話細胞外骨格や結合基質もつながる.

結合組織は単に体の支持・結合に役立つだけではなく免疫情報伝達・熱と物質輸送等さまざまな機能がある.膠原病から反対に考えてみると普段の結合組織は発生と同様に機能が生理的に制御されている.

で,発生.発生はもう受精卵がヒトになるというので面白いこと請け合い.ちょっと妊娠の話とか混ぜて彼女の考え方を聞いてみてもよいかも,・・・,ではなくてモルフォゲンモデルという古典的な制御のモデルだけでなく最新のモデルの話もあわせて,アポトーシスの話や系統発生繰り返し説にふれてみるとよいかも.発生と完全に地続きのはなしになる.内部状態と環境とが幹細胞の分裂とできた細胞分化とにかかわってくるんだ.

細胞生理―シグナル伝達と細胞環境間における統合と出入力モデル

人間の器官レベルの制御機構神経系と内分泌系が担っていて,後者の支配を前者が受け持つから神経系―受容効果系は人間重要な部分.基本的には前者が高コストだから後者の低コストの制御も合わせて使うと考えればよい.糖の出し入れをいちいち神経で支配していたらエネルギーがかかりすぎる.

んで,システムバイオロジーやさきほどの細胞情報伝達のつながりで,ある細胞につきそこへの全入力エネルギー物質・輻射)・エントロピー・テンパラチャー)と全出力と全内部統合演算とを想定するモデルを考えられるから,細胞の出入力と内部統合につきシステム建設することが多細胞でも重要なんだなどと自分の扱う細胞システム生物学宣伝をしてみる.

個体の行動モデル

単細胞でも人間でも何でもよいのだけれど,先ほどと同じで出入力統合あるいは受容統合効果で考えることは同じ.で,感覚器からの情報統合して,記憶などとも統合し出力をすることを考えるのだけれどこれがしこたま難しい.単細胞生物でも走性に記憶バイアスがかかることなんかが知られているけれど,ブラックボックスとして考えたくなる.強いて僕が考えていることはある入力に大しては特異的に発現しやすい出力があるということから統合のあり方を考えていくのと,神経の機能回路モデル数学的に建設していくのと,があるけど全然専門外.恋した僕の気持ちも僕にはわからない.

単細胞生物生理と地表生態系の類比

地表(海含む)では重力が卓越していて生物や多くの物質は地表に束縛される.そこで単細胞生物と同様に生態系は多くのコンポーネントがあるシステムだと考えることができる.そのサブシステムとしては大陸・海洋・気象・太陽系との関係なんかがある.ある個体や生物種・生物群の動態は細胞内における細胞小器官の動態に似ているかな.どちらもシステム特性を規定しているのは物理法則だという点は共通.

確率過程の生命への応用

ダーウィンはすごく頭がよかった.で『The Origin of Species by Means of Natural Selection: The Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life』(1st,1859)のなかで

The slightest advantage in one being, at any age or during any season, over those with which it comes into competition, or better adaptation in however slight a degree to the surrounding physical conditions, will turn the balance.

という一節がある.(個体に変異が起こりその)性質がほんの少しでも有利なら生態系バランスを変化さす,と括弧内をつけくわえてみると,変異と自然選択のモデルが考えられる.たとえば点変異がDNAにおこって対照状態で細胞生理の変化を定量的に計測ないしシミュレートするモデルとか.

そんなのでなくとも分子動態を確率的に扱ってみるとか.

数学物理学と制御工学細胞

僕の興味はというと数理モデル物理法則のもとに組み立て細胞の制御システムモデルリバースエンジニアリング的に,帰納することにあるんだよと再び告白.

承前:http://anond.hatelabo.jp/20091005002132

遺伝子・転写・翻訳で三概念と数えれば十個あったのです!

2009-09-22

[][]進化論循環論法

進化論に感じるきもちわるさの根はなにか

http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20090918/1253283595

何らかの成果が出た時、その成果を得る為にとった行動が努力として規定される。つまり、「成果が出た」時点から遡って、「努力をした」という過去が形成されるのだ。故に努力は必ず報われる


何らかの生物種が現に生存している時(=絶滅していない時)、生存する為に有利と考えられる形質が適応として規定される。つまり「生存している」時点から遡って、「適応した」という過去が形成されるのだ。故に適応した種は必ず生存している


http://www.idea-moo.net/chi-taiken/ono08122801.html

自然選択説循環論法無意味だと批判する者がいる。「自然選択で生き残るのは誰だ?→適者だ」、「適者とは誰か?→自然選択で生き残る者のことだ」自然選択説はこういう循環論法だと批判者は主張する。だがこれは全くの誤解に過ぎない。自然選択説は、変異体と原型との間で環境への適応度に差があるということを指摘する。大多数の事例で突然変異有害で変異体は適応度が低く生き残ることはない。しかし、ごく僅かではあるが有利な突然変異が生じそれが生き残り新種となることがある。また(「種の起源」では明記されていないが)中立な変異体が確率的浮動で生き残り新種となることもある。適応度の差は環境により異なり、任意の突然変異を一意的に有利か不利か中立か決めることはできない。耐性菌は薬剤が存在しない環境では通常は不利な変異体であり増えることはない。しかし薬剤が存在する環境では圧倒的に有利な立場を得て増殖し新種となる。こうして環境の多様性と連動して種の多様性が拡大する。このようにダーウィン進化論を正しく理解すれば、それが無意味循環論法だという批判は全くの的外れであることは明白だ。またダーウィン説が種の多様性を説明する上で極めて有効、いや、唯一の科学的な理論的枠組みであることも明らかになる。

最近見た素晴らしい「努力」の定義 - インターネットください

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/RPM/20090917/doryoku

dora_m 人生仕事勉強の術 なるほどねー

ite work, life これは良い定義

T_da 話のネタ努力定義についての良いまとめ

stellaluna 「努力します」「善処します」という政治家言い訳がこれで使えなくなるのならいい定義か。

Zephyrs コミュニケーション, ネタ, 社会, 考察, 言葉, これはすごい 目から鱗とはこの事か……

caraldo_k コミュニケーション, 読み物 俺は納得

kei_ex 正しい。けど、これを知っても自分プラスになるかというと微妙だ…w

ryu-ten くやしいけど正論w 自分では精一杯努力してるつもりなんだけど成果が出ないからもっと努力しろと言われるw

noumi_j2 正論。少なくとも「結果しか評価されない社会になりつつある」事は間違いない。

2009-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20090812214941

http://blog.goo.ne.jp/premier310/e/1fcfef25834d5f80331f42bfcc6b1c4c

The extreme rarity of transitional forms in the fossil record persists as the trade secret of paleontology. The evolutionary trees that adorn our textbooks have data only at the tips and nodes of their branches; the rest is inference, however reasonable, not the evidence of fossils. Yet Darwin was so wedded to gradualism that he wagered his entire theory on a denial of this literal record.

