はてなキーワード: リトアニアとは
「ヨーロッパ人は誰でも英語を話す、それに引き替え日本人は」云々という議論を耳にする。確かに英語が流暢なヨーロッパ人に「どうして英語がしゃべれるの?」と訊いたら、なんでそんなこと訊くのという顔で「学校で習ったから」と答えるのが常だという。これを見て、日本の学校英語教育がいかに腐っているかという結論に飛びつく人は少なくない。
確かに日本の英語教育は旧態依然であり、最近の研究成果が反映されていないということはあるかもしれない。しかし、問題はそれだけなのだろうか。ヨーロッパ人が英語を初中等教育の間にかなりのレベルにまで身につけられて、日本人ができないことには根本的な原因が他にあるように思えてならない。
以下は、米国の外交官が各地の言語をビジネスレベルにまで学ぶのにかかった時間の表である。孫引きご容赦。
| 分類 | 学習時間 | 言語 |
|---|---|---|
| 英語と類縁性の高い言語 | 575-600時限 | アフリカーンス語、デンマーク語、オランダ語、フランス語、イタリア語、ノルウェー語、ポルトガル語、ルーマニア語、スペイン語、スウェーデン語 |
| 750-900時限 | ドイツ語、インドネシア語、マレー語、スワヒリ語 | |
| 言語学的・文化的にはっきりとした違いのある言語 | 1100時限 | アルバニア語、アゼルバイジャン語、ベンガル語、ブルガリア語、チェコ語、フィンランド語、ギリシャ語、ヘブライ語、ヒンドゥー語、ハンガリー語、アイスランド語、カナダ語、ラトビア語、リトアニア語、マケドニア語、モンゴル語、ペルシャ語、ポーランド語、ロシア語、セルビア語、スロベニア語、タガログ語、タジク語、タミル語、テルグ語、タイ語、トルコ語、ウクライナ語、ウルドゥー語、ウズベク語、ベトナム語、ズールー語 |
| 英語母語話者にはかなり難しい言語 | 2200時限 | アラビア語、中国語、日本語、韓国語 |
出典:http://en.wikibooks.org/wiki/Language_Learning_Difficulty_for_English_Speakers
この表は外交官というかなり限定された人を対象にした調査だが、すくなくとも英語母語話者にとっての言語の難易度の序列としてはだいたい合っているといえるだろう。そして、だいたいこの関係は逆に読み取ることもできて、たとえばオランダ人が英語を学ぶのは日本人よりもずっと簡単だということも言えるであろう。こう言うと「英語話者にとって日本語が難しいのは漢字が難しいからだ」と言われるかもしれないが、文法的に近似していて漢字がほとんど使われない韓国語が日本語と同じ分類に属していることから、そこはあまり本質的ではないであろう。
一方、学校での授業時間数を考えてみよう。日本の学校では年間授業日数は約200日である。毎日1時間英語の授業があったとして、中高6年間での英語の授業時間数は、定期考査や学校行事のことを考えればたかだか1000時限程度である。そしてヨーロッパの学校は日本の学校に比べて授業時間数が多いことはないだろう。
となると、結局「ヨーロッパ人は学校で習えば英語ができる」云々は
「ヨーロッパ人は学校で1000時限ほど勉強すれば英語をビジネスレベルに使えるようになるが、日本人はできない」
ということを主張しているに過ぎないことになるが、これは上の表を見れば何も不思議でないことになる。おそらく、日本人が英語を身につけるためには、ヨーロッパ人に比べて2-4倍の時間がかかるのである。
となれば、いったい日本人はどうしたらよいのだろうか。中等教育の1000時限ではとても足りないことははっきりした。あと1000時限ほどの学習が必要である。
この1000時限分、中高6年分を社会に出てから確保するのが絶望的でありしかも遅すぎるのは間違いない。といって、大学で毎日1時限を英語に充てることも無理だ(レジャーランド化したような大学ならともかく、まともな大学生にそんな時間はない)し、もし「日本人も英米の大学に進学すべき」という要求を満たさねばならないとしたらやはりそれでは遅い。
となると小学校の6年間を充てるかということになるが、小学生の読み書き能力が極めて低いということは忘れてはならない。ひらがなやカタカナを学んでいる子供にラテン文字を教えるのは負荷が大きすぎるし、漢字や分数・小数、あるいは都道府県の名前といった「一般常識」レベルのことを学んでいる子供にさらに負荷をかける余地も少ない。そしてこのくらいの年頃の子供は興味がなければ全く学ばないし、学んだこともすぐ忘れてしまう。実際、小学校の後半ぐらいから2言語ぐらいを学んでいるヨーロッパ人でさえ、「中学から勉強しなくなったドイツ語やフランス語は全部忘れちゃって何も覚えていない」という人は珍しくないのだ。英語が特に流暢な語学好きな人だってそうなのだから後は推して知るべしだ。
