はてなキーワード: 質的とは
このての言説はよく見かけるが、対象が意味を分からずに言葉を使っている場合は極めて少ない。
大概は定義がなされていないだけだ。
苦痛0の生活で快楽10を享受するのと、努力するコストを払うことで快楽20が得られる状況どちらがよいか、って時に、実は20を得ようとする人は社会的に結構少ないのかな。
立場として、
(これって③と④は20を得る価値を質的に取り扱ってる時点でだめじゃん、とか思ったってのはさておき、)があるとして、自分は③かなーとか。みなさんはいかがでしょうか。
で、考えてみるとそもそも人生ってのは普通に生きているだけど、痛ましい苦境を強いられているわけじゃん。飢えたり、健康管理だったり、そもそも社会にでて他人とつながりを持たないといけないこととかさ。だから、基本、苦痛値がはなから10ぐらいのしかかってるんだよね。
で、たとえば、ニートになってる人とかってどういう真理なんだろーって話をしていたのだけど、社会から自分を切り離すことで、基本苦痛値を5下げれるなら、その結果、快楽が5下がってもいいかなーみたいな感じなのかなって。
とはいっても、人間はまったく楽しくもねーままに生きるってのはちょっと耐えられない話であってね。たぶん、最低快楽欲求値ってのが、一応、あると思うのよ。まあ、10とかさ。
ニートがわりとひょうひょうと生きていけちゃうのって、社会ちょー豊かだからなんかなって。つまり、おれらが人として文化的最低限の暮らしをするための社会的インフラがあれば、その最低快楽欲求値みたいなのは余裕でジャンプできちゃうの。ほら、テレビとか、とくにインターネットのおかげでね。
むかしはさ、といってもおれはそれをしらないんだけど、何か快楽を得ようとするのに支払う対価ってのがけっこーでかかったんだよね。なんか面白い本探すのときには、いろいろ読んで漁るような努力コストを支払わなきゃならんとこを、インターネットは、口コミなんつって、世界中のひとで、その探すコストうすーくシェアしあうことで、努力にともなう苦痛値を下げてくれるし、タダ乗りだって許してくれんの。資本主義は競って価格競争とか技術革新してくれるしさ。
だから、社会と断絶して基本苦痛値みたいなのを0に近づけつつも、最低快楽欲求値はちょーらくしょーで越えてんぜーっていう。
同居人がね、おれは別にサラリーマンになって、適当に働いて、家帰って、インターネットしてるだけで幸せなんだよねーっていうのさ。「さとうプロ(あだ名)にとって生きるってなんですか?」「死なないことだねー」って。
彼にも昔は、あったんだと、承認欲求とか、自分のこのくらいの人間にはなるんだぜ、おれは、みたいなラインが。でも、ほどほどの努力で大学受験してみると、日駒レベルのとこに入学してて、いままでの人生では、自分の望む結果を最低限のコストで得られてきた彼にとってはじめて、ギャップができたんだって。そんで、いまは、そういうのもだいぶ薄れたとか。とはいえ、年々、基本苦痛値ってあがってくるわけじゃんか。25歳なら25歳相応の立場が求められたり、圧力かかったり、そもそも仕事にも就き辛かったりするし。さらにいえば、支払える努力コストの上限も下がってくる。体が動かなくなってきたりとか。このままでいいのーって気になったんだが、そうして、快楽が減っていっても、最低快楽欲求値を割るにはずいぶんあるし、まー、いいだろ、って感じなんだと。
以上、世界っておもしれーなーって思った話でした。(雑)
「自分のやったこと」?
決めつけないでもらいたいね。子供作る気なんかさらさらないよ。
子供を作れば子供を作った責任を執拗に・無限に問われ、子供の犯した罪や子供の不始末を全て負うことになるんだ。
あまりにもやってられないよ。誰が作るもんか。
そして子供の罪や不始末が「育て方」のせいなのか「先天的・器質的障害」によるものなのか、世の99%の人間は精査しない。
子供によって不愉快な思いをしたらとりあえず親を叩く、残虐なまでに執拗に追い詰めて批判する。
親ってのはあまりに悲惨なポジションだね。奴隷だよ、奴隷。通りすがりの不特定多数に汚物を吐き捨てられる痰壺みたいなもんだ。
いやいやいや
ただ
診断が難しいとか、
そういう面は確かにあるので、扱いが難しいのはその通り。
で、「うすうす自分て努力不足かも」「でももしかしてADHDなんじゃないかなー(チラッチラッ)」みたいな態度の人達は
周囲の人に対しても、はっきり診断出てる本物の人達に対しても、凄く迷惑なわけよ。
だから(チラッチラッ)を繰り返す人達に対しては「ちゃんと診察受けろ」って話になるわけだ。
本物かもしれないし全然違うかもしれない。
「医者には絶対行きたくない!」「で、も~~~(チラッチラッ)」みたいな人達が増えると
病気や障害自体について君みたいな疑念を抱く人も増えるわな。
君の今呈した疑念がまさに(チラッチラッ)族の引き起こした害なんだよ。
それは知らなかったけど
日本やアメリカの公的な文書では、自閉症とは言わなくなってるというのは、wikipediaで読んだ
でも、元々は器質的な問題、機能的な問題として、発見されたものが、いつの間にか、範囲を広げてるのは、なぜ?
