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はてなキーワード: 間伐材とは

2023-03-16

駄目だもうスギに関わってる奴らに憎しみしか持ってないっぽい

マイ箸ブームのせいで、杉の間伐材、端材で割り箸を作ってた吉野の零細業者さんは廃業して激減した。

この話を聞いた瞬間に俺は

ざまぁみろ!!!よっしゃーーーーーー!!!!!!!!!!!」

と思ってしまったんだよな。

だって杉の需要が減るってことはイコールスギの木が減るってことだからさ。

というかさ、俺からするともう「スギ植林を促した木材関係業界人間全員苦しめ」としか思えんのよ。

花粉症知識が当時からあったかはもう別にして、誰かが「スギ植えたら売れるからスギ植えよ」って植えたのも、そうしたスギの買い手になりうる商売やってた奴らも皆もう嫌いなの。

じゃあお前もう木材使うなって言われそうだけどさ、俺は実際にスギヒノキ材料になってる製品なるたけ使わないようにしてる。

スギ需要を減らしたいし、スギ需要で食ってきた奴らは自分たちの罪を感じながら死んでほしいから。

もうねマジで憎しみしかないの。

俺はスギにかかわるあらゆるものがもう憎いの。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いっていうけど、あんなの何も間違ってないよ。

坊主が憎いんだからソイツが纏ってる袈裟が悪くないはずがないじゃん。

薄汚い宗教家全裸の異常者として暮らせよばーかばーかってなるのは当然だと思うんだよ本当に坊主を憎んでいるならさ。

俺はスギに対してもう完全にソレなんだよ

2022-10-20

anond:20221020145428

でも実際は間伐材を使うなんていうコストのかかることをやってるのは国産高級割り箸だけで

ほとんどの割り箸中国ガンガン木を伐採して作ってます

2022-10-04

環境保護のために紙使いまくるの不思議

プラゴミで海が汚染されてるからプラスチック製の食器やめる!木製スプーン紙製ストロー

数年前まで「森林伐採地球温暖化!木を使うな紙を捨てるなマイ箸うおおお!!!」ってやってたのにいつの間にか紙は使い捨てOKになってて価値観アップデートできてない。

なんで紙使ってOKになったの?割り箸間伐材使ってるから実は環境への影響は少ないのだーみたいなのと似た話?

そりゃ環境に良い方普及するならそれでいいんだけど、木製使い捨て食器ってアイス付属スプーンみたいにペラペラだしフォークは肉に刺さらないしで微妙に使い勝手悪いのは気になる。

2022-07-20

かつて難癖つけられて国産が淘汰されたワリバシの二の舞いを見た

ハーゲンダッツアイスについてくるプラスプーンまで自粛されているのに、今日気づいた。

自分世間からだいぶ取り残されている衝撃と、スプーンなくてどうすんの?という衝撃のマリアージュ

ってかダッツの蓋はプラじゃねーんですか、と。

間伐材なんかの商品にならない所をMOTTAINAIしたワリバシさんと同じだろうもん、そもそも袋が。

頭がおかしい世の中だよ、暮らしにくくなっていくの切ない。

そんでダッツはどうやって食えばいい?

お家じゃなかったかスプーンとか無い、会社にマイスプーンとか持っていかない、洗剤つけて洗う方が回り回って環境破壊です、高火力で燃やして温水プールを沸かせばいいだろ、それが一番エコだろ現代技術だと、この頭お花畑サンがとか言っとくまでがテンプレ

と思ってたら木っていうか草のスプーン恵んで貰えた。それダッツじゃないメーカーのでないかね?くれるなら貰うが。

あとブリックジュースストローが紙もどきになっててクソ不味かったし最後ふやけた。でもストロー入ってる袋は紙じゃなかった。

2021-02-22

ウォッシュレット・温水洗浄便座の危険性指摘記事への疑念

 YAHOO現代ビジネスから記事を、つい先ほど読んだ。思い返すと一年ぐらい前からだろうか、ネットで温水洗浄便座での洗い過ぎに注意という文言を見かけるようになったが、先の現代ビジネス記事はより強く危険性を指摘するものだった。

 温水洗浄便座は登場から四十年近く経つもので、私も三十年以上使用している。そしてその間に、私はなんの支障もなく過ごしてきた。洗浄してもらう場所に不調を覚えたこともない。