つまり、日本でできることはほとんどないのだ。香港やシンガポールのように屈辱的な歴史的経緯から日常生活に英語が溶け込んでいればともかく(それでも香港人やシンガポール人全てが英語が流暢なわけでは全くない)、日韓中のように大英帝国の支配を逃れ続けた国民にはそのような機会は全くない。実際、世界的にこの三ヶ国は英語力ワースト3と言ってよい(英語が流暢な中国人は多いように見えるが、その多くは移民の2世以降やごく一握りのエリートである。中国人は母数がめちゃくちゃ多いことを忘れてはならない)。
以上見たように、英語が世界を支配することは結局起こりえない。あるとすれば旧大英帝国と米国をたきつけて世界征服戦争を起こしてもらうしかないということだ。
結局「国際英語」の考えの欠陥はここにある。母語話者が自分たちの文化から逃れられない限り、自然言語を異文化圏に平和裏に浸透させることは無理だということだ。英語圏の文化を普遍的で上位にあるものとして強要しない限り、十分な英語力を得られない異文化圏の人間を無視して英語支配を正当化することはできない。だからといって「英語帝国主義」に開き直ることはそれ自体恥知らずというものであろう。
やれ英語の時代だ、やれグローバル化だということが近年安易に言われるが、ヨーロッパのような文化的に近縁な地域や旧大英帝国、また米国の勢力圏化にある中南米を除いてそのような流れが一般化しうるのかという検討が全くなされていないのは実に不思議だ。「英語がしゃべれるようになれ」といわれてできるのであれば誰でもそうするであろう。問題は「なぜできないのか」を考えるべきことではないのだろうか。無理なものを無理強いしてもどうしようもないということに早く気づくべきである。
ttp://d.hatena.ne.jp/ta26/20100119
日本に自殺者が多いことは、私も過去に取り上げたことがあるし、最近は不況もあってまた遡上に上がることが増えてきた。加賀氏が本書で取り上げているように、警察庁発表資料によれば、1999年から2008年までの自殺者は、357,854人に上る(年間3万人超)。しかも、自殺未遂者はその 10倍は存在すると推定されているという。さらには、年間3万人どころか、実際には10万人が自殺しているという説もあるそうだ。というのも、病院以外の場所で医師に看取られず不慮の死を迎えると、すべて変死扱いになるというが、日本では変死者数も90年代後半から急増していて、年間14~15万人で推移しているからだ。WHOは、変死者のおよそ半数が自殺と述べており、日本以外の国では変死者の半数を自殺者統計に加えている組が多いという。仮にこの数字を日本が計上すれば、自殺率世界一のリトアニアを軽く抜き去ってしまう。
ISAFに自衛隊員派遣検討-北沢防衛相
北沢俊美防衛相は4日午前の記者会見で、アフガニスタンに展開する国際治安支援部隊(ISAF)の作戦本部に、自衛隊員数人を「連絡調整官」として派遣する方向で検討していることを明らかにした。アフガン本土への自衛隊員派遣が実現すれば初めての活動となる。ただ、治安状況が悪化していることから、政府としてはアフガン支援策を策定する中で慎重に検討することにしている。
先月の日米防衛相会談で、北沢氏は新たなアフガン支援策として自衛隊活用を検討する考えを表明していた。防衛省は、来年1月に根拠法が期限切れとなるインド洋での海上自衛隊による給油活動に代わる支援策を検討中で、北沢氏は「多様なメニューを作り(内閣に)説明した段階だ。派遣するかは未定だ」とも述べた。
ただ、平野博文官房長官は4日午前の記者会見で、アフガンへの自衛隊員派遣について北沢氏からの報告を受けていないことを明らかにしたうえで、「政府内で検討していることはない」と述べた。
自衛隊のアフガン派遣をめぐっては、自民、公明両党の政権下で、ISAFへの後方支援のため陸自の大型輸送ヘリCH47や航空自衛隊のC130輸送機による輸送活動が検討されたが、治安の悪化などにより見送られた経緯がある。
まあ、社民や民主党内の社会党残りカスが潰すんだろうけど、万が一実現したら近いうちに殉死者出るだろうな。
ただし派遣規模は国によってピンキリ(数千人規模だったり数名の武官派遣のみだったり)。ちなみに今年だけで400人以上の兵士が死亡(事故死含む)している。
インド洋で給油をちんたらやってるだけで良かったと思うんだけどなあ。
『中国分裂 七つの理由』(阪急コミュニケーションズ、1680円)
◎
「中国の近未来をいま一度考えてみると、これまでの固定概念的な地方軍閥、地域対立、王朝の腐敗、衰退という文脈から分裂に至るというシナリオは遠のき、むしろ現代中国に拡がった新しい空間、すなわちネットにおける反政府言論というゲリラ戦争、イスラムの思想的連帯という見えない武装戦争、利権争いの集大成としての個別経済ブロック化、他方ではグローバル化に波に乗った資産の海外逃亡などが次の舞台の開幕を告げるであろう」(あとがきより)。
「つねに未来がリスクに満ちていると仮定すれば、わたし達は日常的に危機に対応するシナリオを幾通りも用意しておく必要があるだろう。賢者は最悪に備えるという箴言もあるように、中国が分裂しないという保障は何処にも存在しないのである」。
