はてなキーワード: 作品とは
興味を惹かれたので、Pixiv の新着を「体操着」で検索してみた。
2ページほど数えたけど、およそ 1:1 の割合で、ブルマとハーフパンツが共存してた。
面白いのは、その二つを合わせたのと同じくらいの量で、下穿きを脱いでる作品が多かったこと。
おそらく今でもブルマって、性的消費文化の中で理想化されたイメージ… イデアとして男性オタクたちの脳内で生き続けてるんだと思う。
今後ジェンダーレス水着を脱いで挿入してる絵は間違いなく増えるはず。
だけどジェンダーレス水着が蔓延した数年後でも、多分旧式のスク水は消えてないんじゃないかな。
マイラバのハロアゲ(Hello,again〜昔からある場所〜)が主題歌だったドラマ「終わらない夏」は紡木たくのヒット漫画「ホットロード」のパクリであることに抗議が殺到してDVD化されなかった。
ホットロードが知名度もファンの熱意も例外的に高い作品だったら抗議が通っただけで、明らかにパクリやろってドラマに泣き寝入りした漫画家は多そう。
客層はいい方だったから、大体のお客さんは会計が終わった後「ありがとうございます」とか「どうも」とか言ってくれるんだけれども、目を合わせてまでそれを言う人は全然いなかった。
今日スーパーでのバイト時代の夢を見て、それをきっかけにそのことを思い出して、ふと疑問に思った。
そういや、なんで目を合わせないんだろう。
街中で買い物してても、大抵みんなスマホ見ながらお礼言うか、下向きながらお礼言ってるんだよね。
かく言うわたしも、お礼をいってても目を合わせていないことの方が多い。
まあレジにいる店員なんてさ、会計のための装置の一部であって、お礼言ってるだけマシなんだろう、と元レジ店員としては思うけれど、でも、小学校とかでさ、しっかり目を合わせて笑顔で挨拶しなさいって習うじゃん。
だから目を合わせてみようって思った。
ちょうど今日は職場のサボり野郎の分のカバー残業をしたことへの詫び休日をもぎ取った日だったので、スーパーに買い物に行った。
いっつも使っているスーパーは安い割に新鮮で種類も多いチェーンスーパーなので、黄ばんだランニングシャツをきたじいさんから、グッチのカバンにきゅうり入れてエコバックにしているマダムまで、社会階層ボーリング調査して各層から無作為につまんでみました〜みたいな幅広い客層がいるんだけど、今日は特に混んでた。勿論レジも。
わたしもレジに並んで、会計してる人眺めてても会釈してたりお礼は言っててもやっぱ目を合わせていない。
でも彼らにとっちゃそれで十分なほどに礼儀正しい行いで、それに疑問にも思っていないんだなって。
一応、それが悪いとはいってない。
過度な礼儀は卑屈だし、逆に恐怖だし。
でも、お礼言うついでに目を合わせてみるぐらいいいじゃんねえ。
そしてわたしの番が来た。
店員さんはカゴに視線を落としたまま言った。わたしは視線を店員さんに向けたままメンバーズカードを差し出した。店員さんはサッと受け取ってカゴを見つめたままありがとうございます、と返してくれた。
そのまま商品が流れるようにわたしのマイカゴに受け取られていく。たまごをカゴの底に置いて、潰れやすいオクラはあとで積み上げるように避けて。
無数の人の中の一人であるわたしが、バラバラに、法則もなく選んだ組み合わせの商品が、一番最適な形でテトリスみたいに丁寧に詰められていく。
「4623円のお買い上げです」
店員さんが言って、わたしは5000円を差し出した。店員さんはチラとわたしを見てお金を受け取った。
「377円のお返しでございます」
カルトンにお釣りを返される。わたしはそれをさっさと財布にしまうと店員さんの方を見た。
わたしがそう言ってから、店員さんは0.5秒ほど目を伏せたままだった。が、わたしの視線に気付いたのかパッと顔をあげてこっちを見た。そして少し驚いたように目を見開いて、小さな会釈を2回して、そして「ぁりがとうございました」と言った。
