はてなキーワード: 同窓会とは
けど、それを両親は危険だと言って許してはくれなかった。
成人式に、行きたくなかった。
中学は遠い町の私立中学だったので、地元に知り合いはほぼいない。
そんな中での、成人式参加は、辛いことが予想された。行きたくなかった。
振袖を買って貰えることは、有難いことだと分かってる。
けど、地元の成人式に、着付けメイク代の○万円を払ってまで行くべきか?
1度ならずとも、何度も何度も、写真屋さんで写真撮影しなくてもいいんじゃない?
振袖に○○万円も出すなら、本当は、日常生活での服に使いたかった。
普段、いつも同じ服を着て大学に行く私は、惨めな思いをしているけど、
それを両親は知らないのでしょうね。見えないのでしょうね。言って伝えてるのに。
結局、成人式では、誰とも喋らずに終わった。すぐに帰って、振袖を脱いで、メイクを落として、ジャージを着た。
でも、意見を通すためには、両親を説得しなければならない。
いくら言っても、両親の考えは変わらない。
頑張れなくなってしまった。「そこまでして、叶えたいことじゃないし」と。
諦めてる、そういう家なんだから仕方がない、って。
それでも、出来る範囲で楽しもう、って。
私自信、自殺願望を小学生時代から持ち合わせていた立場としては、子供なんて生みたくない。
生まれてくる子供が可哀相だ。私は、生まれてきてよかったなんて思ったことは一度もない。
けれど、両親は「結婚しろ」という。
結局、何をしてても、楽しめない。
何だか、もう、頑張れないなぁ。
「もう仕方ない諦めよう」って思いながら、時々泣けてくるのは、
本当は、頑張りたいからなんだろうな。
ひさしぶりに会った友達で、同窓会みたいな感じでウキウキして参加した。
ひさびさという事もあり、昔の思い出話に花でも咲かすかという所だったが、なぜかずっとなじられていた。
お前はブサイクだ、毎日鏡を見て死にたくならないか お前はつまらない しょうもない と。
仕事の話をすると、仕事についてくだらないと言われたり、とにかくひどい有様だった。全然おもしろくない。
なぜ、久々に会う昔の友人に対してそういう事を言いたいのか、自分にはとても不思議だった。
振り返って考えてみると、ようするに中学時代のノリでお互いを卑下し合ってダメ人間遊びをしたかったのだと思う。
確かに、自分も昔はそういう、リア充爆発しろみたいなノリで自虐っぽく笑いを狙ったような会話をよくしていた。
社会経験を重ねていくうちに、自然とそういうのはつまらなくなったし、言わなくなった。
なぜか?
社会の中で競争をして、少しでも自分を良く見せようと努力してしなければならない状況で、自分がいかにダメかを語る事は何の価値もない事を知ったからだと思う。
客観的に自分自身を見つめると、そんなにダメではない。 それなりの評価を得ることもできるし、慕ってくれる後輩も彼女もいる。
なにより、高校を卒業してからは他人から「ブサイクだ」と言われた事が一度もない。
そんな環境で自ら進んで「僕はブサイクでアホウです」と言って回る必要など皆無なのだ。
なんなら、真顔で「僕は高い能力を持ってます」と言ってのけるくらいの度胸とプライドもある。
地元でずっと生きていくというのは、ずっと変わらない顔ぶれの人間達にずっと変わらないイジラレ方をするという事だ。
おそらく、自分をナジった友人は、ずっとお前はブサイクだとイジラレ続け、新しく入った学校や職場でも「こんにちはブサイクです」と言ってるんだろう。
中学時代のあだ名でいまだに呼ばれ続けているのがその証拠だろう。
自分を卑下して、それが一生続くのだという価値観で、そういうノリが一生楽しいと思って、自分に対しても「同意」を求めて自虐遊びをしかけてきたのだ。
自分は、昔の侮蔑が混じったようなあだ名の数々は忘れたし、そのあだ名を自分に対して言ってくる人もいなくなった。