 同じく四十年間、昨今のような危険性を言う声をほとんど聞いたことがない。販売初期から普及期にかけて、最近に指摘されるような事が報じられた記憶もない。十年経っても、二十年経っても、周囲の人から噂話にも、そんなことがあったと聞いたことも無い。

 つまりこの四十年間の実績は、普通に使用する分には、何ら心配必要がないものである

 なぜ今になって、突然に、唐突に、危険ものと言われるようになったのだろうか。

 私はもうテレビ新聞といった大手メディアがまともではないと思っている。物事への知識理解がなく、もの評価一面的で、人への批判定型である商品評価は、販売元の意向に沿っているか販売向上の手助けに終始している。

 そして洗浄便座の不都合を言い、危険を指摘するのは、単なる消費者への啓蒙的な注意喚起ではないであろう。一年以上かけて繰り返し、度を増していくのを思うと、ますますそう思うのである

 大きく言えば、これは産業破壊である。少し古い例だが、同じことが「割り箸」で行われたことがある。割り箸のために森林破壊されているという大袈裟な嘘が、マスメディアで大々的に流されて、間伐材需要がなくなった日本林業から国内工場までが大打撃を受け、現在中国などの外国製にとって変わられた。

 大人しく穏やかに言えば、用い方や手入れやで普通でないことをし、特別な体質への考慮をせずに起きる事態を、一般的に生じる危険性のごとく記すような記事が、また一つ、マスメディアのどうしようもない劣化事実を積み重ねたと言うべきだろう。

2020-08-31

anond:20200831171357

まさにあのさ、割り箸間伐材をつかっています

というのがあって、ゴミ製造機にみえ割り箸を買わないほうが、木が減るという理屈と同じで

紙は木が原料だからだけでは、森林保護にはならない。

しろ、紙を買わないか経済がだめになって、さらに木が安くなるということもおきて、安いか

大量に伐採される問題も起きる。

そんなに甘くない。思ってもいない、理屈で逆に環境破壊成ることはあり得る

2019-12-14

温暖化科学であるのか?

世間では感情に寄った先鋭化したやり取りが繰り広げられているが、人類学問根拠によって理知的判断ができなければ争いを繰り返すだけだ。

奇しくも世界トップを担った過去もある英国が、非常に感情的な選挙結果によりさらなる沈没に向かおうとしているが、この点については教養重要性を後々証拠付ける事件になるだろう。

さて、温暖化については昨今取り沙汰されてきた問題ではない。

数十年前からフロンによるオゾン層破壊だなんだのと、ずーっと扱われてきた問題だ。

時には二酸化炭素の増加と温暖化科学的根拠に欠けるだとか言われたこともあるし、アマゾンインドネシアでの森林破壊重要な原因だとされ、割り箸やめよう!とかい間伐材利活用など見てもいない極めて感情的な取り組みが実施されたこともあった。

過去には重工業が最たる悪とされ、昨今のように牧畜による温室効果ガス排出量がなかなかバカにできない量であることなど示されてもいなかった。

しかし、温暖化については上の世代ほど「環境問題」として教育を強く受けた感は強いのだ。

上の世代は昔より技術的取り組みによりクリーンな方向に改善しているという思いがある。海外においての環境問題教育がどこまで行き届いているかは不知であるが、やはり我々としては環境問題についてそれがどこまでアップデートされているか別にして「知っている」という感、そしてそれには技術対策が日々講じられているという「思い」がある。

となると、面と向かって「何も動いてないバカ」と言われるとムキになったり、何も知らん娘だな。学校にも行ってないんでしょ?となるのだ。

たぶんこれは日本海外感覚の違うところだと思われるが、ことに日本という社会を動かすには科学必要なんだと思いますよ。

2019-05-27

anond:20190527083451

分解不能プラスチックのほうが今問題になってるから、紙消費は逆に増えるかもな。

あと、森林破壊の主要因は農業だ。それと火事CO2排出や煤被害も含めて地味に馬鹿にならない。

木材輸出による森林破壊丸太木材で売ることが多いし、間伐材でやってる紙は大したことない。

紙の供給が追いつかなくなりゃ、生産を増やすだけだ。

ふんわりした危機感が一番的外れだ。ローラみたいだからやめとけ。

2018-05-25

anond:20180525110056

間伐材でしょ?

間伐材すらでないような時代が来ても

人類飲食店経営してると思ってるの?

