はてなキーワード: 神様とは
スプラトゥーン3フェス中だけどまったくノープレイほぼ遊んでないわ。
3色三すくみのトリカラマッチもゼルダのステージを見たいがための1戦だけで終了。
フェスはあればあるほど離れて行っている感じがしてというか、
要は今、
私は『HADES』を始めたのが終わりの始まりだったのよ。
やり込んじゃってるわ。
最終のハデスのところまでは行けるようにはなったんだけど、
まったく太刀打ち出来ないわ。
えーってラスボスと今は思っているハデスの第二形態で散ってしまったわ。
ちゃんと武器のスキルを上げて一点集中して上げていかないと勝ち目がない気がするし、
かと言って武器の強化へ全振りしていると体力のヒットポイントも上がらないし、
というか、
そもそもとして、
レヴェル1の武器で太刀打ち出来るのかしら?ってそもそも論があるわ。
私はローグライクが好きなんだけど、
あ!もしかしてこれギリシア神話で神様がたくさん出てきて街の登場人物にいろいろ話しまくりまくりすてぃーで
私が一番苦手で大嫌いなアールピージーの村人全員に話しかけると言う作業が嫌いなので、
もはや今は懐かしい私の年収低すぎお姉さんを彷彿をさせる逆の登場人物が多すぎるパターンで話すの嫌い!って思っていたけど
話すごとにみんな違うこというのよ!
なんかダンジョンでやられてホームに帰ってくるごとにみんな違うこと言ってくれるので、
え?これみんなに話しかけなくちゃいけない?重荷だと思っていたけど、
それが不思議と苦じゃなくて逆に話し込んじゃう感じだわ。
まあ毎回毎回違うことみんなセリフがたくさんあるからよくしゃべるのよ。
挙げ句の果てには
主人公の身の回りのお世話をしてくれてるメデューサの頭だけみたいなキャラクターがいるんだけど、
よくしゃべるわー。
やったー!ってなったんだけど、
やられてホームに戻ってきて酒場にその1ステージ目のボスがいて、
話しかけたら
お前にやられて機嫌が悪いから話しかけるな!みたいなこと言って
おまえ飲んでんじゃん!って
ボスなのに話せるってところがなんか新鮮だわ。
そんでやられたからその酒場にいるボスももちろん台詞がたくさんあって、
話すごとに話が違うから
ついつい話しちゃうわ。
まあやられてもホームのみんなが調子はどうだい?って迎えてくれてしかもみんな1回1回台詞が違うから驚いちゃうパワーンだわ。
お話話しかけるの嫌いな私でも話しかけるのが好きになっちゃうぐらい
洗濯物で言うと驚きの白さ!ってところかしら。
まあ込み入った話になるけど、
攻撃でチェインが繋がる武器を使ってダメージを与えた後に追加ダメージを与える「辛苦」だったっけ?を与えるスキルをめちゃくちゃ上げるのが今私が見出したパターンなんだけど、
体力任せにガンガン押していっても押せない難しさがあるわ。
まあHADESやったことない人には分からないくて申し訳ないけど、
でさー
ローグライフというか
そう言うゲームの悪いところはついついもう1戦!って
前にも言ったけど
これは私のパターンとあっていてプレイをやめどきがあっていいなと個人的に思っている、
まあ1戦1戦が3分なり5分なりのわりと短時間で済んじゃうし、
ゲーム中って時計みたりしないけどスプラトゥーンならスケジュールが変わったら強制的にインサートしてくるから
あ!もう2時間も経ったんだなぁって
そんでタチが悪いのは
やられても、
次のランダム強化アイテムはいいのが来る!って期待して行うことなのよね。
それが悪循環でもありプレイが続くことでもあり止めどきを見失ってしまうわけでもあり、
でも!でもよ、
私が推している攻撃した後に速水もこみちさん的に言うとどんだけ追いオリーブオイルすんの?でお馴染みの追加ダメージを与える「辛苦」のアビリティーを出やすくするアクセサリみたいなのを装備したら予め出やすくなるから
しかも!
「辛苦」のアビリティーがゲット出来たら「辛苦」が出やすくなる装備を途中でステージが変わったらその装備も変更出来るから、
用がなくなったら次の死んだら復活時にヒットポイント回復!アイテムを装備していけるから、
無駄が無くランダムに頼ること無く欲しいアビリティーを結構運任せじゃなくてゲット出来るところがよいわ。
とか言ってもやっぱりついつい遊び込んじゃうわ。
まあスプラトゥーン3は
寝食をいや食を忘れてまでプレイしちゃうスタイルはさすがに遊びすぎだわ。
ちょっとローグライフの時間がいくらあってもたりないタチの悪さを喰らった感じだわ。
あー時間を気にして遊ばなくちゃね。
うふふ。
夜更かしはなしよ!
