はてなキーワード: 新入社員とは
5週間前に部長と個人面談をしているのを見かけた。影から聞いていたら「わかった。意思は固いんだね・・・」という声が聞こえた。
よく考えてみれば兆候はあった。
・字が雑
・片付けない。やりっぱなし。
・掃除ができない。流しが日に日に茶渋で濁っていくがきまった場所しか掃除せずそこだけはきれい。言われたことをただしているだけ。
・仕事に対するやる気が見えてこなかった。
・臨機応変さが無い。お客さんが来ても進んで応対をしない。知らん振りしている。
・基本的に口をきかない。同期の子とだけは話す。
・言われないとやらない。
ただ、それを育てていくいい先輩がいなかったことも確か。
優しく暖かく時には厳しく育てる先輩が一人必要だったんじゃないかと思う。
超難関大を出てうちの会社に入ったというので話題になった。それだけ就職難だったんだろう。
また別の道で頑張って欲しい。
社員心得帖(新入社員の心得) 松下幸之助 仕事ノート http://bit.ly/kHCKFX
【メモ】2011年版 アドマン式「新入社員、11の心得」 | impresario http://bit.ly/l1ECCY
あなたが新入社員に贈る心得とは ─ニュース畑の教訓10ヵ条─(ニュース畑) - goo ニュース http://bit.ly/jdYS7Y
αALPHA LEADERS流「新入社員心得20カ条」 « TJ 起業家 Days http://bit.ly/llNLjI
【まとめ】2010年新人たちへのアドバイス #2010Rookie|神泉で働く社長のアメブロ http://amba.to/ilcNab
小説『ボーダー&レス』に学ぶ新入社員心得 | フレッシャーズニュース-マイコミフレッシャーズ- http://bit.ly/lyITrs
新入社員の心得をマスターしよう。 http://bit.ly/jWOGi6
一年前のこの時期、私も皆さんと同じように毎日OJTと研修に励んでいました。
今でも部内では下っ端で、雑用ばかりの毎日ですが、そんな私にも後輩ができました。
その後輩を見ると1年前の自分を見ているようで懐かしく感じると共に、その頃の自分に伝えておきたい事が色々と浮かんできました。
これを見た新入社員や、就職活動中の人が私と同じ轍を踏んでほしくないのでここに書いておこうと思います。
1.高いモチベーションは危うい
入社当初、私は色々と燃えていました。「私が会社を変える」とかも思っていました。
けど、そんな高いモチベーションは長く続きません。大きすぎる目標は、気を抜くと見えなくなってしまいがちです。
それは一日の目標でもいいです。その小さな積み重ねが大きな目標に到達するための階段になるのです。
2.寡頭制を受け入れよう。
私の会社は、会社紹介のパンフレットで「誰でも発言しやすい雰囲気」みたいなのを売りにしていました。
こういう事をいってる会社は多いと思います。けど、実際は違います。
どんな会社だって寡頭制はあります。そしてそれは民主的な部分を打ち出している部分でこそ、顕著です。これは本当に不思議です。
そんな不条理な中、会社で上手く立ち回るためにはどうしたらいいか。
それはやっぱり上の人と仲良くなる事です。
私は今でこそ仲の良い先輩ができてなんとかやっていますが、
入社当初は研修に没頭するあまり上の人との交流をあまりしていませんでした。
「のみにけーしょんなんてアホくさ」とか思っていましたが、実際はそうでもないです。マジメです。
3.客観視しよう
学生時代の私は、はてな界隈で一年目からガンガン仕事をしてるPGや、中卒でバリバリ働いているエンジニアの方を見て
「私もこうなりたい」と思っていました。それは段々と「私もこうなれる」という思いに変わっていきました。
しかし、それはムリです。冷静に考えるとすぐに分かる事ですが、若さは時に自分自身を過信します。
世の中には天才とそうじゃない人(ここではあえて「無能」としておきます)がいて、数少ない天才が目立っているので
現実を見つめ、自分のできる範囲の事を精一杯取り組むべきです。それは一番最初に書いた事にも繋がっていきます。
こんなところでしょうか。
読み返してみると後ろ向きですね。
急に暑くなった。
新入社員も会社に入って一ヶ月、そろそろ規則的な生活リズムに慣れてくる頃だと思う。
そんな新人に、入社二年目の元新人から、ひとつのアドバイスを贈りたい。
