はてなキーワード: ヨーロッパとは
ぼくは大人になったら 世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。世界一になるには 世界一練習しないとダメだ。
だから 今 ぼくはガンバッている。今はヘタだけれどガンバッて 必ず世界一になる。
Wカップで有名になって ぼくは外国から呼ばれて ヨーロッパのセリエAに入団します。
一方 世界中のみんなが注目し 世界中で一番さわぐ 4年に一度のWカップに出場します。
セリエAで活躍しているぼくは 日本に帰り ミーティングをし 10番をもらってチームの看板です。
この得点も兄と力をあわせ 世界の強ごうをうまくかわし いいパスをだし合って得点を入れることが
ぼくの夢です。
それ以上に蒸気船と帆船の戦いにおいて、蒸気船の高い操舵力による
黒海での圧倒的有利が、難攻不落であるはずのセバストポリ要塞を孤立させ、
→次は蒸気船の中でも外輪船VSスクリュー船、で争う。
対日本、対中国程度であれば外輪船でもスクリュー船でも大差なく勝つが
同じ蒸気船同志なら、圧倒的にスクリュー船が勝つ
日本だって戦国時代はそうだったのだが、スケール感が違うので少し戸惑うね。
「井伊直弼は信念を持って粛清を始めている。本人の胸中に入ってんのやましさもないのだ。それがどれほど恐ろしいことかお前にわかるか?ただの悪意や傲慢なら少し恫喝をかければおとなしくなる。我が身が可愛いだろうからな。覚悟を決めた男にそれはきかない。これからの井伊は果てしなくエスカレートするだろう。権力を持った人間はやりたいことがどこまでもかなってしまうからな。しかし権力を掴んだ男は気づかぬうちに権力の奴隷に成り果てるのだ。私はな、自分で言うのも何だが権力の奴隷にならずにすんだ。正義と権力に酔ってお由良派を粛清するために血刀を振るっていたならば、今頃薩摩全土は死屍累々、私自身どこかで非業の死に倒れ、島津は滅亡し今の近代化など微塵もなかったであろう。だからこそわかる井伊家は日本を血で染め、日本そのものを滅ぼしかねん。使いたくもない権力であったが、ひと暴れせざるを得まい」(島津斉彬)
戦をせぬ戦というものがある。今回の騒ぎは糸をほぐせば簡単にとけるものだ。京の天子様をあまりにも現実から遠ざけてきたことが間違いなのだ。西洋人は禽獣ではないこと、我が国は国際社会と堂々渡り合える力を秘めていること、それを伝えて孝明帝の心が休んじられれば日本は平和に開国できるのだ。その自信を持てず西洋に一番怯えておるのが250年惰眠を貪り続けてきた江戸幕府である!どれほど格好をつけ、居丈高に振舞おうとも、いや水戸様のように居丈高になればなるほどその怯えは日本全土、全国民に伝わってしまう。幕府の自信のなさを朝廷は見ぬいておられる。意味不明な西欧の脅威とこの国の責任を押し付けられる帝は溜まったものではない。砲一つない御所にお住まいの帝が開国不承知を叫ばれるのは当然ではないか。帝に安堵していただければ御所の空気は一変する。京の攘夷派も納得し一滴の血も流さず開国への道がひらけるはずだ。(この真意を知るのは西郷、橋本左内など側近のみ)
どこの国の役人だって、出歩いたこっちが悪いと言いはるでしょうに
#坂本龍馬#
特別な人間などだれもおりゃせんが、一人ひとりは自分がかけがえのない人間じゃ
いつも前へ前へと突き進んでいくものには、
目の前に何が待ち受けていようと恐れることはない。
そうやって生きるには、身分制度ちゅうおかしなもんが邪魔じゃあ。
なんで人間をそんなにわけるんじゃ。
わしゃあこの国を全部変えちゃる。謀反人の血を持ってすりゃあできんことはない
どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。
日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。
アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。
YouTube ではきらびやかなトレーラームービーを見ることができ、
一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。
Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。
村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。
これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。
彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、
毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである。
といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。
村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。
「基本的には同じなんだ」と彼は言う。
「少年が少女に出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」
筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙で人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。
青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。
そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。
「渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。
運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。
高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。
本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。
青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。
「見かけにだまされないように」と彼は言う。
降りていけば、彼女にとっての世界は根底から変わってしまうかもしれない、と。
そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女が遅刻した約束というのは暗殺の約束であったことが明らかになる)。
そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。
彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。
この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然的ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、
私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。
この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。
一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。
その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説『1Q84』であるように思われる。
怒り、暴力、惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、
偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、
ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。
驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。
そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいつものようにそれを受け流し、
自分の想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。
「リトル・ピープルは突然やってきた」という。
僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事」
明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、
覚えていられたことはない、という。
目覚めたときには消えている、と。
ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹の小説のような繰り返す悪夢だったという。
その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。
食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。
2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。
運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。
私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。
カーステレオではブルース・スプリングスティーンがカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。
車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。
実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである。
「彼女は用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。
「だから多分このあたりのはずだ」
と言ってこちらを向いて念を押すように
「それは現実じゃないけれど」
と付け加えた。
それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。
キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。
村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、
「それは現実じゃないけれど」と言った。
日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上の東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。
村上の東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。
客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓にもっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。
また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトンの2001年のアルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入りの東京ジョギングルートをゆっくりと走った。
私のホテルは新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要な役割を果たす、交通機関のハブ的な場所だ。
登場人物たちが好んで使う集合場所、中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。
そしてフレンチトーストとタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。
そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。
実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、
登場人物が聞いた音楽のプレイリストをオンラインでまとめている読者もいる。
村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社が西日本への『海辺のカフカ』旅行を企画したこと、
ポーランドの翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行のガイドブックを編集していることを教えてくれた。
村上は読者から彼が生み出したものを現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。
たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。
ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。
『1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字の家族から、村上は便りを受け取ったという。
ここでの要点と言えるのは、現実に漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、
村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。
作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。
その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。
その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、
彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、
レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。
処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。
そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。
オシャレそのものが好きな男もたくさんいるんじゃない?
古くはダンディズム(近代ヨーロッパのスノッブの一種)、そこから派生したクラシックオタク(オーダースーツとかシャツとかね)、
ストリートスナップを席巻する人々とそのフォロワー(彼らはコーディネートやスタイリング重視)、髪型やスタイリング剤にすごく凝る人(若年層に多し)
みんな装わないと完成しないし、彼らの欲望が「モテ」にドライブされてるわけではないのは言うまでもない
そこまで行かなくても、「試着してみて気に入ったからこの服を(モテとか関係なく)買う」なんてのは、ごくありふれた感覚だしね
「オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。
『フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。
もとは1872年発表のイギリスの童話だが、原作者の女性がベルギーの風俗をイギリス人の目で偏見的に描いている。
イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。
「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」
こんなことをずらずらと書いているのだ。
その上、本家イギリスでは、運命に抗わずに教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。
結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。
ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。
80年代からの海外旅行ブームでは、ベルギーのフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。
もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。
日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりのパターンだったとか。
ところが、1982年、大きな転機がやってくる。
ベルギー・アントワープの観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。
日本人観光客から『フランダースの犬』という物語の存在を聞いたことが発端である。
生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。
そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。
「アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」
というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。
街の誰に尋ねても、何もわからなかった。
しかし彼はあきらめない。
「この地方を舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」
図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。
欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。
……だが、読み終えた彼はがっかりした。
実は原作には、最後にネロが天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。
ただただ暗いだけの作品なのだ。
原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。
(この原作と日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)
もしかしたら、それがヒントになるのかも?
彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオや童話集を取り寄せてみた。
その結果……感動したのだった。
情熱は、いよいよ膨らむ。
一年半かけて調査を行ない、原作の舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。
当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。
だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。
ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。
そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年、ネロとパトラッシュの小さな像が、ホボケン情報センターの前に立てられた。
除幕式にはアントワープ州知事、市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。
ネロとパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。
ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。
その地域は観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。
フランダースの犬はベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。
ヤン・コルテールは『フランダースの犬』研究家として知られるようになる。
その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。
研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性の石井ヨシエと結婚した。
彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せに暮らしている。
……はずだった。
なぜなのか?
コルテールが日本人の妻をもらい、日本とベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。
ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語のサイトでは何一つその理由が分からないのだ。
英語のサイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。
仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語のサイトを日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。
その結果、驚くべきことがわかった。
コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。
だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。
もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。
異国の地にやってきて、海外でしか味わえない自由を満喫したい日本人女性。
彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー人男性。
だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。
二人の間はギクシャクし始める。
その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。
「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」
秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。
「彼は変わり者だからね。我慢さ」
愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。
ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。
二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。
口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。
だが、そのときヨシエは豹変した。
日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事を発見したコルテールを怒鳴りつけたという。
「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」
彼女の口は、悪かった。
その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。
何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。
彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。
しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。
それは、最後のお願いとして、彼女と日本を一緒に旅行することだった。
二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。
……これ、男にありがち。
男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」
他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。
日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。
それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。
それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。
そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。
彼女は、職場のベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかにコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。
……こと、ここにいたっては、どうしようもない。
その時の衝撃は、彼の行動が示している。
コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。
リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。
テレビ見てたら右翼・左翼が相変わらず間違った定義で使われていてゲンナリ。右翼or左翼って、正しくは保守or革新のことであって、ソーシャルorリベラルのことじゃない(から左右どちらでもありえる)。保守は名前の通り、古くから続くものを重視する価値観で、既存のものを積極的により良く変えようとするのが革新。社会的な連帯を重視するのがソーシャル、個人の自由を重視するのがリベラル。
更にややこしいことに、この4象限は政治的なものと経済的なもので分かれている。「保守」の立ち位置は各国の歴史によって異なるが、日本の場合、政治的には天皇制支持・親米反共・アンチ人権重視、経済的にはアンチ自由競争 がそれぞれ「保守」。数年前に流行したポリティカルコンパスがクソだったのは、「保守」の立ち位置が歴史に依存することを分かってなかったことと、保守or革新とソーシャルorリベラルをごっちゃにしてたこと。
ということで橋下大阪市長は、政治的にはソーシャル保守、経済的にはリベラル革新(左翼)。タイトルで左翼と書いたのはそういうこと(半分釣り)。日本のいわゆる「左翼」は、政治的にはリベラル革新、経済的にはソーシャル保守で、橋下さんとは見事に正反対。というか時間系列的に、橋下さんがアンチ左翼といったほうが正確か。小泉元首相は、政治的にはリベラル保守、経済的にはリベラル革新かな。
日本の政治のどうしようもなさの主原因は、橋下さんにしても「左翼」側にしても、というか今の日本の政治家の8割方が、政治的と経済的でソーシャル・リベラルが異なってることじゃないかと思ってる。アメリカがまだ健全なのは、ソーシャル・リベラルが重複率がヨーロッパよりは結構低いけど日本よりはずっと高いこと。クルーグマンは両方でソーシャルだし、フリードマンは両方でリベラル、オバマは中道からややソーシャル寄り、マンキューは中道からリベラルより。
※アメリカでも共和党本流(保守派)は政治的ソーシャル・経済的リベラルで、ロムニー以外の候補がマジキチばっかりなのがそのため
ソーシャルとリベラルって、方法論的に根幹で矛盾するから、本気でやろうとするとどちらかに統一せざるを得ないはずなんだよね。もしくは宗教化して矛盾したままゴリ押しするか。アンチ"経済的ソーシャル"な私が小泉元首相は支持しても橋下大阪市長を支持しないのは、橋下さんの本質はソーシャルにある気がするから。小泉元首相は一応中道右派ってことになってるけど、どう見てもアンチソーシャルだからね。
前記事
http://anond.hatelabo.jp/20120108211250
ちょっとはてブだけを貶める形になってしまったので、これはよくないな、と改めて、ネット各地で戦うコメンテーター達の特徴を、ウェブ上の争い事なんかに興味のない女子にもわかりやすく、戦国大名に例えてみたよ!
