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2012-02-16

スターバックスユダヤ商法

http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20120213/1329141809

非常に興味深い記事。

まぁ「洗脳」とか「ウェット」とか「気持ち悪い」ってコメントがたくさんつくだろうなーと思ったら

コメント欄経験者による同意の声ばかりで意外だった。

はてなブックマークは私の予想どおりで安心したけど。

というわけで、この人はコメント欄も含めて記事作りにこだわりがあるんだなーと好感をもった。

きっと非表示のコメントがたくさんあることだろう。

もちろんブログコメント欄まで含めて作者のものなので、このこだわりを否定するつもりはない。




こうした話を聞いて宗教的、と感じた人は多いと思う。それは間違いではない。

スターバックス典型的な「ユダヤ商法」の一つである

http://hexagon.inri.client.jp/floorA4F_ha/a4fhc200.html


ユダヤ商法」や「ビートルズビジネス戦略」といった本で語られている話によると、

彼らは宗教と商売を区別しない。むしろ積極的に宗教的な知恵をマネジメントにも接客にも活用する。

創業者の著書「スターバックス成功物語」にはあまり宗教の影響は語られていないが、

そこで提起されている「サード・プレイス」という考え方は、

自身の幼少時における体験が大いに影響しているのではないかと考えられる。



ユダヤ商法については、ダンキンドーナツや、シェル石油逸話アメリカでは非常にポピュラーらしいが、今回の記事のように、従業員も、客すらも、共同体家族の一員としてみなして大事に扱うことに特徴がある。

それでいて、日本家族経営とは違い、

年功序列のような儒教チックな要素は全くなく、能力や成果を重視する。

同期で入ったものをペアとして、二人三脚で協力し、競い合わせることで成長を促す。

その上で下のものの成績が振るわないときは、部下ではなく目上の者の責任となる。

から、上の人間必死下の人間を教育する。部下の悩みや行き詰まりを把握して助けるのは当然。

・・・などなど、そういう教えがタルムードにあるらしいが詳しくは知らない。

要するに、宗教ベースとした考え方は確実にある。

ウェットで、人のつながりを重視するマネジメントスタイルになりがちであるそうだ。

はいっても、神の教えやら、空想的な権威に服従を求めたりはしない、らしい。




私はユダヤ商法を否定しない。むしろ、積極的に日本人も見習うべき点があると思う。

ただ、もちろん、日本人には日本人のやり方があるだろうから、うまく変化させて取り入れるべきだろう。

特に今の若い人はウェットな関係を嫌う傾向があるように感じる。おそらく、親や教師などの駄目な大人を見過ぎたせいだろう。無神経で、年上というだけで偉そうにして、それでいて能力的にも人格的にもクソみたいなやつから、一方的に介入を受け続けて、ウェットな関係に嫌気が指しているのだと思う。

気持はすごくよく分かるのだが、だからといって、無条件で目上の人間との関わりや、共同体的な関係を否定し、個人主義に走るのもよくない。うまくいくやり方、自分にあったやり方を考えて、いろいろと工夫してみる必要があると思う。

無難な締めくくりになるが、自分でも結論が出てないのでこのくらいで勘弁を)




例えば、餃子の王将のアレは、駄目な日本教の典型である

「作る側」「管理する側」に寄り過ぎた思想であり、

消費者側」「従業員側」の目線がかけすぎている。時代の変化に対応できず、機能不全になりつつある日本教を無理に維持しようとするものである

こういうのは、積極的に拒否していけばいい。

ただ、そういうものと、スタバ果たして同じだろうか、

違うところはないだろうか。自分たちの仕事に生かせる要素はないだろうか、

そんな風に少し考えてみると、面白いかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20120215212222

使えない奴には使えない奴なりの仕事があったんだよな。昔は。

今はそういう仕事賃金が安い外国人に全部持って行かれてしまった。

これは大企業が悪いのかと言えばそうとばかりは言えない。

賃金の高い日本人を抱えてたら国際競争に負けて潰れてしまうから



でも、安定と将来への希望がなければ少子化が進み、国が痩せていくというのは事実

ではどうすれば良かったのだろう。

日本経営者なんてアメリカ経営者に比べれば10分の1とか100分の1しか報酬をもらっていない。

アメリカでは実質0の相続税日本では最高50%まで国庫に入る。



レスが言うところの「貧しい国民を無くす」「弱者大事にする」ってのは、

具体的にどういう政策のことだと思う?