2017-12-02

世界一クリスマスツリー騒動に思うこと

樹がかわいそうだとか、自然破壊だとか言っている人は、木は絶対に切っちゃダメという前提で批判をしているのだろうか。


主催者移植が難しいことは明白」「材木にする前提」 樹齢150年の大木を“植樹”したクリスマスツリーが物議』

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1711/30/news142.html

この木を切ったことが「自然破壊」かどうかは、この木の出自をはっきり知らないと、何とも言えないのではないかと思う。

樹齢150年の木を天然林から、わざわざこのプロジェクトのために切り出してきて、終了後に燃やしてしまうなら、単なる自然破壊かもしれない。

でも、もしこの木が人工林から間伐で切り出されてきたもので、プロジェクト終了後は製材所に送られて板に加工されるなら、なんのことはない、間伐材一時的に展示しただけの話で、自然破壊どころか、そもそもこの木は、人工林を手入れするために切った方がよかったものかもしれない。

切られた樹はクリスマスツリー定番の樅の木じゃなくて、あすなろの木、ようするにヒバだ。

ヒバは人工林に植樹される樹で、べつに珍しいものじゃない。

人工林はその名の通り、人の手で作ったものなので、人間が定期的に間伐して、森の木の本数を減らしてやらないと、森がどんどん暗くなり、木が育たなくなって、森が傷んでしまう。

人工林の木は収穫期がすごく長い農産物のような側面があって、いずれ切ることを前提にして植えられたものだ。

150年はかなり長い伐採期間ではあるけれども、これぐらいの樹齢の木を間伐として切り倒して、森を明るくする、つまり木と木の隙間を空けて、森全体を守ることはべつに日本林業では異常ではないはずだ。

木を切ることが即自然破壊だという人は、牛を殺すのがかわいそうといった直後に「すき焼きおいしいです」と言っている人に似ている。

自分は単なる林業オタクにすぎない。この件に関しては、林業関係者の冷静なコメントが読みたいと思った。

2017-11-29

1991年高円寺商店街クリスマスツリー

神戸クリスマスツリーの件で思い出したことをダラダラと書き殴っていく。

当時自分専門学校生高円寺とある商店街飲食店アルバイトをしていた。

クリスマスシーズン店長は1~1.5mくらいのなにかの針葉樹の鉢植えを買ってきて、ツリーの飾り付けをした。営業中の店内は暖房乾燥タバコの煙も充満。

植木には過酷環境だった。水やりをするくらいしか世話もできなかったが、一ヶ月あまりクリスマスシーズンをその木は枯れずに乗り切った。

クリスマスが終わると店長は飾り物をはがし、裸になった鉢植えの樹を指差し粗大ゴミ※に出せと命じた。

は?生きてる木ですよ?なんで捨てるんですか?しか粗大ゴミってなんなんですか?捨てるならなぜはじめから造花を買わないの?

怒りで目がグルグル回った。一通り抗議したが無駄だった。十人ほどの従業員なかに賛同するものはなく、ただドン引きされた。

誰か別のアルバイト街角粗大ゴミ置き場に木を持っていった。

収集日まで数日の猶予があることを確認し、翌朝レンタカーを借り、荷台にツリーだった木を横たえ、環七目黒通り環八第三京浜から横浜新道を通って、藤沢実家までひとりで運んだ。

親に頼み込んで北側の庭に植えてもらった。幸い根付いた。強い木だった。今も生きている。立派な枝ぶりになった。垂れ下がるような茂り方なのでモミではなくトウヒのような気がする。庭木なので植木屋さんに剪定してもらっているから樹高は二階の屋根より低くなっている。あと100年生きるのだろうか。自分の死後こいつはどうなるだろう。

クリスマスが終わればゴミとして殺される木はあの頃も今も、毎年何万本も存在するのだろう。

神戸のあの樹だけが特別なわけではない。

バブルの頃から時代は流れ、サステナブルとか自然との共生とか生物多様性とか言われるようになったけど

今回の神戸のツリーニュースを見た瞬間、あの高円寺ときと同じ怒りがふつふつと沸き上がってきた。なにも変わってないじゃん。

いやもっと悪いよ。鎮魂とか復興象徴とか輝けいのちとか、心にもないお題目ならべてるところがね。樹の命なんて毛ほども考えてないくせに。

いっそ正直に、集金集客のため大木を引っこ抜いてツリーにするけど用が済んだらバラバラにして売るからね、樹には被災者の鎮魂のための生け贄になってもらったってことでいいよねって言ってた方がここまではムカつかなかったよ。

でもしか割り箸だって材木だって同じことだろう?いや同じだろうか?間伐材は仕方ないよな?