(※あくまで戦う人をツール全体で捉えたものであり、利用者個人の特徴を言い当てているものではないです。)
勢力が非常に広範かつ多岐に渡るため、一括りにすることが最も難しい国ですが、強いていうのであれば謙信タイプでしょうか。屈強な武将がフォロワーという軍隊を従え、RTという名の十文字槍で取るに足らない足軽兵を駆逐していく様はまさに軍神と呼ぶに相応しく、各地での転戦の多さや、持久戦を得意とせず、短期戦で勝敗を決めるあたりも謙信型ツールといえます。当然、国民の大多数は争いを傍目に見ている農民か、無言のRTで追随する足軽や小物であり、武将クラスは100人に1人も満たないということは付け加えておきます。
ネット界古豪。上杉家を「馬鹿発見器」と称し、馬鹿を発見し次第、少数の精鋭部隊が煽動した後、住人全員で場所を厭わず突撃する様は、まさに信玄が得意とした啄木鳥の戦法そのもの。ターゲットにされた者は、最初は「ネット弁慶が」と油断しているものの、知らず知らずのうちに追い込まれ、気づいた時には過去の悪行を洗われ、身分バレ、職場に電話、の三段撃ちで後の祭りとなります。戦国最強と謳われることも多いですが、一人一人は取るに足らない雑兵なので、軍師や精鋭部隊を抑えることが鍵となります。
疑り深い性格のため、誰にでもとりあえず謀反の疑いをかけて追い込んでしまう彼らは信長タイプです。一時は天下を取るかと思われましたが、それも遠い昔の話。新しいもの好きで、策略や心理戦に長けていながら、非常に威圧的かつ冷酷であるが故、敵を多く作ってしまい、四面楚歌に。うつけを演じ続けて終わる三文役者も後を絶ちません。心ない皮肉を投げ捨ててばかりいると、仕舞いには部下に焼き討ちに遭ってしまうのが世の常というものです。
国内レベルの些細な小突き合いに満足するのではなく、世界を舞台に闘いたい。いつまでもJリーグで満足している俺じゃない。そんな野心溢れる猛者達が集う場所です。これは天下統一を成し遂げた後、世界に目を向け、手始めに朝鮮出兵を企てた豊臣秀吉タイプと言えるでしょう。世界規模で文化や宗教が入り乱れているのでやや面倒な状態になっていますが、10年前のワールドカップの審判買収をネタにコリアを叩けばヨーロッパ各地から賞賛されるレベルなので、知略戦は必要ありません。英語は必須です。
国内では圧倒的な勢力を誇っていながら、今ひとつ目立った武勇を残せていないその戦果は信長の噛ませ犬となった今川義元と重なるものがあります。仕様上、与えられた情報のみに食いつく受け身の性質であるため、そもそも誇り高い戦闘民族とは言い難く、戦国武将に例えることも躊躇われるのですが、場合によってはストレートな物言いで集団で牙を見せる気概も持ち合わせているので油断は禁物です。しかし、基本的には騎乗もできない貴族体質であるため、あまりにも鋭い逸材は埋没してしまうことが多い反面、「そう思う」「思わない」の二択の統治の安定感には光るものがあります。
とにかく流行の場所に乗っかっていく浮気者。「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」をモットーに、あらゆるSNSを使い倒し、寝返りを繰り返した挙げ句に争いに疲弊し、落ち着いた人間が多く集う安寧の地。人を疑わないことを是とし、終始、当たり障りのない会話といいね!の笑顔でお茶を濁す。揉め事などとは無縁の太平の世ではありますが、ぬるま湯の居心地が悪くなればいつでも次の主君に仕える準備はできている、節操のない集団といえるでしょう。
いつも抽象度が高くて不満が残る作者だが不満があるけどこれはかなり実用的
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何が絶望の国なんだ?
これがもし「自給自足サイコー」とか「この社会は駄目だ。新しい社会に移動しよう」とか税収の余地がまったく見られないことばかりしていたら恐ろしいが...
この子達はお金がないから消費しないだけで、あれば必ず消費をする素質が十分にある。
何を基準にしているかわからないけど、大戦後に急造、量産された日本の建物に「文化」はあるの?
街の景色だけをいうなら、少なくともヨーロッパの一部の町並みのように何百年も保存されてきた町並みこそ文化はあるかもしれないけど、6、70年間の間にできたコンクリートの塊にはさほど違いはないと思うけど。
http://www.youtube.com/watch?v=Xxh-sS8Qoco&feature=player_embedded
1911年12月14日 ロアール・アムンセン、南極点に到着。
1914年6月28日 サラエボ暗殺事件から第一次世界大戦勃発
1915年4月22日~1915年5月25日 初めて毒ガス使用
1916年2月16日~1916年12月20日 ベルダンの戦い
1919年1月5日~10日 スペイン風邪の流行が頂点
1921年11月9日 アルベルト・アインシュタイン ノーベル物理学賞受賞
1922年10月27日~31日 ベニート・ムッソリーニのローマ進軍
1927年3月20~21日 チャールズ・リンドバーグがパリへ向け飛行
1928年11月18日 蒸気船ウィリー初演(ミッキーマウス初登場)
1929年10月29日 1929年のウォール街大暴落「暗黒の木曜日」
1930年6月30日 第一回サッカーワールドカップ(ウルグアイにて)
1932年 ワイマール共和国崩壊
1934年10月27日 毛沢東の長征
1939年9月1日 第二次世界大戦勃発
1942年9月13日~1943年2月2日 スターリングラード(現ボルゴグラード)の戦い
1944年6月6日 ノルマンディー上陸作戦(オペレーション・オーバーロード)決行
1945年11月20日~1946年10月1日 ニュルンベルク裁判
1951年 朝鮮の人口?
1954年6月4日 西ドイツがワールドカップで西ドイツが優勝「ベルンの奇跡」
1956年10月29日~1957年3月 スエズ危機(第二次中東戦争)
1959年1月1日 キューバ革命の勝利
1961年10月27日 チェックポイント・チャーリーでの対峙(ベルリン危機)
1964年8月2~4日 ベトナムでアメリカ爆撃される(トンキン湾事件)
1967年6月5日~10日 六日戦争(第三次中東戦争)
1970年4月 カンボジア侵攻
1972年9月5日 ミュンヘンオリンピック事件
1973年10月6日~26日 ヨム・キプル戦争(第四次中東戦争)
1977年3月27日 テネリフェの惨事(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故)
1981年3月30日 ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件勃発
1985年3月11日 ミハエル・ゴルバチョフ氏、ソビエト共産党書記長に就任
1988年12月21日 ロッカビー事件(パンナム機爆破事件)
1990年8月2日~1991年5月5日 「砂漠の嵐」作戦(第1次湾岸戦争)
1992年4月1日~1995年12月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争
1997年7月4日 マーズ・ローバー(火星探査車) 火星に着陸
2000年1月1日 ミレニアム
2001年9月11日 911攻撃(アメリカ同時多発テロ事件)
2005年8月29日 ハリケーン・カトリーナ ニューオリンズを破壊
2008年10月 金融危機
2010年4月20日 メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故
2012 ?
