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はてなキーワード: 高度経済成長とは

2023-05-26

anond:20230526014516

竹中のような社員家族扱いしないやつよりマシだろ。

社員側が会社を大切にしないのも日本衰退の原因じゃないのかよ。

社員会社のために滅私奉公してこそ高度経済成長できたのに。

2023-05-18

登山装備とかゴルフバッグ担いだ爺さんは電車で無理矢理座ろうとせず立っとけよ

しか通勤時間帯の電車に乗ってくるとか何だかな。

高度経済成長恩恵を切り崩して30年不況続けて次世代不安と先行きの暗さだけ残して逃げ切ってる世代から、歳とってるだけではあまり尊敬もされていない事に気づけばいいのに。

2023-05-03

anond:20230503071702

政策金利ゼロにする」と、「金利をなくす」は大きな違いがあるぞ。

デフレが長かったため、MMTによる財政出動が求められているけども、設備投資技術開発投資の加熱によるインフレ側も対処するべきなんだ。インフレ側には政策金利を上げることが解だし、アメリカインフレも収まってきている。

高度経済成長期の平均インフレ率が4.5%だったので、5%のインフレは、同等以上の賃金上昇が起きているのなら許容範囲だろう。

2023-05-01

少子化対策」どころか国の基本政策は「産めよ増やせよ」なんだけどね

高度経済成長期はマスゴミ洗脳ベビーブームとかやってたから国が何もしなくても子供は増えたけど

今はもうムリよ。本来国が率先してやらなければならなかったことをしなかった日本は確実に破滅への一歩を踏み出しているね。

2023-04-27

anond:20230426145702

その代わり、高度経済成長で、今日より明日は必ず成長する、給料社会右肩上がりっていう環境デカかったよな と思う。

今が多少クソでも将来を見ることができた。

2023-04-26

anond:20230426074214

こうやって下手すりゃ高度経済成長期以前の生活をもちださないと今の日本正当化できないのおわっとるね

バブル期バブル認識してる時点で負けてる。日本定義に従うなら今の米国欧州バブルだよ。“バブル崩壊後に即やらなければいけなかったのはリーマンショック後に米国がやったように信用経済を修復する事。

ほんこれ

バブル期反面教師みたいに思って一切経済成長してない日本を受け入れてる時点で頭おかしいんだよな・・・

2023-04-17

中卒社長が作った会社で働くということ②

anond:20230417155849

便乗。俺が働いている訳じゃ無いけど。

会社について

資源回収・解体業。いわゆる産廃処分である創業社長現在会長高度経済成長期に帰郷して立ち上げた会社

地元ではかなり大手と言えるんじゃ無いかなあ。

現在はその息子が社長(66歳で高卒)孫が専務(37歳で大阪大学を出て、商社めしいたことがある)と言う布陣。

社員

従業員数はたぶん100名はいるんじゃないか専務曰く、フルタイムで働いているのは20人ぐらい。残りは正社員肩書きは持っているが、年寄りが多く、半日勤務とか、働ける範囲で働いているとのこと。

昔は農家農業だけでは喰っていけずアルバイト的に兼業で来ていた従業員が主力だったそう。今たぶん違う。

そして、日系ブラジル人とか5人はいるし、暴力団だったという噂のあるじいさんとかもいる。女性社長奥さん専務奥さんだけ。常にハロワ求人でているが人が集まらない模様。落とした奴は一人しかいないとは専務

創業者の代から、中卒で入ったら会社が金を出して定時制なり通信制に行かせる、と言う事をやっている。が、十年以上在籍しても卒業できないんだよ、とかネタにしてる奴がいる。いや専務の目笑ってないけどな。

クオリティ

外に出しちゃ駄目なやばい奴と、出してもいいやつの二種類に分けられている。やばい奴は電話も出るなと徹底されている。

外に出していい奴を専務が率いて活動営業するという流れ。

そうして持ち帰られたものを、外に出しちゃ駄目な奴が工場分別などの処理をするという流れになってる。

敷地には、専務が作った自動プラントが聳え立っており、同業者自治体取材に来るぐらいのインパクトがある。社内でゴールデンタワーと呼ばれているが、これは借金借金言いすぎたら借金タワーという名前が定着してしまいそうになったため、ゴールデンタワーと呼べと徹底がはかられた結果らしい。