地元が好きなのはいいことだと思う。でも、地元の中でずっと生きていくという事はアリ地獄に自ら身を投げるようなものだ。
その友人だけではなく、多くの飲み会参加者はそんな感じだった。
この人達とは、同窓会で会うくらいの関係でいいやと心底思った。
28歳。
付き合いの長い友人も多い。年に2・3回ある小規模同窓会には、毎回顔を出す。年末は、学部時代の友人たちと温泉旅行に行くことになっている。
学歴にしても容姿にしても、コンプレックスの類とは無縁。経済的にも困ってない。
家族も息災。きょうだい達も立派に自立している。弟は今年結婚した。
たぶん10年後ぐらいの光景なんだろう。俺は清潔な新築マンションを借りて、お気に入りの家具に家電、服や小物に囲まれて生活してる。
今欲しいと思っているモノは、その頃には大体みんな手に入っている。どれも小金があれば手に入る程度のモノばかりだから、まあそりゃそうだろう。
仕事も順調。自分がやりたいと思うことだけを仕事にして暮らしていける、とても幸せな身分にある。
周囲の人々には尊敬され、愛され、精神的にも満たされている。俺の勝手な勘違いでないなら、この辺は現在とそれほど変わらない。
ただ、未来絵図の中の俺は未だ独身で、恋人の姿はそこにはない。結婚してないんだから、もちろん子どもなんているはずがない。
周囲の人々には愛されているはずなんだけれども、そこに現在の友人達の顔はない。というか、周囲の人々には、具体的な顔がない。
家族ともうまくやってるはずなんだけれども、具体的な彼らの存在は、影も形もない。まるで初めからいなかったみたいに。
誰が見ても分かる。この幸福は、どこかが間違いなくフィクションで、ごまかしで、不整合だ。
10年後の自分はどうだったら幸せなのか。何があれば満たされるのか。
俺にはさっぱり分からない。
志望動機とは、志望した動機のことです。どうして行きたいと思ったのかという理由のことです。
行きたい会社に対して、行きたいと思った理由をどうすればいいか分からない。
これって、おかしいですよね。行きたいと思っているのに動機が分からない。
どうして、そんなことが起こってしまうのでしょう。
それにはいくつか理由があるのですが、その一つが、「動機が不純だから」ということです。
なぜそこに行きたいと思ったかというと、有名な企業だから比較的高い給料を安定してもらえそうだし、
社名が有名だから同窓会でも「すごいねー」と言われそうだし、お父さんやお母さんも喜んでくれそうだから、だったりするわけです。
そんな学生は、志望動機はどのように表せばいいか。履歴書に書いたり面接でしゃべったりする志望動機は、
「有名な企業だから比較的高い給料を安定してもらえそうだし、社名が有名だから同窓会でも「すごいねー」と言われそうだし、
「いやいやいや、そんな志望動機を書くなんてありえない」
と思う学生が多いんじゃないでしょうか。
そう思うとしたら、そんな動機で会社を選んでいる、自分の就職活動のやり方がありえないのです。
不純な動機で会社を志望する、そういう人間的にありえない就職活動をやっているから、志望動機ごときで悩んでしまうのです。
志望動機は、別にスピーチコンテストではありません。どれだけ美辞麗句を並べられるかを競うものではなく、
採用担当者は単純に、「どうして、うちがいいの?」という正直な部分を知りたいだけなのです。
ということは、就職活動生が答えることはただ一つ、
「だって、この部分に興味が引かれたんだもん」ということを正直に答えるだけなのです。
つまり、志望動機をどのように語るかが重要なのではなく、会社をどのように志望するかが重要なのです。
きちんと志望すれば、正直に志望動機を語るだけで何の問題もないのです。不純な選び方をしなければいいだけの話なのです。