10分どころか、6時間くらいかかったorz
それに、作ったの多分アメリカ人だから、日本にとっての重大事件(オウムとか)は入ってないんだよね。ハイチ地震があるのに、阪神・淡路大震災がないのも明らかに片手落ちでしょう。
(調べてみたら、どちらもM7クラス)
以下はショッピングカートに入れておいたけど買わずに削除することにした作品一覧。(☆はAmazonじゃなく書店で買った本)
◆社会
第三の波 (中公文庫 M 178-3)
富の未来 上巻
レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈上〉
余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる
いま〈アジア〉をどう語るか
☆困ってるひと
西洋哲学史 1―古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 (1)
チーム・ファシリテーション 最強の組織をつくる12のステップ -
チーム・ビルディング―人と人を「つなぐ」技法 (ファシリテーション・スキルズ) - 堀 公俊
白熱教室の対話術
ご機嫌な職場
ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクトを成功へと導く87のゲーム
ロジカル・ディスカッション
☆ディシジョン・メイキング―賢慮と納得の意思決定術
☆話し方入門 新装版
◆マネジメント論
なぜリーダーは「失敗」を認められないのか―現実に向き合うための8の教訓
◆人事・モチベーション論
「見せかけの勤勉」の正体
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか
図解 きほんからわかる「モチベーション」理論 (East Press Business)
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ
リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか? (アスキー新書)
「働きたくない」というあなたへ
日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~
会社は変われる! ドコモ1000日の挑戦
働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む
「発達の最近接領域」の理論―教授・学習過程における子どもの発達
心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉
☆わたし、公僕でがんばってました。
◆自分の演出
あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) -
対話のレッスン
演技と演出 (講談社現代新書)
見城徹 編集者魂の戦士―別冊課外授業ようこそ先輩
「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 (ちくまプリマー新書)
パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス; 単行本
「ヒットする」のゲームデザイン ―ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン
◆その他
幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論
残念な人の仕事の中身 ~世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点
ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール
新・絶望に効く薬
千の顔をもつ英雄〈上〉
はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)
☆料理の四面体 (中公文庫)
結ぼれ - R.D. レイン
あるヨギの自叙伝
◆読み物
☆ダイナミックフィギュア〈上〉
☆ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)
MOTHER(マザー)―The Original Story (新潮文庫)
☆空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)
ゼウスガーデン衰亡史
生贄のジレンマ
Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)
塩壷の匙 (新潮文庫)
☆姫椿 (文春文庫)
☆お家さん〈上〉 (新潮文庫)
ストレンジ・プラス 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
聖なる血 (扶桑社ミステリー) - トマス・F. モンテルオーニ
スノウブラインド - 倉野 憲比古
少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION
ソドムの百二十日
悲惨物語
一度虐殺器官を読んだ人(=自分)が内容を思い出すためのもの。
第一部
1
死者の国の夢と、そこに現れる死んだ母さん。
2
僕は「濡れ仕事屋(ウェットワークス)」として、二〇一〇年代後半に頻発する内戦をおさめるため、「レイヤーワン」を殺してきた。レイヤーワン――罪の多寡とは無関係に、それを殺すことでもっとも効率的に争いを終結させられる標的。
仕事で殺してきた数多くの(時に罪のない)標的のことは少しも心に留まらないのに、プライベートでの、母に対する医療行為の打ち切りを決断したことで、僕は気を病んでいる。
3
仕事で、二人の標的AとBを殺すように命じられ、異国に入る。標的Bについての情報は、上司から与えられているはずなのだが、それが上司の意図により隠されている。
4
標的Aはその国で虐殺行為を率いていた為に、ぼくの手により暗殺される。
ぼくは標的Aに、なぜそのようなことをしたのかをきくが、彼はしきりに「わからない」と繰り返す。
標的Bはすでにそこにはいなかった。
第二部
1
彼はしばしば「地獄は頭の中にある」と言っていた。
ぼくの父も、かつて自殺したのだった。
標的B――ジョン・ポールを追って、僕らは殺しを繰り返してきた。彼は内戦から内戦へ渡り歩いているようだった。
だが、ぼくらが暮らすアメリカは、「ドミノ・ピザやペイムービーのリピートの平和」か支配し、戦火とは無縁だったのだ。
2
ペンタゴンに召集される。
そこで「ジョン・ポールは軍とは無縁の文人、学者でいる」、「しかし、彼が関わった国は決まって内戦が起こる」と聞かされる。
彼は今度、ヨーロッパに入ったらしい。
ぼくの新たな任務は、チェコで彼を追跡すること。
3
死者の国の夢――「死体は物質にすぎない、生きた人間も」と母さん。
幼少時、僕は家の中で母さんの視線を感じ続けて育った。その視線から逃れるために、「濡れ仕事屋」を始めたのだった。
4
ジョン・ポールと関係を持つらしい女、ルツィアと接触する。チェコ語の講師をしている彼女の生徒として。
ルツィアに、「言語は進化によって獲得された『器官』である」という話を聞かされる。
5
チェコ・プラハで行方をくらませた人間(ジョン・ポールもそうかもしれない)のIDの追跡可能性はゼロらしい。
9・11のテロとの戦い以後、認証を繰り返さなければ買い物も交通機関を利用することもでしないのに。
ルツィア曰く、「ジョン・ポールはもともとMITの学者だったが、いつからかDARPAの研究(ぼくが使う武装、SOPMODを作ったのもDARPA)をするようになった」
6
ルツィアの部屋からの帰り、若者におそわれるが返り討ちにする。おそらくは、ジョン・ポールの協力者。
IDトレースによれば、かつてジョン・ポールとルツィアが密会していたとき、彼の妻子はサラエボで核に吹き飛ばされた。
第三部
1
死者の国の夢――夢の中のプラハでは、例の虐殺が発生していた。
その夢でも、母さんが現れる。
「母さんは意識はなかったけど、内蔵は動いていた。そして、ぼくが医療行為の中断を認証した。
……母さんが死んだのは、ぼくが認証でイエスと言ったときだったんだろうか?」
「あなたは、任務での殺しでは「それは政策が決めたことだ、自分が決めたことじゃない」と、責任の重みから逃れられた。
でも、医療の中断の責任からは逃れられない。あなた自身の決断だから。
……そう思っている。もしくは、中断をする前から私は死んでいたと信じたがっている。
けれど、本当は、私だけじゃなく、あなたがころしてきたすべての人々が、あなたの決断によって死んだ。
私を殺した罪を背負い込めば、あらゆることが帳消しになると思っているの?」
2
夢の虐殺後の静けさとは裏腹に、プラハのあるクラブには、生き生きとした騒々しさが満ちている。
そのクラブでは、IDを認証せずに支払いできる紙幣(みなくなって久しい!)を使うことができる。
「プライヴァシー(認証されない)自由と、テロの自由からの恐怖はトレードオフ。自由の選択の問題」
3
ジョン・ポールの妻子がサラエボで核の熱で蒸発したとき、彼女はジョン・ポールと不倫し、セックスを楽しんでいたという罪の告白。
罪悪感の対象が死んでしまうということは、いつか償うことができるという希望を剥奪されること。
死者は誰も許すことはできない。
4
「濡れ仕事」で数々の骸を見、中央アジアからワシントンに帰ってくると、母さんは事故で死んでいた。が、彼女の心臓は再び動き出した。――危険な軍隊へ行ってしまったぼくへの復讐として、ぼくに生き死にを決断させたかったから?
決断の材料を探す為に、母さんのいえ――ぼくの生家でもある――に行く。
かつてそこでも母さんの視線を絶え間なく感じながら、ぼくは育った。
見つめられることの安堵は、(認証され続けることの安堵は、)息苦しさの表面にすぎない。
結局、母さんの残したログは見ずに(ロックがかかっていて、他人が見ることはそもそもできなかった)、ぼくは母さんの「死」を決断する。
――母さんの視線の「気圧」から逃れたくて、ぼくは母さんを「殺した」んじゃないのか。
5
僕の告白に対してルツィアは、
「人間は生得的に善ね利他行動を行える。あなたの、お母さんを「殺した」決断も、本能による利他の行動。だから、あなたは許されるべき」
ルツィアとの帰り道、気を失う。
ジョン・ポールによる電撃を食らって。
6
とらえられた僕は、ジョン・ポールと会話をする機会を得る。
虐殺の言語は、僕の装備を作ったDARPAが協力した研究により生まれ、僕の殺す対象を選ぶのと同じシステムを利用してる。
7
ルーシャスは、〈計数されざる者〉という、ポールの協力者集団の一人だったのだ。
〈計数されざる者〉は認証を嫌う。プライバシーと平和はトレードオフの関係にあるはずなのに、実際は、認証をすればするほどテロが増加している。
それは、世界の人々が、自分のことにしか興味がないから。ドミノ・ピザとビデオクリップの平和に浸っているから。すぐに手にできるはずの現実に手を伸ばそうとしない奴らばかりだから。
ジョンとルツィアは去る。
僕はルーシャスに殺されかかる。その寸前のところで、ウィリアムズに助けられる。
第四部
1
旧印パ国境地区。そこにいるらしいジョンをとらえるように命じられる。
2
痛いと「感じる」ことはなくても、痛いと「知覚する」ことはできる。人をためらうことなく殺せても、その殺意を自分のことのようには感じない――僕は「濡れ仕事」をこなせるように、DARPAによって、そのように調整されている。
――「殺される」前の母さんと同じ、希薄な意識だ。僕が「濡れ仕事」をするために必要な、意識の希薄さ。
この殺意は、本当に僕のものなのか、僕が「殺す」前、母さんが本当に「死んで」いたのか、僕にはわからない。
3
4
ジョンを文化顧問として雇った、ヒンドゥー原理主義国、ヒンドゥーインディア。
その少年・少女の兵を、「他人の殺意」で殺しながら、ジョンのもとにたどり着き、彼をとらえる。
5
ジョンは、
「私が行っている「虐殺の言語」と、きみが施されている「「他人の殺意」による殺人」は同じだ。どちらも、良心を抑制する」と。
ぼくは、
「あんたには内通者がいるな。政府部内に。僕らの面子か、もっと上のほうだ」
ぼくらアメリカと同等の技術を持った敵によって、列車が襲われる。ジョンは僕たちによる拘束から逃れる。
僕たちも敵も、痛みを「知覚」するが、感じない。体の部分が吹き飛ばされても、戦闘は続く。お互い、「ハンバーガーになるまで弾と火薬をたたき込むしかない」。
リーランドはミンチになりながら、死の間際まで、冷静で希薄な意識で戦い続けた。
第五部
1
インドでミンチになったリーランドは、商品と違ってメタヒストリーを持たないから、つなぎ併せて一つにして、棺に納めるだけでも一苦労だった。
それでも、ミンチにさえならなければ、認証によるメタヒストリーを僕らは持つ。母さんもそうだった。
母さんのメタヒストリーがプロテクトされていなければ、僕は母さんを「殺す」か否かの決断を、認証の蓄積によるライフログを手がかりに探すことができた。
リーランドがミンチになった戦いがきっかけで、ジョンとの内通者が発覚する。
2
発覚した情報を手がかりに、ヴィクトリア湖へとジョンを追う。そこは、誰も追おうとしない人工筋肉のメタヒストリーの行き着く先。
〈ヴィクトリア湖沿岸産業者同盟〉は、人工筋肉の利権を得るために、独立しようとしている。
3
ジョンがいるはずのゲストハウスにルツィアを見つける。
ルツィアを探してゲストハウスに入ると、ジョンが待ちかまえていた。
4(物語のコア)
ジョンは、
「虐殺も利他も、進化によって得たモジュールという点で同じ。むしろ両立すらできる。生存のための大量虐殺というのもありうる。たとえば、食料を多部族から奪って自部族の仲間を生きながらえさせるためだったり」
ルツィアは、
「あなたは、サラエボの奥さんや子供を失って絶望しているから虐殺の言語をばらまいているのね?」
ジョンは、
「いや、愛する人々を守るためだ」
――そうだ。ジョンがいたどの国も虐殺に見回れていたはずなのに、彼の過ごしたアメリカとチェコでは、それが起きていない!