敷地むちゃくちゃ広く、何処からともなく拾ってきた車を緑色に塗って巣を作っているやつがいたりするし、養蜂をやってる奴とか、ゴミの中から出てきた物を修理してジモティメルカリで売り払ってる(業務上横領)話を、自慢げに専務に話す愉快な連中。

社名で検索すると、金属泥棒片棒を担いで処分を受けたと言う新聞記事が出てくる。

金属泥棒をやって持ち込んでた奴はさすがに警察に突き出されているが、何故かそいつは今は社員として働いている。

こいつがどうしょうもないクズ野郎で、金属泥棒経験解体業に役に立つと公言したのを見たことがある。素行が悪いとしか言いようがない。クズ所詮クズ死ぬまでクズ

給与

時給制と日給制。安い。

基本最低賃金程度の金額しか出ない。

だが、残業はし放題なので稼ぐやつは残業が出来るし、ここが面白いところなのだが、売上げや利益の額がオープンにされていて、この利益の半分はボーナスに回すと言及している。なので、年5ヶ月分とかボーナスが出る。

業務資格ごとに手当が出る仕組みになってる。外勤手当が5万円、重機が使えれば月1万円、高卒なら5000円、大卒なら8千円、と言ったノリ。それを全部入れれば人並みの給与にはなるっぽいが実際は知らん。

これを専務は「ジョブ労働」と呼んでいたが、それは、なにか、違うと思う。

仕事格差

行くといつも休憩室にいるおっさんとか、持ち場についているのに何もしてないように見える奴とか、そういうのがいるのでたぶんまともじゃ無い。

また、この仕事の9割が儲からない仕事だと言うのが口癖。え。じゃあ残り1割ぼってるってこと?

パワハラとかは

社内のノリは完全に年功序列年寄りが一番偉い。外勤担当エースであっても、年齢が若いので子ども扱いされる。

おそらくパワハラセクハラだと認識してないハラスメントが多数降り注ぐ感じ。昭和まではいかないが、平成中頃の内輪のノリと行ったらいいだろうか。

なお、経営者一族ゴリゴリ自民党員で、選挙が始まると仕事そっちのけでフルコミットするので仕事が遅れて酷いことになるが、みんな知っているのでその時期はみんなで諦めている。

2023-03-23

anond:20230322083736

地方の山奥だと3000万もあれば家が建つけど東京23区だと1億あっても土地すら買えないからな

東京土地高度経済成長期前までに東京に出てきた人の既得権と化している

2023-03-21

anond:20230321072227

もちろんそのとおり。高度経済成長期以降の話だよね。(でもそんなこと大抵の人は知ってるだろうし、北欧特に働かねばならない状況が強かったと強調したかったまで。あんなに寒くて日照が弱けりゃ農業も大変だろうしな。)

anond:20230318232010

フェミは「女も社会進出すべし、そう言ってる自分ら偉い」と口先で言ってるだけで

現実に女を働かせる強制力なんか持ってない

現実に働いてる女性の多数がフェミ価値観のためだけに働いてると本気で思ってんの?

女性店員工場労働者圧倒的多数は目先の生活費家計のため働いてんの

あわよくば専業主婦に徹したくてもお金がないから仕方なく働いてる人を無視すんなよ!