食べる野菜はどうなんだ?牛や鶏は?かわいそう?矛盾してないか

ずっとずっと、考えてきたが答えは出ない。

他の生き物の命を奪わないと生きていけないのに

時として他の生き物に愛着を持ってしまうのはなぜなのだろう?神が与えた罰なのか?

人は生きていくために樹木の命をもらってきた。雨露しのぐ快適な住居のため。暖をとる燃料のため。箸や器、さまざまな家具や道具。

集客のためという経済活動お祭りで神に供える宗教的行為も広義では生きていくために入るのかもしれない。

イベントで巨木を抜いた。乱暴なやり方だしたぶん枯死するよ。でも経済活動のため。うん、それはわかるよ。時には仕方ないよね。

でもどうしても腹が立つんだ。理屈じゃないんだ。抑えられない怒りがこみ上げてくるんだ。DNAに刷り込まれアニミズム精霊信仰なんだ、きっと。

少数派か多数派かはわからない。今はネット自分に近い意見を探せる時代から多数派錯覚することもできる。

古いものには霊魂が宿る。老木は神になる。長生きした猫は猫又になる。(なってほしい)うちも築100年を越え、梁に愛国婦人会って金属ステッカーが貼ってあるけどなんなのこれ。よくわからないけどこわくて剥がせない。

栗の柱は黒くてつやつや。100年前にうちを建てるために先祖が殺してごめんなさい。これから大事に住むから許してください。

クリスマスツリープロジェクト反対署名サイトも見た。7千人以上集まってるじゃないか。すげえ。

結構いるんだ。自分けがおかしい人なのかとずっと思ってたよ。

経済学者が、コピーライターが、役人が何を言っても変えられないよ。

土着信仰だ。原始人だ。老害だ。田舎者だ。うん、その通りだね。嗤いたければどうぞ嗤って。

くだんの高円寺の店はバブル崩壊の後、すぐ潰れた。

店長は売り上げをちょろまかしていたことがオーナーにバレて闇社会の人に追われていると聞いた。

そのオーナー自身千葉でのゴルフ場開発にからん揉め事商店街ビルを手放すことになった。

バブル直後はどこもかしこもそんな話だらけだった。

 

糸井重里バブルのころからあんなだったし、自分も上で書いた通りあの頃と同じだ。

時代が変わって糸井のやり方は受け入れられなくなってきたのだろうか?

もう少し推移を見守ろう。

※当時はごみ分別は今よりずっとゆるかったし粗大ゴミも申し込み制ではなかった。確か。(あるいは資源ゴミだったか記憶が定かではない)

11/30追記 署名8500人越え。樹木の一部を使ったバングル販売する予定だったフェリシモは、販売中止を発表。主催者後出しでいろいろ発表。当初は「植樹」と言っておきながら「移植は無理だった」ウソつきか。知ってた。あと、樹木の命について考えるきっかけを与えてやった、みたいなことを言ってやがるのも腹立つ。こちとら1970年代から今日まで考えてるわ。答えは出ないがな。

12/1追記 「嫌なら見に来るな」あ?公園晒しといて何いってんの?・・・急に署名が増えて1万人越えに…まとめサイトおそるべし

12/2追記  1万5千人

2015-10-15

http://anond.hatelabo.jp/20151015112544

俺も紙コップ・紙皿・割り箸を愛用していたぞ。間伐材のだけど。

水は「限りのある資源」だし、洗剤の環境負荷も高い。国産間伐材を使った製品環境負荷から漂白度は少ないほど尚良)を使えば、国内森林管理するために貢献できる。

ふきんも、トレペやティッシュ、もしくは不織布チックな紙ワイパー。

夏に、作った味噌汁を昼間放置していたら、カビがわんさか生えた。それを見て、夏は捨てるか洗うかしないとダメだと思った。

2010-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20100828114830

貴方の書いてることは間違ってはいない。けれど全てではないと思うよ。

割り箸は間伐材を使ってるってのは△どうやら全てではないらしい。

9割中国からの輸入(調べたの2004年だから今はどうかわからないけど)

間伐材を使うのはいいことだし、林業の為になるんだけど、やっぱり日本は経費が高い、中国から輸入しようってことになるみたいね。割り箸の裏側見ると原産地中国って書いてあるのすごく多いよ。中国産間伐材を使ってるならそれはそれで悪いことではないと思うけど、どうかな?間伐材を使っているものもあるかもしれないけど、普通に切って割り箸にしてる商品も多々あると思うよ。