5(物語のコア)
ジョンは、
「人々はみたいものしか見ない。だから、いくら認証しても、テロはなくならない。
ならば、テロで爆発するはずの憎しみがこちら、アメリカやチェコといった先進国に向く前に、彼ら同士で憎しみあってもらおう。――そのために、虐殺の言語をふりまいた」
ジョンは、ぼくらの世界へのテロを未然に防ぐため、虐殺の旅を重ねた。
ルツィアは僕に、ジョンを殺さずに逮捕するように言う。僕らの世界の平和は、ジョンによる無数の死者の上に成り立っているのだと、みんなが知るべきだと。
と、ルツィアがヘッドショットを決められて死ぬ。
ウィリアムズによって。
「なぜ殺した」と僕。
「妻と子のためだ。彼女らは、この世界が虐殺の上に成り立っていることを知らなくていい。
ドミノ・ピザを認証で受け取る世界、くそったれの平和な世界を、俺は彼女らのために守る」
ウィリアムズはジョンを殺したがっているが、僕はルツィアの最後の言葉の通りに、ジョンを生きてアメリカにつれていき、証言の場に立たせたい。
ジョンとともに、逃げる。
「おまえを逃がせばまた、虐殺の言語を振りまくのだろう?」と僕。
「いや、死んだルツィアの望んだ通り、世界に真実を知らせよう」
タンザニア兵と合流しようとするが、それはタンザニア兵になりすました、僕の「濡れ仕事」の仲間だった。
彼がジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
……僕は、プロテクトがあるためにライフログを見られなかったのではない。ただ、漠然とした恐怖があって、ライフログの閲覧を申請しなかっただけだ。
僕は幼いころ、常に母さんに監視(ID)されているような気でいたが、母さんのログを読んでみると、必要最低限にしか、僕の存在が記述されていない。
母さんの記録の中に生きていたのは、圧倒的に父、自殺したはずの父だった。
僕は、ジョンからもらった手帳を元に、虐殺の言語を語る。虐殺の言語でもって、ルツィアの願い通り、真実を世に知らせるのだ。
そして、世界にとって危険な、アメリカという火種を、虐殺に突き落とす。
僕はこの決断を背負う。ジョンがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。
☆改変版
ジョンは、
「いや、私は米国内の後ろ盾を失った。深層構造の原理を知られれば、たかが言葉だ。応用されるのも時間の問題だろう。マスコミや政府公報で、いくらでも虐殺の言語を打ち消せるさ。
だが、私は〈計数されざる者〉という新たなバックアップを得られた。認証に対して憎悪を抱く、世界的な組織だ。この力を使えば、私たちのすむ「こちら側」を静寂に保つことができる」
「なにをするつもりだ?」
僕の「濡れ仕事」の仲間が、僕がジョンの答えを聞く前にジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
僕はジョンに、「真実」が書かれたテキストファイルを渡されていた。
それを世界に知らしめ、僕たちが虐殺の上にたっていることをみんなが理解することがルツィアの願いなら、僕はそうするべきなのだろう。
公聴会で、ぼくはジョンの件で見聞きしたものを語る機会を得る。
ジョンから渡された「真実」をオルタナに浮かべて話そうとする。
すると、僕が見ずにいた、母さんのライフログをオルタナに突きつけられる。――これが、〈計数されざる者〉、ジョンが最後に得た力か。
幼少の僕は、母さんに監視(ID)され続けていたと思っていた。しかし、母さんのライフログには、あまりにも父ばかりがいる。彼の死語ですら。
それを皮切りに、次々に、アメリカの全議員、いや、オルタナをつけているすべての人々の視界に突きつけられる、真実のログ。世界からアメリカに憎悪の数々が向けられているという真実。〈計数されざる者〉のルーシャスは言っていた。プライバシーの提供と、テロとのトレードオフの不均衡は、みたいものばかりを見ることによって起こると。認証の中に閉じこもり、ドミノ・ピザとビデオクリップの平和の外を知ろうとしないことで起こると。
ふと、アメリカはもう死んでいるのだと思った。母さんに視線を返せない、父さんのように。憎悪を浴び続け、しかしそれを無視しているアメリカは、死んだ父さんと同じだ。
……だが、アメリカに憎悪を向ける小国とて、自分の窮状をしらしめようと騒ぐばかりで、他の小国を知ろうとすらしていないのだ。僕が母さんのログを見ようとしなかったように。
ジョンが行った、〈計数されざる者〉の力の改変。それは、小国の内部で争いを起こす虐殺の言語よりも規模が大きなものだった。互いに無視しあっていたずの、小国と小国の視線をぶつけ合わせる。そして、小国同士で戦争を起こすことで、「こちら側」の平和を保とうとするものだった。
ジョンの考えと僕の考えは違う。
母さんが僕を見ないのは、父さんというすでに存在しない項があるからだ。アメリカからの存在しない視線を小国が期待するように。
存在しないものを、存在しないと意識させること。僕にはそれができる。ジョンから得た「真実」の欠片、虐殺の言語と、僕のマザータン、アメリカで語られる英語によった。
春秋時代、越の国を敗者にした(引用者注:呉に対する勝者の間違いでは?)名宰相范レイ。彼が国の税を増やした秘訣の1つも出産促進策だった。婚期を逃した娘や息子が結婚をしなければ親を罰した。年の差のある婚姻は出産に役に立たないと禁じ、やもめ、男やもめの再婚をあおった。しかし後日、巨商に変身するほど、経済感覚があった范レイは知っていた、これら政策のジレンマを。働き口なしに人口ばかり増えれば災いになることをだ。彼が農業と養蚕にこだわったのもそのためだ。
こんな理が分からずに痛い目に会ったのがルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクだった。「人口=国力」として、執権後、堕胎と避妊を全面禁止した。重ねて妊娠に失敗した女性には税金も払わせた。1年で出産率が2倍に増えた。しかしこうして誕生した「チャウシェスクの子供たち」が遭遇したのは食糧配給さえ大変な疲弊した経済だった。20数年後、これらがチャウシェスクを追い出すデモの主役となったのは驚くべきことではない。
産業の育成と雇用の創出を無視し、「堕胎と避妊の禁止」といった乱暴な少子化政策を取ることは殺されても仕方ないほどの愚行だ。
雇用が減り、人間の入る枠が減っているから自ずと少子化になる。子供を生んだって、育った我が子の行き場がないのだから当たり前だ。
2Dゲームの宿屋なんかでよく見るんだけど、二階に暖炉がある部屋ってどんな構造してるんだろう。
煙突とかさ、どうなってんの。そもそも、暖炉一つでその建物全体の暖ってとれるものなの。とれるとして、どうやったら可能なの。建物の構造はどうなってんの。
中世ヨーロッパの城とかさ、どうしてたの。石炭とか薪とかとにかく燃やせばよかったからなんとかなってたって書き込みを見つけたけれど、その石炭とか薪を一体どこでどのような形で燃やしていたの。床か。石造りの城だから、そのまま床に燃料広げて燃やしてたのか。キャンプ気分か。お城の中でピクニックでもするのか。んなわけないだろうが。
それに加えてさ、一酸化炭素中毒とかどう気をつけていたのよ。窓ないべ、城にはさ。あっても冬は開けらんねえべ。寒いじゃんかよ。凍りついてて開けらんねえよ。まあそれでもどうにかして換気はしてたんだろうけどさ。
昔の人達がどうやって暖をとっていたんだかわからん。宿舎とかあったんだろうけど、例えば個室だった場合、ひとつひとつの部屋は糞寒いじゃんか。どうやって寒さを紛らわしていたんだろう。ストーブって、十九世紀の発明らしいじゃん。それ以前はどうしてたの。寝るまで部屋にはいなかったのかな。宿泊客みんなで集まるような大部屋があって、そこには暖炉も取り付けてあって、そこで眠たくなるまで時間を潰したのかな。酒飲みながら。カードゲームなんてしながら。あるいは町に繰り出して遊んでいたのかな。と言うか第一に旅なんてできたのかしらん。
とにかく、二階に暖炉が設置できるのかどうかが気になってしょうがない。もっと言うなら、一階と二階とに分けて暖炉を設置するなんて行為が可能なのか知りたい。
昔ヨーロッパのあるところに一人の青年がいて、己の罪を深く悔いていた
教会で告解して許しを得、己の身を恩寵で満たさなくてはならないが、自分の罪があまりに深いので司祭さまはお許しにならないだろう、
こんなひどい罪を犯したものはバチカンの大司教でもお許しくださらないだろうと思うと恐ろしくてとても告解に行けなかった
ある日青年は誕生日を翌日に控え「大人の証」として酒を振る舞われた、しかし酔って帰った青年を母はとがめた
青年の父親は稼いだ金をその日に飲んでしまう人間で、一家は飢えと寒さに苦しんできたのに、それを知っていながらその酒をお前も飲むのかと
青年は母に言い返した、母の恥ずべき罪深い秘密を自分が知っているとほのめかし、自分はそれよりマシだと言い、青年は母を打った
最低の気分で翌朝目覚め、坂を登っていくとその先に聖人のまつられている教会があった
聖人は青年の守護聖人だった、彼の名前はその聖人にちなんでつけられた
彼は入り、聖人にむかって恨みごとをぶつけた
あなたは自分を助けてくれなかった、あなたは自分の愛する人を苦しみから救ってくれなかった、
あなたにとってはちっぽけな自分が大罪を犯して地獄に行こうとどうでもよかったのだ
するとその教会の司祭が現れ、涙を流している青年に告解を勧めた
青年はやっとのことで母を打ったことを告げ、司祭は「恐ろしいことだ。しかし主はお許し下さるだろう」と言った
他にも告解することがあると感じた司祭はなおも告解を勧めたが、青年は己の罪深さを恐怖し、高貴なる主がとても自分をお許し下さるとは思えないと言った
司祭は「では聖人さまに告解しなさい、聖人さまになら罪を告白できるだろう、わたしはお前が告解する間そばに居て、主と聖人さまの耳となる。それでよいかな」
告解が終わると司祭は青年に幾種かの祈りを三度ずつ唱えるよう言い、それで神は彼をお許しになるだろうと言った
「主は己の罪を心から悔いている全てのものをお許し下さる。主は今お前をお許しになった。