2012-02-12

拒否権なんてシステムはなんでできたの?

国際連盟が出来るときあれが将来禍根を残しうることは間違いなかったじゃん…

アメリカソ連もお互いが将来対立することは目に見えていたのに。

2012-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20120211091350

それを言うなら「収入が激減するのにアメリカに行った人」が、いったいどれだけ金についてシビアなのか?という話にもなってこない?

まあその決断そのものは尊重しますけど、躾ってのは余裕があるときでもシビアになれるためにするもんじゃないのかな?

http://anond.hatelabo.jp/20120211090754

個人的にはアメリカ来てから収入が激減したんでw日本に居た時より遥かに金の出入りにシビアになったけどね。

人間そんなもんじゃいかな。収入に余裕があればルーズになるし、ギリギリになればシビアになる。

現金クレカかなんて関係ないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120211085552

クレカ破産社会問題になってるアメリカを引き合いに出すのは悪手な気がするが。

それに、手持ちのお金が目に見えて減っていく現金購入の方が結果的には金の出入りにシビアになると思うぞ。

クレカの明細票なんて所詮数字の羅列でしかない。見慣れたら1000円と100万円の差が0三個分くらいにしか思わなくなる。

http://anond.hatelabo.jp/20120211084034

それは子供の躾レベルの話であれば正しいが、大人にまでそんな事を強制されても困る。



話ズレるけど、むしろ大人になったら全部クレカ払いにした方が管理しやすいよ。

アメリカ在住だから基本全部クレカ払いなんだけど、明細見ればいつどこでいくら金を使ったかすぐ分かって超便利。

現金のやり取りはいちいち記録してられないよね。

まあ日本じゃ全部クレカ払いは無理があるだろうけど。

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209153615

see http://d.hatena.ne.jp/elm200/20080326/1206511325 (アメリカ永住権を取得する方法)

