はてなキーワード: 背表紙とは
書籍の「なろう」は、一冊が分厚いし巻数が長いし、背表紙がきんきらきんだしで、読みたい本が見つからない。
と思っていたら、本屋から与えられる棚が少なくて、新刊がでたら棚から抜かれる率が高いだろ。
新書なんて新しいシリーズが出るから、抜かれる量も多いけどもらえるエリアも増えている。
逆にマンガ文庫って減ったね。マンガ文庫こそ電子化の直撃大きいだろ。
個人的には紙の本と電子書籍(デジタルデータ/静止画)に同じ価値はないと思っている。
そのため「紙の本を代替するもの」として電子書籍を売り出そうとしても受け入れられないのではないかと思う。
せっかくなので電子書籍の利点を考えてみる。
電子書籍は機能的にはフルカラーにしたり、動画をつけたり、BGMをつけたりができるはずではある。
特に読み上げ対応などは視覚障害者等に向けた需要があることは恐らくご存知のことだろう。
電子書籍に興味のない人間は読み上げ機能の存在自体知らないのではあるまいか。
いっそのこと「紙の本の書店」を「電子書籍」だけで完全再現してみてはいかがだろう?
本来なら、読み上げ機能があるのだから視覚障害者や高齢者が潜在顧客となるはずだ。
しかし現状ではITリテラシーの高い若者が主な客層のようである。
このチグハグ感。
S黄尾、ちょーシリーズ、楽園の魔女たち、影の王国、汝翼持つ者達よ、とかまだ手元にあるー!!今でもたまに読み返してる!!
榎木洋子、毛利志生子、片山奈保子は全シリーズ追いかけてたの懐かしい!!
完結してほしいなぁと思ってずっと姫君と婚約者も残していたけどかなり前に諦めて処分してしまったなー
短編の連作が多い作家さんのシリーズなんかはキャラクターがいろんな作品に出てくるからブックオフを巡って買い集めたのも懐かしい。
初めてBLに触れたのも立ち読みしたコバルト文庫のあさぎりゆうだった。百合もマリみてが初めてだった。SFの初めて読んだのはMAMAっていう作品だった。
中華モノとか歴史モノとか、漢字も多くて難しい感じがして手を出せなかったけど、今でもあれ読んでみたかったなーって作品たくさんある。ブルーグレーの背表紙の中華マフィアBLモノも読んでみたかった。
大人になってからはなんとなくコバルト文庫だと物足りなくて普通の(?)文庫読むようになったし、他にもたくさん面白くて手軽なコンテンツがあるから今から読むかって言われると読まないけど、青春の思い出って感じで、とにかく懐かしい。
今時の子たちも、コバルト文庫じゃなくても良いけど、大人になってからも一晩語れるくらいに好きだったレーベルとか持ってほしいなー
各電子書籍ストアについて、年末年始セールを始めとしたもろもろについての所感を書く。
(1)honto
全商品対象の20%OFFクーポンを、12月25日-27日と1月1日-3日にそれぞれ1枚ずつ発行。
数年前のように50%OFFクーポン(!)はなくなったが、それでも昨年は一月に一度くらい20%OFFクーポン発行してたので、hontoで購入している漫画シリーズはストレスなく全部割引で買えた。
昔はポイント付与のセールもたびたびあったが、最近はおおむね20%OFFに統一されるようになって単純でとてもよい。
ただクーポン使用条件に1000円以上というのがちょっとケチくさい。1-2冊だけだと割引クーポン使えない。
アプリの出来は悪い。1年前まで読みながら先のページや別データのダウンロードが出来なかった。そこは改善されたが、ページ切り替えするたびにダウンロードが一時的に止まるので、読むスピードのほうが速くなり、根本的な改善には至っていない。こんなネットワーク周りがダメなアプリは他にはない。
(2)紀伊國屋書店
12月28日-1月6日に全商品対象にポイントが通常の25倍(実質20%OFFくらい)のセール。
通常ポイント1%を算出時に税抜き金額&小数点切り捨てするところがケチくさい。そのため25倍といっても実質20%くらいになる。
ポイントで支払額を相殺しても発行ポイントが変わらない(ヨドバシポイント方式ではなく、Amazon方式)のは素直でよい。