そして企業の側が女を求人募集するから女性就労は成立してる

フェミを叩くだけでなくすべての企業女性求人募集を一切やめろと言うべき

そもそも高度経済成長期まで専業主婦にならんかったら

農家個人商店のおかみさんになって嫁も働いてた

近代以前はみんな会社員じゃなくて農家漁民みたいな家業だったんだから

人類歴史じゃ圧倒的にそっちのが多数

専業主婦なんて20世紀の一時期にだけメジャーになった人類史の特例ですよ

2023-03-14

日本問題はやっぱり雇用の硬直性だと思う

高度経済成長時代は、どの業種も一定上手く行ったか終身雇用でよかったけど

今の時代なんて10単位、5年単位好調な業種や衰退する業種が変わるから

業界替えがしっかり行われなきゃならない

けどそれができてないのが日本なんだと思う

レベル選択と集中しづらい状況

会社としても動きづらい、方針転換する時に人材をごっそり変えたいのに出来ない

ただそれを変えるには相当な痛みを伴うからできないだろうなあ

2023-03-13

anond:20230313193639

別に悲しくないし当然とも思える

 

そこまで生き残ってほしい民族ならなんでアイツら政治積極的になれない?

賢いフリをして地獄に落ちるだけならまだしも、同じような人間を量産して地獄に導いてんだよ

その矛盾に気付かないバカばっかりでそれが普通だとしてるから衰退する。

 

まぁそれだけではないし

ぶっちゃけ言えば適切な日本人の数がこんなもんなんだろうな、と思える。

 

高度経済成長期に馬鹿みたいにプリプリ産ませたけど馬鹿から自分らの先祖代々の土地を気軽に売って国の上に立ってる馬鹿も“労働力足りねえから海外穀潰し達をこき使うわw”とか言って海外人間奴隷みたいにして連れてきて何の対処もせずに放置してたらムラが出来てしま日本海外人間日本支部を点在させている。

減るのは仕方ねえよ、だって日本人は賢いから性欲も切り離して生きていけるもの

海外から来る日本企業奴隷みたいにされて何としてでもこの土地で生きていこうとしてる奴らは全部の欲が出てるから当然子供なんてそこら中に居る。

日本企業の上のカス共も「ンー頑張ってる奴はエライ!」って言いながらミソでもカスでも正社員にするからその血が純日本人じゃなくても半分日本人の血を引いてるだけでもむしろ海外同士のカップルだとしてもゲイだとしてもニコニコしながら雇う訳

で、日本義務教育という名の去勢をされた日本人達は頭に弱者の冠を付けて『年収がン』とか『子育てがン』とか『恋人がン』『陰キャがン』とかほざきながら死んでいく訳

 

あのね!日本の偉い奴らはお前らアホのことはどうでもいいのよ!

自分らの会社利益だけ欲しいの!国益?とかいうのよりも海外から安く手に入れて安く金払って高く売ってウハウハってして日本で哀れに生きてるお前ら金無し独身若年層のことを笑って生きてたいの!

から長寿大国崩れなのよこの国。

そう、長寿くそだよ

長寿してえなら長寿同士で世話し合えや!!!

若者に面倒かけさせんな馬鹿!!!!!

お前らの世話で何年取られてんのかわかってねえのか!!!

そのくせに“この子は真面目で優しい子”の称号しかもらえねえんだわ!!!

はよしね!!!!!

老害云々でチビんなら長寿になんなボケ!!!

こんな地獄みてえな世界で誰が子供なんて作りてえんだよ

子供負担を強いるのがわかってっから無理なんだよ、寂しくても無理はよ衰退しましょうや

から何も考えず生でセックスしまくって命が芽吹いた時に責任感に追われて金金金で狂っていく低偏差値バカしか子作りしねえんだよ

 

システム構築の段階で失敗してんだよ!!!!!

 