「米国も英国も分裂気味なうえ、カナダも恒にフランス語圏の分離独立運動を抱えている。イラクにはクルド族独立運動、グルジアにはオセチア、アブハジアという「国内国」との紛争、スペインにもバスク独立運動。。。。。。。。。」
「フランスの人口学者、エマニエル・トッドは1976年にソ連の崩壊を予測した。当時、だれも彼の予測に耳を傾けなかった。あり得ないと踏んで、その仮説を嗤った。
ソ連を構成していた十五の共和国のうち、バルト三国(ラトビア、エストニア、リトアニア)はすぐに西側に飛び込み、カフカスのグルジア、モルドバ、アゼルバイジャンはモスクワ離れが激しく、そして”スラブ三兄弟”といわれたウクライナ、ベラルースもモスクワと袂をわかった。この趨勢をみていたイスラム圏中央アジア五ヶ国も便乗して独立した。カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンだ」。
「そもそもチベット、新彊ウィグル自治区、内蒙古自治区、旧満州はそれぞれが独自の歴史をもつ漢族とは異なる国家だ」。
「チトー大統領の強引な手腕で「国家」を形成したユーゴスラビア連邦は重圧な桎梏が消えると血なまぐさい殺戮を開始し、北からスロベニア、クロアチアがさっさとセルビアに反旗を翻し、ボスニア&ヘルツェゴビナとの紛争に手間取る間にモンテネグロとマケドニアも独立、セルビアが孤立した。加えてコソボが事実上の独立宣言をしており、ユーゴは六つの分裂から事実上は七つの分裂国家になる。
この伝でいけば中国が七つ前後に分裂するという議論はまったくおかしくない(本書の仮説は七分裂だか、必ずしも分裂後の中国が七つになるとこだわっているわけではない。五つかも知れないし、或いは十数に大分裂を引き起こすかも知れない)」。
本日発売
『中国分裂 七つの理由』(阪急コミュニケーションズ、1680円)
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%88%86%E8%A3%82-%E4%B8%83%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1-%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E6%AD%A3%E5%BC%98/dp/4484092344/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1253137807&sr=1-1
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なるほど。数日の議論を読んでみて、水村本の目次を確認してみると、否定派および肯定派がそれぞれの立場に別れた理由が少しわかっってきた。
目次・水村美苗『日本語が亡びるとき』http://books.yahoo.co.jp/book_detail/32157995/
2章 パリでの話
なるほど。本で第4章以降を読んだ人からは、もう知ってるよという反応や具体的提案についての否定的コメントが出てくるのも頷ける。日本語とか英語とかあるいは語学教育とかについて何か語りたくなる人も現れるだろうし、反対に、多文化主義的な観点からのコメントも出てくるだろう。
わたしなどは、8月に読んだからでもあるが、むしろ第1章がとてもおもしく感じられた(そりゃあだって、理論的な解決がこの本にあると思って読む人なんているだろうか。水村さん作品に親しんでいる人はもちろんそんなこと思わないだろうし、煽った人たちの力点もそこにないだろう)。
おそらく、
柄谷周辺の論者の問題意識に沿って書いた議論の向かう先・解決策を期待してこの本を手に取るか、あるいは、「アイオワの青い空の下で「自分たちの言葉」で書く人々」と交流しながら問題の所在を発見するというその出発点に着目するか、これにより、この本の評価はかなり分かれるのではないか。
多分、梅田さんがこの本について語りたくなったのも、水村さんがアイオワで様々な国からやってきた文学者と触れあう内に、日本や日本語についての問題に近づいていったというプロセスを、梅田さんの場合であればシリコンバレーでの経験になるかと思うが、この本を読みながら追体験し共感したからのではないか、とわたしは思った。
第1章のところだが、アイオワに各国の作家とともに招かれて出会った内の一人が、若いころロシア娘と恋に落ちたりもしたことがありその頃学んだロシア語を用いて盆栽に詳しいリトアニアの青年と会話のできるモンゴルの老詩人で、何かの時に水村が老詩人に向かって“You are an important person”といったときに、英語が苦手なのでたどたどしいながらもゆっくりと静かに“Everbody is important”と答える場面やそのほかの場面は、外のものに触れることでいくつかのばらばらの点が繋がり問題が自分のものとして感じられるプロセスとして見ることができ、さすがにマドル・スルーというようなものではないが、問題を自分のものとして受け止める過程はそれなりに緊張し疲れるのだが充実した読書だった。