ポイントは購入直後、即時発行なのもよい。期限も1年以上ある。
紀伊國屋のよいところは、2-3週間に一度くらいの頻度でポイント25倍セールをするところと、事前予約にもポイントが付加されるところで、週刊誌でもけっこう発売日に割引で買える。ヤングジャンプは電子版発売から、だいたい25倍セールで発売日か1週間以内に読めている。セールを待つために2冊溜まることはあるが、3冊溜まったことはない。
1-2年前からセール頻度が増えたうえに、セール時のポイント倍率が20倍→25倍に増えたので、この路線は今後も継続される(と期待してる)。
(3)eBookJapan
12月21日-1月6日に対象作品のみ最大50%OFFセール。
全作品が対象ではないが対象作品が多い。ただ、20%OFFだったり50%OFFだったり、ポイント発行だったり割引だったり、1-3巻だけが対象だったり複雑なので、買いたい漫画がセール対象だったらお得って感じ。普段にくらべて奮発した感じのあるセールなのは間違いない。
最近は頻繁にサイトチェックしてないけど、たぶん全作品対象のセールってebjにはないので、新刊を発売日に買うには向いてないストアだと思う。(情報があれば訂正する)
ちなみに、自分の知る限りebjだけ独自にスキャンしているため、他より画質がよく(ファイルが重い)背表紙データがある。他のストアはたぶん取次がスキャンしたのを自ストアで売ってるだけ(だと思う)。kindleも独自にやってるかもしれんが、逆に画質が悪くなる方向に独特だったりしてた。最近はそうでもない気がする。
(4)kindle store
いつも何かしらの割引しているので、今のセールは正月セールと謳われてはいるが、普段よりも割引額や対象商品が増えてるのかどうか分からん。
少なくとも自分が買い集めているシリーズは対象になっていない。
割引額やセール時期がランダムすぎて、シリーズを継続して買うのに向いてないと思う。アプリの出来もひどいし。
ただ、割引しているのに目立った表示をしなかったり、ポイント計算が税込み額だったり、○%割引の数字が小数点切り捨ての過少表示だったり。
剛気というか細かいことを気にしないというのか、とても印象がよい。
立派なサーバを持ってるくせに、ダウンロードがめちゃくそ遅いのはケチくさいと思う。今回比較しているアプリの中ではkindleが一番おそいぞ。
Amazon Japanが法人税を日本に納めたら、もう少し利用してやってもよいと思ってる。
(5)BookLive
・12月21日-1月6日の長編漫画まとめ買い25%OFFクーポン
前者はラインナップは微妙(失礼)なうえに、対象が日替わりなので毎日チェックさせるというクソ仕様。
後者はまあまあよい。買いたい漫画が対象だったらお得だと思う。対象だったら。
昨年のBookLiveはほとんど全商品が対象の割引クーポンを発行せず、たぶん2回だけ(メール履歴より)だった。2回とも見逃したせいでBookLiveで購入しているシリーズが未購入のまま溜まってる。
もうちょっと全商品対象セールの頻度を増やすか、セールしていることが分かるようにしてほしい。でなければ、eBookJapanみたいにお得感の大きいセールをしてくれ。
(6)BookWalker
さて、本題。
1月1日-4日「コイン最大45倍キャンペーン」。コインはポイントのことで、平時1%。
ダメなところ1:45倍となるのは会員ランクが上位のみ。その上位の会員ランクとなる条件は、前の一月の間の購入金額が1万円以上(ポイント、割引分は対象外。税抜き価格)に加えて、そのうち新刊購入の金額が1000円以上。その他の下位ランクはポイント15倍。15倍かよ。他のストアは無条件で20%以上だぞ。当然のように税抜き価格が倍率の対象。おまけにバナーには45倍としか書かれてない。説明ページに行かないと一般会員は15倍だということが分からない。こんなわざと誤解を招くような卑怯な手法を使っているストアは他にない。
