はてなキーワード: 遺跡とは
たまたまイギリスにおり、hatenaと検索したところ、hatena.comが表示されるところまではよかったんだが、そこから悲しみの崖に突き落とされた話。
ま、日本にいまいがいようがhttp://www.hatena.com/でぐぐれば皆さんも追体験できるのだけれど、まず行ってみて唖然とするのは、
hatena.comが会員制サイトであること笑。ん、そんな会社だっけ?と驚愕する僕をよそに、hatena.comは、主要なサービスとして、
はてなブログとはてなハイクを挙げそれをえさに会員登録させようとする模様(ちなみにはてなブログの掲載面積はハイクの2倍)。
ちょっとまて、わざわざ日本のブログサービス使う英語使用ユーザーってどんなニッチなんだ???と面を食らうのだけれど、
はてなハイクにいたってはtwitterでやれよという内容に加え、サービス見ると村社会っぷりが半端ない個人サイトの掲示板以下の内容となっており、
新規客が年10人入ったら御の字という状態になっている(というかブログもそうだが、他のサービスと何が違い、何のメリットがあるのかの説明もなければ、簡単なチュートリアルもない)
さらに、はてなユーザーとしてログインしてみると、ホーム画面にusername, message, user setting, buy pointが付け加わるんだが、
え、なんかポイント買わなきゃいけないの???という初見殺しきわまる内容となっており・・・、もうこの試合諦めていいですよね。
ってことで、はてなの夢の跡がみえるはてな歴史ツアーの遺跡の一部としてはhatena.comは大変良質なアミューズメントパークなんだけれど、
はっきり言って維持する理由がない。近藤社長も気が変わって上場するつもりらしいので、株主総会で突っ込まれておろおろしないうちに閉鎖することをお勧めしたい
美術品や文化財に所有国の許可もなく勝手に盗用したり落書き、破壊行為までして、かつ自らを正当であると司法を経て誇示するのは何とも愚かな国ならではだ。
挙句他国のみならず自国の財産、過去の遺産を燃やしたり(ex.南大門)やその修復作業では修復技術者の未熟さや他国の文化的介入を拒んだ結果があの天井画である。
この暴挙は過去の偉人を冒涜するだけではなく、今ある彼らを生んだ先人たちの礎を汚す行為としてきわめて嘆かわしい話だ。
イスラムはタリバンが当時世界遺産として名高くまた仏教からイスラムを通じて文化的価値もあったバーミヤン渓谷の遺跡を破壊したのは記憶にも新しいと思う。
また、中国では先人の遺産を破壊し粉砕するのを由とする文化文明で以って成り立ってきた、いわば後進国的国家形態を維持する国である。
自国の自然や文化遺産を破壊する行為にこそその国の礎、起源(ルーツ)を潰しているのだ。
皮肉にも今韓国は世界中の文化を自国の文化としようと躍起になっているが、朝鮮時代の遺産を簡単に破壊し蹂躙する行為に目を向け、どうか韓国は反省するべきである。
日本だとか中国だとか関係なく、自国の自然や景観を愛する愛国心を養う事、それこそが先進国への最短の道程であると確信している。
世界一周に行ってきました。
途中フィリピンの英語学校に4ヵ月ほど留学したので、実際は8ヶ月程度で世界を回ったことになりました。
私は20代をすべて一つの会社で過ごし、30才になるのと同時に会社を辞めて出て行きました。
現在は新しい会社に就職し、なんとか社会復帰できたので、少し感想をまとめたいと思います。
■回ってみて■
まず、思ったことは、この年になって人生観は変わらないということ。また回るなら若いうちがいいということです。
実際私が出会った日本人バックパッカーは、20代の人がほとんどでした。(27歳がやたら多かった。)
もちろん30代の人もいるにはいるのですが、ほとんどが夫婦であり、独身の人間はあまり見かけませんでした。
それなりの社会経験を積んだ人間であるからこその見え方、感じることはあるにせよ、新鮮さを考えると1年でも若い方がいいでしょう。
■英語■