そういうことが問題となってるのはずっと昔から知っているよ、何この話、古くさい、というのは十分あり得る反応だろう。ただ、問題の所在を個々人がそれぞれ理解するというのはそれとは独立に重要なことだろう。もちろん、この本とは別の入り口でも全然かまわないのだが。
そういう意味では、今回の騒ぎをきっかけに、こういう問題があるんだあ、と思った人にとっては水村さんの本は一つの入り口として悪いものではないと思う。
別の話。
http://d.hatena.ne.jp/Thsc/20081109/p2
話は少しそれるが、これを読んで、まず、「あたし彼女」読もうと思った。
もうひとつ思ったのは、
『新潮』9月号に載った前半部読んだ感想としちゃ、読めたもんじゃないよ。
何の説明もなく日本の文学は一人で幼稚なものになっていっていたと断じている作家が、この『ひとり』をひらがなに開く言語センスすら持ち合わせない作家が、<叡智を求める人>は今の日本文学など読まないなどとぬかしているのだよ。
という記述について。この方の水村本の理解からはそのように読めるし、きっと正しいだろうと思う。
ただ、もうひとつの可能性もあるのではないかとわたしは考えた。(いま新潮および本が手元にないので原文を確認することができない。「一人で」あるいは「ひとりで」が本のどのような箇所でどれくらい用いられれているか確認しないままではあるが、Thscさんの指摘にインスピレーションを受けてわたしの理解を書いてみることにする。)
Thscさんの主張はおそらくこうだろう。
という文の「一人で」は、「おのずから(自ずから)」あるいは「ひとりで勝手に」というニュアンスで用いられていると理解できる。そうであれば、「ひとりで」とひらがなで表記するべきであろう、と。
しかし、もしかすると別の考え方もあるのではないか。
「一人で」と漢字で表記するという点に固有の意味を見ようとするならば、日本語が「ひとりで勝手に」幼稚なものとなっていった、という理解とは別の理解でこの文を読まなければならない。その理解とはこうだ。
水村の議論全体をふまえると、水村は「言語というものは孤立すると衰退する」と考えているのではないだろうか。言語は「一人」になると衰退する。
このようなニュアンスを込めて、ひらがなにせず、あえて漢字を用いて「一人で」と表記したと考えることはできないだろうか。ここではそのような理解の可能性を指摘してみよう(もちろんこれはまだ単なる思いつきの段階であり、実際には、本文で語が使用されている箇所を逐一チェックしていく必要がある)。
ただし、このように考えたとしても、それならば違った書き方をするはずだ、等の疑問は当然に出てくるだろうし、結局のところは、Thscさんの理解が穏当なところだろうとわたしも思う。
別の可能性を指摘しただけでは水村さんが確信犯で「一人で」を用いたことの立証にはならないし、ひらがなか漢字かの選択だけでこのような微細な部分をオミットするのは文章家として正しい態度ではないのだから、いずれにせよ批判されても仕方のないところだろう。
■TOUR OF THE UNIVERSE 2009/ヨーロッパツアー全日程
May/5月
Sun 10th テルアビブ, Ramat Gan Stadium / イスラエル
Tue 12th アテネ, Terra Vibe Park / ギリシャ
Thu 14th イスタンブール, Santral Istanbul / トルコ
Sat 16th ブカレスト, Park Izvor / ルーマニア
Mon 18th ソフィア, Vasil Levski Stadium, Tuborg Greenfest / ブルガリア
Wed 20th ベオグラード, USCE Parc, Tuborg Greenfest / セルビア
Thu 21st ザグレブ, Arena, Tuborg Greenfest / クロアチア
Sat 23rd ワルシャワ, Gwardia Stadium / ポーランド
Mon 25th リガ, Skonto Stadium / ラトビア
Wed 27th ヴィルニアス, Zalgirio Stadionas / リトアニア
Sat 30th ロンドン, O2 Arena / イギリス
Tue 2nd ハンブルグ, HSH Nordbank Arena / ドイツ
Thu 4th デュッセルドルフ, LTU Arena / ドイツ
Sun 7th LEIPZIG, Zentralstadion / ドイツ
Wed 10th ベルリン, Olympiastadion / ドイツ
Fri 12th フランクフルト, Commerzbank Arena / ドイツ
Sat 13th ミュンヘン, Olympiastadion / ドイツ
Tue 16th ローマ, Stadio Olimpico / イタリア
Thu 18th ミラノ, Stadio San Siro / イタリア