主がお前をお許しになったのだから、お前もお前を許さなくてはならない。
主がお前を愛してくださるのだから、お前もお前を愛さなくてはならない」…
こんな話を聞くと「神」がステキ装置に見えてきますね。自分がどんなボロカスのクズに思える時も、そこから再起動させてくれる装置。
要約:自閉症や統合失調症に対する治療の鍵は、最近亡くなった子供たちの脳にあるかも知れない。治療の進歩のために、研究者たちは寄付された研究材料の国際バンクへのアクセスを必要としている。
現在の科学の課題事項の中で、死んで間もない子供の脳の研究に匹敵するほどのショッキングな話題はまずないだろう。その研究から得られる結果―自閉症や統合失調症といった精神状態の理解(おそらくは治療も?)の進歩―は曖昧なものである。そして、その困難はと言えば、明確である。突然の、そしてときには暴力的な状況によって自らの子供を失い悲しみに暮れる両親から譲り受けなければならないのだ―その子の、脳を。
だから、個々の研究者、機関、財団が、中絶児からの胎児脳と同じように新生児、幼児、それより大きな子供たちの脳をもっと研究できるようにしてくれと大っぴらに表明するのがはばかられるというのはよくわかる。それでもなお、ttp://www.nature.com/news/2011/111026/full/478442a.htmlで取り上げたニュースが示すように、一部のアメリカの患者グループは声を上げ始めている。これらのグループは、支援を受けるに値する。更に、彼らはアメリカ内外でより野心的な目標に向かってともに進み、支援をしてくれる科学研究機関を必要としている。その目標とは、世界中から集める数万を超えるであろう子供と胎児の脳を保管する国際組織バンクである。Natureは今日ここに、そのようなバンクの支援をすることを誓約する。
そのような施設であれば、発達の早期段階にある脳組織で研究を行いたいと願う膨大な数の科学者を集めることになるだろう。今日の生物学の技術を持ってすれば、不完全な発達による神経学的疾患についての豊富な情報を抽出できる。自閉症や統合失調症、双極性障害と言った精神発達状態は今日の社会にとって巨大な負担となっているにもかかわらず、これらに対する有効な治療はまだ無い。統合失調症だけでもアメリカでは毎年数十億ドルの費用がかかっている。
これらの疾患について研究している多くの科学者は若年者の脳組織にアクセスできない。現在存在する脳バンクを非公式に調査した結果では、バンクが保管する胎児、幼児、10代の若者の脳は僅か1300だという。
ある子供の個性の座、などという微妙な問題を含む研究材料の供給を国際的な尺度で増大させるなど、どうしたら可能だろうか?供給不足の一因は輸送の問題である。しかしこの問題はいくつかの成人脳バンクが解決しており、原理的には子供の場合も違いはない。
現実のものであれ想定されたものであれ、最大の障害はこの話題の微妙さと両親からの募集にある。究極的にはこの障害に直面しなければならない。そして、アメリカでの議論を主導しているのは苦しむ両親たちとの会話の経験がある自閉症支援団体である。彼らは、事故で子供を亡くした両親にその子の脳を寄付することの価値を納得してもらうよう働きかけを続けている。それと平行して、NIHは子供の脳を積極的に集め、より広く生体医療のコミュニティーに利用してもらえるような、脳組織収集の全国ネットワークを立ち上げる方針である。
これらの事はゆっくりとしか進行していないが、ともかく動き続けている。そして、これらのゆっくりした国内での動きが国際的な動きに発展するためにどうすればよいか考えるのに早すぎるということはない。より多くの国が集まればより多くのドナーが集まる。個人の脳に大きな可変性がもともと備わっていることは、脳組織の研究が統計学的に有意なものであるためには大変多くの数が必要になることを意味する。
脳バンクの国際ネットワークは以前にも行われたことがある。たとえばBrainNetヨーロッパはヨーロッパの19の国で脳組織を集める唯一の門戸として10年前に設立されたが、どの国でも子供の脳は意味のある数を集められていない。アメリカの支援団体であるAutism Speaksは既に自らの脳バンクをオックスフォードにあるイギリスの保管所に加えている。
ネットワークでつながれた収集組織は胎児脳にも同様に広げるべきで、これが国際的な取り組みを行うもう一つの理由でもある。アメリカでは過去20年間に、少なくとも8人の中絶医療関係者が殺されており、そのうち4人が医師である。NIHのような団体が(中絶)胎児からの収集について強力な公式の宣言をするわけにいかないのもわかろうというものだ。
正式には今年開かれたばかりだが、精神発達疾患について精力的にtranslational researchを行っているMarylandのBaltimoreにあるLieber脳発達研究所は、自らの研究プログラムのために若い人々の脳の収集を行っている。収集はそれほど政治的に反対の強くないヨーロッパの3国(スコットランド、デンマーク、ブルガリア)の胎児の脳から始まる事になっている。実際、Lieber研究所は個人的、政治的な感情に十分配慮した上で小児や胎児の脳バンクを運営していく方法の見本を実証しようとしているのだ。国内や国際的な脳バンクのネットワークができたとしたら、それらに協力するのですか、とOrganizerらに問うたところ、「協力する」とのことであった。しかし、それを待っているわけにはいかない。行われなければならない重要な研究は既に多すぎるほどなのだから。
A priceless resource
Nature 478, 427 (27 October 2011) doi:10.1038/478427a
Published online 26 October 2011
しかし、日本ではこうした議論が少ないように思う。科学は、ひとりでに発達したりしない。犠牲も伴う。
疾患に苦しんでいる人を救うのはこうした働きの積み重ねだったりする。
拙い訳だが、せめて、片隅でいい。誰かの頭に引っかかってくれれば。
自動車産業が抱える問題って、現在の日本の置かれた状況を象徴するものだよなぁ、と思い、少し掘り下げて考えてみた。「推測」と書いたのは、バックデータ・統計資料にわざわざ時間をかけてあたる暇はないので、状況証拠だけで考えていくということだ。暇な人、もしくは自動車産業関係者のマーケターの方、もしくはマクロ経済の専門家様、データを元にこの推測、といいますか仮説を検証してみてくださいませ。
「自動車の国内市場規模は縮小の一途。特に若者がクルマに興味を持ってくれない。」というのが、業界的に広く共有された悩みのよう。その典型的な事象の捉え方が痛いニュースのこの記事。
痛いニュース(ノ∀`) : “若者、車離れ” 日本国内で車売れない…トヨタ、本気でアイデア募集 - ライブドアブログ
この2ちゃんねるまとめブログで、板の題材として選ばれている記事がこれ。
国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集 (1/2) : J-CASTニュース
ま、痛いニュースとJ-CASTなので、、、、、でも、こういうメディアって、一般的な状況の捉えられ方やルサンチマン的なストレスを推し量るには本当に都合がいい。でもJ-CASTの元記事にはファクトデータも載っている。ちょっと引用してみると、
国内での販売は2年連続の減少だ。ダイハツ工業、日野自動車を含めたトヨタグループ販売は前期比同4%減の227万台と、米国販売との差が広がる一方だ。国内市場全体の落ち込みより減少幅が小さかったため、トヨタのシェア(軽自動車除く)は過去最高の45.8%まで上昇したが、トヨタ車単独で11万台の減では、シェア上昇も手離しで喜べない。
国内の自動車需要(全需)は、2006年度の軽を除いた日本国内の新車販売は前年度比8.3%減の358万台と、29年ぶりの低水準だ。登録車市場の低迷の原因としては、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている影響とされてきた。しかし、軽を加えても同4.1%減の561万台であり、国内市場全体が収縮していることが鮮明になっている。
要は、
ってこと。ちなみにこの元記事は1997年という4年前のもの。
で、その対策として当時のトヨタは、
トヨタは06年末に社内横断的なチームを立ち上げ、国内低迷脱却のアイデアを懸命に探り始めた。
対策チームは、自動車という商品の枠内だけで解答は出さず、地域や社会全体の問題の中で消費を喚起する自動車を改めて模索している。携帯電話などの情報関連の支出が増えた若者の「車離れ」や、少子化による若年人口の減少による市場構造の変化を深刻に受け止め、車が売れなくなった構造要因に真剣に目を向けざるを得ない。地域ごとの特性や家庭の年代構成、消費者の行動なども踏まえて自動車市場全体を抜本的に洗い直そうというものだ。
少子化対策は政府でも有効策を打ち出せていない難題中の難問だ。それでも、トヨタの渡辺捷昭社長は「国内市場を活性化するためには、何よりも市場創造型のいい商品を投入することだ。地域の活性化を含めて、いろんな手を打っていきたい」と、社内チームの試みに大きな期待を寄せている。
というわけで、「国内市場をどうにか活性化させるための手を打ちたいと考え、具体的なアクションを起こしている」というメッセージを打ち出したわけですね。
それに対して2ちゃんねる側の反応はだいたい2分されていて、
となっている。
で、このあと2010年になってどうなったかというと、、、、市場動向、トヨタの対応、そしてネット民wの反応がツンダオワタ情報にまとめられている。(本当は産経新聞の元記事URLを引きたかったのだが、既に削除済み。というわけで、元記事の存在証明はないところはご容赦を。(だから、論文とかでは、データとしては使えないなぁ、、、増田で使うのが精一杯。)
豊田社長「マスコミは若者の車離れと言うが、離れているのは私達メーカーではないのか」 - ツンダオワタ情報
まずはトヨタがどのような手を売ったのかというと、、