例えばアイビーリーグ卒業生には無条件に移民ビザ発行、ぐらいの事をやってもいいと思うんだけどなぁ…。単純労働者の移民を受け入れるのはまだ早いと思うけど。

かといって孫正義のようなカリフォルニア大卒が、日本で事業あげると叩きまくるのが国民性の罠。

http://anond.hatelabo.jp/20120209035557

別にアメリカ大学における優秀さは英語力で測られる訳じゃないからねえ

でも普通ネイティブ英語チェックする筈だけどな

英語上手くない日本人が書いた論文が読み辛すぎる

なんでアメリカの有名大論文書いてるような優秀な日本人英語力がこんなもんなんだ…。

少なくとも俺程度じゃ違和感感じとれないくらいのレベルのはずじゃないのか。

http://anond.hatelabo.jp/20120209020923

そもそも「クレカはかっこいい」なんて価値観に釣られるのは頭の悪い若年層だけ。

そんな層の人数も購買力たかが知れている。



大勢の人間を釣るなら実利で釣るしか無いんだよ。

アメリカクレカ大国なのは治安上多額の現金を持ち歩くのが危険

100ドル札は偽札が多くて信頼されず事実上普及している高額紙幣20ドルしかいからだ。

電子マネーの話なら、日本成功しているのは首都圏suica沖縄Edyだけど

首都圏suica電車に乗るのにいちいち切符買わなくて済むと言う実利故だし

沖縄EdyANAマイルが溜まる(飛行機に乗らないと他県に出られない為マイル価値が高い)と言う実利故だ。

「かっこいいから」なんてくだらない理由ではない。

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120208111352

事実真実ですれ違っているというが、そもそもの命題の設定の仕方が間違っているとしか思えん。



例題の「ワシントンの斧」に関して言うならば、

命題を「ワシントンの斧という寓話は真実であるか否か」とするなら、

アメリカに桜が上陸したのは1909年12月。ただし、この時は害虫被害が懸念されてすべて焼却されており、現在DCとかニューヨークで見られる桜は1912年3月に運ばれたものワシントン幼少時(1730~40年代)には桜の木は当然無い。
これを根拠に否定する輩もいるのだが、英文では"English cherry tree"となっている物があるのでおそらく、桜桃だと思われ、これなら17世紀にはイギリスからアメリカに持ち込まれている。
ワシントンの家は黒人奴隷プランテーション経営していたので、桃桜があっても格段不思議ではない。
また、海外挿絵等では背景が農場に見えるものも多く日本翻訳した時点で相当意訳されてしまっており日本語訳を元に審議を見定めるのは難しい

となるわけで、これは事実の積み重ねだから認識の違いは起こらないと思われる。



また、「これが子供の思想形成にどのように影響していくか?」という命題に関しても、

寓話を読み聞かせるのは容易いが、子供は大人の行動から物を学ぶのであり、実際の大人が寓話に反した行為を行っている場合には悪い影響を与えるだろう。
事実アメリカにおいても、"George Washington's axe"は、先祖代々伝わる由緒ある斧だが、刃は錆びたので交換し、柄は古くなったので交換した。
というジョークとなり、「あれこれ取り替えて元が残ってない様子」を示す慣用句として使われてしまっている。
また、「正直に物事を話した方が良い」という事を説明するための寓話は他にも多くあり、「ワシントンの斧」は内容の短さ、状況の簡潔さから反論性が高いため、他の寓話を選択した方が効果はあるように思える。

と、相手に状況を確認してもらって進めれば、一方的な擦れ違いは起きないだろう。



命題をきちんと設定して会話するのであれば、命題からずれても対応できるし、ずれが大きくなったら命題を変えればいい。

単に、お前さんが自分命題に固執しているか、相手の提示した命題が把握できてないかじゃないの?