「きちんとやればいい」⇒「きちんとやるとはこういうことだ」⇒「これができてないやつはきちんとできてない不純なやつだ」
できない理由は「いろいろある」けど、できてないやつはきちんとしてないやつだ。
私も早くこの程度の理解で許される立場になりたいわ-(棒
(追記)
友人S(女の子)は、出会った頃は40キロあるか無いかの、今にも折れそうな女の子だった。可愛らしい風貌で、クラスの男女共に一目置く存在で、普段着も可愛らしい物を好んでいて、それが似合っていて、羨ましかった。
学校を卒業しても、私たちの関係は続いた。趣味が似ているし、話題が合うから、時々週末にあって、呑みに行ったり、互いの家を行き来したりしている。
卒業から、もう5年。彼女の体重は、今何キロだろう。80キロは優に超えていると、思う。けれども、可愛い物は未だに好きらしい。
この間感心したのは、彼女がライヴに行った後、ご飯を一緒に食べようとなって会った時、私と同じ卒業仲間のKとファミレスで待ち合わせをした時、「よく売ってたな…」と、思う位サイズがデカイロリータ服を着ていたからだ。いちお「可愛いね」と、言ったら、「コスプレとかで売ってる奴じゃなくて、ちゃんとした所のだから、やっぱり違うんだよ」と、力説された。需要と供給があるんだな…と、思った。
卒業後いわゆるヴィジュアル系バンドにはまったSは、メイクの方向もなんだか凄い方向に行ってしまって、顔面は真っ白、目の周りは崩れたパンダメイク(目の周りが真っ黒なのだが、丁寧に塗っていないらしく、何時も横にはみ出したり、塗りすぎたのか、上瞼も下瞼も真っ黒)、食い込んだメガネと、冬でも汗だく。
同窓会みたいな仲の良かった友達同士で集まった時も、そのメイクで、弾けそうな位パツパツのTシャツ(お気に入りのバンドのらしい)に、ミニスカートで、何故か靴がおばちゃんサンダルで……みんなSがトイレに行った時「バナナマンの日村が女装したみたいだ」と、一言。2次会に向かう道すがら、私が気になったのは、サイズがパツパツTシャツが鞄でめくりあがり、お腹のお肉が丸見えだったことだった。
「痩せなきゃって思うんだけど、何がいいか知ってる?」と、何度か聞かれた。ホットヨガ、水泳、ウォーキング…私たちがそれなりによかったものを薦めたが、どれも長続きしていないらしい。
この間、4ヶ月ぶりにSに会った。結婚した同級生が、旦那さんの友達も交えて鍋パーティーするから誘われて、新居にお邪魔した。ちょっと合コン風な人数構成、仕事の都合でSは後から来た。お尻まであるダボッとしたチュニック、短すぎるホットパンツの所為で何も下に履いていないみたいに見えて、びっくりした。かいがいしくしていたSだったが、服装がみんな気になって、会話も弾まなかった。まあ、私は出会いを求めていなかったから、いいんだけれども、帰り道でSが「母さんがそろそろ結婚しろって言うから、今日会った人の中で運命の人がいたらいいなー」と、言ったので、服装に納得したような、しないような…。
「電話番号交換したから、誰かから誘われるかも、来週」嬉しそうだったが、4ヶ月でまた太ったみたいだ。
Sを見る度に体重に気を付けるようになる。今日は休みだったから、3時間歩いてみた。暑さで休み休みだったけれども、すがすがしかった。
増田に質問。
もし、同じ部署の同僚とまったく同じ成果を出して、部長に報告したとき
増田には「よくやった」の一言でおしまい、同僚は朝礼でほめられて金一封。
そういう扱いの違いがあっても「他人と比較し批判しても仕様がない」ですか?
2人で協力して同じくらいの労力でやったのに、感謝されるのはもうひとりの幹事ばかり。
最後に「じゃあ幹事に拍手~」で増田へのありがとうはおしまい。
・実家に帰るの多すぎ(出産とかあったんだからほぼ月イチだよね。新婚なのに!)