ダメなところ2:2018年12月2日以降に発売の電子書籍は対象外。すなわち新刊はセール対象外。この新刊除外も、他にやっているストアはない。(kindleは商品ごとに割引やポイント率が設定されていて、新刊はあまりセールにならないので、BookWalkerに近いといえば近い)
ダメなところ3:付与ポイントの有効期限が今年3月まで。短すぎる。あほか。ポイントの有効期限を考えなきゃいけないストアは、他にない。有効期限が長いか、そもそもポイント付与ではなく割引するからだ。
ダメなところ4:セールは対象商品に限定。対象商品はKADOKAWA系列が大半。自社レーベルだけかよ。正月セールでそれかよ。
ダメなところ5:セールバナーに対象商品限定だと書かれていない。これも説明ページを見に行かないと分からない。こんなわざと誤解を招くような卑怯な(略。
あとは、割引設定が複雑とか、ポイント相殺した分はポイントが付与されないとかあるけど、ダメとあげつらう程ではないかなと。
BookWalkerの良いところを言うなら、継続してラノベや漫画を大量に買う人にはBookWalkerに囲われるのもお得があると思う。あとダウンロードした本を棚に表示させる・させないの選択が出来るので、見られたら恥ずかしいエロ本とか買うのに向いてるかも。他のアプリはダウンロードした本は隠す機能はない。
エロ本といえば、DMMも常に何かしらのセールやってるし良いと思う。アプリに暗証番号でロックをかけられるのも流石だなと思う。DMMからはエロ本しか買わないので、上記の比較からは除外した。
新刊を発売日に割引で買いたいなら、hontoか紀伊國屋しかないのではないかな。DMMも全商品対象セールが定期的にあるらしいが、自分では確認していないので分からない。まとめ買いなら、どこのストアでもいいと思うけど、BookWalkerだけはポイント付与式+ポイント有効期限の関係で、散発的なまとめ買いには向いていないと言っておく。
ともあれ、これまでBookWalkerで買い集めていたシリーズは、別ストアで買うことにした。
って覚えている人は居るかい?
売) 宇宙の玉 5000万 ささよろー
ってな。
MMORPGでもマイナーな部類なんで、やっていた人はそんなに居ないだろうけど。
確か、ジャンプの背表紙の広告に乗っていて、それから始めたんだよな。
その頃は、既にリネージュとかの大きな流れに乗り遅れていたものの
なんかネトゲーやりたいなって思って、これに参加することにした。
ほかとの比較は余りできないが、ゲームそのものよりチャットが面白かった。
あと、全体シャウトでの物品の相場変動をみて商売するのが面白く、
ふと、懐かしくなって書いてみたが、知っている人なんてもう居ないかな。。。
君のような人間は少しも珍しくない。8人にひとりくらいはいる。
おれの同級生にも、後輩にもいた。彼らもなんだかんだ卒業したしなんだかんだ活躍している。
だから教員は慣れている。そのことで君のことをことさら劣った人間だと思うことはないはずだ。100年にひとりの大馬鹿者とは思わないはずだ。
遅れて来ても、堂々としていればよい。
時折、少しくらい済まなそうにしていた方が可愛げはあるというものだが。
それから、悩んでも学校のカウンセリングには行ってはならない。教員に情報が漏れることがある。ふつうの、町のカウンセラーを頼る方が安全だ。
一般的に、ボスに放置されたり、見放されたと感じるとモチベーションが低下するものだ。それで毎朝登校したらボス部屋に挨拶に出るというのが有効と聞いたことがある。エレベーターでボスと一緒になったときには、どうも、の一言で済ませるよりは、今日はこんなことをやっていますと言う方が健全な感じがする。
自分のやってることに疑問をもったら、図書館に行くとよい。研究室に出なくても、図書館にいると今日は勉強の日だと言い訳が立つような気がして気持ちが落ち着く。(まず問われないものだが)同級生や先輩連中に「午前中はどうした」と問われたら「今朝は図書館で統計の教材を探していました。最尤法について知りたくて」などと言えばかわせるな、という腹積もりがあるだけで安定する。