財政的に大きな問題を抱える日本は、今後どのような道が残されているのでしょうか。

組織構造を変革するには、一度クラッシュしてしまった方がよいという意見もありますが、これは絶対に防がなくてはなりません。

クラッシュすると日本は立ち上がれなくなるからです。

クラッシュするということは、国民が持っている定期預金生命保険信託郵貯など、全部がぶっ飛んでしまうということです。

そうしたものは半分以上が国債運用しているからです。



そうなると皆さんはクラッシュした後、生き残れるでしょうか。

例えばアメリカでは国債外国人に買わせて、国内で買っている人は少ないので、国民は生き残れるでしょう。

しかし、日本場合は、国債ほとんどを国民が知らずに持っているわけです。

ギリシャでは国債クラッシュし、ギリシャ人ではなく、ドイツフランスイタリア銀行が救済を求めています

日本場合は、金融機関倒産の危機に陥った場合、そこに預けているのは国民なのです。

その国民お金が1400兆円あり、それがすべてひっくり返ることになったら、多くの人は生きていけなくなります




戦争が終わった後、戦時国債が全てデフォルトしましたが、ハイパーインフレが起こり、100分の1にデノミしました。

当時のような事態を乗り越えられる準備をしている国民はいません。

安心して、郵貯を買ったり、定期預金をしたりしているものがぶっ飛んでしまうわけですから日本人は生活できなくなるのは分かりきっています

私は「国を信用するな」、「市場暴力装置だ」と叫んできましたが、まさにそういうことなのです。




クラッシュした方がいいという議論をする人が識者の中にもいますが(池田信夫など)、どうかしていると思います

一度そういう事態になればみんな目が覚めるのでは、などと言う、その本人は大丈夫なのかと聞きたいです。

そういう事態になったときには、アメリカなど諸外国も危機に陥るでしょうが

国債は94%を日本人がもっているわけですから、一番大変なのは日本人だと言えるでしょう。

ですから国債デフォルトなどは絶対に起こしてはいけないことなのです。

2012-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20120207055456

アメリカに全部台本に従って演出していると公表しているプロレス団体があると聞いたような

プロレスじゃなくて似たような格闘技かもしれんけど

http://anond.hatelabo.jp/20120207063000

アメリカって企業サイトも死ぬほど使いにくいよな。

英語から読みにくいと言うのもあるけど同じインターフェイス日本語サイトも使いにくい。

元々顧客サービスが死んでる国だから顧客が使いやすいサイトを作るという概念が無いのかと思ってる。

アメリカ人はそういう状況に慣れてるから多少使いにくくても何とも思わないんだろう。多分。

http://anond.hatelabo.jp/20120206172037

いや、あれはアメリカの人にとっては使いやすいんだよたぶん。

日本だともっといいSNSあるけど。

2012-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20120202135247

因みにアメリカでは基本的には男性女性に贈る(逆は少ない)ものらしい。

花はバラが定番。あとディナーに誘ったりするとか。



日本に輸入する時に「女性男性に贈る」という仕掛けをした人は凄いよなあ

http://anond.hatelabo.jp/20120202134440

アメリカ在住だがその辺でバレンタイン仕様菓子売られまくってるぞ。

チョコとは限らないようだがチョコ普通に多い。

2012-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20120131161207

横だが、何がおいしいのか分からない以上、何のためにレシピ通りやらなければならないかが実感できないと思う。

現実的な話ですまないが、時代国籍地域、家庭によって味覚ってのは違うのであって、

当然、俺の「おいしい」とお前さんの「おいしい」にも違いがあるんだわ。

日本人で言うなら、うま味…昆布出汁や鰹出しといったアミノ酸系列を他国より重視する。

隣の中国韓国東南アジアでは辛みが重要だったりする。ちなみに、俺は辛いの食えない。不味いとか以前にカプサイシン胃腸に来て吐く。

アメリカのは、甘め。とくに菓子系は激甘。開拓時代に甘い物漬けになったからな。これは日本人で無理ってのが結構いるけど俺はオッケー。むしろイケる。

まぁ、和食に限定しても地域によって赤飯の味がぶれるのは有名所だな。無味の赤飯に塩を振り掛けて食うところから赤飯自体これって餡子じゃねーのってぐらい甘い所まである

心太も、関西では黒蜜掛けて食うわな。俺は酢醤油派。

有名どころでは卵焼きに何掛けるかとかは家庭どころか個人で違ってくるわな。

なんで、感覚に頼って料理するのは非常にまずいわけだ。

地域によってカップ麺ですら味を変えている訳で、自分の「おいしい」を他人も「おいしい」と感じてくれる保証など全くないのさ。

なので、感覚的に料理を作るってのは慣れてないとできない。



この場合、慣れってのは化学実験における結果予見性だ。

水の電気分解をする際に、塩(塩化ナトリウム)を投入するだろ?