からまぁ悲しくても減って当然だと思う

きっとバランスが働いてんだよ

2023-03-12

多分日本人はほぼ大多数が経済的弱者と成り果て成長そのもの否定する文化が根強い

努力すれば報われる、という発想自体現代日本人には通用しない

それは「飲みニケーション」や「高度経済成長」と同様の過去の話になっている

日本が少しでも上向きになることはまずないと思われており、子供を作るという根本的な経済の下支えすら低俗行為になってしまった

そこを上の人間勘違いしているのが一番やばい

たぶん政治家金持ちは「若いだって結婚して子供作って家を買って幸せになりたいはず」と思いこんでいる

そうじゃない

そこに辿り着くことすら今の日本人には現実的ではないんだ

結婚子供というワードすら想像するだけで困難な経済状況に今の日本は陥っている

そうなると成長なんてのは自分のことで精一杯であり、家族を作ったり日本を支えるなんてことはまるで夢物語

2023-03-11

anond:20230311085306

以下のくだりが、とても印象的だった。

その時にわたし出身地名産が好きで、通販でたまに買って食べてるんだけど美味しいよね、とさりげなく話題をそらしてくれた年配の男性がいた。

その人が後から「あの人、悪い人じゃないんだけどごめんね、自分神戸出身でさ」と言われた。

恥ずかしい話、「神戸出身から」と言われて私は何も分からなかった。

私は自分地震津波被災者で、東北で育った私たちが一番の被災者で、今後数十年はわたしたちが一番のかわいそうな立場だという感覚を持っていた。

「なぜ急に神戸?」とポカンとして「はぁそうなんですか…」と雑に返した気がする。

その後、関東に戻ってしばらくしてから、何がきっかけか覚えていないがオウム真理教の話になったとき

上司が「あの年は神戸で大震災もあって、オウム事件もあって日本は終わりだと思った」と言ってて

やっと気づいた。


ひとの災害経験というのは、ほんと様々で、一概にかわいそうな被害者としてのっぺらぼうな面をみるわけにはいかないよね。

自分けが被害者面していたかも、という気づき。こういうちょっとワンクッションおいて、時間が経って考えること、こういうのが大切なんだと思う。

ただ、被害者という言葉共通項を見出したとしても、阪神淡路大震災経験したひとと、東日本大震災経験した増田がこうして、何かのきっかけでお互いの体験共通部分に触れようとしたときでさえ、お互いが経験したものの奥行や背景は全く違う。でもそれは、もっと言葉を交わさなければみえてこないもの

多分、増田上記言葉を交わしたとき、その手前でふと立ち止まって考えたんだと思う。

ひるがえって自分の親戚の話。自分語りをトラバに混ぜるのはなんだかな、と思うところもあるが、テーマ性質上書かせてもらう。津波から数日後、東北もっとも大きな漁港ひとつで、親戚が経営していた漁業関連会社生産工場が全滅したとの一報を受けた。一方、杜の都に住む息子娘世代は全員無事だったという朗報にほっとしたことを思い出す。

しかし、それよりも震災から半年くらい経って、父が一言つぶやいた言葉のほうが忘れられなかった。

父は東北我が家家系からすると、よそから婿養子だった。

その父が他界した親戚をふりかえってぽつりとこうつぶやいた。

「あれは天罰のようなものだったんだろうね 」と。

期待していない予想外の冷徹つぶやきに私は動揺した。

他界した親戚一家は、さかのぼると、昭和8年津波の前から漁港生計を営んでいた。1933年津波で多くの財産を失った親戚は一から再建する際に、同じ場所でやり直すのはやめるべきだと再三にわたって、周囲から助言されていたという。しかし、結局、同じ場所人生をやり直し、次世代が引き継ぎ、そして次第に事業規模が大きくなり、津波記憶が遠ざかっていくなかで、そのまた次世代の方々が財を成し、地元の名士として羽振りよく、親族のなかで存在感を持つに至る。そんななかで、半世紀以上前東京に出て行った東北の令嬢が結婚前の父と出会う。

大切な令嬢(大地主の長女)をどこの馬の骨ともわからないよその県の小作人末っ子風情に嫁がせるわけにはいかない、という大反対の嵐。本家からなにから親戚中の冷たい目線。結局、結婚は許されて、父は母の家系に婿として入ることになるのだが、その時に受けた屈辱を忘れられないらしく、東日本大震災で全滅した親戚に対して、天罰、という言葉自身のつらみを含ませて表現したのだった。