・妹自体のことは悪く言ってない。義両親の「妹の扱いと奥さんの扱い」が違うと言っている。
それが子供にまで及んだら…という奥さんの懸念は理解できる範囲。
・夫はまったくあてにならない(むしろ奥さんを悪く言うので後ろから撃たれている状態)
「学力がある」とは旧帝早慶一工ないしはそれに順ずる偏差値を有していた者とする。
「学力があるニート」とは要するにフミヒロ氏(参照1、参照2、参照3)のような人物である。
要するに人生において重要とされる時期に外的・内的な要因により大ゴケした連中である。本人は「こんなはずでは」と思っている。一大事である。そして、他人にとっては正直、別に珍しくもない。
多くのエリートが夢想する「汚点のない人生」への夢を挫かれた哀れな人種である。本人もさすがにそれは諦めている場合が多い。同窓会へも行けなくなっている。己の栄誉は既に失われた。
ならば彼らが次に望むものは何か。金である。最低4桁は欲しいと思っている。
だが親は、もっと諦めている場合が多い。どこでもいいから社会復帰してくれ、健康ならばそれでよい、と思っている。
その意識差に彼らは苦しんでいる。元よりそこを妥協できる人種ならばニートにはならず高学歴ワープアになっているはずなのだがそこは親には分からない。
あまり大きな声で言えないのだが、高偏差値ニートは彼の代から成り上がれそうだった、という場合が多い。
そこで私は彼らの夢を叶えるべく少しだけ知恵を絞ってみた。役立てば幸いである。
そのまんま。彼らが籠もっているのはプライドと現実と親の妥協した望みの間で動けなくなっていることにある。
家を出るには金がいる。ニートの家はたとえるなら、共産国家である。私有財産などない。小遣いもあってないようなものである。自室の物すら半分は親の物である。その情けなさが彼らをより卑屈にさせるのであるが、それは今はともかく、金がないと家を出られない。
もちろん仮病である。
代表的なSSRI(参照)とマイナートランキライザー(参照)の名前と薬効、副作用を一通り暗記しよう。wikipediaがあれば3時間も要らないであろう。
次にメンヘラの思考・行動様式を観察・模倣しよう。2chのメンタルヘルス板、メンヘルサロン板が最適である。そこで鬱になった人が投げかけている相談、日常でどう支障をきたしているか、どういう愚痴を言っているか、を徹底的に学ぶのである。3ヶ月も要せずにあなたは彼らの「理解者」となるであろう。
そして通院である。矛盾のないストーリーを雄弁に、しかし鬱々と語ろう。医者は関心なさげにするであろうが、人生の汚点についても延々と苦しげに自分語りをしよう。ひき篭もり始めたあたりからその兆候があったと述べるのがよい。そして診断書をもらおう。驚くべきほど簡単にもらえる。もちろん薬など飲んではいけない。病んでない者には危険である。
ハロワはロクに採用する気もない企業がたくさんいる。とりあえず受けてみて、4つほど落ちよう。面接時には必ず重度の鬱病であることを暴露することを忘れずに。万一受かってしまった場合、採用後鬱を理由に仕事をドタキャンしよう。数回ドタキャンすればハロワで就けるような職場なぞすぐにクビになる。クビになったという事実もかなり大事である。後々、必ず役立つ。
ナマポ申請である。親に見捨てられ、鬱で、仕事もできない。自治体によるが、楽勝である。おめでとう。
ナマポで生き残れとはもちろん言っていない。自力で経済的に成功しないと高学歴ニートは成仏できない。勉強しよう。
士業がよいだろう。東大行くよりはよほど楽である。なんなら国立医学部でもいいだろう。
理系高学歴なら3年24時間フル活用すれば地域を選ばなければ正直なんとでもなる。
高校物理など大卒には遊びであることはエリートニートには周知のことであろう。
ギャンブルや酒をしなければ勉強のための費用など簡単なものだ。勉強は近場の図書館でするといいだろう。