もしくは、元から用意された食塩水電気分解したか

あれは、イオン交換の効率が上がって実験が早く進むからなんだが。

それを予見して、適切なナトリウムを投入するなんぞ実験の手引きが無い場合、総当たりでグラフ書くしかないわな。

実際、時間が有ったらそういう実験をさせてみるのも面白いと思う。

さておき、料理人と呼ばれる人たちは、それぞれの生の味、それを焼いた時、煮た時の味などの引き出しを持っており、

大概の料理は味のシミュレーションが可能なそうな。

その中から、「店の味」になる素材、料理法を組み合わせて客に提供してるわけ。

そんなん、ご家庭で簡単にできてたまるか。

まぁ、そんな料理人も大量に料理作って、失敗して、それが経験になってる訳で。

まずは、レシピ通りに作るってのは基本なんよ。



これが1回2回のことならいいのだが、何のためにやるのか分からないことを毎日毎日やらせつづけるのは難しいだろうな。

料理が苦手って人の多くはそんな考えをするわな。

鼻歌交じりに材料切って、焼いて、鍋に放り込めば出来上がり~♪ とはいかない。

材料を切るにも後工程(焼く・煮る)、火力(ガスコンロオーブン)によって切るサイズが決まる。

焼く際には、温度と時間が必要。化学的にいけば、素材によってメイラード反応温度が違う上に熱伝導率も異なる。

熱伝導率は素材の形状によって調整してある為、集中するべきなのは温度と時間である。という事になる。

煮る場合も大体同じ、この場合は、苦み、えぐ味の元になる水溶性たんぱくが熱変性して浮かんでくるので、和食では取り除くことが多い(灰汁取り)。

実際には、複雑怪奇化学的処理を行っているわけで。

そんなん、レシピ通りに進めた方が楽に作れるに決まっている。

パンなんぞ、分量間違えるだけでイースト菌が全滅して発酵せずにゴミ箱行きだ。



どんな実験なのか分からないままやらされ、結果だけを他人から聞かされ続けるようなもんだ。

自分の家で料理してるんだから自分も食うだろ。結果は判る。

カレーを作れば水を入れすぎてカレースープ
記載されている作り方のとおり作ってもらえればいいのに、そのマニュアルを読まない
生ラーメンもゆですぎてトロトロラーメン まずっ
タイマーかけろといってもかけない
出来ることはお湯を温めるだけ 本当に
俺がいないときインスタントカップ麺ばっかり
あとツナ缶
お米を炊いてあれば、漬物だけで済ます
ガスを使う料理が出来ない
卵焼きも出来ないときた 焦がす焦がす

こんな状態なら、適当に作ったものレシピ通りに作ったもののどちらが美味いかなんぞ明確だろ。



レシピ通りに作れば、レシピ通りのものが出来上がる。なぜなら、これはただの化学処理に過ぎない。

レシピを改変するのは、十分にそれをマスターしてから

この2点を理解させる簡単な方法は、レシピ通りに作ったものを食べる事だと思うがね。

2012-01-30

TPPでなくとも

1980年代アメリカコメ市場の開放を迫られたときも、経済学者は開放賛成じゃなかったっけ?

マンガ美味しんぼ、そのとき市場開放反対だったけど、

何年か経ってからはそんなこと忘れたかのように「一概に反対とも…」に変わっていたような。

http://anond.hatelabo.jp/20120130093918

2012-01-28

#竜馬とたけち#

竜馬と武市半平太。ともに岡田以蔵能力や人柄を認めつつも、

身分制度に疑いを持たないため、将来彼を自分の手足として使うことを当然と考える武市と

そもそも身分制度に頓着がないため、純粋な友人として見ている竜馬の違いは大きいのう





#大村益次郎の知恵#

「竹竿台場江川台場も役に立たぬ意味では同じです。画餅にすぎぬ。

 もともと実現不可能なものを命じられているのであれば、幕府差し出さねばならぬ図面や設計書もうんと立派なものにする。

 図面さえ出しておけば幕府安心し納得する。5~6年以上かかる大工事の計画書でなければいけません。

 なに、心配入りません、3年待たずして必ず状況は変わります。程無く幕府も砲台設置は無意味と気づくでしょう。」




#大村益次郎天才性#

吉田寅次郎はアホな人ですね。

 天下の佐久間象山に就いておきながら、なぜ蘭学を学ばない、なぜ科学を収めようとしなかったのか!