レジを去りながら、驚かせてしまったかと少し脇汗が出た。別に悪いことしてないのに。
振り返ると、店員さんは次のお客さんの会計を進めていた。やっぱり目を伏せて淡々と会計を進めていた。トマトを避けて、キウイを避けて、潰れにくいものから順番にカゴに入れていく。
機械のように精密に。
それを見てて、みんなが目を合わせないのって、邪魔しないためだったのかもな、と思ったりした。
たとえばだけど、陶芸家が集中して作品作ってる時、覗き込んで話しかけたりしたら手元狂うじゃん。
そういう気遣いの形でもあったのかなって。
もしそうなら、悪いことしたかもな。
Netflixの陰謀論のオシゴトって作品の日本語字幕がChat GPT4oに明白に負けてるくらい酷くて(早慶の学部一般入試合格してきた学生じゃまずしないような誤読だらけ)、
それでもオフィシャルの日本語字幕としてリリースされてる現状を見るに、英語ガチ勢の仕事はどんどん奪われていくのではと思った。
DLsiteの音声作品のパッケージ見てるとAI絵がけっこう多い。
AIで絵を作ることで元々比較的高値だった作品を安価にして売れるようになったところもあるだろうけど、生成AI絵がなければパッケージ使いまわしとか適当なもので済ませてた作品もけっこうあるだろう。AI絵使わず作品出し続けてるところもあるのでわりと共存出来てる様に思う。
美術品の良さって言われると国語の授業の作者の気持ちの答えを思い浮かべてしまう
作品を見て私はここに興味惹かれましたとかこういうところが好きですでいいと思うけど
教科書的解答じゃないとニワカ扱いされるし素人扱いだし見る目、センスがないと言われる
作品の良さを評価するのに作られた経緯とか込められた文化を知らないと理解できないものもあるだろうけど
そういうの知らなくてもここが良かっただけでもいいと思う
もちろん全部読むなんてことはできないので観測範囲に限定されるが、個人出版の作品の文書力が一部界隈にて著しく低下しているように感じる。
読者の目のあるなろうより壊滅的な気配を感じる
とはいえ最近は非日本語話者も日本で日本語の同人誌書いてたりするんで、そこら辺の不自由なパターンを除外して考えてみる。
正確に言うと「低品質な翻訳作品」をよく浴びている作家にこの傾向が見られた。
低品質というよりか低予算というか、十分な校閲を得ていない作品を見続けた作家に、アウトプットがイマイチな日本語になっている傾向が見られた。
X(旧Twitter)では普通に日本語を書けているのに、作品内のキャラクター(異性)のセリフにおいて特にこの傾向が強い。
意図的に役割語を回避しようと試みたものの、代替する文章が上手く作れなかった結果、馴染みのない言い回しが発生しているのではないか? と思われる。
ぱっと見相関が見つからないが、物語の展開が非論理的な作品も実は多かった。
いま創作界隈に何が起きてるのか……
「広く大衆がわりと感動する」を目指す人もいれば、「一部の人にめちゃめちゃ刺さる」がいいと思う人もいる。
人それぞれで、どっちの方が本当の芸術だという話ではない。
美術では後者が流行ってるけど、映画は前者寄りで、音楽はどっちも結構認められてる感じかな。
美術の場合、前者路線の鉄板は本物そっくりに描くことだったけど、
写真が発明されて以来「本物そっくり」が別にすごいことじゃなくなっちゃったので、
「誰が見ても素晴らしいと思えるもの」かー。そんなのあったら見てみたいよな。
自然の絶景は感動するけど、それを完璧にキャンバスに写し取っても「ふーん、で?」って感じになるよな。
モンハンなんてシリーズ通してでもなく作品単体で10000時間やってるやつざらにいるけどそいつら全員が必ずしも装備の性能抜きにそこまでプレイヤースキル高いわけじゃないもんな