トヨタは今年1月に「スポーツ車両統括部」を立ち上げ、スポーツカーの企画や開発に関する最終権限を経営陣から現場に移譲。スポーツカーの復活とともに、走る楽しみを演出する複数の
プロジェクトが始動している。足回りの良さにこだわった特別仕様車を相次ぎ発売。4人乗りで世界最小の「iQ」6速MT搭載限定車は予約開始から1週間で完売。
9月3日。強い日差しの下、静岡県小山町の富士スピードウェイで、1台のスポーツカーが強烈なエンジン音を響かせていた。12月から世界限定500台で販売が予定されている高級
スポーツカー「レクサスLFA」(価格3750万円)。報道関係者らを対象にした試乗会が行われていた。LFAの最高時速は325キロだが、この日は1周4.5キロのコースを約2分で駆け抜けた。「ハンドルを握ったときにドキドキ、ワクワクするクルマをつくりたい」自らレースにも参戦する豊田社長は常にこう言い続けてきた。
つまり、
のようにスポーツカーに活路を見出そうとしているよう。
でも、その結果は、、、、「文中の」ファクトデータを洗ってみると、、
クルマが売れない。昨年の国内新車販売台数は約460万台と、ピーク時(平成2年)の6割程度にまで縮小している。景気低迷が一因だが、一般的には若者のクルマ離れが最大の理由とされている。調査によると、大学生の「興味ある製品」でクルマは17位(20年度)と、40~50歳代が大学生だった当時の7位から大きく後退している。
要は、
ということ。ただし、MTのiQは限定台数を売り尽くしたし、Wikipediaの記述を見るかぎり、LFXもきちんと台数は捌けているよう。要は、「作ったクルマはちゃんと売れたけど、市場全体の構造を変えるまでに至っていない」ってことですね。それに対するネット民wの反応は、1997年の痛いニュースから、全く変わっていないというのも面白いところだ。
結局のところ、市場の縮小は人口減少トレンド下では不可避。でも、せめて若年層にクルマを運転する楽しみを知ってもらい、高付加価値のクルマを継続して買ってもらえるようにすることで、市場構造の問題を少しでも緩和したい、っていうところだと思われます。少なくとも、ここまでに取り上げた情報ソースからすると、、、、ですが。
まず、「若者」という括りに対してツッコミがあるというのは、甘んじて受け入れよう。というか、全面的に納得せざるを得ない。で、話を単純化するために、母集団を「大学生」という括りに絞ってみることにする。大学進学率が上昇し、それによって「大学生」という母集団の性質が変化したという点については、「なぜ大学進学率が50%を超えたのか? -大学進学人口と大学数との関連-」という小樽商科大学の学報掲載記事をご覧いただければ一目瞭然。(ああ、やっと真っ当なデータリソースを挙げることができた、、、ホッ。)
であれば、「大学生」よりも、より限定した形で母集団を設定しなければ、まともな時系列比較ができない、ということになる。でも、そんな統計はまともに存在しないだろうなぁ、、、、ということで、ここからは、私の実感という超主観的な状況証拠を絡めてで話を進めたい。私は30代半ばで、某都心から50kmくらいにある某大学を職場とする人間だ。で、自分の周りがみんな全くクルマに興味がないかというと、そんなことはない。R32スカイラインをシートを始めとしてひたすら改造しながら乗っている先輩、フランス製オープンカーに乗る後輩、馬鹿でかいアメリカ製SUVで駅まで送ってくれた後輩、、、、普通にいる。しかし、キャンパスの周りが整備され、駐車場の確保が難しくなったなどの事情もあるのだろうが、昔はその存在を確認できた30万円で買った中古車で大学に通い、金はなくともバス/電車という公共交通機関の利用を忌避するタイプの層は、ほとんど見ることができない。つまり、エンスー、とまではいわないかもいれないが、クルマに対しそれなりのお金を費やししている層は昔も今も、少数ながら存在していて、がんばってクルマに乗ろうという層がいなくなったということになるだろう。
30万円の中古車というと、当時の車種で具体的に言えば、10年オチのファミリアハッチバックとか、カローラⅡとかですな。当然乗り心地は良くないし、内装はパットしないし、、、でも、なぜわざわざそんなクルマを乗り回していたかというと、一番大きな理由は「クルマが無ければ不便だった」ということではないかと思うのですよ。この15年ほどで、私鉄や地下鉄の延長、新規路線開業は相次いだし、JRも湘南新宿ラインなどの直通電車をバンバン投入した。職場近辺は、15年ほど前までは、各駅停車しか止まらない私鉄の駅までバスで15分。都心に行くには2時間じゃ利かないという状況だった。かつ周囲には自動車工場と関連施設、更には清掃工場とかしかない、街だったわけで、、、、そりゃ、がんばってバイトして、クルマ買うよなぁ。逆に言えば、今となっては、無理してバイトしなきゃ手に入らないならクルマなんて買わずに、大学が斡旋してくれるUQ Wimaxのルータでも買って、電車の中で課題をこなしている方がよっぽど効率的だ。
これと同じ状況が広く各大学で生じている。また、首都圏・関西圏のいたる大学で、文系を中心に、バブル期に都心から30〜50km圏に新たに取得した土地に移転させた学部を、都心部の本部キャンパスに戻すというプロジェクトが進められている。というわけで、大学生の多くがクルマに乗らなくなるのは必然、というべき状況なのだ。
"Fun to Drive"というのは80年代〜90年代(だったかな?)にトヨタが掲げていたコーポレートスローガン、というかキャッチコピー。今あらためて読んでみると、いいキャッチコピーだなぁと。クルマを運転するのはやっぱり楽しいと思う。車高の低い、重心の位置が決まっているクルマって、運転技術が下手な人間でも、走らせるとむちゃくちゃ楽しい。(助手席に乗る人はたまったものじゃないわけだけれど、、、)研究者の職場というのは、普通のホワイトカラーと比べて圧倒的に交通の不便な場所に設置されていることが多い。大学しかり、企業や行政立の研究所しかり。将来的にそういった職場で、ある程度の期間働くことになったとしても、個人的にはクルマで通勤するのはできるだけ避けたいと思う。だって、遅刻の心配しながら朝必死に高速を飛ばしたり、長時間デスクワークした疲れた体で夜道を長時間かけて走って帰宅なんてしたくないじゃあないですか。しかも、クルマに乗っている限り、酒が飲めないというオチまでついてくる。正直、Fun to Driveを実感するきっかけが、自分に巡ってくる機会なんてめったにない。
タイトな仕事に従事する層が通勤でFun to Driveを感じるというのはかなり厳しい。逆に言えば、サボってもいい授業を沢山履修していたり、帰り道にドライブデートする機会が多い学生というのは、Fun to Driveを感じるのにものすごく最適化された生活をしているのだろう。もちろん、クルマで通うことが正当化されるような大学に通っている場合に限るわけだけれど、、、、
それ以外では、「もともと自宅に乗っていて楽しいタイプのクルマがあって」「工場勤務で工場隣接の寮に住んでいるから平日は閉じ込められている。近所にろくに店もないから、週末はクルマで遠出するのが趣味。店がないということは、そもそも他にお金の使い道もないし、、、」という人くらいなのではないかと思いますよ。
まあそれでも、ものづくりニッポンの文化として、モータリゼーションは浸透し続けるべきだし、それは可能だとおっしゃる向きもあるだろう。であれば、自動車文化先進国といわれるヨーロッパの状況を見てみたい。
ヨーロッパに行くと、日本ではあまりお目にかかれないブランドのクルマをよく見かける。SKODA、SEAT、そして90年代には多少日本にも乗っている人がいたけれど、、、的なOPEL、LANCIAなどもまだまだ現役だ。注目したいのはSKODAとSEAT。この2つのブランドはAudi同様VOLKS WAGENの一ブランドなのである。SKODAはもともとチェコ、SEATはスペインのメーカー。それぞれVWによって買収され、現在は中〜低価格帯のラインナップを担っている。逆にVWの高級ラインがAudi。VWは、ヨーロッパで最も販売台数が多い自動車メーカーだ。ACEA - European Automobile Manufacturers' Associationの、Year 2011 by manufacturer and by vehicle category (Enlarged Europe) <※注1:エクセルファイルへのリンクです, 注2:1月〜8月までの数値>によると、メーカーとしてのシェアは23.2%。で、問題は23.2%の内訳だ。VWブランドは全体の12.3%。高級ラインのAudiは全体の5.0%、SEATが2.3%、SKODAが3.6%である。VWはフェートンやトゥアレグなどの高級車(というか、実質中身はAudi A8・Q7ね、、、)はあれど、代数的にはごく一部だろうから、23.2%のうち、15%くらいはBセグメント以下の中小型車と推測できる。そしてVWグループの低価格帯のクルマにスポーツカーは極少数だし、Golfにしても他の車種にしても、ホットバージョンのグレードは売上のほんの少しだろう。
一方、スポーツブランド、エンスーな人御用達ブランドはというと、、、ALFA ROMEOで1.0%、PORSCHEで0.3%。ボンドカーASTON MARTINもヨーロッパでは8ヶ月間で1,664台(0.0180630955651735%)しか売れていない。(これだけ売れれば十分か、、、?)ちなみにみんな大好きフェラーリは、FIATグループの中でもその他扱いされていて、数値が出されていない。っていうか、その程度のもの。ヨーロッパは階級社会が未だに色濃く残る社会なので、先祖代々馬車に乗っているような人たちが、相変わらず週末の嗜みとしてポルシェやフェラーリ、はたまたブガッティやランボルギーニなどのカロッツェリアがリリースする少数生産の高級車に乗っているのだろう。ということは、ですよ。日本においてエンスー車のみをひたすら取り上げていたCar GraphicやNaviのような雑誌がそこそこ売れ、地方自治体立の図書館に配架され、なおかつテレビ朝日系で番組まであったというのは、どう考えてもおかしい事態、なわけですね。