そしてこの割り箸使わない活動って「啓蒙活動」って分野だと思うのね。まー企業がやってるのは所詮イメージアップ作戦。この時計エコです!!みたいなよくわからん戦略だね。

マイ箸なんかはちゃんとした活動してるところは「あくまでこれを切っ掛けに環境問題意識を持ってもらいたい」って書いてあるよー。


だから割り箸を使わないって意識は必ずしも馬鹿ではない。

ただ今日本の里山放置され酷い状態になってるのも事実だから、「割り箸は日本間伐材を使おう!」って活動はもっと広がってもいいと思う。

個人的には木を植えることと(里山の)木を切ることはどっちも大切って意識がもっと広がればいいのになーと思ってる。

2009-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20091226213318

紀伊地方の、間伐材を使った割り箸づくりの会社見学に行ったことがある。

林業としての森林を育てるには、間伐(余計な枝を切り落とすこと)が必須で、

コブがある樹はそこが横からの圧力に対して弱くなるので、

家作りには向かなくなるそうだ。

だから、一時期「自然のままがいい」とか言って

コブのついた柱でできた家が流行ったけど、実際には地震にすげー弱いんだそうだ。

で、何を言いたいかというと、間伐材を使った割り箸づくりは

昔から林業で暮らしている人の奥さんたちの作業として

林業に負けない重要収入源になっていた。

スギやヒノキで、料亭に出すような立派な割り箸からフツーの割り箸までを作っていたわけ。

それが最近エコで、味噌もクソも一緒くたにされて、

林業に従事している人のリサイクルである「割り箸づくり」が危機に瀕しているわけだ。

「割り箸づくり」なんて国内林業完璧な「リサイクル」で、「エコ」なのに。

割り箸のためだけに伐採されて、怪しい漂白剤で漂白されるやっすい輸入割り箸と、

国産リサイクルとしての割り箸を、ちゃんと分けて、消費者が選択できるよう表記して欲しいと思う。

値段が多分10倍くらい違うようになると思うけどさ。

2009-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20091226202955

横ですまんが私はマイ箸にも同じような思いを抱いてしまう。

子供時代に聞いた間伐材のここ(だったっけ?割り箸のために木を伐採しているのではな・・・ってやつ)と、箸を洗うための洗剤と水のことを思うとどっちが地球によいのだろうか、とか。割り箸の場合は私が単なるあまのじゃくなだけだと言われてしまうのだけど、ナプキンの場合は体に良い云々の説がからむので余計わけわからんが、自分は断然使い捨てナプキン派である。

2009-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20090927230756

じゃぁ高付加価値品を作ればいいじゃないか、ということになるんだけど、「間伐材でもいいから、国産の杉材じゃないとできない高付加価値品」ってのが何よ?って話。

難しいね…考えてみたけど、一つしか思い浮かばなかった。

 

国産である事それ自体

 

別の見方をすれば、木材生産輸送製品製造の過程において、環境にかける負荷が少ないという点。

外国産木材は、輸送過程では大量の石油を消費し、温室効果ガスを排出している。

だから、環境に掛けている負荷が、正確に価格に反映されるような制度を導入されれば、国産材付加価値が出てくる。

具体的には、

 

・国内産の木材を利用した製品エコポイント的なものを付与して、実質的に輸入品より安くする。

・輸入材から国産材に切り替えた場合、それによって削減できた量に相当するCO2排出枠を与える。(もちろん、その排出枠は自分で使っても良いし、売っても良い)

・カーボンフットプリントを表示し、環境に関心の高い一部の消費者の購入意欲をそそる。

 

とか?でも、けっこう大きい話になっちゃうね…。

あとは、どうしても輸入に頼ってはマズイものを生産するのも一つの手だと思う。

バイオエタノールをはじめとするエネルギーとか。

2009-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20090927230756

俺みたいな経済政治オンチが短絡的に考えると

・国外の間伐材関税をかける。

・それを財源として国内の間伐材利用に給付金を出す。

って事を考えるんだけど、そうはいかんもんなのかなぁ?