いつの間にかではなく、論文発表などで、認められてるのかもしれないが
機能的なもの、では無いものは、そもそも別のものだったのではないかと。
なぜ、混ぜてるのかわからない。
DSM-Ⅳによる自閉性障害の診断基準に、脳機能関連の検査項目は含まれていないのはご存じか。
発達障害が脳機能の器質的な障害であるのは確たる事実であるが、その詳細については現状わからないことのほうが多い。
MRI,MRS,脳波検査などで明らかな異常が認められることもあるが、
判断がつきにくいケースのほうが多いため、脳機能関連の検査だけでは確定診断不可能。
小児の場合は行動観察や知能検査で得られた所見から診断されるのが今のところ一般的。
同じく脳の器質的疾患である統合失調症や大うつ病だって誤診の嵐だからな。
精神外科ってのは廃れた分野だが、遺伝子病理診断や脳神経外科の発展であらゆる精神障害の病因が一目瞭然になる時代がくるといいな。
多くの若者が会社を立ち上げ、明日のザッカバーグの夢を見ている。
(その夢の姿は往々にして『ソーシャル・ネットワーク』そのままだ。)
だがきっとその夢は一生叶うことはない。残念ながら。
グレアムの言葉にしたがって楽天家を演じている日本人起業家の皆さんは
私に向かってこう言うだろう。「どうして君はそんなこと言うんだ?
俺たちは世界を変えるんだ。大変かもしれないがそれは不可能ではない。Facebookを見ろ。」
オーケー、オーケー、確かに起業家は世界を変える力を持つ。それはすばらしいことだ。
自問してみよう。残念ながら違うことに気づく筈だ。あんた方はただの”タレント”だ。
それはこう言い表せる。
”変質的なまでの人物志向、つーかプロダクトなんてクソ食らえ!!”
日本のスタートアップ環境は、企業の評価を人物のみで行う。その人が有名であるか否かでだ。
有名人がプロダクトをリリースすれば、クソみたいなプロダクトでも盛んにRTされ、絶賛される。誰も使わないが。
一方、無名の人が素晴らしいプロダクトをリリースした場合、それはほとんどフックアップされない。
さっきRTしてた連中は、TechCrunchに取り上げられるまでは自分から面白いサービスを見つけようとしないし、
そもそも面倒くさがっている。うーん、話が見えづらいかもしれない。つまり、こういうことだ。
アメリカ「このFacebookってサイトはCoolだね。誰が作ったんだ?ザッカバーグか。すごいな。」
日本「あのザッカバーグがプロダクトリリースしたぞ!!すごい!すごい!さすがザッカバーグ!で、何てプロダクトだっけ?」
圧倒的なまでの人物本位。プロダクトは二の次。プロダクトを生み出すのが起業家なのに!!
「でも、その人物に実績があれば良いじゃないか。僕はジョブズが何か新しいことをすると聞けば
ワクワクするよ。彼はいつも素晴らしいプロダクトを生み出してきた実績がある。」
オーケー、確かにその通りだ。それは認める。僕だってiPhone5には期待している。
だが実績の面でも日本のスタートアップは何かがおかしい。例えば日本では、
”学生”というだけで起業家が評価される。まだプロダクトもリリースしていないのに!!