俺は去年、大卒でメーカに就職した。一年が経った今、悩んでいることがある。
それはタイトルの通り、「何でもやります」じゃやっていけない、ということ。
就職する前までは、新人ならば元気よく「何でもやります」という精神で、与えられた仕事をこなせば良いと思っていた。
2,3年くらい与えられた仕事をしていれば、仕事をする中で問題意識が芽生え、自分なりの新しい提案ができるようになって、
新しい提案が周囲に認められて仕事で成功すれば出世する。その繰り返しで力が付き、いつか物事の善し悪しを判断するポジションに就ける、なんて思っていた。
だけど現実は違った。
「何でもやります」と言っても、やることがない。上司も自分のやることを探している。
仕事を欲しい、と何度か言えば、とりあえずの雑用のような仕事が与えられる。(必要なタスクもあれば、必要じゃないけど「何ごとも勉強」というノリのタスクもある)
この一年で自分なりに考えた結果、「自分は固定費なのだ」という結論が出た。
売れるモノを企画しようが、ずっとオフィスを掃除していようが、給料は変わらない。役職と年齢と勤怠状況で決まる。
しかし、暇をするし、出世もしない。つまり、超おもしろくない。
だが、真逆の人もいて、定年退職する人がいるのでとりあえず雇っています、まずは勉強しててください、という場合もある。
この場合、会社は「何かあったときにより良い結果を出してくれる人」と見込んで雇っている。ポジティブに考えれば。
しかしそれは「コピーしたい時にコピーできるコピー機」と何ら変わらない。一般的に正社員は固定費とされる理由は、ここにある。
だから、新人に言いたいのは、「何がなんでも自分の興味がある業種、職種、分野に就け」ということだ。
これは何も、就職活動をした時点で決まることではない。就職した後に、仕事内容について会社側と交渉する際に、
決して「何でもやります!」なんて言ってはいけない。ということ。
カメラが好きでカメラメーカーに入ったって、プリンター担当になったらカメラとは関係が遠くなる。
企画をしたくても、営業をさせられることもある。そんな時会社は「何事も経験」などと言うが、これほど今の時代にそぐわない言葉はない。
会社は君の本心・満足度にあまり興味が無い。(最初は適正を判断するために、少しくらい興味を持ってくれるが)
何かあったときにちゃんと働いてくれれば、満足度はどうだって良い。その働きの度合いが大きい人には、それなりの役職を与える。
だから、自分の満足度は自分で管理しなければいけないし、ちゃんと主張しないと、誰も面倒をみてくれない。
結局、「何もすることがないな」と思ったときに一番力になるのが「自分の興味」だ。
興味があれば、仕事そのものへのモチベーションは下がらないし、目的がなくても行動できる。「何だこの無駄な作業」なんて思わなくて済む。
興味がある分野なら飲み込みも速く、出世も早いはずだ。
内定を得るには便利な言葉だし、会社側としても貴重な言葉だ。逆に仕事を選り好みするなんて会社様に失礼だ!という空気もあるかもしれない。
だけど、本当に何でもやれなければ、実はものすごく辛いことになりうる。それをよく理解してほしい。
大丈夫、一度会社に採用されたなら、自分のやりたい仕事像を語るだけで、急に首を切られたりしない。
「どうしても君にはこの仕事をして欲しい」とまで言われたら、暇することなんてありえない。
やって欲しいと言われた仕事をやって、「ちゃんと仕事をしたので、自分の要望を聞いてください」と言えば良い。
以上。
4年前くらいの話、2007年のことね。当時新入社員だった俺は、ニワンゴの提供するサービス「ニワンゴ郵便」にはまってた。知らない人の為にどういうサービスか説明すると、ニワンゴ郵便宛に適当な内容のメールを送ると、同じくニワンゴ郵便を使ってるどこかのユーザーにニワンゴを介してそのメールが届くワケ。メールが気に入らなければ無視して良いし、そのメールが気に入れば返信して、見知らぬ人とメールを楽しめるということ。あ、個人情報とかはニワンゴ側の方で検閲してるみたいで、届かない仕様になってる。さっき調べたらまだこのサービスやってるみたいね。
ほんで、社会人になって地方から出てきた俺は、何か心寂しくなってニワンゴ郵便にはまってた。そんな中、ある日モデルをやってるという中学生がいた。あ、ちなみにロリコンではないので期待するような話はないから、あしからず。モデルの仕事は大変ですー面白いですーみたいな話をずっとしてて、面白そうだったから俺も色々と質問していった。もっともっと頑張りたいとか、色々やってみたいとか向上心のある子だなーという印象を持った。