図書館の本の背表紙を眺めれば、自分の研究テーマの隣接領域が何であるか、世の中の他の人らはどんな問題に取り組んでいるのかがわかるかもしれない。これはなんだかんだ色々助けになる。のでお勧めしたい。
「響~小説家になる方法~」は青二才氏が書いているようにアスペが俺TUEEEEするだけで巻を追うごとに面白くなくなっていく。
(引用:青二才氏のブログhttp://tm2501.com/entry/post-20733)
残念だ。残念で仕方ないから三巻以降のストーリーを勝手に考えてみる。作者は三巻から書き直すべきなのである。
響は新人賞に応募するが、作品に住所や本名を書いておらず、結局その原稿はお蔵入りとなる。
同じ文芸部の凛夏の才能が先に発掘され、凡庸ではあるがエンタメ性の高い彼女が先にプロデビュー。
その関係で出版社の編集が響のいる文芸部に出入りするようになる。
響は相変わらず生意気な態度を取り、編集の男と小説の話をしても「これはゴミ」などと暴言を吐く。
ある夕暮れ時、部室には誰もおらず編集の男はふいに響の言葉にカチンと来てしまう。
「今の発言はさ……ちょっとおいたが過ぎるんじゃないのかい?」
編集は響の手を軽くひねる。響は抵抗しても良かったのだが、その編集がそれからどのようなことをするのかが知りたくて、
抵抗せずにされるがままになる。
響は初めて自分の女性性を意識させられた。小説の中でしか知らなかった、胸の突起がどれほど感じる場所であるのか、
そして雌穴こそ鈍感であったが、表側にある女性器が自分に与える快楽を始めて知った。
小さく震える響を見て編集は「今日はここまでだ、あとは合意の上でないとしない」と言った。
響はその編集と定期的に会うようになった。合意の上ということでもう編集も遠慮することは無い。
最初は女性器の表面を掌全体で擦ることでイカせていたが、やがて指先で転がすようにしてイカせ、
乳首を刺激しながら同時の刺激でイカせた。何度も何度も会って編集は響の体を開発していった。
挿入はしていたが、それは響にとって最重要なものではなかった。響にとっては他の場所から得られる快楽の方が大きいと感じていたからだ。
編集もそれをわかっており、会うたびに女性器の表面で何度もイカせて、挿入は最後にそっとするだけであった。
ある時から編集は「吸引バイブ」を使うようになった。響の小さな女性器の核は、開発されプックリと丸く大きくなり、
吸引の刺激も快感ととらえられるようになっていた。
「だいたいわかっただろう。これを全部文章にして書け。設定はマッサージ師と女性客だ。できるな?」
響は編集に言われた通り、女性が快楽に堕ちていく物語を書き上げた。それは黒い背表紙の本となり書店に並んだ。
響のデビュー作は「敏腕マッサージ、何度もイカされて……」であった。
その後も義理の父や義理の兄から快楽責めを受けて堕ちていく作品を何本も書いた。
その頃には雌穴の中も二か所感じるようになっており、「欲しいの……入れてください」と言わされてから挿入されるまでになっていた。
作風がワンパターンになってきたので、編集は別の編集者を紹介した。「今日から担当が変わるから」
響はいきなりの担当替えに驚いたが、よろしくお願いしますと挨拶をした。
新しい編集者は「おい、これがあの態度の悪い高校生か? 随分おとなしいじゃないか」と言った。
「外では相変わらずのじゃじゃ馬だ。しかし俺の前では可愛い女になったよ。後任よろしく頼むぜ」
後任の編集は前任の編集と違い、若干肥った男だった。汗のにおいがした。
「ネタ切れ起こしてるって聞いたから、新しいお話を書けるようにしてあげるよ」
後任の編集は響と一度だけ普通の行為をし、二度目からは後ろの穴の開発を始めた。
「う、うう……そこは嫌です……」
響は抵抗を示したが、後任の編集は慣れた手つきで響の小さな菊の花にワセリンを塗っていく。
ゆっくり、ゆっくり、擦りこむようにワセリンを塗るその手が優しくて、響の心は開かれていった。
