はてなキーワード: マイノリティとは
統計で言えばIQ120を超えた人間から見れば人類の8〜9割は理解できないレベルのバカだしね。偉そうなのではなく、本当に「信じられない」と思っているだけだと分かるから
(頭の悪い人やdqnがコンプレックスから他人を見下すポーズをとるのは、全く別の印象)
ポイ捨ては積み重なるうちに野生動物の死や環境破壊や種の絶滅を引き起こしてきた。
歴史を学べば、差別のような不謹慎ネタでゲラゲラしている空気がいずれは、いじめやヘイトや事件となり人を殺したりマイノリティを病気にしたりしてきた。
読んでて悲しくなったので書いた。
完全なる弱者である自分の子どもにハイスペの遺伝子を組み込むことで、その子どもを愛そうとしている。
ただしこの子どもを愛すというのは条件付きの愛になる。本来夫や彼氏に行くはずだった求愛行動がこの子どもに行く。絶対に離したくないという観念が、子の自立を妨げるようになり、絶えず子を束縛するようになる。
多くのシングルマザーの子どもは、どうであれ「かつて愛した人の子ども」であることが大半である(そうでない場合もあるが)。
こうした他のシングルマザーとのズレは、育児の場で大いに影響し、子は他者とのコミュニケーションが苦手になる。マイノリティの中でさらにマイノリティとなるのだ。逆境を跳ね返す能力がなければならない。
子が自分自身の人生を生きる上で最大の障害となるのはこの母親である。
自分の人生でできなかったすべてが、この子に託される。この母は、人生において子以外に依存先がなくなっているからだ。子にとって自立の最大の敵が母親になるのは不幸なことだ。母親の人生を歩まされる。
子どもはたいてい、13歳ごろから自立し始める。増田が41歳ぐらいのころだろう。18歳時点においては経済的にはともかくとして精神的には自立する。
増田が46歳になったころに、また今のような状態が再びやってくる。いや、より大きな孤独の状態がやってくるということに耐えきれるのだろうか。
まだ居もしない子どもへの強烈な依存が垣間見える。適当な男ではダメな理由は、プライドが許さないからであろう。「こんな男では、私に釣り合ってない」と考えている。
そうした今現在「全然選ばれない」ような女性は、46歳ではもう「50歳ぐらいの汚いおじさんですら相手にしない」ような女になりかねないのではないか。そして子は離れていこうとする。
また、文章を読んで気になった点は「そこまで可愛くなく」「そんなに洒落っ気もない」「人並みに頑張ってはいる」と書いている見栄である。
他の点「愛嬌もない」「男に媚を売るのも嫌い」と書いている点に関しては断定している割に、その点に関してプライドがあるのがよりめんどくささを助長している。
つまり、本当はフツメンババアなどではない。ブサイクババアなのである。その自覚が足りない。ブサイクババアのくせに性格も良くないのだ。
「そのへんの女より可愛くて洒落っ気はあるのだが、『つまらない男ごときに媚を売る』ことができないために、婚活市場では、意味わからんけど『無価値』となってしまう」と考えているのだろう。しっくりこないか?
これは他の女性をバカにしていることに気付いていない。つまり自分の相場を度外視して「本当の私は彼女たちよりも価値が高いのだが、バカな男どもはそれに気付かない」と、自分の中で折り合いをつけてしまっている。
自己愛が異常だ。フェミニストはミサンドリストであるという点で不幸だが、増田はミサンドリストな上に、女性も嫌いなのではないか。学校でのカーストはどこに位置していた?