父にとっては、かわいそうだね、では決して片づけられない感情

個人的には、なにより、貧しい者も栄華を誇った者も等しくなぎ倒した大津波の、客観的な、物理的な力に圧倒せざるを得なかった。

たとえ、誰と震災経験の話をするとしても、このようなパーソナルヒストリーの違いによる温度差は避けることができない。そう思っている。

震災経験していようがいまいが、あるいは同じく焼け出された隣人でも同じではない。大地震大津波破壊力を前には、あの家は無事だった、無事でなかった、そういうさまざまな経験がそれぞれにあるにすぎない。

こうしたファミリーヒストリー視点でそれぞれの思いがある一方で、

上司が「あの年は神戸で大震災もあって、オウム事件もあって日本は終わりだと思った」と言ってて

やっと気づいた。

という上司言葉。そして、「やっと気づいた」という言葉。このつながり方は、大変興味深い。「あの年は~」というのは個々の経験の違いを超えた、歴史を振り返った俯瞰的な総括を含んでいるからだ。1995年という時代、そういったマクロ視点での気づきをもたらすのも災害だ。

そして、それが何かの理由で、自分自身ファミリーヒストリー神戸出身者とのちょっとした会話と結びついたのだとすれば、それは自分ある意味「かわいそうな」私的な思いを、歴史の一コマなかに着地させようとする、そういう覚醒だったのかもしれない。

実をいうと、よりマクロ視点で、それぞれの災害にはそれぞれの社会的な背景があり、その脆弱性被害を増幅させている、という視点最初に提起したのは、阪神淡路大震災だった。

1990年代以前は、災害被害者というのは、災害管理文脈で救援対象として、比較ステレオタイプに捉えられていた。しかし、その認識を大きく変え、都市社会構造脆弱性に関心が高まったきっかけが1995年震災だった。こう書くとなにやら上から目線風だけど、阪神淡路大震災自分仕事として防災世界に入るきっかけを作った。

ざくっとまとめると以下のような歴史神戸にはある。

神戸都市としての成り立ちは、明治の初め、神戸港が開港された時から始まる。以降、港湾労働者が多く流入低所得層脆弱埋め立て地や条件の悪い内陸部へ集住するようになる。他方で、20世紀鉄道時代に入ると、阪神間交通網が充実し、六甲山ろくに高級住宅地が開発されるようになる。高度経済成長期には六甲の開発で切り崩した丘陵地住宅地建設、その残土で海岸が埋め立てられ、工場用地や港湾建設が進められていく。おりしも公害問題が深刻化した時代都市生活環境はますます深刻化していった。そんななか、オイルショックを契機に産業構造の転換という時代の変わり目を迎え、神戸産業シンボルであった造船、鉄鋼は停滞してゆく。それは関連する神戸の零細地場産業を苦境に陥らせ、今度は人口流出が起こり都市部の空洞化が始まった。都市部に残っているのは、流動性の低い層つまり高齢者低所得者ばかりとなった(インナーティ形成)。

これに対して1980年代神戸市の政策的な対応としては、財政問題の打開が先行した。バブル前の当時の考え方では、大規模開発こそが地域経済再生をもたらすと信じられていた。埋立地の利用による、ポートラインラド、六甲アイランド建設物流機能強化のための明石大橋建設最先端技術産業の誘致、ニュータウン建設など、新たな付加価値の創出が事態打開の切り札だった。

その一方、社会脆弱層への支援行政による市街地再生は後手に回っていた。

オイルショック後の産業構造の転換で取り残された低賃金労働者の町、老朽化の進んだ木造住宅密集地域長屋建ての住宅の占める割合の多い市街地長田区スラムのようなオールドタウン)は新陳代謝が進められなかった。地震対策の上でも洪水対策の面でも取り残された街となった。どのような地域であったか番町地区検索をしてほしい。

このような経済格差脆弱性が生み出された、マクロ構造変動のなかで襲ったのが1995年大地震であり、被害社会経済的脆弱な人々に集中した。暴力団員が懸命に救助活動していたエピソードを覚えている人もいるだろう。そういう街だった。

社会学的な視点でみれば、この地震の教訓として、被害高齢者低所得者に集中したのは、ある意味歴史的必然だ。格差が生み出された背景などのマクロ政治的経済的な動向と切り離せないということだ。