また忙しい日々が始まるしねーあーあーだわ。
お茶っ葉計って入れてるんだけど、
最終使い切ったときいつもの8グラムより多くの10グラムだったので
あと水出しルイボスティーウォーラーも同時に作ったので充実してきたわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
https://anond.hatelabo.jp/20230506205659
一方で私は副作用に耐えられなくて服用が続けらなかった。
友達もいないし家族からも見放されみんなから嫌われてるからずっとぼっちだ。
それでも生活保護のお世話にならないようにバイトや日雇いの仕事をしながら生き延びている。
どうしても耐えられなくて生活保護のお世話になるようなことがあったら自殺しようと思ってる。
同じ発達障害でも頑張って克服したりしようと頑張ってる人間を見るたびに思う。
できる人は頑張ってほしいが、できない私は生きててこの先に何かいいことがあるんだろうか。
生き延びたところで子孫を残せるわけでもない。
税金は払ってはいるが、国が私が生きるために費やしている費用より私がおさめてる税金の方が低いらしい。
なにより、自分は生きていても特に幸せを感じることがほとんどない。
下手にあがかずに、生きるのを諦めたほうがみんな幸せになれるのじゃないだろうか。
わかっちゃいるが、とあるソシャゲの結末を見終わるまでは死にたくない。
もうちょっとだけ生きることを許してほしいと世間様に言い訳しながら今日も生きてる。
次のピックアップでレイサちゃんが引けなかったら死ぬかもしれない。神様どうかお願いします。
生きる目的はソシャゲにしかないが貧乏だから課金は一切できない。
ソシャゲに課金できるほどお金の余裕がある人生を送りたかった。
circled 自分が苦しんでいる、幸福じゃないと断言出来るのであれば、何が幸福な状態か?という基準を持っているはずなので、なら人生に意味はあるんだろというのが論理よな
幸福な状態というのは片付いたお部屋で植物のように穏やかな心で生きられることかな。
さっき食べた秋刀魚が美味しかったという話をしようと思うんですが、これがなかなかに難しいんですよ。なぜかというと、秋刀魚というのは、普通に食べても美味しいんですけど、それだけじゃなくて、焼き方や塩加減やタレやレモンの絞り方など、細かいことにもこだわりがあるんですよね。それに、秋刀魚というのは、季節のものだから、旬の時期にしか食べられないんですよ。だから、秋刀魚を食べるというのは、特別なことなんですよ。それをどうやって文章にするかというと、まずは感情を伝えることが大事だと思うんですよ。感情というのは、言葉にするのが難しいけど、言葉にしないと伝わらないんですよね。だから、僕はさっき食べた秋刀魚が美味しかったということを、できるだけ強く表現したいんですよ。例えば、「秋刀魚は神様が作った最高の魚だ」とか、「秋刀魚を食べると人生が変わる」とか、「秋刀魚は僕の恋人だ」とか、そういう感じで言ってみたいんですよ。もちろん、これは大げさに言ってるんですけど、それくらい秋刀魚が好きなんですよ。秋刀魚を食べると幸せになれるんですよ。そういう気持ちを伝えたいんですよ。でも、それだけじゃなくて、具体的なことも書かないといけないんですよね。具体的なことというのは、どういう秋刀魚を食べたのかとか、どうやって焼いたのかとか、どうやって食べたのかとか、そういうことですよ。それも大事なんですよ。だって、秋刀魚は細かいことにこだわるから美味しいんですから。だから、僕はさっき食べた秋刀魚が美味しかったということを、細部まで書きたいんですよ。例えば、「秋刀魚は脂が乗ってて身がふっくらしてて最高だった」とか、「秋刀魚は塩を少し振って焼いただけで十分だった」とか、「秋刀魚はレモンを絞ってさっぱりしてて最高だった」とか、そういう感じで書きたいんですよ。もちろん、これも個人的な好みなんですけど、それくらい秋刀魚に対する愛情があるんですよ。秋刀魚を食べると幸せになれるんですよ。そういうことを伝えたいんです
ヒロインが年上おねーさんでいちおうおねショタっぽく装ってるけど、たまにしか出てこない神様ポジだからいないも同然
パーティは美少年だけ(純朴、生意気王子様、丁寧語系美少年)のBL臭ぷんぷん
こりゃあかんわ
https://anond.hatelabo.jp/20230504110406
はてなIDはもう10年以上前に削除済みのROM専だけど、今回トラバするためにわざわざIDをもういっぺん作ったよ。