(そして、実際リリースされるプロダクトもだいたい・・・だ。悪いけど。)
実績評価においても日本のスタートアップ環境は”プロダクトなんてクソ食らえ”を貫いているわけだ。
涙が出るね。いやほんと。
こんな状況で今恐ろしい事態が起こっている。素晴らしいプロダクトを生み出す人よりも、
Blogで名前を売るのが得意な人のほうに注目が集まっているんだ!!彼らはBlogに時間をかけて、
”いかにも起業家でござい”というようなことをしきりに書く。読者に”この人はすごそうだし、何かやるぞ”と思わせるわけだ。
そして注目が集まった時点で起業する。あとは、さっき言った通りクソみたいなプロダクトがでて、RTされて、誰も使わず終わる。
でもカンファレンスとかに呼ばれて、”僕は起業家だ。”というどうでもいいプレゼンをする。彼らは残念ながら、
”自分を売り込んで偽装する才能”はあるが”起業家としての才能”はない。
まだ信じられない人がいるかもしれない。だが見てみろ。Twitterでは、
自分のプロダクトが流行っていないのに、自分の考え方を熱心に説いてる自称起業家がいっぱいいる。
彼らはタレントだ。当てにするな、耳を塞げ。ほらあっちにも起業家だ。
Blogでは良い事ばっか書いてるが、リリースされたプロダクトはクソだ。あれもタレントだ。
残念ながら、この状況で日本からGoogleやFacebookを生み出すことを期待するのはよした方が良い。
日本のスタートアップ環境は、薄暗い部屋でコードを書き続け、未来を作っている薄汚いギークよりも、
世間の空気に媚びへつらい、自分を偽装するのがうまいタレントを欲している。ジョブズは何で有名になった?
Macという素晴らしいプロダクトだ。ページとブリンは?Googleという素晴らしいプロダクトだ。家入一真は?
ロリポップという素晴らしいプロダクトだ。決して、人物から有名になったわけではない。今の状態が続けば、
素晴らしいプロダクトは生み出せないが起業家ぶるのが上手い人物だけがのさばることになる。
そこに渦巻くのは自己欺瞞だけだ。”世界を変える”なんていうのも、陳腐なパフォーマンスに成り下がる。
もし、この記事を呼んで状況を変えたいと思う人がいるのであれば、
代わり映えのしないBlogやTwitterをたたんで、雑音を閉ざし、
そのプロダクトを誰がやっているのかは関係ない。ただただ素晴らしければ、
力になってあげれば良いんだ。プロダクトのみが自己表現。そんな人だけを見つけよう。
PS.
この記事を読んだ”優秀なタレント”の皆さんは、その能力をフルに生かして、
上手く”自分はタレントでなく、起業家だ”と偽装することに成功するだろう。
今からでも想像できる。例えば、「僕はこうならないように気をつけている。毎日。RT...」
みたいな感じでだ。クソ食らえだ。文を書くのを辞めろ。プロダクトだけで自分を語れ。
先週の月曜日、会社に着くと、空気が淀んでいて、ひどくカビ臭かった。そういえば、前日の日曜日、業者の人が、空調機のフィルタを掃除していた。フィルタの入れ替えなんかして、色々ひっくり返した結果、一時的にカビ臭くなったりしたのかな、と思った。
私の隣に、私の10年と少しの社会人歴の中でも、他の群を抜いて “仕事のできない” おじさんが座っている。どう群を抜いているかは、それだけで数エントリ書けるので、ここでは措く。ただ、そのおじさんは、“できない” に加え、日常的に臭いおじさんでもあった。体質的なものもあるんだろうとは思う。ただ、ムラがあることから、清潔に保つという基本的な努力も怠っているんだろうとも思う。
さて、席に着いて感じたその臭いの違和感の元は、隣のおじさんではないかという疑義は、一番最初に頭に浮かんだこと。ただ、その日の臭いは、かなりの広範囲で、且つ “カビ臭い” という類の臭いは、今までそのおじさんから感じたことはない。また、その臭いは一人の人間が出せる範囲を超えている(いや、自分の想像力をはるかに超えていた)と思ったので、やはり空調のせいだろう、と思うに至っていた。
同じフロアの別の作業室に入ると、そこでも臭いの話題が端々で聞かれ、みんな鼻をやられていた。「まあ、空調が不調だということは、それはフロア全体の影響になるだろう」 まだ私は、そんな風に思っていたのだが、その端々の会話の中にポツポツとそのおじさんの名前が入ってくる。
結局やはり、臭いの元はそのおじさんだった。別の作業室の人は、そのおじさんが入ってきたときに明らかに臭いがひどくなることから、おじさん自身の席の近くの人たちより早期に原因を突き止めていたようだ。
臭いに耐えられない人には本当にもう切実なようだった。ある女性の周りは、他で紛らわすべくいい香りがするもの総動員したせいで、デパートの化粧品売り場のような匂いになっていた。リセッシュみたいな消臭・除菌スプレーを買って、道すがら常に散布していた人も2,3名いた。特に深刻だと思ったのは、この現場は今は定時で上がれるような状態ではないにも拘らず、耐えられず早帰りしていた人も数名いて、進捗にすら影響を与えていた点。ある人は、テロだと吐き捨てるように言っていたが、とにかくヒドい状態だった。
