はてなキーワード: 脳みそとは
鼻くその話なんて増田にしか書けないに決まっているだろうが馬鹿野郎め。
なので鼻クソの話である。鼻くそのようにつまらない話ではなく、わりと面白い、ぼくが最近お気に入りの、半生タイプの鼻くその話だ。あなたにとってはつまらないかもしれない。まあヒマならちょっと読んでけ。
ぼくも、のっちやかしゆかと同様に鼻くそをほじる。ティッシュを使うこともあるが、ストレイトにまっすぐほじるのもすきだ。
で、そうして人差し指をダイレクトにプラグインしていると、鼻粘膜の内壁に乾燥してくっついた鼻くそに出会う。指の腹で形状を確認してからそのエッヂに爪先をかけて、鼻粘膜から引きはがす。オンザエッヂである。
ここで鼻息を吸い込んではいけない。吸い込んでしまうと指が届かない領域にいってしまう。正圧を保つ。具体的にはゆっくり鼻息を吐く。精神は落ち着き、意識は高まって、第5のチャクラにエネルギーを感じる。鼻くそで。いや本気だ。
ここからがこの話のクライマックスである。ゆっくりオンザエッヂのそれを鼻の出口方向へ引き出していく。すると、その乾燥してひっついた鼻くそをきっかけに、鼻の奥のほうから粘液状の明日には乾燥して鼻くそになってそうなゲル集団が引っ張り出されてくる。
このオンザエッヂとゲル集団をさらに引っ張り出すと、粘性係数がさがり、色が黄色から透明に変化しながら、さらに中身がでてくる。快楽である。チャクラのエネルギーが解放される。
このまま脳みそまで引っ張り出せるのではと快楽に酔いしれながらオンザエッヂを引っ張ることおよそ10cm弱。のびきったレーザービームがプツンととぎれ、ぶらーんと人差し指にぶらさがる。
ぼくはぶら下がったそれを眺める。乾燥した部分から黄色いゲルを経て透明な粘液までが鼻の穴から開放され、重力に従ってだらーんとしている。この透明な粘液は、いつか育って乾燥した部分になるのね!とか思うとさながらタイムマシーン。時間の螺旋をひと飛び。
そんなことを思いながらぷらーん、だらーんをしばらく眺める。のちにティッシュにくるんですてる。
こんな素敵な鼻くそは、残念ながら2日は育てないといけない。あと、風邪を引いたり、お酒をのんだりするとダメだ。育たない。健康すぎてもだめだし、不健康過ぎてもだめ。しかも右の穴限定。むずかしいのである。
あ、ぼくは耳かきもすきです。
意味のある文章を書こうとしすぎて、意味のわからない文章を書いてしまう。
なにか悪いところがあるような気がして目を凝らせば凝らすほど、何もかもが悪く見えてきてどうしようもなくなる。
そもそも何が悪いのかさわからなくなる。わからないわからないわからない。笑えてくる。文字が認識できない。
書いてあることがわからない。自分で書いたはずなのに。何書いているのかわからない。
答えなんてないけれど、伝え方なんて千差万別だけど、それって苦痛だ。
フォーマットされた伝達って楽ちんだと思う。形骸化して死に体を晒すのは誰の脳みそなのかしらん。
思考を止めた脳みそって何なん。在り得るの? シナプス交換されなくなった脳神経は、死んでいるの、生きているの?