というと、やっぱり車の運転が「好き」っていう人はそんなにいるように思えない。バック・トゥ・ザ・フューチャーの時代から、若者の憧れはSUVだったし、トヨタがアメリカの若年層を攻略するために導入したサイオンだって、ラインナップはxB(日本名Bb)、xD(日本名ist)だし。アメリカ市場といえば、、、のホンダの戦略車種だって、ELEMENTやCR-VにMDX。ようは、SUVをカリフォルニアサーフカルチャーに振るか、ニューヨークのヒップホップカルチャーに振るか、はたまた高級志向に走るかしか、手はなかったわけで、、、、
経済成長期というのは、来年は今年よりも所得が増える人が沢山いるという状態のことだ。経済的に余裕が出来てくると、多くの人間が考えるのは生活の質的向上を図ろうというものだ。その結果、未知の様々な趣味にお金と時間を突っ込んで見ることとなる(これ、現在の中国沿海部がちょうどそういう状態)。そういった状況下で、日本のメーカーはレビン/トレノ、MR-2、CR-X、ユーノスロードスター、FTOなど低価格でかなり走りが楽しめるスポーツカーを量産してしまうことに成功してしまう。ミドシップのツーシーターが200万円台前半とか、V−Tecエンジンを積んだ2ドアホットハッチが100万円台、車の歴史から見たら、おかしいだろう!ということですよ。更にホンダビートやダイハツカプチーノ、極めつけはマツダAutozam AZ-1。軽自動車なのに、ミドシップでガルウィング。とんでもなさすぎる、、、、
で、いろいろ手を出してみるものの、そこそこ収入が安定する頃には、自分の趣味や可処分所得に見合った趣味だけに落ち着いていく。ま、もともとクルマで女の子にもてようと思えば、そこそこの外車や国産車でもレクサスになるだろう。中途半端に月3万円のローンとほぼ同額の維持費をクルマに突っ込むくらいなら、3万円を衣服費に使い、残り3万円でデートに誘う店のグレードを上げた方がよっぽどモテるだろう。結局日本という市場は、相も変わらず500万円オーバーのクルマを買い続けてくれる一部の層と、下駄として使うための安くて丈夫なクルマを選ぶ層(しかも、子育て期限定でワンボックスを買う層も多いと見た、っていうか00年代前半は、2シーター乗っていた人が、パパになってSTEPWGNやセレナに乗り換えを余儀なくされるというパターンが本当に多かったのですよ)と、クルマなんてそもそもいらないっていう多くの層によって形成されることとなる。下駄クルマは利益率は低いし、韓国・中国勢がブランド力を向上させていけば、取って代わられる事態も当然ありうる(それを日本にやられた先例がアメリカだ)。国内市場で利益をあげ続けようと思うならば、高級車のシェアを取りに行くしかない。そういう意味でトヨタはLexusを止める訳にはいかないし、他社は実質国内市場はあきらめかけているんじゃない、、、としか思えない。高級車ラインを展開できなければ、日本は欧州・アジア向けモデルを導入するone of themの市場という前提で戦略を立てざるを得ない(実際、日産、ホンダ、マツダなんかはまさしくこの戦略をとってる。マーチが全量アジアからの輸入になるなんてね、、、、)。
で、以下のURLから1本のテレビCMをご覧頂きたい。トヨタグループの一員であるダイハツの企業CMだ。
テレビCM 企業CM「日本のどこかで 新しい町」篇【ダイハツ】
このCMの読み解きは、あくまでも僕の憶測にしか過ぎないのであしからず。
都会でクリエイティブ(たぶん美容師とか、ショップ店員とかかな?)な仕事をしていた瑛太が、突如田舎にIターン(Uターン、じゃないだろうなぁ、、、)して、ガテン系(工務店)の仕事を始める。そこで、これまで乗っていたアメ車のシボレー・カマロを第三のエコカーであるダイハツの軽(ミラ・イース)に変える。生活の変化と平行して、地元の郵便局員である吹石一恵との関係が始まり、、、、というストーリーなわけだけど、設定の1つ1つに企業戦略として重要な意味合いが込められていると思うのだ。(あくまでも推測だけど、、、)
都心にはダイハツが売り込む市場など、商用車以外に大して存在しない(それでも、乳幼児を抱えるお母さんが、電車に乗れなくなったから必要に迫られて車を買うというケースは結構ある(タントのCMを参照。それにしてもダイハツのCMは、意図がすっきりはっきりして清々しいほど。マーケ的お手本ですね。)。だから、当然第一次・第二次産業(の生産部門)が経済の中心であるエリア、もっとわかりやすく言い換えると、でっかいイオンモールが唯一のデートコースという地域が、ダイハツ(とかスズキとか)の主戦場となる。
そういったエリアは、都心とは異なる理由で市場の縮小が進んでいる。まずもって、人口減少トレンドがものすごく強いということ。都心の場合出生率は下がっても、人口流入が大きいので若年層人口の減少トレンドはかなり緩和されている(というか、江東区とか、横浜市なんかは、保育園入園の待機児童問題がぜんぜん解決されないままで、、、、)。でも、地方は加速度がついて若年人口が減っているというのがまず前提となる。
その上に自動車市場を冷やす意外な要因というのが、実はイオンモールの進出ではないのかな、と個人的には睨んでいる。こう書くと、「イオンモールこそが、駅前商店街衰退の最大の要因で、だからみんなクルマを保有せざるをえないのじゃないか」というツッコミがきそうだが、たぶん逆じゃないかな、と。地方の駅前商店街なんて、もともと若年層が楽しめる娯楽や、ファッションを提供する機能を持っていなかった。だから、暇な若者に出来る時間つぶしって、女の子を誘ってドライブくらいしかなかったわけだ。例えば、90年代にものすごく売れたホンダ・S-MX は、フルフラットシートにできるだけでなく、ご丁寧にティッシュボックスまで備え付けてある。わかりやすくニーズのど真ん中をついていたわけだ。
それが、イオンモールができることで状況は一変する。シネコンやタイトーとかセガとかの大規模ゲーセンやROUND1で時間は潰せるし、服を買うのも、ワールドやイトキン、オンワードといったアパレル大手のちょっと低価格ラインのショップ、レディースならば宮崎あおいがCMしてるEarth music & ecologyとか、OZOC、Melroseとか。メンズならTK Takeo Kikuchiとか。ユニセックス&チャイルドで、UNIQLOに満足しない層のために、GAPとか、無印とか、COMME CA ISMとかも入っている。ABCマートがあれば、靴も含めてそんなにダサくない、というか都心で売っているものと遜色のないものが揃ってしまう。そりゃ、裏原宿のテイストは無理だけど、池袋マルイやサンシャインシティくらいのレベルは買えてしまう。片道30分でイオンモールにつけるのであれば、その短い時間にお金をかけるよりも、一日中過ごすイオンモールの中でお金を使ったほうが楽しいわけだ。つまり、人口が少ないだけでなく、残っている若者にもクルマに必要以上にお金をつぎ込むインセンティブがもはや存在しないということだ。
じゃあ、粛々とシュリンクする市場規模に対応するだけの資源投下をすべきか、、、というとそうは問屋がおろさない。それができない要因、それは地方に数多く存在する独立資本の販売店フランチャイジーだ。バブル崩壊後、自動車メーカーはそれぞれ、ドラスティックに販売網ネットワークを整理した。今となっては複数の販売チャネルを運営しているのは、実質的にはトヨタだけになってしまった。ただし、トヨタ・日産・三菱といったメーカーの場合、販社は一部自らが出資している法人が大半であり、スムーズに(とはいかないまでも、どうにか)店舗網の縮小、合併を進めることができた。ところが、ダイハツ、スズキ、スバル、ホンダ(の旧プリモ店)は、三丁目の夕日に出てくるような個人経営の自動車整備業にフランチャイジーとして販売を委託するという形態の店舗を数多く抱える。販売店網が密だということは、アフターサービス・メンテナンスの質を向上させることにつながる。アフターサービス・メンテナンスはアフターマーケットという業界用語があるくらい、利益率の高い市場なので、各社力を入れているわけだが、サービス水準を高めるためには、各店舗の士気が高められていることが重要だ。
販社としては、生涯価値の高い顧客、つまり長くお金を落とし続けてくれる顧客を捕まえたいというニーズを持っている。となると、地方にやってきた若年層というのが、一番欲しい顧客のプロファイルとなる。地方にやってきて、工務店という地域密着な仕事をし、地元の(たぶん)特定郵便局の職員とつきあって結婚して、、、というのは、まさしく地方の販売店にとって喉から手が出るほど欲しい顧客像だといえるだろう。こういう層に向けて、ストレートに刺さるCM、というのは、ミラ・イースの本当の想定顧客かどうかは関係ない。(実際、イースの車種CMは、ブルース・ウィリスを起用してダジャレを言わせているわけだから、瑛太のようなプロフィール、ではないことは明白。)「企業CM」して瑛太と吹石一恵が出演するCMを放映するということは、メッセージのターゲットは販売店フランチャイジーなのではないかな、と。
小見出しで結論は言い切っちゃいましたが、基本はこれ。自動車メーカーもボードメンバーや車種開発部門は既にわかっていてやっているはず。じゃなきゃ、瑛太が乗るクルマはミラ・イースにならないし、マツダのスカイアクティブテクノロジ搭載車やホンダのハイブリッド車に国内独自モデルが1つもない、なんて事にもならないはず。
ところが、販売部門、とくに販社といっしょにプロモーション計画を取りまとめる部門は、国内は縮小均衡で粛々とやっていく、なんてことは口が裂けても言えないはず。なので、国内販社向けマーケティング担当者が考えるべきは、シュリンクする市場環境下で、世界共通モデルをいかに低コストでローカライズして、他者のシェアを奪うのか、しかないのが現状なのだと思いますよ。正直、ね。
ウェブ上で、読んだ後非常にモヤモヤする文章を見つけることがあります。この言葉にならない感覚は一体何なのか…書くことで言葉に変換して正体を突き止めたい!