ぬぷ……と指が入っても響は深く呼吸をしていた。響の呼吸に合わせて菊の花が小さく開閉する。
その流れにそって少しずつ指を奥に届かせていく。
つぷん。編集の指が抜かれた時響は「ああっ」と声をあげた。
「続きは次回ね」
次回はあっという間にやってきた。
「今日はちゃんと準備してから前と同じことするから」編集はそう言って注射器の形をしたプラスチックに
洗面器からぬるま湯を吸わせた。身を固くする響を編集は後ろから優しく抱き、胸やわき腹を愛撫し、
菊の花にワセリンを塗った。その流れで編集は響の雌穴を確認するように触った。そこはぐっしょりと濡れていた。
「期待してるのかな。いいよ、期待してて。もっともっと良くなるから」
編集は響を四つん這いにさせ、頭を枕に押し付けるように指示した。菊の花を大きく開く体制を取らされ、
響は恐怖を覚えた。
編集はスムーズに響の菊の花にぬるま湯を入れていく。「んっ……!」響はすぐにトイレに行かせてくれと懇願したが、
編集は「あともう1回、我慢して。できるから」と言って合計200ミリリットルのぬるま湯を響に入れた。
編集は響を立たせてユニットバスに連れていく。「いいよ、トイレに座って」
「あの……一人にしてもらえない……?」「何かあったら困るから見てるよ」
響はユニットバスの個室から出ていかない編集と、迫りくる便意の狭間で激しく悶えた。
「もう……出ちゃうから……」「いいよ出して。きれいになるから」
「ああもうダメ……!!」
ピュウ……と最初の水が出るまでは音を我慢できたけれど、その後ビチビチ……という排泄音が響き、
響はいやあと叫んだ。声で排泄音を隠そうとした。
編集は立ち上がり、響の背面に回って右手で響の口をおさえた。そして左手と足で響の足を開かせた。
様式便器の中に排泄された響の排せつ物の匂いがただよってくる。
浣腸による排泄のため、細くなって出てきた茶色い塊が見える。響は恥ずかしさで喉奥から叫んだ。
しかし編集に口を押えられているため、その声はむなしい高音となって浴室に響くだけであった。
響はいやいやと首を振り、しかし腹の中のものをすべて便器に出し切った。
「全部出た?」「……はい」響は半泣きで返事をした。
その後二人でシャワーを浴び、響の気持ちを落ち着けるために編集は通常の愛撫を行い、
その後菊の花に細いバイブを入れた。
この遊戯は何度も繰り返され、逢瀬のたびに響は開発されていった。
この頃になると響は前任の編集とも定期的に会い、女としての一般的な快楽を追求していった。
前任編集には情のようなものもあり、ご奉仕も積極的に行うようになっていった。
適度な大きさの男性器を口に含み、側面を舌でしごきあげ、やわらかな袋を掌で遊ぶ。
響の書く官能小説は幅広いジャンルにわたり、監禁モノや連続アクメを上手に書けるようになっていた。
授賞式当日、響はワンピースを着て壇上に上がっていった。用意していたスピーチ原稿を開くと……
ブルルルルルル……
響の雌穴にはバイブが挿入されており、女性器の外側には防水テープで貼り付けられていた。
足を閉じて立っているため、ダイレクトに女性核に当たるのを止められなかった。
響は長期にわたる開発によって、刺激を受けたら必ず逝く体になっていた。この刺激もあとどのくらい続いたら逝くか、
響自身よく理解していた。スピーチを早く終わらせて壇上から降りたい……そんな一心で響は原稿を早口で読み続けた。
「ありがとうございます、これからも様々な作風、幅広いジャンルに挑戦し……」
彼らの手にはリモコン。前任編集は女性器の外側に貼ったローターのリモコンを、後任編集は響の中に収まっているバイブのリモコン。
一気に上げるのではなく徐々に上げることで響が逝きやすいことを二人ともよく知っていた。
「……っ!! ……より読者の方に楽しんでいただける作品を……ああああああああっ!!!!」
響はその場で崩れ落ちた。
床に突っ伏す形で小刻みに震える響の股間から、透明な液体がとめどなく流れていた。
その後、この授賞式は伝説となり、響の名は永遠に文壇に刻印された。
おわり
私はこの判断に心から落胆し、新潮社という出版社そのものに心から失望した。
