はてなキーワード: 不快とは
彼女はそれが気に入らないらしい。
この前も、先に約束があって、それで彼女とのご飯には行かなかった。
は?意味わかんないだけど?
彼女はそう憤った。
もちろん彼女のことは大切だが、俺にとっては幼馴染の親友のことだって同じくらい大切な存在なんだ。
彼女は鼻で笑った。普通、別の女じゃなくて彼女のことを優先するよね?
彼女はずっと怒鳴っていた。
あいつは友達であって彼女とかそういうんじゃないから、と俺は説得するように話しかけた。
それでも彼女は怒りを納めない。
そんなことはないって、と俺は答えた。
どうせ本当はその女と寝たいんでしょ?あ、それとももうエッチしたの?
彼女はせせら笑うように俺に言う。
そんなわけないだろ!とつい怒鳴ってしまった。
親友は俺にとってはもう家族のような存在で、家族とセックスしたいと思うような変態はいない。
彼女は俺が怒ったのを見て嬉しそうに笑い、俺が黙り込んでいるのを見て不快に思ったのか、何も言わずに背を向けそのまま出て行ってしまった。
その姿を、すぐに追うことは出来なかった。
彼女はいつも通りの態度で、彼女の前では昔の自分で居られる気がした。
心地よかった。話は止まず、気付けば深夜帯になろうとしていた。ずいぶんと酔いも回っていた。
俺は酔いに任せて彼女との喧嘩の顛末を話した。親友は親身に、真剣に俺の話を聞いてくれた。
親友は複雑な表情を見せた。
それで、今はどう思ってるの?と彼女が俺に聞いてくる。
俺は彼女の顔を見た。化粧をしていた。いつもはすっぴんなのに。
彼女は俺の目をじっと見つめてくる。俺は目を逸らさない。どうだろうね。と俺は答えた。
それから店を出た。駅前の店から、彼女のマンションまでは歩いて30分ほどだろうか。
特に何も話さず、ゆっくり歩いて送った。たまに立ち止まって顔を見合わせ、笑った。酔ったせいで俺たちはヘラヘラしていた。
いわゆる“ツイートのバズり”が起こると、その内容や本人の意図に関係なく、煽りや攻撃的なメッセージを投げられることがある(体感1万いいねを超えたあたりから)。これに対して対処方法を記した。
なお、この対処方法はあくまで≪バズリ≫のときの話であって、自分に明らかな瑕疵がある≪炎上≫とは別の話なので注意されたい。なお、用語はすべてツイッター時代の単語で説明する。
・書いているのは対処療法であってズバッと解決!するものではない
・バズリは対人間なので、確実な正解というものはない(あれば教えてほしい)
自分の失敗談をX(旧:ツイッター)に投稿したところそのツイートがバズり、はじめは『笑った』『面白い』などの好意的なリアクションが多かったものの、だんだんと『アホすぎ』『こんなことも知らないなんて頭アレじゃないか?』など煽りや攻撃的なメッセージがでてきた状況を想定。
3.アカウントを非公開(鍵垢)にしない
6.同じ土俵にあがらない
もしかしたら“誤解される可能性が微小ながらある”ツイートを取りこぼしているかもしれない。そこを悪意をもってほじくり返される前に、いつもよりいいね・RTの伸びが早い場合は速攻点検する。ツイート全部が無理ならば、とりあえずメディア欄だけでも実施することをおすすめしたい。
ただ、バズったときには時すでに遅しのパターンはあるので、普段から点検しておくのがベストである。
あえてバズリ元ツイートを残し誰にでも見られるように公開することで、スクリーンショット(以下、スクショ)による拡散を増やさないようにする。
なぜスクショ拡散を増やさないようにすべきなのか。ツイートについてユーザーが何かをコメントしたいときは下記手段がある。
B.リプライ(返信)