過渡的形態化石記録には非常にまれであることは古生物学の「業界秘密」であり続けてきた。教科書を飾る進化系統樹には先端と分岐の結節点しかデータがない。どれほどそれが合理的なものであろうと、(過渡的形態の存在は)推論であって、化石の証拠によるものではない。それでもダーウィンは、彼の全理論をこの直接的な記録(過渡的形態の証拠の欠如)を否定することに賭けるほど、熱心に漸進主義を主張した。<()内は私の挿入>

原文はこれか。あと、訳はあんまり自信ないので大意、ということで。

ソースはここ。ちゃんと創造論批判の英語サイトが検証してるみたいだな。

http://www.talkorigins.org/faqs/quotes/mine/part3.html

Quote #3.2のとこね。ざっと斜め読みしたところでは、グールドの断続平行説のからみで、中間形態がすべて存在するというところに疑問を投げているところで、進化論とか、化石の証拠能力に文句をつけているところではない、というところか。くわしいところは誰か訳して。

ちなみに、創造論者によって過渡的形態の欠如は進化論への反証として持ち出されるが、グールドの立場では、種が分化するときは漸進的にではなく急激に変化する、つまり過渡的形態が欠けることがある、ということだから、勿論、進化論とは何の矛盾もしない。くわしいことは断続平行説でぐぐれ。

ついでに、ここにも同じ発言への言及があるな。

http://www.allaboutthejourney.org/japanese/fossil-record.htm

IDの大御所の人の訳を見つけた。

 化石記録における移行形態が極度にまれである事実は、古生物学企業秘密(trade secret)になっている。我々の教科書を飾っている進化の樹(系統樹)は、その枝の先端と節においてのみデータが存在する。残りは、いかにもっともらしくても、推測であって化石の証拠によるものではない。

http://www.dcsociety.org/id/ningen_genri/043.html

2009-07-29

進化論のふしぎ 素人だけど。

別に学術書まであたったりしたことがあるわけではないんだけど、

自然科学系の番組は好きで、わりとよく見る。

おそらくはダーウィン進化論現在も大きく否定はされてないと思うんだけど、

なにか納得できない。

たとえば、キリンの首が長くなったのは他の動物は食べられない樹上の葉を食べるため、

と当たり前のように説明されてるけど、なんかおかしくないか?

職業や普段の生活が体に影響を及ぼすのは、実際に見てるから納得できる。

ピアニストの指は普通の人より長めであるとか、大工さんの指は太いとか。

でもこういうことは一代限りの変化であって、遺伝するような性質ではない。

次の世代は、また初めからより高いところにある葉を食べるために首を伸ばさなくてはならない。


自然淘汰は樹上の葉を食べることが出来たものだけが生き残っていくことが出来た為、

より首の長いもの同士での交配により、

種そのものが首の長い性質を持つことになったというように説明されていると思う。

一見理に叶っているように思えるが、

これだけ多くの生物が、この方法でこれだけ異なる性質を獲得することは可能なのか。

地球には大変多くの種類の生物がそれぞれ全く異なる特徴を持って生きている。


食物連鎖という単純なようでいて複雑なしくみも、

出来上がったものをみれば自然のなせる業と納得できるかもしれないが、私はそうは思わない。

いきなりオカルトめいてしまうけれど、

やっぱりこの世界の成り立ちにはなんらかの意志が介在したと思う。

それは生命誕生からしかり。

アミノ酸のある海に雷が落ちて生命が生まれたという説があったと思うが、

これに異をとなえる説もあったように思う。

うろ覚えであるが、ただアミノ酸がただよっている海に雷が落ちても、

確率的に生命誕生には繋がらないという。


すでにいろいろな人が注目しているけれど、世界各地に広がる、世界の成り立ちを描く創世神話

それらはなぜか多くの共通項を持ち、かつて地球全体が同様の思想を共有していたかのようだ。

そうであったかもしれないことを、多くの人たちが感じている。


オカルトは好きだけど、それなりに眉につばつけて見てしまってもいる。

でも、あらゆるトンデモ話の中に、きっと真実は含まれていると思う。

しばらく忘れていたけれど、子供の頃は世界は仕組まれ、プログラムされたものだと普通に信じていた。

こんなに複雑な世界のしくみが、なんの意図もなくできるわけがないと思っていた。

いわゆる中二病だったのかもしれないけれど、

それを口に出して理解を得ることが出来ないのは子供ながらにわかり、同意を求めたことはない。

今思うと、どこからそんな思想を吹き込まれたのかそれこそふしぎだ。

子供ながらの想像力で片付けますか?

2009-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20090723020154

否定した連中は一枚岩じゃないから、学校では教えられないよ、自分の肌で理解するしかないよ。

それに賛同した連中だって一枚岩じゃなくて、なぜ受け入れられたのかをきちんと説明するのは難しい。

マルクスエンゲルスの一字一句に賛同した奴もいれば、彼らの思想をダシにして暴れたかっただけの連中もいるし。

似たような事例でダーウィン進化論がある。

ダーウィン

「種は環境に適したものだけが生き残る」

としか言っていないのに、回りまわって

弱肉強食

なんて解釈された。

んなこと言ってないって。

2009-06-27

新聞世界から消える日

▲老舗新聞が軒並み経営危機に陥る

ボストングローブの創設は1872年という老舗。廃刊の危機に直面している。

母体のNYタイムズ経営危機に喘ぐからだ。主因はネット時代に乗り遅れたこと。いまひとつは広告収入の激減である。

インターネットの迅速性、双方向性、広範囲で深い情報に、新聞テレビの印象広告では適わない。広告が目に飛び込んでくるのではなく、買いたいものを検索し、問い合わせ、ユーザーコメントを読むことができる。

