はてなキーワード: ベランダとは
(前回のご報告)https://anond.hatelabo.jp/20210606204206
拾ったねこなので誕生日とかもわからないのだけど、ボロボロのこねこを9月に拾った時に多分生後3ヶ月くらいだった。ということで毎年6月をお誕生月にしているのでもうすぐ21歳と半年になります。人間の年齢に換算すると102歳にもなるそうなのでしかたのない部分もあるのでしょうけど、1年前と比べてもめっきり足腰は弱くなったようにお見うけします。ご自身での毛づくろいもなかなかやりづらいのでしょう、ベランダに通ずるガラス戸の前に陣取り、大声でブラッシングを所望されることが増えました(うちは昔からブラッシングはベランダで行うことになっています)。
先日は変形しもろくなった爪が根本から割れ、まえあしが血まみれになってしまってあわてて病院に駆け込み、消毒液と化膿止めの塗り薬いただいてきた。といったこともありましたが、夏の暑さにも負けず、急な冷え込みにも負けず、一日2パウチのウェットフードと2本のちゅーると少しのかつおぶしを食べ、ごはん食べるだけでかしこいと呼ばれ、寝ているだけでかわいいとほめられ、そういった感じでともに過ごさせていただいています。老猫にはありがちですが、最近便秘気味なこともあったのでスプーン一杯の水溶性食物繊維の粉末をご飯とあわせてお出ししているのですが、おかげでそちらもなかなか快調のようでなによりです。
あいかわらずのねこ一匹ひと一人の生活の中、オリンピックや第5波はまるで新幹線の座席から見える景色のように、わたしたちの生活とは関わりのないものとして一瞬で通り過ぎて行ってしまいました。一方で、こたつに入った増田のひざに乗るのにも苦労されている彼女の様子を眺めつつ、去年の冬はまだひょいと飛び乗ってきたこと思い出すと新幹線の内側も同じく時が流れていたという当たり前のことを発見したりしています。
11月に入って夜に増田のふとんのなかに入ってくるようになったのですが、なぜか10分くらいで出ていってしまい、もはや寝かしつけすらしてくれなくなりました。増田としてはその貴重な10分のうちに彼女の毛皮のあたたかさとやわらかさと濡れた鼻先の冷たさとちょっとなまぐさい口の匂いを分けていただくのですが、そんなときにちょっと思い出すことがあります。増田がほんの小さかった頃、家にねこがいました。おそらくねこにとっては触りたがりのいやな子供だったのでしょう。あまりなかよくさせていただいた記憶はないのですが、そのねこが死んでしまったときに触れて感じた冷たさと硬さだけは強烈な記憶となって残っています。あれはもはや石のようなものであり、「生きていない」ということはモノに変わることなので、「生きていた」部分はそこには残ってない。なぜかそのように理解してしまい今に至っています。
つまり、たとえ彼女の毛皮がつめたくかたくなってもそこに生きていた部分が残っていないだけで、どこか他の場所には残っているのです。なんか理屈にあってない気もしますが、増田はそう信じているので特に先のことは気にせずあたたかさとやわらかさと濡れた鼻先の冷たさとちょっとなまぐさい口の匂いを今日も分けていただく生活を送っています。
彼女が彼女の体にいる間はあたたかい陽に包まれ続けるよう、今後とも尽力させていただく所存です。こちらからは以上です。
前回 https://anond.hatelabo.jp/20211123000849
言うまでもないが私は小学生の頃からずっと自殺をしたがっていた。
住んでいたマンションのベランダから飛び降りれば、途中で運悪く引っかかったり突然車がやってきて転がり落ちない限りはまずもって死ねる高さがあった。
死ねば終わる。
そう自分に言い聞かせ、言い聞かせられて育っていった。
やはりというか、その学校には「人付き合いが苦手だから勉強する時間が取れただけの自閉症もどき」が沢山詰め込まれていた。
私はその中で比較的漫画やアニメの趣味が合う相手と友達付き合いをした。