身内に統合失調症がいるので、精神障害者やそういう人の家族に対しては理解があるつもりだ。
そんな私なので「精神異常者」なんて挑戦的な単語のタイトルを見たら、さーてどんな奴か読んでみたろと思うので読んだ。
事前に言っておくが、増田に対して説教するつもりは1点しかないよ。
その1点とは「精神異常者」なんて言葉を使ったことだけ(それも、動揺と怒りのため言葉を選べなかったのかもしれない)
読み進めて、2階から放尿でびっくりしたよ。だってうちの身内(以下、M)と同じなんだもの。
Mは、子供の頃絵を描くのが好きでテレビゲームがやたらと上手くてただ気を使ったり人とペースを合わせることができない奴だった。
クラスに必ず一定数いる「皆と違う」嗅覚がよく働く(そして大人に可愛がられる)タイプからはさぞかし標的にされやすそうな子供だった。
実際、昼休みに学校の中庭で同級生から小突かれているのを見かけたことがある。
私は昼休みはもともと中庭で植物を眺めながら過ごすことが多かったので、Mを見かけたときはテキトーに声をかけるなどしていた。
少なくとも私がMに話しかけるとき、同級生はMを小突くために近づくことはできなくなるからだ。
関係ないが、そういう機転(笑)を利かせることができる能力のおかげで彼らは大人に可愛がられるのだろう。
そんな事が子供のころから出来るなんて、器用で羨ましいことだ。
また、大人になった私が子供を「子供である」という点に起因して好意的に見ることは決してない理由がここにある。
話を戻そう。
もともとMは勉強(というか学校の授業)は苦手だったが、中学の頃からほとんどついていけなくなり、学校での虐めもひどくなった。
小学校は6学年あるが中学は3学年しかないので、私はMが中学でどんな様子で過ごしているのかその目で見ることはできなかった。
そんなMの様子を見た父親は、自分が低学歴のため低賃金の肉体労働を長く続けざるを得ない苦労をMに語って聞かせ、
「何でもいいから、高校にだけは行かなきゃ駄目だ。高校だけは行かないと人生おしまいだ」と叱咤激励し、
Mは父親の言葉をしっかり胸に刻み、高校へ行けない事を恐怖して半べそをかきながら机に向かい、公立高校の中では相当偏差値の低い工業高校へ入学した。
朝学校へ行ったはずのMが学校へ行かずに帰ってきて、言った。「外の人が全員、自分に「死ね」と言ってくる」
学校からは休学を提案されたが、Mは退学した。父親はMが高卒資格を得られなかったことを悲しんだ。
母はMに「皆と同じように高校を卒業しなくたって、神様はMを愛しているよ。今はいくらでも生きる方法があるし、勉強する方法も一つじゃない」と言って励ました。
その言葉は、Mが高校受験で泣きながら勉強してた時にも言ってやったのだろうか。
学校へ行かなくなったMは、お菓子を買いに行く以外の用事では外へ出なくなった。
食事の時間にはいたりいなかったりだったが、段々食卓にも来なくなった。
リビングから人の気配が少なくなると、部屋の中からそれを察知して出てきて、冷蔵庫を漁るなどしていた。
母親はMが食べるかもしれないからとおかずや冷凍ご飯を常備するようになり、冷蔵庫から野菜のおかずが減っているとはじめは喜んだ。
だが、Mが見境なく冷蔵庫の中のものを食べきってしまうようになると、家族みんなの事も考えろと言ってMを叱るようになった。
Mはますます部屋から出なくなった。時々、壁を殴る音が部屋から響いてくる。
ある朝母親の大声で目覚めて驚いて見に行くと、リビングの壁に穴が開いていた。Mが拳で殴ったのだ。
母親は半狂乱のようになり、「借家なのにどうするくぁwせdrftgyふじこ」みたいな事を言ってた気がする。
閉ざされたMの部屋のドアからは、酸化した皮脂の臭いがする。週に一度程度だけ、家族の繰り返しの説得で風呂に入っていたように思う。
とはいえ、部屋や布製品にこびりついている酸化した皮脂の臭いはどうにもならなかったが。
母親は、Mが風呂に入っている隙にMの部屋を掃除しようとした。
そこで当時成人男性の間で流行っていた女児向けアニメのキャラクターお〇ぷちゃんの二次エロ画像印刷物を見つけ、怒りながらMの鼻先に突きつけた。
私は最初「ああ、ロリは駄目だわ」と思ったのだが、母の口から「ポルノ」という言葉が出てきてそこからNGの母親に絶望した。
母は激高しMに大変な詰め寄り方をしていた。正直、あれはMがかわいそうだと思う。
ある日母親から思いつめた顔で言ってきた。「あなたの息子が窓から放尿している」と近所の人に言われたそうだ。