http://anond.hatelabo.jp/20090927225658

そこまで高尚じゃなくとも、割り箸・爪楊枝・園芸用品、小物家具(CDラックとか)なんかでもいいし、昔ならネオライトオガライトとか、集成材の類、あとは再生紙と(大量の輸入新材を使った)新紙の中間で、間伐材を使った環境配慮形新紙とか、そういうのでもいいはず。

では、なぜそういうのが流行らないか(現実的に商業ベースで実行されないか)と言えば、

  • 採算ベースに乗る値段をつければ、間伐材といえど輸入材の方が安い。しかも加工時の人件費も、国外の方が安い。
  • 消費者は安い方に飛びつくし、それによって大量に売れるから、製造面でも流通面でも量産効果が効いてより安くなる。
  • よくも悪くも、杉は臭いがきつく、油も多く、木目との相性も含めて加工がしにくい。

といった理由が出てくる。

じゃぁ高付加価値品を作ればいいじゃないか、ということになるんだけど、「間伐材でもいいから、国産の杉材じゃないとできない高付加価値品」ってのが何よ?って話。原料(木材)の時点で付加価値がない上に高い(商業的には輸入材で代替可能なら、同じ値段で売るならそっちの方が利益がいい)もんだから、間伐材さえ切らない、切っても山に放置する、という現状がある。

http://anond.hatelabo.jp/20090927171400

つまり、間伐によって抜き出した材木や製材残りの端材の使い道がないと、採算が取れない商売になってしまう。林業において一番重要なのは、この、間伐材の使い道を開発して採算を維持する事であろう。

ぱっと思い付くのは、バイオマスとか、間伐材を原料にしたエタノールとかかな?

日本林業の特徴は、密植にある

林業における密植の効果。

日本林業の特徴は、密植にある。密植は、苗を植える時に、極端に狭い間隔で植える事であるが、これによって、木と木の間が狭くなり、日が当たらなくなる。

すると、枝が伸びても、日照不足で枯れて腐って落ちる。人間の手で枝打ちをすると節が残るが、腐って落ちた枝の節は残らない。このため、無節の良い材木が取れるようになる。

縦横1メートル間隔で植えると、1ヘクタールあたり10000本の苗を植えることになる。この状態でしばらくたつと、木の上部だけに枝がついた林になる。そこで、半分くらいを切り倒す。間隔が広がり過ぎると枝が生えてしまうので、間伐する時期を決めるのは重要な判断になる。上部の枝だけで木を太らせる事で、無節で太い材木を育てるのである。

ここで重要なのは、元気な木を残すのではなく、弱い木を残すということである。元気な木は成長が早かった分だけ、木目が粗いし、何度も枝を伸ばしては枯れて落としてを繰り返して来た分だけ、節の痕跡も消えずに残っている可能性が高い。弱い木は上部の枝だけで細々と伸びてきた為に、枝を伸ばす事も無かったであろうから、節が残っている可能性が低いとなる。さらに、太る余地があるという事は、それだけ、節を消せる余地があるという事になる。苗を植える時に、強そうな苗と弱そうな苗を交互に植えるという配慮をするというのが、一番良いのだが、実際に育ててみないと、どうなるかわからない部分もある。

密植は、林の中に光を入れない事で、節を発生させないという効果を狙う手法であるが、同時に、地面に他の植物を発生させないという結果を招く。密植中の林の地面は、湿気が多く、日照が少ない為に、コケの類だけしか発生できなくなり、地盤がゆるくなりがちである。このような環境でも生育できる植物で、かつ、材木にした時に価値の高い植物ということで、杉が選択されることになる。

杉は、適性があるが故に密植されるというよりも、自然界において、密植によって育成に適した環境を自ら作り上げる特性があった為に、人間に利用されるようになったとも考えられる。

樹齢20~30年程度では、磨き丸太にして使うくらいしかないし、40~60年程度でようやく板が取れるようになり、80年を過ぎたら角材の柱に使えるようになるというのが、林業である。つまり、間伐によって抜き出した材木や製材残りの端材の使い道がないと、採算が取れない商売になってしまう。林業において一番重要なのは、この、間伐材の使い道を開発して採算を維持する事であろう。

200年もつ住宅のような長寿命化住宅では、スケルトン・インフィルになり、インフィルには、2×4が想定されている。その部材に、国産林業品を使う事は、不可能ではない。スケルトン構造強度を担うので、インフィル耐震強度等を考えなくて済むから2×4で十分となり、競争力のある価格設定が出来れば、間伐材の使い道の一つとなりうるであろう。

[2009.9.26] http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/diary.html

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