そして、このような格差脆弱性という切り口でみる構造分析は先月発生したトルコシリア大地震でも、当てはめることができる。

このように、可哀そうな存在というのを社会学的に脆弱性として構造的にとらえる、ひとつきっかけは、やはり他の災害を知るということであるし、昔の災害を知るということだと思う。

パーソナルヒストリーとしてお互いに触れあうことで、お互いに違うバックグラウンドにあることがうすうすわかってくる、それもまた、大切な気づきなのだと思う。

また、パーソナルなコミュニケーションが、例えばまさに「通販でたまに買って食べてるんだけど美味しいよね」みたいな会話、これが実はマクロ特性を知るうえでも、その人のパーソナルヒストリーをしるうえでに、もっと重要エントリーポイントだったりする。仕事上、ひとから話を聞くときにいつも気に留めていることでもある。

からトルコシリア現在進行形震災について全体状況を大きな視点理解している国際機関よりも、よりミクロ視点で、特定家族地域の人たちにコンタクトがとれる小規模のNGO支援団体に私自身は微力ながら支援金を送付している。たまたまシリア難民支援をしている人と知り合いの知り合いくらいの関係SNSでつながっていたのがきっかけだ。アサド政権物資を止めてしまう現状も現地の声としてより関心を持つようになった。そのほうが確実に、受け取った人の顔がみえ、困っている状況がミクロにもマクロにもわかってくる。自分支援したお金支援先の一家族あたりの支援額(しか第一バッチ)の1/4にも満たないことを知る。こういうことも大切だと思う。

そのように、何かをきっかけに、他の災害に対して接点を持つ機会を大切にしたい。

その人が後から「あの人、悪い人じゃないんだけどごめんね、自分神戸出身でさ」と言われた。

というのは、居酒屋トイレ洗面所とかで何気なくかわす会話、とか想像していたのだけど、そういうのが大切だよね。そういうのが心の残って覚えている、ということがさ。もちろん完全にひとのことを理解するなんてことはどんなに会話を交わしてもない。でも覚えてさえいれば、そのなぜか覚えていた思いを何かにつなげることができる。その「きっかけ」というのはとても大切に思う。