私は最初、流石に人間それはないでしょwwwと思ったが、ビビビビ…という音を耳にする機会はほどなく訪れた。
Mは部屋から出たくないあまりトイレにさえ行かなくなったのだ。大の方はさすがにトイレへ行っていたと思われる(と、信じたい)が。
Mはその後、母親に暴力をふるったため警察の介入を受け精神科へ入院した。
関係ないけど、夫(Mの父親)や子供(Mの弟)が暴力を振るわれた時は暴力を悲しんで涙を流し神に祈る母親を演じて終了だったのに、
自分が暴力の対象になった瞬間「アンタなんてもう知らない。神に悔い改めるか地獄に行くか自分で選びなさい!」と言って公権力に頼むとか笑える。
Mは障害者年金を受け取りながら病院に入院したり退院したり、母が関係を取り付けようとした(宗教の人が善意でやってる系の)障害者福祉施設や就労支援施設とのつながりを全て蹴って、
まともな人間関係も就業経験もないままアラフォーになる。両親がいなくなるまで、もうそんなに時間はないだろう。
もし、Mが中学の時にもっと別の選択肢を提示し、強迫観念から逃がしてやれてたら。
高校へ行かなくなったときに、何かこう…そういう子たちが行く優しく勉強できるところへ繋げてやれてたら。
そうしたら、少なくとも2階の自室から放尿することにはなっていなかったと思う。
今私が住んでいるところには、毎週同じ曜日同じ時間に奇声を発しながら通る女性がいる。姿は観たことがないが、声で家の前を通過しているのが分かる。
また、毎日使う通勤電車には、手を叩いたり大声を出したりするチック?の男性がいる。
彼らの姿を笑ったり恐れたり、不審な目でにらみつけたりする人が大勢いる。
しかし私には、彼らが羨ましい。毎週毎日、同じ時間にそこを通っているということは、
彼らには毎週毎日通えるコミュニティがあり、行った先には「おはよう」「さようなら」を言って関わってくれる人がいるということだ。
Mはそれを得られなかった。
せめて20代早々くらいで、週に1回とか2回とかのペースでもいいから、自分で通える就労施設とかへ所属できる程度に社会や人とのつながりを持てていたら。
ここまで書いておいてアレだが、悪いが私はMに関わる気はない。
私が女子大生だったころ滅多に部屋から出てこないMが私の部屋に静かにやってきて、ここで裸になってもいいか?と聞いてきたことがあった。
Mはなぜ私に嫌われているか本人は分かっておらず今のままではMが可哀そうだ、という家族もいる。じゃあアナタが親切にしてあげれば?私には無理です。
何の慰めにもならんと思うけど、増田は2階から放尿する奴が自分の身内じゃなかったことだけでもいくらかマシだったと考えて強く生きてくれ。
じゃあな。
父が死んでちょうど一年になる。
この一年は家族と宗教について、父について考えざるを得なかった。
考え出すと、寝れなかったり不安定になることがあるので、節目に吐き出したい。
というのも、元首相の殺害や、菊池真理子氏の「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~ を読み、
私自身、宗教2世として記録と想いを書き残しておこうと思った次第である。
【創価学会と私】
私は幼少期に早い段階で、「あれ、家の家族は周りと違う」と気づき、
思春期には、親への反抗と同時に学会への不信感を募らせていった。
小学生の頃から月に何度か、知らない大人が集まる場所で連れていかれ勤行をしたり、
意味の分からないビデオを見せられたり。胸糞悪い記憶が残っている。
「新聞取ってもらえませんか」
と言いに来る。
”お母さん恥ずかしいからやめて”
田舎の小学生にとって、周りの友達との関係が崩れていく事がどれだけしんどかったことか。
普通の家ではないということを、表に出さず、隠しつつ、とはいえ田舎だったので周知の事実だったと思うが。
幸い友人に恵まれ、勉強も少しはできたので、いじめも無く、表向きは周りの子供と変わらない様に過ごせたと思う。
同じ中学から進学した同級生で親友になった子も、私の家族について良く知っていたが、一度も嫌な顔をせず私に付き合ってくれた。
なるべく親の世話にならず一人で生きていきたいという気持ちが学会のせいで強くなり、
部活をせずバイトをフルでいれて(貧乏というのもあったが)、奨学金とバイト代で授業料を支払っていた。
そしてここから成人して、就職、都会へ引っ越し、出来るだけ家族と離れることで、学会と距離を取ることができた。
【父と家族】
私の父は、生まれつき心臓の病を持っていた。学会とは関係無し。