まず、「知識は一から学ぶ必要なし」について。
理系知識も、日々更新しなきゃいけないので、脳みそに知識を注ぎ込むのはあまりスマートではないと思う。むしろ、シンプルに「高校以上の教育では常にスマホ持ち歩いてwikipediaなりなんなり検索してOK」とすれば、より安全にあなたの理想に似た状況には到達すると思う。…が、そう思考実験してみて思うのは、「果たしてそれで何ができる?」ということ。「理解」という課程を経ていない知識を「使えるのか?」という疑問は解消されていない。ある特定の実験の仕方を「知る」ことは調べれば可能だろうが、「なぜ」そうするのかという理解を欠けば、次に新しい実験を想像/創造することはできない。「体系化された知識」と、自分の中で知識を「体系化すること」は違う。水泳の理論を知っても泳げるようになるわけじゃない。思考、発想、ひらめきというのは、突き詰めれば脳というこの身体の巧みな使い方ということであって、要するに一種のスポーツだから。
次に、後半の話について。これは、申し訳ないがよく分からない。
年配者が好きなことを好きに研究したりできる「場」というのは、どういう「場」を想定しているのか。定年後の人たちが老人ホームで研究をしてたらいいのだろうか?それとも高齢者が大学に入学すればいいのか?それなら、今でも可能だと思うけど、それが何の「ハードルを下げ」、どういった分野への「人材流入」につながるのか?もう少し説明してほしい。
18、もうすぐ19。童貞。
そろそろ童貞/処女と非童貞/非処女が逆転するというか希少になってくる頃かなとは思う。
話題に上ってくることは当然多くなるし「さっさとやらないとヤバい」と煽ってくる奴も多い。
しかしそういう連中に限ってメシ食いに行くと四六時中「セックスしてー」だの言っていて心底バカらしくなる。
お前の脳みその中にはセックスしかないのかと思うような奴も少なくない。
僕が彼らに思うのは、「はらへったなー」と腹を叩きながらポンポンしているデブに思うそれと同じである。
お前は他に考える事がないのか。お前の生活はセックス無しに成立しないほどセックスのウェイトが高いのか。
そんな奴に「愛の素晴らしさ」やらを説法し「人生で損をしている」だの指摘されると心底イライラするし、セックスに頭が汚染されたお前の方がよっぽど「人生で損をしている」のではないかとすら思えてくる。
なによりこの議論自体が、小学校高学年の男子が陰毛が生えているか悩む程度の話であまり意味がないのではないかと思う。
自慢する価値がないというか、ましてその比が逆転してくる年齢においてはなおさら何の価値があるのかよくわからない。
基本的にこの考えは以後童貞じゃなくなったとしても変化はないと思う。
しかし非童貞でないと語れない部分があるためなんともいえない。
この辺は学歴がないと学歴問題について話せないというそれと似ている。
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
http://anond.hatelabo.jp/20081210172325
とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
http://anond.hatelabo.jp/20091216230059
「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
http://anond.hatelabo.jp/20111224192828
を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
お前の説明読んでるだけでもつまんなさがぷんぷんするけど
だいたい「もしドラ腐しで1時間」ってだけでしつこすぎてうんざりするわ
あったかいのはお前のおつむだよ
いくらもしドラが「無条件で馬鹿にしていいもの」扱いになってるつったって
自分でカケラも見ていない物について評論家がねちっこく馬鹿にしてる様子を
1時間もニタニタと見てられるってほんとうに気持ち悪いウスノロ脳みそだな
前から思ってたけど
町山クラスタってのは本当に
「あんまりセンスが無いけど尖ったセンスに憧れてる」みたいな奴等の集いだよな
「さすが町山さん!」って掛け声かけるタイミングを計ってるだけのザコの群れ
日垣いじりだってなんだよ
日垣がぶっこわれてるのなんか町山親分がいじりだすよりずっとまえに好事家は気付いてしっとりと味わってたよ
親分にへばりついた周回遅れ集団がラッパプープー吹きながら拾いあげて
グチャグチャグチャグチャいじりながら「さすが町山さん!」とかやってる