災害を忘れない、というのはそういうことだと思うので。

2023-03-10

老人ばかりが金持ってて、若者が貧しいと言われているけど

老人が40年働いて貯めた金と

若者が大してスキルもない見習い期間みたいな時に数年だけ働いて貯めた金

差があって当然なんだよな。

高度経済成長期とかバブル期みたいに給与物価バカみたいに上がり続けて

老人よりも現役世代の方が金持ってた時代の方が異常。

2023-03-03

anond:20230303082323

終身雇用制度ライフタイムコミットメント)が便利な理由

普通に働いてさえいれば来月も来年10年後も給料が入ることが強く期待される。ローンなども組み立てやすく、金を貸すほうも貸しやす

企業としてもほいほい辞めないことが期待できるので来月来年10年後を見越して従業員投資できる

退職金制度が作りやすい。従業員にも企業にもメリットがある

こんなところである。つまり高度経済成長期をがっつりサポートできたのはこれのおかげである

なお、本質的には終身雇用制度転職流動性は両立可能である40歳で中途入社したならその会社40歳ルートにいきなり乗せてあげればよろしい。

転職してきた人はまた転職して行ってしまうのではないか、という考え方になりがち。間違ってないけども。それをシステムサポートするのが特定派遣だったんだけどもさ。

2023-02-25

anond:20230225132823

今の世の中で高度経済成長ときみたいな何もできないアホでもなんでも数でゴリ押せる戦略が成り立つのかはわからんけどな

昔のおっさんたちは無能でも存在するだけでいろんなものが増えていっていい時代だぁ~今の時代なら就職できんやろってやついっぱいいるからなぁ

2023-02-24

戦後日本高度経済成長は「宝くじ」か「ラッキーパンチ」か。

宝くじの一等が当たった(機会+運)」と思ってる人間は、運を使い果たしたので、「もう二度と当たらない」と認識する。

ラッキーパンチが当たった(実力+運)」と思ってる人間は、当時と似た状況を再現できれば、「もう一度当たる」と認識してる。

ラッキーパンチ認識して、「過去成功体験再現するために」金をつぎこむのは、パチンコ中毒と同じ。

2023-02-22

昔は日本貧乏でその後高度経済成長があったから、子供が親の面倒を金銭的にも見るってのが当然だったみたいだけど、いまだに子供に金をせびる親とかもいるのかな

しろ親に金渡すと後々相続税で持っていかれるだけで損だと思うんだが

anond:20230222091646

今も世界でGDP4位だぞ。

高度経済成長期とバブル期の爆上げしすぎた振れ戻しがきてるだけだろ。

2023-02-20

一番濃い体験をした世代は何歳あたり?

寿命を80歳とする

 

昭和8年まれ2013年

戦争体験して、高度経済成長体験し、スマホ登場も体験して、大震災体験する

 

1960年まれ2040年

テレビの登場前あたりからまれて、高度経済成長バブル崩壊体験し、スマホの登場、大震災を経て、AI全盛期、ワンチャン宇宙旅行まで見ることができる

2023-02-18

anond:20230218191108

戦後高度経済成長期に蔓延した幻想だよ

見知らぬ誰かが人生を投げ打って得たものを預かりながら、それを自分が受け取って当然の「まっとうな」ものだと勘違いしていて、日向の犬みたいな怠惰日常を消費し、他者の苦しみに興味がなく、作らず戦わず変えず、税金だけ払って寝転がっている人たち

そんなものももちろん生きる価値はあるけど、できればそんなものにならないほうがいい

2023-02-05

日本て昔より今の方が遥かにエコノミックアニマルだよな

日本高度経済成長期には、欧米から日本人はエコノミックアニマルだとバカにされていたよな

金持ってかもしれないが、金の使い道は知らない稼げても賢く使えない野蛮人という意味

当時からしばらくはそういう文化コンプレックスがあったか美味しんぼみたいなグルメマンガウケる土壌がてきたわけだよな

稼ぐだけじゃなくて、本当に美味いものを知ってるんだぜという文化ポーズができるようになりたかった

スポーツ競技場とか美術館とか全部似たようなもんだよな

それ比べて今はオリンピック施設作るのにも採算だ、芸術支援なんて無駄遣いだという批判がいっぱいあるわけよ

稼げない文化死ねって話

当時の金は持ってても文化面の劣等感を突かれると必死になって文化に金出して格好つけてた日本人よりも

今の日本人の方が遥かに拝金主義エコノミックアニマルになってきてるよな

anond:20230205161644

日本戦後高度経済成長を遂げたのは「人口が増えたから」なんだけど、

そんなこともご存知ないの?