C.通常のリツイートをした後に、自分のホームで続けてコメントをツイート
D.ダイレクトメール
E.スクショ拡散(バズツイートのスクショを添付してツイート)
Fは「本当にあなたに向けたコメントかわからない」ため今回は除外するとして、上記の中でバズリ主であるあなたに何らかの通知がいくのはA~D。一方、あなたに何も通知がこないのはEの「スクショ拡散」である。
誠に残念ながら、ユーザーの中には“相手に知られない状態だと失礼な発言をすることへのハードルが急激に下がってしまう人”はいる。バズリ元ツイートが削除されると「スクショ拡散」しか拡散手段がとれなくなるため、とたんに失礼な発言付きでスクショ拡散しはじめる。そしてそれに便乗したユーザーたちによって、さらなる失礼発言も増えてしまう。なので、あえてバズリ元ツイートは残しておくのがよい。
なお、完全にスクショ拡散がなくなるわけではない。世の中には「かぐわしいツイートをスクショでコレクションするのが趣味」という人種もいる。
3.アカウントを非公開(鍵垢)にしない
1と同様。人は“見られないものを見たくなる”。その需要に応えるかのようにスクショの拡散がはじまってしまう。バズリはじめのときには監視勢はすでにあなたをこっそりフォローしている。内部流出は防げないと思ったほうがよい。
通知がすごいことになる。とりあえずバズツイートだけはミュートにする。
よっぽど正当な理由でぐうの音も出せない補足や反論ができるのであれば良いが、基本的に無反応になるべきだ。なぜならば、あなたの意図や真意などお構いなしに、勝手に都合よく(あるいは極端に悪く)解釈して難癖をつけるユーザーがいるためだ。
直接来るリプライ、引用RT、あなたを味方するツイート、RT先でのコメント……とにかくバズツイートに関係ありそうなものすべてに対して“返信もいいねもせず徹底的に無反応”になること。
ただし、明らかに侮辱的な発言が届いたなら、投稿時刻とアカウント名がわかるような形でスクショをとっておき、いざとなったら法に訴えればよい。
悪意あるユーザー達は、あなたがどう反応するのかをしばらくウォッチしている。なので、毒にも薬にもならないどうでもいいツイートをしたり、おすすめ欄にでてきた可愛い動物を無言でRTする。これによって「これ以上バズツイートの件で反応する気はなさそうだな」と思わせる。
7.同じ土俵にあがらない
そもそも煽ってくるぐらい性格が悪い相手や、読解力がない相手に対し「謝ってもらおう」「誤解を解こう」など期待するだけ無駄である。あなたがそんな相手にわざわざ労力を使う必要はない。いったん無視しておこう。
なお、普段から積極的にレスバトルをすることで中途半端に悪意あるユーザーを寄せ付けない……という方法もあることにはある。が、バトルはバトル好きを引き付けるため、慣れない人にはオススメできない。
バズった直後にブロックすると「こいつ逃げたw(やっぱりやましいことがあるんだろう)」などと、ブロック画面をツイートしたり、逆恨みするユーザーもいるので、ブロックしたいなら7日後ぐらいがおすすめ。
【バズって心無いことばを受けているあなたへ】
特に初めてバズった人は、ちょこちょこと棘のあるコメントがくると「この先バッシング方面で広まって炎上してしまうのではないか」と不安でドキドキが止まらずついついSNSを覗いてしまう人もいるだろう。体感ではあるが、RT数といいねの比率が1:2ぐらいであれば炎上の可能性は低い。これがRT数の割合が高まると炎上に近づいていくと言われているが、そうなるのはあなたがよっぽど悪意をもったツイートをした場合か、社会通念上絶対に許されないようなツイートをした場合にほぼ限られるだろう。