教育関係というその仕事も、『子どもという弱者なら自分が支配できるから』という考えが根底にあるのではないか。わからんけど。なおこれはイネーブリングといわれている。
おそらくこの増田は毒親育ちなのかもしれない。若いときに、可愛くもないのに化粧をしないことを選ばされた女性は大変である。あとで追いつかなければならないからだ。
「女の武器を使うのは悪いこと」という、おそらく増田の母親から強固に植え付けられた観念が罪悪感を抱かせる。未熟なスキルもそれを助長する。
そうした先延ばしのツケが今来ているのだろう。
中身が全く可愛くもないのに美も底辺という、弱者女性である自覚が足りていないのではないか。そしてそれを改善しようとする気もない。
「今現在の、ありのままの自分」を愛してほしい、自分が認めた人間からだけに強烈に愛されたいのかもしれない。
美を鍛えるのが苦行なのは「女の苦しみ」の1つだろう。「なぜこんな目に遭わさなければならないのか」と考えたくなる。多くの女は人生の早い段階でそれを乗り越えている。最近では男もやっているが……
ともあれ、理想の自分と現実の自分がすさまじく乖離している。だから人見知りなのではないか。
婚活疲れによるメンタル崩壊が第3の選択肢を選ばせているのだろうが、それは回避性パーソナリティ障害ではないだろうか。今までそうやって生きてきたのではないか。
そしてまた今回も問題の先送りをしようとしている。
自分が「下」だと思っている女性が、本当は圧倒的に自立しており、圧倒的に「上」であることに気付くべきときなのではないか。
これは俺の勝手な憶測・俺の勝手な印象だから、ふふっと笑って流しても構わない。
だが、子どもができてからではもう戻れない。今、己の存在価値・アイデンティティが問われているのだ。己と真剣に向き合うときが来たのではないか。
子どもを持ちたいと思う気持ちはわかる。ただ、まだ本気で戦ってもいないのに「婚活で惨敗した」あなたに、子を幸せにできるのか。撤退ではなく惨敗なのだ。
ポリコレ疲れとか言っとるけど、正直ポリコレ配慮した広告のほうが結果として反応も良いのよね。
ポリコレ派からのここはこうすべきでは?とか、ここは良くないでしょ、みたいなご意見はむしろありがたい。自分たちに欠けてた視点をもらえるし、そもそも声をあげれるマイノリティのほうが少ないのは分かってるので掬い上げていきたいって思ってる。
なんか、しっかり練ってつくればつくるほどポリコレ賛成の人にはちゃんと意図が伝わるんだけど、反ポリコレ派には配慮してることが伝わらず、なぜか持ち上げてくれることがある。
反ポリコレ派ってわかりやすく目立つ位置に黒人がいる!同性カップルぽいのがいる!ってなると途端に騒いで異端な存在が画面内にいるからポリコレ!って感じなので騒げば騒ぐほどやっぱ広告にはポリコレは大事なんだなあと部署内で苦笑いしながら再認識するきっかけになってる。
階段しかない建物を何も考えず指定して利用して、異性愛者であること前提の会話だけして、周りのマイノリティに配慮されまくって殿様生活してるおマジョリティ様たちは殿様である自分たちが一番に優遇されてないと頭にきてしまうから、数多ある広告の中で1つでも黒人が出たりしただけで発狂するんだな、みたいな感じがチームでも共通認識なのでもう反ポリコレに騒がれてもこちらも、ああまたお殿様が騒いでおられるな…みたいな気持ち。
中学受験で大学の附属校に入った。同じ塾から進学した人が多く、入学した時から友達がいたから特に困った覚えはない。
そのままエスカレーターで高校、大学と進んだので、常にマジョリティにいた。肩身の狭さなど無縁だった。
就職も大学のOBがたくさんいるところに行き、入社前から同じ大学のOBや同期との懇親会が頻繁にあったから入社しても心細さを感じたことがなかった。
性嗜好も18歳以上の異性を好み、20代の後半で大学時代同じサークルだった人と結婚した。
就職して10年ぐらい経ち、なんやかんやでコンサルに転職し、客先に常駐するタイプのプロジェクトをアサインされた。常駐しているのは同じファームからは自分しかいない。
客先に常駐していると今まで感じたことないストレスを感じることが多いと思っていたところ、自分がこの会社の中でマイノリティにいるからだと気がついた。
社員と外部の者は社員証ケースで見分けがつくようになっており、社員は革製でリール付きの社員証ケースを首からかけているのに対し、我々は100円ショップで売ってるような布紐とプラスチックケースの社員証ケースを貸与される。
いわゆる派遣社員も同じ社員ケースを使ってるためか、このケースを首からかけているとあからさまにナメられ、廊下で社員から道を譲られることは絶対ないし、エレベーター待ちの順番も自然に抜かされる。
この肩身の狭さやナメられる感じをマイノリティの人達はずっと味わってきたのかと思うと、なんとも今までの自分が恥ずかしくなってしまった。
岸田の「女性ならではの感性」批判と「政治家の女性比率の向上」
を両立してるやつってどうやって整合性保ってるの?
世界は男女平等で能力差はないので男性がやろうと女性がやろうと結果が変わらない。
ならば男ばかりに偏っても問題ないはずだよね?
そうではなくて、女性比率が高い方が多様性が保たれるんでしょ。
実際は女性が興味をもったり支持者が望みやすい領域に偏りはあるし、