私の場合は出発時のTOEICが270点。当然のごとく英語がちんぷんかんぷんであったため、騙される。遺跡にいっても解説の意味がわからない。ツアーではボッチになるという三拍子も四拍子もそろった経験をしてしまい、フィリピン留学となりました。
現在は750点程ありますが、本当に前半の4ヵ月は無駄にしたなと思います。
(それは友達づくりや一般人とのふれあい、ツアーでの理解度の深さなどすべてにおいてです。)
個人的な意見としては、TOEICで言うなら600点が旅を楽しくするボーダーのような気がします。
もし、現在世界一周を考えていて、英語力のない人はまずフィリピン留学に行くことをすすめます。
もしくは、時間があるならインターネットでフィリピン人と行う授業があるので、そちらをやってみるのも手です。(とても安いです。)
フィリピン英語は良くないという人もいますが、私の回った範囲内で言えば、まず困ることはありませんでした。
もしあなたが人生に一度しか世界一周をしないのであれば、事前努力は必須でしょう。
■旅行について■
これは私の友人から聞いた話ですが、世界航空券はあまりおすすめができないということ。
なぜなら、実際に旅行を開始してみると、当初の計画の他にどんどん行きたい場所が追加されていくからです。
世界航空券を使って回っている人のほとんどが後悔をしているとのことでした。
最初に行く計画を立てなければならないというデメリットは、とても大きいものらしいです。
私は都度々々インターネットで行き先を決め手予約をしていましたが、十分それで回れました。
半年程度の短期旅行では良いかもしれませんが、せっかく一大決心をした旅行で縛られているのはつらいことです。
また上記の内容と重なってしまいますが、個人的には英語ができれば、日本人宿をできるかぎり避けることが良いと思います。
日本人宿に泊まるメリットは『安心』『安全』『一緒にまわる友達ができる』『旅の情報を拾える』などですが、それは別に日本人でなくても十分できます。
旅の後半日本人宿に久しぶりに行ったとき、今まで感じていなかった異様さに気づきました。(前半はお世話になりっぱなしでしたけど。)
日本に帰ってから旅の話をする友達がいるのは楽しいです。しかし、そればかりでは、価値観の違う大切な人との出会いの機会を失ってしまうでしょう。
■就職■
もしあなたがすでに30代であるならば、現在のキャリアが他で通用するかを事前に確認しておくのがよいでしょう。
出発の3年前に転職エージェントに相談し、取るべき資格や積むべき経験等を事前に確認し、80%が達成できた時点で辞表を提出しました。
おかげで、就職活動は3ヶ月程度で終わり、年収も維持できました。(それでも今後の出世や退職金等を考えると生涯賃金で1,000万以上はダウンすると思いますが。)
もし再就職に自信がないのであれば、辞める会社には定期的に連絡をとっておくのがよいと思います。
私も定期的に、現地から役員他上司に手紙を送っていたため、帰国後、前の会社から復帰の話がいただけました。(最終的には別の会社にいきましたが。)
30代はこれから結婚し家族を持つ世代です。以前の繋がりを大切にしておいて損はありません。
また旅行期間は最初の計画から逸脱しないようにしましょう。就職活動に響きます。
■最後に■
世界一周に行こうと思ったのは取引先の社長との会話でした。社長自身も若いころ世界を旅行していたそうですが、今でも自分の心を豊かにしてくれていると言っていました。
『誰にも盗まれない財産を手に入れて、俺はそれを棺おけまで持っていきたかったんだ。キャバクラなんかで酒飲んで、上司の愚痴を言ってるような金の使い方はもったいないぞ。』
この言葉が当時の私にはとても響きました。(キャバクラには行ってませんでしたが。笑)
実際出てみて価値観こそ変わりませんでしたが、この思い出はどうやら棺おけまでもっていくことができそうです。
長文読んでいただき、ありがとうございました。
それを体験する
それが昔のゲーム
作った人とやってる人のやり取りだと思う
作った人が隅々まで作って、やる人はそのなぞを追いかける
裏で色々な設定や世界観を作られているけど、それは主人公であるプレイヤーが自分で調べる事であってゲーム開始時から表には出てこなかったはず
