2011年04月03日の日記

2011-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20110403231425

そして直感のままに「ピカの毒がぁ」とか言って被曝者の受け入れを拒否するんですね。

素敵です

http://anond.hatelabo.jp/20110403232810

確率」が嫌いなわけでもないし、それなりに判断材料にしたりもするけど、ただ最近確率」だらけで食傷気味なので。「確率計算ばっかりやっていると、「直観」までが影響を受けて変質してしまうんじゃないかと。

「直観」出来る限りピュアな状態で置いておきたい

確率」思考だと、初心者ミスはなくなっても、熟練者のミスという問題が出て来て、それが致命的になる予感がする。これも「直観」ですが。

でも死ぬときはこんな温かい気分じゃないぞ

冷たくも暖かくもない気持ち そうして死ぬんだよ

直観は日常生活的なスケール適応している。

巨大なものとか新しいものについて直観は正しい結果を導かないよ。

直観か確率のどちらかって考え方自体意味不明だ。

 

熱暴走か?

同意

あんなこといって自分は裏でこっそり確率を適切に使って処世してるようにしかみえん。

http://anond.hatelabo.jp/20110403231841

確率」よ、おまえはもう要らない。

放射線量と健康被害リスクの「確率」。

地震津波テロの発生「確率」、バックアップの冗長性、安全率で原発の安全性の議論。

一体「確率」ってなんだ?「確率」で行動を決定してよいのか?

自動車に乗るのは平気でも、原発は勘弁という人がいる。

タバコ吸っても、それよりガンリスクが低いとされる量の放射線浴びるのは嫌だと言う人がいる。

自動車に乗るのは気にならないが、飛行機に乗るのは(落ちるかもしれないから)恐いという人もいる。

確率論的には、自動車に乗るほうが死に至るリスクが高いだろう。

しかし、これは人間の行動心理であるので、こういう人を笑ってはならない。

囚人のジレンマのように、実際起きることは、こういう泥臭い人間心理で動いたりする。たとえば経済

宝くじに当たるのは、交通事故に遭うより確率が低いといわれるが、

大勢の人は、それでも宝くじを買う。そして宝くじに当たる人はいる。

しか交通事故に遭うこともなく、宝くじに当たり、1億円を手にする人も大勢いる。

今回、原発事故が起きる「確率」は低かったというかもしれないが、実際起きた。

実際起きたことの「確率」を議論してもはじまらない。

今回の原発は、おそらく、起きる「確率」が低かったことが、実際に起きてしまったのだろう。

でも、「仕方がなかった」と納得はできないこの気持ちは何だろうか。

われわれは「直観」で危ないと思っていたのを、「確率」で無理やりねじ伏せていたのではなかろうか。

実際、危ない危なくないという「確率」ではなく、事実に直面した時、納得できるかが問題なのだ。

1000人にひとり、1万人にひとりでも、それが自分に起きるかどうかはコインの表裏で、

見ず知らずの1000人、1万人など知ったことではない。そんな人数は自分以外の仮想化された群衆に過ぎない。

「直観」は「錯覚」の場合があることも事実だ。

「直観」を「事実」で補正するのは正しいだろう。

だが、「直観」を「確率」で補正するのはナンセンスはないか

将棋名人だって「直観」を信じることもある。

「直観」は、われわれの知らない計算を裏で、オーバークロック的にやった結果かもしれないのだ。

「直観」をバカにしてはならない。

原発をどうするか。「事実」と「直観」で考えればよいではないか

確率」よ、おまえはもう要らない。

石巻のおじいちゃんが話す「すべてが津波に流されて思うこと」

支援ボランティア先の宮城県石巻での体験談地元ボランティアセンター経由で仕事を受け自分担当となった家は、海岸から少し離れた川沿いのとあるお宅。家こそ流されなかったものの、津波のせいで家財はめちゃくちゃになり床は一面ヘドロの海。