 蘭書を読み科学を学べばわざわざ命を捨ててアメリカに行く必要はない。」

 あの船の動力室を見れば、西洋合理主義オランダの国力も手に取るようにわかる。

 未来を開くことができるのです・・・

→多分これが可能なのは佐久間象山大村益次郎のふたりだけで、

 吉田日本の中ではとても優秀ながら、これが出来なかった、というか普通できないか海外に行こうとした。

 子供の頃から山鹿流を極めて、外国合戦するという視点に囚われていたか

 逆にそれをUnlearnするのはなみたいていのことじゃ難しいというのもあったと思う。

 大村益次郎福沢諭吉レベル合理性というのは、なかなか難しい。

 しか吉田松陰合理性の鬼ではないどころかその逆に非常に忠義や友情と言った人間的なものに強かったか

 教育者としては短い人生歴史に名を残すほどに多くの人に影響を与えているというのが面白い



#大塩平八郎大阪民に与えたプライド#

大阪には、庶民のためにここまで命を投げ出す人がおったんか、と何やら胸が熱うなったな。

それまでわしにとって大阪出世前の足場に過ぎず、いずれ若い頃学んだ江戸に戻って一旗揚げるつもりやったんやが

何やしらん、大阪の町と底で暮らす人々が愛おしゅう思えてきてね

「この土地に骨をうずめるのも悪うないか」と思って、大阪で異形を開き、適塾スタートさせることにしたっちゅうわけや。


#アロー戦争#

アヘン戦争が最も愚かな戦争であれば、こちらは戦争と呼ぶのもおぞましいヤクザのゆすりたかり。

アヘンで荒廃した国を蹂躙し、さらに絞り足りぬといえに土足で入り込んで略奪放火までしていくとか。

西洋列強の恐ろしさ強欲さが顕になった虐殺略奪劇。

勝利後の条約がまたひどくて、お前紳士の国とかそれ歴史教科書見ながらいえんの?レベル

(ただ、当時の補給線・調達や、兵隊の編成事情を見ても多少は納得する部分もある。

 アングロサクソン系はもともとどうしようもない野蛮人であり、それをよく知っているからこそ

 自分を律する啓蒙主義みたいなのも流行ったんだと考えると、今やたら紳士ぶってるのもわからんではない

 何から何まで尊敬できるような国ではないのは確かだけれど)

特にロシア領土拡大・不凍港獲得は、開国後の日本威圧することに。

アヘン戦争とか見てると、本当にこの当時のゲスヤクザイギリスを相手にしないためにも

 鎖国というのは全く不合理ではなかったかも、と思えてくるから困る。

 当時のイギリスゲスさ強欲さ残忍さなどどれをとっても、松前商人はるかに上回るレベル。(ただし頭も良いから余計たち悪い)

 (日本が侵略されなかったのはこちらを食べつくすのに忙しかたからと、日本はそれほど旨みがなかったから、なんだろうか)

→にも関わらず、イギリスはなぜか日本に対しては国と国としての対応をシてくれている。(フェートン号事件をはじめ3件くらい海賊行為があったけど)

 実際オランダと同じように、軍艦を一隻無料で寄贈してくれたりとよくわからない。

 オランダロシアとことを荒立てないみたいな駆け引きがあったんだろうか・・・なぜ他の国も辛抱強かったんだろうか、とかいまだによく分からない。

#観光とは#

現代ではレジャー旅行意味しか使われていないが、江戸時代でいうとそれは物見遊山のことであって本来の意味ではない。

語源は、一国の主が、自分政治のお陰で人々の表情が明るく輝いているかを確認するため領地を見てまわること。

ですから光とは人間そのものであり、民がいきいきと光っている国は他の国をも照らす。すなわち自然外国への手本になる。

観光国とは、自らの国の美徳が、他の国の手本になるような国のことであります



#オランダ日本#

クルチウスは、初代館長ヤックス(家康とも謁見)の時から数えて162代目。

オランダ日本の縁は1600年からで、ヤン・ヨーステン(彼の江戸屋敷八重洲語源)は家康から朱印状を得て積極的に行動し、毎年シャムカンボジアにわたって貿易を促進し、最初1609年に九州平戸オランダ商館が開設された。鎖国政策進行中の中では、生き残りのためひたすら徳川に尽くし、島原の乱では大砲を打ち込むことまでやった。

天草キリスト教オランダから砲撃されたことにより一気に士気が衰え、絶望的な最後を遂げるに至ったとさえ言われる。

そこまでやってもオランダ江戸参府の時を除いて出島の外に出られず200年以上小さな人工島で暮らしてきたのだ・・・

その時代もようやく終わる。これからは国と国の対等の交際が始まるのだ。商取引関係だけに限られた関係は私の代を持って終わりにする。

アメリカはせっかちすぎるもう少し時間をくれれば波風立てず開国をやり遂げられるのに」

オランダもそう思って250年辛抱してきました。しかあなた方は変わらなかった。之まで何もしなかったツケが回ってきたと思っていただきたい。他の列強は我が国のようにおとなしくしてはくれませんよ。あくまで我々が特別なのです。ことここにいたっては自然な開国を求めるには遅すぎます。一刻も早く我がオランダ仲介人に立て、欧米諸国と通商条約を結ぶのが最も安全な道です!」



#シーボルト父娘#

ついに再開。。。まだかー

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

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村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

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どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。