まずはメッセージからはしばらく距離を置くといい。不快な言葉が目に入り、頭から離れず辛い気持ちになってしまったら、友人やAIに話して落ち着こう。心無い言葉はあなたに強烈なインパクトを与えたかもしれないが、数字だけでみると中立・好意的な意見が大多数なはずである。
物語を読む、聞く、観る上で、たびたび「今は恋愛の話いらねえよな?」って思うことがある。
恋愛主軸の話ならまだしも、「コッチは複雑な謎を解いてんだよ!」とか、「ホラー味わってんだよ!」っていう時に、恋愛要素をぶち込まれると、ノイズにしか思えないし、萎える。これは日本の漫画でもよく感じる。
もちろん、恋愛感情、関係を元にした複雑なストーリーというのもある。この場合は、ストーリーと合わさっているからそこまで気にならない。
問題は、「全く関係ない恋愛を、主軸ストーリーを差し置いてねじ込んでくる」ことでノイズが発生している場合だ。
特に、「今それしてる場合か?」みたいな時にねじ込まれる恋愛の不快さと言ったらない。
なんか、男女が危機を脱して、息を荒げながら見つめ合っていたと思ったら急に濃厚なキス!からのベッドシーン!みたいな流れ。映画で稀によくある。
「は!?いつそんな関係になった!?今そんな空気だった!?」って混乱する。
みたくもないヌッチョヌチョの絡みシーンを見せられる。
アクション映画だと聞いていたのに。これはもう完全に不要な発情シーンのねじ込みだろ。
これは昔から、アベンジャーズ内で誰と誰が付き合っただのバットマンの嫁が誰だのスパイダーマンのヒロインは誰かだの、そういうところでも若干思っていた。つかお前ら発情しすぎなんだよ。
存在するから描くべき!ってんなら、もう食事シーン全てからお風呂でムダ毛処理するシーン、トイレでの排泄シーンまで描けよ。いや見たくないけど。
「実は敵のヴィランと禁断の恋を……」とか「恋人だからこそのタッグ技!」みたいなのだったらまだ分からんでもない。ストーリーの根幹に関わる部分だから。
でも、「ヒーローには恋人がいます!ゲイです!ハッピー♡」って、ストーリーに何の影響も齎さない、マジでそれだけの話であれば、わざわざ描く必要はない。というかその恋人キャラは何のために存在してるの?
今までの話でも、別に恋愛なんていらなかったじゃん。まぁ、もしかしたらこのキャラとこのキャラって……!?みたいなのを想像する、そのくらいの余地があってもいいとは思うけど、そもそも要らなかったんだよ。
不要な発情を止めよう。恋愛ものは、恋愛ドラマ・恋愛映画でやろう。それでよくね?
てかさ、(異性間同性間のいずれであっても)ぬっちょぬちょキスなどの性描写を、アクション観たい観客に見せることのどこがポリティカルにコレクトネスなんだ?
ただ、作品を読んで「不快だ」と感じた気持ちを書き記したいだけだ。故に、その作品名や作者については記さない。
ただし、詳細は触れないが、物語の簡単な説明・登場人物には触れるので、作品を読んだ事がある人なら分かるかもしれない。
件の作品は、集団自○を企てるサークルの話だった。SNSで知り合い、とある島に集う事になった彼等の群像劇…というか。
高校生、社会人、様々な立場の人物が登場するが、それぞれの動機には強弱があるらしく、その描写がわりと書かれていた人物と、ほとんどない人物がいた。
…というか。まず言わせてくれ。主人公的な男子高校生の行いが、まずアウト。自分に告白してきた女子高校生に乱暴するのだから。
その場面(文章)は高速スキップした。見るに耐えないからだ。何故こんな場面を入れたのか。最初の不快はここだった。