忘れもしない小学低学年、夜中に居間が少し騒がしく、トイレに起きた私は母に慰められながら号泣する父を見た。
バブル崩壊後の不況の中、持病持ちの父は会社から要らない人間扱いされたらしい。
そこからの我が家は、どん底だったとのこと。父は病気のせいで再就職もままならない。
子供が4人(兄、姉、私、弟)。今思えば、生きて大人になっているだけで儲けもんではあるが、
母は強かった。
朝から晩まで、仕事を掛け持ちして皆を食べさせて、学会の活動も、勤行も欠かさずやっていた。
朝は清掃のアルバイトで、私が朝起きて登校するまで家にいることは稀で、
母が夜にアルバイトしていた工場の冷凍肉まんをチンして弟と食べて学校に行っていた。
昼間は保険の営業をしていたらしいが、学校に行っている間なので詳しくは知らない。
たまに学校から帰って家にいるときは、内職や家事の合間に勤行をしていた覚えがある。
父は弱かった。
私が幼い頃は絶対的な存在として、一家の主として君臨していた。
家族を養えなくなり、酒に溺れ徐々に精神的にも肉体的にも弱っていった。
私が思春期の時には、何度もぶつかり合った
「なぜ仕事をしない」
「酒をやめろ」
私は父が病気だと知っていてもなお、問い詰められずにいられなかった。
そのある夜に、父が紫色の顔で鼻血を垂れ流し、シャツを真っ赤にして救急車に運ばれた。
兄は優秀だったが。
私とは別の私立高校を特待生で通っていたが、すぐに不登校になり、ここから10年近く表に出なかった。
これは原因も私には分からない。ただ精神的に不安定な人間だった。やはり家庭が関係するのだろうか。
そしてその間、私と弟は良く兄と仲違いした。
姉は男を追って遠くへ消えていた。家族の中で私と弟はこの兄が大嫌いだった。
そして私が都会に出た数年後、弟から兄が創価学会に入信したと聞いた。
私は信条の自由だとその場は笑い飛ばしたが、笑い事ではなくなった。
「いつかお前にもわかる」
「幸せとは何か」
私は本当に何度も実家に帰りたくなくなったが、それでも会いたいという父や母の為に顔だけ出していた。
それだけで息子として顔を見せるくらいは何も苦痛ではなかったが。
【父の死】
そしてちょうど一年前、父が亡くなった。
数年前に心臓病とは別にガンを発症、末期になり3月から緩和ケアに入る。
コロナで面会が難しく、5月中旬になら会えるとのことで、連休をずらして規制予定だった矢先に。
墓も遠方の学会の墓に建てるそうだ。もう兄を止める者はいない、
【最後に】
私が見てきた限り、一度も勤行をしたこともない。
けれど父は、もっと言えば母も学会にのめりこんでいたが宗教というフィルターを通さず、
兄はそんな父をなぜそのような扱いにしたのだろう。
本当に父が思っていることを聞けなかったことを後悔しているのかもしれない。
私は宗教で苦しみました。
兄は宗教で救われました。
おそらく私は一生この問題と付き合わなければいけないとも思います。
あなたがそうしたように。
【】
吐き出したいことをだっーと書いていったら、ある程度言いたいこと言えたっぽいのですっきりしました。
○ご飯
朝:コーンスープ。チーズ。クラッカー。昼:カロリーメイト。玄米ブラン。夜:ヨーグルト。冷奴。キャベツと人参とエノキのスープ。
○調子
・はじめに
あらすじとかジャンルの説明がめちゃくちゃ難しい、一本道のノベルゲーム。
原作の同人ゲームは分割で幾つも販売されており、Switch版では全部まとめて移植されている。
まず、あらすじは引きこもりだった主人公村上太陽が心機一転鏡原高校へ転校し通うことになり、そこは生徒を管理する生徒会と自由を求めるデモ隊とが衝突しており、太陽はメーンヒロインの八月一日宮遥の所属する報道部に入りその二組の対立を調査していく。
ジャンルとしては学園を舞台にしたボーイミーツガールな青春もので、過去に起きた事件と今起こっている対立を探っていくサスペンスなノリもある。
というのが、あらすじとジャンル説明になるっちゃなるんだけど、全くこういうお話ではない。
あまりにも隠されていた設定や予想できない展開が多いので、(普段からだけど)今回はかなりネタを割る感想になります。
・ネタバレなしの推薦文
一応この感想は自分用のものではあるものの、ADVというジャンルを楽しむ人が増えて欲しい気持ちはあるにはあるので、ネタバレなしの140字で魅力を伝えておきたい。