私にとっても事態は面倒で、残念ながら私はチーム体制上そのおじさんの上長。自分の中では、臭いの元がそのおじさんだと認識したときから、今日は我慢して明日も継続するようだと手を打とう(帰れ/服着替えてこい/風呂に入ってこい/更に上の上長に手を打ってもらう..etc)と思っていた。でも、そんなヒドい状態になっているのに何もアクションを取らないという罪悪が、どんどん重くなってきている気もして、いたたまれない。また、ただでさえ “できない” だけあって、定期的に言うのも嫌なレベルの説教を繰り返さなければならない理不尽が納得いかないのに、この上、服着替えてこい/風呂入ってこい、なんて指示を出さなければいけない? 冗談じゃない。結局そのおじさんは、基本的な人間関係の構築にも失敗しているから、「またあいつか」と扱われ、耳打ちしてくれる人も持たず、後ろ指を指されるだけで。
翌日には、日常的な臭いに戻り、デパートの化粧品売り場の匂いも、リセッシュの散布もなくなった。私も、嫌な指示を出すことから免れた。ただ、あれから、自分につける香水の量が増えた。
http://anond.hatelabo.jp/20110606225523
すごくよくわかる、気がする。勘違いかもしれないけど。そして周りの人がこれを理解出来ないこともわかる。
僕ははじめて女の子と付き合うのは遅かったけど、それまで何度か告白されたことはあって、そのどれも振ったけど、「僕とは釣り合わないよね」と言うのが最大の理由だった。釣り合わないってバカにしてるように見えるかもしれないけどそんなかっこいいもんじゃない。その人とお付き合いして二人で歩いてる時に、周りの人から見て釣り合ってるカップルだなあと思われるかどうか、が重要。バカにしてたっていうよりむしろビクビクしてた感じ。ほんとに、好きか嫌いかじゃなく釣り合っているかどうかが第一で絶対重要なことだった。それで、この人の言うことはすごくよくわかる。そしてそのような女の子たちに僕が思った感情は、「ごめんなさい」だった。本当に。嘲笑とかまったくない。バカにしてもいない。キモイとも思わなかったのはこの人とは違うのかもしんない。でも、周りの人はこれを読むと、それは本質的には嘲笑しているんだとか言うんじゃないかと思う。それは理解できる。でも本当にそういう気持ちじゃなかったと言うしかない。
他の人が釣り合わない恋愛をしようというとき、この人はすごい憎しみを感じるのに対して、ぼくはそういうふうに動くことができるのはうらやましいと思うので、そこはちょっと違うけど、本質的な違いじゃないと思う。本質的に違う人は、そもそも釣り合わないとかなに?って人。これが気になる人はみんなそれなりに似たところあるでしょ。
今僕は結果的にすごい美人さん(と我思う)と付き合っているけど、いまだに釣り合いの悪い自分が横にいることが時に耐えられなくなる。多分この人みたいな人は「釣り合わねー」と思うんじゃないかな。・・・というふうに思う。そんなふうにして自分が自信を失っているとき、彼女は不機嫌になっていることもわかる。女性はやっぱ自分に自信を持った男性が好きだと思うので。という僕も、彼氏彼女関係ではなく仕事をしているときには自信満々であるっぽく、そういうところを好きになってくれたのだろうと理解しようと努力する。そうするともやもやは少し解消する。釣り合いが取れてない?いや、そんなに釣り合いが取れてないと向こうが思ってるなら向こうも付きあおうとしないだろうし。もしかすると僕のことをものすごく勘違いしているのかもしれない。そして、本当に釣り合いが取れてないことが向こうに判明したなら、向こうから別れを切りだしてくるはず。気楽にいこう。というのが今の気持ち。と言ってもこの段の冒頭にいつも逆戻りしてる。そのたびに彼女は不機嫌になる。
これまでの彼女は自分的には自分と釣り合い取れた彼女で、精神的ストレスもほとんどなかった。今の彼女に釣り合いストレスを感じるけど、同時に、釣り合い思考からだんだん脱して行ってるようにも思う。それをさせたのは努力。それしかないや。
こんなような僕の感情の動きの中に、彼女を愛してるって気持ちはどれだけあるんだろう。自分でもときに自問する。いや愛してると思うんだけど。結局、相変わらず釣り合ってるかどうかが一番優先されているのかも?そうなのかも。みんな簡単にブコメつけてるけどね、釣り合い重視の人が人を愛して周囲を一切気にしないで誰かを愛せるようになるって言うのは、高校時代ひきこもりのキモオタが大学デビューして合コン三昧のリア充になっちゃうくらいの確率でしかないのじゃないかと思う。適当だけど、つまりすごく難しいってこと。
結局こういう気持ちがどうして起こるかというのは、日本社会の同調圧力のもとで、自分で自分にプレッシャーをかける日本人の体質的なものだろうし、それはいくつかある冷静なブコメが指摘してること。過剰な労働も、自殺も、無能なトップも、みーんなこれが原因だ(そして現代の日本社会を生み出した、世界一優秀な中産階級も)。日本社会同調圧力のもとで、いろんな環境が作用して、それぞれの方向に行くんだと思う。それは日本社会の根本的な問題なので、それに対する解決策があるんなら苦労しない。日本は今みたいに停滞してないと思う。