いくら相手が告白してきて、好意があったかもしれなくても、相手の同意の無い行為は犯罪でしかない。
それを最初に「そうした行為を推奨する目的ではない」と断っていても、誰でも簡単にインストールして読めてしまうようなゲームに入れた時点で問題があるだろう。
この作品に限らず、不快な表現をするアプリゲームが多すぎる事にも辟易している。
総じて言えるのは、「ゲームを遊ぶ人への配慮不足」。文章にせよ、映像にせよ、目にした人がどんな気持ちになり得るのか。
全ての人への配慮が難しいとしても、せめてセンシティブな話題や、デリケートな内容を扱う時には、配慮や注意をする努力が必要だと思う。その努力が、作品の中ではあまり感じられなかった。
作品のテーマというか、作品を通じて言いたかった事が何なのか、よく分からない読後感も不快だった。
作者自身があとがきで「正解を書きたかったわけではない」というような事を書いていたが、扱うテーマが重たいものである以上、その書き方や提起の仕方には、もっと配慮が必要であると感じた。
共感を呼びたいのか、投げ掛けたいだけなのか。描き方や配慮の浅い作品では、メッセージ性に欠ける。
現に、私はただただ「不快だ」という感想しか残っていない。作者や製作陣の頑張り…には申し訳ないが。
要は、中途半端なのだ。多くの登場人物を入れすぎて、一人一人の内情を想像する余地も少ない上、場合によっては理不尽に、残酷に命を奪われる人物もいる。
今、振り返ってみても、結局作品を通して何が言いたかったのか、よく分からないという一言で終わってしまう。
賛否両論が分かれるテーマはいくらでもあるが、あまり考えなしに投げ掛けるだけ、というのは無責任に思う。
(考えなしに、とは言ったが、作者の考えが全く無いわけではなく、確か設定資料?やら、あとがきやらに書いてあった気はするが、重さを感じない言葉だったので覚えていない)
他にも、人妻に接近し過ぎる独身男性や、グロテスクな描写、快楽殺人犯など、不快な要素は多々あったが。
申し訳ないが、二言申すなら、描写不足。配慮不足。これに尽きる。
人の生き死に、特に自ら望むような場面を描くのであれば、直接的な表現も含め、心理描写は本当に慎重に描くべきだろう。
敢えて軽いタッチで…という姿勢なら、描き方が浅すぎて伝わらないし、描く必然性が薄れる。
総じて、後味の悪い印象を覚えてしまった。ふと他の方の反応が気になり、レビューを見てみると、不自然な好評価コメントが並んでいた事に驚いた。
私の価値観を押し付けるつもりはないが、この話はそうした次元のコメント以前に、不快という感想が勝ってしまった。
残念ながら、不快と感じた事自体に議論の余地はない。私にとっては、何故この作品に高評価が付いているのか、といった事の方が疑問ではある。
これもこの作品に限った事ではないが、作品に何らかの共感や感動を覚えた人々の感性は、必ずしも共通する部分ばかりではない。
皆、自分に置き換えたり、単純に好きなキャラクターがいたから等、感想の抱き方も千差万別だ。至極当然だが。
しかし、昔から「名作」「素晴らしい作品だ」と言われる数多の物語において、多くの人々が共通して「良い」と感じる部分があるのも確かだ。故に名作は色褪せない。世代も時代も越えて愛される。
60.9キロ
シャワー浴びてるときにあきらかにおなかへこんでてこりゃ体重へってんなとは思ったけど
やっぱ太るのは単純に食いすぎってのがでかいってのと寝てるだけでカロリー消費すんだなってのがよくわかるねー
きのうのよるもスーパーでサンドイッチとテバと白和えかったあと別のとこでも半額あさりにいこうかと思ったけどやめてそれだけにしたしなー
