はてなキーワード: 守護聖人とは
昔ヨーロッパのあるところに一人の青年がいて、己の罪を深く悔いていた
教会で告解して許しを得、己の身を恩寵で満たさなくてはならないが、自分の罪があまりに深いので司祭さまはお許しにならないだろう、
こんなひどい罪を犯したものはバチカンの大司教でもお許しくださらないだろうと思うと恐ろしくてとても告解に行けなかった
ある日青年は誕生日を翌日に控え「大人の証」として酒を振る舞われた、しかし酔って帰った青年を母はとがめた
青年の父親は稼いだ金をその日に飲んでしまう人間で、一家は飢えと寒さに苦しんできたのに、それを知っていながらその酒をお前も飲むのかと
青年は母に言い返した、母の恥ずべき罪深い秘密を自分が知っているとほのめかし、自分はそれよりマシだと言い、青年は母を打った
最低の気分で翌朝目覚め、坂を登っていくとその先に聖人のまつられている教会があった
聖人は青年の守護聖人だった、彼の名前はその聖人にちなんでつけられた
彼は入り、聖人にむかって恨みごとをぶつけた
あなたは自分を助けてくれなかった、あなたは自分の愛する人を苦しみから救ってくれなかった、
あなたにとってはちっぽけな自分が大罪を犯して地獄に行こうとどうでもよかったのだ
するとその教会の司祭が現れ、涙を流している青年に告解を勧めた
青年はやっとのことで母を打ったことを告げ、司祭は「恐ろしいことだ。しかし主はお許し下さるだろう」と言った
他にも告解することがあると感じた司祭はなおも告解を勧めたが、青年は己の罪深さを恐怖し、高貴なる主がとても自分をお許し下さるとは思えないと言った
司祭は「では聖人さまに告解しなさい、聖人さまになら罪を告白できるだろう、わたしはお前が告解する間そばに居て、主と聖人さまの耳となる。それでよいかな」
告解が終わると司祭は青年に幾種かの祈りを三度ずつ唱えるよう言い、それで神は彼をお許しになるだろうと言った
「主は己の罪を心から悔いている全てのものをお許し下さる。主は今お前をお許しになった。
主がお前をお許しになったのだから、お前もお前を許さなくてはならない。
主がお前を愛してくださるのだから、お前もお前を愛さなくてはならない」…
こんな話を聞くと「神」がステキ装置に見えてきますね。自分がどんなボロカスのクズに思える時も、そこから再起動させてくれる装置。
http://anond.hatelabo.jp/20071213130845
王道かどうかはともかくイギリス保守、大ブリテン主義、保守党支持ってのは間違いないね。(労働党の)ブラウン首相がこだわっているBritishnessとちょうど呼応しているのがおもしろい。
よっし。じゃあバカなお前らのためにわかりやすく日本に置き換えてやる。
たとえば社民党が「沖縄やアイヌの文化も取り入れた新しい国旗を作るべきだ!」って提案したとしよう。
そしたら読売が「へー。いーんじゃない。じゃあ紙面で募集してみるよ」って言う。
そこにバカな米人が「日本といえばGo Go Yubari!!」って言って白地にモーニングスターを描いたデザインを送ってきた。
それを読売が得々として「日本のメディア戦略を反映した良い案かもね」っつって載せた。
その真意は。
「ホラこんなダサイのが来ちゃったよ。日の丸が通用してるし日の丸カッコイイんだから日の丸のママでいいじゃん。なんなら旭日旗にしようよ。日本の中心は東京、というか皇居なんだし辺境の貧乏人どもの言うこと聞く道理はないよね。しょせん社民党なんて図体ばかりでかくて脳みその無い米人と同レベルなんだよプゲラ」だろ?
とすると3位のデザイン(イングランドの守護聖人聖ジョージによるウェールズのシンボル龍の退治)はどういう意味になるんだろうね。
こういうの平気でのっけるイギリスのマスコミ、そういうのを面白がるイギリスの人たち(もちろんウェールズ人含む)はやっぱ好き。
それは多分直接的にギリシャ神話やそれをインポートしたローマ神話の神々を持ち出すより、更にそいつらをキリスト教がインポートした「聖人信仰」で説明する方が通じやすいんじゃないかなー。ああプロテスタントはダメなんだろうが。
おまえらだって職業やイベントや感情や街に守護聖人つけてるだろ? 俺らはそいつらを「神」って呼んでるだけさ、とかね。
そもそも欧米人にだって「神社に行ったら手は合わせますよ」程度の信仰しか持ち合わせてない人もいるようだし。あまり連中の宗教心にビビるこたーないと思う。思想や文化の根底としての宗教には十分注意を払っておいたほうがいいけどね。
あと、ヨーロッパ人の信仰心はところに寄ってまちまちって事情もあるし、宗教というよりは伝統文化として崇敬してるってパターンもある。日本でも三社で神輿担ぐ人がみんな神道の敬虔な信者ってわけでもないでしょ? 鳥居は足蹴にしませんよぐらいの意識+文化への愛だけでも十分「熱狂的な」宗教イベントは実行されるわけですよ(もちろん「し得る」というだけで、純粋な信仰心の塊みたいな宗教イベントも残っているが)。
だからどっちかっつーと純粋な信仰心で駆動してる度合いはアメリカ人の方が強かったりする。欧州にとっちゃキリスト教は文化だが、アメリカにとっちゃキリスト教は勝ち得た自由だとかなんとか。ただ、この辺は身の回りレベルでは結構納得できるんだけど本当に国民全体にそういう傾向があるかは良く分からんな。まあ「進化論反対!」とかいう連中はあまり欧州からは出てこないってのは覚えといて良いかも。