勉強していることは役所の連中には隠しておこう。参考書が見つかったら「しようとしたが鬱でまるで手がつかぬのだ、社会復帰したいのだが」と悲しげに言おう。
医学部の学費だが、長年ニートを養えるような家庭なら大丈夫だ。医学部なら学資ローンや奨学金も楽勝である。安心して偏差値レースに舞い戻るがよい。
以上である。やってみれば分かるが、勉強できる人間であれば驚くほど簡単である。
親と医者と役人と納税者を欺くことになるが、どうせ今のままでは余計社会のお荷物となるであろうし、
長期的に考えれば実利的には誰もが得をする。win-winである。
「医学部に受かるのか」という声が多いが、前提として当エントリの対象者は「勉強しかできぬクズ」であり、そのような方は残念ながら増田の念頭に初めから含まれておりません。
私の高校時代にも深澤真紀をもっと老けさせてエノキにしたような顔なのに超ぶりっ子な女の子がいて、失礼ながら「あんな勘違いな女にはなりたくない」っていつも思ってた
久しぶりに同窓会で会ったら相変わらずブッサイクなんだけど、ちゃんとした旦那さん(服のセンスが悪いけどまあまあかっこいい)と結婚して、すごく幸せそうだった
結局自分を好きになってポジティブになればなるほど人生勝ちなんだなーと思ったよ。
私ももっとバカポジティブな青春時代を送ればよかったなんて今更後悔したね
自分と他人を否定する女よりブスでもポジティブで愛想がいい女の方が一緒にいて楽しいもんだよ。きっとそのブツブツな彼女もはてなに書き込みなんかしてる私たちより全然幸せに生きてるかもねw
http://anond.hatelabo.jp/20110916231838
私が18歳から21歳だったころ、彼は21歳から24歳だった。他人の話にチャチャを入れるのが得意で、他人の話の揚げ足を取っては、私を笑わせてくれた。でも、そんな性格じゃ、誰からも引き上げてはもらえない。だんだん、生活が追い詰められていって、私は捨てるように逃げてきた。
それから25年間、きれいさっぱり忘れてたんだよ。そんな男のことは。
努力が得意できっちり社会的な責任を果たす男性と結婚して、子供2人産んで育てて、なんだか私も平凡な人生って奴を手に入れたなと思ってた。そんなとき、同窓会があって、彼はそのとき、来なかったんだけど、なんだか、やっぱり経済的につまづいてるらしくて、つらそうで、メールアドレスを教えてもらって、ときどき連絡を取っていたりして。一度会おうかとなって、会えばやっぱり好きだなと思って、でも、私には夫がいるし、そのまますれ違っていくはずだった。彼と会った直後の、夫の健康診断で、夫が末期癌であることが発覚。パニクる私を彼はメールと電話で支えてくれて、私は5カ月間、絶望を噛みしめながら、でも、狂わず(たぶん、周りは狂ったと思ったらしい)。夫の49日が終わってから、彼とよりを戻した。
25年前に別れたときは、お互いに、かなり酷い言葉をぶつけあったから、最初の儀式が「お互いに謝ること」だったり。
彼は性格が変わってなくて、私は笑わせてもらえるんだけど、やっぱり、生活には向いていないので、今はなんだか、私のヒモ状態だ。ときどき(より戻して良かったんかなあ)と思わなくてもないけど、無意識の底にまで、彼へ未練が染み込んでたんならしゃーないなと思うことにしている。
忘れられないなら忘れなければいい。進めないなら進まなくていい。1秒ごとにババアになるのは、世界中の人間が同じ条件なんだから気にしなくていい。でも、出来ることなら、1秒ごとに、いろんなことから自由になったほうが、人生は楽しかろうとは思うね。
ここの所立て続けに被害(?)に遭っているので過度に毒を撒き散らさせてもらう。
障害者の元ってのぁやっぱり障害者なんだよな、ふつーのニンゲンからならふつーの子が生まれたハズ