米国政治家とて、議会決議をまえにNYタイムズワシントンポスト社説を読んでから投票態度を決めた。そうしたニュースの一方交通ネット時代には無効になりつつある。新聞が要らない時代になったからだ。

議会に危機感が飛び火した。

5月6日に米連邦議会上院「通信・技術ネット委員会」(ジョン・ケリー委員長)が開催された。

冒頭でジョン・ロックフェラー上院議員が「幾世紀にもわたって新聞ジャーナリズム民主主義の枕となり、政府企業・個人の行き過ぎへの番犬役をなし、真実を追究してきた。しかるに不況とともにビジネスモデルが変革期にさしかかり、部数は7%激減し、およそ4万1000名がマスコミ界の職を失った。これはゆゆしき問題」と演説した。

これを受け「新聞活性化法」を上程したのはベンジャミン・カーデン議員民主メリーランド州)だ。

カーデン法案は、「政府介入によるジャーナリズム産業の救済ではなく、これまでの教育病院学校の存続に政府が介入したように、利益を追求しない分野を救済するために購読営業、広告などを免税措置とし、将来のジャーナリズムビジネスモデルが生まれる移行期を乗り切らせる必要がある」という内容である。

自由主義市場原理にあれほど口五月蠅い議会が、味方のマスコミが消え去る危機を目撃し、リベラルジャーナリズムビジネスモデルの崩壊を前に巧妙に救済に乗り出したことになる。


GMを救済したように

GM救済のために税金を投下し、オバマ政権は巨大メーカーを一時的に国有化したように、同じく左翼大新聞を助けよう、というわけだ。

いずれも法案推進議員民主党リベラル議員が中心にあることに留意したい。

テレビ展望が暗い。嘗て「三大テレビ」と言われたのはABC,NBC,CBSだ。

90年代に世界を席巻したCNNは二十四時間ニュース局、FOXテレビ映画スポーツを抑え、これら新興局の登場により、三大テレビは衰退の一途となった。

三大テレビ視聴率は30%減少した。

 

全盛を迎えるまでラジオ慈善団体や、利益を追求しない機関で運営された。

嘗てデパートには新製品や憩いの場として買い物客が押し寄せた。ショッピング・モールや専門店ブティックの登場により、デパートは衰退傾向となった(日本でも池袋三越などの閉店が目立つ)。

1994年にラジオを聴く人は47%あった。それが35%に減った(英誌『エコノミスト』、09年5月16日号)。過去十年間に新聞を読む人は58%から34%に激減した。とくに18歳から24歳の若者世代では新聞を読まないばかりか、ニュースを見ない人が25%から34%に激増していた(PERリサーチセンター調べ)。

日本でも学生の三分の一以上は新聞を購読していない。新聞はこれまで攻撃し批判した政治家からも明日の運命を心配されている。

新聞は『危機に晒された種』だ」と前述の上院情報メディア委員会ジョン・ケリー上院議員が言った。明らかにダーウィン種の起源』に引っかけている。

NYタイムズ本社ビルを売り飛ばし、メキシコ高利貸しから借り入れ、それでもザルツバーガー家はオーナーを死守するが、山師デーブ・ジェフェンが出資を狙う。NYタイムズ傘下の『ボストングローブ』は冒頭に紹介したように廃刊の危機を逃れて延命中たが、危機は去ったわけではない。

左翼新聞を救済せよ、と左翼議員らが叫ぶ

新聞を救えと動き始めた議員らは民主党が主で、換言するとリベラル左翼メディアを救えと同義語である。GM救援に反対したように共和党は自由競争の原則から、こういう法案には反対である。

イギリスではすでに70の新聞廃刊し、名門『インデペンデント』紙と『ロンドンイブニングスタンダード』は外国投資家に買い手を求めている。

フランスは早々と政府支援を決め、事実上補助金を出した。すでに欧米では地方自治体ネットニュースレターを刊行し、独自に広告を就けている。

だが、そのネットとて右肩上がりの成長は終わった。

04年から07年までネット広告は15%から32%に上昇したが、08年から下降傾向がみられるようになり、個々の記事が有料でも閲覧される傾向が顕著となった。

新聞社テレビが何時までも『情報総合デパート』であり続ける必要はない」(前掲『エコノミスト』誌)。

ひとつの新聞天気予報からクロスワードパズルから漫画を連載する意味希薄となり、ブティック情報専門店が求められている。だからネットでもヤフーグーグル情報デパートだが、左翼専門ブログサイト(huffington postなど)や保守派ブログ集大成サイトの「FOX NATION」に急な人気が集まるのだ(後者ネット空間における米国版『諸君!』のような存在になりつつある)。

そしてネットユーチューブ国民に訴え、ネットで集金して大統領当選したオバマは、5月24日の記者会見で既存の有力紙からの質問を一切受け付けなかった。麻生首相朝日読売、毎日記者の質問を遮り、名もなきネットメディア記者の質問に応じたと想像すればいい。

オバマ大統領は真の世論がどこにあるかを知っている。

2009-06-22

今の仕事バイト)のみの1本だから精神的に苦しいわけで、オサーンバイト先に居ても「会社倒産、だったら思い切って興味のあった整体トリマーにでもなろうかと資格勉強中」

なんてケースなら周囲は奇異な目では見ないし、オサーン本人も心に余裕がある(夢目指して勉強中だし、バイト自分一生の仕事はコレなんだ、みじめだなって状況でなくなるので)

・・・つうかNOVAもウィークリーマンション経営破綻したし、金融製造サービス、どの業界に居たって安泰じゃない時代、誰が何歳でリセットされて放り出されるか読めませんよ。