頭おかしくなってる奴と口喧嘩して次々に矛盾を指摘して打ち負かして、それが何の手柄なのかわからん
みんなが決して直には触れずに楽しんでたものを後から来てベタベタ触って手柄顔のヤボテンさん達
ほんとにやることなすこと垢抜けない田舎もんみたいな集団だよ
つまり広義の「サブカル」っていうのか、そのあたりの連中が本当に寒い
アニメオタク以下のセンスしかないのに「センスのいい人間」に憧れて
その中で特に映画クラスタはみんなちょっと町山親分を意識して無頼風の毒舌キャラを決めながら
やることなすこと面白くない
ブログ書いてるなら書く記事書く記事つまんねえ
親分の知遇を得てるわけでもないくせに
みんなで「町山さん」て呼ぶのがまたキモい
昨日見たテレビの話しながら「紳助さんがさ…」なんていう奴いねーだろ
プロレスオタクが一部のくたばったレスラーを語るときさん付けで呼ぶ(「馬場さん」)のと同種のキモさ
っていうか人種がどっか共通してるだろ
そういうセンス悪い同士の似たような仲間でつるんで
しじゅう町山親分の”活躍”をわがことのように得意顔で論じながら
でも実際は頭も口も回んないから
親分が弱いのを選んでは大げさにぶちのめす会場に集まって
「さすが町山さん!」てそればっかり
いつまで町山親分のケツの匂いを嗅ぎ飽きないんだあの無頼芸風の羊の群れは
それはちんこに脳を乗っ取られた男がオナホールを欲しいと思うときと同じだ。
この国は女向け性風俗はお粗末の一言しかないが、女が楽しめるおもちゃとなるとそこそこのクオリティのものが揃ってる。
あるいは、ちんこだけではなくてもっと大きな、ちゃんとした、素晴らしい快楽が欲しい、そういうとき、女は男を誘う。
お前みたいなちんこの怪物じゃなくて、このhttp://anond.hatelabo.jp/20111208112331増田が言及しているような、
女から見て信頼できる、脳みそのきちんと機能している男を誘う。
お前は誘われない。お前は必要とされない。
どんな女もお前なんか欲しくない。
なぜならお前はちんこだからだ。ちんこに脳みそを食われた化け物だからだ。
どんな女もちんこの怪物なんか欲しくない。
ちんこが欲しければちんこのおもちゃの方がいい。ちんこのおもちゃは脳みそちんこの怪物と違って、女の快楽のために動かせる。
或いは、ちゃんと信頼できる、言葉の通じる、頭のまともな男の方がいい。
そいつらはちんこに脳を乗っ取られたりしてない。そいつらは女の快楽のために動いてくれる。
簡単なことだ。
だからお前は一生セックスできない。誰もちんことはセックスしない。
ちんこを使って女ができることと言えばオナニーだけだ。大元の童貞の元増田が言っていたような、生身の人間を使った自慰だけだ。
生身の人間を使って自慰が出来る女は、必ずその快楽のために生身の人間を選別できる。
お前を使う女は必ずお前より良いちんこのためにお前を捨てるだろう。
あるいはより大きな快楽のために、お前に隠れてお前とは別のもっと良いちんことこっそり楽しむだろう。
お前はどのみち使い捨てだ。仕方がない。お前みたいなちんこの怪物は、それくらいしか使い道がない。価値が無い。
ちんこの怪物なんかそうでもなけりゃ去勢して檻に入れておくしかない。危ないからだ。
そんな獣にも劣るものは女にとっちゃ危なくてしょうがないからだ。
脳みそがちんこに吸収されかかって干からびているのは、お前にとっては幸いなことだ。せめてものことだ。
お前には何もわからないだろう。それはお前にとって幸いなことだ。
話がすり替わるとか廻ってるとか言う奴がいるが、そんなん途中で別人に入れ変わってるから当たり前だよ!
1・匿名ダイアリーは横から参戦する人でツリーが伸びて面白い。
2・話がすり替わるとか廻ってるとか文句言う人が居るが、途中で別人に入れ変わってるなら当たり前。
↓
横入りは当然だけど
1「1についてはその通りだね。」
2「2については、そんなの当たり前じゃないよ。横から入ってくる人も話の流れを理解してから参戦すべきだよね。」
↓
2「横入り者の振る舞いについてなんで私が責任を持たなければいけないんだ!」
↓
正常な読解力であればわかるとおり
↓
話の流れを理解しないで横入りされるのは別に私の責任じゃないのに、私に対して(横入りする奴が)ダメだと言われても困るんだが。
と言いたかったんだ。
・横入りしてるのはあなたじゃないので
「話の流れを読まずに横入りする奴はダメ」も当然ながらあなたのことではありえない。
・横入りした人間が話の流れを踏まえずに同じ話をループさせたりすることについて
あなたは「当たり前」だと思ってる。
俺は「ダメだろ」と思ってる。
この認識について話をしている。
すっとろい脳みそでもいい加減わかったあ?