まず断っておくが、私は杉田水脈氏の記事(論文とは決して呼ばない)を一切支持しない。
一切、完全に、ただの一行たりともだ。
続く号で発表された杉田氏の擁護記事も、仮に部分的に事実があるとしても一切の論旨に賛同しない。
だが、私は『新潮45』が休刊したことについても深い憤りを覚えている。
杉田氏の記事ならびに擁護記事に批判が集まったあと、新潮社代表取締役の佐藤隆信氏は以下のようなリリースを発表した。
https://www.shinchosha.co.jp/sp/news/20180921.html
弊社は出版に携わるものとして、言論の自由、表現の自由、意見の多様性、編集権の独立の重要性などを十分に認識し、尊重してまいりました。……
このリリースで佐藤氏は、『新潮45』が差別的な記事を掲載したとは一切認めていない。
まずはじめに言論の自由をうたい、《今後とも》差別には配慮する=今までも差別には配慮していた、としている。
『新潮45』の問題はあくまで「常識を逸脱した偏見」と「認識不足に満ちた表現」(不足に満ちた?)だ、ということだ。
https://www.shinchosha.co.jp/sp/news/20180925.html
会社として十分な編集体制を整備しないまま「新潮45」の刊行を続けてきたことに対して、深い反省の思いを込めて、このたび休刊を決断しました。
これらのリリースから、新潮社が何を問題視して休刊に至ったのか、私にはよく読み取ることができない。
「言論の自由」を重要視するならば、「常識を逸脱した偏見」という言葉は矛盾している。
なぜなら、偏見は時に常識の顔をして生活に根付いているからだ。それに対抗しうるのは言論しかない。
「言論の自由」をうたうなら、常識から逸脱したことを謝罪するのは自殺行為だ。
「認識不足に満ちた表現」というのもよくわからない。誰の、何に対しての認識が不足していたのか不明瞭である。
(筆者の、LGBTに対する)認識が不足していたというならば、それは表現ではなく論旨そのものに直結する問題だ。
二度目のリリースの「編集体制が十分でなかった」ことから無理矢理意訳するなら、言論としての質が低かったことがもっとも重大な問題、と理解すればいいだろうか。
佐藤氏はこの問題に関して、何よりもまずはじめに言論の自由、表現の自由、意見の多様性、編集権の独立に言及した。
『新潮45』は、私の目には差別的・侮辱的で唾棄すべき蒙昧な文字列だったが、
佐藤氏は質が低いことは認めても、差別的であるとは最後まで言わなかった。
杉田氏の記事およびその擁護意見を、新潮社として「自由と多様性」の一部として認めるならそれでもよい、と私は思う。
だが、それが社としての意見だというならば、そして問題は「質の低さ」だというならば、少なくとも新潮社にはこの問題について「質の高い」意見を示す社会的な責任があったのではないか。
そして、「多様性」を庇護したいのならば、杉田氏および擁護意見への反論も意見として熟議し、「多様性のある」議論を展開するべきではなかったのか。
それこそが「言論の自由」を保証した、出版社としてあるべき姿だと思う。
その範を示すことが、長い歴史と信頼のある大手出版社の役割であり、代表取締役が「言論の自由」に言及した意味ではないのだろうか。
質の高い多様な意見を募るには歴史と信頼と知性の集積が必要だ。そんな出版社はそう多くはない。
けれど、新潮社ならできたんじゃないのか。
今回、新潮社は『新潮45』の廃刊という形での幕引きを図った。
批判に応答もせずに。
言論の自由をいちばんはじめにうたったはずなのに、世間の声に反応して言論の場そのものを潰すという、もっともするべきではないことをした。
しかし、新潮社は本当に、この幕引き以外選択肢はなかったのか。
新潮社でさえこんな風に逃げ出すしかないのなら、我々はいよいよ、批判を躊躇わなければならなくなる。
意見を示す出版社側は、「常識から逸脱した」意見を出すときは『新潮45』のように潰されることに怯えなければならず、