ゲームだけを全部終えてもその全てが分かる訳でないものも多かったと思う
後で設定だけを知ったり出来たりする
なんで自分がこの問題にたたされえいるのか、この世界はどうなってるのか、知らない
だから建物や部屋ファンタジー?では施設とか遺跡とか、そういうものを調べる
好奇心で興味津々で
少しずつゲームを進めるのに必要ななぞが解けてそのたびに一歩前進、最後に主人公のたたされてる最大の問題を解決する
それがゲーム
今のゲームは世界観や設定がまず最初に示されていて最初から全体像が見えてる事も多い
プレイヤーはまずそのゲームをするためには世界の設定や仕組みを覚えて活用しないといけない
プレイヤーは謎解きよりも示された設定どおりに作業をこなすだけ
それとプレイヤーの相手をするのはプログラムで物理エンジンとかがプレイヤーの接客をする
全体像が最初から見えているから謎解きとか自分が調べて探索して明かされるなぞとかそういう楽しみは無い
やってる人は裏がどうなってるのか分かった分かった上で自分は知らない事にしてゲームの主人公に付き合う
盛り上げる為に人間関係やドラマとか演出とかそういうもので感動を取ろうとする
でもそれだけだと謎解き無しなので、ゲームの本質と関係ないミニゲームのような謎解きを入れる
プレイヤーは自分が今何で戦ってるのかもあまり理解し無いで進んでる事も多いんじゃないかと思う
それをしなきゃ進めないからやってるだけ
小学生の頃、帰りの会で、毎日、先生が一言何か言うコーナーがあった。
それをずっと意識して生きて来て、今年30になり、
良かったと思うので、ここに書きたい。
先生はこのように言った。
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いいですか、みなさん。
勉強というのは、その70年を楽しむためにするのです。
役立てるための努力をしていないのです。
どうか惑わされないでください。
松っちゃんがテレビで、「いい国作ろう鎌倉幕府」に関するギャグを言ったとします。
だけどもし、みなさんが、鎌倉幕府を知らなかったら。
パスタを茹でる時、お湯を沸騰させないといけません。
だけどもし、君たちが、お湯の沸騰を知らなかったら、パスタさえ茹でられないのです。
みなさんが歴史の知識があれば、その場所は興味深く、物凄く楽しい場所です。
知らなければ全然楽しくありません。
例えば、話題になっている小説。
それを読みたいと思ったら、基礎的な小説の読み方を知らないといけません。
ただ、色々な公式を覚え、基礎を積み上げれば、必ず解ける問題です。
この、「基礎を積み上げれば必ず解ける問題」は、
これを論理力と言いますが、大人になって考え事をするときに必要な力です。
是非覚えておいてください。
去年は、阪神大震災がありました。
地震はどうして起こるのか。
どうしたら防げるのか。
何が必要だったのか。
身近なニュースを読み説くには、これから君たちがする勉強が重要です。
世の中や物事の仕組みが分かれば、楽しめることが増えます。
どうかその70年を楽しんでください。
楽しむために、たくさん勉強してください。
極端に言うと「視野が狭い」。人によるんだろうけど。
ではないので、変に偏っていたり、
日本で流行っている韓国料理と、韓国で食べる韓国料理って違うでしょ?
その「違い」かな。うまく説明できなくてごめんなさい。
煽りじゃなく純粋に、増田でのたったこれだけのやりとりで人を「視野が狭い」とか決めつけちゃう君の方が視野狭すぎとしか思えないんだけど、その辺どうっすか。
ちなみにhttp://anond.hatelabo.jp/20111213210601は別人(元増田ではない)。
自分は東南アジアが大好きなので、今まで何度か(も?)行ったけど
仏教の建造物やら遺跡やら見に行ったり、現地のスーパーやコンビニで買い物したり、
屋台でご飯食べたり、で、飽きない。
http://anond.hatelabo.jp/20111213210111
極端に言うと「視野が狭い」。人によるんだろうけど。
ではないので、変に偏っていたり、
日本で流行っている韓国料理と、韓国で食べる韓国料理って違うでしょ?