http://anond.hatelabo.jp/20111204233916
養育費がどれくらいかかるとかそういうの理解しているんですかね。彼らは。できてから集められる費用なんて大体の人はたかが知れていると思います。
婚前にセックスするってことはそういうリスクがあるとも認識してます。
動物みたいに、いろんな場所から食い物を調達するだけで生存しているわけじゃないんだから、もっと考えるべき。
考える事ができる脳みそを得てしまったんだから、もっとよく考えるべきだと思います。今の世の中も人間の考えから生まれているのだから。
ここまで意図しなくデキ婚になってしまった人に対する私の考えです。
もちろん、デキ婚の後にそのまま夫婦円満になる人も多数いるだろうし、家族の為の資金をかき集める人も多数いると思う。そういう揺るぎない覚悟がある人はいいと思います。(覚悟はリスク要因だけどいい方向にいくと仮定して)
なんか抜き出すと大したことないきがするなー。一番面白いのは50ページくらいかけてぶっ壊れてるところだしなー。
・苦痛には真実しか伴わないのだ。だから人間、相手を痛めつけることで情報を得ようとする。そうでないと、人は嘘ばかりついて使いものにならないからだ。
・肯定する必要はないけど、それでも不安がる脳みそを黙らせるために、ぼくには動機が必要だった。
・地下で人間不信に陥る特訓を受けて以来、初の「油断」に「成功」した。
・ぼくはどっちも選びたくない。選ぶときに立ち会いたくない。勝手に決めてくれ。そうしたらぼくは流される。流されて終わってやる。
・ぼくがこの街を嫌いな本当の理由。そんなの単純だ。ぼくの好きな人が、簡単に死ぬような街だからに決まってんだろ。
・「夢を、見たかった」僕が狂ったままでいられる、飛翔の夢を。夢の中で嘘だらけの平穏に満ちた日常を繰り返して、ずっと過ごしたかった。・・・でもさー最近どういうわけか精神が強化されてきたみたいで、すぐに復活しようとするんだよね。だから必死に先延ばしにして、ずいぶんと粘ったけど、そろそろ、限界みたいだ。ぼくは現実に立ち返るしか無い。現実を認めたところですぐには動けそうにないけど。
・自分の状態をそれだけ語れるのなら、頭の中身に整理ついてる証拠じゃない。面倒臭がらないでやりたいことやりなさい。貴方わりかし不幸なんだから、今更謙虚にしてもどうしようもないでしょ。
・僕の感情の正体は、虫だ。幼少期から、感情のうねりや蠢きを、虫と捉えていた。僕がかつて、嫌いだった、理解しがたかった、生き物になぞらえて。それが働き蟻を形作っていた。虫たちは今までに何度、僕や周囲に突き刺され続けてきたのだろう。だけど、それでも虫は死なないのだ。切り分けられた身体を見捨てて、生き残るべき部分だけが刃物から時間と共に逃れて、そして蠢き出す。虫は解放を求めている。ぼくに、宿主に要求している。今の僕は、その虫に、身体を差し出したい。虫たちの赴くままに、生きればいいと思う。
・こころに差し込まれた刃物を引き抜けば、溜まった血液が溢れ出す。こころの血液。それを出し尽くしたら、ぼくはどうなるんだろう。こころだけが死んだ、弱い生き物になるんだろうか。
怖い。
ゲーム専用機を買わないユーザがスマフォのゲームを買うのはそうなんだけど、だからといってスマフォしか持ってないユーザがCoDMW3やBF3のグラフィック(見た目)を知らないわけじゃない。
それらの「大作」とされるゲームに似ている外面を求め、それで満足する部類は結構いる。(ゲームロフト系のゲームは全てそういうユーザ向けのモノだ)
よって、いくらスマホといえどもグラフィックは求めるだけ求められ、良くグラフィックに金を掛けられる企業の方が今は有意なポジションにいる。(ケイオスリングスとかが売り上げトップなのは、グラフィックが良いからだろ?)
もちろんカジュアルなゲームが良くないということもなく、アングリーバードなんか知名度はマリオにも漸近してるよな? だが、どっちがいいとかではなく、これらは単純にゲーム性の違いからユーザも別れているとされ、とするならマーケットも分かれていると見るべきなんだ。カジュアルを受け入れるマーケットも、コアユーザを受け入れるマーケットも、両方ある。
それが今のスマホの状況。
男「うん、まあ、知ってるっちゃ知ってる。僕自身が信じてるわけじゃないけど」
女「どうもおかしいんだ、私。身体の先の感覚が変っていうか……」
女「手足がさ、なんだか一致してない気がするんだよね。意識とどこかズレてるっていうか、そんな感じ」
男「時期はいつ頃から? 先週こうやって同じ電車になった時は、別にそんなこと言ってなかったよね」
女「寝て起きて、朝になったらそんな感じだった。昨晩は何でも無かったんだけどさ」
男「さっきでしょ、朝起きたのって。いっつも時間ギリギリまで寝てるくせに。それはあれだよ、きっと寝不足か何かだよ」