厳密にはビスコも食ったけど
油者とか白飯食いすぎなんだよな太るのは
ただビスコも漫然とくってると食いすぎちゃうから多くても2箱600キロカロリーくらいまでにしとかないと1食あたり多すぎるしちょっと満杯の不快さが出てきちゃうから気を付けないといけない
さーてトマト缶ウィズラーメン食ったから歯磨きしてゲームすっかなー
いまから寝たら寝すぎになるだろうし
ニンテンドースイッチのゲームまた50本遊んで感想書いたのでまとめ(その三)
○普通
和風伝奇ジャンルで女の子同士の恋愛を表現する、アカイイトと同じ世界観のノベルゲーム。
今作では主人公の小山内梢子が剣道の有段者ということもあり、バトルよりのエピソードが多めになっている。
衒学趣向の文章がかなり多く、ラスボスと戦っている最中ですら、語源や歴史解釈の小ネタが挟まるので徹底した味合いだった。
対して恋愛パートの文量はあっさりめなので、前作との比較で好みが分かれてしまう作品だった。
嘘と恋愛をテーマにした短編連作ノベルゲームで、複数のエピソードと連作っぽいミステリーズなストーリーになっている。(ミステリーズなストーリーとは、いっとき東京創元社から刊行される短編連作小説がみんな揃ってやってたアレを揶揄している)
中学、高校、大学とそれぞれの学校を舞台にした短編で、どれも嘘のテーマを上手に処理して、恋愛の起伏を描いており、やりたいことは理解できた。
特に成人年齢になる大学生編では、テキストだけの表現とはいえエッチで過激な内容も多くあり、なるほどと感謝できるシーンが多くて好き。
信頼できない語り手にまつわるミステリの議論は、まあ本作の本題ではないし、多様な好みを許容したい。
行方不明の大学生の姉を探しに上京した上条明日美が、サイコホラーな事件に巻き込まれるノベルゲームで、90年代後半の同人ゲームをリメイクしたもの。
姉を思う主人公の気持ち以外一切信用が置けないストーリーが展開されるため、出てくる登場人物全員が怪しく見えてくる怖いゲームだ。
ストーリー的に意味がない読者を驚かせるためだけの仕掛けがあるのは、時代性を感じた。
少し駆け足な展開が多く、せっかく田舎から上京したのだからなにかアクティビティを楽しみ、キャラたちを立てるパートがあっても良かったかもしれない。
携帯電話専用ゲームの移植版で、物語としてのミステリー、というよりは推理クイズの体裁のシリーズ第二弾。
事件の概要や構成要素こそ前作とは異なるが、大きな流れとしてはほとんど変わっておらず、話の筋が非常に薄い。
シリーズを通してのキャラクタや、前作とのちょっとした繋がりなど、ひっかかるところもあるにはあり、特に主人公のいづみの傍若無人ぶりは相変わらず面白い。
とはいえ、謎を解く過程の議論こそがミステリの本懐であり、ただ謎を提示され、その謎に対する答えを選ぶ現代文の試験を、ミステリと呼称するのは個人的な好みとは外れていた。
恋人のお見舞いに病院に行くことから始まるホラーノベルゲームで、携帯電話専用ゲームの移植版で千羽鶴シリーズの第一弾、シリーズではあるが、作品間の繋がりは薄く、今作独自の世界観やキャラクタが楽しめる。
生理的な嫌悪感を煽るようなホラーが中心で、とにかく徹頭徹尾おどろおどろしい嫌な雰囲気が漂っている。
特に不快な臭いに関する描写は妙に文量が細かく、ねっとり描写されるので、否が応でも話に引き込まれてしまった。
ルートごとに異なる世界観に分岐するため、根幹の設定が違う妙が楽しめるのだが、割とどれも似たような話が多く、エピソードの幅が小さいのは惜しい。
妖怪が実在する世界でそれを退治する役目を持った御界堂守丸が主人公のコマンド選択肢アドベンチャーゲームのシリーズ第一弾。