『生き残る生物とは、強さでも賢さでもなく変われる者であるーーーダーウィン

の通り、コネでも縁故採用でもイチからでも、強くなくても賢くなくても気を入れ替えて変わりゃいいんです。

この会社に居た人たちは・・・今はどこで何してんだ?なんて企業いっぱいあるし。「諦めなくて良かった~!」があるから人生やめられない。

・・・と言いつつ、負債16兆で倒れたGMにはビビったけど。国有化っつったって年齢関係なく放り出される。

4世代で勤めてた家族とか居たらしいけど、何歳だろうと絶望したり苦悩したりせずにスパっと切って変われる奴だけ生き残る。

それに変わって勤め始めても、民間ならそこだって数年後はどうなるかわからない。

正社員だ肩書きだ、も、定年になれば全員引退です。明日以降の未来は白紙、あの時期があったからこそ今に活きて変わることができた。

起業して一代でのし上った人なんて地獄みたいな過去あるし。究極的には死ぬか・生きて前に進むかの2択しかない。『万事塞翁が馬』せっかくなら開き直りで楽しんでやる、これしかないかと。

http://anond.hatelabo.jp/20090622172218

その話を始めると

非モテなんていう曖昧な基準ではなく

社会に有益な選別された遺伝子社会管理の下にゴニョゴニョって話になり

ダーウィン先生魔界転生してくる



現実的にも非モテのほとんどが子供を持たないとなると

彼等彼女等の人数分が養育にも社会にも参加しなくなるので

社会の定員が保てなくなるのよね

2009-05-19

新聞は「危機に晒された種」(ジョン・ケリー上院議員

廃刊の危機に直面するのはNYタイムズだけではない。

嘗て米国の「三大テレビ」と言われたのはABC,NBC,CBSだった。

90年代に世界を席巻したCNNは二十四時間ニュース局、FOXテレビ映画スポーツを抑え、これら新興局の登場により、三大テレビは衰退の一途となった。

三大テレビ視聴率は30%減少した。

嘗てラジオ慈善団体や、利益を追求しない機関で運営された。

嘗てデパートには新製品や憩いの場として買い物客が押し寄せた。ショッピングモール専門店ブティックの登場により、デパートは衰退傾向となった(日本でも池袋三越などの閉店が目立つ)。

1994年にラジオを聴く人は47%あった。それが35%に減っていた(英誌エコノミスト、09年5月16日号)。

過去十年間に新聞を読む人は58%から34%に激減した。

とくに18歳から24歳の若者世代では新聞を読まないばかりか、ニュースを見ない人が25%から34%に激増していた(PERリサーチセンター調べ)。

日本でも学生の三分の一以上は新聞を購読していない。

新聞は、嘗て彼らが攻撃し批判した政治家からも明日の運命を心配されている。

新聞は『危機に晒された種』だ」と上院情報メディア委員会ジョン・ケリー上院議員が言った。明らかにダーウィン種の起源』に引っかけている。

NYタイムズ本社ビルを売り飛ばし、メキシコ高利貸しから借り入れ、それでもザルツバーガー家はオーナーを死守するが、山師デーブ・ジェフェンが出資を狙う。NYタイムズ傘下の『ボストングローブ』は先月なんとか廃刊の危機を逃れて延命中たが、危機は去ったわけではない。

新聞を救え、と政府支援をもとめる法案が上程されたことは小紙でも報じた。この場合、米国議会多数は民主党が言っているのはリベラル左翼メディアを救えと同義語で、共和党は自由競争の原則から、こういう法案には反対である。

英国新聞はすでに70紙が廃刊

イギリスではすでに70の新聞廃刊し、名門インデペンデンス紙とロンドンイブニングスタンダード外国から買い手を探している。

フランスは早々と政府支援を決め、事実上補助金を出した。

すでに欧米では地方自治体ネットニュースレターを刊行し、独自に広告を就けている。

だが、そのネットとて右肩上がりの成長は終わった。

04年から07年までネット広告は15%から32%に上昇したが、08年から下降傾向がみられるようになり、個々の記事が有料でも閲覧される傾向が顕著となった。

新聞社テレビが何時までの『情報総合デパート』であり続ける必要はない」(前掲エコノミスト)。

ひとつの新聞天気予報からクロスワードパズルから漫画を連載する意味希薄となり、ブティック情報専門店を求めている。

だからネットでもyahoogoogleは、デパートだが、左翼専門ブログサイト(huffington postなど)や、保守派ブログ集大成サイトの「FOX NATION」に人気が集まるのだ(後者ネット空間における米国版『諸君!』のような存在になりつつある)。

そしてネットユーチューブ国民に訴え、ネットで集金して大統領当選したオバマは、5月24日の記者会見で既存の有力紙からの質問を一切受け付けなかった。かれは真の世論がどこにあるかを知っているのだ。

過日、NHKの偏向番組に抗議して自然発生的に渋谷NHK本社を取り囲んだのは組織に属さない、千数百のものいわぬ人々の憤怒の表れだった。この静かなる国民の行動を既存メディアは軽視し、一行の報道もなかった。

日本の既存メディアも真の世論のありかを知らず、いずれ近づく滅びの日を待っている。

2009-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20090319104703

それってつまりは「定義」の問題であって、

例えるなら100人の集団が同じ建物の同じフロアにいたとして、そのうちの一人があるとき階段を見つけて上の階または下の階に移動したとしても(これを遺伝子の変化ということにして)その一人を指して「進化した」とは言わないってことじゃないの。10人くらいが同じフロアに固まって始めて進化、ってこと?

突然変異ってのが交配の結果生まれることがある、ってのは一般的に言われることだけど、一代の中で突然変異が現れたとしてもそれは進化とはみなさないし、突然変異ですら「ありえない」で唾棄してたらその「突然変異した個体(例えば、急にミトコンドリアを有するようになった生物)」は一体なんなのかと。

そいつが祖となって結果的に「進化」するのだから、その最初の個体にも何かしら意味付けしなきゃいけないんじゃないの? そして、そいつは何? おしえてダーウィン先生

進化」を使った兵器づくりなんて、現実世界ではあり得ません―

ポケモン映画最新作「ガラパゴス超克の離島」の封切りを前にの総合研究大学院大学教授長谷川真理子(進化生物学)が18日、

異例の記者会見を開き、進化論研究について誤解をしないよう訴えた。

進化とは、生物世代交代によって個体群中の遺伝子の頻度が変化していくこと。

より多くの子孫を残せる形質をもたらす遺伝子が、世代交代を経て増えていくことを正の自然選択という。

映画は「究極の生物兵器」をつくるため、ガラパゴスダーウィン研究所(CDRS)から 新種のポケモンが盗まれるという筋書き。

湯山邦彦監督松本梨香主演で、7月18日に世界同時公開される。

NINTENDO制作原作ゲーム世界的なベストセラーだ。

CDRSでの進化研究に実際に参加している長谷川教授は会見で研究歴史などを解説。

生物が一生の間に新しい種へ進化することはなく、現在科学ではオスの孔雀の羽の説明ですら確かな説明ができない。兵器をつくるのは全く不可能だ」と強調した。

記者会見を開いた理由については「映画エンターテインメント科学性を論じるのはヤボなことだと 承知している。ただ、最近進化研究危険ではないかという問い合わせが相次いだので、 正しく理解してほしいと考えた」と話した。

