絶滅を危惧してうなぎを食べない(あるいは絶滅に配慮して流通されたうなぎしか食べない)主義って「環境保護的観点が動機のうなぎ限定の禁肉食主義」と言ってしまうことも出来るのに。
うなぎ食べない派の人がある程度存在するのにヴィーガニズムが否定される傾向にあるのはちょっと不思議な気もする。
そこまでヴィーガニズムに強い拒絶が示されることはないだろうに、と思う。
結果的にやってることは似ているんだけどな。
解決を試みるために手元にあるアヒルちゃん人形と対話してみよう。
「そもそも禁うなぎ主義でありながらヴィーガニズムに嫌悪感を示している人って実在するの?」
「それはわからない。いないかもしれない。とりあえずここではいるという前提で進めよう。」
「あなたはその人に『禁うなぎ主義に賛同しているのならヴィーガニズムにも一定の理解があってもいいだろうに』と問いたいんでしょう?」
「実際そうだね。」
「うーん、改めて考えてみたけど禁うなぎ主義に賛同していてもヴィーガニズムに賛同するとは限らない……かな。禁うなぎ主義はあくまで人間中心主義的な考えだけど、ヴィーガニズムは人間中心主義と対立する考え方だから。」
「Wikipediaからの引用だけど人間中心主義ってのは『自然環境は人間によって利用されるために存在するという信念』だってさ。禁うなぎ主義者はあくまで人間に利用される資源の保護というのを目的としているんだろうね。その一方でヴィーガニズムは——ヴィーガニズムにもいろんな派閥があるけれど——動物の権利を大事にする考えだよね。」
「『ヴィーガン』という呼称にはどうしても動物の権利を大事にしていますというニュアンスが含まれてくるってことか。でも動物の権利とかそういう話ではなく、環境破壊に問題意識を持ったヴィーガンってのがいるんじゃない?そのいろんな派閥の中にはさ。そのヴィーガンとなら禁うなぎ主義は合流できる気がするんだけど。」
「たしかに実際にヴィーガンを名乗る人の中にはそういう問題意識を持った人もいるかもしれないけど……。」
「まあやっぱり合流は無理かもな。少し前に炎上狙いTwitterアカウントがトランスヴィーガンを自称しながら肉を食べてたじゃん。確かにあの釣りツイートは見るに堪えないものだったけどヴィーガンは馬鹿にしていい風潮があるからこそ釣られる人が一定数いた気がする。話はそれるけど個人的にはヴィーガンがたまに肉食べてもいいじゃんって思うけどね。0か100ではなく出来る範囲で活動するのだって意義はあるし。」
「確かに『私は禁うなぎ主義だけどヴィーガンと一緒にしないでほしい』みたいな反発はありえるかもね。」
こんなところかな。
「別の観点も考えてみよう。『ヴィーガンは主義の押し付けをしてくるから嫌い。私はうなぎを食べないけれど、それを誰かに押し付けることはしない。』という意見はどうかな?」
「いろんな反論が考えられるけど『むしろ禁うなぎ主義を他の誰かに啓蒙(=考えの押し付け)しようとしないのは何故?』ってのはどう?」
「それは他人の行動、食生活にケチつけるのはよくないことだから……みたいな返事をしておこう。」
みたいな話も気になるけどまた後で考えてみるか。
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