それでも彼女は救いを求めてるようなので、自分がもしあなたと似たような人間だとして、経験上いちばん有効なのは海外に行くことだ!マジこれしかない。だって原因は日本社会なんだもん。特に西欧文化圏は本当にオープンで、ていうか、オープンであろうと努力してる人間社会なんだ。だいたい白人とアジア人のカップルなんて釣り合うと思うかね。誰も思わねーよ。でもね、そもそも、「釣り合い」なんていう概念がない、なくそうとしてる社会だったら・・・もちろんゼロではない。でも超金持ちさんザッカーバーグの彼女が中国人だったりとかそういうこともある。語学はまずつけてから行ってね。あと人種差別にはめげないように。しょうがねっす。強く生きてる華僑とか見ると少し勇気づけられる。日本みたいに、そもそも生活レベルが欧米より上(これはマジです)っていうことすらないのにね。
そしてまた、海外に行くと、日本社会のそれはそれは素晴らしい特質もすごくよくみえてくると思う。それで、海外で釣り合い意識から脱したら日本に帰ってもいいんじゃね。それか、超気に入ったんならそのまま海外に住んでもいいんじゃね。自由に行こうよ。もちろん苦労も多いだろうけど、こんなふうに自由にできる時代なんて、人間の長い歴史の中でそんなにないんだぜ。太平洋戦争前にアメリカに移住してた僕らのご先祖さまは、強制収容所にぶちこまれたんだぜ。それに比べたらどんだけ楽なことか。
あと病院行けって言ってる人はなーんもわかってね。社会や人生をあまり知らない人っぽいや。こんな人山ほどいるべよ。統失と躁鬱と小児精神病以外は、精神科なんて本人が行きたきゃ行けばいいし行きたくなきゃ行かなきゃいいさ、病院なんて(ボケはまず神経内科行け)。行きたくてたまらない人はもちろん効果ある。でも行きたくてたまらない様になっている時点で精神的にはかなり参ってる。この増田はそんなんじゃないよ、多分。
あたたかいお言葉ありがとうございます。
でもこちらもご相談が多くてとてもお忙しいようで、私の地域でのインターネット相談は一時中断になっていて、検索の結果このはてな匿名ダイアリーにたどりつきました。
私は職業上の気質的にもむしろ人から相談を受ける側で、自分の弱音を出せる方ではありません。
きっと、電話をしてもたいして辛くないふりをして、思いとどまれなくてもお礼を言って電話を終えてしまうと思います。声に出す勇気さえもてたらいいのに。
でも、ここでのお言葉とても嬉しかったです。ありがとうございます。
私は、幼いころ人に命を救われました。昔は生きることを脅かされる毎日でした。
いやあなんかすごいこと言われた。
ちょw、別にRTもしてないし、この人こまった人だァって目で見てるだけなのに、それもだめっすか。
そのうち「デマを流してる奴に石を投げない人間も同罪」「デマを流してる奴を同じ国に住まわせている時点で罪だ」とかなるのかなー。
twitter怖いなー。今のところは怖いのはこの人だけなんだけど、この人の言い分が真実になったらtwitterこわくなるなー。
私はtwitterが正しくなっても、使うのが怖くなったら意味ないと思うけどなー。
なんだろう、この清くしすぎて生態系破壊とか、理想主義行きすぎて住民虐殺みたいな阿呆な発想は。
オタク界隈で同質的な人間しかいない空間でないと息ができない馬鹿か?こう言うことを言い出すのは。
こういう人たちて、人間には一面しかないとでも思ってるんやろうか。思ってるんだろうな。
東電の免責については不可能だと思う。あの地震と津波が想定外の天変地異に相当するかどうかだけど、実際に自然現象として発生したからには想定外とは言えないわけで。
フランスとか、オーストラリアとか安定的な地塊でM9.0レベルの地震が起きることを予知するのは不可能だろうけど、日本のあの地域でそういう地震が起きるのは構造的に可能なのね。
重要なのは、今回の地震はこれでもまだ、人類史上、最大のものではないということ。
チリ大地震級の地震が日本沿岸で発生するのは地質的に不可能であったのかどうかってこと。起きる可能性は低いと考えられていたけど、それを引き起こす構造的な環境はあったわけ。
たとえばプロの鳶職の人が高層ビル建築の工事現場で、ナットやら金槌やらを下に落とすことは可能性としては低いけど、起こり得る可能性はあるわけ。
落下防止柵などを事前に手当していなくて、通行人がけがした場合、予測不能であったと言えるかどうかってことよ。
政府の地震予知はこの地域であれほど大規模な地震が起きるとは予想していなかったけど、それは地震予知の問題であって、それに沿って見通しを立てていたから東電には責任はないなんてことはないのよね。
経済産業省が2010年6月に発表した「エネルギー基本計画」のPDFファイルから「第3章.目標実現のための取組 / 第2節.自立的かつ環境調和的なエネルギー供給構造の実現 / 2.原子力発電の推進」(p.27-34)を引用。読みやすいようにフォーマットだけ変えました。
脱PDF!