女「よくわかんないけど……違うと思うんだ」
男「第一さ、それって何が関係あるの? さっきの、何だっけ、輪廻てんせい?」
女「いや、てんしょう。輪廻転生。まあどっちの読み方もあるみたいだけど」
男「どうでもいいじゃん読み方なんて。それよりその輪廻転生と、感覚がどうのこうのって話と、何か関係あるの?」
女「脳みそは」
男「は?」
女「私自身だと思う」
男「……?? うーん、まあいいや。それで?」
女「で、身体は脳みそが動かしてるわけだ。脳が私なら、身体は乗り物みたいな感じかな?」
男「なんだかそんな言い方されると微妙だけど……わからなくは……無い、かなぁ」
女「朝起きてから、どうもしっくり来ないんだ。自分のものじゃないっていうか」
男「身体がか。疲れてるだけだと思うけどな」
女「馴染んでない気がする。見た目はいつもの私だと思うんだけどね」
男「熱……は、無いみたいね。えーと、どう反応したら良いんだろう。軽く泣きたくなってきたんだけど」
女「どう言ったらいいのかな。……そうね、いつも乗ってる車の運転席に座ったと考えてよ」
男「よくわかんないけど。まだ運転したこととかないし」
女「シートがいつもより下がってて、ハンドルの位置が高くて、えーと、何だっけ、後ろを見る……」
女「ああ、それそれ。それがズレてたとする。違和感ありまくり」
男「輪廻関係なくない?」
女「いいから聞いてよ。そんな風にさ、ぱっと見ではいつもと同じに見えるんだけど、実際には色々とズレてる感じなわけ」
男「今朝からでしょ。よくわかんないけど、大丈夫なの、それ。学校に着いたら保険室行こうか?」
女「身体に無理矢理、魂とかを押し込められたような気がする。ただこうして話してるだけなのに、鎖に縛られてるみたいな感じがするんだ」
女「あのさ、聞いてよ。デジャブって知ってる? 見たことないのに見たことあるような気がする、よくあるやつだよ」
男「よくあるかどうかはわからないけど、一応デジャブなら知ってるさ」
女「さっきからね、なんて言ったらいいんだろ、そういう……えっと……」
男「どうも話が全然進んでない気がするぞ」
女「それ! それよ、私が言いたいのは」
男「話が進まないってこと?」
女「というか、同じところをぐるぐる回ってる気がするんだ。話だけじゃなくて、何て言ったらいいんだろ……そう、たとえばこの駅とか」
男「神田?」
女「たしか、さっきも見たんじゃない?」
女「もうこれは確実でしょ。時間がね、永遠に繰り返されてるんだ」
男「だけど、そんな非現実的な……」
女「何を言ってるの。今はこれが現実なのよ。しっかりして!」
男「でも、でも……どうなってるんだ!」
女「多分ね、時間軸が狂ってる。はじまりが終わりに繋がって、終わりは新たなはじまりを告げるんだよ。それはまるで……」
男「出来損ないの、しりとり」
http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/3992852.html
これを読んで、昔カーチャンに言われた話を思い出したから書く。
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生理痛っていうのはめちゃくちゃ簡単に言うと「子宮が超絶筋肉痛になる」という痛みで、
内部に溜まった血を一生懸命排出しようと子宮がこれでもかと伸縮を繰り返すから起こる。
この時点で
・どれくらい痛いのか
・なぜ個人差がもの凄く大きいのか
という、男なら誰でも抱く疑問が大体解決(?)する。
子宮は赤ちゃんを支えられるレベルの筋肉のカタマリだから、そんなのが全力で運動して腹ん中で筋肉痛を引き起こしたら
だけど知っての通り、筋肉痛には個人差がある。走り回った翌日けろっとしているヤツもいれば、動けないヤツもいる。
そして生理痛は、脳みそ的には筋肉痛というより内臓の痛み(胃痛とか下痢痛とかと同じカテゴリ)で認識される。
だからあの、「ぐぬおおおお痛い痛い痛い痛いけど痛い部分は身体の中だからどうしようもないんじゃボケエエエエ!!!」
って感じの痛みだし、女性ホルモン(これまた個人差が大きい)の影響も出る。
色々書いたけど、つまり「生理痛が重い人」(あくまで重い人)の痛みを言い換えると
立って歩けないような筋肉痛がそのまま内臓にやって来たレベルの腹痛
当時サッカーやっててしょっちゅう筋肉痛になってた俺は恐怖に戦慄した。
このことをまくしたてる母親の形相にも戦慄した。
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よく言われる、金玉蹴られた痛みと比べてうんぬん~ より「筋肉痛」の方が
男も女も知ってる痛みだし不毛な議論になりにくいんじゃね?と思ったので、書いてみた。
生理痛の原理なんてよく知らないし、ホントのところは分からないけど