で、どんな子か興味あったから、名前は流石に言わなかったけど、ヒントを色々ともらった。聞くと、全日本国民的美少女コンテスト入賞(!)とかセブンティーンのモデルだとか、出身とか結構喋ってくれて、ググって行き着いた自分の結論が今、最も勢いのある某若手女優の名前だった。当時は全然無名というか、知ってる人は知ってるくらいのレベルで、変わった読み方をする名前だなくらいの感想だったけど、彼女が活躍するのを見ていると、何か不思議な気持ちになってくる。メールのやり取り自体は2~3日(くらいだったかな)で終わったけど、特に印象的だったんでよく覚えてて、今までメディアで彼女の名前を聞くたびに心の中で勝手に応援してた。
特定には至らない憶測上の話でしかないけど、誰に話してもいいか分からないし、嫁にも勿論話せないし、リアル友人に話しても信じてもらえないだろうから、ここで呟く。あの時の中学生モデルさん、今後も頑張ってくださいね。
会社に雇われてると言っても、それは「労使契約で決められた時間だけ働いて、決められた給料を貰う」ってだけの話で、
勤務時間外にどこで何やってるかを他人からとやかく言われる筋合いはないし、
自分の生死に関わるようなことや、一生後遺症が残るようなことを強要されるいわれはない。
自分の属する会社が加害者だったとしても、その一員としての責任を問われるのは、勤務時間内に限定されるはずだ。
だから、東電の幹部が業務時間外に自分の金でキャバクラ行っても別に問題ないと思うし、
新入社員が同期とボーリングいって盛り上がるのも全く問題ない。
下請けが原発から逃げるのも当たり前で、逆に他人に自己犠牲を強いる連中のほうが頭がおかしい。
http://anond.hatelabo.jp/20100207193032 の日記の続き
私は家にあまり帰らないので内情がどうなっているのかは電話で聴くことが多い。私はあまり実家に帰りたくないし、話すべきことなんてもう何も無いと思っている。しかしどうでもいいと思っているわけではない。毎月3、4万円は家に入れようと思っているし、今月も5万円をクロネコメール便で送ったのだ。
母から電話がかかってきて、「会社はどう?」と聞かれた。無愛想に「ふつー」と私は答えた。その時はこんな取るに足らない会話で終わった。
数日後また母から電話がかかってきた。生活保護を申請した旨を伝えられた。
生活保護については、私は母親に申請した方がいいと以前提案していたのだ。だから、そのことには別段驚きもしなかった。ただ、そうか、と思った。その申請が通ってお金が振り込まれるまでの間、滞納している家賃を払わなければ強制退去になってしまうとのことで、それで私にお金を送ってほしいと母は言った。
また別の日に父親からも電話があった。私は父親とはまともに会話したことがない。父親を前にすると私の中の言葉が消えてなくなる。ただ父親の発言に対して「うん」と相槌をうつだけになってしまう。
父親の「悪いんだけど、よろしく頼むなぁ」という不本意ではあるが表面上は懇願する風な声色の発言が、私を、私の未来をも束縛するような感じがして、苛立ちと自己嫌悪の綯い交ぜになったような窮屈さにうんざりした。
内定をいただいて以来、業務関係の連絡が全くない会社とその会社に新入社員として入社した人の話です。
入社式でした。小さなIT企業なので3畳ほどのスペースで辞令を社長からいただきその後簡単な自己紹介をしました。4月中は研修を行うと聞いていましたが、実際は資格の勉強と社会マナーなどが収録されているDVDを2週間、プログラミング実習を別課題各1週間だと聞かされました。その時、やたらOJTというい単語を上司の口から出ていましたが、OJTという単語を確実に勘違いしている。
4月4日~
コンサル主催のセミナーにも向かいましたが、基本社内で資格の勉強をずっとしておりました。渡されたDVDは会社のPCで見ることはできませんでした。おそらく、大量の常駐ソフトによるメモリ不足、コーデック関係のどちらかだと思います。再生30秒ごとに数分止まるという無駄な時間が過ぎていき、とてもイライラしたことを覚えています。本当に私は今月入社することになっていたのだろうか。その割にはあまりにも準備がされていなかった。DVDを見せるなら正常に再生できるか。何か説明をするのならあらかじめ話す内容を決めておいているのか。そして大抵の説明の最後に「なにか質問はありますか?」と聞いてくる。質問するほどの内容を説明していないのにこの自信はなんなのだろうと思いました。DVDは結局個人的に借りて家で見てレポートを書くことにしました。会社のPCで再生できるように奮闘した結果がかくかくな再生では非常に時間の無駄だった。