2023-02-04

北海道帯広市百貨店藤丸」が閉店したことについて

概要

1月末日をもって、北海道帯広市にあった百貨店藤丸」が閉店した。

創業明治33年で、122年間経営したことになる。このあたりではよくあるパターンで、開拓地呉服商立身昭和初期にデパートへと展開してきた地元百貨店だった。

例えば釧路市の丸三鶴屋や野付牛(北見)の丸い伊藤系列は異なれど同じような環境で、開拓地百貨店として成長してきた。

諸賢ご存知の通り、百貨店などという業態今日び全く下火となっている。

北海道田舎においては高度経済成長期以降、郊外に新興市街地が伸長し、多くの人が自動車で移動する時代になった。

そして平成10年大規模小売店舗法廃止大規模小売店舗立地法の制定が運命を定めた。

この20年、みんな車で郊外の大規模店舗に行く。「中心市街地」の意義は消えた。


人々のリアクションへの違和感

1月に入ってから藤丸は連日客でごった返し、最終日には閉店後まで人々が店に集っていた。

藤丸に入っている店の常連だったり日常的に地下食品街で買い物をする人ならわかる。

あるいは藤丸に実際に働き、藤丸と共に生涯を送った人も惜別の念を抱くだろう。

藤丸文化催事も多かったから、藤丸で展示や展覧会をした人々も特別な思いがあるだろう。

藤丸を外部から支える市民団体もある。そうした主体的に取り組んできた人たちはさぞや残念だろう。

けれども、そうじゃない人が大半なのではないだろうか。

なぜなら、如上のような日常的に中心市街地に赴き消費や活動をしている人が本当に十分に多ければ、

日常的に藤丸は閉店直前のように賑わったはずだ。

そして当然閉店などとならなかったはずだ。

閉店間際に賑わいを演出した人々は、普段自動車郊外の広い駐車場のあるヨーカドーイオンに行っている。

なぜなら普段こんなに混雑しないからだ。

そんな人たちがマスコミ取材に答えて「残念です」とか「寂しいです」とかは、決して言ってはならないセリフなのではないかと思う。

言葉と態度が噛み合っていない。私はここに大変な違和感を覚える。

人々のリアクションへの違和感2

メディア扇情的報道ばかりで「思い出」探しに躍起である

出てくる思い出は子供の頃の昭和平成初期のキラキラした思い出ばかりで、例えば110周年120周年の話題はほぼない。

これは、この人たちが長じてから藤丸で思い出を残してこなかったからに他ならない。

よく子供の頃の思い出だけをいけしゃあしゃあと言えたもんだ、と思う。そしてそれをありがたがるマスコミ脆弱報道イメージおかしい。

近頃の思い出がないというのが問題本質であると思うし、そもそも昔のことしかさない人は藤丸の傷口に塩を塗っているように思える。

なぜ、この20年くらい、平成の後半まるまんま藤丸はそこに間違いなくあったのに、そこで思い出を残さなかったことに無自覚なのか。

そしてその無自覚さでなぜ「藤丸がなくなって残念です」と言えるのか。

消費行動への自意識

地元出身フリーアナウンサー安住紳一郎が以下のように述べている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/433f558335f529f99b35f767731703687434e508

ネットショッピング郊外のお店が便利でお客さんがそちらに流れていることはよくわかります私たちも便利とか安い以上に自分の残したいお店は、ちゃんと不便でも高くても買いに行く消費行動がこれからきっと自分たちの理想とする社会の実現に関わってくるんじゃないかなと思います

私の抱えている問題を的確に表現しているように思う。

なぜ他の百貨店と比べて十分な時間的猶予があったのに、地元人間藤丸を存続させるような消費行動をしてこなかったのか。

そして、なぞそうであるのに(直接携わってきた人は別にして)、「残念です」「ありがとう」などと安直に言えるのか。

この点を、本当に「残念」と感ずるならば20年くらい考え続けてこなければならなかったはずで、「残念」と言語で言える人は、少しでもそのような事柄に携わってきた人だけなのではないだろうか。

普段イオンで買い物してるくせに「残念」はおかしいのではないか

から私は、この期に及んで藤丸がなくなってしまって残念とは思えないし寂しいとも思う資格がない。

なぜなら私はイオンで買い物しているからだ。身体が残念がっていないのだ。


マスコミナイーブさについて

中心市街地をどうするかは各地域で本当に難しい課題で、実際のところ商工会経済界の人々が何年も策を講じながらも充分な成果を挙げられていない。

こんな難しい課題を、藤丸がなくなっただけのこのタイミングでどうにも論評などできないのだ。

から浅薄な「昭和の思い出」や「従業員の裏話」的なものばかりが踊る。

実はマスコミ20年間、中心市街地の活性化話題を見ているようで見てこなかったのではないか

結局は自分には関係がないから、人々がどこでどう買い物しようがそれを報道すればいいだけの話だから、充分なコミットをしてこなかったのではないか

藤丸がなくなったのは1月31日だが、問題20年間継続しており、以降も続いていく。

藤丸がなくなっただけのタイミングで急に問題一夜漬け的に取り上げても、いずれも浮ついた論にしかならないのだろう、と諸報道をみて思う。

じゃあどうすれば

今となっては郊外の大規模小売店舗群こそが中心市街地なんじゃないですかね。

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