ソースasahi.com

asahi.com朝日新聞社):東大教授映画科学で反論「反物質爆弾、不可能」 - サイエンス

2009-01-12

はてなー向け?名言

http://anond.hatelabo.jp/20090109202327

素晴らしい笑い声は、家の中の太陽

簡潔さと素直さは私たちの思うがままだ

正しく整えようとする前に、正しく見ているかどうか、確認しなさい

弱いものほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だガンジー

私たちは過ちを犯したから他人を責めるのではなく、その過ちが自分のそれと異なるから責めるのだイーストマン)

善良な人が善良なのは、失敗を通して知恵を身に付けたからである

喜びに満ちた人は、はからずして義を説く(マザー・テレサ

あなたをより良い人間にしてくれるような人たちと一緒にいなさい

親切にまさるどんな知恵があろうか(ジャン・ジャック・ルソー

親切は親切からしか生まれない

人生を一時間でも無駄にする人は、人生価値をまだ発見していない人だ(ダーウィン

汝ら、人生に与えられた日々を余すことなく生きよ(スウィフト

賢明な人は、長さではなく内容で人生を評価する(セネカ

人生尺度は、長さではなく正直さで測る

種をまくことがなければ、収穫時に刈り取ることもない(ジュディス・マエダン)

自分のものになるまでは、金は使ってはならない(トマス・ジェファソン)

集中と献身と規律を欠く人生は決して偉大になれない

平和であることが栄誉のしるしでないのならば、それはすでに平和が失われたということだ(ラッセル

自分自分らしくありたいと考えた結果、たとえ友人を失ったとしても、誰が気にするというのか(ココ・シャネル

すべては私たちの頭の中にあるのだから、それらをうしなわないようにするのがよい(ココ・シャネル

勇気を!私は、長い間勇気を示してきた。苦しみが終わる瞬間に、勇気を失ってしまうとでもいうのか?(マリー・アントワネット

2009-01-09

ダーウィンの罠

ヒトが生きる目的自分遺伝子を残すことだろう。

たぶんそれしかない。

独身人生を謳歌だとか、そんなのは全部「文化」の作った人間の小理屈

遺伝子を残した奴が勝ち組で強者、遺伝子を残せなかった奴は負け組弱者

どれほど金を稼いで社会的地位があろうと、結果的に遺伝子残せなかったらヒトとして敗者なんだよ。

だからデーブ大久保は圧倒的強者であり、上野千鶴子弱者

死ぬときはみんなおひとりさまとかいうのも嘘で、

単に死ぬときに遺伝子を残せたヒトと残せなかったヒトがいるだけ。

「文化」が仕込んでる生きる意味だとか生きがいだとかは、全部ダーウィンの罠。


金を稼いで子沢山が勝ち組で、

貧乏の上に子なしが負け組なのは言うまでもない。

問題なのはその中間の生なんだよね。


納得して生きるとか、充実した人生とか、

そんなのにはたぶん意味がない。

ちょっとした気分の違いだけで、死んだらゼロ

遺伝子が淘汰されたか、されなかったか。

「文化」はそれを悟らせまいといろんな意味をはりめぐらせる。

ちゃんと独身貴族的駄目遺伝子を淘汰するために。

2009-01-06

とりあえず自分は生きてるわけですよ。

とりあえず自分は生きてるわけですよ。

こうやってキーボード打ってるわけですから、まぁそれは誰も否定しないでしょ。

幽霊ではないのですよってことね。

生命動物哺乳類人間として生きてるいます。


我文章打つ、ゆえに我ありって感じで、とりあえず一応存在してるわけです。

すいませんね。ほんと。

まぁ人生色々つらいことありますけどね。


んで、自分がいるってことは、親がいるわけですよね。

これは確実ですよ。

父と母がちょめちょめして、精子卵子が結合して、自分が生まれたわけですよね。

まぁ生まれてよかったかどうかなんてわかんないけど、気にしないでおきますね。

んで母親にも親がいるわけですよね。祖父、祖母。

んで祖母にも親がいるわけですよね。

要するにこれが繰返されるわけですよね。


どんどん祖先をさかのぼっていくと、進化論的にいうと、ダーウィンさんでしたっけか、哺乳類抜けて、は虫類的なものまでさかのぼるわけですよね。

んで、は虫類ぬけると魚類とか菌類ってなるのかな。中学レベルの知識だからまぁ細かいことはいいんです。

とりあえず続いてるってってことですよね。


我文章打つ、ゆえに我ありってことで、とりあえず我あるからには続いてきた結果が自分で今文章打ってるんですよね。


自分は今の自分認知できるすごい狭い範囲しかわからないけど、とりあえず自分個人じゃなく、生命としての連続過去があるわけですよね。

認知できないものなんて存在しないのと同じと割り切ればそうなんでしょうけど、ここはね、認知してると思って思考してみますよ。

A(自分)→B(両親)→C(祖父母)→→→→→誰か?誰っていうのは人間を指すから何かの生命か?

とりあえず自分がいるってことは繋がりの連鎖の結果とりあえずいるわけです。


人類誕生旧約聖書だとアダムの肋骨、コーランだと精子だっけか?

まぁここは進化論を信じますけど。とりあえず今自分がいるってことは、とりあえず数万、数十万?