ということで以下に絶好のサンプルを引用し、モヤモヤしないと思う文に脱臭してみたいと思います。
20才の頃、お金も無く、良くてユニクロ、下手するとジャスコで服を買ってた。いや、ジャスコでは正確には買っていない。帰省した時に、親が僕の服装のみすぼらしさを不憫がって、近くのジャスコに夕ご飯の買い物に行ったついでに、安売りの服を買って恵んでくれてただけだ。当時、今で言う「リア充」は、わざわざバイトして、そのお金で好きな服を丸井や伊勢丹で買って、お洒落少年をやっていた。リア充爆発しろ、とはこのことだ。当時の僕は、バイトしてまで服を買う程ファッションに興味が無かったし、そんなお金が有ったら、少しでも出たてほやほやの初代Pentiumマシンのメモリを増やしたかった。
【脱臭後】20才の頃はお金がなかったのでユニクロで服を買っていた。親が僕の服装を見かねて夕飯の買い物ついでにジャスコで安売りの服を買ってくれることさえあった。当時のおしゃれな友達はアルバイトしたお金でデパートの服を買っていて、妬ましかった。一方僕はそこまでおしゃれに興味がなく、服よりもPCの部品を買いたいと思っていた。
※20才の頃はユニクロやジャスコの服を着ていた。だけでも良いと思いますが、お金のなさの強調にジャスコは外せない一方で、親の話を入れてさすがにジャスコで買うほどはダサくなかったと言いたいのだと考え、残しました。親に対する「恵んでくれた」という表現は、卑屈なうえ親を小馬鹿にするようで、反感を覚えました。後半、あえてネットスラングを使ったり、Pentiumマシンという単語をわざわざ出すことにあざとさを感じました。できれば、PC部品の方が欲しいのにも関わらず服を買う友人を妬ましく思う心理にもう少し詳しい説明がほしいです。両方同程度に欲しいが自分はアルバイトでそこまで稼ぎきれなかったというもどかしさで、苛立っていたのでしょうか。
25才の頃は社会人3年目。デパートにはバーゲンなるものが有り、その時期だと安くお洒落な服を買える事をやっと発見した僕は、なけなしのボーナスを手に、デパートで服を買う様になった。しかし、その頃同世代のリア充は更に先に行っていて、バーニーズやVIA BUS STOPとかの、やや高級なセレクトショップで服を買っていた。デパートで買うDCブランドの服は、自己主張が強く、どことなくDQN感が漂う時も有ったが、リア充達がセレクトショップで買う服は、大人の余裕に溢れていて、僕はそこにファッションのスキルの差を感じざるを得なかった。
【脱臭後】25才、社会人3年目になる頃にはボーナスも入り、デパートのバーゲンがお得なことに気づいて、デパートで服を買えるようになった。しかしその頃、おしゃれな友達はもっと先を行っており、高めのセレクトショップやで服を買っていた。デパートのブランドはこれ見よがしでかっこ悪い気もして、おしゃれな友達に対し相変わらず劣等感を覚えた。
※「なるものが有り」「やっと発見」「なけなしの」等がうるさい印象を受けました。後半は単に劣情を述べていると思うのですが、固有名詞や言い回しでおしゃれに精通していると強くアピールしているように感じられ、鬱陶しく思いました。
30才になると、そこそこお金も出来て、時代もバブってくる事になる。この年代になってやっと、ストラスブルゴやアリストクラティコみたいな通っぽいセレクトショップで買うようになり、欧州の古いメゾンのオーナーデザイナーが来日しての採寸オーダー会みたいなのをチェックして買ったり、ディオールやドルチェ&ガッバーナなど、自分のスキニ―な体型でこそ生きる服を多く揃える店によく行って、しまいには自分の担当が出来たり、いつしか服の買い方に関する変な劣等感は無くなった。
【脱臭後】30才になると収入がずっと増え、通好みのセレクトショップの服やヨーロッパのデザイナーのオーダーメイドを買ったり、超高級ブランドに通い詰めてお得意様扱いしてもらえるようになり、劣等感を克服した。
※この部分は特に鼻についたため、思い切って大幅に割愛しました。特にこれ見よがしなファッション用語が嫌らしいと思いました。
その頃、手練れのプロ独身みたいな洗練された女性と知り合った。外資系企業に勤め、日本版SATCみたいな感じの子だった。ある時彼女は、服を買いたいときはニューオータニに行くと言っていた。余り意味が分からなかった。少なくとも、これまで僕が経験してきたプライスタグともろもろの質が正比例するマッチョな世界とは違う軸の話なのだろうとは感じた。正直、服を買いにホテルに行くのは、想像力の範囲外の事柄だったので、その言葉に対し、僕は極めて曖昧な返事をした覚えがある。
【脱臭後】その頃、外資系企業に勤める独身の、非常に洗練されたおしゃれな女性と知り合った。彼女は服を買いたいときはニューオータニに行くと言っていた。当時はホテルで服を買うなど考えてみたこともなく、彼女の真意もわからず、曖昧に返事をするしかなかった。きっと、高い服ほどおしゃれに違いないという僕の考え方とは次元が違う話なのだろうと思った。
※「プロ独身」とはどういう意味なのか、ぜひ説明してほしいです。「プライスタグともろもろの質が正比例するマッチョな世界」という表現も、何度も読み返さないと意味がわかりませんでした。高尚な雰囲気を醸し出そうとしすぎだと思いました。
そして、35を少し過ぎた今、やっと彼女が言っていた事が何となくは分かる。確かに、オータニやオークラは服を買いに行くには快適な場所だ。静かで、邪魔されず、店員は控え目な一方、二回目の訪問なのに僕が前に買ったものと、何とどういう軸で迷ったかを覚えてくれている。古いホテルに入っている、いつも客が入っていないアパレル系のお店は、なぜ成立しうるか長年の疑問だったが、プロ独身女性みたいな「お金のある、うるさ方」が太い顧客なのだろう。こういう人は服はもう十分に持っている。だから、服そのものだけが買い物の目的では無く、服を買うプロセスにもこういう人はスペシャルを求め、そのプロセスを消費している。そうすると、単に服の品揃えが良い店より、自分の好みを知っている店、静かに買える店、客筋がいい店、みたいな所の評価が上がり、結果的に高級ホテルに入るに相応しい接客レベルのお店が、その種の人々に刺さることになる。
【脱臭後】そして今、35才を少し過ぎて、彼女の言った事がわかるようになった。ホテルに入っているアパレルショップは静かで、店員も控えめで、落ち着いて服を選べる。そのうえ一度の買い物でも、次に行ったとき前回どの服を迷ったかまで覚えていてくれる。なぜホテルのアパレルショップはいつも空いているのに商売が成り立つのか、長年疑問に思っていたが、お金持ちで服にこだわりがある少数の独身女性が単価の高い買い物をするために赤字にならないのだろう。そのような客層は服はもう十分に持っており、服そのものよりも服を買う過程を楽しみ、消費している。このため品揃えの良さよりも、接客レベルの高さを求めて店を選ぶことになる。
※「太い顧客」という表現が一般的ではなかったため、少々無理に直してしまいました。「お店が刺さる」という言い方は、変ではないのでしょうか?
服を買うという行為の目的は服だけでは無い。オフィスワーカーは弁当が好きでコンビニで弁当買っている訳じゃ無いってことと同じだ。コンビニは、「少しでも長い昼休みの自由時間」「同僚との面倒な連れランチを断る口実」を弁当という形で500円のプライスタグ付けてオフィスワーカーに売っているのだ。モノじゃなくて、イミを売る時代とは、人口に膾炙した言葉だが、きちんとその意味合いを理解すれば、正しくビジネスチャンスを捉えられる。コンビニは、より安くより美味しいお弁当を作るのではなく、より長い昼休みを提供し、より判りやすいランチを断る口実を提供する為に、オフィスワーカー向けの定時デリバリーサービスでも始めた方が、ビジネスチャンスは拡がる事だろう。外食に行って戻る45分を、コンビニで買って戻る15分にしたい人は、それが気軽にデリバリーされて0分に出来るなら、もう500円余計に払ってくれるに違いない。身の回りで、愛妻弁当とか手作り弁当とか持ってきている人種は、本当に妻や料理を愛しているのだろうか、顔を思い出して考えてみよう。節約という人は居るだろう。でも、単に一人でランチを食べたいだけという人も結構居ないだろうか?そうだとしたら、そこに市場がある。
【脱臭後】服を買う行為の目的は服だけではない。会社員は弁当が好きでコンビニ弁当を買うわけではなく、昼休みに少しでも長く自由時間を得るためや、面倒な同僚とのランチを断る口実のために、500円払って弁当を買いに行くのである。よく、物ではなく意味を売る時代と言われるが、きちんとその意味合いを理解すればビジネスチャンスにもなりうる。コンビニは、より安くより美味しい弁当を作るだけでなく、上記のような理由で弁当を買いに来る会社員のために、定時の弁当配達を始めるべきである。外食に行って戻る時間をコンビニで節約したい人は、配達弁当でさらに時間を節約できるなら、500円の弁当でも1000円で買ってくれるに違いない。愛妻弁当や手作り弁当を持ってきている人も、多くは妻や料理を愛しているのでも、ただの節約でもなく、単に一人でランチを食べたいだけなのではないだろうか。そうだとしたら、そこに市場がある。
※平易な文に直してみると、「配達で500円弁当を1000円で売る」「弁当持参派の多くは一人で食事をしたいだけ」とは随分無茶な気がしてきました。また、「物ではなく意味を売る時代」という言葉と、この最後の段落は、実は無関係なようにも思えます。配達弁当を買う人は、弁当と同時に時間を買っているのではないでしょうか。
誰でも自分の臭いはわからないといいます。ニンニクも食べてしまえば臭くない。私の文章も、どなたかによって脱臭可能に違いありません。
http://d.hatena.ne.jp/oooquree/20111024/1319464061
これは自分のブログで、ここに載ってるリンク先に書き込んだ。それも入らないかと思って、自分の二書き込みしといた。このリンクの人は載せたようだ。
報告と言う形で
何がいい人だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
この人らがやってる事って、言葉に厚みを加えて、それなりのレトリックやそれなりのインテリなら知ってる事を使って、自分達の怠けを肯定してるだけじゃないのか?
怠けは、犯罪じゃないし、社会主義国家じゃなく自由主義国家なので、刑務所にも入れられないし、勤労の義務があっても、そうしないからと言って、罰則があるわけじゃなし、あの美しい弁護士法みたいなもんだw
別に、勝手に怠けてればいいのに、なぜかすごく熱心に勤勉に、変な理論 もしかしたら間違ってるのわかってて発信してるんじゃないかと思うような理論を、発信してるwww (働かざるもの食うべからずについての、誤用ではないけど、元々は貴族階級に使ったというのを言うのと言わないのでは、だいぶ違うと思う 註↓ )
この人が書いてる事は、元々気にする必要もない事が多い
まるで、アダルトチルドレンを気にする人を、引っ掛けて、気にする状態にしてから、気にしなくて良いと、説いてる人たちみたい。
だって、ニートというのではなくて、普段から、スポーツジムにばかり行って、勤労してなくて、その前はヨーロッパを回ってて、日本に帰って、会社を友人たちと立ち上げるかという話はあっても、あまり進んでなくて、ジムか図書館にいるという人が、普通にmixiを書いてた。
今は、こういう人は日記を閉じて書いてるかもしれない。人が少なかった頃は普通に書いていた。特に煽られたりもしていない。
註
他にも、
また思い出したら書く
・江戸時代までは完全に下魚扱い。ヅケが発明されてようやく少し見直される
・美味いもの扱いされるのは70年代から。それまではマグロ輸出額>輸入額ってくらい大事にしてなかった
・地中海沿岸では昔からメジャーな食べ物。旧石器時代の洞窟からマグロの骨でできた釣り針が発見されている
・日本人は捨ててしまう卵巣もカラスミにして食べるほどマグロ食文化が発達
・ちなみに戦前の日本ではツナ缶は100%輸出製品。国内で食べられるようになるのは戦後になってから
世界各国
・70年代から世界各国でマグロ消費量が増加するが、増えた分はほぼすべてツナ缶。刺身や寿司などの日本食ブームは誤差程度。ツナ缶だからむしろアメリカ食ブーム