「カガミハラ/ジャスティスは、正義と悪の定義を問う社会派な物語が魅力的なゲームでした。正義を行い続けるための具体的な方法論が提示されていて、普遍的ないつの世でも通じる良い価値観だった。自分自身がこういう娯楽を安寧に楽しめる立場にあるというメタ視点込みで、考えさせられた。カズト好き。」
とはいえ、直接的にトリックのようなものを書く気はないんで、ネタバレの範囲問題は難しいね。
・話の広がりがすごい
話がドンドン大きくなっていき、学生運動から、左翼団体、移民問題、テロリズム、陰謀論、インターネットで増幅する悪意、平和の定義、異なる宗教との付き合い方、ゲリラ、貧富の差、資本主義の限界、民主的な政治の目標、核兵器、戦争などなど現代社会における数多ある課題をテーマにしたエピソードが次から次へと展開していく。
視点人物も沢山おり、最初のうちは高校が舞台なので生徒と先生ぐらいだったのが、主人公とほとんど絡みが無い日本の政治的な地位が高い人や、米国軍人や、中東を取材する記者など、その問題を描くに相応しいキャラがドンドン出てくる。
・始まりに終わりがあった
最初のうちは男女のドギマギするラブコメや、恐ろしいホラー、痛快なアクションなどわかりやすい娯楽作品の味がするのだけれど、
中盤以降は上記した現代社会における様々な課題について問題提起していく展開が続く。
もちろんあくまで美少女キャラが登場するアドベンチャーゲームという媒体の中で出来る範囲ではあるのだけれど、全体的に通してみると真面目な展開が続く。
後半丸ごと使って描かれる戦争を止める方法、というあまりにも壮大な目標は、尺の都合もあるのかサクサク進むものの、現実的な面もあり見応えがあった。
話がドンドン広がっていっても、最初に提示された生徒会VSデモ隊の対立関係を解きほぐした時と同じ手法で解決していくのは、エンタメ作品らしい痛快で爽快な気分になる展開で、その道中で示されてきたキャラクタの魅力を信じたくなる気持ちがあればこそな面白さだった。
説教臭いと一言で評してしまうのは勿体無い、普遍的でいつの世にも通じる「良い(とされる)価値観」が嫌味なく描かれていた。
・対話
この作品を要約してまうと「対話」の二文字で終わってしまうかもしれない。
要してしまうと、武力よりも対話を大切にしようねということなんだけど、
こうやって文章にしてしまうと陳腐だけれど、作中ではその難しさ込みで何度も何度も対話の大切さがとかれる。
綺麗事と言ってしまえばそうなのだろうし、作中にはたまたま利己的な自分の利益しか考えないキャラが少数派だから成り立ったとみるのも容易かもしれない。
けれど、そうやって他人の立場を決めつけて本音を聞こうとしないこと込みで、対話の大切さが幾度も幾度も描かれる。
具体的な対話の内容についてはボカされてしまうのが勿体無いものの、
「ミステリは議論である」のモットーを掲げて数多のフィクションを楽しむ僕としては、議論のベースが対話である以上、非常に納得感があったし、娯楽作品としてもこの作品を楽しめた。
ただ、このあえてこの作品が触れなかった、対話をしてなお、武力的解決を求めてしまう人が多数派な世界も、現実的には存在すると思うと、このような多様な価値観を描いた物語を購入して遊ぶことができるというだけである種恵まれており、自分も何かしないといけない気になった。
テーマ的な部分の感想はここまでにして、以下は気に入ったキャラクタに焦点を当てて感想を書きたい。
・秋沢カズト君が有能すぎる
15歳にして天才的なソフトウェアエンジニアのツンデレな男の子。
僕も業務システムを作る仕事をしているので、彼が振られる無茶振りが理解でき、尊敬できた。
っていう読者の職業ゆえにプロの仕事がわかる話を差し引いても超優秀。
機転が効き、最終盤面では彼の察しの良さで逆転するためMVPは彼なんじゃないかな。
後半になればなるほどインターネットの力を多様するため彼も大活躍するんだけど、技術者なのでサーバールームで一人で仕事してることが示唆されるだけで出番自体はドンドンなくなっていくのは寂しい。
そんな実務的な部分の有能さに加えて、性格的な部分の愛らしい様も見所。
普段はツンケンした態度を取るんだけど、少ししてから反省してデレデレしたメールで謝罪するという、露骨に狙ったツンデレキャラ。
あざとすぎる上に実は好きな女の子がいて彼女にはより一層ツンデレしちゃうのも愛おしい。
一世一代の告白シーンなんかもあり、彼が主人公の方が収まりが良かったのかも感は少しある。
姉キャラ。
序盤は電話口だけの出番が続づき、会話でアドバイスや調査してくれるもだけど、途中からはちゃんと登場してくれる。