地球が46億年ということであれば、40億年に生命が生まれたとしてね。

40億でだいたい1世代が10年として、平均ね、4億か!すごいな。

なんで40億とか10年で計算?とかは聞かないでね。

適当だから、でも適当でいいことも時にはあるよ。

うん。あるある。小さいことは気にしないほうがいいっておばあちゃんがいってたもん。

個人として考えるんじゃなくて生命、種として自分の今のいる原因をふと思ってみると、俺の知的考察の結果10億世代の結果自分がいるわけ。


すげー、すごくね!(とろサーモン村田


いるってこと現在の結果の前には、結果にいたる原因があるわけで、その原因っていう結果の先にはさらに原因があるわけで、それが

10億回くらいつづくわけ、


すげー、すごくね!(とろサーモン村田


人間って弱いもんでね。

仕事で嫌なことあって、酒あおってるわけですけどね。

ウイスキーラッパ飲みですよ。

要するに酔っぱらってるわけですけどね。

こんな酔っぱらってる自分でちょっとなんで俺苦しんでるんだろとか思ったわけです。

苦しんでる原因は何?

上司顧客仕様?いやいや生まれたから苦しんでるだろって思って考えてたわけですよ。

んじゃ生きてる意味考えてみようと思ったの。

酔っぱらってるけど、酔っぱらって誰にも迷惑かけてないから許してね。


とりあえずここまで考えて酒がうまいよ。

生きてる意味とか、この今の自分がいるっていう現時点での最終結果の意味があるかわかんないけど、なんとなくなく、

そこはかとなくがんばるかって思ったのよね。

うまいし、いい気分だし、それでいいか、ごめんね祖先の諸君。


とりあえず自分は生きてるわけですよ。

2008-11-03

どう見ても社会ダーウィン主義を間違って覚えています

噛み付かれているやつが言っているのは、社会ダーウィン主義的ではなくて、ダーウィン主義的。

http://anond.hatelabo.jp/20080327221759

2008-10-19

[][][][][][][][][]

●一番重要な事柄●主要点●八割●


一番重要な事柄を最初に処理する。カーネギー


人間は必ずしも物事をその重要性に応じて処理しえないことを知っている。

しかし、また一番重要なことがらを最初に処理するように計画するほうが、行きあたりばったりのやり方よりも、はるかに良いことも知っている。

道は開ける デール カーネギー

Amazon.co.jp: 耳で聞くD・カー0CD;ギー道は開ける オーディオCD版: 本


最も必要な事を、その主要点から着手しなさい。ヒルティ


仕事をするときには、いつでも、

まず第一にもっとも必要なことをしなさい。


元気よく、そしてその仕事の主要点から着手しなさい。

これが多くの仕事のために時間を得る手段である。


それとほとんど同じようによい第二の手段は、

不必要な仕事努力をすべて避けることである


ヒルティ


[機会費用]KFS(Key Factors for Success)


KFS(Key Factors for Success)

「物事には、その結果に影響を与える主要因というのがかならずいくつか存在する。

これらをうまく管理あるいは応用すれば戦略が成功する」

大前 研一『企業参謀』P192)


Amazon.co.jp: 企業参謀―戦略的思考とはなにか: 大前 研一: 本


戦略思考家とは、みずからの担当する職務(役職、業種、業務)において、

つねにKFSがなんであるかという認識を忘れない人のことであろう。

そして、彼は全面戦争ではなく、

KFSに対する限定戦争に”挑戦的”に挑むのである。」

(『企業参謀』P193)


生き残る種とは、

もっとも強いものではない。

もっとも知的なものでもない。それは、

変化にもっともよく適応したものである。

ダーウィン


[biz]中ぐらいの勝利で満足する者は、常に勝者でありつづけるだろう。


基本三原則: 1.面白いことを勉強する 2.全体から理解する 3 8割までやる


80点主義


[トレードオフ][機会費用][選択と集中]人生トレードオフ

仕事の効率を改善することができるすごい壁紙 - GIGAZINE

大事を小事の犠牲にしてはならない。ゲーテ

大きな仕事のために、小さな仕事を放っておく。

小事省事。椎名悦三郎

巧遅(こうち)は拙速(せっそく)に如(し)かず

何をやらないかを選択するという厳しいトレードオフに耐える強い意思

エクセレンスへの道は今すぐエクセレントではない事を全てやめること

何物かを選ぶことは、他の一切を捨てることである。チェスタートン

[権内][権外][エピクテートス]意志の力でどうにもならない物事

Amazon.co.jp: 鈴木敏文語録―まず「仮説」と「検証」 (ノン・ブック・愛蔵版): 緒方 知行: 本

社会人なら押さえておきたいフレームワーク思考 - livedoor ディレクター Blog(ブログ)

フランクリン・プランナー重要領域に生きる


Amazon.co.jp: ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か: エリヤフ ゴールドラット, 三本木 亮: 本

最小の努力で最大の効果を得るには、全体最適が常に優先されるべきである。


正しい仕事は何かが正しく定義され、評価されなければ、誰も正しい仕事などするはずがない。

会社に損失を与えてきたのは、人間が正しい仕事を行わない「仕組み」をつくりあげた会社組織そのものである。

ゴールドラット博士



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みんなの知識【ちょっと便利帳】

2008-09-17

クローン人間の恐怖

近年にわかに、非常に注目を浴びている研究がある。それはクローンである。この研究が近年になって注目を浴びた原因が存在する。一九九七年二月二七日に「ネイチャー」誌が掲載した「核移植」という技術により作製されたクローン羊によって、多くの議題があがったのである。この研究によってさまざまな問題点が指摘され、そして多くの批判なども挙がり、現在では討論なども世界各国で行われている。本稿では、まずクローン、核移植とは何かを提唱し、その研究によりどのような利点、問題点存在するのかという点について述べてみたい。

まずはクローンという言葉意味について検証してみたい。今井(1997)によると、細胞を大概で培養し、それらがある特殊な性質を獲得した場合、たとえば遺伝子組換を行っている場合、それらはクローンと呼ばれる。さらに広辞苑によると「遺伝子組成が完全に等しい細胞または生物の集団。一個の細胞または生物を共通の祖先として、それから無姓生殖的に、かつ突然変異なしに増殖することによって生ずる。」いわゆる同じ物のコピーのようなものなのである。すなわち、今存在する人物のクローンも作ることの可能性はあると考えられているのである。一九九七年に発表されたクローン羊もこの無性生殖的に誕生した生物なのである。クローン羊は一九九六年夏に政府特殊法人のロスリン研究所イアン・ウィルムット博士とキース・キャンベル博士によって無性生殖的に作り出された生物である。このクローン羊が誕生して7ヶ月たった後にウィルムット博士とキャンベル博士によって発表された。