現場の捜査、容疑者への聞き込み、知識を図書館で調べるなど、妖怪という突飛な設定ではあるが、地に足がついた丁寧なゲームを遊べる。
最終的に妖怪と対峙するパートになるが、ここは要するにミステリ系のゲームにおける容疑者に証拠を叩きつけるパートになっていて、本作独自の翻案がうまくできていた。
シリーズものなので、縦筋となる父親の謎、ヒロインとの関係値、敵の親玉など気になる設定も出てくるが、次作の第二章でシリーズ展開が止まっている。
妖怪が実在する世界でそれを退治する役目を持った御界堂守丸が主人公のコマンド選択肢アドベンチャーゲームのシリーズ第二弾。
今作はAIロボットが殺人を犯すという魅力的な謎が提示され、妖怪だけでなくSFもやるのかとワクワクしたが、そういう話ではなかった。
妖怪やロボットといった要素だけなく、殺人事件すらも本題ではなく、ゲストキャラたちの関係値のエピソードが主になっており、二作目ながら番外編っぽい立ち位置の作品。
シリーズは今作で止まっており、縦筋となる布石が回収される見込みがないのも残念なところ。
ノストラダモスの大予言間近の1998年に、フリーのゲームプランナー由島博昭が開発業務を通じて世界の真実に気づくノベルゲーム。
1999年に発表されたゲームのフルリメイクで、当時の時代感が色濃く出ており、非常にらしさがあった。
陰謀論に傾倒するヤバい人と一蹴するのではなく、自分ごとのように読めるような具体的なエピソードと設定の開示の工夫の丁寧さが面白かった。
リメイク時に追加されたエピソードも、ノストラダモスの大予言で世界が滅んでいないという前提にたったメタ視点が面白く、短いプレイ時間の中に壮大な世界があって良かった。
Night of the Crabz ~カニの頭に気をつけろ~
ライターの兼城と保村の二人が、炎上事件に苦悩している旅館に取材に行く、インターネットミームてんこ盛りのコメディアドベンチャーゲーム。
終始不真面目なテキストが一貫しているちょけた作品ながら、しっかりとフリとオチが決まっていて、作品としては真面目に作られている。
なお、大浴場でお風呂に入るサービスシーンで、ヒロインの保村がお風呂には入るが、変えの下着を忘れていたため同じものを履き回すシーンは、お風呂に入らない系女子に大きな感情を向けがちな僕としては、気が効いている良いストーリーだと感謝した。
アドベンチャーゲームではあるが、RPGのアセットやテンプレートを流用しているからか、ステータス画面や謎の戦闘シーンがあるのは、開発会社の続編への布石らしいので、そちらにも期待したい。
パソコンゲーム黎明期から続く犯罪事件を操作するコマンド選択式アドベンチャーゲームの第一弾。
聞き込み、探索、聞き込み、探索と、刑事は足で稼ぐの格言の通り延々とコマンドを選択して証拠を集めていくタイプのゲーム。
ストーリーは非常に薄く、容疑者たちが語る人間関係から、その間柄を想像で補完しながら遊ぶことになる。
昔のゲームは、今と面白さの尺度が違うものも多いが、テキストが主体のアドベンチャゲームは、概ね今も昔も変わらず一貫した良さがあるなあと再確認できた。
パソコンゲーム黎明期から続く犯罪事件を操作するコマンド選択式アドベンチャーゲームの第二弾。
ひたすらに延々と聞き込みを繰り返す昔ながらのスタイルで、謎らしい謎はあるものの、基本的には犯人たちが自ずと語ってくれる。
UIやテンポがいいので、コマンドを選択することで主人公の刑事と一体感が楽しめるのは、アドベンチャーゲームの根源的な楽しみだった。