会社への不安と不条理さと試されている感が交錯しながら2週間を終えました。
来てそうそう配属について連絡がありました。配属といっても自社開発はなく客先常駐のプロジェクトでした。「新人 PG 架空の経歴書 事前面接」このあたりのキーワードでピクピク来る人とは仲良くなれそうです。研修後半の課題が出されました。使っているPCがとても遅い。コンパイルが遅い。IE起動が遅い。無駄な常駐ソフト。
新人が一人で客先常駐って時点で、完全に終わってることを自覚しなさい。 - @katzchang.contexts のエントリを何回か見ました。元の増田が削除されているのが残念です。
どうやら新人が一人で客先常駐に行かされるらしいです。その事前面接をしました。前述したとおり架空の経歴書を渡され、ある事ない事しゃべってきました。どこの会社も行っているからという理由は弊社でそれを行う理由にはならない。もう今週くらいになると自分自身でキャリアプランニングをしている。最長2年の間に架空ではない経歴書を書けること。いつ会社を辞めるのか。それまでに自身に課さねばならないタスクはなにか。それらをGWにじっくり考えるつもりだ。
その他
話の中で人があまり出てきていませんが、ほとんど接しなかったためです。今年の新入社員は私一人だけでした。一日中会社にいてやること済ましてそのまま帰ることも何度もありました。たまに掛かってくる上司の電話口から声が小さい事を指摘されました。ずっと黙ったままの作業していて、発する声が元気なわけありません。それ以降、ぶつぶつつぶやきながら作業をすることにしました。社内には私しかおりませんので当然注意する人もおりません。
うちの親父も一緒だけど
俺は親父のやっている事を側で見ていて、
パンク修理覚えたな
文句は言うけど、「教える」のは下手な人だった
俺も「教わる」のは下手だった。
だから、親父に文句言われるのが嫌で、黙って見て、覚えた。
そうはいっても、子供の腕力で(というか、テコの原理だからコツなんだけど)チューブを出すのがなかなかできなくて
寒空の中、一人で必死にやってたら
黙って手伝いに来てくれた。
(ただし、その後文句たらたら言われた)
多分、教える方法を知らない親父さんは、そういう風に覚えていったんだと思う。
そこから下は7割くらい高卒。専門学校卒が3割くらい。1割にも満たない大卒。
ここ数年は派遣から正社員への登用ばかりで新卒雇用がなかった。
彼らも大卒は少ない。
まとめると、
30代は高卒、圧倒的多数。
20代中盤~後半には誰もいない。
20代前半~中盤は少数で大卒。
近い将来、世代間でギクシャクするんじゃないかと思ってる。
30代の高卒組は、同じ世代でポストを争うことになるのが自明で、下の大卒組とも出世争いをするのかもしれない。
高卒でも大卒でも、30歳で年収450万~550万くらいはかたい。
売上高も従業員数も少ないが、利益率なら大企業の比じゃなく、福利厚生もしっかりしてる。
ところが、大企業に急遽買収されちゃってさ。
これ、なんか起きるだろ絶対。
先輩とは言っても、私は数年前にその会社を辞めてしまって今では何の繋がりも無い。
携帯番号もメアドも随分前に消してしまったし。向こうも同じだろう。
その会社には新卒で入社した。その年の新入社員は私だけで、配属された部署は私も含めてわずか4人。必然的に社員同士の関わりが密になる、良くも悪くもアットホームな職場だった。
先輩はとなりの席で、年も4コ上でそんなに離れていなかったこともあり、解らないところを質問したり教えてもらったりしているうちに、私が一方的に先輩を慕うようになっていった。