このクローン羊は「ドリー」と呼ばれた。この研究に使われた方法が、核移植であった。熊谷(1997)によると核を提供する細胞は、六才の雌羊の乳腺細胞、羊の胎児から取った繊維芽細胞、受精9日後に当たる羊の胚からとったED細胞の三種類をクローン羊の作成に使われたと述べている。核移植とは精子の代わりに他の細胞の核を卵子移植したのである。熊谷(1997)によると、ドリーの以前の方法では人間クローンを作成できはしなかったが、ドリーの方法では細胞さえあれば、クローン人間が生まれる可能性はあると述べている。以前の方法だと一卵性双生児とにたようなもにしかならなかったが、新しい方法を使用すればほぼ同じようなコピーを作り出すことができると考えられている。

クローン人間が与える利益は多様にある。不妊症対策がそのひとつである。軽部(1997)は、男性精子がない場合、クローン技術によって子供を作ることができると述べている。もちろんみずからのクローンを作ることですらできると考えられる。映画、「ジュラシックパーク」のなかで行われていた、恐竜を作り出すことも可能であると思われる。すなわち、すでに絶滅している生物を作成することもできるのではないのだろうか。今井(1997)は、クローン羊の報道があった後、一部の人々がヒトラーなどの危険な人物がよみがえるのではないかという不満があったと述べている。しかも非常に屈強な兵士を何人も同じような兵士を作り出すこともできるのではないだろうか。

クローンが作られる過程のなかで、問題が指摘されている。それは無性生殖的に増殖するということである。すなわち、性行為がこの過程の中で行われないのである。自然界の法則の中にも提唱されているように、雌雄間の性行為がない限り、子孫は残せないという理論がある。特に人間クローンを作成すると、さまざまな理論を覆してしまう恐れがあり、多くの議論が出されることになる。

一つは宗教理論を全面的に否定することである。宗教の考え方の中には、人間は神から生命を授かった生物であるという理論がある。そして同じ生物が二人存在しかねない時代もまじかに迫ってきている。その生物人間の手で作り出されたものであり、宗教家から考えれば、それは禁断の科学ではないのかという議題があがるのは、明らかである。だが実際にこのような議題は時代とともに承認されている。たとえばダーウィン進化論なども否定され続けられていたが、近日ローマ法王進化論の一部を認めたことは記憶に新しい。一九九八年一月には人間へのクローン技術応用禁止令が欧州19カ国で調印された。この調印もクローン研究は神への冒涜とおもわれているゆえに発展した調印ではないかと考えられる。軽部氏(1998)によると、人間が神の変わりになってはいけないかという考えがある。

クローン人間が大部分の人口を占めたとき、非常な危険な状態になると考えられている。軽部(1998)によると、人間の遺伝的多様性が減少し、主としてヒトの長期的存在にかかわる問題となると述べている。すなわち、強力な伝染病などが流行すると、すべての人口がまとめて死滅しかねないのである。太古の時代から生物は少しずつ進化しており、このクローン人間の出現により進化が止まってしまうと考えられるのである。

前述でも述べたように、クローンは無性生殖的に行われるものである。結婚という概念すら必要なくなってしまうのである。さらに、筆者は性別という概念すらもなくなってしまうのではないかという問題が考えられた。女性子供を産むために必要であるが、男性は不要になってしまうのではないだろうか。男性がいなくなるということではないが、彼らが不必要となったとき、少しずつ減少していく可能性も否定できない。

最相(1998)によると、「クローン人間が生まれてきた場合その子供差別を受ける可能性が非常に高い、と述べている。子供とは親との家族関係、すなわち子供と親というものによって確立されるものである。これは特に女性のみで、クローンが作られた場合による。」養子などは子供の権利が象徴されるがクローンの場合親の権利によって生み出される可能性がある。子供の権利は完全に無視した状態になり兼ねないのである。

だが、実際に内面まで類似しているクローンを作り出せるとは考えにくい。その一つの原因は、人間の性格は生まれたときに決まっているのではなく、育つその過程によって性格が変わっていくものなのである。重要なことは、外見、そして根本的なものの類似しているものは作成できるだろう。筆者としては、実際に完全に一致したクローンを作り出すことは難しいと思われる。それゆえに前述でも述べた新しい第二のヒットラーが産まれかねない可能性はないと考えられる。元の人間とまったく同じような人生を歩まない限り、酷似するとは考えられない。

最後にクローン問題が世界各国に与えた影響を述べたい。軽部(1997)によるとアメリカではヒトクローン研究の一時的停止を議会に提出したと述べている。だが実際はいまだ審議中であり規制が実施されるのはまだ先と考えられている。他の国でも、いまだ完全な規制は敷かれてはいない。特にクローン技術を悪用する国家が現われることが無いよう監視をするべきではある。

クローン人間問題に対する議題は特に本稿でも述べた宗教関連によるものである。そして、クローン研究している科学者はさまざまな批判によって研究が進められていない。実際にはクローン技術によって利益もあるが不利益存在する。だがこの研究は今までの人間理論を完全に覆すことのできる研究の一つである。人間はさまざまなものを今まで開発してきた。原子力なども以前は革命的と考えられてきたテクノロジー第二次世界大戦では殺戮兵器としてつかわれてしまった。どのように新しい技術を使っていくのかという点を考慮しない限りクローン原子力のような過ちを繰り返しかねないと思われる。

2008-09-16

クローン人間の恐怖

近年にわかに、非常に注目を浴びている研究がある。それはクローンである。この研究が近年になって注目を浴びた原因が存在する。一九九七年二月二七日に「ネイチャー」誌が掲載した「核移植」という技術により作製されたクローン羊によって、多くの議題があがったのである。この研究によってさまざまな問題点が指摘され、そして多くの批判なども挙がり、現在では討論なども世界各国で行われている。本稿では、まずクローン、核移植とは何かを提唱し、その研究によりどのような利点、問題点存在するのかという点について述べてみたい。