その「違い」かな。うまく説明できなくてごめんなさい。
http://anond.hatelabo.jp/20111213210601
そんな自分も韓国も台湾も行ったことがないし行きたいと思わないのでなんとも。
なんだか「でもでもだって」だね。
海外行く気ないんじゃないの?海外行ったこともないし行く時間もないけど、
それでも困らないよね?っていうのに同意する意見が欲しかったのかな。
自分は東南アジアが大好きなので、今まで何度か(も?)行ったけど
仏教の建造物やら遺跡やら見に行ったり、現地のスーパーやコンビニで買い物したり、
屋台でご飯食べたり、で、飽きない。
教科書に載っていない、テレビで見たことのないことに出会うこともある。
体験/経験することと、見聞きすることって違うでしょー、やっぱり。
古墳を「自ら壊しちゃう」の問題っちゃ問題だが(つーか、遺跡なんて東京辺り掘り返せば幾らでも出て来るんで、工事会社の人が「見なかったこと」にして工事続行しちゃうんだよね、色々大変になるから)それ以上に問題なのは日本は「古墳がほれない」ことなんだよ。俺にアレとかアレとか掘らせろとここ十年研究室から叫び続けてるんだが、宮内庁が「ダメです」って言うんだもの。
しょーじき言って、ちょっとキモいくらい親中派な増田さんとか韓国大好きさんの大喜びするものが多分出るだろーと思うし、俺自身がそれ発見するのは全く持ってやぶさかでないんだが。そっちの方に声上げてくれよ。イデオロギー的にアレな人の少なくない考古学者に掘らせるより、文化人類学者に掘らせたほうがいいと思わん?
そんでね、中国は結構ガチで文書焼きまくったの。いや、これはマジで。
「ぼくが見たのが多かった」でなく、文革ではインテリ皆殺しでどんだけ少なく見ても数百万の人間が死んでて、当然ということで資料が焼かれまくった。批林批孔運動なんてその最たるもので、「孔子読んでる奴はぶっ殺せ!」ってやったわけよ。そりゃ、大学に編纂されていた資料も当然残らない。っていうか、資料だけならまだしも学者すら残らなかった。文化的空白が出来ちゃったのよ。そりゃもちろん、難を逃れた資料もあったと思うよ?でも相当数が失われた。そこで出て来たのが、中国大好き学びまくり国家の日本。そりゃわが国は中国に散々学んできたわけだから、そりゃ資料も残ってるわけですよ。
あの規模の国であんだけやるってのは「流石中国、虐殺の国士無双!」って感じなんだけど、そりゃもう色々足りないのよ。あの国って資料が。当事なんか共産主義イデオロギーに反するようするに「インテリ」なものは片っ端から焼いたからね。
こっちが聞いたとこでは、って言っても中国の歴史書に出て来る日本はぶっちゃけかなり存在感が薄くて、「なんとか出て来る記述を探す』ってレベルに留まってる場合が多いのよ。それでも中国の歴史書に出て来る日本を探す研究者は一杯いるけどね。
でも、「歴史的資料の空白地帯が出来ちゃった」ってレベルで資料を探しに来るのはやっぱり中国の歴史家なんだよね。
結局、中国と日本のどっちが優れているとかどっちが悪いってわけではなく。中々悲惨なことをやらかしてしまった中国さんのバックアップとして日本が機能してた、って事実が歴史的に生まれてしまったってだけ。
んで、幾ら日本が「めんどくさいもん出てくるから掘るな!掘るな掘るな!」って国であるとしても、インテリ皆殺しをリアルでやった中国さんに「言える筋でもない」なんてことは全くなく。そこは全くもってレベルが違うんですよいやホント。ヘタすりゃ億単位でぶっ殺してる大虐殺と「古墳見つけてもめんどくさいから見てみないふり」は同格ではないよ、流石に。
日本考古学協会が所蔵している遺跡発掘報告書など約5万6千冊の蔵書を海外に叩き売るという話だ。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101015/acd1010150146000-n1.htm