なお、同名の被害者が三人いるという非常に魅力的な謎は、途中で明らかにゲーム容量やUI画面の大きさの都合であることが伝わってくるのも、パソコンゲームの歴史を感じさせられた。
パソコンゲーム黎明期から続く犯罪事件を操作するコマンド選択式アドベンチャーゲームの第三弾、というか第二弾のマイナーチェンジ版。
いや、アドベンチャーゲームでマイナーチェンジ版ってどういう意味なのかよくわからないと思うけど、要するにキャラ絵と背景絵を使いまわした番外編。
前作の事件と構成要素は同じだが異なる事件が展開するので、はっきり言って続けて遊ぶと混乱した。
流石に当時の開発事情をとやかく言うのは野暮なのだろうが、全くそういった知識を入れずに遊んだので、なんらかのトリック(時間移動による世界線改変とか、作中作による叙述トリックとか)を疑った身としては拍子抜けした。
Looking Up I See Only A Ceiling 上に天井がある。
イタリアのインディーゲームで、学生の少女がテスト勉強の合間に色々と苦悩するアドベンチャーゲーム。
翻訳がかなり丁寧にされており、独白中心のこじんまりとした世界観がよく伝わってくる。
特に朝食を用意するパートで、頑なに自分が決めた順序でしか動こうとしない主人公の生きづらさは必見。
読者に解釈を委ねるような物語は賛否あるだろうが、短い時間で遊べる短編としてはこういうのも有りだと思った。
ファミコン風のレトロなドット絵でサスペンスドラマのようなストーリーが楽しめるコマンド選択式ADVのミステリー案内シリーズ第二弾。
事件解決を目的に来たはずの刑事が旅情を楽しむパートが多いのはシリーズ恒例の展開だ。
前作と比較すると3倍ちかくボリュームが増えており、警察サイドのサブキャラも複数人登場、容疑者も多数おり、謎も二転三転していき、事件も数多く起こる。
しかし、謎の振りと落ちが整理されていない箇所が多く、ボリュームは多いのに消化不良感が残るしっくりこない結末は残念だった。
時を巻き戻す能力をもったフリーライタの女性テウタが、法律に縛られない自分たちの正義を実行するフィクサー集団と出会うことから始まる乙女ゲーム。
キャッチコピーの「あざやかな悪に染まれ」の通り、悪徳弁護士、殺し屋、クラッカーなどの犯罪を厭わない男性キャラとの恋愛が楽しめる。
いわゆるクライムサスペンスじみた展開もあるにはあるが、本題はあくまで女性主人公目線での男性キャラとの恋愛パートにあり、悪を成す部分の段取りの薄さは気になった。
アメリカが舞台なので、出てくる飯がピザやテイクアウト中華が多くなかなかお腹がすく展開が多いのは好き。
○好きじゃない
一人で行けばいいじゃん
それにスポーツカーは男ばかりの界隈でしかも男でも一部しか買わない奴だし仕方ない
ディズニーランドとかサンリオピューロランドが好きな男みたいなもん
不快を感じさせるなにかが自分の目線から消えてしまえばいいのにと思ってしまう気持ちはわからなくもないが、公共の場所に相応しくないだの配慮しろだの言い立てる気持ちは全く自分には理解できん。世界はお前を中心に回っているわけではないと言いたくなる。そもそも公共の場は皆が少しずつ我慢をしなければいけない場所であって、誰かのわがままが通る場所ではない。なにを勘違いしているんだ。
女性が、お尻触られた瞬間に
「ウチの尻触ったん誰や?!!」
って大声で叫べば、痴漢は怯むし、それ以上の痴漢行為には及ばないので、
不快な思いをしなくて済む。
スカートを捲られ、パンティの中に手を入れられ、指が挿入されてもひたすら耐え続ける。
挙句に全部終わってから、その場にいる気の弱そうなチー牛を指さして
この人に痴漢されました!