姉キャラなので年上の大人の女性なのだけど、作中のどのキャラよりも子供っぽい。
見た目もそうだし、恋愛が奥手すぎる。
ノンアルコールビールで酔ったフリをして誘う(誘えていない)などの搦め手が滑ってることも、半端にお酒の力を借りてる辺りが子供っぽい。
最後の最後で時間が飛ぶのだけれど、そうしてもなお一点も進展が見られないのは、大人なら自分の責任だろう。
好きなのに好きといえず遠回しな表現しかしない臆病さが可愛いキャラだった。
・周大翔が格好いい
なんだけど、まあ格好いい。
自分の命を天秤に乗せられるタイプの格好よさで、だからこそこのカガミハラ/ジャスティスが始まっているという尊さがある。
自己犠牲を否定する展開が多いんだけど、彼だけはかなり特別な立ち位置なので色々と特殊な展開がある。
優秀なシーンも多いが、リーダーとして腹を括る格好いいシーンも多い。
ハルヒ系と言ってしまえばテンプレなのかもだけど、目的のためなら手段を一切選ばない強引で傲慢なのに人情でしか動かないキャラ。
彼女が主役で彼女のためのストーリーだっただけに、中盤彼女が物語が退場していた時期は読み進める手が止まることも多かった。
もちろんこの退場にも意味がある展開なのはわかっていたのだけれど、この辺は魅力的がすぎた。
暴力よりも対話を重視する作品の基本構造だけに口が達者なので、彼女が出てきてドンドン話が前に進むのが面白い。
最大の見どころは何と言っても、最終目標である「戦争を止める」への解決策を導き出すところ。
そこまでの苦難込みで屈指の名シーンだった。
・さいごに
面白かった。
公称ジャンル「サスペンスアクション学園ラブコメミリタリーミステリー」に恥じない超てんこ盛りの大ボリュームな作品だった。
そんな様々で多種多様な展開を「対話」というアプローチでまとめ上げているのが素晴らしい。
それだけに、作中でも言及されている言語の壁については苦しい展開が多くあり、バベルの塔を破壊した神様許せねえってなるね。
大ボリュームではあったが、正直まだまだあの世界の物語を遊びたい気持ちが残っている。
繋がりは無いものの、まずは同じクリエイターが作っているイハナシの魔女を遊ぼうと思う。
面白かった。
-----------
嘘だろ???神様なの???年の瀬だから来訪神かなんかが来てくれたの????
という気持ちを抑えながら小銭を受け取り、震える手で新刊を1冊渡した。
ほんとに夢見てるみたいだった。
1人目が去ってほわほわした気持ちでパイプ椅子に座って、思わずガッツポーズをした。
この痛ムーブを多分隣のサークルには見られたと思うけどそんなことはどうでもいい。
俺の本が、売れた。
1冊売れた。
俺もうここで死んでもいいや………
「ここにあるの1冊ずつください」と言ってくれた猛者までいた(これはいまだに信じられない)。
俺、生きててよかったわ………
ここまで活動続けてきてよかったわ…
心バッキバキになっても辞めなくてよかったわ………
こんな数でも受け取ってくれてほんとにありがとう。
そんで、ポチってくれるかもしれないまだ見ぬ誰かに、祈るような気持ちで撤収作業に戻った。
-----------
……というのが、こないだのコミケでいいことがあったってゆー俺の半生記です。
承認欲求のマネジメントとか劣等感との付き合い方とか、なんか意識高いっぽい文章書くつもりだったのに、オタク丸出しの早口長文になってしまった。スマソ。
そんでここまで読み切った酔狂な人たち(いるのか…?)、いつかイベント会場ですれ違おうぜ。
俺そのへんで本売ってると思うから。
(※補足)
ちなみにコロナのどさくさに紛れて社畜やめて転職したわ。前よりは時間できたから、今年は死ぬほど描いてたくさん本出したい。
-----------
……っていうすごい熱量の書き殴りのメモをスマホから発掘したのでアップします。
今年のゴールデンウィーク、大きいものから小さいものまでいっぱい即売会があると思います。
紳士淑女のみなさま、頑張っているピコ手がいたらぜひ応援したげてください。あなたの手に取った1冊が、ギリギリの場所で創作を続けている人の命綱になるかもしれないので。
全ての意見はポジショントークで、そのそれぞれが対等で、だからこそ対立が生まれる。
って考えてるけど、根底にはニヒリズムがあるんだろうなって思う。
皆さんの大嫌いな「お気持ち」を排して、大好きな理屈や客観性「だけ」で考えていったら、当然ニヒリズムに辿り着く。辿り着かないのならどっかで事実と規範を混同してる。