文系の学問は、政治家や企業家のブレインを勤めている人や猟官制で失職時期が必ず発生する高級官僚が表芸としてやるモノであって、専業でやるモノではないと思っていたのだが、どうも、日本の文系学界では、そうではないらしい。
理工系ならば、特許が金になるから、専業で研究に邁進する事は不可能ではないが、文系学問の成果は、基本的に金にならない。金にならない研究で飯が食えるわけが無いと考えるのは普通であろう。
考古学協会の蔵書を引き取ったら、当然、公開できるようにしなければならないという事で、専門の職員を雇えとなる。金にならない上に、金食い虫となるので、どの大学も、引き取れない状態であった。これは、国内の大学だと、専門の職員が押し付けられる上に、考古学協会の本部機能を持たされ、毎年の学会の主催経費を押し付けられる事が、目に見えていた為である。
そこで、海外の大学という話がでてきた。海外の大学においても、当然、資料を管理・公開する為に専門の職員が必要になるが、その採用基準は、国際的な基準が適用される。最低でも、国際的な学会誌に掲載された英文の論文が必要となる。この基準を満たせる日本人の考古学者が何人いるかは、考古学協会に参加している人が一番理解しているであろう。専門の職員を押し付けようにも、業績面で全員跳ねられる。また、海外にあるのだから、学会の本部機能も押し付けられないし、学会の主催は不可能となり、経費負担を拒絶できる。
学会にとって蔵書が鬼子となってしまっている以上、蔵書の維持という点だけで見れば、海外に売り飛ばすのは、合理的である。
この話がとりあえず潰れたようであるが、かといって、金が作れるようになるわけではない。
官僚の天下り先としてシンクタンクや協会や財団を作るよりも、大学に引き取らせた方が何ぼかマシであるのだが、肝心の大学教員の質や能力や制度に問題がある。助教授を准教授に言い換え、若手に任期制を導入して流動性を高めても、大学だけの制度改革では、ポストを求めて他の大学へと横滑りしていくしかないとなる。テュニアを持っている人同士でお弟子さんの貸し借りで循環させるとなるが、そうやって経歴を積ませても、研究成果が出てくるわけではないし、弟子の貸し借りの輪から外された時点で、大学に残れなくなるという点では、何ら変わらない。貸し借りの輪が維持できるのは、定数が現状維持か微増の状態である場合に限られているのは、論じるまでも無い。仕分けで経費や人員が削られている状態では、先細りとなる。
研究を通じて社会の役に立つというのは、理工系の発想であり、文系は、鍛えた知性や理性や洞察力や分析力、構成力といった能力で社会の役に立つべきである。研究にしがみついているだけで食べていけるのは、大学にお金を引張ってきてくるけど研究成果が今一という人が居る時に、その人よりも研究成果で上回っている人を蔑ろにできないからという理由だけでしかない。大学にお金を引張ってきてくれる人が居なくなれば、どんなに研究成果を積み上げても、お金は回ってこなくなるのである。
この辺は、webコンテンツ業界においても同じで、どんなにコンテンツを積み上げても、お金を引張ってくる人が居なければ、お金にならない。言い換えれば、お金を引張ってくるルートを作った人は眠り口銭を取れる状態にあると言える。コストダウンやアウトソーシングの能力はあっても、ビジネスを育て上げる能力自体が、減衰しているのであろう。
自称隠れオタク。実際の容姿がどうだろうと、隠れに見えなくても自称「隠れオタク」
属性的には漫画ヲタ及び同人ヲタで都合が合えば本を買いにコミケ参加する。(仕事休んでまでは絶対行かない)
リアルでは親及び友、当然周囲の先輩や同級生、職場では一切ヲタクに係わる話は一切しない。
当然ヲタカミングアウトは一切してないし、所謂萌キャラグッズに興味ないから
漫画や原画集設定集だけが家に積まれてるだけでアニメキャラ物は鞄キーホルダーの日常用品から一切排除。
サイト持ちであることも、そもそもサイトを作れる技能があることも周りは知らない。