そういう文化交流はえてして少しぎこちなくなるものだ。

日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。

アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。

YouTube ではきらびやかトレーラームービーを見ることができ、

一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。

Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。



村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。

これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。

彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、

毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである

1Q84』によって彼は三年間収監されたという。



といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。

村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセント女の子出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。

「基本的には同じなんだ」と彼は言う。

少年少女出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」



実際には『1Q84』は単純な物語ではない。

筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。

物語は行き詰まりから始まる。

青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。

そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。

タクシーラジオからある歌が流れる。

チェコスロバキア作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。

渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。

しかしそれは神秘的な深さで彼女共鳴する。

シンフォニエッタ」は進み、タクシーは動かない。

運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。

高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。

本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。

青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。

「見かけにだまされないように」と彼は言う。

降りていけば、彼女にとっての世界根底から変わってしまうかもしれない、と。



彼女はそうして、世界は変わった。

青豆が降りた世界歴史の軌跡がわずかに違っていた。

そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女遅刻した約束というのは暗殺約束であったことが明らかになる)。

そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。

彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。

1Q84』の狂気はおよそそのような流れだ。

この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、

私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。



この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。

一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。

その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説1Q84であるように思われる。

怒り、暴力惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、

日本のすべてを取り込もうとするかのような本である

偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、

ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。



驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。

そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいものようにそれを受け流し、

自分想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。



「リトル・ピープルは突然やってきた」という。

「彼らが何者なのかはわからない。その意味づけもわからない。

 僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事



村上の作品は夢のようであることが多い。

明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、

覚えていられたことはない、という。

目覚めたときには消えている、と。

ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹小説のような繰り返す悪夢だったという。

その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。

蛇肉の天ぷら芋虫パイ、そしてパンダ入りライス

食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。



2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。

運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。

私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。

カーステレオではブルース・スプリングスティーンカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。

アメリカシュールレアリズム古典である



車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。

次に彼は存在論的に複雑な仕事をした。

実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである

彼女用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。

「だから多分このあたりのはずだ」

と言ってこちらを向いて念を押すように

「それは現実じゃないけれど」

と付け加えた。

それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。

「そう」と指差して「ここが彼女が降りていった場所だ」

キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。

村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、

「それは現実じゃないけれど」と言った。



村上フィクションは変わったやり方で現実漏れ出す。

日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。

村上東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。

私はできるかぎりその世界時間を過ごそうとした。

村上天啓を得たあの場所神宮球場へ行き、

客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓もっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。

また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトン2001年アルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入り東京ジョギングルートゆっくりと走った。

私のホテル新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要役割を果たす、交通機関ハブ的な場所だ。

登場人物たちが好んで使う集合場所中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。

そしてフレンチトーストタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。

そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。



こうして私は、村上巡礼者の列に連なることになった。

実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、

登場人物が聞いた音楽プレイリストオンラインでまとめている読者もいる。

村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社西日本への『海辺のカフカ旅行を企画したこと、

ポーランド翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行ガイドブック編集していることを教えてくれた。



こうした旅自体が、形而上の境界を越えてしまうこともある。

村上は読者から彼が生み出したもの現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。

たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。

ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。

1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字家族から村上は便りを受け取ったという。

彼はサイン本を一冊その家族に送った。

ここでの要点と言えるのは、現実漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、

村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。

彼は私たちを世界から世界へと往還させる。



世界から世界への往還──それは翻訳の作業を思い起こさせる。

翻訳は、様々な意味村上の作品を理解する鍵となる。

彼は一貫して日本作家からの影響を否定してきた。

作家活動の初期には、「日本人という呪いから逃れようとしているとさえ語った。

その代わり、十代の若者として、西洋小説家の作品を貪ることによって、文学感受性を培った。

その中にはヨーロッパ古典ドストエフスキースタンダールディケンズ)もあったが、

彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀アメリカのある種の作家たち、

レイモンド・チャンドラートルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルドリチャード・ブローティガンカート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。

本の冒頭を英語で書き、それから日本語翻訳し直すのである

そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。

村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、

たか英語原作から翻訳されたかのように読めることだという。

2011年10月21日

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