この家の主人は87歳のおじいちゃん。そのご家族親戚やご近所の方と一緒にヘドロ出しと使えなくなった家財撤去作業を行ったのだが、時折の休憩でこのおじいちゃんとその息子さんから津波を受けて感じたいろいろなお話が正に人生の真理のように感じた。折角の機会、共有したい。

「モノに固執しちゃダメだな、大切にしないといけないのは人のつながりの方だ。」

ぐちゃぐちゃになった家財を撤去しながら、まだ使えるものがあるのではと探していた自分の前で、一言「いい、全部捨てちゃって。」
どれほど大切に残しておいても、こういう事態になったらモノはモノ。

むしろ、こういう時にこそ、人の大切さが見えてくる。普段から身のまわりの人とのつながりを大切にしている人は、やはりこういう時に近所や親せき、そして遠くのボランティア人間など、多くの人の助け合いをうけて生きることができる。

「肩書とかお金とか、そんなのあっても何にもならねえよ。」

メディアも実は報道できないような悲惨な状況もあった石巻自分よりも何十年も人生経験し、またその惨状を目の当たりにしたおじいちゃんの言葉が何よりも自分に響いた。
人生で何が大切か、こういうことにならないとわかんないものな。肩書とかお金とか、そんなのあっても何にもならねえよ。」

「世の中はまた大きく変わるんだ。」

世代が変われば世の中は変わる。自分たちは戦争教育の世代、でも戦争は終わり自分子どもの世代はそこから180度変わった世の中になった。そして、これからは孫の世代。世の中はまた大きく変わるんだ。」
御年87歳のおじいちゃんの語る「戦中」「戦後」の次の未来の到来は、誰よりも心強い。

http://anond.hatelabo.jp/20110403225942

フランチェス子が怒るのはまあいいとしても、それに注目してる奴らはアホだ。

なにが面白いんだか

仮説を立ててみる

http://d.hatena.ne.jp/Francesco3/20110402/1301713157

この件で。ちなみにどっち側にも利害関係はない。

この問題、「フランチェス子氏の名誉を回復する」ことをフランチェス子が望んでいるんだと捉えている人がいるかもしれないが、そうではなく、「フランチェス子氏が自分承認欲求を満たしたい、みんなから同情されたい」というのが目的だったとしたら?と仮説を立ててみる。

この件、そもそも最初フランチェス子氏にメガネ王氏が一方的に絡んでいったことが発端であり、暴言を吐いたのもメガネ王氏。そらの氏は直接的に暴言を吐いてはいない。したがって、話の筋としては、フランチェス子氏は最初メガネ王氏からの謝罪を要求すべき。もちろん、メガネ王氏が隠遁しているので要求しようがないのだがフランチェス子が攻撃対象を本来のメガネ王氏からそらの氏及び所属会社へ変更し、集中的にそらの氏と所属会社へ言及しているのは、筋としておかしいと言わざるを得ない(上記リンクでもタイトルには株式会社ソラノート云々しか書かれていない)。当然、メガネ王氏と結託して侮辱放送を行ったそらの氏及び所属会社は責められるべきだが、それは、そもそもの発端となったメガネ王の暴言とは分けて考えるべき。それをごっちゃにして、メガネ王やらえがみやらへの日頃からの不満、疑念をまとめてそらの氏及び所属会社へぶつけているために事態がややこしくなっている。

いずれにせよ、フランチェス子氏が本来行うべきメガネ王氏への謝罪要求よりも、そらの氏及び所属会社への謝罪要求を不自然なまでに優先させるのは、フランチェス子氏の行動原理が「周りからの同情を得たいであるためだと仮定すれば、説明がつきやすい。つまるところ、フランチェス子氏は自分名誉を回復したいのではなく、圧倒的多数の同情が自分に集まっている現状が心地よい、その状態を続けたいだけ、と仮定するのである