まずはクローンという言葉意味について検証してみたい。今井(1997)によると、細胞を大概で培養し、それらがある特殊な性質を獲得した場合、たとえば遺伝子組換を行っている場合、それらはクローンと呼ばれる。さらに広辞苑によると「遺伝子組成が完全に等しい細胞または生物の集団。一個の細胞または生物を共通の祖先として、それから無姓生殖的に、かつ突然変異なしに増殖することによって生ずる。」いわゆる同じ物のコピーのようなものなのである。すなわち、今存在する人物のクローンも作ることの可能性はあると考えられているのである。一九九七年に発表されたクローン羊もこの無性生殖的に誕生した生物なのである。クローン羊は一九九六年夏に政府特殊法人のロスリン研究所イアン・ウィルムット博士とキース・キャンベル博士によって無性生殖的に作り出された生物である。このクローン羊が誕生して7ヶ月たった後にウィルムット博士とキャンベル博士によって発表された。

このクローン羊は「ドリー」と呼ばれた。この研究に使われた方法が、核移植であった。熊谷(1997)によると核を提供する細胞は、六才の雌羊の乳腺細胞、羊の胎児から取った繊維芽細胞、受精9日後に当たる羊の胚からとったED細胞の三種類をクローン羊の作成に使われたと述べている。核移植とは精子の代わりに他の細胞の核を卵子移植したのである。熊谷(1997)によると、ドリーの以前の方法では人間クローンを作成できはしなかったが、ドリーの方法では細胞さえあれば、クローン人間が生まれる可能性はあると述べている。以前の方法だと一卵性双生児とにたようなもにしかならなかったが、新しい方法を使用すればほぼ同じようなコピーを作り出すことができると考えられている。

クローン人間が与える利益は多様にある。不妊症対策がそのひとつである。軽部(1997)は、男性精子がない場合、クローン技術によって子供を作ることができると述べている。もちろんみずからのクローンを作ることですらできると考えられる。映画、「ジュラシックパーク」のなかで行われていた、恐竜を作り出すことも可能であると思われる。すなわち、すでに絶滅している生物を作成することもできるのではないのだろうか。今井(1997)は、クローン羊の報道があった後、一部の人々がヒトラーなどの危険な人物がよみがえるのではないかという不満があったと述べている。しかも非常に屈強な兵士を何人も同じような兵士を作り出すこともできるのではないだろうか。

クローンが作られる過程のなかで、問題が指摘されている。それは無性生殖的に増殖するということである。すなわち、性行為がこの過程の中で行われないのである。自然界の法則の中にも提唱されているように、雌雄間の性行為がない限り、子孫は残せないという理論がある。特に人間クローンを作成すると、さまざまな理論を覆してしまう恐れがあり、多くの議論が出されることになる。

一つは宗教理論を全面的に否定することである。宗教の考え方の中には、人間は神から生命を授かった生物であるという理論がある。そして同じ生物が二人存在しかねない時代もまじかに迫ってきている。その生物人間の手で作り出されたものであり、宗教家から考えれば、それは禁断の科学ではないのかという議題があがるのは、明らかである。だが実際にこのような議題は時代とともに承認されている。たとえばダーウィン進化論なども否定され続けられていたが、近日ローマ法王進化論の一部を認めたことは記憶に新しい。一九九八年一月には人間へのクローン技術応用禁止令が欧州19カ国で調印された。この調印もクローン研究は神への冒涜とおもわれているゆえに発展した調印ではないかと考えられる。軽部氏(1998)によると、人間が神の変わりになってはいけないかという考えがある。

クローン人間が大部分の人口を占めたとき、非常な危険な状態になると考えられている。軽部(1998)によると、人間の遺伝的多様性が減少し、主としてヒトの長期的存在にかかわる問題となると述べている。すなわち、強力な伝染病などが流行すると、すべての人口がまとめて死滅しかねないのである。太古の時代から生物は少しずつ進化しており、このクローン人間の出現により進化が止まってしまうと考えられるのである。

前述でも述べたように、クローンは無性生殖的に行われるものである。結婚という概念すら必要なくなってしまうのである。さらに、筆者は性別という概念すらもなくなってしまうのではないかという問題が考えられた。女性子供を産むために必要であるが、男性は不要になってしまうのではないだろうか。男性がいなくなるということではないが、彼らが不必要となったとき、少しずつ減少していく可能性も否定できない。

最相(1998)によると、「クローン人間が生まれてきた場合その子供差別を受ける可能性が非常に高い、と述べている。子供とは親との家族関係、すなわち子供と親というものによって確立されるものである。これは特に女性のみで、クローンが作られた場合による。」養子などは子供の権利が象徴されるがクローンの場合親の権利によって生み出される可能性がある。子供の権利は完全に無視した状態になり兼ねないのである。

だが、実際に内面まで類似しているクローンを作り出せるとは考えにくい。その一つの原因は、人間の性格は生まれたときに決まっているのではなく、育つその過程によって性格が変わっていくものなのである。重要なことは、外見、そして根本的なものの類似しているものは作成できるだろう。筆者としては、実際に完全に一致したクローンを作り出すことは難しいと思われる。それゆえに前述でも述べた新しい第二のヒットラーが産まれかねない可能性はないと考えられる。元の人間とまったく同じような人生を歩まない限り、酷似するとは考えられない。

最後にクローン問題が世界各国に与えた影響を述べたい。軽部(1997)によるとアメリカではヒトクローン研究の一時的停止を議会に提出したと述べている。だが実際はいまだ審議中であり規制が実施されるのはまだ先と考えられている。他の国でも、いまだ完全な規制は敷かれてはいない。特にクローン技術を悪用する国家が現われることが無いよう監視をするべきではある。

クローン人間問題に対する議題は特に本稿でも述べた宗教関連によるものである。そして、クローン研究している科学者はさまざまな批判によって研究が進められていない。実際にはクローン技術によって利益もあるが不利益存在する。だがこの研究は今までの人間理論を完全に覆すことのできる研究の一つである。人間はさまざまなものを今まで開発してきた。原子力なども以前は革命的と考えられてきたテクノロジー第二次世界大戦では殺戮兵器としてつかわれてしまった。どのように新しい技術を使っていくのかという点を考慮しない限りクローン原子力のような過ちを繰り返しかねないと思われる。

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