とはいえお互いに結局は一人が好きなので寄り道もせず通学路を通り、電車が別の方向に向かったら振り返りもしなかった。
あくまで学校生活で孤立せず、退屈を紛らわすための道具程度の距離感であった。
結局彼らとはその後連絡も取り合っていない。
私には幼馴染は一人も居ない。
中学受験が終わった辺りから将来についていよいよ考える必要が出てきた。
普通にサラリーマンになったのでは、どう考えても私は潰れることが分かっていた。
なにか手に職をつけよう。
そう考えて私はひとまず身近なものを考えた。
活字はなんとなく勉強っぽいから関わりたくなかったし、漫画も学習まんがの読み過ぎでちょっと苦手になっていた。
一時期はいじめっ子の方が上手いからと嫌いだったゲームも、RPGとかだったらレベルでゴリ押しすればいいから自分でも出来ると思ってよく遊んでいた。
ゲームを作ろう。
何をやるのかも分かっていない。
分業すら考えていない。
一人でゲームが作れると思っていた。
確かにFC時代とかであったなら、プログラミングが出来てちょっとドット絵がやれて、あとはピコピコ鳴らしていればゲームになっただろう。
現代のようなインディーでさえ音楽や絵に求められるクオリティがイカれたゲームを一人を作れるクリエーターはいるが、それがどれほど化け物かは分かっていなかった。
女の子と部屋でだるだるしてるときに、「まんこ見たいです」「誰の?」「けーこさんの」
「んー、別にー、いいけどー、増田さんのも見せて。ちんこ」「わかりました」「先に」。
ジーンズは脱げるけど、トランクスは躊躇した。けど頭では躊躇してるけど、
手でトランクスを下げた。「毛でよく見えない。つまんで前に出してください。
え、今は大きくない状態なんですよね。でもこんなに小さいんですか?」
女の子の前でちんこを出してる状況なのに、ちんこは大きくならない。
なりそうな気配もない。「緊張して縮こまってるのかな」「ほら、大きくなって!」
「けーこさんのまんこ見たら大きくなるかも」「まあエロいですからねえ。。」
と座ったままズボンを脱いで、ショーツも脱いだ。立膝の向こうにけーこさんのまんこが見えた。
僕も座ってじっと見た。毛が生えたまんこがあった。「そんなに見ないでくださいよ」。
びらびらがあって、その割れ目の中に赤いピンク色が見えた。トイレットペーパーのカスも見えた。
見ても全然エロくなかった。だけどちんこを弄って勃たせようと思った。
「いま、私のまんこ見てオナニーしてるんですか?あ、なんかさっきより大きい」「3割勃ちくらい」。
「他の、自分じゃない人に触られるのは、変な感じ」。そうこうしてたらフル勃起になった。
「あ、全然大きくなった。ネットでよく見るやつ。よく見せてくださいよ。
うわあ、なんか、絵に描いたような『ペニス』って形ですね。ちょっと。。
あっ、硬ーい。それに大きい。こんなの絶対入らないって。先からなんか出てますよ」
二人で寒いベランダに出て、駅前を見下ろした。もち下半身は裸で。
「何人かは気付いてそう」「横にじゃなくて前後に立ってますもんね」「股を開くと、股ががすーすーする」
部屋に戻ってけーこさんは床に手をついて、「わたしのまんこ、自由に使ってもいいですよ」
「つ、使い方は?」「。。被写体にして絵を描いたり、あ、おかずにしたり」
「ちんこを挿れるためだけにあるわけじゃないですからね」「僕のちんこはけーこさんのまんこに挿れるためにありますよ」
「おしっこは!?」。ボインの話を思いついたけど言わなかった。
デロリアンって補修用のパーツのストックが新車を組み立てられる位あるから、
いまでも新車を売ってるんだよね。商品を土に埋めたNeXTとは違うな。
でもBTTF様様だな。最初はタイムマシンは冷蔵庫だったらしいぞ。
吹き替えは三ツ矢雄二に穂積隆信だな。映画館で見たときは、クララがえらいおばさんに見えたけど、
ちょうどいいな。リー・トンプソン可愛かったな。
Base Ball Bearといえば、青春時代を代表するバンドとして挙げる人も多いはずだ。