そう仮定するならば、そらの氏及び所属会社いかなる形の「謝罪」を行っても、永遠にフランチェス子氏側から受け入れられる事はない。なぜなら、同情を集めることが目的なのだから、できるだけ今の状態を長引かせるのがフランチェス子氏にとっての最優先事項だからだ。また、フランチェス子氏からの「和解案」が観客に示されることもない。なぜなら、フランチェス子氏が多数の観客から同情を受ける状態そのものが主目的なのであって、氏の名誉回復といった問題は副次的なものに過ぎないからだ。

上記の仮定に立つならば、今回の震災フランチェス子氏は相当焦ったと推察される。なぜなら、観客の興味が今回のもめ事から震災へ移ってしまうということは、自分存在が忘れ去られることと同義だからだ。そこで、「そろそろ震災への興味も落ち着いてきた」絶妙のタイミングで上記ポストを投入することになる。これが震災直後といったタイミングであれば、いくらフランチェス子氏に利があろうと、「それどころじゃねー!」と一蹴され、逆に自分の立場が悪くなるからだ。

フランチェス子氏の名誉を回復する」ということが主目的であるならば、フランチェス子氏は、そらの氏及び所属会社との話し合い、示談なりが落ち着いた後、そらの氏及び所属会社なりに謝罪文章を載せるよう求め、自ブログから言及し、それをもって今回のもめ事の決着とすればよかっただけのことであるしかし、上記仮説に立つならば、それではフランチェス子氏はまったく納得しないのである。個人的なもめ事を「社会問題化」し、できるだけ長い間自分への同情が集まる状態を保ち続けるためには、社会に対して、この問題を「風化させるな」と自ら、強く、訴えざるを得なかったのだ。「風化」という一語に、氏の心理的欲求の一端が垣間見られるという訳である

…ま、あくまで仮説なんで、実際のところは知らんけど。

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/dankogai/51662742

しか揚水発電は蓄電損失が3割出るのに対し、こちらはずっと少ない上、なんと普段は乗用車になる

日産リーフに搭載されるリチウムイオンバッテリーは、5~10年経過時で70~80%程度の残存容量を見込んでおります

http://anond.hatelabo.jp/20110401215520

(増田の使い方をよく理解していないので、何か不備があった場合すみません)

詳述を控えた部分を述べます。「スピーキング」とは瞬間的に自分の頭の中で文章を構成しなくてはなりません。まず、ここが非英語話者にとって難儀なことです大学入試で課されるような英作文を、即興的に口から発しなければならないかです。いくら個々の単語の発音やリエゾンがうまかったとしても、発している言葉が文法的に滅茶苦茶であてば、通じません。そういった意味で、「スピーキング」においては、発音より先にこの構成能力が問われているといえます。一方、「スプリクト読み」に関しては、何を言うかがあらかじめ定められています。だから自分の頭の中で文章を組み立てる必要がないぶん、発音それ自体に注意を払う余裕が生まれます

詰まりながら話すと、フレーズが途中で止まっちゃって、そうすると発音が変な日本語発音が混ざってくるんだよね。

これは恐らく上に述べたように、「注意を払う余裕」の無さから生じている事態です

僕も勉強中の身なのであまり参考になるのかわからないのですが、この状況を打開するには無意識に落とし込むしかいです。

ま、練習するしか無いな、とは思ってるんだけど。

これまでも、練習さえ愚直にけど工夫しながら繰り返せば結果は出たし。

と仰られている通り、繰り返すことが重要です

※もっとも、僕がここで申している「スピーキング」というのは、英会話ペラペラ話すというものとは少し異なります自分TOEFL学習であるので、会話の中での英語というよりは、他者を介在させないスピーチとしての意味合いがどうしても強くなってしまいます。実際の、日常会話の場面では、相手が場を読んで察してくれたり、会話のキャッチボールの中で話し合いを深めて言ったりできるので、多少、構成や発音が拙くとも、相手がカバーしてくれる部分があるはずです