原子力は供給安定性と経済性に優れた準国産エネルギーであり、また、発電過程においてCO2 を排出しない低炭素電源である。このため、供給安定性、環境適合性、経済効率性の3E を同時に満たす中長期的な基幹エネルギーとして、安全の確保を大前提に、国民の理解・信頼を得つつ、需要動向を踏まえた新増設の推進・設備利用率の向上などにより、原子力発電を積極的に推進する。また、使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム・ウラン等を有効利用する核燃料サイクルは、原子力発電の優位性をさらに高めるものであり、「中長期的にブレない」確固たる国家戦略として、引き続き、着実に推進する。その際、「まずは国が第一歩を踏み出す」姿勢で、関係機関との協力・連携の下に、国が前面に立って取り組む。
具体的には、今後の原子力発電の推進に向け、各事業者から届出がある電力供給計画を踏まえつつ、国と事業者等とが連携してその取組を進め、下記の目標の実現を目指す。
まず、2020 年までに、9基の原子力発電所の新増設を行うとともに、設備利用率約85%を目指す(現状:54 基稼働、設備利用率:(2008 年度)約60%、(1998年度)約84%)。さらに、2030 年までに、少なくとも14 基以上の原子力発電所の新増設を行うとともに、設備利用率約90%を目指していく。これらの実現により、水力等に加え、原子力を含むゼロ・エミッション電源比率を、2020 年までに50%以上、2030 年までに約70%とすることを目指す。
他方、世界各国が原子力発電の拡大を図る中、原子力の平和利用を進めてきた我が国が、原子力産業の国際展開を進めていくことは、我が国の経済成長のみならず、世界のエネルギー安定供給や地球温暖化問題、さらには原子力の平和利用の健全な発展にも貢献する。また、我が国の原子力産業の技術・人材など原子力発電基盤を維持・強化するとともに、諸外国との共通基盤を構築するとの観点からも重要である。こうした認識の下、ウラン燃料の安定供給を確保するとともに、核不拡散、原子力安全、核セキュリティを確保しつつ、我が国の原子力産業の国際展開を積極的に進める。
なお、我が国は、今後も、非核三原則を堅持しつつ、原子力基本法に則り、原子力の研究、開発及び利用を厳に平和の目的に限って推進する。
事業者は、高経年化対策を着実に実施するとともに、既設炉の将来的な廃止措置や代替炉建設の必要性も踏まえた計画的な新増設・リプレースを進め、国はこのための投資環境の整備に努める。また、国は、発電所の建設に伴う連系線や送電線の建設・増強等に係る環境整備等の対応について必要に応じて検討を行う。さらに、既設炉の有効利用を図るため、定格出力を含めた出力向上について、事業者は、日本原電東海第二発電所における導入を進めるとともに、他の発電所への展開も検討する。なお、将来的に、日々の電力需要の変動に合わせて出力を調整する運転の必要性が高まってくる段階では、そうした運転が安全かつ確実に実施されるための要件等について検討を行う。
設備利用率の向上については、安全安定運転の実現・継続と立地地域等の理解が基本である。事業者は、自主保安活動等に取り組みつつ、新検査制度の下、段階的に長期サイクル運転の実現を目指すほか、運転中保全の実施を順次開始する。
また、日本原子力技術協会による発電所の運営実績評価や国による保安活動の総合評価等を踏まえ、事業者間でのベストプラクティスの共有や運転管理等の改善を促進する。さらに、国は、熟練の技術や豊富な経験を有するシニア人材を活用すること等により、大学や高等専門学校の教育の質的向上や民間企業や研究機関との連携を強化するなど、原子力人材育成プログラムを充実させる。
以上の取組により、安全安定運転の実現・継続の結果として、2030 年に、設備利用率約90%(例えば、平均18 か月以上の長期サイクル運転、平均2か月程度以内の定期検査による発電停止期間)となることを目指す。
また、国は、これらの事業者の取組を後押しするために必要な支援を行うとともに、エネルギー供給構造高度化法に定める判断基準の活用を通じ設備利用率向上や新増設等を推進することを検討する。
また、我が国は、2030 年前後に見込まれる既設炉のリプレース需要の本格化に対応し、安全性・経済性・信頼性等に優れた国際競争力のある次世代軽水炉の開発に、官民一体となって取り組んでいる。これまで行ってきた概念設計検討、要素技術開発等を踏まえ、次世代軽水炉の円滑な開発・導入を促進する。