批判する消費者側は、自分自身の批判が言論の場を潰し、言論封殺の謗りを受けることに怯えなければならない。
新潮社は「質の高い」反論をすることも批判を受け止めることも投げ出して、結局真っ先に言及した「言論の自由」を蔑ろに踏みにじった。
私にはそう思える。
そして、そんな愚かな選択を、あの新潮社がしたことに心から失望している。
はじめて買った文芸誌はyomyomだった。
100%orangeのかわいい表紙に、めくると広がるとりどりの物語に心をときめかせて創刊から買い続けた。
新潮文庫の背表紙が好きだった。明朝体の文字だけのそっけなさ。
書店に行くたびあの背表紙群を眺めて、次は何を買おうと迷うのが楽しかった。読んでも読んでも読みたい本が尽きない。頼もしかった。
新書の玉石混淆さにはもう十年以上もうんざりしているけれど、それでも新潮新書には基本的に安心感を感じていたし、学生時代の論文でも、参考文献に新潮社の本を何冊も並べた。
今はただ悲しい。
いつもと一定数売れていくんだけど、
1件だけ。
読んだ本の名前は書いてなかったけど、
多分新刊のことだろうと思った。
「ページ数がすくねぇ」
本文24Pの本だった。
今回だけ特別少ないというわけではない。
ページ数が少ない。
そうか、私の本はそう思われていたのか・・・。
内容は薄く、当然本の厚みも薄くなっていた。
気になってはいた。次はもっとちゃんと書こうといつも思っていた。
今回はこのくらいでいいだろうと自分に甘くなっていた。
これを機に反省したいと思う。
なーーーーーーーーーーーんて殊勝に思うくらいならこんなブログ書いてねぇよ!!
ページ数が少ない?当たり前だろ同人誌だぞ。
薄くて高い本って言われてんだよ、何求めてんだよ同人誌に。
大体ページ数はちゃんと告知してるぞ。お品書きに。
そもそもページ数なんて本の厚みみりゃ大体わかるだろ。
わざわざメールフォーム開いて送ってきてくれたことには感謝してるよ。
ていうか本買ってくれてありがとな。たけえよな、同人誌。
値段つけててアレなんだけど、まあ自分でも高いと思ってるよ。
それでも早割とか使ってなんとか平均の値段になるよう頑張ってんだわ。
その口調なんなんだよ。知り合いか?知り合いだったら名乗り出てくれよな。
多分ケンカになると思うけど、そこはそこ匿名で文句いってきたお前が悪いよね。
感想ってさ、いいことだけ言われるなんて思ってなかったよ。
当然批判とか、そういうのもあると思ってた。ていうか待ってた。
内容も雰囲気漫画なところがあるしセリフ少なくてわかりづれーだろうし
絵柄は人をかなり選ぶしそういうのくると思ってたよ、正直。
でもページ数ってお品書きと見た目と重さでもう大体わかるもんじゃん。
内容は読まなきゃわかんないけど、ページ数って。
知ってたよね?知ってて買ったよな?
知らないんだったら悪かったな、でも確認しないお前が悪いと思うぜ。
世の同人作家さんが全員こんな感じではないと思うぜ。
ただどの人もページ数少ないですねって言われたら
かなりの確率で怒り出すと思うよ、気を付けてな。
愚痴らせてくれ
今本屋に行ってきたんだけど、店員が数名明らかに自分が行くところ行くところついてくる。これは目をつけられたかなーと感じた。
なぜなら最近自分の好きなバンドが雑誌に多く載っていて、全部の雑誌を買うと破産するのでよくこの本屋で記事を物色していたからだ。だからって何時間も居座ってる訳じゃない。物凄く客が多い訳でもないので覚えられたのだろう。
それはわからないでもないけど、行くところ行くところ店員がついてきて、本を読んでなくて背表紙物色してるだけでもやな音を出したりして追い立てようとする。
あまりに頭にきたので雑誌一つ買って出たんだけど、思わず「客追い立ててどうすんだよ」と独り言を吐き捨ててしまった。
その雑誌も900円くらいするけど、自分の好きなバンドのページは4ページくらいだ。随分不経済だなとは思うけど、いい記事だと思ってさ。普段はその本屋へのお礼も込めてできる限りは本は買ってるつもり。
音人
Talking Rock!