Sat 20th WERCHTER, TW Classic Festival / ベルギー
Mon 22nd ブラティスラバ, Inter Stadium / スロバキア
Tue 23rd ブダペスト, Puskas Ferenc Stadium / ハンガリー
Thu 25th プラハ, Slavia Stadium / チェコ
Tue 30th コペンハーゲン, Parken Stadium / デンマーク
July/7月
Fri 3rd アルヴィーカ, Arvika Festival / スウェーデン
Sat 11th ポルト, Superbock Super Rock Festival / ポルトガル
http://www.emimusic.jp/intl/news/?id=intl_news&no=100?rssno=941
WHOのタバコ対策の現状についての報告書(http://www.who.int/entity/tobacco/mpower/mpower_report_full_2008.pdf)より、"Regulation on smoke-free environments"の"Indoor Offices"がYESの国を書き出してみました。
アルジェリア、ベナン、ボツワナ、ブルキナファソ、エリトリア、ガンビア、ギニア、マダガスカル、マリ、モーリシャス、モザンビーク、ニジェール、ナイジェリア、南アフリカ、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエ
バーレーン、ジブチ、エジプト、イラン、ヨルダン、クウェート、リビア、モロッコ、パキスタン、ソマリア、アラブ首長国連邦、イエメン
オーストリア、ベルギー、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、アイルランド、イタリア、リトアニア、マルタ、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スペイン、スウェーデン、トルクメニスタン、イギリス
カンボジア、クック諸島、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム
WHOの「タバコ規制枠組み条約」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty159_17.html)というのがあり、わが国を含め152ヶ国が批准しています。この条約の第2回締約国会議において、タバコ規制のガイドラインとして職場の禁煙が全会一致で採択されています。
http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/jouyaku/071107-1.html
http://www.nosmoke55.jp/data/0707cop2.html
http://www.mynewsjapan.com/reports/680
「しかし、その発言はパラオ代表の反対演説やニュージーランド代表の反論を招き、議長を務めるドイツ代表からは、議決をとってもいいが、141対1で否決されると思うが、と諭されて、日本代表団は提案をひっこめていました」
その結果、最重要課題であった受動喫煙防止問題をはじめ、議案は満場一致で原案通り認められた。
「残念だったのは、国際的に重要な会議なので各国からはメディアも多数取材に訪れていたのに、日本のマスコミは全く姿を見せず、
法的規制なんてこれまでの日本の喫煙慣行からは無茶に思えるかもしれませんが、実際には上記の通り、すでに規制を実施している国が軽く50ヶ国以上あります。
いわゆる喫煙所のコミュニケーションが有益(だった)としても、今からそれを理由に喫煙を始めることはおすすめできません。何年後かわかりませんが、近い将来日本でも法規制がかかったとき、そうした喫煙のメリットはなくなります。残るのはタバコ依存になった身体だけです。
新大学生や新社会人も多い時期、誰も「たばこを吸うことの利点」を教えてくれなかったのような誘惑もあろうが(俺こういうのタバコ会社のPRじゃないかと疑ってるんですよね)、ロボコップの日本語版風に言っとく。
「タバコに手を出すな」
http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2770.html
世界で最も自殺率が高いリトアニア、ロシアをはじめとする体制移行国では、男子45-54歳(あるいは55-64歳)の自殺率が最も高い。日本もこのグループに属している。
日本は欧米先進国と比較すると確かに世界1の自殺率となっている。さらに範囲を広げた国際比較では、図のように、日本は、リトアニア、ロシア、ウクライナ、ハンガリーなどに次ぐ世界第10位の自殺率の高さとなっている。このように国内の混乱が続く体制移行国に次いで高い自殺率ということから日本の自殺率はやはり異常な値であるといわざるを得ない。