このため、次世代軽水炉開発に関する中間的な総合評価を踏まえ、国、事業者、メーカーが連携し、新技術の具体的な導入計画を2010 年度中に明らかにする。国・事業者・メーカーは、中間的な総合評価において魅力的なプラント概念と評価されること等を条件に、次世代軽水炉を有力な候補と位置づけた導入見通しを2010 年度中に明らかにする。
新増設・リプレースの推進や設備利用率の向上に限らず、原子力発電の推進を円滑に行うに当たっては、地域の実情等に応じたきめ細かい広聴・広報などを通じて立地地域の住民や地方自治体との相互理解を促進する必要がある。その際、原子力発電施設等と地域社会との「共生」を目指して、国・地方自治体・事業者が適切な役割分担の下、相互に連携・協力することが重要である。
このため、国は事業者と連携して、立地地域住民の声に耳を傾け知りたい情報は何かを把握し(広聴)、それを踏まえて原子力の必要性・安全性等について情報提供を行う(広報)活動の充実を図る。その際、立地地域住民との「信頼関係の構築」により重きを置き、双方向性を強化する。具体的には、国及び事業者は、地元のオピニオンリーダーの活動支援、立地市町村はもちろんのこと道県庁所在地を始め立地道県の他地域も視野に入れた立地地域向け広聴・広報活動を行う。
また、事業者は原子力発電施設等の運営の将来ビジョンを持ち、地方自治体の持つ地域の将来像に関するビジョンも踏まえ、地方自治体等との相互理解を得るよう努める。国は、地方自治体との間で、原子力が有する国家レベルでの政策的重要性について認識の共有を深めるよう努め、国、地方自治体及び事業者との関係について不断の取組により、より望ましい関係の構築を目指す。
原子力政策の安定的な遂行のためには、広聴・広報活動等を通じた、立地地域のみならず国民全体との相互理解の向上が必要不可欠である。
国は、情報の受け手に応じたきめ細かい広聴・広報活動による国民全体との相互理解の向上のため、国がより前面に出て双方向性を強化するとともに、事業の波及効果の向上を図っていくとの観点から、国の原子力広聴・広報事業のあり方を検討する。また、小・中学生などの次世代層について、将来、原子力を含むエネルギーについて自ら考え、判断するための基礎をはぐくむため、原子力教育支援事業やその他広聴・広報事業を推進する。
電源立地交付金(電源立地地域対策交付金を始め電源立地地域の地域振興を目的とする一連の交付金)は、次の二つの性格を持ち合わせている。第一に、立地段階については、設備の設置を円滑化するために、交付金制度が創設された経緯があり、現在も交付金額が厚めになっている。第二に、運転段階については、運転の円滑化を図るという観点から、より多く発電した立地地域に対して、より多くの交付金を交付することが基本であり、発電電力量の多い発電所の立地地域の一層の理解が得られる制度であることが重要である。
今後、現行の電源開発促進税の制度の下では、課税標準である販売電力量及び税収自体の大幅な増加が見込めず、電源立地交付金財源の大幅な伸びが見込めない中、安全確保を大前提としつつ、この性格をより明確化するために、原子力発電所の新増設・リプレース、核燃料サイクル施設の立地を促進するためのさらなる方策を検討する。また、発電所の運転段階において、設備容量及び発電電力量により交付金額を算定しているが、算定に当たり発電電力量に傾斜配分する見直しを検討する。なお、その場合も、自然災害等で発電ができない場合に交付金額が大幅に減少することとなるのは制度の趣旨に反することから、現在も制度として存在している「みなし規定」は存続する。
原子力安全規制を充実させ、安全確保を一層確固たるものとしていくためには、安全規制の現状をしっかりと見据えた上で、新たな課題へ持続的に対応していく必要がある。そのため、安全規制を取り巻く近年の大きな環境変化を踏まえた上で、必要な取組を実施してくことが重要である。
具体的には、安全審査制度における品質保証の考え方の取り入れや検査制度における品質保証の取り入れの拡充、大きな地震動を受けたプラントの点検方法の標準化・マニュアル化、トピカルレポート制度(*28)の対象分野の拡充、リスク情報の活用方策等について検討する。また、運転中保全について、安全性への効果と影響、リスク情報の活用の考え方等の整理を含め、速やかに検討する。