ヲタから(ヲタでなくてもそういう匂いがする人)話を振られたとしても絶対に乗る気はない。
そもそも運よくされたこともないけど。
というわけで基本三次元では一切に次元の話はしないし、したくない。
とにかくリアルにおいては「ヲタ」というレッテルを貼られたくないという一身。
ヲタというレッテルはまだまだ世間じゃ悪い。生理的に気もがられる。
それが耐え切れない。
だからネット上でのみ考察や妄想を好きなだけ2chやサイトで垂れ流し、リアルでは一切封じる。
(それでもコミケと秋葉原に行くのは、現実世界をヲタ世界が凌駕して逆転している空間である為、と脳内言い聞かせ)
たとえネット上で語り合える人が居たとしても、それを三次元に持ち出してオフ会するのはアウト。
ファミレスかなんかで二次元の萌話してる集団とか異様に見えてしまうから。
こういうヲタが同類を叩くというのは否定しない。実際叩く人もいるだろうし。
私の場合は叩かない代わりに無視する。
萌話考察及びヲタク論にわか論争etcあらゆるヲタにまつわる話は三次元には持ち込まないというルールが自分にある以上、
叩くも何もリアルで話された所で無視し知らぬ存ぜぬを通すだけ。
ヲタ人格はネット上でのみ満喫する。・・・逆に言うとネット上では三次元の話はしない。
萌や燃えを共有したくないのか?と問われれば確かに共感したいという部分はあるけれど、考えてみればネット上でもサイトヒキで
自慰の如くチラシの裏に独り言垂れ流すだけで満足しているアホだったことを思い出した。
多分自分が死んだら、ネットの海にある自分のサイトは誰からも手を入れられないままサービス終了と共に消滅すると思う。
三次元からはヲタ趣味を一切知られずに、逆にネット上では放置サイトとして、やがて消えていくに違いない。
それだけがちょっと寂しいことだけれど。
民度とはある地域に住む人々の、生活水準や文化水準の程度だそうだ。
また生活水準とはある社会階層の平均所得から得られる財貨やサービスの多寡もしくは労働条件・雇用機会等の労働環境、社会保障や教育などの公共サービス、公害・治安などの生活環境によって測定される。
文化水準となると話がまたややこしくなる。文化の程度。特に、ある地域・社会の文化の総体的なレベル。この定義は、文化とは何たるかという問いから逃げて居るので何の意味もなしていない。
しかし総体的なレベルとあるから、人間が社会の成員として獲得する振る舞いの複合された総体、のほうの文化のことだとわかる。
長くなったが話を戻す。民度が高いとは、ある地域にすむ人々が所得から得られる財貨やサービスが多く、労働環境が良く、公共サービスが充実して、安全な生活が送れ、かつその地域の社会の成員が共通してもつふるまいのレベルが高い、ということだ。
「民」という文字が入っているのでどうしても文化水準の方にばかり目が向いてしまうが、民度の問題には社会環境の問題が多分に含まれている。
文化的水準の高さは非常に大切だが、これは社会環境を侵害してはいけない。身の安全こそが最優先されるべきものであるからだ。身体の安全を保障されることこそ民主主義社会において一番大切なことである。これを冒してまで言論の自由を認めることはあってはならない。生活水準の低下は文化水準の低下に先立つからだ。
しかし、高度に洗練された文化芸術の類はどうであろうか。ギリシャでは遺跡が度々発掘され、これらを保護するため宅地開発が進まない。オーストリアは芸術文化に多大な額の国税を投入している。
これらの国民が文化芸術保護のため、社会保障をあきらめているのかは不勉強なのでわからなかった。だが、少なくともこれらの文化財を手放すか、国が関与をあきらめればその分、公共事業が充実することは間違いなく言える。