そんな、『C』とか『十七才』とか聞いていた頃のユーザーが時を超えて突然、新譜『DIARY KEY』を聞いたら、きっと「ベボベ丸くなったな(苦笑)」と言うんじゃないだろうか。
だが、このアルバムは、「丸くなった」と表すには惜しいくらいの熱量のこもったアルバムだ。
どういうことか、俺が解説する。
このアルバムのタイトルになっている「DIARY KEY」から始まる11曲について述べるには、ベボベの過去に少し遡る必要がある。
ベボベにはたくさんの変遷があって、ここに辿り着いているから。
これらのアルバムは、どこかカッコつけていて、“強く在らねば”と前を睨んで立っている…そんな印象だった。
湯浅が失踪して、3人になって、外部要因によって突如として続けるか辞めるかの岐路に立たされた彼ら。
湯浅がいないままツアーが終わって、その後3人体制で続けることを決意した彼ら。
メンバーの発言から、『C2』の頃には既に、湯浅はまともに曲を作ってこなかったらしい。
そうして完成した『C2』をベボベはどう捉えているのかは分からない。
しかし、“3人でやる”ことを宣言するように『光源』をリリースしたあと、3年かかって『C3』を出した。
ここには、どこかリベンジのような、前に進み出すような意志を感じずにはいられない。
3人でもクオリティの高い仕事ができることを知らしめるように、ライブを行い、CDを出し続ける新生Base Ball Bearからは、“3人でも大丈夫だ”というメッセージをひしひしと感じた。
そこには、少なからず思春期のような、虚勢のようなものがあったように思う。
『DIARY KEY』からは、虚勢はもう感じられなかった。そこにあったのは、確かな「強さ」だった。
思春期だった親戚の子どもが、いつのまにか大きくなって結婚の報告をしてきたような衝撃。
世界を憎むような、殺意があるような、尖った歌詞だったあの頃からは想像もつかないほど、
それはそれは優しくて、大きくて、包み込まれるような世界が広がっている。
強くなければ優しくはなれない。
『C3』を聞いた時、ここまで優しくなれるのか、と目を見張ったものだが、『DIARY KEY』はそんな驚きを超越してきた。
湯浅の脱退は、『光源』・『C3』は、『DIARY KEY』に到達するために必要だったといえる、とさえ。
Cross Wordsを聞いた時 こういうのがずっと続いていけばいい、と願ったのが、今叶った。
それは決して空想の中の優しさではなくて、生活の中にある、すごく具体的なものだ。
11曲からは、柔らかな眼差しで見られる世界があって、彼らはいつまでも変わらず音楽を作り続ける、そんなメッセージがあるように感じてならない。
Base Ball Bearというバンドは、ここまで強くなったのだ。
はっきり言って、4人だったときよりも ずっと進化して良くなった。
“到達点”感が凄まじくて、解散するんじゃないかと不安がよぎるくらいに。
1曲ずつ良さを書こうと思ったが、オナニーを人に見せるより恥ずかしい気がしてきたので、ここら辺で書くのをやめようと思う。
俺が良いと思うんだ、ここで書かなくても読者諸君は聞けば分かるはずだ。
CD販売、各種配信サイトにて聞けるので、未視聴の方がいればぜひ聞いて欲しい。
https://form.run/@bbb-diarykey-DL
https://form.run/@bbb-diarykey-PRE
▼配信
https://baseballbear.lnk.to/diarykey
どんなことが起きても、生活は続いていく。
ベランダでパーラメント吸いながら、明日も何とかやっていくか、と。
ベボベもそうやって、続いていって欲しいと願ってやまない。
ダイエットと筋トレを始めてから夜更かしもしないようになった。
食べるものもなるだけ体にいいものを選ぶようになったし、朝に30分のジョギングも始めた。
コンビニ飯は辞めてPFCバランスを意識したお弁当を作るようになった。
プロテインドリンクも飲むし、週に2回パーソナルトレーナーにもお世話になっている。
わかってる。
「なーにが健康志向だよwそんなに長生きしたいかねwwwwww」と