どんなべき論も、「それはなぜ?」を10回ほども繰り返せば理屈では言葉に詰まってしまう。理詰めでタマネギの皮を剥いでいったら何も残らなくて、「それがいいと思うから」という素朴な感性に依拠した価値判断が露わになる。
ただどんな意見もオッケーですよだとカオス状態なので、どこかで線を引かなければいけない。そこで、理屈ではないけれどまあ大多数の人が素朴に共感するであろう、個人の領域を尊重しましょうねという人権思想的な宗教が一応公理とされている。前近代は宗教という便利かつ絶対的な真理があったけれど、今やそれはない。便利過ぎて回帰したりもしているけれど。
個人主義という土台をスタート地点にして、そこから社会をやっていきましょうや、という事になってるものと捉えてる。私は。
でもニヒリズムとか言うと条件反射的に厨二病の冷笑野郎だ!死ね!って言う人がいるんだよなあ。
まあ確かに全てに価値が無い!総体的に辛いだけの人生なんて苦行だあ泣みたいな人もいるのかもしれんけど。
だからといって自殺とかする覚悟も無いし、じゃあ別に理屈なんか求めず内から発する納得に依拠して生きればええやん、というニヒリズムもある訳で。ニーチェもそういう事を言っていた訳で。
無意味でええやん。そこに意味なんか求めちゃいけない、なんて思える超メンタルの人間もいるのかもしれない。ゴータマ・シッダールタがそうだったらしい。
ともあれ、全てに意味はないんだぜ~と言ってアナーキストを気取るのに鼻白むのはわかるけど(私は別にそれでもいいと思うけど。一線超えたらしばかれるだけだし)、理屈で考えたら全てが無価値なのを否定するのは違うじゃんって思う。
この世に神様が作った正義なんて用意されてないけど、じゃあ作っていきましょうよ。って言うなら分かる。
でも人権思想はこの世の真実なんだ!政治は真実の正義を追求するものなんだ!それを笑う者は許さん!みたいなんも割と多いようだなあって思う。怖いよあたしは。
デュルケーム曰く、罪人とは共同の価値に傷をつける不届き者の事を言うらしい。
前近代は神様を侮辱するものは死ぬまでしばかれた。現代では、個人の領域を侵害した者がしばかれる。死ぬまでしばかれる事も時々ある。
と共に、人権思想も「神」と同格の共同の価値になってるんだなあって。
人権思想なんて言うけれど、よく考えたらそんなものは宗教と等価のフィクションに過ぎない。そう人々が思ってその価値が揺らいでしまうよりも、だったら絶対あるという事にしてしまった方が良いと考えているのかもしれない。そんなもんなくね?という異端者はインターネット火炙りに処す。
科学や歴史の知識も含まれるので「水が100度で沸騰することを知らない」「宗教は沢山有るけど神様自体は本当はいないを知らない」「四則演算の知識に抜けがある」とかでもバンバンIQは下がるからな。
そもそもの「文字を書けない」「図形の見方が分からない」「クイズやパズルという概念が分かってない」で躓いてる奴らだって発展途上国にはいるだろ。
IQを「地頭を測るためのもの」だと思いこんでいる様な馬鹿はここを勘違いしてIQを過剰評価する。
そういう馬鹿って中学受験で偏差値55ぐらいの学校に入った事を人生で数少ない自慢できるポイントとしてずっと誇りに思っててその変なプライドのせいで自分のほんとうのあたまのわるさにずっと気づかないんだよなぁ……
ワイは宗教・哲学・福祉・一次産業をやっているヤツを除いて『生かされている』って考え方を持つ10〜20代みたことない
人間も自然の一部であり、自分を取り巻く多くの人達のおかげ、天地自然のおかげ、この地球上に生きる他の多くの命のおかげ、
無いよなぁ
母ちゃんは哲学とかには興味はないがスピリチュアルは家系的に親和性が高かった
自分が小学校4年くらいの時に神様っていると思うかと尋ねると、
『特定の宗教は信仰しておらず、強いて言えば先祖崇拝だが、生かされていると感じることがあるので神はいると思う。
年を重ねれば重ねるほど生かされていると感じることが多くなっている』と言っていた
その時は生かされているの意味がよくわからなかったが、母ちゃんの言葉の通り、
年を重ねれば重ねるほど、『死んでも不思議じゃなかったのによく生きてたな』とか『自分はラッキーだったんだな』とか
生かされているなぁと感じることが多くなった
生かされているだと妙にヒロイックというか厨二なので『たまたま生きてるんだなぁ』と置き換えてもいい
あと、たまたまから漏れてしまった人の代わりに、他人に親切するとか、助けるとか、役に立つものを作るとか、身近な人を大事にするとか、