さらに、国民の理解と信頼を得つつ安全規制を的確に実施していくためには、立地地域の自治体・住民や産業界を含む様々な利害関係者との間のコミュニケーションを一層充実させることが重要である。このため、安全規制の効果的な実施、規制課題への取組の推進等のため、規制当局と産業界との対話を継続的に深化する。国は、立地地域の関心が高い個別の安全審査・検査等の案件については、規制活動の結果の説明にとどまらず、規制プロセスの途中段階における利害関係者とのコミュニケーションの拡充について検討する。
原子力防災対策については、引き続き、万が一の原子力災害に備えた対応機能に万全を期すとともに、原子力施設の防護体制については、最新の国際基準に沿った核物質防護措置を講ずる。
使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム、ウラン等を有効利用する、核燃料サイクルは、限りあるウラン資源の有効利用と高レベル放射性廃棄物の減量化につながる、エネルギー安全保障上重要な取組であり、我が国の基本的方針である。
2009 年12 月に我が国初のプルサーマルによる営業運転が九州電力玄海原子力発電所で始まったことは、我が国の核燃料サイクル確立に向けた重要な一歩である。核燃料サイクルは、それを担うそれぞれの施設の状況が相互に関連していることから、全体を俯瞰しながら、立地に要するリードタイムも考慮し、個々の施策や具体的な時期について、状況の進展に応じて戦略的柔軟性を保持して対応していくことが必要である。
このため、六ヶ所再処理工場の円滑な竣工・操業開始に向けて、国、研究機関、事業者等の関係者が連携し、残された技術的課題の解決に一体となって取り組む。また、使用済燃料の貯蔵容量拡大は、中長期的に各発電所共通の課題であり、中間貯蔵施設の立地に向けた取組を強化するとともに、国、事業者等の関係者は、貯蔵事業としての中間貯蔵(*29)という形態に限らず、広く対応策を検討する。さらに、プルサーマルの計画どおりの実施のため、国及び事業者が連携して、地元への申入れに向けた理解促進活動などの取組を推進する。また、MOX 燃料の輸送については、国及び事業者が、核物質防護対策や安全対策等に万全を期する。なお、六ヶ所再処理工場に続く再処理施設について引き続き取組を進める。
高速増殖炉サイクル技術は、我が国の長期的なエネルギー安定供給等に大きく貢献するものであり、早期実用化に向けた研究開発を着実に進めることが重要である。2010 年5月に試運転が再開された高速増殖原型炉「もんじゅ」の成果等も反映しつつ、2025 年頃までの実証炉の実現、2050 年より前の商業炉の導入に向け、引き続き、経済産業省と文部科学省とが連携して研究開発を推進する。
具体的には、高速増殖炉サイクルの実用化に関するこれまでの研究開発の成果を踏まえ、2010 年度に革新技術の採否判断等を行う。また、実用化を一層円滑に進めるため、進捗に応じたプロジェクトの進め方・役割分担等を検討する。
加えて、高速増殖炉の実用化技術の早期確立を図るとともに、将来の国際標準を可能な限り我が国が確保するため、国際協力を適切に進め、将来のエネルギー安全保障を担う国家的な基幹技術としての性格を踏まえ、我が国の自立性を維持しつつ互恵的な国際協力関係を構築する。
原子力発電の利用を拡大していく上で、放射性廃棄物の処分対策は必須の課題である。高レベル放射性廃棄物の地層処分事業については、平成20 年代中頃を目途に精密調査地区を選定し、平成40 年代後半を目途に処分を開始することを予定している。国は前面に立って、原子力発電環境整備機構(NUMO)や電気事業者等と一層連携しながら、全国レベル及び地域レベルの視点双方で、国民との相互理解を進める。
このため、地域住民や自治体が勉強のために専門家を招聘するための支援制度の創設、双方向シンポジウムの開催等の取組を通じて広聴・広報活動の充実・強化を図る。
また、高レベル放射性廃棄物等の処分事業が円滑に実施できるよう、国は高レベル放射性廃棄物の地層処分基盤研究開発に関する全体計画等にしたがって、必要な研究開発に着実に取り組む。さらに、研究開発の成果を国民に分かりやすい形で提供することにより、国民との相互理解を深める。
なお、研究開発等に伴って発生する低レベル放射性廃棄物についても、処分の実現に向け、国及び日本原子力研究開発機構(JAEA)は関係機関の協力を得つつ処分事業を着実に推進する。
(続きます)
そういうのしても寄り付かないと思う。
性質的に。
なんだかんだで一箇所にまとまってるのがいいって言う奴が多い気がする。