でも、だからこそ「朝スムージー」と「ベランダでヨガ」だけは絶対にやりたくない。
あの頃の僕らが嘲笑って軽蔑した小賢しい大人にはなりたくないんだ。
なーにが朝スムージーだよw小賢しいわwwwww
最愛のキンクマハムスター・まうちゃん(1歳)が網戸を食い破って脱走した。
気付いたのは部屋散歩をさせて1時間後、いつもならちょいちょい部屋の隅に見かけるのになぜかまったく視界に入らない。
朝晩涼しくなったのでクーラーを消してベランダへの窓を半開きにして脱走防止用の板をかませていたのが原因だった。
彼女はその板を押しのけ網戸を丸く食い破って脱走していた。
そのあいだ自分はヘッドホンをしてゲームをしていたので彼女が一生懸命食い破る音に気付けなかった。
部屋は1階なのでベランダの飾り穴を降りればすぐ駐車場、そして車通りのある道路になる。
網戸の穴を見て頭によぎったのは彼女が車に轢かれた姿を見つけて悲鳴をあげる自分だった。
真っ黒な丸い瞳、柔らかくて温かい背中、桃色の短いしっぽ、小さくて少し冷たい両手で触ってくる仕草。
胸の辺りが重く冷たくなって泣きそうになったけどすぐに外に探しに行かなければいけない事を思い出した。
玄関から出る前に、閉めたままの網戸を開けはなっていればもしかしたら自力で戻ってくるかもしれないと閃き全開にした後ベランダに出て彼女の名前を呼んでみた。
すると、飾り穴からベランダに入ろうと登ってくる彼女がそこにいた。
まうちゃんまうちゃんまうちゃんよかったまうちゃんおりこうさんまうちゃんまうちゃんえらいねえらいね
本当の幸運てこういうことを言うんだろうな。
昔から家族友人先生知り合いなんかがそういう人ばかりで、そういうふうに自分はなりたくないなと思うあまりに自分の意見なんて持たないようにしていた。
「AとBどちらがいい?」
「(訊かれてるから答えないとな)Aかな」
「ふーん。でもAってさ〜(略)。私はBかな」
「じゃあBで」
的な。
そういう人ってだいたい自分の意見が通らないと機嫌が悪くなるし、怖いんだよな。一応質問はしてるスタンスを取りつつ話を聞くつもりなんてさらさらない。だからこっちも何も意見を持たないことが重要だと思ってしまう。
「みんな勝手に生きてるんだからお前も勝手に生きたらええやん。優しさって言っちゃえばエゴだぞ」と友人に言われた。
でも、そんなことできない。見えてるものを見えなくするのは難しい。自分もそういう態度をとるっていうのは配慮を強いるみたいで嫌だ。
首吊ろうかな。なんか今なら死ねる気がするって時が、日増しに増えている気がするんだよな。
気付けばベランダの柵に立ったりしていた。これってうつ病なんですかね?それとも糖質とか?どうでもいいけど、もうちょっと優しい世界に生まれたかった。日本に生まれた時点で恵まれているけどね。
両親はベランダの無い2階の部屋で寝てたのかな。
2階の寝室は危険だ
火災は、12日未明に甲府市蓬沢1丁目の井上盛司さん方で発生。木造2階建て住宅が全焼した。井上さんは妻といずれも10代の長女、次女の4人暮らしで、遺体は連絡が取れていない井上さん夫婦とみられている。
県警は、火災直前の室内で井上さんの次女を殴ってけがをさせたとする傷害容疑で、少年を13日未明に逮捕した。2階で寝ていた次女は人が争うような音が聞こえたため、1階に下りようとしたところ、少年と鉢合わせして襲われたとみられている。次女はその後、2階にいた長女とベランダから外に逃げ出した。
室内で使ってみたら確かに煙は少なかったけど、やっぱり一週間くらいは臭いが取れなかった。
どうしたものかととりあえずベランダに出してみたら、煙の少なさが近所に対して全く気にならず、屋外の気持ちよさも手伝って最高の焼き肉になった。
以前にもベランダで焼き肉をしたことがあるのだけど、そのときはガスコンロタイプの本格的なものだったので煙がすごすぎてすぐにやめてしまったことがあった。
でも、煙が少ないなら周囲に対しても全然気にならない。
煙が少ないプレートの使いみちがまさかベランダだったとは目からウロコだった。