第一印象で鑑賞するのが最初の一歩だとしたら、次の段階は歴史的な意味を知ること。
最近のアニメを見慣れた目で鉄腕アトムを見ると、大して面白くもないし凄くもない。
でもアトムがなければ今のアニメもない、と思うとすげーってなるじゃん。
今と違ってまわりに何にもなかった時代に、ひとりでこのテーマ性や表現を編み出したのかって感心する。
それは純粋に美しさへの感動だけじゃなくて、開拓者へのリスペクトだったりするけど。
その論理だと、大谷翔平がWBC優勝の時に使ってたグローブを使った作品とかも無価値になるのかな。
(世界的には野球はマイナースポーツで、野球に興味がない方が多数派だから)
知識があればより一層、あるいは別の観点から楽しめるだけで、ある程度以上の美術館に並べられるような作品は何も知らない一般人が見ても色々と感じさせられるものだよ。そりゃたまにまったく合わない作品だってあろうけどさ。
色々調べて、ローカルで生成AIが動かせるようになったし定番モデルだけで推しが生成できることに気付いて1日中ずっと回してたんだけど、ふと「こんなに簡単に推しの絵が生成できるのにpixivに登録されているのはたったの800件(作品タグ全体では28万件)。つまり私の推しは世間的には人気がないのでは?」という事実に気付いてしまって悲しみに暮れている。
艦これでも同じことやってましたよね、あなた。今は作品タグは90万件登録されているのに、900件しか登録されてない極北の寒村で凍えて飢えて過ごした経験から何を学んだんですか?学習能力昆虫以下ですか?
今日はカドカワの情報漏洩問題について語りたい。最近、この話が連日ニュースやSNSを賑わせているけど、一体どうしてこんなことになったのか、本当に理解できない。
まず、カドカワって名前ぐらいは知っているかもしれないけど、一応説明しておくと、ライトノベルや漫画、ゲームなどを手がける大手出版社だ。それだけに信頼感が強い企業として知られていたのが、この大規模な情報漏洩によって一気に崩れ去った。
自分もカドカワの作品は色々読んできた。特に、川上量生と樋口真嗣の「しんどい話」や、海猫沢めろんの「宇宙の果てまで雑談しよう」が好きだった。だが、今回ばかりは完全に裏切られた気がする。
問題の詳細は未だに明らかにされていない部分が多いけど、どうやら内部のセキュリティシステムに重大な欠陥があったらしい。それによって、ユーザーの個人情報が大量に外部へ流出したという。クレジットカード情報や住所、電話番号までがね。こんなことが起こるなんて、本当に信じられない。
問題が明るみに出た直後、鎌田和樹社長が謝罪会見を開いた。でも、謝罪だけで済む訳がない。自分や他のユーザーたちもそうだと思うけど、これほどの被害を受けたら、もう二度と同じ会社を信用することは難しい。
しかも、問題が発覚した時点で、すぐに対応を取らなかったことも糾弾されている。何より被害が公表されるまでに時間がかかったことが大きな問題だ。自分たちが被害を受けているにも関わらず、全く知らされなかったことは、非常に腹立たしい。
自分としては、これからもカドカワの作品を楽しみたい気持ちはある。でも、その一方で、再度こんなことが起こるんじゃないかという懸念が拭いきれない。セキュリティの再構築や信頼回復に向けた具体的な対策を示してほしいけど、今のところそれも曖昧な状態だ。
今回の情報漏洩問題で、カドカワに対する信用は地に落ちた。どんなに優れた作品を生み出しても、ユーザーの信頼なしに続けることはできないと思う。この先、カドカワがどう変わるのか見守るしかないが、現時点では非常に不安と不満が募るばかりだ。
自分の個人情報も流出しているかもしれないと思うと、本当に心が痛む。これが現実だとは、未だに信じられない。カドカワには早急に信頼回復のための行動を取ってほしい。