って言うんでしょ。冤罪のチー牛可哀そうすぎるわ。
「はい論破」という言葉がインターネット上で広く使われるようになり、議論や会話の文化に大きな影響を与えている。一見すると、このフレーズは単純で面白いものに思えるかもしれない。しかし、この言葉が持つ真のインパクトと、それが会話や議論の場にもたらす潜在的な害について考えることは重要である。
「はい論破」という言葉は、一般的に、議論や会話において、相手の主張を反論したり、論破したりしたときに使われる。このフレーズは、インターネット・ミームとして始まり、多くの場合、ユーモアや皮肉として用いられていた。しかし、この言葉が普及するにつれて、その使用法はより深刻で有害なものになってきている。
「はい論破」の有害性の一つは、それが建設的な議論や会話を阻害することである。このフレーズは、相手の主張を真剣に受け止めるのではなく、単純に論破することに焦点を当てている。その結果、議論が本題から外れ、個人的な攻撃や感情的な応酬に陥りやすくなる。建設的な議論や会話では、相手の意見を尊重し、理解しようとする姿勢が重要である。しかし、「はい論破」という言葉は、そのような姿勢を損ない、議論を不毛なものにしてしまう。
さらに、「はい論破」という言葉は、複雑な問題を単純化しすぎる傾向がある。多くの問題は、単純な白黒つけられるものではなく、複数の要因が絡み合った複雑なものである。しかし、「はい論破」という言葉は、そのような複雑さを無視し、単純な二元論に陥りがちである。この結果、問題の本質的な理解が妨げられ、有意義な解決策を見出すことが難しくなる。
また、「はい論破」という言葉は、相手の意見を尊重せず、自分の意見を押し付けるような態度を助長する可能性もある。このフレーズは、相手の主張を真剣に検討したり、理解しようとしたりするのではなく、単に論破することに重点を置いている。この態度は、相手の意見を尊重し、多様な視点を受け入れるという、健全な議論や会話に不可欠な要素を損なうものである。
さらに、「はい論破」という言葉は、特にオンライン上の議論や会話において、攻撃的で有害な文化を促進する可能性もある。このフレーズは、相手の主張を論破することに重点を置くため、個人的な攻撃や侮辱、嫌がらせにつながることがある。このような有害な行動は、建設的な議論や会話を阻害し、参加者を不快にさせ、議論から撤退させる可能性がある。
「はい論破」という言葉の有害性は、それが議論や会話の文化に与える影響だけにとどまらない。この言葉は、特に若者などの影響を受けやすい人々の批判的思考能力や議論のスキルの発達にも影響を与える可能性がある。批判的思考能力とは、情報や主張を分析し、評価する能力であり、議論や意思決定に不可欠なスキルである。しかし、「はい論破」という言葉は、単純な反論や論破に重点を置くため、批判的思考能力の発達を妨げる可能性がある。
要約すると、「はい論破」という言葉は、建設的な議論や会話を阻害し、複雑な問題を単純化し、相手の意見を尊重しない態度を助長する可能性がある。さらに、この言葉はオンライン上の有害な文化を促進し、批判的思考能力の発達を妨げる可能性もある。したがって、私たちは「はい論破」という言葉の使用法に注意を払い、それが持つ潜在的な害を認識する必要がある。建設的な議論や会話を促進し、複雑な問題を真剣に検討し、相手の意見を尊重する文化を育むことが重要である。
これから書くことは、「こういうことを感じている人がいるとわかってほしい」という願いだ。
ミリオンライブのPとつるむのが辛い。
「ミリオンライブは平和なんだ!」と叫びながら他所を殴る人を見てるのが辛い。
でも、そういう人たちは「他所には殴られる理由があるから問題ない」と言わんばかりの振る舞いをするし、彼らを見た他所の人たちが何故不快な気分どころか、ミリオンライブに対して敵意を持つようになるのか理解できていない。
そんな人を当たり前のように受け入れ、しまいには賛美する界隈は嫌だ。
僕はミリオンライブが好きだ。みんなに愛されるコンテンツであってほしい。だから、周囲のコンテンツとの軋轢は生みたくないし、ミリP同士も仲良くしたい。
でも、大っぴらに好きと言うのは憚られる。
だって、今ミリアニについて語ると、他所を叩いてる人と同一視されかねないから。そのくらい「ミリアニ賛美 = ミリオン信者による他コンテンツの否定」という見方が一部で定着しているように思う。
ミリオンライブを人気コンテンツに出来ない原因は、P層の問題も大きいと感じるようになってしまった。
もちろん、ここまで批判してきた人たちはミリPのごく少数だ。それはわかっている。でも、彼らが大きな顔をしている以上、ミリオンライブに未来があると思えない。
ミリオンライブのいいところだけを伝えたい。
それで済むはずなのにね。