退職するまでの2年と少しの間、朝礼までの時間(今どき朝礼あるのって田舎だけなのかな・・・)や昼休みはなるべく席を外さないでいるよう心がけた。先輩と少しでも長く話したかったから。昼休みは先輩はいつも自席で新聞を読んでいた。こちらが話を振ったら、興味ない内容だったら適当に相槌打っていたけれど、何か刺さるものがあったら顔を上げて(ちゃんと新聞畳んで)話に乗っかってくれた。私はバカで世間知らずだった(今もそうだけれど)ので、話せることと言えばワイドショー的なニュースやら趣味やら個人的な失敗談やら交際関係ぐらいしかなかったのだが、先輩は話題の引き出しが多く、私が伝える乏しい情報から最大限汲み取って話を膨らませてくれた。私が割と知っていると自負していた事柄も、先輩はそれ以上に知っていることがほとんどで、先輩から仕入れる情報は、当時の私の中でかなり大きな割合を占めていた。
先輩はルックス良くないし、学歴もあるわけじゃないし、この会社に勤続するなら多分生涯賃金も高くないんだろうけれど、そんなもの補って余りありまくるものをたくさん持っている人だった。仕事できるし、周りからの信頼に厚いし、話題豊富で話が面白いし、メカ全般に強いし、美味しい店知ってるし、あとは、声が低くて素敵だった。結婚する予定の彼女がいることは大分早い段階で知ったのだが、「はーっ、やっぱり先輩さすがッス」と尊敬の念を強めただけで落胆はなかった(ここでやっと恋愛感情ではないと確信が持てた)。とにかく当時の私は先輩への崇拝っぷりが凄まじくて、誰彼構わずつかまえて「**さんってやっぱりすごいっすよー」と言って回りたいくらいの熱狂ぶりだったのだが、それをしたらさすがに本当のバカなので、他部署の、入社当時から私を気にかけてくれていた女性の先輩だけに、大人しい口調でそれとなく話してみた。
するとその女性の先輩は苦笑いで「まあ、**くんもあれで結構ハッタリきかせてるところあるからね~。何でも鵜呑みにしないほうがいいよ~」とそれとなく窘めてきた。
当時の私はその言葉がスンナリ理解できなかったが、今となっては、まあその通りだったんだろうなと思う。やはり何人も自分の出来ることしか出来ないし、知ってることしか知らないのは当然だ。
別に後々になって先輩と決裂したとか、そういうことは一切ないのだが、先輩は私みたいな類の人間を心の底から蔑んでいるのかもしれないと思うようになってからは、段々と距離をおくようになった。
先輩に、というより職場ひいては世間に、自分はそこそこ使える人間だと認めてもらうため頑張っていたが、やはりどこか抜けているところがあったりドジこいたりして、要領良くできなかった。別に大したミスではなかったし、そもそも自分で修復できたものはミスでも何でもなかったのかもしれないが、必要以上に狼狽えてしまうので、小さなミスも大きく見えてしまう。そういうことが重なって、体感的には実際の何倍ものミスを犯してしまった気になって落ち込むことが増えた。
当時私はまだ18歳で、可愛い表現使うことが許される年齢だと思うので敢えて使うが、所謂どじっこだった。そして多分、先輩が最も嫌う類の人間だったと思う。先輩に質問したり教わったりする度に「ちゃんと自分の頭で考えて理解してる?」と念を押された。なるべく一回で理解しようと努力するのだが、出来なくて再度聞かなくてはならないときはとても気が重かった。先輩が私に向けるまなざしには少なからず蔑みが含まれているような気がして、そしてそれは世間の私に対する評価と同じであると勝手に考えて、ますます自分はダメ人間なんだと思うようになった。
それからしばらくして会社を辞めて、医療系の資格をとって、今は他県で派遣事務をしている。決まりきった仕事内容なのであまりミスもしなくなったし、たまにやる些細なミスは狼狽えずに対処出来るようになったから、今となってはあの時自分は何をそんなに恐れていたのかなあなどと思う。多分、恐れていたからこそ余計に出来なくなっていたんだろうとは思う。何で他の誰でもなく、先輩に認められたかったのだろうと考えてみると、多分大した理由はなく、ただ先輩の性格や醸し出す雰囲気が私が認められたいと思うタイプだっただけなんだと思う。そして、何でも出来ると思って勝手に崇拝していた先輩だって出来ないことは出来なかったのだとやっと理解できた。理解できたから恐れがなくなった。
何年も経った今またこうして思い出すのだから、我ながらすごい執着だと思う。先輩は私のことなんかさっぱり覚えていないだろうに。きっと今は結婚して一児やらニ児の父になっていることだろう。
先輩、お元気ですか。いろいろすみませんでした。私はもう、先輩に認めてもらわなくてもいいと思えるようになりました。でも、あの頃よりは要領が良くなったので、ひょっとして先輩に嫌われないタイプの人間になれたかもしれません。