日本国政府はいわゆるオタクカルチャーを振興しようとするような動きを見せている。一方で規制が強まる言論も増えている。この動きは「世界に誇れるハイカルチャー」として世界に売り出せる文化芸術に相応しくなるための矯正なのだろうか。まぁそこはどっちでもいいんだが、問題は、これらの(高度な)文化は、生活水準を脅かす権利を持つのだろうか。生活水準に生活環境という要件が組み込まれている。現在、オタクカルチャーは支持を伸ばしているものの一般的に評価を得ているとは言い難い。オタクカルチャーに嫌悪を感じる人にとっては生活環境が悪化しているのだ。公共の福祉のためなら幸福追求権は侵害されうるが、もし日本政府が文化振興を政策として行ったら、彼らの幸福追求権は侵害されてしかるべきか。
高度な文化でなくとも問題はある。ある社会の成員の多くが「性犯罪は起こるものだから、自己の安全管理は徹底すべき」と思っているなら、その社会の民度は安全な生活が脅かされることを容認する程度に民度が低くないだろうか。ただ、「窃盗は起こるものだから、自宅の施錠は徹底すべき」は、民度の低い社会と言えるのだろうか。
とくに文化水準について民度の低い社会は何か問題があるのだろうか。
私はもともと高度な文化も一般文化も水準が上がるよう努力すべきだと思っていたが、経済が圧迫されてくるとこの考えは民度の高い社会でこそ通用するのではないかという疑問がわいてきた。
そして日本は民度の高い社会には相応しくなくなってきていると感じるようになった。どちらが正しいということはないのだろうか。
「そんなバカな」「そんなことになるわけないだろ」と思う人が多数だろうけど。こういう言いがかりをちょっと思いつけば、自分が気に入らない人間をいくらでも犯罪者に仕立て上げることが可能になるという点が、極めて危険なんだろうなと想像するわけで。
それはそれとして話は変わるけど。
以前、安倍総理(当時)が、こうのとりのゆりかごに難色を示すコメントをした、ちょうどその翌日。東京都のとある公園のゴミ箱に、赤ん坊の死体が捨てられていたというニュースが流れたことがあった。…これが、今の現状で、この現状をもっと意識すべきだと思う。
現実には実在していない青少年のアレコレに気を回してる暇があったら、今、たしかに実在している子供達の「命」を守ることに、社会的リソースを僅かでも注力すべきではないか。それでなくても、ついこないだ、餓死した男児のニュースが流れたばかりではないか。
死んだ赤ん坊や、餓死した男児の墓の前で、「私達はお前なんかより、漫画やアニメの中の子供達を守ることに力を入れるからね」と宣言するかのような、そんな社会であってはいけないだろう。社会的リソースは無限ではないのだから、優先順位を決めて割り振っていく必要がある。まずは子供達の「命」を守ることに使えるリソースを注ぐべき。実在していない子供 ―― 実際には被害者が存在していない事例のために、割けるリソース・余裕なんか欠片もないだろうと思う。
思いつくまま書いていったらかなり長くなってしまった…
まず指摘の大かった『女子は「ほんと男子って馬鹿よねー」って言いながら実際興味しんしん』の部分についての言い訳。これについては非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。「女性の性に対する抑圧」「処女厨となにが違うの」の指摘は、自分でも書きながら意識していた部分であり、痛いところを突かれたなと感じています。
最後の段落の意図については、自分のいいたかったことは『いっそみんなで開き直りましょうよ』の前までで言い切っているので、あとは極論を言って『落ち』を付けようかな、という感じで書いた文章です。
当初ここでは、指摘されたような「男性はニッチなポルノでオナニー、女性はBLで楽しくオナニー」みたいな文章を書いていました。しかしすぐ「女性の性のはけ口としてBLを扱うべきか」「そもそも女性の性について、軽く冗談めかして極論を言うだけのバックボーンとしての知識があるか」という考えに至り、段落丸ごと全部削るかどうか悩んだ結果『男性』を『男子』、『女性』を『女子』にし、さらに女子の台詞を「ほんと男子って馬鹿よねー」という小学校の学級会を連想させるようなより冗談っぽい表現に変えました。書いた当初は「興味しんしん」で女性の性欲について多少触れたつもりだったんですが、不適切であるという指摘はもっともです。