賤業

ってあるよね。

ないってきれいごとを言うような人にはなりたくない。

精神的に落ちてくと

白夜行』を見てしまう。

http://anond.hatelabo.jp/20110402021823

レベル放射性廃棄物処理方法が進んでいってることには驚いたけど、

高速増殖炉が実用化しても、高レベル放射性廃棄物を減らすことはできるだろうけどゼロになるわけじゃないと思う。

また、高速増殖炉が実用化するよりも、スーパーキャパシタ耐久性や容量が進歩して廉価になる方が分があると思うけど、どうだろうか。

何ヶ月か、あるいは何年か前にどこかで見た画像が、Twitpicとかで今更のように取り上げられてはてブで上がってたりするのを見ると、俺が普段見ている所とTwitter使ってる人達が見ている所はあまり被ってないんだなあと時々思う。

http://anond.hatelabo.jp/20110402082105

リビア戦争法に関するQ&A | Human Rights Watch

http://www.hrw.org/ja/news/2011/03/25/qa

戦時においては、空港道路発電所などのインフラを攻撃対象とすることが許されるのか?

空港道路や橋は、実際に軍事目的で使用された場合は攻撃対象としての軍事目標になり得る民用物です。このような場合においても、比例性の原則は適用されます。紛争当事者らは、文民に対する短長期的な被害を軍事利益に対して比較しなければなりませんし、文民被害を最小限に減らす手段を講じなければなりません。 それでも文民被害が軍事利益を上回るのであれば、そのような攻撃は実施してはならないのです。このような場合に想定される要素の一つとして、特定の道路や橋の破壊が、その他の代替ルートに比べて軍事輸送を妨げる効果が高い場合が挙げられます。つまり、攻撃したインフラが攻撃者の軍事行動に「効果的に寄与するもの」であり、その破壊によって「確実な軍事的優位をもたらすもの」である場合です。あるいは、それらの破壊文民に不便を生じさせ、さらには戦争を逃れて安全な地域に避難する行為までも阻害してしまう攻撃なのか、比較しなくてはならないのです

軍隊だけでなく一般市民にも供給される電力施設などは、軍事目標となりえます。その一方で、電力の喪失は、冷蔵や衛生、病院施設その他の現代生活に不可欠なものすべてに波及するなど、市民生活に甚大な影響を及ぼすことが想定されます都市生活においては、正に「市民生活に欠くべからずもの」と言っても過言ではないでしょう。つまり、非常に特別の場合や、短期的な被害に留めることのできる方法でないかぎり、禁止される攻撃だと言えます。実際、一般市民にも供給されている電力施設を攻撃するのではなく、その攻撃を軍事施設そのものに対して行うか、軍事施設に供給している電力区画に絞って行うなどのより限定的な攻撃でも、同様の効果をあげることができることが多いのです

をみるかぎりでは基本的には攻撃されないみたいね。

でも、比例性の原則らしいから大義名分があれば普通に攻撃されるだろうし、

また、誤爆なんかで応用的に狙われるのはありえそう。

そして発電所の中でも原発重要軍事目標の一つだと思われるけど、

某国のミサイル攻撃に対しては、格納容器はミサイルを食らっても大丈夫とか

ミサイルデフェンスに力入れているように思うけど、911のようなテロ対策はどうしてるのだろうかね。

というか、太平洋戦争で数々の島で玉砕を繰り返して、沖縄を切り捨てたように、今の福島を切り捨てそうで怖い。

http://anond.hatelabo.jp/20110403221639

基本的に日本文系は上にたっても下にいても満足な働きをしない。

骨身にまで怠惰が染み渡っているのだろう。

釈然としない

俺はふだん三井住友銀行の口座を使ってる。

最寄駅には東京三菱三井住友みずほATMコーナーが並んでるんだが

三井住友ATMだけ「節電のため停止」されてた。

仕方ないか東京三菱おろしたら、当然ながら手数料とられた。

釈然としない。

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