確かに一概にゃ言えねーだろうがそれでもなっちまったってんなら運にも見放された劣等種なんだろう
誤解を招かないように言うが、劣等種だからって卑屈になる必要はねぇ事だけぁ言わせてもらうぜ
最初のはオレが悪いんだとは思う、
アスペルガーテストで会社の問題児達が軒並み高得点を叩き出して欠陥が浮き彫りだったのが面白かったから他の連中にもやらせてーなwwwってボイスで言ったんだ
よくよく考えたら最近会った高校の同級生の息子が自閉症だかなんだかって書いてあったから失敗したかなーと思ったよ
案の定切られたね
んで何ヵ月か後にいついつに送別会兼プチ同窓会を開こう!って事になった、オレの親友が国外へ年単位で転勤っちゅー非常事態だったから募集したさ
個人的にはヤローだけでヤりたかったんだ、言うてもオタクだらけの集まりだしオンナに気ぃ遣うのもかったりーしな
ただまぁA型連中は「ご婦人も呼ぼう!」っていきまいてたからまぁ勝手にしてくれって言ったんだ。
それが1ヶ月前。
コースで予約するから1週間前に出欠を確認したらとあるご婦人は行けるけどその友人は来ない、って話でまとまってたのよ
でーまぁうまく席も取れて飲み放題でこんぐらいだよ~って連絡すらぁな?後は当日を待つばかりですよ
したら前日の夕方に人数変更イケる?ってきたんですよ、お前バカだろ 思いながら相当イライラしたけどなんとか店側も対応してくれて事なきをえたんだわ
やれやれ、大所帯になったなぁと感慨に浸りながら家に帰ったさ、明日はゆっくり寝てよう、4時半頃出発してゲーセンで涼んでいよう、って微睡んだよね
当日
4時頃に「アタシ行けないから」「○○が行かないなら私も行かない」etc
さすがにおじさんも怒り通り越して笑っちゃったよね
これぞまさしく土壇場キャンセルってヤツだよね
まぁ理由が凄かったよね、親戚のおじさんが退院する日だったからとか子供がぐずってるとか
前日に行くって わ ざ わ ざ 連絡してくんのにそうなんだ。
で○○が行かないなら~とか今日び中学生でも言わないような言い訳をしたアラサーが冒頭のソイツですよ。
もうね、一言の謝罪も無しに用件だけ言ってなかったことにするとか
当然キャンセルなんか出来ねェから幹事のオレが立て替えとこうと思ったけど、そいつらを呼ぼうっつったヤツが責任感じて被ってくれたよ
マジ手続きに奔走したオレにも謝ってもらいたいけど、ソイツにはちゃんとワビ入れといてほしい。
当然ソイツはブチ斬れてた
モノモライが出来たからって理由でグラサンしてたけど凄ェ怖かった。
あのオンナ共無事かな…
まぁいいか
仁義弁ぬ不貞の族にかける情けなど無し。
迷惑かけないように自閉症の息子共々生きたまま検体に回されろ
当然、夢のなかの彼女はあの時のままだ。
僕は、彼女を好きになった覚えはない。好きな人は、別にいた。結果付き合わなかったけど。
最近の学生はお盛んらしいが、僕の通う中学は大して恋愛なんてなかった。付き合うと、すぐバレるからだ。ムラ、ではないが、一地方都市の恋愛事情なんてそんなもんだ。
箸が転んでもおかしいと言うように、そんな恋愛なんぞしなくとも、みな和気藹々としていて、しかし恥ずかしいモノは恥ずかしいとして、楽しかった。
思うに、人間が恋愛するにしても、生涯の伴侶()を求めるにしても、結局はこういう青春時代の延長線上にあるのではないか。言ってしまえば、憧憬。
話がそれた。
そう、夢のなかに彼女が出てきたんだ。後輩の。
僕と彼女は吹奏楽部の同じ楽器、同じパートを担当する関係だった。椅子も隣だ。