また、表現を変えた、ではなく、逃げた、のほうがより正確かもしれません。
結果、多くの人に不快な思いをさせてしまったようで、本当に申し訳ないです。女性の性欲について踏み込むのを躊躇したあげく適当にお茶にごそうとして自爆するぐらいならやめときゃよかったかもしれません。最後の段落については、ちょっとどうするか考えます。(削除するか、変更するか)(でも個人的にやっぱなんか適当な落ちは欲しいんですよね。)なお、BLに関しては「女性の性欲のはけぐちとしての部分もあるものの、男性は男性らしく、女性は女性らしくといった性差の抑圧を取っ払ったうえで、恋愛を含む人間同士の関係性を描くための手段としての側面が強い」と考えており、また、女性の性欲に対しての知識は恥ずかしながら「あるのは知ってるけど、どんぐらいのもんなのかは想像することしかできない。訊くのもむずかしい」程度のものです。
「この増田のような人が腐女子を叩いているんだろうと思った 」という指摘について。
BLにはほとんど聞きかじった知識しかないものの、強く興味を抱いており、たたくなんて。そんな。そこは強く「違います」と言いたい。
食わず嫌いしていた少女マンガを「すげーおもしれー!」と目を開かせてくれた『ポーの一族』でした。女性作家の漫画で最高傑作だと思うのは『日出処の天子』。よしながふみは漫画はもちろん対談集も購入しており、羽海野チカは短編読みたさにコミックキューも買いました。そんでハチクロの最終巻みてちょっと後悔。男性の漫画好きとしては典型的すぎるラインナップですが、それでもこれらの名作を生みだしたBLという文化について、たたくことなんて考えられません。あといちおう、最初から最後までエロいだけのBLも読んだ経験が何度かあります。あれ、比喩表現の一部とか男性向けエロ小説と共通してるから、普通に勃起するんですよね。めちゃくちゃびっくりした。すごく面白かった。
ただ「未発達な蕾」っていう表現が出てきたときには、笑っちゃいまいた。「蕾」って、女性器を花弁に例えることが前提として比喩表現だと思っていたので。結構普通にBLであるわけ?菊の蕾?普段は聞きたくても聞けないのですごく気になります。
…とまあこんな感じなので、叩くような思想は持ち合わせていないつもりです。ただ、自分自身誤解している部分もは多くあるだろうし、文章からいやな感じがにおいたってきてるところもきっともあはずなので、もしよければ簡単にでも指摘もあえるとすごくありがたいです。おれ、ふじょしにきらわれたくない。
「秘めることを悪いことだと勘違いしている。日本だけがポルノの国ではない。ポンペイの遺跡や欧米のポルノショップやエグイAV等も観た方が良いと思われ。」という指摘について。秘めることは別に悪いことではないと考えています。いちおう秘めることを悪いというのではなくて、元エントリは「なかったことにしようとするのは無理筋じゃね?」という感じのニュアンスで書いたつもりでいるのですが、誤解を与えるような表現だったなら申し訳ない。本意ではないと弁解させてください。あとポンペイの遺跡についての知識はないですが、欧米のえぐいやつについては、昔某マニアックAV専門店(邦洋問わず)の倉庫整理のバイトをしたことがあるので、いかに世界が広いかということについては認識しているつもりです(遠い目)。
最後に、特殊性癖(性嗜好)うんぬんについて。例に挙がっているような、他人を物理的に強く傷つける性嗜好はもちろん倫理的にアウトだと思います。ただまあ、現実に実行しないかぎりその人の人間性が否定されるわけじゃないし、想像するのは自由だと思うので「たいへんだとは思うけど、うまくおりあいつけてください。吉良吉影がかっこいいのはジョジョの中だけです」って感じでしょうか。なお、倫理判断はケースバイケースで。