Player ×2
音楽雑誌って高くて500円以下のはほとんどない。千円弱って感じ。自分にしちゃ同じ本屋でよく買ってるほうだと思うけど。むしろ中身見ず全部買うならネットで買う方がいい訳で。
何の正義なんだか、自分がどれだけこの本屋に損をさせた極悪人か知らないけど、随分腹が立った。本を買った回数と本屋に行った回数は極端に違わないはず。そこまで通ってる訳じゃない。
でも他にも立ち読みしたのは確かだし、その点においては責められるだろうなと思って、でも怒りが収まらないのでとりあえず増田に書いてみることにした。
自分は(娘だが)父親に「あしながおじさん」を進められたときはこういう恋愛小説に興味がなく、なんでこんな他人(年上のお姉さん)の手紙をえんえんと覗き見などしなければならんのだとおもった。
今となってはもちろん、ツンデレなおじさん(金髪碧眼の若い男性である。執事にジャービス坊ちゃんとかよばれているええとこの子である)がとてもかわいいですねという生ぬるい目で見ることができる。
あと濫読家で妹がうるさい家だったので暇つぶしもかねて小学校中学校の900(日本文学・世界文学)のあたりはありったけ読んだ。
3冊まで借りられたので、シリーズ化してあればなんでも読んだ。(全集でないのは毛色が違う取り合わせになるので選ぶのが面倒)
ねしょんべん物語も落語全集も世界創成童話も南洋一のルパンもシャーロックもSF全集のトリフィドもコバルト文庫の氷室冴子も星新一も、まあ背表紙が同じ色の版型同一の本が棚に並んでいれば(そしてだれかに先に借りられていなければ)すべて読んだ。
しかし他人の「心理」とか「日常」とかを追跡する面白さは大きくなるまでなかなか感じられなかった。夢野久作なんか心の中の話しかしてないけどおもしろいので小学校で読んでたらショックだったかもしれないな。いやそうでもないか。
ルナールさんのにんじん、オチはそれでいいんかい。でも、ちょっとわかってしまった。2chから流行った毒親文学の走りだね。
小公女ポリアンナ、アニメはチャンネル権を主張する妹たちがいたために見ることはなかったけど、成人してから読むと強烈だな。「よかった探し」というミームをつくったのこいつやで。
赤毛のアンはテレビで見れた。今見ると馬車とかやはり宮崎動画だけあって木漏れ日とか子供向けなのにめっちゃがんばってる(そして低予算なのでたぶん子供の時はわかってなかった)
そのあとお小遣いが増えて漫画が買えるようになりSF系少女漫画やコバルト文庫も好きなだけ変えるようになり(少女向けsf漫画の出始め)、ウィングス創刊に立ち会った。ズッコケはたぶん自分が高校ごろでそのあと怪盗ゾロリとかでて自分の子供世代だとゾロリは全巻必修だったのかな。アンパンマンも地味な扱いだったと思う。今みたいなポケモンみたいなアニメ系作画じゃない水彩っぽい絵本がぽつぽつとでてはいた。児童だとバーバパパ、あと長靴下のピッピ、マガーク探偵団(これもなかなか長い)(しかし主人公が不細工で絵も今いち)
子供が特定の本を選ばないのは「長い文章がいやだ」「ふりがながふっていない」「文庫本は字が小さい」「挿絵が怖そうに感じられた」といった些細な理由だと思う。
追記、そういえばクレヨン王国シリーズは妹がたくさん集めていた。自分は誰も知らない小さな国シリーズ出てるだけ読んだくらいだなあ。