顧問が合奏中に話を脱線する度に向きあってニヤ付く程度には、すぐに打ち明けていたし、その程度のユルさを持った部活だった。当然コンクールでは大した成績が出るわけでもなく(といっても僕が最終学年のときは創部以来二番目にいい成績を収めたので、個人的にはハッピーエンドだ。終わってから、みんな笑顔だった。笑い泣き。)一般的な吹奏楽のイメージ―――文化系のなかの体育会系で、毎日夜遅くまで楽器を吹き鳴らして近所からクレームがくる―――なんていうところとは、違っていた。強かったのは、合唱部の方だ。こちらは、全国常連。気合の入り方が違う。文化祭の合唱コンクールでは、ひとりふたり増えたところで大した違いが出るわけでもないのに、合唱部の人数の多さが勝敗を決める、なんて技術教諭の担任が喧伝したものだ(もちろんそんなので勝敗は決まらなかったわけだ)
また話がそれた。
そう、彼女とはそういう間柄だ。
そういう間柄でしかなく、高校は親が転勤族で、僕が引っ越した都合もあって、それ以来連絡をとっていない。もう、彼女が名前を思い出すことはないだろう。事実、僕も、今朝その夢を見て目が覚めた後、名前が思い出せず、お別れ会でもらった色紙の名前を見て、彼女をはっきりと思い出した。彼女には、先輩からのメッセージをと、後輩に一通ずつ渡した手紙がある。彼女はそれを大事にとってあるだろうか?憶測の域をでないが、彼女なら、とっていてくれるはずだ。ちなみに、僕が中学生の頃は携帯電話というイロモノは高価過ぎてまだ学生が持つには早かった時期だ。とはいえ、じゃあポケベルかというと、それは遅すぎる。過渡期だった。ゆえに、中学時代の同窓とは今もほとんど連絡手段がない。連絡網はまだ家にあるが、繋がる期待よりも、「オメー誰だよ」というような至極もっともな反応が帰って来るだろう期待のほうが高い。すべきではない。ラグビー部の男の子が何年ぶりに電話をかけてお付き合いが始まるなどというのは、幻想でしかないのだ。生存バイアスである。
せいぜい庶民に許された道は、母校の技術教諭と体育教諭が結婚してヒューヒュー言われる程度が関の山。あれから10年経つが、今も結婚生活は順風満帆なのだろうか。新婚さんいらっしゃいに出るからとか言ってたが、ついぞ見なかった。うそつきめ。
またも話がそれた。これは宿痾なので、許して欲しい。
そう、彼女とは連絡が取れないのだ。取りようもない。
しかし、そんな彼女と10年ぶりに再開した。夢の中で。意味が分からない。もとより意味などないのかもしれないが。
ちなみにこれだけの情報をありありと書いているとバレるかもしれないけど、バレても構わない。僕としては、彼女の名前が後輩といえど、10年経っていたにしても忘れていたということに軽くショックを受けており、彼女とのあれこれを書きだしておきたかったのだ。
夢の中身は、あまりに意味不明すぎて、書きだす気にもなれない。若干甘美なときもあった。しかしその甘美なとき、周囲は津波に飲み込まれたビルの屋上に位置するマクドナルドの禁煙席であり、周囲には避難してきた人でごった返しているのだから、わけがわからない。夢の中なれど、友人が何人も飲み込まれた。というか知り合いで助かったのは彼女だけだ。まったくもってわけがわからない。これを見せる僕の脳みそは何を欲しているのだろう。目覚めたとき、僕のペニスは固くなっていた。しかし、悦楽に浸るような気分にもなれず、固くなったまま引き出しを漁って彼女の記憶を取り戻し、今こうして文を書いている。もう萎れた。
ちなみに、この情報で僕が誰かというのを特定するには難しすぎると思いますが、もし誰かわかった場合、生存報告の一種として受け止めてくれれば幸いです。
3.11、僕は生き延びました。みなさんはどうですか。同窓会に誘われる手段も残していませんが、みなさんが生きているなら、十分な果報です。
20歳過ぎの時にうつ病と診断され、それから10年くらいうつ病とおつきあいをしてきている。せっかく入った大学も、通い続ける気力が出ずにしかたなく中退。働くのも不定期のバイトをちょくちょく入れるという程度。うつ病を抱える人ならわかると思うけれど、調子がいいときしか働いたりできないから定期的には働けない。毎日実家に引きこもり、まるまる1ヶ月一歩も外に出なかったこともあった。ストレスがたまったら物にあたるしかなかった。だからうちの家は壁も家具もボロボロ。
4年くらい前、少し状態が改善したから働こうと思った。ハローワークに行ったけれど、自分が希望する仕事はすべて大卒を求めている。中退の私には応募すらできない。そこで、勉強だけは自信があったから公務員試験を受けようと思った(公務員は学歴面では受験資格なし)。そして頑張って1年間勉強して筆記試験には合格。でもその後の面接で落とされた。それもそのはず。勉強のストレスでまた精神の状態が悪くなり、薬をたくさん飲んで泥酔みたいな状態になって面接を受けたから。公務員には年齢制限があるから、そのときの自分の年齢も考え、一度だけのチャレンジにすると決めていた。こうして公務員受験生時代を終える。
公務員試験で法律の勉強に自信を持った私は、次に司法書士を目指した。今度は大型資格。10年かかって合格する人もいる。そういう世界。1年半、ちょくちょく休んだりしながらも予備校に通った。でもこっちも結果的には失敗。長期間の受験生生活に耐えられなかった。勉強の効率がどんどん落ちていく。やっぱり精神が持たなかったのだ。
でも今年になって変化が訪れた。急に物事がうまく回り始めたのだ。バイトでも探そうと思ってプチ就職活動のような物を始めたんだけれど、なぜかフルタイムの仕事と出会ってしまった。今までフルタイムでなんて働いたことなかったし、バイトですら一番最後が5年くらい前。だから自信はなかった。「3日で辞めてしまってもしかたないかな」って思って始めてみたら、続くんだ。もう始めて3ヶ月くらいになる。プライベートでもこの歳で始めて彼女ができた(!)。
朝から夜までずっとパジャマ。友人と遊びに行く約束をしても精神状態の悪化でキャンセルもしばしば。そんな私が今はスーツに身を包み、朝から満員電車に揺られて会社に通ってる。初めての社会人だからもちろん仕事はスムーズができてるとはお世辞にも言えない。けれど、他人から見たら普通に会社勤めをしているどこにでもいるサラリーマンに見えるだろう。うつに苦しみながら「普通の人になる」ことにどれだけ憧れたことか。今やっと、あこがれの「普通」になれたのだ。
物事が急にうまく回り始める時ってあるんだと思う。もちろんこれが「偶然」だなんて言わない。こうなるために努力は続けてきた。でも何一つうまくいかなかったんだ。資格スクールに通った経験も10くらいある気がする。でもそのすべてが2、3回しか続かなかったし、ひどいのになると入校試験だけ受けて入学辞退とか。でも公務員とか、司法書士とか、少しずつステップを上ってここまでこれた。あとは友人の支えかな。(親以外に)応援してくれる人がいるっていうのはすごく大きい。
私は友人には恵まれてます。友人はたぶん生きていく上で一番大事なものだと思う。ちょっと極端な価値観かもしれないけれど、私の価値観はこうです。「もし自分にお金が全くなくたって、世話してくれる友人がいれば生きていける。でもお金だけあっても友人がいない人生なんて耐えられない」この価値観に賛同しない人もいると思う。でも賛同する人は、友人(あるいは「知り合い」)を大事にしてください。私は友人の誕生日はGoogleカレンダーに入れているから、毎年忘ることがない。そしてプレゼントを贈ったり、午前0時に「おめでとう!」ってメールしたり。何人かの友人にはひょっとしたらうざいと思われてるかもしれない。でもそれでもいんです。大事にしてるっていう気持ちはいつか伝わるんじゃないかなと思ってます。他人を愛する気持ちはきっと自分に返ってきます。「情けは人のためならず」と同じですね。
働いてないことが恥ずかしくて出られなかった高校時代の同窓会にも、今年は胸を張って参加してこようと思います。楽しんできたいです。